それは、突然の知らせだった。
「獪岳。お館様がお呼びじゃ」
朝稽古を終えた獪岳のもとへ、鎹鴉が舞い降りた。
「俺を?」
「カァ! オマエヲ! オヤカタサマガ!」
「……分かった」
獪岳は刀を納める。
ここ最近、獪岳は任務と鍛錬を繰り返していた。
壱ノ型・極。
迅雷・連牙。
迅雷・閃々。
雷龍。
帝釈天。
九頭龍の雷。
己の雷の呼吸を完成させるため、ひたすら鍛え続けてきた。
そして――。
鬼殺隊における討伐数も、着実に積み上がっていた。
だが。
「お館様が俺に何の用だ?」
獪岳には心当たりがなかった。
「……まさか」
一つだけ。
考えられることがある。
「柱……?」
その言葉を口にした瞬間。
胸が高鳴った。
だが、獪岳はすぐに首を振る。
「いや。まだ早い」
柱になるには、それ相応の実績が必要だ。
自分はまだ、そこまでの地位には――。
「獪岳」
慈悟郎の声。
振り返ると、師が立っていた。
「行ってこい」
「爺さん……」
「何を恐れておる?」
「恐れてるわけじゃない」
「ならば、堂々と行け」
慈悟郎は笑った。
「お前はもう、昔のお前ではない」
「……」
その言葉に。
獪岳は静かに頷いた。
「分かった」
そして――。
産屋敷邸。
「お待ちしておりました、獪岳」
穏やかな声が響く。
「お館様」
獪岳はその場に跪いた。
目の前にいるのは、鬼殺隊当主・産屋敷耀哉。
その隣には、幾人かの柱たちが並んでいた。
「顔を上げてください」
「……はい」
獪岳は顔を上げる。
「あなたが鬼殺隊に入ってから、随分と長い時間が経ちましたね」
「はい」
「数多くの任務をこなし、鬼を討ち、人々を救ってきた」
「……」
「そして、あなたは己の技を磨き続けた」
産屋敷は微笑む。
「雷の呼吸・改」
獪岳の目が僅かに見開かれた。
「壱ノ型・極」
「……」
「迅雷・連牙」
「……」
「迅雷・閃々」
「……」
「雷龍」
獪岳は黙って聞いている。
「帝釈天」
「……」
「九頭龍の雷」
そこまで言われて。
獪岳はようやく理解した。
「……全部、把握されているんですね」
「ええ」
産屋敷は穏やかに答える。
「あなたの戦いを見ている隊士たちがいますから」
そして。
「あなたの強さは、既に鬼殺隊の中でも特筆すべきものになっています」
「……」
「さらに――」
産屋敷は静かに続けた。
「あなたは、ただ強いだけではありません」
獪岳は顔を上げる。
「任務中、自分より弱い隊士を何度も救っていますね」
「……当然のことをしただけです」
「ええ」
産屋敷は微笑む。
「その『当然』を、あなたは何度も繰り返した」
「……」
「だからこそ、今日ここへ呼びました」
部屋に静寂が落ちる。
獪岳の胸が大きく鳴った。
「獪岳」
産屋敷耀哉は、はっきりと告げた。
「今日よりあなたを――」
一拍。
「柱に任命します」
「……!」
獪岳の瞳が大きく見開かれる。
「俺が……?」
「はい」
「柱に……」
言葉が続かない。
何度も夢に見た。
何度も鍛錬した。
それでも。
いざ現実になると――。
「……鳴柱」
誰かが呟いた。
その言葉に。
獪岳は顔を上げた。
「鳴柱……」
胸の奥から、熱いものが込み上げる。
だが。
獪岳はすぐに頭を下げた。
「……謹んで、お受けします」
声が震えていた。
「ありがとうございます」
産屋敷は微笑む。
「これからは、あなたの背中を見て戦う隊士が増えるでしょう」
「……はい」
「あなたには、その責任があります」
「分かっています」
獪岳は顔を上げる。
「必ず果たします」
「ええ」
産屋敷の声は優しかった。
「あなたならできるでしょう」
その言葉を聞いた瞬間。
獪岳の脳裏に、師の姿が浮かんだ。
桑島慈悟郎。
雷の呼吸を教えてくれた人。
自分を見捨てなかった人。
そして――。
「爺さん……」
獪岳は小さく呟いた。
「俺……」
拳を握る。
「なったぞ」
鳴柱に。
そして。
その日。
鬼殺隊に、新たな柱が誕生した。
「鳴柱――獪岳」
その名が正式に隊内へ伝えられる。
やがて屋敷へ戻った獪岳を、慈悟郎が待っていた。
「……どうじゃった?」
獪岳は何も言わない。
ただ。
師の前まで歩いていく。
そして――。
深々と頭を下げた。
「……ありがとうございました」
慈悟郎の目が細くなる。
「ほう」
「爺さんがいなかったら、俺はここまで来られなかった」
「……」
「雷の呼吸も」
「……」
「柱になることも」
獪岳は顔を上げた。
「全部、爺さんが始めてくれた」
慈悟郎は笑った。
「違う」
「……?」
「ここまで来たのは、お前自身じゃ」
「……」
「ワシが道を示しただけじゃ」
慈悟郎は獪岳の肩を叩く。
「歩いたのは、お前じゃよ」
獪岳は俯く。
「……そうか」
そして。
空を見上げる。
「鳴柱……」
その言葉を、今度は胸を張って口にする。
「俺は、鳴柱になった」
だが。
喜びに浸るのは、ほんの一瞬だった。
獪岳は刀を握る。
「なら――」
「む?」
「これからが本番だ」
慈悟郎が笑う。
「ほう?」
「柱になったなら、今まで以上に強くならなきゃいけない」
「うむ」
「俺の後ろには、隊士がいる」
「そうじゃ」
「なら――」
獪岳の瞳に、鋭い光が宿る。
「誰一人、俺の前で死なせない」
その言葉に。
慈悟郎は静かに頷いた。
「……それでこそ、鳴柱じゃ」
雷鳴が遠くで轟いた。
轟ォォォン……。
獪岳はその音を聞きながら、刀を腰に差す。
かつて。
柱になることは、ただの夢だった。
今は違う。
その夢は――。
責任になった。
使命になった。
そして。
「鳴柱・獪岳」
新たな柱の名が、鬼殺隊の歴史に刻まれた。
霹靂の獪岳。
彼の本当の戦いは――。
ここから始まる。