深夜の山中。
「……」
童磨は、倒れたカナエを見下ろしていた。
カナエは右手で刀を握りしめているものの、身体には力が入らない。
「もう頑張らなくていいよ」
童磨は穏やかに微笑む。
「君は十分戦った」
「……誰が……」
カナエは震える身体を起こそうとする。
「あなたなんかに……」
「無理しないほうがいいよ」
童磨が一歩近づく。
「そのままだと、本当に死んじゃうから」
「……っ」
その瞬間。
「――その女から離れろ」
低い声が響いた。
童磨が振り返る。
「……」
そこには獪岳が立っていた。
全身に雷光を纏い、刀を構えている。
その瞳には、先ほどまでとは比べ物にならない殺気が宿っていた。
「へぇ……」
童磨は楽しそうに笑う。
「随分と怖い顔をするね」
「もう一度言う」
獪岳は一歩踏み出す。
「その女から離れろ」
「女?」
童磨がカナエを見る。
「この花柱さん?」
「そうだ」
「どうして?」
「……」
獪岳は刀を握り締める。
「仲間だからだ」
童磨は首を傾げた。
「仲間?」
「ああ」
「それだけ?」
「……」
「さっきから、随分と必死じゃないか」
童磨の笑顔が深くなる。
「もしかして――」
獪岳の目が細くなる。
「この人も君にとって大切なのかな?」
「くだらないことを言うな」
「じゃあ、どうしてそんなに怒ってるの?」
「……」
獪岳の足元で雷が弾ける。
「俺の目の前で仲間を傷つけられた」
「それだけだ」
「へぇ」
童磨は楽しそうに笑った。
「君って、本当は優しいんだね」
「黙れ」
「もっと怖い人だと思っていたよ」
「俺はお前にどう思われようが――」
獪岳が刀を構える。
「知ったことじゃない」
次の瞬間。
「雷の呼吸――」
雷鳴が轟いた。
「迅雷・閃々!」
獪岳の姿が消える。
「――!」
童磨が目を見開く。
一瞬。
二人の間に雷光が走った。
――ガキィィン!
童磨の扇が弾き飛ばされる。
「おっと!」
獪岳の刀が童磨の首を狙う。
しかし。
「惜しい!」
童磨は身体を反らして回避。
そのまま距離を取る。
「速いねぇ!」
「逃がすか!」
獪岳が追撃する。
「雷龍!」
雷を纏った斬撃が連続して放たれる。
童磨は扇を振り、氷の壁を作り出す。
――ドォン!
氷壁が砕ける。
「すごい!」
童磨は笑う。
「本当に強いなぁ!」
「ふざけるな!」
獪岳が再び踏み込む。
その背後。
カナエは必死に立ち上がっていた。
「獪岳さん……!」
「動くな!」
「ですが――」
「今のお前は戦える状態じゃない!」
「……」
獪岳は童磨から目を離さない。
「そこで休んでいろ」
「……分かりました」
カナエは悔しそうに唇を噛む。
しかし。
自分の身体が限界に近いことも理解していた。
「獪岳さん……」
「何だ」
「ありがとうございます」
「礼なんかいらない」
「でも……」
カナエは微笑む。
「しのぶが、あなたを好きになる理由が分かった気がします」
「……!」
獪岳の顔が僅かに赤くなる。
「今それを言うな!」
「ふふ……」
童磨は二人の会話を聞いていた。
「しのぶ?」
「……」
「やっぱり蟲柱のことが好きなんだね」
獪岳の表情が変わる。
「……童磨」
「何?」
「お前には関係ない」
「でも面白いなぁ」
童磨が笑う。
「君みたいな人が、誰かを大切にするなんて」
「……」
「もっと聞きたいな」
「断る」
「残念」
童磨が扇を開く。
「じゃあ――」
冷気が一気に広がる。
「無理やり聞こうかな」
「……!」
獪岳が刀を構える。
「やってみろ」
冷気と雷。
二つの力が激突する。
その一方で。
カナエは静かに立ち上がった。
「……」
まだ足は震えている。
肺も痛い。
それでも。
「私は……花柱です」
刀を握る。
「守られるだけでは、終われません」
カナエは獪岳の隣へ歩く。
「おい」
「大丈夫です」
「無理をするな」
「無理ではありません」
カナエは微笑む。
「私も柱ですから」
獪岳は黙る。
そして。
「……分かった」
二人が並び立つ。
「ただし」
獪岳が言う。
「俺の前に出るな」
「ふふ」
カナエは笑う。
「獪岳さんも、私の前に出すぎないでくださいね」
「……」
「約束です」
「……ああ」
二人の間に、僅かな信頼が生まれる。
童磨はそれを見ながら笑った。
「いいねぇ」
扇を構える。
「二人の柱が並んで戦うなんて」
「ならば――」
獪岳の刀が雷を纏う。
「その余裕ごと斬り捨てる」
カナエも刀を構える。
「花の呼吸――」
月明かりの下。
雷と花が再び並び立つ。
「行きます!」
「来い!」
二人が同時に踏み込む。
「……ふふ」
童磨の笑顔が歪む。
「楽しくなってきたねぇ」
そして。
山中に再び、雷鳴と刀の音が響き渡った。