自創作CPのscp1917jpのパロディ
マッドな感じのサイエンティストに惚れてしまった警察の主人公と、ど真面目だった旧友の話

素敵な元ネタ様↓
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第1話

 正義感が強い奴だった。誰よりも正しくあろうとしていた。俺が覚えているのは、たったそれだけ。手の中の鉄の塊の重みが増した気がした。俺が決着をつけなければならない、確かにそう物語っている。

 

 同期だった。警官学校の頃からの知り合いで、よく夢を語っていた。あいつの兄も確か警官で、憧れているのだと謳って。卒業の打ち上げで悠々と語っていたあいつを、夢も何もない俺はどこか冷めた目で見ていた。右手だけがないあいつの死体が発見されたのは、それからすぐだった。

 

 巷で噂のシリアルキラー。凶器は鈍器。遺体は必ず一部欠けており、そのパーツは大小様々。肝臓、小指、大腸、右足…右手。現場にはわかりやすく証拠が残っていた。長い茶髪、靴のサイズは23.5、165cm。個人の特定はとっくにできている。名前、年齢、経歴、外見、よく通っている店。これだけ揃っているのに、職業、住所は不明。雨森美奈、どこまでも整えられた名前は、一部の隙もなくて気持ちが悪かった。

 

 あいつの兄も、あいつ自身も、ジェーンドゥに殺された。

 

 クリスマス。今年は俗に言うホワイトクリスマスで、例年よりも盛り上がっている気がする。人々はみな楽しげにはしゃぎ、こぞってイルミネーションを眺める。菓子屋もさぞ儲かるだろう。例の殺人鬼は、珍しく影を潜めていた。繁忙期なのだろうか、少なくともここ三ヶ月は大人しくしている。このまま消え去り、未解決事件にでもなってくれれば…はたと思考を止めた。燻るタバコを靴底でぐっと踏み潰す。雪が降っていた。指先がうまく動かなかった。

 

 ジェーンドゥは、それはそれは美しい人だった。瞳は瑠璃、髪は亜麻。穏やかな海のような人。星も瞬かない寒空の下、彼女は路地裏に立っていた。とても凶悪犯とは思えない出立ちで、ただのミーハーな少女のように流行りのクリスマスソングを口ずさみ、ホルマリン漬けにしたパーツが詰められている瓶を大事そうに抱えていた。慈しむような視線の先のソレは、瓶の中でぷかぷかと浮かんでいる。小さいのに分厚い、豆ができた手。一度も握ることができなかった、あいつの手。随分と色褪せたそれを、彼女は瓶越しに撫でている。

 

 恐ろしいと思えなかった、銃も咄嗟に取り出せなかった。彼女に攻撃性はなく、そこには逸脱した博愛のみがあった。女は笑った。モナリザが破顔したような笑みだった。心臓が高鳴った、頬に熱が集まった、ただ泣きたくなった。真っ暗闇の中、確かに俺は恋に落ちた。所詮は俺もただの虫だ。頽れて縋った手は薄くて、豆ひとつない、長い指の綺麗な手だった。

 

 雪が降っている。ただしんしんと降っている。寒いだろうに、終わらない夜の中で、あいつは音も立てず踊っている。艶やかなベルベットが電灯の光で煌めく、寂しげな光が仏壇の香りを運んでくる。

 

 息が詰まる。喉がきゅう、と狭まる。真冬の寒気が、真綿で首を締めてくるような感覚。あの夜は異様に息がしやすかった、なんて夢想した。ピンと伸ばされた右手は確かに残っていた。ただ、瓶の中で色を失っていく肉塊より、目に前で踊り続けるナニカの方が青白く見えた。

 

 「いい夜だ。ずっと踊っていたい。」

 

 俺に一瞥もくれず、あいつは微笑んだ。めったに笑わない奴だった。いつも眉間に皺を寄せて、空をキッと睨んでいた。たまに微笑むときは、まるで牡丹のように柔らかくて。初めて見た時は驚いたけれど、微笑み慣れていないわけでもなさそうだから、その仕草はきっとお兄さんが亡くなってからなんだろうと。犯人が捕まって暫く経ったら、アルバムでも見て答え合わせでもしようと思っていた。思っていたのだ。

 

 今でも覚えている。異様に必死で、異様に生き急いでいて、どうにかして笑わせてやろうと同期みんなで目論んだ。苦労も虚しく、案外あっさりあいつは笑って。朝日がよく似合うと思った。そうだ、あいつは朝の人間だ。季節に喩えるなら春だろう。だから、こんな宵闇の中で楽しげに笑うのは、きっと、まやかしなんだ。きっと。

 

 「今日は寒い。お前のタバコが懐かしくなるほどだよ。」

 

 歌うように紡ぐ。震える手で煙草を探して、そんなものは彼女と結婚した時に全て捨ててしまったことを思い出す。彼女はあいつと違ってタバコを拒まなかった。拒んだのはあいつだけだった。それでも、あいつの言葉が何度も逡巡して、なんとなく後ろめたくなってしまった。灰皿に吸い殻と一緒に捨てたと思っていた、捨てられたと思っていた。手の中の鉛が重い。何度も握ったことがあるのに。

 

 あいつはタバコを嫌っていた。思えば、酒も嫌っていた。目に見える全ての悪が、あいつは嫌いだった。ハロウィンを見て舌打ちをするようなあいつが、こんな大通りで踊るだろうか。だからこれは模倣品なのだ。訓練に邪魔だから、と言って短くしていた髪も、女の子だから、と言われるのを嫌って絶対に着なかったワンピースも。かつての、兄がいた頃のあいつの模倣品。

 

 彼女なら、このまま撃たないことを赦してくれる。自分の欲求に真っ直ぐな人だから、俺のエゴも受け入れてくれるだろうし、この世界が夜に包まれても、足元を照らしてくれる。あいつならそう穏やかにはいかないだろうが。呆れたみたいにため息をついて、割と全力で一発背中を叩く。そんでもって一喝される。警官学校でミスした時はいつもそうだった。

 

 「牧野、私、ずっと踊っていたいんだ。もう、全部忘れていたいんだよ。」

 

 目の前で踊り続ける模倣品を見つめる。いつもの正義感はどこに行ったんだ。本当は、本当はずっと、そうやって踊りたかったのか。兄のことも、被害者のことも、加害者のことも、全部忘れて、エゴのままに。もしもあいつの本性がこっちだとしても、俺が見てきたあいつが間違っているのだとしても、俺にはたまらなくあいつが正義に見えたんだ。俺が知っているあいつなら、俺が覚えているあいつなら、世界を取る。兄の模倣品が目の前に現れても、青筋を立てて眉間を撃つに違いない。あいつは怒れる正しき人だったから。

 

 なあ。俺、奥さんができたんだ。お前なら絶対に反対するような、巷で噂のシリアルキラー。心の底から微笑む人だ。いつも楽しげで、たくさん集めた日々の輝きを俺にも分け与えてくれる。真夜中に咲く向日葵、真っ暗な世界の中で、凛々しく佇む大輪の花。それが彼女だ。前はお前の背を追いかけて、今は彼女の背中を追いかけてる。俺は志なんか持てないのかもしれないな

 

 動かぬ指先で鉛をなぞる。無機質な冷たさはどこまでも俺を冷静にさせるが、穏やかにはしてくれない。頭は冴え切っているのに、肝心な食指は少しも動いてはくれない。射撃訓練を思い出す。震える手をさすって、必死に冷静さを取り戻すあいつ。他人事みたいにそれを眺めていた俺。

 

 きっと、何度も何度も兄の仇を撃つシュミレーションをしていたのだろう。

 

 その時だった。視界の端で火花が散る。ガツン!と金属同士がぶつかるような音が鳴り響いて、耳の奥が痛む。ネイルハンマー。約920g、全長350mm、彼女の得物。何度も調査書に書いたおなじみの凶器。青白い光を纏うそれは、まっすぐあいつの頭上へと落ちた。腹の底が冷えるような心地がして、一瞬息が止まる。

 

 咄嗟に目を向ければ、俺の杞憂とは真反対に、あいつは怪我ひとつなく踊り続けていた。それにどこか安心している自分がいる。あいつの二度目は、間違いなく俺だけのものなのだ。

 

 「浮気はダメですよお。私の旦那さんに手を出さないでもらえますう?」

 

 間の抜けた声が響き渡る。夜の向日葵、俺の常夜灯、愛おしい宵闇。くるりと得物を握り直した彼女は俺を見つめる。深海のような、底のない青は夜の色をしていた。コツン、と手の中の鉛をハンマーが小突く。

 

 「撃たないんですかあ?」

 

 その声に色はない。急かすでもなく、留めるでもなく。ただじっと俺の言葉を待っている。冷や汗がドッと噴き出て、浅い呼吸を繰り返す。俺の隣にはもう夜がいるのだと、何度も自分に言い聞かせる。朝を迎えずとも、朝に焦がれずともいい理由がそばにいるのだから。カタカタと震える手を宥めて、射撃の基本姿勢を取る。

 

 「牧野。お前、射撃訓練ヘタだったよな。撃てるのか?」

 

 口調は俺が知っているあいつよりよっぽど柔らかかった。あいつはいつも一昔前の軍人みたいな口調で、俺が少しでもサボると長官と一緒になって叱ってきて…大変だった。いつも必死で、焦燥感に溢れていて、言葉を選ぶ暇なんてないからこんな煽るようには話さない。

 

 「撃てるよ。」

 

 それは虚勢で真実だ。俺に春はもういらない。厳しい玄い冬でいい。朱い夏も、白い秋もいらない。芽生えず、盛らず、実りもしない。これから先訪れるのは、生命の死と枯渇のみ。生ぬるい風がするりと首筋を撫でる。射撃はお前の方が下手だったろ、失礼なやつ。

 

 「俺さ、もう牧野じゃないんだ。雨森。雨森玄士になったんだよ。」

 

 あいつは緩やかに微笑んで、呆れたみたいにふっと息を吐き出す。そこでようやく牡丹は俺をまっすぐ見つめて。牡丹は散って、最後の春は呆気なく過ぎ去る。

 

 「お前は相変わらず馬鹿だな。」

 

 盛大な拍手のような破裂音が轟く。似姿はシャボン玉みたいに弾けて、積もった雪に溶け込んだ。数時間後には排水溝に流れていくだろう。ぎゅっと握った彼女の手がだんだんと温くなっていく。夜明けだ。

 

 空は白まず、足元の雪は溶けていく。繋いだ右手は暖かい。どうか、明けぬ夜を、訪れぬ春を。隣に立つあなただけは、迎えられますように。




初めて投稿するので不手際パラダイスだと思いますが、何卒よろしくお願いします
pixivでも公開しております

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