夜。
山奥にある開けた岩場で、獪岳は一人、刀を握っていた。
月明かりが、刃を淡く照らしている。
「……」
静寂。
風が木々を揺らす。
しかし獪岳は動かない。
目を閉じ、ただ呼吸だけを整えていた。
「雷の呼吸・改……」
壱ノ型・極――霹靂一閃。
迅雷・連牙。
迅雷・閃々。
ここまで、いくつもの技を生み出してきた。
だが。
「まだ足りない」
獪岳は目を開いた。
「単体を斬る技」
「連続して斬る技」
「敵の動きを翻弄する技」
それぞれの技には役割がある。
だが――。
「強い鬼を、一気に叩き潰す技がない」
柱を目指すなら。
十二鬼月のような強大な鬼と戦うなら。
一撃の速度だけでも。
連撃だけでも。
足りない。
必要なのは――。
「圧倒的な火力」
その時だった。
「何を考えておる?」
背後から慈悟郎の声。
「……爺さん」
獪岳は振り返らない。
「新しい技を考えておるのか?」
「ああ」
「どんな技じゃ?」
「まだ分からない」
獪岳は刀を握る。
「ただ……」
空を見上げる。
「雷を、一つの生き物みたいに動かしたい」
「生き物?」
「ああ」
獪岳は言葉を選ぶ。
「雷は落ちるだけじゃない」
「……」
「空を走る」
「うむ」
「枝分かれする」
「うむ」
「そして――巨大な雷雲そのものが、何か巨大な生き物に見えることがある」
慈悟郎は空を見る。
確かに。
黒い雲の中で雷が走る様子は、巨大な龍が天を駆けているようにも見える。
「龍……か」
「ああ」
獪岳の目が鋭くなる。
「だったら、俺も龍を斬撃で作る」
「……面白い」
獪岳は構えた。
「雷の呼吸――」
深く息を吸う。
「全ての型を、一つにする」
「……!」
慈悟郎が目を見開いた。
壱ノ型。
弐ノ型。
参ノ型。
肆ノ型。
伍ノ型。
陸ノ型。
そして――。
獪岳自身が生み出した派生型。
それらを組み合わせる。
「霹靂一閃!」
轟ッ!!
一瞬で踏み込む。
「稲魂!」
連続斬撃。
「聚蚊成雷!」
さらに斬撃を重ねる。
「遠雷!」
間合いを変える。
「熱界雷!」
刀を振り抜く。
「電轟雷轟!」
雷鳴のような斬撃が連続する。
だが――。
「まだ!」
獪岳は止まらない。
これまでなら、そこで一度呼吸を整える。
しかし。
「迅雷・連牙!」
斬撃が地面を走る。
そして。
「迅雷・閃々!」
獪岳の姿が消える。
右。
左。
上。
背後。
無数の雷光が岩場を駆け巡る。
慈悟郎は息を呑んだ。
「なんという……」
そして。
獪岳は最後に刀を大きく振り上げた。
「――終わりだ!」
轟ォォォォン!!
巨大な斬撃が地面を走った。
岩盤が砕ける。
土煙が舞う。
そして、その中から――。
獪岳が現れる。
「……!」
慈悟郎の目に映ったのは。
地面に刻まれた無数の斬撃痕。
それらが一本の巨大な龍の形を作っていた。
頭。
胴体。
四肢。
そして――長い尾。
「……龍」
慈悟郎が呟く。
獪岳は荒い息を吐きながら笑った。
「まだ形だけだ」
「いや」
慈悟郎は首を横に振る。
「十分に見えた」
「そうか?」
「ああ」
慈悟郎は地面を見る。
「まるで雷龍じゃ」
「雷龍……」
その言葉を聞いた瞬間。
獪岳の目が輝いた。
「……それだ」
刀を握り直す。
「技の名前は――雷龍」
「うむ」
「雷の呼吸・改――」
獪岳は構える。
「雷龍」
そして――。
「もう一度!」
轟ッ!!
獪岳が駆けた。
今度は違う。
先ほどよりも無駄がない。
一つ一つの技が、完全に繋がっている。
霹靂一閃。
稲魂。
聚蚊成雷。
遠雷。
熱界雷。
電轟雷轟。
そして――。
迅雷・連牙。
迅雷・閃々。
全てが一つの流れになる。
「――雷龍!!」
轟ォォォォン!!
雷鳴。
斬撃。
閃光。
全てが入り混じる。
獪岳の身体を中心に、無数の斬撃が渦を巻いた。
まるで巨大な雷龍が、岩場を駆け抜けている。
ズドォォォン!!
最後の一撃。
岩壁が大きく崩れ落ちた。
静寂。
獪岳は刀を収める。
「……」
肩で息をする。
慈悟郎は言葉を失っていた。
「……獪岳」
「何だ?」
「お前……」
慈悟郎は苦笑した。
「本当に、とんでもない技を作ったのう」
「まだ完成してない」
「何?」
「今のままじゃ、身体への負担が大きすぎる」
獪岳は自分の脚を見る。
「長時間は使えない」
「ならば、鍛えるしかない」
「ああ」
獪岳は頷いた。
「雷龍を、俺の切り札にする」
「……切り札」
「ああ」
獪岳の目が鋭くなる。
「強い鬼と戦う時、最後に叩き込む」
慈悟郎は頷いた。
「それならば、名前に相応しい」
「だろ?」
獪岳は笑う。
そして――。
「雷龍」
その名をもう一度呟く。
ただの技ではない。
獪岳がこれまで積み上げてきたもの。
雷の呼吸。
壱ノ型・極。
迅雷・連牙。
迅雷・閃々。
それら全てを、一つに束ねた技。
「俺の雷は――」
獪岳は空を見上げる。
「ここまで来た」
その瞬間。
空で雷が光った。
轟ォォォン……。
獪岳はその雷鳴を聞きながら、静かに笑った。
「いつか、本物の鬼に叩き込んでやる」
そして。
雷の呼吸・改。
その最奥に位置する新たなる大技――。
「雷龍」
それはまだ未完成。
だが。
この日、獪岳の剣に――。
龍の姿をした雷が、生まれた。