『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

9 / 26
第9話 「お前を疑ったことを、私は悔いている」

鬼が寺を襲った夜から、数日が経った。

 

寺は、少しずつ日常を取り戻していた。

 

壊された門は修繕され、抉られた地面も埋め戻された。

 

子供たちも、最初こそ夜を怖がっていたものの、今では再び笑い声を響かせている。

 

けれど。

 

一つだけ。

 

以前とは明確に違うものがあった。

 

悲鳴嶼行冥と、獪岳の間にある空気だった。

 

「獪岳」

 

「はい」

 

「今日は山へ薪を取りに行く」

 

「分かりました」

 

「子供たちも連れていく」

 

「じゃあ俺が先に道を見ます」

 

「ああ。頼む」

 

以前なら、こんな会話すらなかった。

 

悲鳴嶼は獪岳を警戒していた。

 

獪岳もまた、悲鳴嶼に対してどこか距離を置いていた。

 

理由は――。

 

原作で起きる悲劇。

 

そして、その悲劇の後。

 

悲鳴嶼が獪岳を疑い、寺の金を盗んだと思い込む未来。

 

だが。

 

「……もう、変わり始めてる」

 

獪岳は小さく呟いた。

 

「何か言ったか?」

 

「何でもありません」

 

それでも。

 

まだ一つだけ。

 

獪岳の胸に引っかかっているものがあった。

 

悲鳴嶼の目だ。

 

優しくなった。

 

信頼してくれている。

 

けれど。

 

完全に何もかもが消えたわけではない。

 

「……仕方ねぇか」

 

獪岳は思う。

 

自分だって、いきなり全てを信じられるわけではない。

 

まして悲鳴嶼にとっては、自分はただの寺の子供の一人。

 

しかも、原作では――。

 

「……いや」

 

獪岳は首を振った。

 

もう原作ではない。

 

ここからは、自分の物語だ。

 

その日の夕方。

 

薪を運び終えた頃。

 

悲鳴嶼が声をかけた。

 

「獪岳」

 

「はい?」

 

「少し、話がある」

 

「……?」

 

珍しく真剣な声音だった。

 

「こちらへ来なさい」

 

「分かりました」

 

二人は境内の端へ移動した。

 

夕日が山の向こうへ沈み始めている。

 

「……何ですか?」

 

悲鳴嶼は、しばらく黙っていた。

 

やがて。

 

「私は、お前を疑っていた」

 

獪岳の表情が止まった。

 

「……え?」

 

「以前の私は、お前の言葉や態度を素直に受け取れなかった」

 

悲鳴嶼は数珠を握る。

 

「お前は口が悪い」

 

「……それは否定できません」

 

「負けず嫌いで、他者と衝突することも多かった」

 

「……はい」

 

「だから私は、お前が自分のことしか考えていないのではないかと思っていた」

 

獪岳は黙った。

 

胸の奥が少し痛む。

 

「……そう、ですよね」

 

「だが」

 

悲鳴嶼は続けた。

 

「私は間違っていた」

 

「…………」

 

「鬼が寺を襲った夜」

 

悲鳴嶼の声が震えた。

 

「お前は、真っ先に子供たちのことを考えた」

 

「…………」

 

「自分が傷ついても、子供たちの前から退かなかった」

 

「…………」

 

「そして今日も」

 

悲鳴嶼は獪岳を見る。

 

「誰よりも先に山道を確認し、子供たちが安全に歩けるようにしていた」

 

獪岳は視線を落とした。

 

「……当たり前のことをしただけです」

 

「当たり前ではない」

 

「…………」

 

「お前は、誰かを守ろうとしている」

 

その言葉に。

 

獪岳の胸が詰まった。

 

悲鳴嶼は一歩近づく。

 

「だから私は――」

 

一度、深く息を吸う。

 

「お前を疑ったことを、私は悔いている」

 

「……!」

 

獪岳の目が見開かれた。

 

「悲鳴嶼さん……」

 

「すまなかった」

 

深く頭を下げる。

 

獪岳は慌てた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

「…………」

 

「頭、上げてください!」

 

「だが――」

 

「俺、そんなことで怒ってません!」

 

「しかし」

 

「俺だって!」

 

獪岳は声を詰まらせる。

 

「俺だって……悲鳴嶼さんを疑ってました」

 

「…………」

 

「俺は、この先で起こることを知ってるから」

 

言えない。

 

前世の記憶があることは。

 

原作のことも。

 

それでも。

 

「悲鳴嶼さんが俺を疑う未来があるって知ってた」

 

悲鳴嶼が息を呑む。

 

「だから……最初は怖かった」

 

「…………」

 

「いつか、俺のことを見捨てるんじゃないかって」

 

獪岳の拳が震える。

 

「でも」

 

顔を上げる。

 

「もう、いいです」

 

「……獪岳」

 

「俺も、あなたを信じます」

 

悲鳴嶼の目から、涙が落ちた。

 

「……ありがとう」

 

「泣かないでくださいよ」

 

「すまない」

 

「だから、それ言うの禁止です」

 

獪岳は苦笑した。

 

「俺たち、もう仲間でしょう?」

 

その一言。

 

悲鳴嶼はしばらく黙っていた。

 

そして。

 

「……そうだな」

 

大きな手が。

 

獪岳の頭に乗った。

 

「え」

 

優しく。

 

ゆっくりと撫でる。

 

「これからも、よろしく頼む」

 

「…………」

 

獪岳は驚いた。

 

そして。

 

「……はい」

 

小さく答えた。

 

「こちらこそ」

 

その時。

 

寺の方から声が聞こえた。

 

「獪岳兄ちゃーん!」

 

「何だ!」

 

「ご飯できたよー!」

 

「今行く!」

 

「悲鳴嶼さんも!」

 

「うむ」

 

獪岳が走り出す。

 

だが。

 

数歩進んだところで、振り返った。

 

「悲鳴嶼さん!」

 

「何だ?」

 

「今日から!」

 

獪岳は笑う。

 

「もっと頼ってください!」

 

悲鳴嶼は微笑んだ。

 

「ああ」

 

「俺も頼りますから!」

 

「うむ」

 

「じゃあ行きましょう!」

 

「待ちなさい。走ると転ぶぞ」

 

「子供じゃないんですから!」

 

「まだ子供だ」

 

「違います!」

 

二人の声が。

 

夕暮れの寺に響き渡った。

 

その夜。

 

食事の席。

 

「獪岳兄ちゃん、今日なんか嬉しそう!」

 

「そうか?」

 

「うん!」

 

「別に」

 

「悲鳴嶼さんも嬉しそう!」

 

「そうか?」

 

「うん!」

 

悲鳴嶼は静かに笑った。

 

獪岳も。

 

ほんの少しだけ笑った。

 

誰も知らない。

 

この日。

 

二人の間にあった最後の壁が消えたことを。

 

そして――。

 

後に鳴柱となる獪岳にとって。

 

悲鳴嶼行冥は、単なる恩人ではなくなる。

 

父のように慕う存在。

 

そして悲鳴嶼にとって獪岳は。

 

守るべき弟子でも、寺の子供の一人でもない。

 

「我が息子」

 

そう呼べるほどの存在になっていく。

 

すべての始まりは。

 

この夕暮れだった。

 

【大正コソコソ噂話】

 

この日から、悲鳴嶼と獪岳は以前よりも一緒にいる時間が増えた。

 

子供たち曰く。

 

「悲鳴嶼さんと獪岳兄ちゃん、親子みたい!」

 

「違います!」

 

獪岳は即座に否定。

 

しかし別の日。

 

「獪岳、ちゃんと食べているか?」

 

「食べてます」

 

「夜更かししていないか?」

 

「してません」

 

「無理な鍛錬は?」

 

「……してません」

 

「本当か?」

 

「…………少しだけ」

 

「獪岳」

 

「はい……」

 

――完全に父親と息子である。

 

なお、子供たちの間では密かに、

 

「獪岳兄ちゃんは悲鳴嶼さんの息子!」

 

という認識が定着した。

 

獪岳本人だけが最後まで認めなかったという。

 

――大正コソコソ噂話・終。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。