『霹靂、そして慈雨。転生獪岳の鬼殺隊無双ルート』   作:夜幻

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第90話 恋人

蝶屋敷の朝。

 

縁側に座る獪岳の前へ、しのぶが湯呑みを置いた。

 

「どうぞ」

 

「ああ」

 

「今日は少し濃いめに淹れてみました」

 

「……分かるのか?」

 

「もちろんです」

 

しのぶは隣に腰を下ろす。

 

「恋人の好みくらい、覚えておきたいですから」

 

「……」

 

獪岳の手が止まった。

 

「何ですか?」

 

「いや……」

 

「顔、赤いですよ?」

 

「赤くない」

 

「ふふ」

 

しのぶが楽しそうに笑う。

 

「恋人、という言葉に慣れていないんですね」

 

「……昨日まで、そういう関係じゃなかったからな」

 

「そうですね」

 

しのぶは嬉しそうに頷く。

 

「でも、今日からは恋人です」

 

「……ああ」

 

獪岳は湯呑みを口に運ぶ。

 

「うまい」

 

「ありがとうございます」

 

二人の間に、穏やかな時間が流れる。

 

以前と同じ蝶屋敷。

 

同じ縁側。

 

同じお茶。

 

それなのに――。

 

何もかもが違って見えた。

 

「獪岳さん」

 

「何だ?」

 

「恋人になったら、何をするんでしょう?」

 

「……俺に聞くな」

 

「ふふ。獪岳さんも分からないんですね」

 

「経験がない」

 

「私もです」

 

「……」

 

二人とも黙る。

 

そして。

 

同時に笑った。

 

「では」

 

しのぶが少し考える。

 

「一緒にお茶を飲む」

 

「ああ」

 

「一緒に食事をする」

 

「ああ」

 

「任務から帰ったら、お互いに『おかえりなさい』と言う」

 

「……それもいいな」

 

「ですよね」

 

しのぶは嬉しそうに笑う。

 

「そして――」

 

「まだあるのか?」

 

「はい」

 

しのぶは少し照れながら。

 

「手を繋ぐ」

 

獪岳は彼女を見る。

 

「……」

 

しのぶがそっと手を差し出す。

 

「嫌ですか?」

 

「いや」

 

獪岳はその手を取った。

 

「嫌じゃない」

 

指が重なる。

 

「……温かいですね」

 

「お前の手もな」

 

「ふふ」

 

しのぶはそのまま手を握る。

 

「こうしていると……」

 

「何だ?」

 

「本当に恋人になったんだなって思います」

 

「……そうだな」

 

そこへ。

 

「姉さん」

 

「!」

 

二人が振り返る。

 

カナヲが立っていた。

 

そして。

 

繋がれた二人の手を見る。

 

「……」

 

しばらく沈黙。

 

「……お義兄ちゃん」

 

「まだ早い」

 

獪岳が即答した。

 

「ふふ」

 

しのぶが笑う。

 

「カナヲ、朝から何を言っているんですか」

 

「でも、恋人になったんですよね?」

 

「……はい」

 

しのぶは少し恥ずかしそうに頷く。

 

カナヲは嬉しそうに微笑んだ。

 

「よかったです」

 

「ありがとう、カナヲ」

 

「はい」

 

カナヲは二人を見て。

 

「姉さん、昨日より嬉しそうです」

 

「……そうですか?」

 

「はい」

 

獪岳がしのぶを見る。

 

「俺もそう思う」

 

「もう……」

 

しのぶは頬を赤くする。

 

「二人とも、そんなに見ないでください」

 

カナヲが微笑む。

 

「姉さん」

 

「はい?」

 

「その笑顔、好きです」

 

「……」

 

しのぶの目が少し潤む。

 

「ありがとう」

 

カナヲは屋敷の中へ戻っていく。

 

二人きりになった縁側。

 

しのぶは獪岳を見る。

 

「……嬉しいですね」

 

「ああ」

 

「こうして、私のことを見てくれる人がいる」

 

「……」

 

「帰りを待ってくれる人がいる」

 

「俺は必ず帰る」

 

「はい」

 

「お前もな」

 

「もちろんです」

 

しのぶは手を握り直す。

 

「二人で生きて帰りましょう」

 

「ああ」

 

その言葉は。

 

二人にとって、恋人としての最初の約束になった。

 

しかし。

 

鬼殺隊の任務は、そんな二人の幸せを待ってはくれない。

 

「獪岳さん」

 

「ん?」

 

「次の任務は、いつですか?」

 

「今夜だ」

 

「……そうですか」

 

しのぶの笑顔が少しだけ曇る。

 

獪岳はそれに気づく。

 

「心配か?」

 

「はい」

 

「俺もだ」

 

「え?」

 

「お前が任務に行く時は、俺も心配する」

 

しのぶは少し驚いて。

 

そして笑った。

 

「……嬉しいです」

 

「そうか」

 

「心配してくれる人がいるって、こんなに嬉しいんですね」

 

「ああ」

 

獪岳は立ち上がる。

 

「じゃあ、行ってくる」

 

「はい」

 

しのぶも立ち上がる。

 

「気をつけてくださいね」

 

「ああ」

 

「必ず帰ってきてください」

 

「約束する」

 

獪岳が歩き出す。

 

その背中に。

 

「獪岳さん」

 

「ん?」

 

しのぶが小さく手を振った。

 

「いってらっしゃい」

 

獪岳は振り返る。

 

「……ああ」

 

そして。

 

「行ってくる、しのぶ」

 

その呼び方に。

 

しのぶの瞳が大きくなる。

 

今まで。

 

「胡蝶」と呼ばれていた。

 

初めてだった。

 

「しのぶ」と。

 

名前で呼ばれたのは。

 

「……はい」

 

しのぶは満面の笑みを浮かべる。

 

「いってらっしゃい、獪岳さん」

 

その笑顔は。

 

もう仮面ではない。

 

愛する人を送り出す、一人の女性の笑顔だった。

 

獪岳はその笑顔を胸に刻み。

 

夜の任務へ向かっていく。

 

――恋人になった二人。

 

それは幸せであると同時に。

 

互いの命を心配する日々の始まりでもあった。

 

それでも。

 

二人は約束した。

 

必ず、生きて帰る。

 

愛する人のもとへ。

 

「ただいま」と言うために。

 

 

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