蝶屋敷。
午後の庭。
「しのぶさーん!」
黄色い髪を揺らしながら、我妻善逸が走ってくる。
「しのぶさーん! 今日も俺が薬草を――」
そこで。
善逸の足が止まった。
「…………」
縁側。
そこには、しのぶと獪岳がいた。
二人は並んで座っている。
そして――。
手を繋いでいた。
「…………」
善逸の顔から、血の気が引いていく。
「…………え?」
しのぶが振り返る。
「あら、善逸君」
「し、しのぶさん……?」
「どうしました?」
「いや……」
善逸の視線が、二人の手に向く。
「……その手」
「はい?」
しのぶは自分の手を見る。
「ああ」
少し照れながら。
「恋人ですから」
「…………」
善逸の思考が停止した。
「……こ」
「?」
「恋人?」
「はい」
「誰と?」
「獪岳さんとです」
「…………」
次の瞬間。
「うわああああああああああああああああああっ!!?」
蝶屋敷中に、善逸の絶叫が響き渡った。
「善逸君!?」
「なんで!? なんで獪岳なんですかぁぁぁぁ!?」
獪岳が眉をひそめる。
「うるさい」
「うるさくもなるわ!!」
善逸は頭を抱える。
「俺がどれだけしのぶさんに――!」
「善逸君」
しのぶが笑顔で遮る。
「落ち着いてくださいね」
「……はい」
「ありがとうございます」
「……」
善逸は涙目になった。
「でも……」
獪岳を見る。
「よりによって、こいつ……」
「おい」
「だって兄貴だぞ!?」
「兄貴?」
しのぶが首を傾げる。
「あ」
善逸が口を滑らせたことに気づく。
「いや、その……」
獪岳が腕を組む。
「何だ?」
「……獪岳兄貴」
「だから何だ」
「俺は認めません!」
「勝手にしろ」
「冷たい!」
しのぶはクスクス笑う。
「善逸君」
「はい……」
「私が決めたことですから」
「……」
「獪岳さんと一緒にいると、私は自然に笑えるんです」
善逸は黙った。
「無理をしなくていい」
しのぶは獪岳を見る。
「泣いても、怒っても、弱音を吐いても……そのままでいられます」
「……」
「だから私は、獪岳さんが好きなんです」
善逸は二人を見る。
獪岳は照れながらも、しのぶの手を離さない。
しのぶも離さない。
「……」
善逸の顔が少しずつ崩れる。
「……しのぶさん」
「はい?」
「本当に……幸せなんですか?」
「はい」
即答だった。
「とても」
「……」
善逸は俯く。
そして。
「……そっか」
涙が一粒落ちる。
「なら……俺は何も言えないです」
「善逸君……」
「だって、しのぶさんがそんな顔で笑ってるの……初めて見たから」
しのぶが目を見開く。
「……」
善逸は涙を拭う。
「悔しいけど……」
獪岳を見る。
「兄貴」
「何だ」
「しのぶさんを泣かせたら、俺が許しませんからね!」
「……分かった」
「本当に分かってます!?」
「ああ」
「ならいいです!」
善逸は涙を拭いながら頷く。
そして――。
「でも!」
「まだあるのか」
「俺の心の傷は全然癒えてないからなぁぁぁぁ!」
「知るか」
「兄貴ぃぃぃ!」
再び蝶屋敷に絶叫が響く。
「善逸君、うるさいですよ」
「しのぶさぁぁぁん!」
そこへ。
「何事ですか!?」
アオイが飛び出してきた。
「善逸さん! 騒がないでください!」
「アオイちゃん! 聞いてよ!」
「何です?」
善逸は指を震わせながら二人を指差す。
「しのぶさんと獪岳兄貴が恋人になりました!」
「……え?」
アオイも固まった。
「……」
そして。
「まあ」
驚きながら二人を見る。
しのぶは少し照れながら笑う。
「はい」
「……おめでとうございます」
アオイはすぐに頭を下げた。
「お二人とも、お幸せに」
「ありがとうございます」
「アオイちゃん!?」
善逸が叫ぶ。
「受け入れるの早すぎない!?」
「だって、しのぶ様が幸せそうですから」
「……」
善逸は再び二人を見る。
確かに。
しのぶは幸せそうだった。
獪岳もまた、以前より柔らかな表情をしている。
「……」
善逸は大きく息を吐いた。
「……分かった」
「善逸君?」
「俺も応援します」
しのぶが微笑む。
「ありがとうございます」
「でも!」
善逸は獪岳を睨む。
「兄貴!」
「何だ」
「しのぶさんを大切にしてください!」
「……当然だ」
「絶対ですよ!」
「ああ」
善逸は拳を握る。
「よし……!」
そして。
「俺は二人の恋を応援するぞぉぉぉぉ!」
「だからうるさい!」
獪岳の怒声が飛ぶ。
「ひぃぃぃ!」
善逸が逃げる。
蝶屋敷に笑い声が響いた。
その様子を見ながら。
しのぶは獪岳の手を握り直す。
「……賑やかですね」
「ああ」
「でも」
しのぶは笑う。
「悪くありませんね」
「ああ」
その笑顔を見つめながら。
獪岳も小さく笑った。
そして屋敷の奥では。
「お義兄ちゃん……」
カナヲが小さく呟いていた。
「……もう決まりですね」
「だから早いって言ってるだろ!」
獪岳の声が飛んだ。
――こうして。
蝶屋敷中に、二人の交際が知れ渡ることになった。
そして何より大きな反応を見せたのは。
我妻善逸だった。
その日の蝶屋敷では。
「しのぶさぁぁぁん!」
という悲鳴が、日が暮れるまで響き続けた。