話が進まない…
感想欄に書かれている料理は、なるほど、そういう料理に使えばいいかと参考にしています。トリコの食材で妄想するのホント楽しいですよね。今後、勝手に使用することがありますが、ご了承ください。
「こんなに沢山……」
工房の床に積み上げられた『デビル大蛇の牙』の見下ろし、メルクは呆然と呟いた。
猛毒と強酸にまみれた恐るべき捕獲レベル21の魔獣。それを狩るだけでも一苦労なはずなのに、目の前にある牙はどれも根元から綺麗に引き抜かれており、傷のない品ばかりだった。一体どれほどの群れを、どうやって無傷であしらってきたというのか。
「よし」
そんなメルクの驚愕をよそに、モノクはパンパンと服の裾を叩き、少し乱れた襟元を直すと、迷うことなく来た道——工房の外へと歩き出した。
「もう行くのか!?」
メルクが弾かれたように顔を上げる。
つい先ほど、標高4000メートルのこの山を登ってきたばかりなのだ。ましてや、これだけの素材を狩ってきた直後だというのに、彼は当然のように外へ向かう。
「え? だって、オックスチキンの角がまだだし」
さも『スーパーに買い忘れを取りに行ってくる』くらいの軽いテンションで、モノクは振り返った。
オックスチキンはデビル大蛇よりも遥かに格上の、捕獲レベル50に迫る凶悪な猛獣だ。連戦で行くような相手ではない。メルクが何か言いかけようとすると、モノクは「あぁ、わかってるよ」とばかりに人の良い笑みを浮かべた。
「大丈夫。ちゃんと下で待ってるポチコには声かけて行くから」
「そ、そういうことを言ってるわけじゃ——!」
メルクが制止の声を張り上げたるが気にもせず。
モノクはひらひらと手を振ると、下山口から、ひょいっひょいっと降りて行く。
「なっ……」
まるで重力を無視するかのように軽やかに岩肌を蹴りながら、あっという間に真っ白な雲の中へと消えていった。
「…………」
吹き上げる冷たい山風に吹かれながら、メルクはしばらくの間、彼が消えた雲海をただ見つめることしかできなかった。
底知れない実力と、呆れるほどのマイペースさを持つ男。
「……なんて体力してるんだ……彼は一体……」
誰もいなくなった静かな山頂で、メルクの独り言だけが、空虚に響いていた。
◇
と、勢いよく下山したはいいものの、さすがに今日中に二つの素材を揃えるのは無理だろうなぁ。
オックスチキンが生息しているのは『黒の湖』周辺だ。ここメルクマウンテンからはずーっと東の方角に位置している。これから移動するとなると、着くのは明日の朝頃だろうか。
「チビ、いける?」
俺が見上げると、巨大なリーガルマンモスのチビは『パオォンッ』と頼もしく頷いて鼻を鳴らした。
俺は端末を取り出し、マンサム所長へ「これからチビと黒の湖に向かいます」と簡単な報告を入れると、チビの背中へとよじ登る。ズシン、ズシンという規則正しく力強い歩みは、ゆりかごのようにちょうどいい揺れで——。
パオ、パオパオ。
頬を二本の太い鼻で優しく小突かれ、俺はハッと目を覚ました。
どうやら、移動の心地よさに負けて完全に寝落ちしてしまっていたらしい。見上げれば、澄んだ空に朝日が昇り始めている。
今どの辺だろうか。ぐーっと両腕を伸ばして凝り固まった背中をほぐし、目を凝らす。
鬱蒼と茂る広大な森林。その木々が広がる景色のさらに奥の方に、ぽっかりと木々のない開けたスペースを発見する。
(あそこか)
BARメリアの周辺であれば、「チビの行動制限」の縛りも関係ないだろうが、一応念のため、チビにはここで待っていてもらおう。3kmを切っている気もするが……まぁ、細かいことは別にいいでしょ。
「ありがとうチビ。ちょっと待っててね」
俺はチビの背から降り、単身で深い森へと足を踏み入れた。
目的は捕獲レベルおよそ50、『オックスチキン』だ。
油断すれば大怪我どころか、文字通りミンチにされかねない。気を引き締めないと。
オックスチキンを探すには、確か『足跡』を追うのが一番いいはずだが。
俺は地面をじーっと見つめながら、慎重に歩を進める。しかし、それらしい巨大な足跡は一向に見当たらない。そもそも、この周辺にどのくらいの個体数が生息しているのかも不明だ。まぁ、群れで居られても倒しきれないから困るんだけど……。
それにしても足跡がない。土が硬いせいか?
下を向いたまま考え事をしながら歩いていると、ゴツッ、と硬い岩のようなものに顔面をぶつけた。
「いったぁ……なんで道のど真ん中に岩が……」
鼻をさすりながら顔を上げた先。
そこには、岩ではなく、見上げるほど巨大な『オックスチキンの顔面』があった。
牛の頭部に、鶏のくちばし。筋肉の塊のような巨体。
至近距離で、バッチリと目が合う。
(あぁ、なるほど? 反対側から歩いて来てたから、足跡がなかったのかぁ……)
などと悠長に納得している間にも、オックスチキンの双眸に凶暴な血走った光が宿る。奴は頭を低く下げ、闘牛が獲物を前にした時のように、右後ろ足で荒々しく地面を掻き毟り始めた。土煙が舞い上がり、殺気が膨れ上がる。
「うぉおおおおっ!?」
俺は咄嗟に身を翻し、全力で後ろへ向かって駆け出した。
背後からドスドスドスッ! と地鳴りを立てて、巨大な質量が猛スピードで迫ってくる。距離がみるみるうちに詰められていく。
「やらせるか……『トングロック・プレス』!!」
俺は走りながら振り向き、トングを放つ。
空中に現れたトングが、突進してくるオックスチキンの巨体を上から押し潰すように挟み込む。
ガキンッ!! と鋼鉄同士がぶつかるような嫌な音が響いた。突進の速度は明らかに落ちた。だが——奴はなおも止まらずに向かってくる。
(やっぱ高レベルはきついか!)
俺は舌打ちをし、横方向へ全力でダイブしてなんとかその凶悪な突進を回避した。
突進をかわされたオックスチキンは、ブレーキをかけるように地面を滑り、振り返る。そして、その背中に生えた不釣り合いなほど巨大な鶏の翼をバサァッ! と広げた。
強風が巻き起こり、巨体がふわりと宙に浮き上がる。
上空へと舞い上がったオックスチキンは、空中で俺に狙いを定めると、巨大な二本の角を前方へ突き出した。自重と重力、さらに翼の推力をすべて乗せた、斜め下への急降下特攻。
ミサイルのような一撃。かわす隙はない。奴の目には「完全にやった」という確信の色が浮かんでいた。
「させないよ……ッ!!」
俺は逃げるのをやめ、両足を肩幅に開いて腰を深く落とした。
迫り来る二本の巨大な角。その切っ先が俺の胸を貫く寸前——俺は両手を前に突き出し、真正面からその角をガッシリと掴み取った。
「ぐぅ、うおおおおおおッッ!!!」
凄まじい衝撃が全身を駆け抜ける。
受け止めた瞬間、俺の足元の地面がクレーター状に割れ、両足が足首まで土にめり込んだ。
腕の筋肉がはち切れそうに悲鳴を上げ、足の裏から地面がズリズリと後退していく。だが、絶対に離さない。俺は腹の底から獣のような雄叫びを上げ、すべての力を両腕と下半身に注ぎ込んだ。
全身の血管が浮き上がり、全身の細胞がこれまでにない熱を発する。
そして——ギギギギギッ!! という軋む音と共に、オックスチキンの急降下特攻は、俺の目の前で完全に停止した。
『ブ、モォ……!?』
必殺の一撃を止められ、オックスチキンが驚愕に目を丸くする。奴は再び翼を羽ばたかせ、空へ逃れようと暴れ始めた。
「逃がすか。止めればこっちのもんだ……!」
俺は掴んだ角の片方を左手で強く握り込み、奴の巨体を完全に固定する。
そして空いた右腕を大きく後ろへ引き、極限まで力を溜め込んだ。腕の筋肉が捻れ、回転のエネルギーが収束していく。
「……『15転・ボルトパンチ』!!」
右拳を、無防備になったオックスチキンの巨大な腹部へ、渾身の力で叩き込んだ。
——パキッ。
その瞬間、俺の左手から、とても嫌な音が響いた。
(あ、やべ)
腹部に回転のエネルギーをモロに食らったオックスチキンは、回転しながら後方へと飛び、ズドォン! と地面に激突して沈黙した。
俺はハァハァと荒い息を吐きながら、自分の左手を見下ろす。
そこには、ボッキリとへし折れた『オックスチキンの角』が一本、ポツンと握られていた。
「やらかした……」
受け止めた時の負荷と、ボルトパンチの反動に、角の強度が耐えきれなかったらしい。包丁の素材に使う分には、折れていても大丈夫だろうか? 問題ないといいけど……。一応、メルクに渡す時に謝っておこう。
俺はため息をつきながら、倒れているオックスチキンの元へと歩み寄った。
完全に気絶している奴の腹部には、俺の拳が触れた皮膚に回転パワーが加わり、渦を巻いたような傷跡がくっきりと残っていた。
(なんかあれだな……『螺旋丸』とか食らった後の傷跡って、リアルで見るとこんな感じなんだろうなぁ……)
前世の記憶を思い出し「うわ、グロいな」と顔を引きつらせる。
とはいえ、これは俺がこの世界で戦い抜いた確かな証だ。
俺はへし折れた角をポケットにねじ込むと、オックスチキンの巨体を気合いで背負い上げ、ズシン、ズシンと足音を響かせながら、歩き出した。
向かう先はチビの待つ場所ではなく——この森のさらに奥だ。
深い木々を抜けた先、視界がふっと開けた。
そこにあったのは、陽の光を吸い込むように淀んだ、不気味な黒い水をたたえる広大な池——『黒の湖』。そして、その湖の対岸にポツンと佇む、木の小屋。
ここまで折角来たんなら、寄っていきたいよな。
『Bar メリア』
凶暴な猛獣がうろつく危険区域のど真ん中にあるため、一般人が寄り付くことは決してない。それゆえに周囲の目を気にする必要がなく、内緒話がしやすいことで有名な隠れ家的な店だ。要人や、裏稼業の人間たちに愛用されている。
確か、店主であるメリアは世界料理人ランキングにも名を連ねていたはずだ。詳しい順位までは覚えていないが、70位から80位ぐらいの間だったような?
順位はともかく、俺は漫画を読んだ時から、ここの店の『ポテト』を一度でいいから食べてみたかったんだ。
こいつを持ったまま湖を渡るのは面倒だ。
俺は「よいしょっと」という掛け声と共に、両手に担いでいたオックスチキンを、対岸の店の入り口へ向けて思いっきりぶん投げた。
風を切り裂きながら、巨大なキメラ獣が黒い湖の上空を放物線を描きながら飛んでいく。
俺もすぐさま地面を蹴り、黒い水面にぽっかりと浮かぶ巨大な葉っぱを、ぴょんっ、ぴょんっ、と身軽に跳ねて湖を渡る。
店の前にトンッと着地した直後、空から降ってきたオックスチキンを両手でガシッと受け止めた。
ドズンッ!!
地面に響く重低音が周囲の森に響き渡った。
俺はオックスチキンを店の外にそっと、と言っても置く時地響きがしたが、静かに小屋の扉を押し開けた。
ギィ……と蝶番が鳴る。
店内は薄暗く、カウンターといくつかのテーブル席が並んでいるだけのこぢんまりとした空間だ。店内をぐるりと見渡すが、他の客の姿はどこにもない。貸し切り状態だ。
(よかった……)
俺は密かに胸を撫で下ろした。
もしこのタイミングで、どっかのいかつい要人やマフィアみたいな連中が物騒な話し合いをしていたりしたら、気まずくて飯を食えたもんじゃないからな。
『すごい音がしたから猛獣が寄ってきちゃったのかと思ったけど、どうやら違うみたいね。いらっしゃい……あら、あなたは……』
店のカウンターの奥から光る、2つのカメラアイ。人型のGTロボが俺を迎えてくれた。ここの店主、メリアさんだ。生身の人間が店に立つには危険すぎる立地のため、遠隔操作のGTロボを使用している。
ロボの無機質なレンズが俺の顔を捉え、わずかに不思議そうな仕草を見せた。
「こんにちは? えっと、どこかで……?」
『いえ、なんでもないわ。さ、どうぞ。カウンターでいいかしら?』
「はい、どこでも」
実は生身のメリアさんとどこかで会ってたりしたんだろうか? いや、無いな。俺がこの世界で直接会った女性なんてリンか二代目メルクくらいだし、他は全員男だ。……もしかして中身は男……?
「あの、初めてなんですけど、持ち込みっていけますか……?」
座るや否や、俺はずっと気になっていたことを聞く。原作でトリコはオックスチキンの肉を持ち込んでハンバーガーにしてもらっていたが、あの口ぶりからしてトリコは常連っぽかった。初来店の俺がいきなり丸ごと持ち込みをして、対応が可能なのかどうか。無理ならそのまま持ち帰るしかない。
『大丈夫ですよ』
メリアさんは少し店の外の巨体に目を向けたのち、あっさりと了承してくれた。
「ありがとうございます。じゃあ、それでハンバーガーを。あとポテトネズミのポテト。あと……コーラってありますか?」
『ええ、ありますよ』
「じゃあコーラで」
トントン、ジューッ……と、カウンターの奥から心地いい調理音が響いてくる。
原作のトリコはここでウィスキーを飲んでいたが、俺はそんなに酒に強くない。帰りの長距離移動のことを考えるとアルコールは入れられない。それに……。
『お待ちどうさま。オックスチキンのハンバーガー、ポテト、コーラよ』
「ありがとうございます」
やっぱり、ハンバーガーとポテトにはコーラだ!!
「いただきます!」
早速かぶりついたオックスチキンの肉は非常に筋肉質で、噛み締めるほどに野性味あふれる力強い肉汁が口いっぱいに弾け飛ぶ。ストレスを感じずに育った最高品質のポテトネズミのポテトは、揚げムラも塩加減のムラも一切ない完璧なサクサク・ホクホク感で、そこに流し込む普通のコーラの爽快感がたまらない。ただの普通のコーラでこれだけ美味いんだから、『メロウコーラ』はどんだけ美味いんだろうかと、俺は夢中でハンバーガーとポテトを胃袋へと流し込んだ。
「ごちそうさまでした。最高に美味しかったです」
グラスの底に残った氷とコーラを最後に一気に流し込み、俺は至福の満足感と共に大きく息を吐き出した。
ハンバーガーもポテトも、まさに完璧な仕上がりだった。
『それは良かったわ』
GTロボの無機質な音声が、どこか嬉しそうに和らいだ響きを帯びる。
そう言いながら、カウンターテーブルにコンッと真新しい一皿が置かれた。
ふわりと、甘く香ばしい匂いが鼻をくすぐる。
「あの、これ頼んでないですけど……」
皿の上に乗っていたのは、綺麗に焼き上がった手のひらサイズのパイ…… 熱々の湯気を立てている。俺が不思議に思って顔を上げると、GTロボの二つのカメラアイが、にっこりと微笑むように細められた。
『これは私からのサービスよ。——美食屋モノクさん』
「……え?」
不意に名前を呼ばれ、俺は思わず目を丸くした。
この危険地帯のド真ん中にある隠れ家BARの店主が、初来店の俺の名前を知っている。
おそらくIGOの記者会見時に知ったんだろうが……
(なんか、有名人になったみたいで嬉しいな……)
少し気恥ずかしさを覚えつつも、俺は頬を掻いた。
でも、サービスって?
いくらニュースで話題の人物だからといって、初対面の客にいきなりタダで手作りパイをご馳走してくれるものだろうか。俺は首を傾げながら、目の前に置かれた甘い匂いのパイと、GTロボの顔を交互に見比べた。
『それはあなたが公表した新食材、アップルビーで作ったアップルパイなの。最近完成して、店に出すのは今日が初めてよ。あなたがいなきゃこのパイは生まれなかったから。初めて食べるお客様第一号としては、お釣りが出るぐらいよ』
なんと、もうすでに新食材をメニューに取り入れてくれているのか。一流の料理人というのは、情報収集も開発スピードも恐ろしく早い。プロ恐るべし。
「いやそんな、ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて…いただきます」
黄金色にこんがり焼かれたアップルパイをまじまじと見つめたあと、俺はあむっと豪快に半分を口に放り込んだ。
『でも、モノクさん。少し悩んでるの。そのパイに使用してるアップルビーは、私が専属契約してる農園に頼んで、公表された育成方法で生産してもらっているのだけど…IGOが発表時にランキング圏内の料理人100人に試食として配ってくれた、あなたが生産したアップルビーと少し違うの。ほんの少しだけど、パリッとした食感が少し足りないような気がするの……公表した手順に少し——って、聞いてないわね』
顎に手を当て、真剣なトーンで悩みを打ち明けるメリアだったが、彼女が視線を向けた先には、アップルパイを食べて完全に表情が崩壊しているモノクの姿があった。
モノクは両頬に手を当て、限界までだらしなく昇天していた。
(うんまぁああああ……!!)
なんだこれ、冗談抜きで美味すぎる。
噛み締めた瞬間、何層にも折り重なったバター香るパイ生地が「サクッ」と軽快な音を立てて崩れる。その直後だ。中に包み込まれていたアップルビーの極薄の皮が、繊細な飴細工のように「パリッ」と心地よく弾け飛んだのだ。
パイ生地のサクみと、アップルビーのパリみ。この二つの全く異なるリズミカルな歯触りが、口の中で極上のパーカッションを奏でる。
そして、ドッと溢れ出す、噛めば噛むほど、アップルパイ最大の醍醐味である「トロッ」と煮詰められたりんごの芳醇な甘みが舌の上でとろけていく。サクッ、パリッ、からの、甘美なトロォッ……。食感のジェットコースターが脳の快楽物質をガンガン引き出していく。
俺はたまらず、手に残った半分のパイへ視線を落とした。
薄暗い店内。カウンターを照らす僅かな間接照明の光を反射して、パイ生地の断面から覗く中身がキラキラと妖しく輝いていた。
一粒一粒が、本物のルビーのように深紅に輝く綺麗な果肉。熱を加えるとドロドロに崩れてしまいそうなアップルビーの果肉が、なんと一つも潰れることなく、美しい結晶の形を保ったままパイ生地の中にみっちりと収まっているのだ。
それはまるで、黄金の宝箱の中に詰め込まれた宝石そのもの。
彼女の完璧な包丁捌き、温度管理と火入れの技術によって、果肉を潰さずに絶妙な食感と甘さを引き出している。料理人の腕で、食材のポテンシャルを何倍にも跳ね上げているのだ。
こんな極上のスイーツ、前世の高級ホテルでだって絶対にお目にかかれないぞ……! 料理人ランキング圏内は伊達じゃない。流石だ……!! 来てよかった……!!
(まぁ、こんなことを聞くのも無粋かしらね……)
そう思い、『僅かな食感の不足』についての悩みを胸の中にしまい込むメリア。
自分の料理をとてつもなく美味しそうに——それこそ全身で喜びを表現しながら食べる純朴な青年を、彼女は穏やかな笑顔で見つめていた。
すると突然、バッ! とモノクがメリアの方へ顔を向けた。
「美味すぎますよこれ!! 僕、料理は全然なので、自分で作った食材も焼くとか煮るとかそのぐらいしかできなかったんですけど……。こんなに美味しく調理してもらえてめっちゃ嬉しいです!! てかホントうますぎ!!」
『そ、そんなに喜んで貰えるなんて、う、うれしいわ……!』
この『Barメリア』を訪れるのは、基本的に要人や裏稼業の危ない人間たちばかりだ。そんな連中が、料理に対してこんなにも真っ直ぐで純粋な感想を、満面の笑みでぶつけてくることなどない。それこそトリコぐらいだ。
自分で選んだ環境であり、客層に不満はないが……店主であるメリアは、この青年のあまりにも邪気のない眼差しと言葉に衝撃を受け、思わずタジタジと後退りしてしまった。
そんなメリアの動揺など露知らず、モノクは片手に残った半分のパイを口に放り込もうと口を開けた。
——その時、店の重い扉がギィ……と開いた。
「ほう。変わった先客が居るようだな」
発せられたその低く響く声に、一瞬でモノクの体がゾワッと粟立った。
カウンターから入り口へと視線を向ける。そこに佇んでいたのは、長身でスマートな体躯を持つ男。
美食會副料理長、スタージュンの姿だった。
(いや、この人、原作でトリコ達がここへ来た時に居るはずだろ。なんで今日来てるんだよ。もしかして……)
思考を巡らせつつも、俺はすぐに切り替えた。この人がここで暴れたり戦ったりしないのは、原作の知識で知っている。あくまでお忍びの時間だ。
だから俺は、特に物怖じせず普通に話しかけた。
「あ、スタージュンさんどうも。もしかしてここの常連さん?」
お忍びであり、素顔でありながら名前をあっさり当てられ、常連であることまで見透かされたスタージュンだったが、驚く様子すらない。
「フッ——」
ただ短く、余裕のある笑いをこぼすのみだった。
(おいなんだ今の『イケメンだから許されるムーブ』は……。なんも会話になってないけど!?)
俺の内心のツッコミをよそに、スタージュンはコツコツと静かな足音を立てて歩み寄り、当然のように俺の隣のカウンター席へと腰を下ろした。
「ウィスキーをロックで頼む。……良い香りだ」
注文をしながら、スタージュンの鋭い視線が、匂いに釣られるように俺の右手——食べかけのアップルパイへと向けられる。
「アップルパイを一つ」
「僕のだよ」
俺はジトッとした視線をスタージュンに向け、取られないように自分の持つパイを背中側へと隠した。
「ほう。この店のアップルパイは『美食屋モノク』のものなのか?」
「ぐっ……パイに使ってる『食材』が、僕のです」
「ならば問題ないだろう?」
なんともわざとらしいスタージュンの言葉。俺、そしてメリアさんの順に視線が向けられる。
『フフ、問題ありませんよ。——いつもありがとうございます。少々お待ちください』
先ほどまで真っ直ぐ料理の感想をぶつけてくれたモノクが困っているのを見越してか、メリアさんは『いつもありがとうございます』の部分だけをあえて強調して言った。
「『いつも』、ですか」
俺は少しニヤついた顔をスタージュンに向ける。
「ここは雰囲気も良く、人も少ない。良い店だ。モノク、ここに来るのは何回目だ? 私が先に見つけている」
「別に張り合ってないよ!!」
トリコと遭遇した時はとんでもないプレッシャーをぶつけていたくせに、バリバリの常連じゃないか。行きつけの店で変に圧を飛ばすなよ……。
俺の呆れたツッコミも気にせず、スタージュンは静かに話を続ける。
「お前があの時、『知っている』と言った食材を求めて、私は探しに来ては帰りにここに寄っている。寄っているということは、まだ見つかっていないということだ」
コトン、とメリアさんによって置かれたウィスキーのグラス。その琥珀色の液体をあおりながら、スタージュンは横目で俺を見た。
「お前は本当に、私の探す食材を知っているのか?」
「知ってるよ。教えないけど…ヒントもなし。ちょっとでもヒントあげたら、あんたならもう見つけそうだもん」
「聞きはしないさ。こうして探している時間も悪くない」
そう言うスタージュンの前に、焼き立てのアップルパイが置かれた。
湯気を立てる黄金色のパイをじっと見つめ、スタージュンは静かに感嘆の息を漏らす。
「……素晴らしい焼き加減だ。表面の生地はバーナーで炙り、バターの香ばしさを極限まで閉じ込めているな。そして、パイの網目から覗く中身……微かな光を反射して、まるで宝石のように輝いている。美しいな」
料理への敬意に満ちた静かな感想。
そして一口味わった後、彼は満足げに目を閉じた。
「このパイの中の食材がモノク、お前のものだな。『アップルビー』……会見は見た。ランキング入りする料理人のメニューにこのスピードで取り入れられるとは、中々の食材を生み出したようだ」
皮肉など一切ない、純粋な称賛。
それに対し、俺はドヤ顔を作って鼻を鳴らした。
「フッ——」
さっきのスタージュンのイケメンムーブをやり返してやった。
しかし、スタージュンは俺の渾身のドヤ顔をガン無視して、静かにウィスキーをあおった。
(おい、あんたが先にやったことだぞ……!!)
「……道中の地割れや、薙ぎ倒された木々の戦闘痕もお前のものだろう? あの激しさだと、オックスチキンを相手にしたか。……美食屋として、順調に成長を重ねているようだな」
狩った猛獣まで正確に当ててくる。凄いな、この人。
ふと気になって、俺は尋ねてみた。
「今だと、僕のこと何回殺せる?」
「30回だな」
「なんで増えてんの!?」
いやまぁ、相手は美食會の副料理長だ。前回のGTロボではなく、生身のスタージュン本人だから良い方か? この『生身スタージュン換算』、俺の強さを測るバロメーターとして定期的に回数を教えてもらってもいい……?
そんな呑気なことを考えている間に、店内のアンティーク時計が正午を回ろうとしていた。
そろそろ帰らないと、メルクの工房に着くのが夜になってしまう。俺は片手に残ったアップルパイを惜しむように見つめ、あむっと口に入れた。またも表情にだらしない笑顔が浮かび、「んまっ……」と声が漏れる。
しっかり味わって飲み込んだのち、俺は立ち上がった。
「そろそろ行くよ。そのパイ最高だから、ちゃんとゆっくり味わってね」
そう言って代金をカウンターに置き、出口へと向かう。
扉に手をかけたところで、俺は振り返りスタージュンに一つの頼みごとを。
「あ、あと伝えてほしいんだけど……」
「伝える……? 誰にだ」
「
ピタリ、とスタージュンのグラスを傾ける手が止まった。
「……私が、
瞬間、店内の空気が凍りついた。
圧倒的な、息の詰まるような重圧。肌を焼くような強烈な殺気が俺を突き刺す。
「いや、冗談やめてよ。あんたじゃない。
——『
二つの巨大な圧が激突し、薄暗い店内にバチバチと見えない火花が散る。沈黙の中、睨み合う。
永遠にも思える数秒ののち——スタージュンがスッと圧を収め、俺もそれに合わせて力を抜いた。
「……内容はなんだ?」
スタージュンが沈黙を破り、静かに問う。
俺は一呼吸置き、真っ直ぐに彼の瞳を見据えて言った。
「——会長は殺させない。そう伝えて」
「…………伝えよう」
「ありがとう。じゃ、またどこかで〜」
俺は努めて軽い調子で手を振り、店を出た。
黒の湖に浮かぶ巨大な葉を、ぴょん、ぴょんと伝って対岸へと渡り切る。
そして森の木陰に入った瞬間——俺はガクンッ! と膝をつき、地面に倒れ込んだ。
「くっそ……! なんて圧だよ……!」
全身から冷や汗が噴き出し、足の震えが止まらない。
虚勢だった。圧を返し、競り合っているように見せていたが、実際はまったく勝負になっていなかった。スタージュンの放つ圧倒的な炎のような威圧感の前に、俺の力などロウソクの火にも等しかったのだ。もし彼が本気で俺を殺そうとしていたら、瞬きする間に首が飛んでいただろう。
「ハァ……ハァ……もっと、強くならないと……」
ガクガクと笑う膝を両手で押さえつけ、なんとか立ち上がる。
啖呵を切ったは良いものの、今の俺の実力は、世界の頂点の戦いに介入できるレベルには到底達していない。それを、スタージュンという存在を通して残酷なまでに再認識させられた。
俺の思い描く最高の結末に辿り着くためには、まだまだ圧倒的に力が足りない。
俺は両手で強く頬を叩いて己を鼓舞し、さらなる強さを求めて、決意の歩みを進めるのだった。
◇
静かに閉まった重い扉。モノクが去った後、薄暗い店内には再び静寂が降りていた。
『そのパイ、どうかしら?』
カウンターの内側から、メリアが静かに問いかける。
スタージュンは微かに目を伏せ、左手で摘み上げた最後の一口を口へと運んだ。
ゆっくりと咀嚼し、じっくりと味わう。
「——気に入った」
グラスに残った琥珀色の液体を揺らしながら、美食會副料理長は微かに、しかし確かな満足げな笑みを浮かべたのだった。
【キャラクター解説】
▫️メリア
危険区域『黒の湖』のほとりに佇む「Barメリア」の店主。
危険な地域での飲食店経営を初めて成功させた先駆者であり、女性型のGTロボで接客と調理を行っている。
原作登場時の世界料理人ランキングは91位。その後は登場していない…はず…?
性格は穏やかで面倒見が良く、新食材を即座にメニューに取り入れるなど料理への探求心も底知れない。裏社会の客が多い中、料理の感想を純粋に大声で喜んでくれたモノクに対しては、少し面食らいつつも新鮮な好感を抱いた様子。
モノク産のものと自身の農園産のアップルビーで僅かな食感の差があると考えている。
アップルビーの果肉を傷つけず簡単に取り出すため、刃先の細い包丁を新調しようか検討中。