BanG Dream!×仮面ライダー詰め合わせ(になる予定)   作:湯豆腐に季節のエクレアを添えて~

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前回、しれっと浮気者にされてる朔くんはどうなるのか・・・。


第八話 籠城・水面に映る影

何が起きているのか、分からなかった。

 

 

睦ちゃんが、急におかしくなった。

祥ちゃんが、何故か、僕が無事だったことを知っていた。

 

 

ーーーそれに、祥ちゃんや睦ちゃんが夜の街で直に会ったという、ワインレッドのスーツを纏った僕の話。

 

 

何もかも、意味が分からなかった。

 

 

 

でも、僕が、二人の近くにこれ以上いたら、二人ともどうしようもなく壊れてしまいそうで。

 

僕が、壊してしまいそうで。

だから、しばらくは二人と距離を置こうとして。

 

 

それは、僕が逃げ出したかったわけじゃなくて。

本当に、二人のことが心配で。

危ない目に遭ってほしくなかったからで・・・。

 

 

 

ーーーーだから、

 

 

 

 

『Ave Mujica、解散だって』

『急に、解散って、一体ーーー』

『睦ちゃん、凄くショックを受けてたよね』

 

 

こんなことになるなんて、思ってなかった。

 

 

 

今、僕は、誰もいない路地裏の片隅に身を潜めながら、大通りの街灯ビジョンに映し出される情報と、街を歩く人々の話し声を聞いていた。

 

 

何でこんなことに。

どうして。

 

濁った焦燥だけが、頭の中で渦巻いている。

 

 

また、祥ちゃんの居場所が壊れそうになってて。

今回も僕は何もできなくてーーー。

 

 

「おい。朔、大丈夫か?・・・・ちょっと休んだ方がーーー」

 

キバットが僕の顔の前にパタパタと飛んできて、酷く心配した様子で僕の身を案じてくれる。

 

ーーーけれど、僕にはその声が耳に入らなかった。

 

 

早く、祥ちゃんのところに行かないと。

祥ちゃんが、傷ついてるかもしれない。

あの日のように、泣いているかもしれない。

 

 

それだけを思って、彼女が演奏しているドームの場所へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「祥ちゃん・・・、どこにーーー」

息を切らしながら、ドームの場所に着いた。

 

兄さんたちに正体がバレる可能性があるのは分かってた。

けど、そんなことよりも、今は、彼女に会うことが重要で。

 

僕は、ドームの周りを探し回る。

公演が終わってから、随分と時間が経っていたから、周りに人はほとんどいなかった。

 

 

これなら、すぐに見つけーー。

 

 

「あっ!・・・祥ちゃん!」

 

見つけた。

ただ一人で力なく夜道を歩いている祥ちゃんの小さな後ろ姿を。

 

 

すぐに駆け寄ろうとする。

今すぐ、彼女の所に。

祥ちゃんを守らないとーーー。

助けないとーーー。

 

 

そんな、今さら、身勝手なことを思いながら、彼女に近づこうとーー。

 

 

 

 

 

「今さら、何をしようとしているの?」

 

 

 

真後ろで声が響いた。

聞き覚えのある女の子の声。

 

 

だけど、その声は、低く、冷たい。

 

 

 

後ろを振り向くと、金髪のショートヘアに紫の瞳の少女。

三角初華さんが、殺意すら孕んだ眼差しで僕を睨んでいた。

 

 

「・・・何で、三角さんがーー」

「答えて。今さら、祥ちゃんに近づいて何をしようとしてるの?」

 

僕の言葉を遮って、彼女は一歩、また一歩と、僕に詰め寄ってくる。

有無を言わさない様子で。

どこまでも僕を憎んでいる、そんな様子で。

 

 

「そっちこそーーー、祥ちゃんに近づいて、何をーーーー」

「私は、祥ちゃんに元に戻って欲しいだけ。・・・貴方に出会う前の、貴方に苦しめられる前の祥ちゃんに」

 

彼女の言葉が僕の胸の奥底に刺さる。

 

 

確かに、僕は、彼女を助けられなかった。

それどころか、彼女を苦しめていた。

 

その痛烈な事実は認めざるを得ない。

 

でも、だからと言ってーー。

 

 

「裏で兄さんと繋がって、祥ちゃんに隠し事ばかりしてる三角さんに、そこまで言われる筋合いはないよ」

 

 

彼女は、裏で兄さんたちと繋がっている。

キバットがそう言っていたんだから、間違いない。

 

 

それを聞くと、三角さんは一瞬だけ両目を大きく見開き、頬を強張らせ、その瞳の奥には、確かに、罪悪感が揺らめいていた。

 

 

ーーーけれど、彼女はすぐにそれを覆い隠し、鋭い目で僕を射抜く。

 

「・・・隠し事なら、黒瀬くんもしてるよね?」

 

「・・・・それは、祥ちゃんを守るためで・・っ!」

 

隠し事はしている。

キバやファンガイアのことは言っていても。

兄さんとの関係や僕の生い立ちについては秘密にしている。

 

けど、それは、これ以上、祥ちゃんを危険な目に遭わせないためでーーー。

 

 

「それじゃなくて、ね」

三角さんは少し間を空けて、憎々し気に僕を見つめる。

 

 

そして、口を開いた。

 

 

「黒瀬くん。・・・睦ちゃんともそういう関係なんでしょ?」

 

「・・・・へ・・・・?」

 

そういう関係?

何を言っているのか、分からない・・・。

彼女の雰囲気的に友人関係を指摘しているわけじゃないのは分かる。

 

それじゃあ、詰まるところ・・・。

 

 

「ち、違うっ!祥ちゃん以外とそんなことするわけ・・・っ!」

僕は全身から嫌な汗を噴き出しながら、拳を握りしめ、必死になって否定しようとする。

首を激しく横に振り、声を荒げて叫ぶ。

 

 

それでも、三角さんは冷たい目のまま、告げる。

 

「祥ちゃんがね、睦ちゃん本人から直接、そう聞かされたんだって。・・・『朔くんが、ベッドの上で、優しく汗を拭って、何度も体を愛撫してくれた』ってーーー」

 

知らない。そんなこと知らない。

 

そんなことやってない。

僕の心は全部、祥ちゃんのもので。

睦ちゃんはただの友達で。

そんな関係じゃない。

 

 

ギュッと固く目をつむり、耳を塞ぐようにして、頭を何度も激しく振った。

 

 

けれど、

三角さんは、僕を睨んだまま離さない。

 

そして、その言葉を告げる。

 

 

「二度と、祥ちゃんに近づかないで」

 

怒りと殺意が込められた声で。

僕の存在そのものを憎んでいる声で。

その瞳の奥には、どこまでも燃え続ける黒炎が映って。

 

 

それが、今まで向けられてきたどんな視線よりも恐ろしくて。

 

 

 

「・・・や、やだ・・・っ!」

僕は子供のように、無様に首を振り、後ずさりながらも掠れた声を必死に紡ぎ出す。

 

 

目の前の彼女が恐ろしかった。

身に覚えのない罪に動揺した。

僕が祥ちゃんを傷つけてしまったという事実が怖かった。

 

 

だけど、何よりも。

祥ちゃんとずっと会えなくなるのが嫌で。

 

 

咄嗟に、キバットを呼ぼうと口を開きかけーー。

 

 

「ダメだよ」

冷たい声と共に、三角さんの掌が僕の口をガシリと掴み、無理矢理にその口を閉じた。

 

 

何とか、抵抗しようと、三角さんの細い腕を掴んで引き剝がそうとする。

けれど・・・、信じられないことに彼女の腕はピクリとも動かない。

 

 

肺が破れる程の力を絞り出す。

その衝動に応じるように、血のような赤と金のステンドグラスの紋様が広がり始めた。

 

いつもは顔だけだけど、どんどん広がっていく。

だけど、彼女の手はびくともしない。

 

 

 

「・・・・んっ・・・⁉」

その時、僕は、彼女の顔に浮かび上がっていたものに目を見開いた。

 

 

三角さんの白い肌に、赤と黒で彩られたステンドグラスの紋様が不気味に浮かび上がっていた。

 

 

兄さんと通じていたのだから、ただの人間ではないとは思っていたけれど、実際に直視すると驚きを隠せない。

 

 

そんな僕の驚愕を意に介さず、彼女は掌の力を強めていく。

口の端が裂け、生々しい鮮血が喉奥へと流れ込んでいく。

 

 

それは、僕の意識をほんの少し割いただけだったけれど。

それによって、僕は視線を彼女の顔から手元に映した。

 

 

そして、僕はそれを見つけた。

 

 

「・・・・っ・・・⁉」

 

彼女の手から、ドロドロとした黒い蛇のような不気味な影が、僕の口内へと侵入しようと、意志を持つ生き物のように鎌首をもたげていたのを。

 

真っ黒で、血のように紅くて。

どこまでも不気味な。

 

 

そして、その蛇の影がーー。

 

『兄さん!何で、こんな・・・っ!』

『・・・黙れ!」

 

幼い時に見た兄さんの、怒りと殺意によく似ていて。

 

 

 

「・・・あなたがいるせいで、祥ちゃんは苦しむ」

『お前がいるから、僕はーーー!』

目の前で冷酷に響く初華さんの声に、幼い頃に幾度となく耳の奥を抉ってきた、あの兄さんの今にも泣き出しそうなほどに苦しそうな絶望の声が、完全に重なって響き渡る。

 

僕の存在を心の底から憎悪し、それでいて、どこまでも痛々しく擦り切れている、兄さんの。

 

 

「だから、お願い。・・・祥ちゃんの前からいなくなって」

『僕の前から消えてくれ・・・っ!』

 

三角さんの声が耳に届くと同時に。

頭の中で、ある声が重なる。

兄さんが、僕を憎々し気に睨みながら告げた苦しそうな言葉。

 

 

 

 

「・・・ぇ・・・、あ、ああ・・っ!」

 

目の前の少女と、かつて見た兄さんの姿が重なる。

 

忘れ去ろうと、必死に蓋を閉めようと努めていた記憶が、濁流のように頭の中に流れ込む。

 

 

 

『兄さん!誕生日おめでとう!』

 

『ありがとう!朔もいっしょに食べよう!』

古城の中で、兄さんと二人きりで、確かに笑い合って分け合った甘いケーキのこと。

 

 

『キングは、何を考えているんだ。あんな忌み子を次代のキングである優牙様と』

 

『そもそも人間と恋仲になるなど、我々への背信行為だ・・!』

 

『だが、いつまでも人間を目の敵にするのは・・・』

よく分からない人たちのひそひそ話。

 

 

『朔・・・。あなたは何も悪くないの。気にしてはダメよ』

『あなたが、居るせいで優牙は・・・っ!』

僕を優しく抱きしめてくれたお母さんの温もりと。

兄さんのお母さんの呪詛の声。

 

 

『・・・僕の前からいなくなってくれ・・!』

そして、あの優しかった兄さんの、どこまでも苦しそうな悲鳴。

 

 

自分が今まで犯してきた罪が。

自分が犯してしまったかもしれない罪が。

頭の中で渦巻いて、弾ける。

 

ーーーそして、

 

「・・・あっ・・、や、やだ・・・っ、嫌だああああっ・・・っ!」

これから、下されるであろう罰が心底怖くなって。

 

僕は、小さな子供のような悲鳴を情けなく零していた。

 

 

 

「・・・・ぁ・・・・」

僕が完全に精神の破綻を起こして泣き叫んだのを目にした瞬間、三角さんは一瞬だけ、それまでの怒りと殺意に満ちた表情を凍り付かせーーー。

驚愕を孕んだ瞳で僕を掴んでいた腕の力を、緩めた。

 

その瞬間の彼女の瞳は、ただの、酷く戸惑った一人の少女のものに戻っていて。

 

 

 

「やだ・・・っ!・・・嫌だ・・っ!こっち来ないで・・っ!」

だけど、僕は、そんなことを考えている余裕なんてなくて。

 

 

ただ、その場を逃げ出すこと。

それしか、考えることが出来なかった。

 

力が緩められた彼女の腕を振り払って、走り出す。

 

 

できるだけ遠くへ。

世界の果てまで逃げ出すように。

 

今、起きていることを忘れるように。

 

どこまでも惨めで、どこまでも身勝手な僕は、夜の闇の中を、ただただ泣きながら走っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・」

子供のように泣きながら、逃げ去っていったあの男____黒瀬朔の後ろ姿を見送りながら、私はただ立ち尽くしていた。

 

 

分かっている。

彼女や彼のことを考えるのならば、あの男は、消しておくべきであるということも。

 

 

あの男がいるせいで、祥ちゃんは苦しむ。

あの男がいるせいで、彼は苦しんだ。

 

 

ーーーけれど。

 

どうしても、どうしようもなく、胸の奥の不気味なざわつきが収まってはくれなくて。

 

 

 

 

あの時、見た黒瀬くんの表情が・・・・。

 

 

『嫌だ・・・。一人になりたくない・・・」

『初音・・・。いなくならないでくれっ・・・!頼む、頼むから!』

 

震えて、怖がっていた彼の_____優牙くんの表情に瓜二つで。

 

 

「・・・・・・っ!」

そんな取り留めのない、あってはならない悍ましい妄想をしてしまう自分自身に対して、吐き気を催した。

 

 

確かに二人の顔つきは、よく似ている。

けど、あんな男と、愛しい彼を重ね合わせてしまうなんて・・・。

 

 

自分でも信じられないほどに、激しく動揺していた。

脳内からその最悪な残像を必死に振り払おうと頭を振っても、黒瀬くんが見せた、あの幼児退行したような泣き顔は、私の網膜の裏側にこびりついたままで。

 

どうしても離れてはくれなかった。

 

 

「・・・違う。そんなことよりも、今は、祥ちゃんを・・・っ」

 

 

私は、視線を遠くで一人で歩いている祥ちゃんの方に向ける。

 

 

あの男の所為で、あんなにも傷ついた祥ちゃん・・・。

あんなにも心の拠り所にしていたのに、裏では睦ちゃんとベッドの上で不潔に肌を重ねて自分を裏切っていたなんて。

 

今、祥ちゃんが、どれだけ傷ついているか、想像するだけで胸が引き裂かれそうになる。

 

 

そうだ。

何よりも、祥ちゃんを優先しないと。

あんな男のことを考える余裕なんてない。

 

 

私は、そう思いながら、祥ちゃんの方へと歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

嘘だ。

皆、私を騙そうとしてるんだ。

 

だって、そうじゃないとおかしい。

 

 

『Ave Mujicaの終幕とさせて頂きます』

 

私は、睦ちゃんの代わりにAve Mujicaをやって。

睦ちゃんを守って、幸せにーーー。

 

なのに、これじゃあ、私が・・・。

 

 

 

「どうしよう、どうすれば・・・・」

 

私がギターを弾けなかったから、Ave Mujicaは解散することになって・・。

でも、私はギター弾けなくて。

 

 

「・・・・ぁ・・・、そうだ、睦ちゃん・・・っ!」

睦ちゃんにちょっとだけ起きて貰って、ライブのときだけギターを弾いてもらったら・・。

 

 

睦ちゃんに迷惑かけちゃうけど、ちょっとだけなら・・・。

それに、睦ちゃんもこのままじゃきっと悲しんじゃうから・・・。

 

 

「睦ちゃん、起きて!睦ちゃんにギター弾いてほしくて!」

私の中の睦ちゃんに向かって、必死に必死に語り掛ける。

 

「睦ちゃんがギター弾いてくれないと、Ave Mujicaが解散しちゃうんだよ!」

返事がない。

何も帰ってこない。

 

 

「睦ちゃん!ねえ、睦ちゃんってば!」

睦ちゃんは何も言ってくれない。

 

 

「・・・ぇ、何で、何で起きないの!」

睦ちゃんが起きない。

どんなに叫んでも、睦ちゃんは起きてくれなかった。

 

 

 

パニックになりながらも、何度も名前を呼んだ。

それでも、睦ちゃんは起きてくれない。

 

 

 

 

そうやって、パニックになりながら、誰かに助けてほしくて、周囲を見渡す。

 

 

 

 

そしたら、見覚えのある男の子の影が見えた。

薄い茶髪に、眼鏡を掛けていて。

白いシャツにジーンズを着ていて、彼は必死に走っている。

 

「・・・・やだっ・・。もう、やだ・・・っ」

 

朔くんだった。

朔くんが、頭を掻きむしりながら、何か呟きながら、走っていた。

 

余裕が無さそうなのは分かってた。

何かを怖がっていたのも分かってた。

 

 

それでも、私は、睦ちゃんを助けてほしくて。

 

 

「朔くん!助けて!睦ちゃんが・・・、睦ちゃんが、どうしても起きないの!」

私は彼の前に飛び出すようにして呼び止め、叫んだ。

 

 

また、睦ちゃんの助けになってくれると思ったから。

誰よりも睦ちゃんのことを考えてくれてたから。

 

 

だから、今回も・・・。

 

 

「・・・・ひっ・・・!」

 

けど、朔くんの口からは、引き裂かれたような情けない悲鳴だけが零れた。

 

ーーそして、私の方を得体の知れない怪物を見るような目で見た。

その目には、ただ恐怖だけが映っていて。

 

 

 

・・・私の知ってる朔くんじゃなくて。

 

 

「・・・朔くん、どうしたの?」

私が、心配して声を掛けると、彼は、また後ずさりして、徐々に私から離れていく。

 

 

「・・や、だ・・。もう、嫌だ・・・。近づかないで・・・」

私のことを怖がっているような目で見ながら、震える唇でそう言っていた。

そして、私に背を向けてーーー。

 

 

 

「待って!睦ちゃんが大変なの!だからーーー」

「知らない・・っ!そんなこと知らない・・・っ!分かんない!」

朔くんはまるで小さな子供のように両耳を塞いで首を振り、そのまま私の元から走り去ろうとする。

 

 

私は、咄嗟に、その手を強引に掴んで離さないようにする。

でも、朔くんの力は強くて、両手で抑えても、片腕で振り払われそうになる。

 

「離して・・・っ!」

「何で!?何でそんなこと言うの、朔くん!・・・初めてお家で会った時、私のことにも気づいて、睦ちゃんのこと、あんなに考えてくれたのに!」

私が、そう言った瞬間。

 

朔くんは、肩をビクリと震わせてーーー

 

 

 

「知らないって言ってるでしょ!」

私の手を振りほどいた。

 

 

その勢いのまま、私の身体は、地面に叩きつけられる。

 

痛い。

 

苦しい。

 

分かんない。

 

あんなに優しかったのに。

睦ちゃんのことが大好きなはずなのに。

 

 

「・・・ぁ・・、ご、ごめんっ!・・・ごめんなさい・・・っ!」

 

朔くんは、泣きそうな声でそう言っていた。

 

けど、すぐにまた、涙を流しながら、暗い夜道へと姿を消してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 

もう嫌だ。

逃げたい。

分かんない。

 

 

頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱しながら、僕は家に帰り、玄関のドアを強く閉めた。

壊れそうなほどに大きな音が出たが、気にならなかった。

 

 

そのまま、階段を走って、そのままベッドに入る。

 

そして、布団で自身の身体を覆い隠し、瞳を強く閉じた。

 

 

 

だけど、視界を真っ暗に変えても、頭の中は更にぐちゃぐちゃになっていく。

 

 

おかしくなった睦ちゃん。

深く傷ついてる祥ちゃん、

僕に憎しみをぶつける三角さん。

身に覚えのない、睦ちゃんとの浮気の疑い。

『二度と、祥ちゃんに近づかないで』という、言葉。

 

 

全部、全部、分かんない。

 

 

最近、分からないことばかりだ。

 

祥ちゃんのお父さん____清告さんは、祥ちゃんにあんな酷いことを言ったし。

そのせいで、祥ちゃんとお父さんの仲は決定的に悪くなって。

 

ビショップに見つかって殺されかけて。

 

訳の分からないオーロラの中で、変なコウモリと変な人たちに会って。

 

戻ったら、睦ちゃんが、苦しそうにしてて。

睦ちゃんに僕のことを秘密にしてもらって。

しばらく、睦ちゃんと過ごして。

 

 

 

けど、急に睦ちゃんが、糸の切れた人形みたいに舞台で座り込んで。

かと思ったら、急に怖いぐらいに明るくなって。

 

 

祥ちゃんも睦ちゃんも、揃いも揃って、ワインレッドのスーツを着た僕を見たって言いだして。

 

 

気づけば、祥ちゃんたちのバンドが解散して。

 

 

 

僕の知らない所で、取り返しのつかないことが起き続けて。

 

もう、意味が分からなかった。

ついていけなかった。

 

 

でも、祥ちゃんと睦ちゃんが、僕の所為で傷ついたということは、はっきりとしていて。

 

 

さっきも・・・、あんなに助けを求めてた睦ちゃんを突き飛ばして。

そして、逃げてきた。

 

あんなに助けて欲しいって言ってくれてたのに。

僕はーーーー

 

 

 

肝心な時に、何の役にも立たない。

 

 

 

瞳を閉じれば、後悔がどんどん襲ってくる。

でも、目を開けたら、また怖いことや分からないことが増える気がして。

 

 

目を開けられない。

一歩も外に出られない。

 

・・・出たくない。

 

 

 

「おい!朔!しっかりしろよ!このままお前が引きこもっちまったら、祥ちゃんと睦ちゃんはーーー」

 

 

「行かない!もう外へなんか出ないっ!」

 

キバットの声を大声で遮る。

 

 

 

今まで、何とか、うまくいってると思ってたんだ。

 

雨の中で祥ちゃんが泣き続けるよりは良いと思ってた。

睦ちゃんを、ほんの少しだけ助けることができてると思ってた。

 

 

でも、それは、結局、僕の自己満足で。

哀れな思い込みで。

 

 

僕がいない方が、ずっと良くなるはずだったんだ。

僕がーーー。

 

 

二人を壊してしまった。

 

 

 

だから、もう、僕は外に出ない。

 

怖いことや分からないこと、嫌な事が待ってる世界からは外へ出ない。

小さい頃と変わらない。

 

この家に閉じこもって、これから先もーーー。

 

 

そんな怠惰と欺瞞に満ちた最低な答えを正当化して、僕はさらに目を強く閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Ave Mujicaが解散してから、ニ週間が経った。

テレビは、ずっとそのことについて報道していて。

スポンサーや事務所の電話が常に鳴り響いてた。

 

 

 

その間、私はーーー。

 

「祥ちゃん・・・。ご飯出来たよ・・・?」

「えぇ・・・。ありがとうございますわ。初華」

 

私は、あの夜から一日たりとも外へ出ることなく、ずっと初華の家で魂の抜けたような日々を過ごしていた。

 

 

学校にも行かずに。

朔にも、睦にも会いに行かずに。

 

 

自分でも分かっている。

こんな風に現実から無様に目を背け、すべてを投げ出して殻に閉じこもっていてはいけないということくらい。

 

 

でも、どうしても・・・。

怖かった。

 

 

学校で、燈たちに少しでも会うのが。

優しい彼女たち、今の自分の姿を見られたくないという、最低なプライドが足をすくませる。

 

 

睦に、モーティスに会うのが怖かった。

どんな顔をすればいいか分からなかったから。

次は、どんな風に自身の薄汚れた独善性を責められるのか、考えるだけでもーーー。

 

 

そしてーーー。

 

朔に会うのが何よりも怖かった。

真実を知るのが恐ろしかった。

睦との関係を問い詰めて、もしも、真実だ、と言われてしまったら?

こんなどうしようもない、救いようのない私に、愛想を尽かしてしまっていたら?

 

それが何よりも恐ろしくて。

 

 

でも、お父様のいる場所に戻るのも、お爺様のいる場所に行くのも嫌で。

 

 

そんな、行く当てのない私の手を引いたのがーーー。

 

他ならぬ、彼女____三角初華だった。

 

 

一人でドームの外で歩いている時に駆け寄り、手を引いてくれた。

 

それが、彼の優しい手と重なってしまって・・・。

心地よくて。

安心してしまって。

 

 

私は、彼女の厚意に甘え、今も彼女の家で過ごしている。

 

 

 

 

 

初華がテーブルに夕食を持ってきてくれた。

 

 

それから、初華と少し話しながら、食事を口に運んだ。

 

彼女は、私を気遣ってくれているのだろう、できるだけ私の傷にならないような、当たり障りのない明るい話題を選んで微笑みかけてくれている。

 

何とか、彼女に対して笑みを作ろうと試みるが、気分は晴れない。

 

 

それでも、何とか、夕食を食べ進める。

 

魚介のトマトスープが、温かくて。

ほんの少しだけ不安と焦燥を紛らわせてくれた。

 

舌先に触れる温かさが、私の冷たくなった心に染みてーー。

 

 

『祥ちゃん・・・。ビーフシチュー作ったから、一緒に食べよう?』

 

「・・・・・っ!?」

 

 

彼の優しい声が頭に響いた。

彼の洋館で一緒に過ごした時間を思い出して、スプーンを持っていた手が止まる。

 

彼は____朔は、今、どうしているのだろうか。

 

 

危険な目に遭っていないだろうか。

 

今の私の姿を見てしまったら、どう思うのだろうか。

 

それとも、今も睦と二人で、ベッドの上で肌を重ね合ってーーー。

 

 

頭を軽く振って、浮かび上がる思考を振りほどく。

睦と朔の関係は、モーティスが口にしていたことしか証拠がない。

 

それに、彼が、私を見捨てるなんて、ありえ、ない・・・。

 

・・・本当に?

 

 

「祥ちゃん、大丈夫?」

 

スプーンを持ったまま硬直していた私を心配して、初華が私の顔を優しく覗き込んできた。

 

『祥ちゃん、・・・無理しないで?』

目の前で揺れる彼女の痛々しいほどに、私を心配している顔が、その鼓膜を震わせる声音が、私の頭の中でどうしても彼と重なってしまう。

 

 

 

「ずっとここにいていいから。・・・ずっといっしょにいるから」

『・・・祥ちゃんのためなら、どこまでも一緒にいるから』

 

頭の中で、彼と彼女の声が重なる。

 

 

 

そして、

 

 

「ムジカが無くなっても、一緒にいてくれる?」

 

彼女の少し気弱そうな声音と表情が、彼と重なって。

 

 

彼女の白い肌に、彼とよく似た、ステンドグラスの紋様が浮かんでいた気がして。

 

 

初華と朔を重ね合わせてしまって。

 

 

私は、魂が抜けた人形のように、静かに深く、頷いて同意の笑みを浮かべーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

「祥ちゃん、お風呂の準備出来たよ?」

 

「ありがとうございますわ・・・。初華・・・」

食事の片づけが終わった後、しばらくすると、初華が浴槽にお湯を張ってくれた。

 

 

そして、初華は、私を見つめながら、少し頬を赤らめて照れたように視線を泳がせながらーーー。

 

 

「・・・あのね。もしよかったら・・・私と、いっしょに入る?」

 

そう私を誘った。

 

 

 

「・・・・それは・・・っ・・」

私は服の襟元を掴んだまま、その場に固まり、躊躇してしまう。

 

 

初華と私は同性で、友人関係で。

何も起こるはずがないとは、分かっているけれど、

 

 

それでもーーー、

 

 

朔以外の人に自身の裸を晒すのは、気が引けて・・・。

 

 

「・・・大丈夫だよ?・・・女の子同士だし・・。何もしないから・・・」

初華は、私のあまりの動揺ぶりに、少し気まずそうに眉を下げながらも、私を安心させるように優しい笑顔を向けてくれる。

 

 

彼女に、そんな表情をさせてしまうことに少し申し訳なさを感じて。

 

 

「それなら・・・」

私は、その誘いを了承しようとした。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴ったのは。

 

 

心臓が冷たく跳ね上がる。

こんな夜更けにやって来る人間には、一人しか心当たりがなかった。

 

 

私のお爺様。

豊川定治。

 

 

バンドが解散してから、私を自分の元へ連れ戻そうとしている。

 

 

何度も、何度も。

やって来る。

 

 

けど、戻ってしまったら、今までの自分の決断が全て間違っていたと認めてしまうようで。

怖くて。

嫌で、嫌で仕方なかった。

 

 

 

「祥ちゃん。先にお風呂に入ってて。・・・私が出るから・・」

初華は、私に優しく声を掛け、玄関の方へと急いだ。

 

 

私は、ただ、彼女の言うとおりに、浴室の中へと急いだ。

 

 

『帰ってください!・・・祥ちゃんは、私とーーー』

『祥子は、お前とはーーー、そもそも、お前はーーー』

『分かって・・ます。そんなーーー』

 

浴室の扉の隙間から、シャワーの音に混ざって、途切れ途切れに初華とお爺様の声が聞こえてくる。

 

 

私は、ただ聞こえないふりをしながら、自らの両耳を、強く、強く両手で塞ぎ続けることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初音。祥子を渡しなさい」

「いや、です・・。祥ちゃんは、私と・・・っ!」

 

私は、目の前の男を睨みつける。

 

 

ようやく、あの男____黒瀬朔が祥ちゃんから離れたと思ったのに。

 

なのに、私と祥ちゃんだけの楽園を邪魔するように、今度はこの人がやって来た。

 

 

豊川定治。

 

豊川家の現当主。

豊川グループのトップ。

そして、私のーーー、

 

 

 

実の父親。

 

 

 

「初音。・・・お前と祥子は、違うのだ」

 

この人にとって、私は不都合な存在。

私の出自が知られれば、豊川の勢力争いで格好の攻撃材料にされてしまうから。

 

 

でも、

 

 

「そんなことは分かってます・・・。だけど・・・、だけど・・っ!」

 

 

祥ちゃんから離れたくない。

祥ちゃんを離したくない。

 

 

そう思ったら、私の身体が熱くなって、

 

 

私の肌の奥から、赤と黒のステンドグラスの紋様が浮かび上がってくる。

それが首元を伝ってどんどん広がっていくごとに、身体に力が満ちていく。

 

自分の中で最も忌み嫌っているはずの血と力が。

 

 

 

その様子を、あの人は冷静に見ている。

 

そして、自身の顔にも、ステンドグラスの紋様を浮かび上がらせる。

 

けれど、その体を異形に変えることはなくーーー。

 

 

ただ、指を鳴らした。

 

 

すると、すぐに、要所要所にステンドグラスが散りばめられた怪物_____ファンガイアが何体も現れる。

 

 

「もう、時間がないのだ。豊川だけの問題ではない・・・。いずれ、祥子は、ファンガイアのーーー」

 

 

あの人が言い切る前に、ファンガイアたちは、私の方に迫って来る。

 

私は、祥子ちゃんの方に行かせないように、ドアの前に立ちはだかって両腕を突き出しーーー。

 

 

ファンガイアたちを相手にーーー

 

 

 

「・・・僕の初音に何をしている?」

 

 

聞き覚えのある声が聞こえた。

凛とよく通る、けれど底知れない覇気を孕んだ声。

誰よりも愛しい彼の声。

 

 

「・・・んぐッ・・、あ、が・・・っ!?」

私に迫っていたファンガイアの一体が、一人の少年に首元を掴まれ、巨体が難なく宙に上げられる。

 

 

そして、そのままーー。

 

 

 

「あ、があぁああああああぁあっ!」

 

その肉体は簡単に砕かれた。

ファンガイアの身体が、ガラス細工のように砕かれ、周囲にステンドグラスが散らばる。

 

 

 

そして、それほどの圧倒的な力を魅せつけた彼は、私の方を振り返る。

 

 

「大丈夫かい?・・・初音」

 

 

「・・・優牙くん・・・」

 

 

ファンガイアの正統なキング。

私の、大好きな彼。

青峰優牙くん。

 

 

私の声を聞くと、彼は優しそうに微笑んで、私の方へと歩いてくる。

 

 

私は、すぐに、自分に浮かび上がっている、紋様を消そうと努めた。

彼には、彼にだけは、見られたくなかったから。

あの男と同じような、人間にもファンガイアにもなれない歪な自分の存在を知られたくなかったから。

 

彼に、殺されたくなかったから。

軽蔑されたくなかったから。

 

・・・・嫌われたくなかったから。

 

 

だけど。

 

 

 

「・・・綺麗だ・・・」

 

優牙くんは、私の怯えを全て包み込むようにして、その温かい手のひらで、私の頬を優しく、どこまでも愛おしそうに撫でてくれた。

心の底から愛おしそうに。

 

 

世界で私だけが彼の特別であるかのように、私の方を見つめている。

 

 

 

「・・・・ぁ・・・」

その蒼い瞳に見つめられた瞬間、私は脳の芯から、心の底から、安心感に満たされていくのを自覚した。

 

彼が、私のこの呪われた血ごと、全てを受け入れてくれたことが分かったから。

 

 

そのまま、彼に身を預けーーー。

 

 

「それは、後にしてくれるかい?・・・初音」

 

「あ、うん・・・。ごめんなさい・・・」

 

「謝る事は無いよ。・・・こちらこそ、ありがとう」

 

 

 

その言葉を口にするとすぐに、優牙くんは私の額に優しく口づけを交わし、あの人とファンガイアたちに向き直る。

 

 

そして、

 

 

「すまないが、僕は、名君ではなく、暴君としての才があるとよく言われるんだ。・・・だからーー」

 

 

「身勝手な判決を下させてもらう」

 

 

手に付けていた黒いグローブを外し、掌を彼らの前に突き出しなら、厳かな声で告げる。

 

「王の判決を言い渡す。・・・・死だ・・」

 

 

 

彼の端正な顔に、鮮烈で妖しいステンドグラスの紋様が浮かび上がり。

 

掌には、コウモリを象った紋様と、その上にチェスの駒が描かれた、王の証が浮かび上がる。

 

そして、彼の掌に蒼い魔力が集まり、彼らに力の奔流をーー。

 

 

「お待ち頂きたい。・・・キング」

あの人が、豊川定治が、彼を制止する。

額に汗を滲ませながらも、指先を震わせながらも、彼に自らの意見を告げる。

 

 

「これは・・・、あなたにとっても、意義のあることで」

「関係ない。消え失せろ。・・まあ、何を言いたいのかは察しているが・・・」

だが、彼は、全く意に介さず、言葉を続ける。

 

 

「・・・え・・・?」

彼は、私の華奢な身体を愛おしそうに抱き寄せながら。

力強くその言葉を口にした。

 

 

「・・・僕は、初音一筋だからね。・・・お前たちの提案にそそられるものはないな」

 

彼が、私の瞳を優しく見つめ、あの人たちに告げた。

その言葉が鼓膜の奥に届くと同時に、私の五感は、脳が溶けてしまいそうなほどの安心感と多幸感で満たされ、歓喜に震えた。

 

 

「ですが・・・、キング!・・・この子はーー」

「初音の出自を口にするのであれば・・・。お前は、何も言う資格はないがな?・・・豊川定治」

まだ、食い下がろうとあの人は、口を開いたが、優牙くんの言葉に遮られる。

 

 

そして、目を大きく見開く。

 

「・・・・何故!?それを・・・っ!」

「・・・・・・もういい。早く失せろ。・・・・処刑を言い渡す気もなくなった」

 

彼は、道端に転がる石ころでも見るかのような、底知れない退屈さを孕んだ冷たいまなざしで一瞥した。

 

その様子を憎々し気に見ながら、あの人は、その場を去り、近くにいたファンガイアたちもあの人の背中を追って闇へと消えていく。

 

 

 

 

それを見送った後、彼はーーー。

 

「優牙くん・・・?・・・んむっ!」

 

私の戸惑いの唇は、彼の強引で、激しい口づけによって完全に塞がれていた。

お互いの舌が、互いの存在を貪り合うように、深く絡み合っていく。

 

舌が絡み合うごとに、頭の芯に強烈な多幸感が襲い掛かる。

思考が、とろん、と甘く蕩けていく。

 

 

嬉しい。

幸せ。

 

彼が、私を選んでくれた。

 

 

 

しばらくした後、優牙くんは名残惜しそうに唇を離した。

 

私は、全身を駆け巡る興奮と多幸感が収まらないまま、ただ彼を見つめ続ける。

 

 

彼は、そんな私の姿を愛おし気に見つめた後、少し名残惜しそうに告げる。

「続きは、また今度の機会にね、初音」

 

「・・・・うん・・・っ、待ってるね、優牙くん・・・」

 

そうして、優牙くんは、夜の闇の中へ消えていき、私は、祥ちゃんのいる家の中へと戻っていた。

 

もうすぐ、祥ちゃんが浴室から上がってくる頃だろう。

祥ちゃんに、彼の姿を見られるわけにはいかない。

 

 

祥ちゃんが私の傍にいて。

優牙くんが、私のこの汚れた血ごと、全てを受け入れて愛してくれてーー。

 

こんなに幸せでいいのかな。

 

 

私は多幸感に満たされながら、祥ちゃんがいるであろう浴室の方へと歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、浴室から出ると、パジャマに袖を通し、洗面台の鏡の前に静かに立っていた。

 

 

そして、自分の顔を見る。

 

 

「・・・・酷い顔ですわね」

 

その時の自分の表情の酷さに自嘲が漏れた。

 

 

罪悪感に苛まれ、恐怖に怯え。

愚かなプライドで、前へ進むことも後ろへ退くこともできず。

そして、あろうことか、私を救ってくれた大切な彼と、近くにずっといてくれた彼女に対して、泥のように濁った歪んだ愛情と嫉妬を身勝手に向ける。

 

 

そんなどこまでも浅ましい愚かな女の顔は。

 

 

泣いているのか、笑っているのかも分からない、どこまでも歪なものだった。

 

目元からは涙が流れ落ち、口元は醜く引き攣り、眉は不自然に吊り上がっている。

どこまでも無様で、滑稽で。

 

 

・・・こんな姿を、初華に、睦に、燈に・・・、そして、朔に見られなかったということだけを唯一の救いとして安心しながら、表情を取り繕おうとする。

 

 

その最中だった。

 

 

「・・・え・・・?」

 

あるはずのないものを見たのは。

 

 

 

もう一度、鏡を見直すと、それは見えなかった。

ただ涙に濡れた私の青白い顔が映っているだけだった。

 

 

 

バタンッと。

ドアが閉まる音が聞こえた。

きっと、初華が、戻って来たのだろう。

急いで、表情を直し、初華の方へと急ぐ。

 

 

 

 

一瞬、自分の顔に浮かび上がっていたーー、

 

 

 

どこまでも鮮やかなステンドグラスの紋様を見なかったことにしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

「睦ちゃん!起きて!お願いだから起きて、睦ちゃん!」

お家のベッドの上で、何度も、何度も睦ちゃんの名前を叫び続けた。

 

 

Ave Mujicaが解散してから、もう二週間が経っている。

 

 

なのに、睦ちゃんは起きてくれない。

 

お医者さんにも電話したけど、電話に出てくれなかった。

ちゃんと、電話してるはずなのに。

何度も連絡したのに・・・・っ!

 

 

「・・・何で、どうして、こんなことに・・・」

私は、ただ、睦ちゃんを守りたかっただけなのに。

睦ちゃんを幸せにしたかっただけなのに・・・。

 

 

 

・・・・どうしてッ!

 

 

八つ当たり気味に、枕を放り投げた。

枕はカーテンに当たり、その布地を大きく、不自然なほどに揺らした。

 

 

本当に、不自然なぐらいに大きく。

 

 

 

そして、ほんの一瞬だけ、ピンクと暗い青色に塗られている変なオーロラのようなカーテンが見えた気がして。

 

 

 

私が瞬きを一つすると、

 

 

 

そこには、一人の男の子が立っていた。

 

 

窓からの光に透ける、薄い茶髪。

その隙間から覗く、血のように紅く、けれど優しい瞳。

最後に会った日に付けてた野暮ったい眼鏡は、どこにも見当たらなかった。

服装も、ワインレッドのスーツに身を包んでいる。

 

そして、彼の近くには、赤と黒に染まった、あの喋るコウモリもどきが静かに羽ばたいていた。

 

 

私が、初めて会った時と同じ姿をした朔くんだった。

 

 

朔くんは、ひどく辛そうな表情で私に近づいてくる。

ベッドの上の私へと一歩ずつ・・・。

 

 

「モーティスちゃん・・・」

睦ちゃんじゃなくて、私の名前を呼びながら、近づいてくる。

 

それは、二週間前の私が求めてたもので。

 

 

でもーー、

 

 

「近づかないで!朔くんなんて、もう知らない!」

私はベッドの上に膝立ちになり、鋭い拒絶の声を夜の部屋に響かせた。

 

 

もう、朔くんなんて頼りにしない。

睦ちゃんの傍になんて近づけさせない。

 

二週間前のあの夜道での出来事を、私は絶対に忘れてなんかいない。

あんなに必死に助けてって縋りついた私を、得体の知れない怪物を見るような目で怯えて拒絶して、力任せに突き飛ばして逃げ出した。

 

・・・・あんな怖がりで自分勝手な最低の朔くんなんかに、大切な睦ちゃんを託せるわけない・・・っ!

 

 

「モーティスちゃん、大丈夫だから。・・・睦ちゃんはーー」

「うるさいっ!」

私は、朔くんに近づいてほしくなくて、ベッドの脇にあった手近な木箱を、放り投げた。

 

 

ーーー重苦しい衝撃音が耳に響く。

 

「・・・・ぁ・・・」

 

その木箱は、朔くんの頭に当たった。

そして、箱の中から、ハサミが出てーーー。

 

 

朔くんの肩に深く刺さった。

そこから。ドクドクと赤黒い鮮血が流れ始めている。

 

 

「・・・ち、ちがっ・・・!朔くんが近づくから・・!」

 

私は、その光景にパニックになってしまって、首を振る。

私の所為じゃない。

朔くんが、私の言うこと聞いてくれないから・・・っ!

睦ちゃんを助けてくれなかったから・・・・っ!

 

 

 

 

パニックになっている私を他所に、朔くんは、私に近づいてくる。

肩から絶え間なく血を流しながらもーーー。

 

 

怒られると思って。

前みたいに突き飛ばされると思って。

目をギュッと瞑った。

 

 

 

けど、朔くんはーーー、

 

 

「うん・・・。モーティスちゃんの所為じゃないよ」

 

私のことを抱きしめた。

どこまでも暖かく、優しく。

背中をさすって、私の名前を優しく呼んでくれた。

 

 

そして、ゆっくりと告げる。

 

 

「今度は・・・、ちゃんと助けるから。・・・一緒に睦ちゃんを助けよう?」

朔くんは、最後に会った時の怯え切った様子と違って、どこまでも落ち着いた声で、私に語り掛ける。

 

 

それが、凄く心強くて。

私の知ってる朔くんに戻ってくれたみたいで。

 

 

私も朔くんの背中へと手を回した。

 

それを確認すると、朔くんは優しい声音で話してくれた。

 

 

「モーティスちゃん。・・・よく聞いて。もうすぐ、モーティスちゃんと睦ちゃんの家に、長崎さんが来るんだ」

「そよちゃんが・・・・?」

 

「うん・・・。そしたら、長崎さんについて行って。春日影弾いた人・・・、ゴホゴホッ!・・・白い髪の、要楽奈っていう野良猫みたいな女の子について行ってーーー」

 

 

私は、静かに朔くんの言うことを聞いて。

 

睦ちゃんを起こすために自分のできることをしようとーーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

成り損ないの王は自身の罪科に耐え切れず、自らの貧弱な城に籠り。

忘却を望む少女は、嘘に塗れた少女の箱庭で怠惰に身を任せ。

 

物語は、虚勢の王と、その寵愛を一身に受ける少女の望むままに動き始めたと思われた。

 

ーーだが、

物語は、常に筋書き通りにはいかず。

 

 

死の人形は、水面に映った王の影の手を取り。

王の影は、自身の過ちを正す唯一の機会を得た。

 

 

 

 

 




第八話の閲覧ありがとうございました。

登場人物が、一部除いて、ボロボロ状態です。

特に、朔くん(主人公)[幼馴染がおかしくなる+好きな子が大事にしてたバンドが突然解散+浮気の冤罪+初○ちゃんからの脅し+トラウマ再発+身に覚えのないこと多数]

う~ん。ひどいですね・・・・。


ちなみに、今の段階で一番良い空気吸ってるのは、初○ちゃんです。
一体、これからどうなっていくのか・・・。

そして、10~15話で終わる気がしません。
どうしましょうか・・・・。

誤字などがありましたら、報告お願いします。


励みになりますので、感想や評価などもぜひ・・・。
それでは、次回もよろしくお願いします。
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