あ、どうも。『
参列している人はみんなシクシク泣いている。それだけ想われてたのは嬉しいけど、悲しませたくなかったな……。
とはいっても人間は適応する生き物。三年も経てば『あーあんな奴もいたなー』程度で処理してくれるだろう。……俺の彼女を除いて。
『にしても辛気くさい葬儀だな~……』
ふよふよと空を泳ぎながら参列者をぺちぺち叩いてみたり話しかけてみたりしてもみんな無反応。お坊さんはお経を読むのに集中しているし、実に息苦しい葬儀だった。
さて、見るのが怖いが俺の彼女はどんな面をしているか……うっわ目が死んでる。でも相変わらず可愛いなー、もっと思い出作りたかったなぁ……。
何故俺が幽霊になったのか。何故成仏できていないのか。その最たる理由として、
俺の彼女、『
▫▫▫▫▫
きっかけは大学一年生の時。講義中、いっつも独りで最前列に座っている彼女を見たのが始まり。
寂しい背中だなぁと思った。せっかくのキャンパスライフを勉強だけで埋め尽くすなんて少し息苦しくないかと、余計なお世話思考が働いた。
だからといってここで声をかけてナンパ野郎と思われるのもなんか癪に障る。それに今回たまたま一人だっただけで他に友達がいるかもしれない。ということで入学してしばらくは視界に入ってもスルーしていた。
そのきっかけが″興味″に変わるのはそう遠くなかった。
とある日。昼食時に自家製ブリトーを野外で貪っていた俺は、ちょっと面白い光景を発見した。
『あれは……』
例の彼女。珍しく笑っている。そしてその足元では、二匹の猫が甘えるように背筋を伸ばしていた。
(きっと穏やかな奴なんだろうな)
微笑ましい空間を遠目に眺めながらふつふつと笑みがこぼれる。これなら俺が介入せずとも友達は作れるだろう。そう結論づけ、俺は立ち去った。
またまた別の日。
『ん? アイツは……』
猫と戯れていた彼女が、食堂で独りぼっちで飯を食っていた。アイツ友達いねえのか?
……なんか腹立ってきたな。彼女そのものにではなく、彼女が独りきりという現実に。
『なあ、相席いいか?』
『っ!? は、はい……』
間近で見てみると可愛らしい奴だった。ナンパとかされねえのか?
『俺ァバカだから率直に聞くけど、アンタ一緒に飯食う奴いねぇのか?』
『……お恥ずかしながら』
『よし、じゃあ俺が最初の一人になる。今度からは俺と飯食おうぜ』
『……え?』
俺は遠慮というものを知らない。高い飯を奢ってくれる先輩にはガツガツいくし、一人きりでいる奴とは意地でも友誼を結ぶ。これは大学入学以前から変わらなかった。
『嫌だったら素直に言えよ。俺は無理して合わせられるのが大嫌いだからな』
『い、いえ、嫌というわけではないのですが……何故、私と……?』
『あ? んなの決まってんだろ』
それが俺だから。俺はキメ顔でそう言ってのけた。我ながら中々ヤバいファーストコンタクトだったな……。
『そういやアンタ名前は? 俺は畔皆川』
『……永遠、霙です』
以上をもって永遠と俺は食事を共にするように。その時はまだ、ヤンデレの気配は掴めていなかった。
▫▫▫▫▫
私は昔から日の当たらない場所で生きてきた人間でした。談笑を交わす方々を遠巻きに眺めるような、目立たない女でした。
寂しくはありました。しかし、私は受け身でしか他者と関われず、あぶれていくのは必然で。
成績だけはよかったので偏差値の高い大学に入学することはできましたが、それで私の根が変わったわけでもなく。
「次の講義なんだっけ?」
「バイト続きで眠い……」
「あの子また彼氏できたんだって」
周囲の会話を盗み聞きながら孤独感に苛まれていました。殻を破る勇気を持てないくせしてコミュニケーションは取りたい。こんな受け身の姿勢で。
しかし、最近はそんな私の日常に新しく彩りが添えられるようになりました。
「よう永遠。飯食おうぜ」
「……はい」
畔皆川さん。何を見込んで私と食事を共にしてくれるのかは未だに分かりませんが、私がそういうものに憧れていたのは事実です。
「それでな……って、なんか悪ぃな。いつも俺ばっか話してるけど……アンタ好きなモノとか無いのか?」
「……特には、ありません」
私は漫画にもアニメにもゲームにも興味を持てない。趣味も無い。何が好きだったのかも、今となっては分からない。
「じゃあ一緒に見つけようぜ。俺ァしつこいぞ? 覚悟しとくんだな」
それから、食事時以外でも彼と関わるようになって。
「フィナンシェを焼いてきました。よかったら、どうぞ」
「いいのか? じゃあ……美味ー!」
一年経つ頃には、彼に惹かれていました。
▫▫▫▫▫
俺は割と勘違いしがちな性格だが、その上でハッキリと言える。
永遠の奴、俺に惚れている。
その証拠は日常生活の至る所に散見される。うっとりしながら俺を見つめることが増えたし、俺が卓上調味料を取ろうとすると未来予知したかのように差し出すし、一緒に出かける時は約束の数時間前から待ち合わせ場所で待機しているし……とまあ、ざっと並べただけでもこれだけの確証があった。
初めてできた友達だから距離の測り方が分からないのか?とも考えたが、俺の写真を眺めながら『皆川さん……皆川さん……』と呟き、悦に入っているのを見てこりゃ惚れているなと確信した。
ん~……どうするかなぁ。
永遠のことは好ましく思っている。付き合うのも悪くはないと思う。
だが、俺は軽薄な人間だ。彼女を幸せに導いてやれるだろうか。
……なーんて、ウジウジ悩むのは俺らしくねぇな。サクッと決めるか!
『皆川さん……? お話とは、何ですか?』
『お、来たか。まあちょっと聞いてくれ』
鉄塔の上に永遠を呼び出した。俺は咳払いをしてから、言い放つ。
『永遠。俺と付き合ってくれ』
『…………。………………!? え、わ、わた、わたし、私に……!?』
『俺ァ待ちぼうけは嫌いなんだ。返事、聞かせてくれ』
『……わたし、私も、貴方が好きです。私でよければ、よろしくお願いします』
こっから俺は思い知ることになる。ヤンデレを彼女にすることの愉悦と背徳というものを。
▫▫▫▫▫
「皆川さん皆川さん皆川さん──」
息をするだけで嬉しい。彼と、恋人になれた。その事実が私をかつてないほどに昂らせていた。
『永遠。俺と付き合ってくれ。れくてっ合き付とれお俺と付き合ってくれ』
録音した彼の告白を何度もリピートする。あまりの嬉しさに涙がにじみ出てくる。
私は、皆川さんが好き。この世の誰よりも貴方だけを見ていたい。そんな貴方と、付き合えるなんて……。
「……ふ、ふふ、ふふふふ……」
私は思いの外強欲だということを今知った。
彼の心が失われるのが怖い。彼が傷つくのが怖い。だから、何を犠牲にしてでも皆川さんに尽くしぬく。彼のために、全てを捧げる。
だからどうか──幸せになってください。皆川さん。そのためなら私はどうなろうと構いません。貴方の日々の消耗品として、慕わせてください。
▫▫▫▫▫
付き合いだしてしばらくは平穏な日常が続いた。しかしとある日、本格的に永遠の異常性が発覚する。
『ひゃー、すげえ雨……』
その日は集中豪雨で、俺の住むアパートにもザーザー降りで屋根がほぼ意味を成してなかった。
バイト終わりでクタクタの体を引きずり、買い物を済ませ、帰る頃には夜の帳が降りていた。
『……ん? 誰かいるのか?』
傘を差す以上視界が少し狭まる。俺の部屋の前で誰かが佇んでいることを理解したが、それが誰なのか皆目見当つかない。……いや、候補が一人いるな。
『まさか……永遠?』
近づくにつれ正体と異常性が露見する。彼女は傘も差さず、俺の部屋の前でびしょ濡れになりながら立っていた。
『ああ、お帰りなさい、皆川さん』
『ただい……ってそうじゃねぇ。アンタ、何、してんだ』
永遠の全身はずぶ濡れだった。それなのに俺の姿を確認した途端、雰囲気を綻ばせる。
『先日皆川さんから頂いた本が大変面白く、ぜひお礼を申し上げたいと思い、お待ちしていました』
『……一応聞く。どれくらい前からここにいた』
『五時間程前から、ですかね』
そう言って、童子のように、笑うのだった。
俺は理解した。コイツ置いて死ぬのはマズいな、と。まあ、死んだんですけどね。
▫▫▫▫▫
『すみません、夕食までご馳走になって……』
『いーから食え。食って体温めろ』
ずぶ濡れ事件の顛末は、見かねた俺が永遠にシャワーを浴びさせキムチ鍋を食わせる、という茶番じみたものになった。女性用の服は無いので洗濯物が乾くまでワイシャツを着せている。
『アンタなあ、言ってくれりゃ都合合わせるぞ?』
『私の都合で皆川さんを振り回すのは忍びないと思い、つい』
『風邪ひいたらどうすんだよ。それに俺はアンタの恋人なんだぜ? ちょっとくらい我を通したって文句は言わねえよ』
『……っ』
『? なんだよ。急に泣いて』
『私を……恋人と思ってくださるのが嬉しくて……』
……コイツマジで対人経験無いんだな。そんなところも可愛らしいとは思うが、これじゃ将来が心配だ。
恋仲になって一つ判明したことがあるが、永遠はかなり優秀な人間だ。コミュ力の無さで曖昧になっているが他者との関わりが無くとも自力の勉強だけでGPAはトップクラスだし、生活スキルも高い。コミュ力の無さ以外の欠点が見受けられない。
『……アンタがアンタなりに俺を想ってるのは分かった。けど、もっと自分を大切にしろ。生きてくにあたって必要なことだ』
『……? 申し訳ありません。自分を大切にするということが、私には分かりません』
『ハー……分かった。じゃあ俺がアンタの
そう言ってから気づいた。俺は俺が思っている以上に、永遠に惚れているということを。
▫▫▫▫▫
「よっし、内定確定……」
「おめでとうございます」
就職活動は無事終わり、私たちは同棲するようになりました。
穏やかで、何もかもが順調な日常。
──それは予兆もなく、やってきた。
▫▫▫▫▫
その日は外気温が快適で、空は澄み渡っていました。そんな中、皆川さんは『大事な話がある』と切り出しました。
「すまん永遠。俺死ぬらしい」
「……え?」
▫▫▫▫▫
病名は忘れてしまったが俺は不治の病にかかり、余命一年と宣告された。
やりたいことは山のようにあった。しかし行動に移すより早く病魔は俺の体を浸食していき、余命半年頃にはベッドから動けなくなってしまった。
病状はまー辛かった。薬の副作用もそうだが、何より永遠が虚ろな目をしているのがとにかく辛かった。
親に金を返したかった、もっと生きていたかった、永遠の傍にいたかった、等々、未練は尽きない。
だが俺は死ぬ。これは確実なことだ。そう割り切ることは意外と簡単で、俺は自分に感心した。
そして薬と病に冒されきった体は、終末期医療に入る頃にはかなり痛ましい姿になっており、永遠の青白い顔にジョークの一つ飛ばすにも苦労した。
──そしてとうとう、俺は死んだ。
幸か不幸か、肉体から解き放たれた魂は未練によって現世に縛りつけられた。全ては永遠への想いに結ばれている。
『おーい、永遠ー、聞こえるかー』
「…………」
毎日呼びかけてはみるが永遠の表情は削げ落ちている。絶望に打ちのめされていた。
『誰か友達がいればよかったんだけどなー』
永遠は俺に依存していた。それこそ、ヤンデレになってしまう程に。
『なあ永遠、外、いい天気だぜ』
無駄だと分かっても呼びかけられずにはいられなかった。だって恋人が苦しんでるんだぜ?手をこまねくことしかできないのは非常に辛い。
「……皆川さん」
『おお、なんだ?』
ひとりごとでしかなくとも、返答してみる。いつかこの声が届けばいいなと思いながら。
「……っ、う、うぅ……」
『そんな泣くなよー、これから良いこといっぱいあるかもしんねぇじゃん』
涙を拭うことすらできない。
俺は、無力だ。
▫▫▫▫▫
「永遠ちゃん、お部屋の前にご飯置いとくからね」
「…………」
皆川さんの亡き後は彼のご両親に引き取られ、ほぼ引きこもりになっていました。
私の親はシングルマザーで中々頼れず、こうして彼のご実家に寄生しています。働かない私なのに一度も怒られたことはありませんでした。
それらの話をつけてくれたのも彼のご両親で、私はとことんまでお世話になっています。
「…………」
食事が苦手になりました。だってそこに、彼はいないから。微笑んでくださることも話しかけてくださることもない。
最低限の栄養だけ補給してズルズルと生命活動を続ける肉の塊、それが私でした。
▫▫▫▫▫
「永遠ちゃん、お墓参りに行ってくるわね」
ただ眠るか、部屋の天井を眺めるだけの私。そうして過ごして、もう一年が経過していました。
ドア越しに伝わる声。私は皆川さんのお墓にすら行けませんでした。
「…………」
部屋には静寂が残りました。何もできない、何をしようともしない私だけがここにいる。
三十分もしたところでしょうか。不意に、玄関のインターホンが鳴りました。それでも私は動けません。
この家には現在私しかいません。ならば玄関まで行くぐらいのことをしなければ、と思いながらも私は動けませんでした。
放っておけば帰ってくれるだろう。怠惰な私はそう結論づけ、相も変わらず天井を見やっていました。
──インターホンが鳴る。
私は動けない。
──インターホンが鳴る。
インターホンが鳴る、インターホンが鳴る……
「……」
何か重要な話でもあるのかもしれない。せめてご両親が不在であることは伝えなければ。そう考え、私は重い腰を上げました。
「あっ、やっと出た。あなたが皆川の言ってた永遠?」
どこか勝ち気な印象を受ける、快活な女性がいました。そして、皆川さんのことをご存知の様子。
「貴方は……」
「
▫▫▫▫▫
「……すみません、お茶の一杯も出せず」
「いーのいーの。それよりあなたご飯食べてる?生気が薄いわよ」
奇妙な空間だった。皆川さんの元恋人と、何もできない私。お話が本当であれば彼と恋人関係だったことに嫉妬していた筈が、心は妙に凪いでいる。
テーブルを間に、向かい合って座る。何を仰るのだろうと私は今までのように受け身姿勢で言葉を待っていました。
「ふーん。窶れきってるけど、アイツが話してた通り可愛いわね、あなた」
「……」
自分の容姿について考えたことはありませんでした。それでも彼がそう仰ったのならば、そうなのでしょう。
「……私に、何のご用でしょうか」
「あなたが立ち直れるまで面倒を見る。さっきも言ったでしょ」
立ち直れる気がしない。一年経っても記憶は鮮明、心は彼のみに囚われている。
「……貴方と皆川さんは、どういった関係なのですか。元恋人というだけならばわざわざ私なんかに手を差し伸べる義務は無いと思いますが」
「あなたが今もアイツに夢中なように、アタシもアイツが好きなのよ。だから、アイツが大切にしてたあなたを、アタシは大切にしたい」
そう言われたら口をつぐむ他無い。私の双眸は再び潤み始めました。
「……やっぱりね」
「え?」
「アイツが言ってた通り、あなたはヤンデレなのね。はー、これは骨が折れそう……」
▫▫▫▫▫
『出かけるわよ』
始めにそう言われた際はどうしても行こうと思えませんでした。しかし、その次にかけられたお言葉が、私をしばらくぶりに起動させました。
『アイツが、皆川があなたに外を楽しんでほしいって、言い残していたわ』
そう言われれば行かないわけにはいきません。久方ぶりに外出することにしました。
「……やっぱり。あなた何時間前から待ってたの?」
「一時間程前からでしょうか」
「アイツが言ってたの、嘘じゃなかったのね……」
待ち合わせ時刻より三時間早く、私と元恋人さんは出かけることになりました。
「あなた、何が好き? ああ、皆川以外で」
「彼以外の好きなもの……特にありません」
「……これは重症だわ」
皆川さんが与えてくれた全てが、私にとっての全て。彼の献身によっても私の『好き』は空白のままでした。
▫▫▫▫▫
「おー、ホントにフラミンゴって片足立ちするんだ」
「……」
それからは様々な場所を巡りました。動物園、遊園地、知らない著名人の個展……。それでも私は『楽しい』とは思えず。
「もういい時間だし、夕食にしましょうか。永遠は何か好きな食べ物ある? ……って言っても、皆川関連限定よね」
「……はい」
私は働いていないのでお金を持ち合わせていません。しかし、今日味わった娯楽の全てで元恋人さんは奢ってくれました。
そんな彼女を見て、疑問が湧きました。皆川さんは何故こんなにも優れた方と別れて、私のような愚物と付き合ってくれたのか。その疑念がいつまで経っても思考に残留しています。
「確かこの辺りに二人でゆっくりできる料亭があるのよ。夕飯はそこにしましょう。ああ、アタシが奢るからお金のことは心配しないで」
「……」
ますます増える疑問符。私は閉じきっていた口を開く準備を始めました。
▫▫▫▫▫
「あの」
「もぐもぐ……ん、何?」
「何故、皆川さんと破局されたのですか?私なんかより貴方のような方が彼に相応しいと思うのですが」
「……あなた、意外と図太いわね」
そう返されて失礼を起こしたことを悟りました。確かにこの問いは無礼が過ぎる。
「……すみません」
「いーのよ。えーっと、なんだっけ、アタシがアイツと別れた理由よね。……言い出しにくいけど、アタシ昔は陰気で誰とも関われない人間だったのよ」
「え……?」
とてもそうは見えない。今日一緒に過ごしただけで細かい気遣いができる方だと思った。そんなこの人が……?
「小学五年生ぐらいの時だったっけ……。私が校外学習のペアを見つけられずにあぶれてたところを、皆川に助けられた。多分そこから好きになった」
言葉が出てこない。
「それからも皆川はことあるごとにアタシに構ってくれてね。でもそれだけじゃなくて、他の友達も作らせてくれた。その過程でアタシの暗かった部分が、アイツに感化されて変わっていったのよ」
私、私は……彼が他の方と私が話しかけられるよう計らってくれても、そのチャンスをフイにするだけで、結局皆川さんに寄りかかることしかできなくて。
「中学上がって本格的に好きになって、毎日告白したわ。ええ。毎日」
より一層疑問が増える。では、皆川さんが私に告白してくださった理由は……?
「最終的にアイツが根負けして、やーっと付き合えるようになったんだけど……アイツ、優しいのよね。誰に対しても。一緒に過ごしていく内に、アタシは特別じゃなかったんだなあって思い知った。だからアタシから別れを切り出したけど──永遠、あなたは違う。あなたは、アイツが初めて恋をした女の子なのよ」
「……っ、皆川、さん……」
「……ごめんなさいね。余計に傷口を開かせてしまって」
「いえ……ありがとう、ございます……」
私は彼に愛されていた。そう確信すると同時に、黒い衝動に駆られる。
──彼の元へ行きたい。
▫▫▫▫▫
元カノマジナイス。永遠が外出するきっかけを作り、更に全部奢ってくれるとは。良い意味で予想外だ。
しっかしアイツ、俺のことをそんな風に思ってたのか。別れを告げられた時は何も言ってくれなかったのに、チクショー……。
とまあなんやかんやありつつも俺の元カノと永遠はたまに出かけるようになった。これは快方へ一歩前進だな。
「……皆川さん……会いたいです、貴方と、会いたい……」
それでも四六時中泣いていることに変わりはない。うーん、幽霊にできることってそんなにないんだよなぁ……。
そんな風に毎日見守っていると、事件は起きた。
▫▫▫▫▫
『……まさかな。いや流石にそれはないだろ』
自分に言い聞かせるように呟く。目の前の現実を受け止めるのは今の俺には少々厳しい。
店員の不安げな視線。分かるよ。俺もそうだ。
「……お買い上げありがとうございましたー」
急に一人で出かけた永遠が買った物。それは、一本のロープ。
『お、おい永遠。まさかとは思うけどそういうつもりじゃねえよな?』
「……」
俺が何を叫んでも彼女の耳には伝わらない。今日ほど霊体の自分を恨んだ日はない。
『おい、永遠! 畜生、聞こえろ! 聞こえろ!』
「……」
虚ろな目。届かない声。そして永遠は、自室に帰る。
『永遠! ダメなんだよ、それだけはダメだ!』
自殺したら、長い間夜の中を一人さまようようになる。成仏できるまでかなり長い時間がかかる。俺はそんな結末は嫌だ!
『おい永遠!! 頼む、やめてくれ!』
彼女の手際は良く、あっという間に頭一つ通る絞首台のできあがり。
やめろ、やめろ!
アンタが死んだら残された奴らはどうなる! 生存権を放棄していい理由なんて、アンタにはないだろ!
頼む……! やめてくれ……!
▫▫▫▫▫
どんなに誤魔化そうとも、日々を送るごとに景色が煤けていきます。彼との思い出だけが、色鮮やかな光を放っています。
いつからでしょうか。彼のために日夜励んでいたお菓子作りも、しなくなりました。
元恋人さんと出かけても上手く笑えません。
生きる力が、もう湧いてこない。
ごめんなさい。弱い私でごめんなさい。それでも、貴方がいない世界は私には重すぎます。
だから、皆川さん。今行きま──
▫▫▫▫▫
『永遠! ダメだっつってんだろ!』
叫ぶ。たとえ届かなくても、俺は恋人を諦めない。諦めてたまるか。
アンタが死んだら俺は本当に死んでしまう。俺の両親、元カノ、友達。たしかにソイツらが俺を覚えているのは事実だ。それでも、俺は──
一番愛しているアンタが黒い夜に消えるのは、どうしても看過できない!
届け、届け! 俺の声を、聞きやがれ──!
『──ッ!?』
今なら、二言だけ伝えられる。理由は分からないが確信がある。
呪いたくない。けれど、闇底に堕ちてほしくない。だから、
「……生きてくれてありがとう。大好きだ」
ありふれた言葉だ。しかし、どうかそれが永遠の光になりますように。
▫▫▫▫▫
準備は整いました。もう私を縛りつけるのは何も無い。
ごめんなさい、皆さん。私は弱い女です。
そう口の中でこぼして、台を蹴ろうとして──
「……生きてくれてありがとう。大好きだ」
「──え?」
死へ向かう空気が止まりました。この音調は、間違いなく彼のもの。
「でも、でも、私……」
貴方がいない現実を耐えきれない。だから、早く首を吊ってしまえばいい。そう思うのに……。
「皆川、さん」
今の言葉が、頭から離れない。
……生きてくれてありがとう。大好きだ。彼は確かにそう言った。
「う、あぁ……」
幻聴かもしれない。けれど、それは確かなよすがだった。
死を肯定するわけでも否定するわけでもない、真っ直ぐな好意。
そして理解した。私が死ぬということは、貴方との思い出を殺すということ。
「……そう、ですよね。貴方はきっと」
私を、待ってくれている。
貴方は死してなお、愛を証明してくれた。なら私は、貴方が愛してくれた私でいなければ。
その証として、ロープから頭を外しました。
▫▫▫▫▫
まず、散歩するところから始めました。時には彼の元恋人さんと出かけたり、一緒にお食事を摂ることもありました。
貴方がいない時間は長かった。苦痛でしかない現実を、それでも生きようと決めました。
少しずつ日の当たる方へ向かい、五年経つ頃にようやく働けるようになりました。
「永遠さん、とりあえずそこの金額だけ出しちゃって」
「はい」
大学生時代にいただいた内定先と比べて少し厳しい環境でしたが、それでも生きるための活動は続けています。
そして十年経って、ようやく彼の遺した遺書を読もうと思えました。
《遺書ってことで真面目に書いてみようとも思ったが、俺の遺志で永遠を縛りつけたくないから一言だけ。シフォンケーキ、美味かった》
「……皆川さん」
本当に貴方は、どこまでも貴方でした。
▫▫▫▫▫
「へー、アイツの遺書にそんなことが……。やっぱりあなた、愛されてるわね」
「……はい」
元恋人さんは私にとって貴重な友人になってくれました。十年以上経ってもお名前は教えていただけませんが。
「……まだ、皆川のこと忘れられない?」
「はい」
皆川さんが与えてくれた全ては、今も私の中で息をしています。容貌から声色まで全て、鮮明に。
「いつか記憶を失う方がいいのかもしれないけど……忘れないでいられるのは、あなたの強さよ。胸を張っていいわ」
「はい。私は、忘れません」
彼がくれた温もり。それらが失われることがないよう、私は歩き続ける。それが私が示す、貴方への想い。
待ってたぜ。
……はい。長らく、お待たせしました。
もう一度、アンタに伝える。──生きてくれて、ありがとう。大好きだ。
……はい。
フッ。いいな、その笑顔。じゃ、行くか。