「――雷龍!!」
轟ォォォォン!!
山中を震わせる轟音。
巨大な岩壁が砕け、土煙が舞い上がる。
その中心に、獪岳は立っていた。
刀を握ったまま、肩で荒く息をする。
「……はぁ……はぁ……」
「見事じゃ」
少し離れた場所から、慈悟郎が声をかける。
「雷龍。凄まじい威力じゃな」
「ああ」
獪岳は刀を見つめる。
「威力だけなら、今の俺が使える技の中では最高だ」
「じゃが――」
慈悟郎の言葉を遮るように、獪岳が続ける。
「足りない」
「……何?」
「雷龍は強い」
獪岳は頷く。
「でも、あれは俺の技を全部繋いだだけだ」
「……」
「雷の呼吸を改良して、派生型を作って、最後に全部を一つへまとめた」
獪岳は空を見上げる。
「それでも――」
拳を握る。
「俺自身の『型』じゃない」
慈悟郎は黙っていた。
獪岳の言いたいことを理解していた。
雷の呼吸を極める。
既存の型を改良する。
派生型を生み出す。
それだけでは、本当の意味で「己の雷」を完成させたとは言えない。
「俺は鳴柱になる」
獪岳の声が響く。
「なら、いつまでも誰かが作った技を使ってるだけじゃ駄目だ」
刀を抜く。
「俺自身の七つ目が必要だ」
「……七つ目」
慈悟郎が目を細める。
「雷の呼吸・漆ノ型」
獪岳は構えた。
「まだ誰にもない、俺だけの型だ」
その日から。
獪岳は一人で考え続けた。
壱ノ型は速度。
弐ノ型は連撃。
参ノ型は広範囲。
肆ノ型は遠距離。
伍ノ型は攻防。
陸ノ型は広域殲滅。
そして――。
「漆ノ型」
獪岳は刀を振る。
「何が必要だ?」
速度か。
威力か。
防御か。
範囲か。
どれも違う。
それだけでは足りない。
「柱になるなら……」
獪岳は目を閉じる。
「上弦と戦える技が必要だ」
脳裏に浮かぶ。
鬼。
人間を遥かに超えた身体能力。
異常な再生能力。
そして、柱すら殺しかねない圧倒的な力。
「一撃で倒せなければ、次の瞬間に殺される」
ならば。
「一撃で――」
獪岳の呼吸が深くなる。
「相手を斬り伏せる」
だが、雷龍では足りない。
雷龍は強い。
しかし、連続する技を束ねた大技。
発動までに僅かな時間が必要だった。
「もっと速く」
一撃。
「もっと重く」
一撃。
「もっと鋭く」
そして――。
「絶対に、避けられない技」
その瞬間。
獪岳の脳裏に、雷神の姿が浮かんだ。
雷を司る神。
天を支配し、雷霆を自在に振るう存在。
「……神」
獪岳は呟く。
「雷を操る神……」
そして、一つの名に辿り着く。
「帝釈天」
古来より雷を司る神として知られる存在。
その名を口にした瞬間。
獪岳の中で、何かが繋がった。
「……これだ」
雷龍は、龍。
ならばその上に立つ存在がいる。
「龍を従える者」
獪岳は刀を構える。
「天から雷を落とす者」
身体を低くする。
「敵がどこに逃げようと――」
呼吸を整える。
「逃がさない」
慈悟郎が、少し離れた場所から見守っていた。
「獪岳……?」
獪岳の周囲に、空気が集まっていく。
呼吸。
筋肉。
神経。
全てが一つになる。
「雷の呼吸――」
刀身が僅かに震える。
「漆ノ型――」
獪岳は静かに目を開く。
「帝釈天」
――刹那。
轟ォォォォォン!!
獪岳の姿が消えた。
いや。
消えたのではない。
あまりにも速く動いたため、慈悟郎の目が追いつかなかった。
「――ッ!」
次の瞬間。
獪岳が、はるか前方に立っている。
刀は振り抜かれていた。
「……」
何も起こらない。
慈悟郎は眉を寄せる。
「……今のは?」
獪岳は刀を収めた。
「まだだ」
「何?」
「完成してない」
その直後。
――ゴロゴロゴロ……。
遠くで雷鳴が響いた。
そして。
ズドォォォォン!!
獪岳が斬った場所から、巨大な樹木が一斉に倒れた。
慈悟郎は目を見開く。
「……!」
一撃。
獪岳が通過した後に、遅れて斬撃が発生した。
まるで――。
雷が落ちた後に、轟音が追いかけてくるように。
「これが……帝釈天」
獪岳は自分の刀を見る。
「最初の一撃で、相手の逃げ道を全部潰す」
「……」
「そして――」
獪岳の目が鋭くなる。
「本命の斬撃を叩き込む」
慈悟郎は理解した。
「囮の一撃と、本命の一撃を――」
「ああ」
獪岳が頷く。
「ほぼ同時に成立させる」
「それほどの速度を……」
「出す」
即答だった。
「俺が出す」
獪岳は刀を握り直す。
「雷龍が『力』なら」
一歩。
「帝釈天は『速さ』だ」
もう一歩。
「そして――」
天を見上げる。
「雷そのものになる」
慈悟郎は静かに息を呑んだ。
「……獪岳」
「何だ?」
「その技は、完成すれば――」
「分かってる」
獪岳は笑った。
「身体への負担が大きい」
「……」
「一度でも失敗すれば、俺自身が動けなくなる」
「それでも?」
「それでもだ」
獪岳の瞳に、強い覚悟が宿る。
「俺は柱になる」
「……」
「柱になって、もっと強い鬼と戦う」
そして。
「その時、仲間を守れる技が必要なんだ」
獪岳は刀を構えた。
「なら、命を懸けてでも完成させる」
慈悟郎は何も言わなかった。
ただ、師としてその姿を見つめていた。
かつては己の力を証明することばかり考えていた少年。
今は違う。
自分より強い者と戦うため。
誰かを守るため。
そして――。
自分自身の未来を切り拓くため。
獪岳は新たなる型を生み出そうとしていた。
「雷の呼吸・漆ノ型――」
再び構える。
「帝釈天」
轟ッ!!
雷鳴が山々に響き渡る。
まだ完成には至らない。
だが。
この日。
雷の呼吸に、全く新しい七つ目の型が生まれた。
それは、既存の型の延長ではない。
誰かの真似でもない。
獪岳自身が生み出した――唯一無二の雷。
やがて鬼殺隊の歴史に刻まれることになる、その名は。
「帝釈天」
霹靂の獪岳が生み出した、究極の一撃。
その雷は――。
天をも震わせる。