第94話 鬼の気配
夜。
蝶屋敷から少し離れた山道を、二人の鬼殺隊士が歩いていた。
「……静かだな」
「ああ」
月明かりの下。
木々の間を冷たい風が通り抜ける。
「この辺りで、ここ数日行方不明者が増えているらしい」
「鬼の仕業か?」
「まだ分からない。だが――」
隊士が足を止めた。
「……どうした?」
「今……何か聞こえなかったか?」
「?」
二人が耳を澄ます。
――風の音。
――木々のざわめき。
そして。
「……ふふ」
遠くから。
誰かの笑い声が聞こえた。
「……!」
二人の顔から血の気が引く。
「今の……人間か?」
「分からない」
刀の柄に手を掛ける。
その瞬間。
「こんばんは」
「――ッ!」
背後。
いつの間にか、男が立っていた。
白銀の髪。
虹色の瞳。
口元には、穏やかな笑み。
「こんな夜更けに、二人でお散歩ですか?」
「鬼……!」
隊士が刀を抜く。
「貴様、何者だ!」
男は楽しそうに笑った。
「僕?」
首を傾げる。
「僕は童磨」
その名を聞いた瞬間。
二人の隊士は震えた。
「……!」
「その反応……」
童磨は嬉しそうに目を細める。
「もしかして、僕のこと知ってるのかな?」
「上弦……!」
「うん」
童磨は笑う。
「上弦の弐だよ」
次の瞬間。
冷気が周囲を包み込んだ。
「――ッ!」
隊士の足が凍りつく。
「ぐ……!」
「動け……!」
童磨は扇を開く。
「まあまあ、そんなに怖がらないでよ」
「くっ……!」
「すぐに終わるから」
扇が振られる。
冷気が刃となって襲いかかる。
――しかし。
その瞬間。
「雷鳴――」
遠くから声が響いた。
童磨が振り返る。
「……ん?」
「轟け」
閃光。
「――鳴柱・獪岳!」
雷鳴と共に、一人の剣士が地面へ降り立った。
黒い羽織が風に舞う。
腰には日輪刀。
鋭い眼差し。
「……!」
隊士たちが息を呑む。
「獪岳様……!」
獪岳は二人の前に立つ。
「下がれ」
「は、はい!」
二人が後退する。
童磨は獪岳を見つめる。
「へえ……」
口元の笑みが深くなる。
「柱だ」
獪岳は刀を抜く。
「上弦の弐……童磨」
「僕のこと知ってるんだ」
「ああ」
「嬉しいなぁ」
童磨は楽しそうに笑う。
「君、強そうだね」
「黙れ」
「怖い顔」
「……」
獪岳の足元で。
小さく雷光が走る。
「お前をここから逃がす気はない」
「ふふ」
童磨は扇を構える。
「じゃあ、遊ぼうか」
その瞬間。
二人の間で。
凄まじい殺気がぶつかった。
――しかし。
獪岳は、僅かに眉を寄せる。
「……妙だな」
「何が?」
「お前は、ここに何をしに来た?」
童磨は笑った。
「もちろん、人を食べに」
「……」
「でもね」
童磨は山の奥を見る。
「今日は、もっと面白いものを探しているんだ」
「何?」
「花」
獪岳の目が細くなる。
「……花?」
「うん」
童磨は楽しそうに笑う。
「とても綺麗な花柱がいるんだろう?」
「……!」
獪岳の表情が変わった。
「誰のことだ」
「君、知らないの?」
童磨は首を傾げる。
「蟲柱の――」
そこで。
獪岳の刀が一閃した。
「それ以上、喋るな」
童磨の頬に浅い傷が走る。
「……!」
童磨は驚いた。
そして。
「ふふ……」
嬉しそうに笑う。
「なるほど」
「何がだ」
「君、あの子のことが大切なんだね」
「……」
獪岳の殺気が一段階増す。
「なら――」
童磨は扇を広げた。
「もっと楽しくなりそうだ」
冷気が山を覆う。
「上弦の弐……」
獪岳は刀を構える。
「ここで斬る」
その頃。
蝶屋敷。
しのぶは縁側に立ち、夜空を見上げていた。
「……」
なぜか。
胸騒ぎがする。
「獪岳さん……」
理由は分からない。
けれど。
何か良くないことが起きている。
そんな気がしてならなかった。
しのぶは胸元に手を当てる。
「どうか……無事で帰ってきてください」
静かな夜。
その願いが届くかのように。
遠くの山で。
雷鳴が轟いた。
――第94話・終――