深夜の山中。
童磨の血鬼術によって、辺り一面は白銀の世界へと変わっていた。
木々は凍りつき。
地面には薄氷が張り。
吐く息さえ白く染まる。
「……寒いですね」
花柱・胡蝶カナエが呟く。
「無理するな」
隣に立つ鳴柱・獪岳が答えた。
「これくらいなら大丈夫です」
「その呼吸で分かる。冷気を吸い込みすぎている」
「……」
カナエは僅かに苦笑する。
「さすが鳴柱ですね」
「誤魔化すな」
獪岳は童磨を睨む。
「こいつの血鬼術は、呼吸を使う剣士にとって相性が悪すぎる」
「よく分かってるねぇ」
童磨が扇を広げる。
「そうだよ。僕の冷気を吸い込めば、肺が凍って呼吸ができなくなる」
「……」
「だから――」
童磨が笑う。
「柱でも、長くは持たないよ」
冷気が一気に膨れ上がる。
「血鬼術――凍て曇!」
吹雪が二人を襲う。
「来る!」
獪岳が前へ出る。
「雷の呼吸――」
刀身に雷光が走る。
「迅雷・閃々!」
――ドンッ!
雷鳴。
獪岳の身体が一瞬で消えた。
「おお!」
童磨が目を見開く。
「速い!」
次の瞬間。
――ザンッ!
童磨の扇が弾き飛ばされた。
「……!」
「まだだ!」
獪岳は止まらない。
「雷龍!」
雷を纏った斬撃が連続して走る。
童磨は氷の壁を次々に生み出して防ぐ。
「凄いねぇ!」
氷が砕ける。
「でも――」
童磨の背後から、巨大な氷柱が出現した。
「これならどうかな?」
「……!」
獪岳が振り向く。
「獪岳さん!」
カナエが叫ぶ。
氷柱が獪岳へ迫る。
「遅い!」
獪岳は刀を逆手に構える。
「帝釈天!」
――ズドォォォン!!
凄まじい雷撃が落ちる。
氷柱が一瞬で粉砕された。
砕けた氷が雪のように舞う。
童磨は目を細めた。
「へぇ……」
「雷を纏うだけじゃない」
獪岳が刀を構える。
「雷そのものを操るのか」
「……俺の呼吸は、普通の雷の呼吸とは違う」
獪岳の足元から雷光が広がる。
「俺自身が雷になる」
「面白い!」
童磨は嬉しそうに笑う。
「だったら、もっと見せてよ!」
無数の氷の蓮が咲く。
「血鬼術――蔓蓮華!」
「花の呼吸!」
カナエが前へ出る。
「弐ノ型――御影梅!」
花びらのような斬撃が氷を斬り裂く。
「……っ!」
しかし。
一つ。
二つ。
三つ。
氷の蓮が次々と迫る。
「数が多い……!」
カナエが後退する。
「カナエ!」
獪岳が横から飛び込む。
「下がれ!」
「はい!」
獪岳が刀を振る。
「九頭龍の雷!」
九つの雷撃が一斉に走る。
――轟轟轟轟轟ッ!!
雪原を走った雷が、巨大な龍のようにうねる。
無数の氷の蓮が、一瞬で砕け散った。
「……!」
童磨の笑顔が消える。
「これは……」
獪岳は刀を振り抜いたまま立っていた。
雪原には九本の雷撃が走り。
白銀の大地が黒く焼け焦げている。
「凄い……」
カナエも思わず呟く。
「これが……鳴柱」
獪岳は静かに息を吐く。
「まだ終わっていない」
「……ええ」
カナエが頷く。
童磨はしばらく黙っていた。
そして。
「……あはは」
笑い始めた。
「素晴らしい!」
両手を広げる。
「本当に素晴らしいよ!」
「……」
「君の雷!」
童磨の瞳が輝く。
「まるで本物の雷みたいだ!」
「だから何だ」
「欲しくなっちゃった」
「……」
「その力」
童磨は扇を構える。
「僕にも見せてよ。もっともっと!」
「断る」
獪岳は即答した。
「俺の雷は――」
刀を握り直す。
「お前を殺すためにある」
「ふふ」
童磨が笑う。
「いいねぇ」
再び冷気が吹き荒れる。
「じゃあ、殺し合おう!」
童磨が突進する。
獪岳も迎え撃つ。
「雷の呼吸――」
雪原を蹴る。
「壱ノ型・極!」
――ドォォォン!!
雷鳴。
獪岳の姿が一直線に消える。
童磨の扇と刀が激突する。
――ガキィィィン!!
凄まじい衝撃が雪原を震わせる。
その瞬間。
カナエが横から斬り込む。
「花の呼吸――!」
童磨が振り返る。
「おっと!」
「伍ノ型!」
カナエの刀が閃く。
童磨が避ける。
しかし。
獪岳の刀が、その退路を塞ぐ。
「逃がすか!」
「――!」
二人の連携。
雷と花が、初めて完全に噛み合った。
童磨の頬に、一筋の傷が走る。
「……」
童磨が頬を触る。
赤い血。
「……斬られた」
そして。
ゆっくり笑う。
「なるほど」
獪岳とカナエを見つめる。
「二人で戦うと、こんなに強いんだ」
獪岳は刀を構える。
「当然だ」
「私たちは柱ですから」
カナエも微笑む。
童磨の笑顔がさらに深くなる。
「じゃあ――」
吹雪が一段と激しくなる。
「もっと強くならないとね」
巨大な氷の仏像が、再び姿を現す。
「……!」
獪岳とカナエが見上げる。
「血鬼術――霧氷・睡蓮菩薩」
巨大な氷の掌が迫る。
獪岳が叫ぶ。
「カナエ!」
「はい!」
二人が左右へ跳ぶ。
その中央を。
凄まじい氷の腕が叩き潰した。
――ドゴォォォン!!
雪が舞い上がる。
視界が真っ白になる。
「……!」
獪岳は刀を握り直した。
「上弦の弐……」
カナエも息を整える。
「まだ本気ではないようですね」
「ああ」
獪岳の瞳に闘志が宿る。
「なら――」
雷光が雪原を照らす。
「こっちも、本気で行くぞ」
白銀の雪原を。
一筋の雷鳴が裂いた。
その光は、夜空まで届くほどだった。