『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第85話 カナヲ、二人の関係に気づく

朝の蝶屋敷。

 

庭には朝露が残り、鳥の声が静かに響いていた。

 

「……」

 

栗花落カナヲは、庭の掃除をしていた。

 

いつもと変わらない朝。

 

いつもと変わらない蝶屋敷。

 

――ただ一つを除いて。

 

「……あれ?」

 

カナヲは、縁側に置かれた湯呑みを見つけた。

 

二つ。

 

「……?」

 

一つは、しのぶがいつも使っているもの。

 

もう一つは――。

 

「これ……」

 

昨日の夜、ここにあったものだ。

 

カナヲは少しだけ首を傾げた。

 

その時。

 

「カナヲ」

 

「……!」

 

背後から声。

 

振り返ると、しのぶが立っていた。

 

「おはようございます」

 

「……おはようございます、姉さん」

 

「朝から掃除ですか?」

 

「はい」

 

しのぶはいつもの笑顔。

 

ただ――。

 

カナヲは、その笑顔をじっと見る。

 

「……?」

 

「どうしました?」

 

「姉さん」

 

「はい?」

 

「昨日……泣きましたか?」

 

しのぶの笑顔が僅かに止まる。

 

「……どうして?」

 

「目が少し赤いです」

 

「ふふ」

 

しのぶは目元に触れる。

 

「よく見ていますね」

 

「……」

 

「少しだけ、眠れなかったんです」

 

「そうですか」

 

カナヲはそれ以上聞かなかった。

 

だが。

 

一つだけ気になることがあった。

 

――昨日の夜。

 

屋敷の門から帰っていった男。

 

「……」

 

黒い羽織。

 

腰の日輪刀。

 

雷を思わせる雰囲気。

 

「鳴柱……」

 

獪岳。

 

カナヲは、彼の背中を思い出す。

 

そして。

 

縁側に残された二つの湯呑み。

 

「……」

 

まさか。

 

そう思った瞬間。

 

「カナヲ?」

 

「はい」

 

「どうしました?」

 

「いえ……何でもありません」

 

しのぶは微笑む。

 

「そうですか」

 

カナヲは掃除を続ける。

 

だが。

 

頭の中では、昨日のことを考えていた。

 

――夜遅くまで、しのぶと獪岳が二人きり。

 

――朝、しのぶの目が赤い。

 

――縁側には二つの湯呑み。

 

そして。

 

最近、獪岳が蝶屋敷へ来る回数が増えている。

 

「……」

 

カナヲの手が止まる。

 

「……もしかして」

 

小さく呟いた。

 

「姉さんと……獪岳さん」

 

「何か言いました?」

 

「……何でもありません」

 

カナヲは再び掃除を始めた。

 

その日の昼。

 

「こんにちは」

 

「……!」

 

門から声がする。

 

カナヲが振り返る。

 

そこにいたのは。

 

「獪岳さん」

 

「カナヲか」

 

獪岳だった。

 

「しのぶは?」

 

「姉さんなら、薬室にいます」

 

「そうか」

 

「……」

 

カナヲは獪岳を見る。

 

獪岳はいつも通り。

 

無愛想。

 

だが。

 

以前とは少し違う。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「最近、よく来ますね」

 

「……」

 

「蝶屋敷に」

 

「そうだな」

 

「どうしてですか?」

 

「茶を飲みに来てる」

 

「……」

 

カナヲはじっと獪岳を見る。

 

「それだけですか?」

 

「……」

 

「?」

 

獪岳は僅かに目を逸らした。

 

「それだけだ」

 

「そうですか」

 

カナヲは頷く。

 

だが。

 

その時。

 

「獪岳さん?」

 

しのぶが薬室から出てきた。

 

獪岳の姿を見た瞬間。

 

「まあ」

 

しのぶの顔が、ぱっと明るくなる。

 

「来てくださったんですね」

 

「ああ」

 

「今日は怪我は?」

 

「ない」

 

「では、お茶を用意しますね」

 

「頼む」

 

二人の会話。

 

それを見て。

 

カナヲは確信した。

 

「……」

 

姉さん。

 

獪岳さんが来ると――。

 

いつもより少しだけ嬉しそう。

 

いつもの笑顔とは違う。

 

もっと自然な笑顔。

 

カナヲは静かに二人を見つめる。

 

「……なるほど」

 

「カナヲ?」

 

「はい」

 

「どうしました?」

 

「何でもありません」

 

カナヲは微笑んだ。

 

その日の夕方。

 

カナヲは一人で庭にいた。

 

「……姉さん」

 

しのぶが隣に座る。

 

「どうしました?」

 

「獪岳さんのこと」

 

「……!」

 

しのぶの肩が僅かに揺れた。

 

「何でしょう?」

 

「姉さん」

 

カナヲはまっすぐ見る。

 

「獪岳さんのこと、好きですか?」

 

「…………」

 

しのぶが固まった。

 

「カ、カナヲ?」

 

「はい」

 

「どうして、そんなことを?」

 

「分かります」

 

「……何がです?」

 

「姉さんが、獪岳さんを見る時の顔」

 

「……」

 

しのぶは頬を僅かに赤くする。

 

「そんな顔……していましたか?」

 

「はい」

 

「……困りましたね」

 

しのぶは苦笑する。

 

「カナヲには敵いませんね」

 

「じゃあ……」

 

カナヲは少しだけ期待するように尋ねる。

 

「好きなんですか?」

 

しのぶはしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……まだ、分かりません」

 

「……」

 

「ただ」

 

しのぶは月を見上げる。

 

「獪岳さんの前では、無理に笑わなくてもいい気がするんです」

 

カナヲは黙って聞いている。

 

「泣いても」

 

「……」

 

「怒っても」

 

「……」

 

「弱音を吐いても」

 

しのぶは少しだけ笑う。

 

「そのままでいいと言ってくれる人ですから」

 

「……」

 

カナヲは理解した。

 

姉さんが獪岳を特別に思っている理由。

 

それは――。

 

「安心するんですね」

 

「……はい」

 

しのぶは小さく頷いた。

 

カナヲは微笑む。

 

「なら、いいと思います」

 

「え?」

 

「姉さんが笑ってるから」

 

「……」

 

「今の姉さんの笑顔は、前より自然です」

 

しのぶの目が少し潤む。

 

「カナヲ……」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

その夜。

 

獪岳が帰った後。

 

カナヲはしのぶの隣に座る。

 

「姉さん」

 

「何ですか?」

 

「次に獪岳さんが来たら――」

 

「はい?」

 

「ちゃんと笑ってください」

 

「……」

 

「無理してじゃなくて」

 

しのぶは目を丸くする。

 

そして。

 

「……ふふ」

 

優しく笑った。

 

「はい」

 

カナヲはその笑顔を見て、確信する。

 

二人はまだ恋人ではない。

 

けれど。

 

二人の間には、確かに特別なものがある。

 

そしてカナヲは。

 

それを誰よりも静かに見守ることにした。

 

「……姉さんが幸せなら、それでいい」

 

小さな呟きは。

 

夜の蝶屋敷に静かに溶けていった。

 

 

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