――大正コソコソ噂話。
鬼殺隊の隊士たちの間で、最近ひそかに囁かれている噂がある。
「……知ってるか?」
「何を?」
「鳴柱・獪岳と、蟲柱・胡蝶しのぶのことだよ」
「もちろん知ってる」
「最近、二人が一緒にいるところをよく見るんだ」
「任務の打ち合わせじゃないのか?」
「いや、それだけじゃないらしい」
「どういう意味だ?」
「蝶屋敷で二人きりでお茶を飲んでるとか」
「ほう……」
「しかも、かなり仲が良いらしい」
「柱同士なら、別に珍しくないだろ」
「それがな……」
隊士は周囲を確認してから、小声で言った。
「二人きりの時だけ、獪岳の雰囲気が変わるらしい」
「……本当か?」
「ああ」
「いつもの獪岳って、かなり怖いだろ」
「そうなんだよ」
「それが?」
「しのぶさんの前だと、少しだけ表情が柔らかくなるんだ」
「……想像できない」
「俺もだ」
「それで?」
「しのぶさんも、獪岳の前ではいつもの笑顔と違うらしい」
「いつもの笑顔?」
「ああ。あの完璧な笑顔じゃない」
「……」
「もっと自然に笑うんだそうだ」
「ほう」
「まるで、本当に楽しそうに」
「それは……」
隊士は頷く。
「だから皆、もしかして――って思ってたんだ」
「もしかして?」
「恋人なんじゃないかって」
「……!」
その瞬間。
背後から声がした。
「何の話をしているんですか?」
「「ひっ!?」」
振り返る。
そこにいたのは――。
蟲柱・胡蝶しのぶ。
「し、しのぶさん!?」
「こんにちは」
いつもの笑顔。
「先ほど、恋人がどうとか聞こえましたけど」
「い、いや、その……!」
「何のお話でしょう?」
隊士たちは震え上がる。
すると。
「俺も聞きたいな」
「「!!」」
今度は反対側から。
鳴柱・獪岳。
「獪岳さん!?」
獪岳は腕を組み、二人を睨む。
「人の噂話をする暇があるなら鍛錬しろ」
「は、はい!」
二人の隊士は一目散に逃げていった。
「……」
獪岳は呆れた顔をする。
「何なんだ、あいつらは」
「ふふ」
しのぶが笑う。
「最近、噂になっているみたいですね」
「気にするな」
「私は別に気にしていませんよ」
「そうか」
しのぶは少しだけ獪岳へ近づく。
「だって――」
「ん?」
「噂ではなく、本当ですから」
「……」
獪岳の顔が僅かに赤くなる。
「ここで言うな」
「ふふ。どうしてです?」
「聞かれたら面倒だ」
「では、誰もいないところなら?」
「……好きにしろ」
「では」
しのぶは微笑む。
「獪岳さん」
「何だ?」
「大好きですよ」
「……」
獪岳は少し顔を逸らす。
「俺もだ」
「ふふ」
そこへ。
「姉さん!」
カナヲが走ってくる。
「どうしました?」
「お義兄ちゃん!」
「……」
獪岳が額を押さえる。
「またそれか」
「はい」
「まだ早い」
「でも恋人ですよね?」
「ああ」
「なら、お義兄ちゃんです」
「理屈になってないぞ」
しのぶが笑う。
「カナヲ、獪岳さんが困っていますよ」
「……分かりました」
カナヲは少し考える。
「では、鳴柱さん」
「それも嫌だ」
「では……獪岳さん」
「ああ」
「いつか、お義兄ちゃんになってください」
「……考えておく」
「はい」
カナヲは満足そうに頷いた。
そして。
――大正コソコソ噂話。
「実は最近、蝶屋敷ではもう一つ噂がある」
「何だ?」
「鳴柱が蝶屋敷へ行くと、必ずお茶が二つ用意される」
「……」
「そして帰る時には――」
「何だ?」
「しのぶさんが必ず『いってらっしゃい』と言うんだ」
「それだけ?」
「いや」
「まだあるのか?」
「鳴柱も必ず――」
「『行ってくる』と返すらしい」
「……」
「……それ、完全に夫婦じゃないか?」
「まだ恋人だよ!」
「そうなのか?」
「カナヲちゃんはもうお義兄ちゃん扱いしてるらしいけどな」
「……」
「そして一番ショックを受けているのは――」
「誰だ?」
「我妻善逸」
「やっぱりか」
「毎回、蝶屋敷から悲鳴が聞こえるらしい」
「……気の毒に」
「でも――」
「ん?」
「しのぶさんが幸せそうだから、最後には応援しているらしいぞ」
「それなら良かったな」
「うむ」
――こうして。
鬼殺隊の中では、少しずつ知られていった。
鳴柱・獪岳。
蟲柱・胡蝶しのぶ。
二人は柱として互いを尊敬し。
そして今は――。
恋人として、互いを支え合っている。
「……しのぶ」
「はい?」
「帰るぞ」
「はい」
二人は並んで歩いていく。
「明日も来ますか?」
「ああ」
「では、お茶を用意しておきますね」
「頼む」
二人の背中を。
カナヲが静かに見送る。
「……」
そして、小さく呟いた。
「やっぱり、お義兄ちゃんです」
――大正コソコソ噂話。