『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

86 / 237
第86話 「お義兄ちゃんになってほしい」

昼下がりの蝶屋敷。

 

縁側では、獪岳が一人で茶を飲んでいた。

 

「……」

 

静かな庭を眺めながら、湯呑みを傾ける。

 

最近、蝶屋敷へ来ることが増えた。

 

理由は――。

 

「獪岳さん」

 

「……ん?」

 

背後から、しのぶの声。

 

「お茶のおかわりはいかがですか?」

 

「ああ。頼む」

 

「はい」

 

しのぶが湯呑みを受け取る。

 

そのやり取りも、今ではすっかり自然になっていた。

 

「……」

 

そんな二人を、少し離れた場所から見ている少女がいた。

 

栗花落カナヲ。

 

カナヲは二人を眺めながら、静かに考えていた。

 

――やっぱり。

 

姉さんは、獪岳さんといる時が一番自然だ。

 

笑顔も。

 

声も。

 

雰囲気も。

 

いつもの姉とは少し違う。

 

そして。

 

自分も――。

 

獪岳という男を嫌いではなかった。

 

むしろ。

 

「……優しい人」

 

以前、獪岳が負傷した隊士を気遣っているところを見た。

 

口調は厳しい。

 

表情も険しい。

 

だが。

 

誰よりも仲間のことを考えている。

 

カナヲは、そんな彼を見ていた。

 

「……」

 

そして。

 

一つの決意をする。

 

「……言おう」

 

カナヲは立ち上がった。

 

「獪岳さん」

 

「ん?」

 

カナヲが正面に立つ。

 

「どうした?」

 

「少し、話があります」

 

「俺に?」

 

「はい」

 

しのぶも振り返る。

 

「カナヲ?」

 

「姉さんは、少し待っていてください」

 

「……?」

 

しのぶは不思議そうに首を傾げた。

 

カナヲは獪岳を見る。

 

「獪岳さん」

 

「ああ」

 

「私からお願いがあります」

 

「何だ?」

 

カナヲは真剣な表情で言った。

 

「お義兄ちゃんになってほしいです」

 

「…………」

 

時間が止まった。

 

「…………は?」

 

獪岳の目が点になる。

 

しのぶも固まった。

 

「カ、カナヲ!?」

 

「はい」

 

「い、今……何て?」

 

「お義兄ちゃんになってほしい、と」

 

「な、何を言ってるんですか!?」

 

しのぶの顔が一気に赤くなる。

 

「どうして私まで恥ずかしくならなきゃいけないんですか!」

 

「姉さんが獪岳さんのことを大切にしているからです」

 

「……!」

 

しのぶの顔がさらに赤くなる。

 

「そ、そういう意味では――」

 

「違うんですか?」

 

「……」

 

しのぶは言葉に詰まる。

 

獪岳は二人を交互に見る。

 

「待て」

 

「はい」

 

「話が全く分からない」

 

「簡単です」

 

カナヲは真剣だった。

 

「姉さんと仲良くしている」

 

「……ああ」

 

「姉さんを泣かせない」

 

「……ああ」

 

「姉さんを笑顔にしてくれる」

 

「……」

 

「だから」

 

カナヲはまっすぐ獪岳を見る。

 

「お義兄ちゃんになってほしいです」

 

獪岳は額を押さえた。

 

「……気が早すぎるだろ」

 

「そうですか?」

 

「ああ」

 

「でも、姉さんは獪岳さんといる時、嬉しそうです」

 

「……」

 

獪岳はしのぶを見る。

 

しのぶは真っ赤になったまま、俯いている。

 

「……」

 

「姉さん」

 

「……はい」

 

「否定しないんですか?」

 

「……今は、何を言えばいいのか分かりません」

 

「そうですか」

 

カナヲは頷く。

 

「では、私は本気でお願いしています」

 

「……カナヲ」

 

獪岳が口を開く。

 

「俺は――」

 

言葉を探す。

 

「しのぶを幸せにできるかなんて、分からない」

 

しのぶが顔を上げる。

 

「獪岳さん……」

 

「俺は柱だ」

 

「……」

 

「鬼と戦う以上、いつ死ぬか分からない」

 

「……」

 

「だから、軽々しく『守る』なんて言えない」

 

カナヲは静かに聞いている。

 

「だが」

 

獪岳はしのぶを見る。

 

「俺は、こいつが無理して笑っているのを見たくない」

 

しのぶの目が揺れる。

 

「泣きたいなら泣けばいい」

 

「……」

 

「怒りたいなら怒ればいい」

 

「……」

 

「笑いたい時だけ笑えばいい」

 

獪岳は静かに言った。

 

「俺は、それでいいと思ってる」

 

しのぶは目を伏せる。

 

「……本当に、ずるい人ですね」

 

「何が?」

 

「そんなことを言われたら……」

 

しのぶは小さく笑った。

 

「もっと好きになってしまうじゃないですか」

 

「…………」

 

今度は獪岳が固まった。

 

「しのぶさん」

 

カナヲが小さく笑う。

 

「今、顔が赤いですよ」

 

「カナヲ!」

 

「ふふ」

 

珍しく、カナヲが楽しそうに笑った。

 

獪岳は咳払いをする。

 

「……とにかく」

 

「はい」

 

「お義兄ちゃんになるかどうかは、まだ早い」

 

「分かりました」

 

カナヲは素直に頷く。

 

だが。

 

「でも」

 

「何だ?」

 

「いつか、なってくださいね」

 

「……」

 

獪岳は答えに困った。

 

しのぶも困ったように笑う。

 

そして。

 

「……カナヲ」

 

「はい?」

 

「そういうことは、もう少し大人になってから言いましょうね」

 

「分かりました」

 

「本当に分かっていますか?」

 

「はい」

 

カナヲは頷く。

 

それから、獪岳を見て。

 

「でも」

 

「……まだあるのか」

 

「はい」

 

「何だ?」

 

「私は、獪岳さんのことを嫌いじゃありません」

 

「……そうか」

 

「むしろ、好きです」

 

「……」

 

「だから――」

 

カナヲは微笑む。

 

「いつか、本当にお義兄ちゃんになってくれたら嬉しいです」

 

獪岳はしばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「……分かった」

 

「!」

 

「その時が来たら、考える」

 

カナヲの顔が嬉しそうに輝く。

 

「約束です」

 

「ああ」

 

「絶対ですよ?」

 

「分かった」

 

「ふふ」

 

カナヲが去っていく。

 

その背中を見送った獪岳は、深いため息をついた。

 

「……とんでもないことを言う奴だな」

 

「すみません……」

 

しのぶが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「私からも謝ります」

 

「お前が謝ることじゃない」

 

「でも……」

 

獪岳はしのぶを見る。

 

「……」

 

「……何ですか?」

 

「さっきの」

 

「はい?」

 

「好きっていうのは……」

 

しのぶの顔が再び赤くなる。

 

「……聞いていたんですか?」

 

「聞こえただけだ」

 

「……忘れてください」

 

「無理だ」

 

「もう……」

 

しのぶは困ったように笑う。

 

獪岳も、少しだけ笑った。

 

「……まあ」

 

「はい?」

 

「悪い気はしない」

 

「……!」

 

しのぶの瞳が大きくなる。

 

「それは……」

 

「ああ」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「俺も、お前といる時間は嫌いじゃない」

 

「……」

 

しのぶは胸元に手を当てる。

 

「それだけで十分です」

 

「そうか」

 

「はい」

 

二人の間に、穏やかな空気が流れる。

 

その少し離れた場所。

 

カナヲは柱の陰から、こっそり二人を見ていた。

 

「……」

 

そして。

 

小さく頷く。

 

「やっぱり」

 

姉さんは幸せそうだ。

 

だったら――。

 

「いつか、本当に」

 

カナヲは小さく笑った。

 

「お義兄ちゃんになってもらおう」

 

その日。

 

蝶屋敷では、新たな目標が一つ生まれた。

 

鳴柱・獪岳。

 

そして蟲柱・胡蝶しのぶ。

 

二人の距離は――。

 

確実に、恋へと近づき始めていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。