『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第89話 胡蝶しのぶの答え

翌朝。

 

蝶屋敷には、いつもと変わらない朝が訪れていた。

 

鳥の声。

 

庭を掃く音。

 

薬草を整理する音。

 

何も変わらない。

 

――ただ一つ。

 

「……」

 

胡蝶しのぶは、自室の前で頬に手を当てていた。

 

昨夜のことを思い出す。

 

『俺は、お前が好きだ』

 

『私も――獪岳さんが好きです』

 

「……」

 

思い出すだけで、胸が熱くなる。

 

「……告白されてしまいましたね」

 

しのぶは小さく呟く。

 

そして。

 

「私も、告白してしまいました」

 

頬がさらに赤くなる。

 

今まで、鬼殺隊の柱として戦うことだけを考えてきた。

 

鬼への怒り。

 

姉の仇。

 

守るべき人々。

 

それ以外のことなど、考える余裕はなかった。

 

けれど。

 

獪岳と出会ってから。

 

少しずつ変わった。

 

笑っていない自分を見つけてくれた。

 

泣いている自分を受け止めてくれた。

 

弱音を吐いてもいいと言ってくれた。

 

そして――。

 

「好きだ」と。

 

真正面から伝えてくれた。

 

「……」

 

しのぶは胸元に手を当てる。

 

「こんな気持ち……初めてです」

 

その時。

 

「姉さん」

 

「!」

 

カナヲが廊下に立っていた。

 

「おはようございます」

 

「お、おはようございます、カナヲ」

 

「……」

 

カナヲは、しのぶをじっと見る。

 

「姉さん」

 

「何でしょう?」

 

「昨日、何かありましたか?」

 

「……」

 

しのぶの頬が赤くなる。

 

「どうしてそう思うんです?」

 

「顔が違います」

 

「……」

 

「いつもより、嬉しそうです」

 

しのぶは少し黙って。

 

「……カナヲには敵いませんね」

 

「何かあったんですね」

 

「はい」

 

しのぶは微笑む。

 

「昨日、獪岳さんとお話をしました」

 

「……告白ですか?」

 

「……!」

 

しのぶが固まる。

 

「な、なぜ分かるんです?」

 

「何となく」

 

「……」

 

しのぶは観念したように息を吐く。

 

「はい」

 

「獪岳さんが?」

 

「はい」

 

「何て言ったんですか?」

 

「……」

 

しのぶは思い出す。

 

『俺は、お前が好きだ』

 

胸がまた高鳴る。

 

「……好きだと」

 

「姉さんは?」

 

「私も……好きだと答えました」

 

カナヲの表情がぱっと明るくなる。

 

「本当ですか?」

 

「はい」

 

「よかったです」

 

「……」

 

しのぶはカナヲを見る。

 

「嬉しいんですか?」

 

「はい」

 

「どうして?」

 

「姉さんが幸せそうだから」

 

その言葉に。

 

しのぶの目が優しく細くなる。

 

「……ありがとう」

 

「はい」

 

カナヲは少し考える。

 

「じゃあ」

 

「はい?」

 

「お義兄ちゃん、決まりですね」

 

「カナヲ!」

 

しのぶの顔が真っ赤になる。

 

「まだです!」

 

「でも、二人とも好きなんですよね?」

 

「それは……そうですが」

 

「なら、ほとんど決まりです」

 

「……」

 

しのぶは言い返せない。

 

「ふふ」

 

カナヲは楽しそうに笑った。

 

その日の昼。

 

蝶屋敷の門から、聞き慣れた声が響く。

 

「……しのぶ」

 

「!」

 

しのぶが振り返る。

 

そこには獪岳が立っていた。

 

「おはようございます」

 

「ああ」

 

「今日は早いですね」

 

「任務の前に寄った」

 

「そうですか」

 

しのぶは自然に微笑む。

 

「お茶、飲みますか?」

 

「ああ」

 

二人で縁側に座る。

 

昨日までと同じ場所。

 

けれど。

 

昨日までとは、何かが違う。

 

「……」

 

「……」

 

互いに意識してしまう。

 

獪岳が口を開く。

 

「昨日のこと」

 

「……はい」

 

「本当に、いいのか?」

 

しのぶは彼を見る。

 

「何がです?」

 

「俺と付き合うこと」

 

しのぶは少し考える。

 

そして。

 

「はい」

 

迷いなく答えた。

 

「私は、獪岳さんが好きです」

 

「……」

 

「昨日の答えは、嘘ではありません」

 

獪岳は静かに頷く。

 

「そうか」

 

「はい」

 

「……よかった」

 

「ふふ」

 

しのぶは笑う。

 

「そんなに心配していたんですか?」

 

「ああ」

 

「意外です」

 

「俺だって心配くらいする」

 

「そうですね」

 

しのぶは湯呑みを置く。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「私、少し怖いんです」

 

「……何が?」

 

「幸せになること」

 

獪岳は黙る。

 

「大切なものが増えたら」

 

しのぶは自分の手を見る。

 

「失うのが怖くなるから」

 

「……」

 

「姉さんを失った時、私は何もできませんでした」

 

「……」

 

「だから、また大切な人ができたら……」

 

声が少し震える。

 

「その人まで失ってしまうんじゃないかって」

 

獪岳はしのぶの手に、自分の手を重ねた。

 

「……!」

 

「俺は死なない」

 

「……」

 

「簡単に死ぬつもりはない」

 

「獪岳さん……」

 

「柱になったからには、生きて帰る」

 

「……はい」

 

「お前を悲しませるつもりもない」

 

しのぶは少し笑う。

 

「約束ですか?」

 

「ああ」

 

「では、私も」

 

「何だ?」

 

「勝手に死なないでください」

 

「ああ」

 

「無茶もしないでください」

 

「……努力する」

 

「そこは『はい』でしょう?」

 

「……はい」

 

しのぶは思わず笑った。

 

「ふふ」

 

「何だ?」

 

「嬉しいんです」

 

「そうか」

 

「私、今まで……」

 

しのぶは空を見上げる。

 

「こんなふうに誰かの無事を願うことが、怖いだけじゃないんだって初めて知りました」

 

「……」

 

「心配するのも」

 

「……」

 

「帰りを待つのも」

 

しのぶは獪岳を見る。

 

「幸せなんですね」

 

獪岳は頷いた。

 

「ああ」

 

しのぶは笑う。

 

「では」

 

「ん?」

 

「今日から、ちゃんと恋人ですね」

 

「……そうだな」

 

二人の手は、いつの間にか重なっていた。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「改めて言わせてください」

 

しのぶはまっすぐ彼を見る。

 

「私は、あなたが好きです」

 

獪岳は少しだけ目を細める。

 

「俺もだ」

 

「……ふふ」

 

その笑顔には、もう仮面はなかった。

 

誰かのために作った笑顔でもない。

 

悲しみを隠すための笑顔でもない。

 

ただ。

 

愛する人と一緒にいられることが嬉しい。

 

その気持ちから自然に生まれた笑顔。

 

「……綺麗だな」

 

「え?」

 

「その笑顔」

 

しのぶは少し驚いて。

 

そして。

 

「ありがとうございます」

 

柔らかく笑った。

 

こうして。

 

胡蝶しのぶは、自分自身の心に答えを出した。

 

鬼への憎しみだけを抱えて生きるのではなく。

 

失うことを恐れて、愛することから逃げるのでもなく。

 

大切な人と共に、生きる。

 

その相手は――。

 

鳴柱・獪岳。

 

二人はまだ、鬼殺隊の柱。

 

いつ命を落とすかも分からない。

 

それでも。

 

「生きて帰ってきてくださいね」

 

「ああ」

 

「待っていますから」

 

「分かった」

 

その約束を胸に。

 

二人は新しい一歩を踏み出した。

 

「胡蝶しのぶの答え」は――。

 

「獪岳と共に生きる」。

 

それだった。

 

 

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