『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第81話 しのぶとの距離

「……また来たんですか?」

 

蝶屋敷の廊下。

 

胡蝶しのぶは、目の前に立つ男を見上げていた。

 

「任務帰りだ」

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「では、どうしてここへ?」

 

「……」

 

獪岳は少し黙った。

 

「薬を受け取りに来ただけだ」

 

「薬なら隊の医療部でも貰えますよ?」

 

「……そうだったか」

 

「ふふ」

 

しのぶが笑う。

 

「もしかして、私に会いに来てくださったんですか?」

 

「違う」

 

即答。

 

「まあ、残念」

 

しのぶは楽しそうに笑った。

 

「冗談ですよ」

 

「……お前は、いつもそうだな」

 

「何がです?」

 

「笑ってる」

 

「はい」

 

「何を言われても」

 

「そうですね」

 

「何を考えてるか分からない」

 

しのぶは少しだけ目を細めた。

 

「それは褒め言葉でしょうか?」

 

「分からん」

 

「では、褒め言葉ということにしておきましょう」

 

「……勝手にしろ」

 

獪岳は廊下の端に腰を下ろした。

 

しのぶは向かい側に座る。

 

以前よりも。

 

二人の距離は近くなっていた。

 

最初は、柱と蟲柱。

 

ただそれだけだった。

 

だが。

 

任務で顔を合わせる機会が増え。

 

蝶屋敷で言葉を交わすことも増えた。

 

いつしか――。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「最近、よく蝶屋敷に来ますね」

 

「……」

 

「薬を受け取りに来た、という理由以外で」

 

「……」

 

「やっぱり、私に会いに来てくれているんですか?」

 

「違う」

 

「即答ですね」

 

「本当に違う」

 

「ふふ」

 

しのぶは笑う。

 

「では、そういうことにしておきます」

 

「……」

 

獪岳はため息をついた。

 

だが。

 

立ち去ろうとはしなかった。

 

しのぶもまた、それ以上追及しない。

 

二人の間に、静かな時間が流れる。

 

やがて。

 

「獪岳さん」

 

「ん?」

 

「柱になってから、変わりましたね」

 

「俺が?」

 

「はい」

 

「どこが?」

 

「以前より、表情が柔らかくなりました」

 

「……そうか?」

 

「ええ」

 

しのぶは獪岳を見る。

 

「昔はもっと、近寄りがたい雰囲気があったそうですよ」

 

「今もそうだろ」

 

「いいえ」

 

しのぶは首を横に振った。

 

「今は、少しだけ違います」

 

「……」

 

「隊士たちを助けた話も聞きました」

 

「普通のことだ」

 

「普通ではありませんよ」

 

しのぶは静かに言う。

 

「柱が、自分より弱い隊士を助けるために危険を冒す」

 

「……」

 

「それを何度も続けている」

 

「仲間だからな」

 

その言葉に。

 

しのぶは一瞬、黙った。

 

「……仲間」

 

「そうだ」

 

獪岳は窓の外を見る。

 

「俺が柱になった理由の一つだ」

 

「一つ?」

 

「ああ」

 

「他には?」

 

「強くなりたかった」

 

「昔から?」

 

「昔からだ」

 

「では、今は?」

 

獪岳は少し考えた。

 

「……昔とは違う」

 

「どう違うんです?」

 

「昔は、自分が強いと証明したかった」

 

しのぶは黙って聞いている。

 

「今は――」

 

獪岳は自分の手を見る。

 

「強くなければ守れないものがあると分かった」

 

「……」

 

「だから強くなる」

 

その答えを聞いたしのぶの表情から、僅かに笑みが消える。

 

「そうですか」

 

「何だ?」

 

「いえ」

 

しのぶは再び笑った。

 

「獪岳さんらしいと思っただけです」

 

「そうか」

 

「はい」

 

また沈黙。

 

けれど。

 

今度の沈黙は、気まずくなかった。

 

むしろ。

 

互いに隣にいることが自然になっていた。

 

「……胡蝶」

 

「はい?」

 

「お前は?」

 

「私?」

 

「何のために強くなった」

 

しのぶの笑顔が止まる。

 

「……」

 

その問いは。

 

彼女が胸の奥にしまっていたものに触れた。

 

「私は――」

 

言葉が出ない。

 

姉。

 

家族。

 

鬼への怒り。

 

そして。

 

笑顔。

 

それら全てを胸の奥に抱えたまま。

 

しのぶは微笑んだ。

 

「人を守るためですよ」

 

「……そうか」

 

獪岳はそれ以上聞かなかった。

 

しのぶは少し驚いた。

 

「聞かないんですか?」

 

「話したくないなら聞かない」

 

「……」

 

「無理に話す必要もないだろ」

 

その言葉に。

 

しのぶは静かに目を伏せる。

 

「……優しいんですね」

 

「またそれか」

 

「本当にそう思ったんです」

 

「俺は普通にしてるだけだ」

 

「その『普通』が優しいんですよ」

 

獪岳は返事をしなかった。

 

ただ。

 

「……お前も」

 

「はい?」

 

「無理するなよ」

 

しのぶの瞳が僅かに揺れる。

 

「……どうして?」

 

「分からん」

 

「またですか?」

 

「ああ」

 

獪岳は立ち上がった。

 

「ただ、そう思った」

 

「……」

 

しのぶはその背中を見つめる。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「次の任務から帰ってきたら――」

 

少しだけ迷って。

 

「また、ここへ来てください」

 

獪岳は振り返る。

 

「……分かった」

 

「薬がなくても?」

 

「……」

 

獪岳は少し考えた。

 

「その時は――」

 

「はい」

 

「茶でも飲みに来る」

 

しのぶの顔に、ぱっと笑顔が咲いた。

 

「約束ですよ」

 

「ああ」

 

獪岳は屋敷を出ていく。

 

その背中が見えなくなってから。

 

しのぶは胸元に手を当てた。

 

「……変な人」

 

でも。

 

不思議と嫌ではなかった。

 

むしろ――。

 

「少しだけ、安心しますね」

 

自分の笑顔の奥にあるものを。

 

無理に聞き出そうとせず。

 

ただ、気づいてくれる人。

 

そんな相手は、今までいなかった。

 

一方。

 

屋敷を離れた獪岳もまた、ふと足を止める。

 

「……胡蝶しのぶ」

 

名前を呟く。

 

笑顔の女。

 

だが。

 

あの笑顔の奥には、何かがある。

 

「……まあ、そのうち分かるか」

 

獪岳は歩き出す。

 

二人の距離は。

 

まだ遠い。

 

けれど。

 

確実に――。

 

少しずつ、近づいていた。

 

 

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