『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第七章 しのぶと獪岳――笑顔の仮面 第80話 柱になった男

蝶屋敷。

 

午後の柔らかな陽射しが、縁側を照らしていた。

 

「……鳴柱・獪岳さん、ですか」

 

胡蝶しのぶは、手元の薬草を整理しながら呟いた。

 

鬼殺隊に新たな柱が誕生した。

 

雷の呼吸を使う剣士。

 

それだけなら、特別珍しい話ではない。

 

だが――。

 

「雷の呼吸・改……」

 

しのぶの表情から、いつもの笑顔が僅かに消える。

 

壱ノ型・極。

 

迅雷・連牙。

 

迅雷・閃々。

 

雷龍。

 

帝釈天。

 

九頭龍の雷。

 

短期間で、これほどの技を生み出した剣士。

 

しかも、柱に就任してからも鍛錬を続けているという。

 

「随分と、真面目な方なんですね」

 

「カァ!」

 

鎹鴉が鳴く。

 

『本日、鳴柱・獪岳! 蝶屋敷へ!』

 

「……今日ですか?」

 

『今日! 負傷隊士の診察!』

 

「ふふ」

 

しのぶは微笑んだ。

 

「それなら、直接お会いできますね」

 

――その数刻後。

 

「失礼する」

 

蝶屋敷の門をくぐった獪岳は、静かに辺りを見渡した。

 

「鳴柱様!」

 

アオイが慌てて駆け寄ってくる。

 

「本日は負傷した隊士の診察と聞いております」

 

「ああ」

 

「こちらへどうぞ」

 

「分かった」

 

獪岳は案内されるまま屋敷へ入る。

 

すると。

 

「こんにちは、獪岳さん」

 

柔らかな声が響いた。

 

「……」

 

獪岳が顔を上げる。

 

そこには、笑顔の少女が立っていた。

 

蝶の髪飾り。

 

紫色の瞳。

 

そして、穏やかな笑み。

 

「初めまして。胡蝶しのぶです」

 

「獪岳だ」

 

「ええ。存じていますよ」

 

しのぶは微笑む。

 

「最近、鬼殺隊で大変な話題になっていますから」

 

「……噂か」

 

「はい」

 

「くだらないものが多いだろ」

 

「ふふ。そうですね」

 

しのぶは楽しそうに笑った。

 

「山を斬ったとか、雷を操るとか」

 

「……」

 

獪岳の眉が寄る。

 

「斬ってない」

 

「そうでしょうね」

 

「雷も操れない」

 

「でしょうね」

 

「……」

 

「でも」

 

しのぶの笑顔が少し深くなる。

 

「とても強い剣士だという話は、本当なのでしょう?」

 

「……」

 

獪岳は答えなかった。

 

ただ。

 

「必要だから強くなっただけだ」

 

そう言った。

 

しのぶは、その言葉を聞いて少しだけ目を細める。

 

「必要だから?」

 

「ああ」

 

「柱になるために?」

 

「それもある」

 

「では、柱になった今は?」

 

獪岳は少し考えた。

 

「……守るためだ」

 

「守る?」

 

「ああ」

 

その答えに。

 

しのぶの笑顔が僅かに止まった。

 

「仲間を守る」

 

獪岳は淡々と言う。

 

「俺の後ろにいる奴らが、鬼に殺されないようにする」

 

「……そうですか」

 

しのぶは再び笑った。

 

「素敵ですね」

 

「そういう言い方はやめろ」

 

「どうしてです?」

 

「柄じゃない」

 

「ふふ」

 

しのぶは楽しそうに笑った。

 

「獪岳さんって、意外と照れ屋さんなんですね」

 

「違う」

 

「そうですか?」

 

「違う」

 

「では、そういうことにしておきましょう」

 

「……」

 

獪岳は小さくため息をついた。

 

その時。

 

「鳴柱様!」

 

負傷した隊士が布団の上から声を上げた。

 

「お疲れ様です!」

 

「無理に起きるな」

 

獪岳は隊士の傍へ歩み寄る。

 

「傷を見せろ」

 

「はい!」

 

獪岳は傷の状態を確認する。

 

「……深いな」

 

「申し訳ありません」

 

「何を謝ってる」

 

「任務で鬼を仕留められず……」

 

「生きて帰った」

 

獪岳は即座に言った。

 

「なら十分だ」

 

「……!」

 

隊士が目を見開く。

 

「柱は鬼を斬る」

 

獪岳は続ける。

 

「だが、お前たちが生きて帰ることも同じくらい重要だ」

 

「鳴柱様……」

 

「次はもっと強くなれ」

 

「はい!」

 

そのやり取りを、しのぶは黙って見つめていた。

 

――なるほど。

 

「……」

 

しのぶは笑顔のまま、獪岳を見る。

 

鬼を倒す。

 

強くなる。

 

柱になる。

 

そのためだけの男だと思っていた。

 

だが。

 

「この人は……」

 

しのぶの瞳が僅かに揺れる。

 

「思っていたより、ずっと優しい人なのかもしれませんね」

 

「何か言ったか?」

 

「いいえ」

 

しのぶはいつもの笑顔に戻る。

 

「何でもありませんよ」

 

獪岳は怪訝そうに彼女を見る。

 

「……胡蝶」

 

「はい?」

 

「お前は、いつも笑ってるな」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ」

 

獪岳はしのぶをじっと見る。

 

「何を考えてるか分からない」

 

「まあ」

 

しのぶは口元に手を添える。

 

「女性に対して、随分と失礼ですね」

 

「悪かった」

 

「ふふ。素直ですね」

 

「……」

 

「でも、そうですね」

 

しのぶは一瞬だけ視線を落とした。

 

「笑っていたほうが、周りの人も安心するでしょう?」

 

「……」

 

「怖い顔をしているより、ずっといいですから」

 

その言葉。

 

獪岳は何も返さなかった。

 

ただ、しのぶの笑顔を見つめる。

 

綺麗な笑顔だった。

 

優しく。

 

柔らかく。

 

誰に対しても変わらない笑顔。

 

けれど――。

 

「……お前も」

 

「はい?」

 

「無理して笑ってないか?」

 

しのぶの動きが止まった。

 

「……」

 

ほんの一瞬。

 

本当に一瞬だけ。

 

その笑顔が消えた。

 

「……どうして、そう思うんです?」

 

「何となくだ」

 

獪岳はそれ以上聞かなかった。

 

「俺には、そう見える」

 

しのぶは黙る。

 

そして。

 

「……ふふ」

 

再び笑った。

 

「変な人ですね、獪岳さんは」

 

「よく言われる」

 

「では、覚えておきます」

 

「何を?」

 

「獪岳さんは、人の顔をよく見ている人だということを」

 

「……」

 

獪岳は目を逸らした。

 

「別に」

 

「はいはい」

 

しのぶは微笑む。

 

その笑顔の奥で。

 

――この人は、私の笑顔を見抜いた。

 

そんな驚きが、静かに広がっていた。

 

そして獪岳もまた。

 

――この女の笑顔には、何かある。

 

そう感じていた。

 

互いに。

 

まだ何も知らない。

 

互いに。

 

相手の胸の内を知ることもない。

 

それでも。

 

二人の間には、初めて小さな接点が生まれた。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「柱になったばかりで大変でしょう?」

 

「ああ」

 

「これからも、怪我をしたらここへ来てくださいね」

 

「……分かった」

 

「絶対ですよ?」

 

「分かったって」

 

しのぶは笑った。

 

「では、約束です」

 

「……ああ」

 

獪岳は立ち上がる。

 

そして、屋敷を出る前に一度だけ振り返った。

 

そこには。

 

いつもの笑顔を浮かべる胡蝶しのぶがいた。

 

「……」

 

獪岳は何も言わずに去っていく。

 

その背中を見送りながら。

 

しのぶは小さく呟いた。

 

「……不思議な人ですね」

 

鳴柱・獪岳。

 

強く。

 

鋭く。

 

雷のような男。

 

けれど、その内側には――。

 

仲間を守ろうとする優しさがある。

 

そして。

 

胡蝶しのぶ。

 

笑顔を絶やさない蟲柱。

 

けれど、その笑顔の奥には――。

 

まだ誰にも見せていない感情がある。

 

二人はまだ知らない。

 

この出会いが。

 

やがて互いの心に、深く関わっていくことを。

 

「……また会えるといいですね、獪岳さん」

 

しのぶはそう呟き。

 

いつもの笑顔を浮かべた。

 

まるで――。

 

その笑顔が、自分自身を守る仮面であるかのように。

 

 

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