深夜の山中。
月明かりの下で、三人の剣士が向かい合っていた。
一人は鳴柱・獪岳。
一人は花柱・胡蝶カナエ。
そして、その二人を前にして微笑む鬼――。
「上弦の弐、童磨」
童磨は扇を広げ、楽しそうに笑った。
「いやぁ……本当に嬉しいなぁ」
「……何がだ」
獪岳が刀を構える。
「だって、柱が二人も来てくれたんだもの」
「なら、喜んで死ね」
「怖いねぇ」
童磨は笑う。
「でも、君みたいな怖い顔をした人ほど、面白いんだよね」
「……」
獪岳の足元で雷光が弾けた。
カナエが静かに口を開く。
「獪岳さん」
「ああ」
「先ほどの攻撃を見ていました」
「どうだった?」
「冷気を吸い込むのは危険です」
カナエは童磨を見据える。
「肺を凍らせる血鬼術……でしょうか」
「おや」
童磨が目を丸くする。
「よく分かったね」
「鬼の血鬼術を甘く見てはいませんから」
カナエは刀を握り直す。
「それに――」
視線が鋭くなる。
「あなたは戦いながら、相手の動きを観察しています」
「……」
「楽しんでいるように見えて、決して油断していない」
童磨の笑顔が少しだけ深くなった。
「へぇ」
「だからこそ」
カナエは構える。
「こちらも全力でいきます」
「素敵だね」
童磨が扇を振る。
「じゃあ、まずは――」
冷気が爆発した。
「血鬼術・凍て曇!」
白い霧が一瞬で山を覆う。
「……!」
獪岳が飛び退く。
カナエも同時に距離を取った。
「近づくな!」
獪岳が叫ぶ。
「分かっています!」
冷気が木々を凍らせていく。
「ふふふ」
童磨は霧の中から姿を消す。
「どこにいるか分かるかな?」
「……」
獪岳は目を閉じた。
耳を澄ます。
――風。
――木々。
――冷気。
そして。
「そこだ!」
雷光。
獪岳が地面を蹴る。
「雷の呼吸――」
一閃。
「迅雷・閃々!」
雷鳴と共に刀が走る。
「おっと!」
童磨が扇で受ける。
――ガキィン!
凄まじい衝撃。
童磨の身体が後方へ吹き飛ぶ。
「おお!」
童磨が嬉しそうに笑う。
「速い!」
「まだだ!」
獪岳が追撃する。
「雷龍!」
雷を纏った斬撃が連続して走る。
「これは凄い!」
童磨は扇を振りながら後退する。
氷の花が次々と生まれる。
「血鬼術――蔓蓮華!」
巨大な氷の蓮が咲き誇る。
獪岳が斬り裂く。
「邪魔だ!」
氷が砕け散る。
その横を――。
「花の呼吸!」
カナエが駆け抜ける。
「弐ノ型――御影梅!」
幾重もの斬撃が童磨へ迫る。
「へえ!」
童磨が扇を交差させる。
――ギィン!
火花が散る。
カナエは一歩退く。
「……硬い」
「僕の首を斬るつもりなら、もっと頑張らないと」
童磨は笑う。
「花柱さん」
「……」
「君も、とても綺麗だね」
「ありがとうございます」
カナエは微笑む。
「ですが――」
刀を構え直す。
「鬼に褒められても嬉しくありません」
「残念だなぁ」
童磨は肩をすくめる。
「僕は本当に綺麗だと思っているんだけど」
「……」
獪岳が割り込む。
「くだらない話をするな」
「獪岳さん?」
「こいつは戦いを遊びだと思っている」
童磨は笑う。
「その通り」
「なら――」
獪岳の瞳が鋭くなる。
「遊びでは終わらせない」
雷鳴。
カナエも刀を構える。
「ええ」
二人の呼吸が重なる。
「雷と花……」
童磨は楽しそうに二人を見る。
「いいねぇ」
そして。
扇を大きく開いた。
「だったら――」
山全体を覆うほどの冷気が噴き出す。
「二人まとめて、僕のところへおいでよ!」
巨大な氷の仏像が出現する。
「血鬼術――霧氷・睡蓮菩薩!」
「……!」
獪岳が目を見開く。
カナエも息を呑む。
巨大な氷の仏像が、二人を見下ろしていた。
「これは……!」
「避けろ、胡蝶!」
「はい!」
氷の腕が振り下ろされる。
――ドォォォン!
地面が大きく砕ける。
二人は左右へ飛び退いた。
「凄いねぇ!」
童磨が笑う。
「これでもまだ、本気じゃないんだよ?」
獪岳は刀を握り直す。
「……上弦の弐」
初めて。
獪岳の顔に僅かな焦りが浮かんだ。
カナエも静かに息を整える。
「強い……」
それでも。
二人は退かない。
「獪岳さん」
「ああ」
「一人ではありません」
「……分かっている」
カナエは微笑む。
「なら、勝てます」
「……ああ」
獪岳も頷く。
その時。
童磨が二人を見て笑った。
「ねぇ、柱のお二人」
「何だ」
「君たちは――」
虹色の瞳が細くなる。
「とても仲がいいんだね」
「……」
「羨ましいなぁ」
その言葉に。
獪岳の殺気が跳ね上がった。
「黙れ」
「おや?」
「お前に、しのぶのことを語る資格はない」
童磨の笑顔が一瞬だけ止まった。
「……しのぶ?」
「獪岳さん!」
カナエが驚く。
童磨は首を傾げる。
「もしかして……」
そして。
「蟲柱・胡蝶しのぶ?」
獪岳の瞳が鋭くなる。
「……」
童磨は嬉しそうに笑った。
「なるほど」
「……何がだ」
「そういうことかぁ」
童磨の笑顔が、今まで以上に不気味なものへ変わる。
「君が守りたい人は――」
「……」
「胡蝶しのぶなんだね?」
獪岳の周囲に雷が走る。
「その名を――」
刀を握り締める。
「二度と口にするな」
カナエは獪岳の横顔を見る。
そして悟った。
――この男は。
しのぶを本気で大切にしている。
童磨はそんな獪岳を見て、楽しそうに笑った。
「面白いなぁ」
扇を構える。
「じゃあ――」
冷気が再び渦巻く。
「その大切な人を守れるか、試してみようか」
「……!」
獪岳の目が変わる。
「上等だ」
雷鳴が轟く。
「絶対に――」
カナエも刀を構える。
「ここで討ちます」
雷と花。
二つの柱が並び立つ。
その前に立つのは――。
上弦の弐。
童磨。
三者の殺気がぶつかり合い。
山全体が震えた。
――そして。
本当の死闘が、始まった。