「船の板の一枚を新しいものに替えました。破損していたので。前方左舷の八列目の部分です」と男は言った。
クロコダイルは葉巻をくわえたまま、聞いているとも聞いていないともつかない顔でうなずいた。ビリオンズの男は一礼して甲板を降りていった。足音が遠ざかり、波の音だけが残る。
日は落ちきっていて、風は乾いていた。ミス・オールサンデーは手すりに背を預け、開いたままの本を膝に伏せた。
「船というのは不思議です」
「何がだ」
「あの板は、あと何年かすればまた替わる。釘も、帆も、いずれ全部。何十年かして、最初の材料が一片も残らなくなったとき」
彼女は指先で手すりの木目をなぞった。
「この船は、まだこの船でしょうか」
彼は煙を吐いた。
「くだらん」
「そうですか」
「板は板だ。船は船だ」
「では、外した古い板を全部とっておいて、それだけでもう一隻組み立てたら。どちらがこの船ですか」
「両方売ればいい。二隻分の金になる」
ミス・オールサンデーが本当におかしそうに笑ったので、クロコダイルは少し不機嫌になった。
「その板の話に答えはあるのか」
「いいえ」
「なら話すな」
だがそう言いながら、彼は手すりから離れなかった。
「試してみましょうか」
「何をだ」
「社長の、板を」
彼女は先を続けなかった。再び本を読み始めた。
彼は葉巻を吸っていた。
葉巻を海へ落としてから、彼は言った。
「……瓶を持ってこい」
彼女は本を閉じた。
彼女は厨房から瓶を持ってきて、蓋を外し、口を上に向けて甲板に置く。
彼は右手を瓶の上にかざした。手首から先が崩れて、乾いた音を立てて落ちていく。瓶が三分の一ほど埋まったところで、能力を解くと手はそこに元からあったように、ただ、あった。彼は自分の手のひらを見た。何ともない。
彼女は蓋を閉めて、瓶を持って立ち上がる。
「どこまで離せばいいと思いますか」
「知るか」
彼女は甲板を歩いていった。船を降り、桟橋を渡り、倉庫の陰に消える。
彼は動かなかった。
痛みも、欠落もない。指を組んだ。開いた。全部、いつも通りに動いた。
やがて、彼女は瓶を持って戻ってきた。瓶に変化は見られない。
「百歩ほど離れました。それから私の腕で、もう少し」
「で?」
「社長は、何か感じましたか」
「何も」
彼女は瓶を甲板に置き、その前に膝をついた。ガラス越しに砂を見ている。砂は砂のまま、底で静かに傾いでいた。
「離れても、社長は困らない」
彼女は蓋を開けた。瓶を横に倒して、砂を甲板へ流す。乾いた山ができた。それはすぐに崩れ、形を失い、彼の足元へ吸い寄せられるように滑って、消えた。
彼女は空になった瓶を持ち上げて、灯りに透かした。
「二つ目を思いつきました」
彼女は倉庫から朱の顔料を持ってきた。手袋をしていた。
彼の爪に顔料で色を付ける。彼は指を崩して皿に落とした。
「戻してください」
彼は皿に手をかざした。砂が浮き、寄り、指の形になる。
二人で覗き込んだ。
朱は、指の腹あたりに集まっていた。第二関節の内側にも少し。あとは、まばらに。
「順番通りではないですね」
「らしいな」
「もう一度」
二度目、朱は指の付け根に沈んでいた。三度目、彼は指を砂嵐にして、天井近くまで巻き上げてから戻した。朱は側面に筋のように浮いた。
「社長の爪がどの砂か、という問いには意味がなさそうです」
「そうなるな」
彼は手を握って開いた。
それきり彼は何も言わなかった。
「先程の指を崩してください。全部、この皿の上へ」
彼は言われた通りにした。指が崩れ、皿に落ちる。
彼女は朱い砂を数えた。二十二。
「戻してから、手を全部崩してください」
手が崩れ、皿に落ちる。
彼女はまた数えた。今度は時間がかかった。二度数え、三度目を数えた。
二十一。
皿を見た。それから甲板を見た。板の隙間、手すりの根元、靴の裏。灯りを下げて、探した。夜の甲板で、朱い砂粒一つを。
「もういい、落としたんだ」と彼は言った。
彼女は彼を見た。
「そうかもしれません」
彼女は皿の砂をまとめて、彼の側へ寄せた。砂は彼に吸われて消えた。
彼女は空の皿を膝に置いたまま、少しのあいだ黙っていた。
「気づきませんでしたか。一つ足りないことに」
「気づくものか」
「では、増えても同じでしょうか」
彼女は桟橋へ降りて、岸の砂をひとすくい持って戻ってきた。貝の欠片と乾ききっていない粒が混ざっている砂だ。
「これは、社長ではありません」
「当たり前だ」
「取り込めますか」
「知らん」
「やったことは」
「あるわけがないだろう」
彼は皿を見た。それから自分の右手を見た。
灯りの油が減って、炎が少し低くなっている。
彼は指を三本、皿の上で崩した。灰色の砂が落ち、二つの層が重なって、境目が崩れて混ざった。
彼女は何も言わなかった。皿を押しもしなかった。ただ、両手を膝に置いて待っていた。
彼は皿に手をかざした。
砂が浮いた。灰色も、岸の砂も、同じように浮いた。指が三本、元の長さと太さに戻る。
彼は指先を親指で擦った。少し湿っている。
「どうですか」
「何も」
「全部同じ答えですね」
「ああ」
「これは、あなたですか」
彼は指を握った。すぐには開かなかった。
「さあな」
皿には、貝の欠片だけが残っていた。
彼女は彼の指を見た。
「困りましたね」と彼女は言った。
彼は新しい葉巻に火をつけた。
「終わりだ」
「はい」
彼は甲板を横切っていった。途中で足を止めて、振り返らずに言った。
「板の話だがな」
「はい」
「あの男に古い物はまだ取っておけと伝えろ」
それだけ言って、下へ降りていった。
彼女は皿に残った貝の欠片の一つを瓶に入れ、皿を片づけ、顔料を棚に戻した。
灯りを消す前に、袖口を返すと、朱い砂が一つ、そこにあった。
ミス・オールサンデーはそれを、丁寧に同じ瓶のなかに入れて、蓋をしめた。
そして、持ち上げて、灯りに透かした。