とある悪徳オペレーターの音声ログ 作:ロボバトル曇らせメリバ百合風味
オリジンレプリカの被害は甚大だった。
共和国と帝国が誇る最精鋭部隊が全滅し、傭兵組合が招集した上位傭兵たちのうち半数以上が死亡。三大勢力が供出した戦術兵器群は塵一つ残さず消し飛び、主戦場となった東部平原は残留粒子によって汚染された。
とはいえ、内地全域が汚染される最悪のケースは避けられた。人類が安住の地を失い絶滅の瀬戸際で闘争に耽ることに比べれば、外縁の一部が汚染されたのは些事でしかない。オリジンの脅威度の割にははるかに軽い損失だったといえよう。
迎撃作戦に参加した傭兵たちは人類の生存圏を守った功績を称えられ、死者には遺族に弔慰金が、生き残りには多額の報酬と名声が与えられた。あの激戦を生き抜いた英雄たちを囲い込もうと、三大勢力はこぞって組合からの引き抜きを狙って動き出している。
主犯であるテックマンの一派閥と、共和国の主戦派組織は摘発され、三大勢力合同の審理で裁きを受ける見込みだ。テックマンに多額の資金提供をしたとある人物の行方がつかめず、資金の出どころもはっきりしないという問題は残っていて、賞金付きで情報提供を呼びかける内容の放送がしきりに流れていた。
ただ、内地の人々にとってすべては対岸の火事に過ぎない。
一年に一度あるかないかのイレギュラー無人機が出て、軍や傭兵の何人かが死んだ。三大勢力によって統制された混沌の一部で、平和な日常の中の一コマでしかない。
オリジンとの苛烈な戦闘や、その中で死んだ戦士たちが顧みられることはなく。
オリジンと刺し違えたとある伝説も同様に、終わったこととして処理され、過ぎ去って行く。
ーーー
大戦終結以来未曽有の危機が去り、忙しない日常が戻ってくる中で。
「……」
カモ子は声一つなく、自室で膝を抱えている。
「お姉ちゃん?」
扉がノックされた。
暗い部屋の中、ぼんやりと機械的に頭を上げる。
扉が開き、妹のココが心配げな顔を覗かせた。
「もう夜だよ。電気くらいつけようよ」
「……ごめん」
「今日はごはん、食べれそう?」
首を横に振る。
「でも、最近ほとんど食べてないでしょ。無理にでも何か食べないと倒れちゃうよ」
ここ数日、あるいは数週間。毎日繰り返されるやりとりだ。
あれからどれほどの時間が経ったのか、カモ子には分からない。妹たちは学院の真新しい制服をよく来ているので、おそらく春は過ぎているだろう。
何一つやる気が起きなかった。食べるどころか呼吸することも寝ることも億劫だ。
無気力に黙り込んでいると、ココが眉根を寄せて言った。
「オペ子さんが今のお姉ちゃんを見たら、すっごく怒るよ」
オペ子。その名を聞いた途端、胸に穴が空いたような虚無感を覚える。腫れた目元から滝のように涙が溢れだす。
オリジンとの戦い以来、オペ子は消えてしまった。
死体はおろか細胞の一片すら残っていない。オリジンが最後に展開したアズール粒子により、灰に帰してしまったのだ。
あの戦いでカモ子は結局何もできなかった。力の限り抗ってもオリジンには敵わず、またもやオペ子に助けられ、何一つ手を貸すこともなく目の前でオペ子が消滅するのを見せつけられた。
その無力感に加え、戦いの後で向き合うはずだった罪悪感も残っている。暴走したカモ子がオペ子に付けた粒子の傷について、オペ子と話す暇もなかった。
大切な人を傷つけ、殺し、助けられたのに消えるのを見ていることしかできなかった。大好きな人を見殺しにして、恩を仇で返したのだ。
「全部……全部無駄だった……」
「え?」
妹に言っても仕方ない。
分かっているのに、口からは心の淀みがあふれ出てくる。
「私なりにがんばったんだよ……できること全部やった。何度繰り返しても、あれ以上は頑張れない……だけど結局、私は何もできなかった。大好きな人は、私のせいで大けがしてて、どうしようもなくて……また助けてもらったのに、やっぱり何もできなくて……」
どんなに手を尽くしても、守りたい者を守れない。
そんな力はないし、そもそも出会った時点でオペ子は致命傷を負っていたのだ。他でもないカモ子のせいで。
痛切な喪失感と無力感、罪悪感がカモ子の心を締め付け、バラバラに砕いていく。
「お姉!」
「姉さん……」
ロロとナナの声がした。三人の妹に抱きしめられ、赤子のようにあやされる。
泣きつかれて寝れば悪夢にうなされ、起きてじっと虚空を睨んでいるうちに日が暮れて、妹たちを心配させる。この惨状が今のカモ子だった。
ーーー
ふさぎ込むカモ子を励まそうと、多くの友人と知り合いが訪れた。PJ、YJを筆頭に、同じガレージの傭兵たちや、先の戦いで共闘した傭兵、機体の整備スタッフ、親衛隊第三小隊の隊員たちなど。妹たちだけでなくカモ子の現状を案じている人々は多い。
そんなある日、一度も顔を見せていない人物がやってきた。
「うっわ、ひでー顔っすね」
第三小隊隊長、マウ・リリーランドだ。
春の祝いの席で友達になったが、あの戦い以来会っていなかった。
何をしに来たのだろう。茫洋として見上げるカモ子。
「先輩がAP症だったこと、聞いたっす」
ひぅ、とか細く息を呑む。冷汗が滝のように流れる。
「そりゃそんなザマにもなるっすよね。あれだけ世話になった人を、故意じゃないとはいえ自分の手で。私なら気が狂うっす」
「……っ」
「あ、ちょ、待っ……嫌味とかじゃないっすよ! ねえ!」
シーツにくるまって丸くなるカモ子。
マウは力ずくでシーツを引っぺがし、カモ子を床に放り出した。
ごつん、と頭を撃ち、痛みと情けなさでうずくまる。
「うぅ……」
「あ、ごめんっす」
マウはバツが悪そうに目を逸らし、大きくため息。
懐から小さな、小指の先ほどの四角いものを取り出し、カモ子の眼前に突きつけた。
思わず両掌で受け取る。接続端子が光っており、何かの記録媒体のようだった。
「音声ファイルっす。内容は聞けば分かるとだけ。友だちとして言いますけど──」
踵を返し、吐き捨てるマウ。
「それ聞いてまだ腐ってるつもりなら、私が殺してあげるっす」
ーーー
真っ暗な自室。
携帯端末にデータカードを差し込むと、再生ボタンが表示される。タップする寸前で指が止まった。
気分が落ち着くヒーリングミュージックの類なら、どんなものであれ効果があるとは思えない。マウにこれ以上ふさぎ込むつもりなら殺すと暗に言われた以上、再生ボタンは死刑のスイッチのようなものだ。
「もういっか……」
それも悪くないだろう。
何一つやりたくない。生きることすらどうでもいい。そんな自分を友だちが処分してくれるなら、むしろありがたい。
そうしてマウは、無造作に再生ボタンをタップした。
ーーー
《b》最終話:とある悪徳オペレーターの音声ログ《b/》
ーーー
音声ログを再生します
ーーー
あんっのクソカス悪徳オペレーター許さねえ。ぶっ殺してやる。
あの野郎報酬を中抜きしてやがったんだ。道理で最近修理費と弾薬費が高いと思った。整備費を実際より多く計上して、差分を横領してたんだ。
おかしいとは思ったよ。でも「大戦の影響でどこも景気悪いですからねえ」って言われたらそうなのかなと思うじゃん。
ああ、クソクソクソ。十年間ずっと気づけなかった。その間こなした仕事は3842件だから、毎回損してたとすると合計……
もうやだ。
真面目に働くとかバカじゃん。
傭兵やめよ。
ーーー
「オペ子さん!?」
端末から響くのは、大好きなあの人の声。
好きで大切で恩人で、なのに殺してしまったあの人の。
カモ子は食い入るように、その音声ログに没頭していく。
ーーー
とりあえずあのクソオペをぶっ殺した。
小賢しいことに、胡散臭い仕事を勝手に受けて私を消そうとしてきたから、返り討ちにしてやったぜ。
依頼内容は『暴走無人兵器排除』、報酬は全額前払いでもう私の口座に入ってた。やらないと私が罪に問われる。
現場はしっちゃかめっちゃかだった。暴走する無人兵器、アホ程強い謎の新兵器、どこからか湧いてくる厄介ストーカー爺さん。地獄かよ。
コックピットをぶち抜かれたときは死んだと思ったけど、「あのカスオペだけは絶対許さん」と根性出して、どうにかこうにか全部倒した。
ーーー
「よく倒せましたね!?」
思わずツッコミが口をついた。
おそらくカモ子が施設を脱出した際の騒ぎだろう。イレギュラー無人機、暴走オリジン、御老公を相手にしていたらしい。
このとき生身でアズール粒子に触れたのだろうが、それよりも、あまりに非常識な強さに呆れてしまう。
ーーー
時代はオペレーターだ。戦いは全部パイロットに任せ、あれしろこれしろと指示するだけでお金がもらえる。他のパイロットはどうしてオペをやらないんだろう? たぶん私ほど賢くないから気づけないんだろうな、この世の真理に。
真面目に働くのはアホ。そんな連中からうまく搾り取るのが賢い生き方なのだ。
悪徳オペレーターに私はなる。
ーーー
「悪徳……? えっ、どこらへんが?」
カモ子は混乱した。
どうやらオペ子は、騙されたショックで悪徳オペレーターを志したらしい。
しかしいくら思い返しても、悪徳らしいところが見つからない。強いていえばたまに口が悪くなるくらいか。
先を聞けば分かるかもしれない。再び音声に集中する。
ーーー
カモ子の野郎、クソザコだ。
殺すぞマジで。
五番街の娼館に売り飛ばしてやる。
半年してダメそうだったら殺す。
アルティメットカス。
ーーー
「なんかごめんなさい!」
しばらくはカモ子の拙さにブチ切れる音声が連続した。
多少上達して収入が上がったかと思えば、予想外の強敵と遭遇して大赤字。マウとの通話録音もときに挟みながら、悪徳オペレーターを目指すオペ子の奮闘が続く。
「やっぱりバイトしてたんだ……きっと頼りにされてたんだろうなぁ」
カモ子がもたらす赤字を補填するため、バイトをしてくれていたらしい。申し訳ない気持ちと、一言相談してくれたらという不満が半々で湧く。
ーーー
古傷が痛い……痛み止めODして寝るぜ。
傷痛い。マジ痛い。
ログる元気ない。休むの優先。
ーーー
「……っ」
古傷──暴走したカモ子がつけた傷への言及が多々ある。そのたびに痛み止めの過剰服用で対処していたようだ。
7月半ばのログから、日付が飛び飛びになっていく。ログを録る余裕がないほど痛みのひどい夜が多かったのだろう。
そこまで苦しめていたなんて。『針でチクっとした程度の痛みしかなかったので実質ノーダメ』と、いつか言っていたのは強がりだったのだ。
再び折れそうになる心を奮い立たせ、音声に意識を戻す。これ以上逃げるわけにはいかない。
ーーー
カモ子が生意気を言い出した。
ぐすっ……。
ああクソ、思い出したら泣けてきた。カモ子の癖に……。
ーーー
「何のことかな?」
心当たりがない。
無意識に失礼なことを口走ることはあり得る。
ただ、オペ子を泣かせるなんてよほどのことだ。余命を告げられたときでさえ冷静だったオペ子を泣かせる。一体何を言ってしまったのか、記憶を探るも見当がつかない。
ーーー
あの野郎、傭兵の共有口座から支払ってるじゃねえか!
ーーー
「あったなぁ……割と真剣に怒られたっけ。ふふ……」
今となっては懐かしい。PJと遊びに出かけた折、携帯端末をかざすと無限にお金が使えたので、つい調子に乗ってしまったのだ。あの後お説教を受け、お小遣い口座を与えられた。
その後も、バイトとオペレーターの両輪で働きながら、カモ子と二人三脚で活動していく。
一応経費水増しと横領はしていたそうだが、少額すぎてないに等しい上に、その程度の取り分では足りないほどの恩がある。むしろもっと思い切りやってほしかった。
ログは続き、何気ない日常やちょっとした依頼なども挟み、ときにはたった一言で終わるときもあった。
時が進むにつれ、もうそろそろあのイベントだとカモ子は身構える。
ーーー
あんっのクソ老害がああああ! しつこいんだよ一回殺したら死んどけやァァァ! 最新世代オプション全盛りのコックピットブロックが全損してんじゃねえかよクッソがよぉぉっ!
ーーー
「こんなおっきい声出せたんだなぁ」
カモ子の中でも大事件として記憶されている、御老公との遭遇戦だ。
せっかく調達した新品のADが全損し、カモ子も落胆したし、オペ子も明らかに参っていた。冷静に見えた裏でこれだけ取り乱していたのは頷ける。
感情的な一面を発見し、ほっこりしていると、ふと気づく。
「一回殺したら……? えっ?」
オペ子の言葉と、御老公がオペ子に執着していた点。
そしてストーカー爺さん。オペ子を先輩と呼ぶマウ。あの日唐突に語られた大戦末期の英雄と、マウが語るオペ子の前職時代との共通点。
点と点が線でつながり、考えてみれば今更過ぎる事実に気が付く。
「オペ子さん、伝説のパイロットだったんだ」
帝国で数多の戦果を上げ、御老公の駆る『朽王』と激戦を繰り広げながらも、戦後は帝国と対立して部隊を追われた『中尉』。その正体がオペ子だったのだ。
道理で強いわけだと納得しつつ、遅すぎる自分の気づきに呆れる。
ログはその間も続き、御老公戦の赤字を返済するくだりが語られて、それに区切りがつく。
ーーー
傭兵を戦場に放り出し、報酬から分け前を思うさま中抜きする、理想の悪徳オペレーター生活が始まるのだ!
ここまで長い戦いだった……実に半年。
カモ子が予想をはるかに下回るザコカスだったのを初め、レンタル機の買い取り、ストーカー爺さんの被害……すべての障害を乗り越えついに、私は理想を実現したのだ。
もうバイトもやめよう。
明日からは毎日札束のお風呂に入り、帝国一番街の高級料理店でおいしいごはんをお腹いっぱい食べながら、戦場のカモ子に雑な指示だけ出して悠々自適に暮らすのだ。お金と時間は無限にあるし、病院で古傷治すのもいいな。健康は大事だもんな。
うへへ。
想像するだけで涎が止まらないや。
ーーー
この後、PJとカモ子が誘拐される。
オペ子の機転によって救出され、再び日常に戻り──少しずつあの日が近づいてくる。
ログが進むにつれ、日付の抜けがひどくなっていく。12月と2月は一度のみ、1月に至ってはログが丸々抜けている。平然とした無表情の裏で、どれほどの痛みと戦っていたのだろう。
鼓動が高鳴る。口が渇き、イヤな汗が流れ出る。
すると、弾んでいたオペ子の声音が一転、淡々としたものに変わった。
ーーー
……はー。
一周回って冷静だわ。
医者行った。
私は……。
あーあ。
あぁーあ。
ーーー
「はぁっ、はぁっ……!」
あの日のログだ。
オペ子が倒れ、組合の医療施設に搬送された日。
そして、オペ子が死んだ日。
雨の冷たさ、虚無感と喪失感。あの日の体験がまざまざと脳裏に蘇り、全身が震え始める。
マウはこれを聞かせたかったのだろうか。自分の罪を決して忘れないように、と釘を刺したかったのだろうか。
絶望し、震えの激しい手で端末を操作する。もうログは終わりのはずだ。オペ子が元気だったころの声をもう一度聞きたい。
しかし震える手と滲む視界のせいで端末の操作がおぼつかない。
「へ……?」
愕然とした。
表示されたファイルのシークバーに、まだ残りがある。
音声ログは、終わっていない。
ーーー
なんだよもおおお!
やっと安心安定簡単な悪徳オペレーターになれそうだってのによぉ! ここで死んじゃうなんてあんまりじゃんかよぉ!
道理で古傷がやたら痛むと思ったよ! 大体なんだよアズール粒子って、物理的にあり得ねえだろ誰が作ったんだあんなインチキ粒子!
カモ子のやつは慰めの言葉一つなく逃げてっちゃうし! 何でもいいからなんか言って行けよ!
クソクソクソーっ! 真面目に一途に頑張ってきた末路がこれかよぉおおお! しんどいだけでいいことなんて何にもないじゃんかよぉおお!
ぐぎいいい!
ふぅ。
まあいいか。
戦時中は敵も仲間もたくさん死んだ。その中に今日死ぬ、と分かっていたやつはいない。あと一週間と期限を切られた私は幸運な方だ。
おまけに思いっきりぶん殴っていい敵がすぐそこまで来てる。都合のいいことこの上ない。
さて、八つ当たりのついでだ。
『メインシステム、戦闘モード起動。おかえりなさい、(不明なノイズ)』
最期に一つ、証明してみせよう。
ーーー
「証明……?」
時系列的に、オリジン迎撃の直前に録音したものだろう。
傭兵時代の機体を引っ張り出し、結果的に多くの人々を救ってくれた。その戦いを八つ当たり扱いするのは豪気と言うか、オペ子らしい。
奇妙なノイズが混じっているのはデータの破損だろうか。流れからしてオペ子の本名が聞けたかもしれないのに、残念だ。
「何を……?」
あの戦いでオペ子は何かを証明しようとした。けれど分からない。今日まで何十、何百とあの日を反芻したけれど、無力感が募るばかりでオペ子の真意は読み取れなかった。
一体何を伝えたかったのだろう。
カモ子は深く呼吸して神経を落ち着かせる。強敵を前にしたときと同じように。
残り時間はもう少しあるけれど、直感が告げている。
次のログが最後。答えはそこにある。
ーーー
マウ、どうせこのログを見つけて聞いてるだろ。
借金は色をつけて返したおいたぞ。ついでに頼みがある。
カモ子にこれを届けてくれ。じゃないとあの真面目バカ、一生引きずるだろうから。
色々助けてくれてありがとう。お前が後輩でよかったよ。
じゃあな。
というわけで、カモ子。
もう悪徳オペ見習いの意味ないから素で話すよ。
これを聞いてるってことは、私は盛大に八つ当たりをぶちかまして死んだんだろう。で、君は罪悪感だのなんだのでふさぎ込んでいると見た。
そんな暇はない。君は幸せにならなきゃいけないから。
って言い方をすると、私がめちゃめちゃ優しいやつみたいに思えるかもだけど、違うよ。まあ聞いてよ、これが最後なんだから。
前に話したかもだけど、私は昔帝国でかなり頑張ったんだ。真面目に、誠実に、誰よりも真剣に仕事に打ち込んだよ。でもちょっとしたやらかしで上に睨まれて、戦いの後殺されそうになった。その後は傭兵になったけど、ここでもずるがしこいオペレーターに騙されて、骨折り損をたくさんした上に致命傷を負った。
私の生き方なんて全部無駄だったって思った。真面目さも誠実さも空回りするばかりで、一生懸命やればやるほど悪いやつに利用される。何のために生きてきたのか分からなくなって、私も悪いやつになろうって考えたんだ。
でもさ、こんなのおかしいだろ。
真面目で誠実で人にやさしい人間が損をして、賢くて悪いやつが得をする。そんなこと、許せない。
だからカモ子、君が証明してくれ。
真面目にがんばるやつが得をして、ずるがしこいやつが損をするんだって。
カモ子は昔の私よりずっと、ずーっと真面目で誠実で優しくて、周囲にもそんな人たちが溢れてる。君こそ誰よりも幸せにならなくちゃいけない。報われなくちゃいけない。
それにあのとき、君は言ってくれた。
『中尉さんも辛いことがたくさんあったと思います。戦って戦って、最後には裏切られて……でも中尉さんが真面目にがんばったおかげで、手に入ったものはきっとあります。守れたものだって。誰かに『ありがとう』を貰ったことも、きっと! 全部全部無駄なんて、ぜーったいありませんっ!』
一言一句覚えてるよ。
頑張ってきたこと、生きてきたこと。全部無駄じゃなかったって思えた。
操縦桿を握る手の血豆が潰れて痛かった日も、体調が悪い中激戦区に放り込まれたあの日も、死んだ仲間の遺族に罵倒されたことも、上司の嫌がらせで殺されそうになったことも、コックピットに爆弾仕込まれたことも、死にたくて消えたくて何もしたくない日があったことも、そういう嫌なこと呑み込んで戦場に出たことも。
カモ子のおかげで全部、報われたんだ。君にとってはきっと、大した意図はなかったんだろうけど。
私はもう証明したぞ。
昔の私は今言ったように報われて、悪徳オペ子になった私は名前も何も残らず死ぬ。
お似合いの末路だろ? 人を散々カス扱いして見下して、利用することばっかり考えてる。こんな悪者は塵一つ残さず消えるのが一番だ。
だから今度は君の番。
私なんかとは全然違う。頑張り屋で、真面目で、誠実で、優しい。
そんな人間が最後に幸せになってほしい。報われる世界であってほしい。
君のような人間に、幸せでいてほしい。
『高濃度AP反応を検知。注意してください』
おっ、見えてきた。
オリジン相手に結構粘ってるじゃん。
こんだけ語っといて駆け付けたときにはカモ子死んでました、だと萎えるもんね。
あと五秒で接敵。
締めの言葉は、ええと……敬具は違う、さよならは湿っぽいし……
カモ子。
悪口もたくさん言ったけど、君と会えた私の人生。
悪くなかったよ。
ーーー
『AP濃度、危険域です。退避してください。AP濃度、危険域です。退避──』
(不明なノイズ)
ほらね……無駄じゃなかった。
十五年間、ずっと頑張ってきたから……私は、強い……頑張ってきたから、守れた……
はは、悪者なのに……
報われちゃったなぁ
ーーー
ぶつり、と音声が途切れる。
残り時間、ゼロ。ログは終わりだ。
目が痛い。溢れる水滴がやけに沁みる。
それは虚無と絶望の涙ではない。端末が壊れそうなくらい強く握りしめ、胸に抱く。
「本当に悪い人っすよ。好き勝手ばかり言って、もう反論もできやしない」
いつしか、部屋の入口にはマウがいた。表情は固く、こぼれそうになる感情を必死で抑えているようだった。
カモ子の周囲には妹たちの姿もあり、声を抑えて泣いている。
「マウさん、このデータ……」
「あげるっす。クラウドにバックアップあるんで」
カモ子は端末をぎゅっと胸に抱き、立ち上がる。
妙な気分だった。お腹に穴が空きそうなほど空腹で、喉もカラカラなのに、今にも走り出しそうなほど力が湧いてくる。
「お節介の必要はなさそうっすね」
用は済んだとばかり、マウは足早に部屋を出て行った。
呼び止めようとして、その肩が震えていることに気が付き、ただ「ありがとうございました」と頭を下げて見送る。
泣きじゃくる妹たちを抱きしめ、一人ずつ頭を撫でていく。
「心配かけてごめんね」
「お姉ちゃん、大丈夫なの……?」
「ん-、たぶん」
頑張っている者が報われますように。
そうは言っても、カモ子は自分が報われるにふさわしいという自覚はない。オペ子が遺した期待に応えられる自信もない。
だからこそ、立ち止まっている暇はないのだ。
生きて、報われ、幸せになり、オペ子の遺志を成就させる。そのために足りないもの、必要なことはいくらでもある。
頼れるオペ子の導きはもうないけれど、優しい友人と大切な妹たちの支えがあり、自分なりに頑張って積み重ねてきた時間があるし──
彼女の思いと返せなかった恩は、胸に抱いた端末の中にいつまでも在り続ける。
本当の名前は誰も知らない、とあるオペレーターの軌跡として。
ーーー
とある悪徳オペレーターの音声ログ
完