『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第8話 鬼を追い払った夜

夜は、まだ明けていなかった。

 

寺の境内には、鬼が残した爪痕がいくつも刻まれている。

 

折れた木。

 

抉れた土。

 

倒れた石灯籠。

 

そして――。

 

「…………」

 

獪岳は、その中心に立っていた。

 

木刀を握ったまま、じっと暗闇を睨んでいる。

 

「……逃げたか」

 

鬼は消えた。

 

悲鳴嶼の猛攻を受け、山の奥へ逃げていった。

 

完全に倒したわけではない。

 

だからこそ。

 

「戻ってくる可能性はある」

 

獪岳は警戒を解かなかった。

 

背後から足音がする。

 

「獪岳」

 

「悲鳴嶼さん」

 

振り返る。

 

悲鳴嶼は傷を負っていた。

 

しかし、それ以上に心配だったのは――。

 

「お前の腕だ」

 

「……これくらい」

 

獪岳の右腕には、鬼の爪による裂傷があった。

 

血が滲んでいる。

 

「怪我をしているではないか」

 

「大したことねぇです」

 

「見せなさい」

 

「いや、本当に――」

 

「獪岳」

 

「…………はい」

 

逆らえなかった。

 

縁側に座らされ、傷を見せる。

 

悲鳴嶼が布を巻いていく。

 

「痛むか?」

 

「……ちょっと」

 

「我慢しなさい」

 

「それ、俺がいつも子供たちに言ってるやつですよ」

 

「ならば分かるだろう」

 

「……はい」

 

少しだけ笑った。

 

だが。

 

笑っている場合ではない。

 

獪岳の表情が再び険しくなる。

 

「悲鳴嶼さん」

 

「何だ」

 

「さっきの鬼……」

 

「ああ」

 

「あいつ、まだ生きてますよね」

 

「恐らくは」

 

「……なら、また来るかもしれない」

 

悲鳴嶼は静かに頷く。

 

「可能性はある」

 

獪岳は唇を噛んだ。

 

「俺たちには、まだ鬼殺隊みたいな力がない」

 

「そうだな」

 

「だったら……」

 

獪岳は境内を見渡した。

 

「もっと守りを固める」

 

「うむ」

 

「門を強くする。夜間は見張りを置く。子供たちは絶対に一人にしない」

 

「良い考えだ」

 

「それと――」

 

獪岳は考え込む。

 

「逃げ道も作る」

 

悲鳴嶼が少し驚く。

 

「逃げ道?」

 

「ああ」

 

「戦うだけじゃ守れない」

 

獪岳は真剣だった。

 

「俺たちが負けることだってある。だから、逃げる道を用意しておく」

 

「…………」

 

「全員が生き残れるなら、逃げたっていい」

 

その言葉を聞いた悲鳴嶼は。

 

「……立派だ」

 

と呟いた。

 

「え?」

 

「強さとは、戦うことだけではない」

 

「…………」

 

「生き残るために逃げることもまた、強さだ」

 

獪岳は小さく頷いた。

 

「……覚えておきます」

 

その時。

 

寺の中から声がした。

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「!」

 

獪岳が振り返る。

 

「大丈夫!?」

 

子供たちが次々に顔を出している。

 

「怪我したの?」

 

「痛い?」

 

「鬼、もういない?」

 

「獪岳兄ちゃんが死んだらどうするの?」

 

「死なねぇよ!」

 

獪岳が怒鳴る。

 

子供たちは安心したように笑った。

 

「本当?」

 

「本当だ」

 

「絶対?」

 

「絶対だ」

 

「約束?」

 

「……約束だ」

 

獪岳は胸を張った。

 

「俺は死なねぇ」

 

子供たちが笑う。

 

「じゃあ、もう大丈夫だね!」

 

「……ああ」

 

獪岳は微笑んだ。

 

「もう大丈夫だ」

 

だが。

 

その言葉とは裏腹に。

 

心の中では、ずっと考えていた。

 

――原作では。

 

この後。

 

悲鳴嶼は罪人として捕らえられる。

 

子供たちは殺される。

 

そして獪岳は。

 

寺を去る。

 

「……そんな未来にはしねぇ」

 

絶対に。

 

「獪岳」

 

悲鳴嶼が呼ぶ。

 

「はい」

 

「先ほどのことだが」

 

「?」

 

「お前は、あの鬼に向かって『俺が守る』と言っていたな」

 

「……言いました」

 

「何故だ?」

 

獪岳は少し考えた。

 

「……分かりません」

 

本当は分かっている。

 

前世の自分が見た原作。

 

その結末を知っているから。

 

だが。

 

「でも」

 

獪岳は子供たちを見る。

 

「こいつらが泣いてるのが嫌だった」

 

「…………」

 

「だから守りたいと思った」

 

悲鳴嶼は目を閉じた。

 

「それでいい」

 

「……はい」

 

二人はしばらく無言で境内を見つめていた。

 

やがて。

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「お前は今日、初めて鬼と向き合った」

 

「…………」

 

「怖かっただろう」

 

「……怖かったです」

 

「それでも立った」

 

「……はい」

 

「それだけで十分だ」

 

獪岳は拳を握る。

 

「でも、もっと強くなります」

 

「ああ」

 

「今度は……」

 

獪岳は遠くの山を睨む。

 

「逃げられないくらい強くなる」

 

「その意気だ」

 

悲鳴嶼は頷いた。

 

そして。

 

「だが、忘れてはいけない」

 

「何を?」

 

「お前一人で戦うのではない」

 

「…………」

 

「私もいる」

 

「……はい」

 

「寺の子供たちもいる」

 

「はい」

 

「いつか、お前が鬼殺隊に入れば仲間もできる」

 

「……はい」

 

「だから」

 

悲鳴嶼は優しく言った。

 

「一人で背負わなくていい」

 

獪岳の胸が熱くなった。

 

「……ありがとうございます」

 

「うむ」

 

――その後。

 

寺の子供たちは、鬼が来たことを知った。

 

怖がる者もいた。

 

泣く者もいた。

 

だが。

 

誰一人として寺を出ようとはしなかった。

 

なぜなら。

 

「獪岳兄ちゃんがいるから」

 

「悲鳴嶼さんがいるから」

 

そう言ったからだ。

 

獪岳は、その言葉を聞いて。

 

「……馬鹿」

 

と呟いた。

 

「俺だけじゃ守れねぇっての」

 

けれど。

 

その口元には。

 

小さな笑みが浮かんでいた。

 

――東の空が白み始める。

 

夜が終わる。

 

鬼の気配は消えた。

 

寺は守られた。

 

誰も死ななかった。

 

「……終わった」

 

獪岳は空を見上げた。

 

「第一関門……突破だ」

 

まだ、未来は変わり始めたばかり。

 

だが。

 

確かに変わった。

 

本来なら悲劇の始まりだった夜。

 

それが今は――。

 

「みんなが生きてる」

 

それだけで。

 

獪岳にとっては、大きな勝利だった。

 

「……よし」

 

獪岳は拳を握る。

 

「次は、もっと強くなる」

 

雷の呼吸を極める。

 

鬼殺隊に入る。

 

柱になる。

 

そして――。

 

原作で失われた命を、一つでも多く救う。

 

「俺の未来は、俺が決める」

 

朝日が昇る。

 

その光の中で。

 

獪岳は静かに笑った。

 

【大正コソコソ噂話】

 

鬼が寺を襲った翌朝。

 

子供たちは、昨夜の恐怖を忘れるために獪岳の周りに集まった。

 

「獪岳兄ちゃん!」

 

「何だ」

 

「鬼を倒したの?」

 

「追い払っただけだ」

 

「すごい!」

 

「でも、悲鳴嶼さんが一番すごかった!」

 

「じゃあ獪岳兄ちゃんは?」

 

「俺?」

 

子供たちは顔を見合わせる。

 

そして――。

 

「怖かったけど逃げなかった!」

 

「……!」

 

「だから、すごい!」

 

獪岳は何も言えなくなった。

 

やがて。

 

「……そうかよ」

 

頭を掻きながら。

 

「じゃあ、もっと頑張らねぇとな」

 

その日の夜。

 

獪岳はいつもより少しだけ深く眠ったという。

 

そして悲鳴嶼は、眠る獪岳の姿を見ながら。

 

「南無阿弥陀仏……」

 

静かに祈っていた。

 

――大正コソコソ噂話・終。

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