【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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 助けられるのは、どちらか一人だけ。

 そう告げられた十歳の二人は、どちらも相手の名前を言った。

 だから世界は、二つに割れた。

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序章「世界が二つに割れた日」
新改訂版 第0話 世界が二つに割れた日


序章「世界が二つに割れた日」

第0話 世界が二つに割れた日

 

 

 

青の世界では、少女が死んだ。

 

赤の世界では、少年が死んだ。

 

どちらも、本当にあったことだ。

 

二一八九年六月十二日 世界が二つに割れる、十一分前

 

「インフィニティって、終わりがないって意味でしょ?」

 

 十歳の少女が、天井を指さした。

 

 その指の先で、床から天井まで届く黄金の歯車が、音もなく回っている。

 

「正確には、限りがないこと」

 

 隣の少年は、展示端末から目を離さずに答えた。

 

「同じじゃない」

 

「少し違う」

 

「レンの説明も終わりがなさそう」

 

「説明予定時間は、残り四十七分十二秒だ」

 

「ほら、終わりはある」

 

 蒼羽レン(あおば・れん)が顔を上げる。

 

「そこは味方してよ」

 

 緋月アカリ(ひづき・あかり)が頬を膨らませた。

 

 二人が着ているのは、見学者用の白い上着だ。

 

 地下の中央観測室は、驚くほど静かだった。

 

 その床に、もう一人、小さな少女が座っている。

 

 白い髪。

 

 右目は青。左目は赤。

 

 手首に巻かれているのは名前札ではなく、白い識別環だった。

 

 少女は二人を交互に見たあと、ごくわずかに口元を緩める。

 

 笑顔を作る練習をしているような、不器用な表情だった。

 

 三人が囲む低い観測台には、小さな歯車飾りが一つ置かれている。

 

 見学協力者へ渡される、インフィニティ・ギアの記念品だという。

 

 アカリが両手で軽く引くと、歯車は青と赤の半円へ分かれた。

 

 迷わず赤い方を取り、青い方をレンへ押しつける。

 

「交換しようって言っても、あとで返さないからね」

 

「最初から交換になっていない」

 

 アカリが赤い半円を裏返した。

 

 断面の縁に、細い金の文字が刻まれている。

 

紅き意志を

 

「なにこれ」

 

「こっちにもある」

 

 レンも青い半円を裏返す。

 

蒼き理を

 

「ふたつ揃えないと、意味が分からない文になってるね」

 

「途中で切ってあるだけだ」

 

「だから、そういうところ」

 

 少女は二人の手にある二つの半円を見つめ、自分の白い指先を、その間へそっと置いた。

 

「あなたの分、なくなっちゃったね」

 

 アカリが言うと、少女は目を伏せる。

 

 レンは青い半円と赤い半円を、少女の指先を挟むように近づけた。

 

 歯が、ぴたりとかみ合う。

 

 一瞬だけ、青と赤の境目に黄金の光が灯った。

 

 光った部分にだけ、三つ目の文字列が浮かび上がる。

 

二つの明日を、噛み合わせろ

 

「出た。合言葉」

 

「合わせたときしか読めない仕掛けか」

 

 レンが半円を離すと、金色の文字は跡形もなく消えた。

 

 少女が目を見開く。

 

「異なる二つが、同じ形になりました」

 

「壊れていたわけじゃないから」

 

 アカリは重ねた飾りを少女へ見せた。

 

「離れていても、もう一度合わせればいいの」

 

 レンは少し考えてから付け加える。

 

「向きが合っていれば。あと、真ん中も残ってる」

 

 彼は、かみ合った歯の中心を指した。

 

「二つをつなぐ場所。たぶん、そこが君の分」

 

「つまり一番大事なところだね」

 

「負荷も一番大きいけどな」

 

「だから細かいってば」

 

 少女は二人の言葉を確かめるように、青い目と赤い目をゆっくり瞬かせた。

 

 それから、小さな声で聞いた。

 

「……三人とも、また会えますか」

 

「会うよ」

 

 アカリは即答した。

 

「見学が終わったら、三人でご飯食べよう。約束」

 

世界が二つに割れる、五分前

 

 少女は答えなかった。

 

 ただ、白い指先を、まだ二つの半円の間へ置いたままにしていた。

 

 

 実験開始を告げる音が鳴った。

 

 透明な隔壁が床からせり上がり、少女と二人の間を静かに分ける。

 

 観測室の上階には、白衣を着た研究員たちが並んでいた。

 

 その列から少し離れた場所に、黒い識別帯を手首へ巻いた少年の影が立っている。

 

 彼はずっと、下の三人を見ていた。

 

 二つの半円がかみ合う瞬間も、「真ん中」と指さされた一点も、全部見ていた。

 

 誰からも呼ばれず、記録もされないまま。

 

 端末の隅へ、識別番号が一瞬だけ表示される。

 

『K-0』

 

 レンが見上げたとき、影はすでに黄金の光に隠れていた。

 

 二分後。

 

 インフィニティ・ギアの回転音が、止まる。

 

 

 静寂は、一秒も続かなかった。

 

 警報が地下施設を揺らす。

 

『未来選択系へ外部命令を確認』

 

『観測未来、二系統へ分岐』

 

『両立不能』

 

 インフィニティ・ギア。

 

 まだ起きていない未来を先に見るために造られた、巨大な機械。

 

 未来を先に見れば、誰も死なずに済む。

 

 そういう約束のもとに、それは造られた。

 

 その機械が、初めて答えを出した。

 

 片方しか、助からない。

 

 黄金の歯車が、逆方向へ回り始めた。

 

 青と赤の光が、観測室を真っ二つに分ける。

 

 青い光の中に、崩れ落ちる研究区画が映った。

 

 瓦礫の外へ運び出される少年。

 

 その奥で、少女の生命反応が消える。

 

 赤い光にも、同じ崩壊が映っている。

 

 今度は少女が外へ運び出され、少年の生命反応が途切れた。

 

 レンが生き、アカリが死ぬ未来。

 

 アカリが生き、レンが死ぬ未来。

 

 二つの映像が、まったく同じ確率を示して明滅する。

 

「止めろ!」

 

 研究員の誰かが叫んだ。

 

「観測を切れ!」

 

『外部命令を拒否できません』

 

 機械音声が告げる。

 

『生存未来を、一つ選択してください』

 

 透明な壁の向こうで、白髪の少女の両目に、青と赤の数字が流れ始めた。

 

 少女へ向けて、白髪の男が命じる。

 

 白い長衣の裾が、非常灯の赤に染まっていた。

 

「損失の少ない方へ固定しろ」

 

『両系統の損失値は、同一です』

 

「ならば、どちらでもいい。一つを選べ」

 

 少女の唇が震えた。

 

『一つを選択した場合、選択されなかった一名の存在確率は零になります』

 

「それが最適解だ」

 

「違う!」

 

 アカリが透明な壁へ駆け寄った。

 

「どっちでもいいわけない!」

 

 レンも展示端末を叩く。

 

「選択を止める方法は」

 

『ありません』

 

「まだ全部調べてないだろ」

 

『残り時間、六十秒』

 

 床が大きく傾いた。

 

 天井から火花が降り、非常隔壁が二人の間へ落ち始める。

 

 レンはアカリの腕をつかんだ。

 

 アカリもレンの手を握り返す。

 

 だが、崩れた床が二人を引き離した。

 

「アカリ!」

 

「レン!」

 

 隔壁が落ちる。

 

 閉じきる直前の細い隙間へ、二人は同時に手を伸ばした。

 

 あと数センチ。

 

 それだけの距離が、どうしても届かない。

 

 青い半円がレンの胸元で光る。

 

 赤い半円がアカリの胸元で燃える。

 

『残り時間、三十秒』

 

 白髪の少女は、青い未来と赤い未来を見比べていた。

 

 どちらを選んでも、一人が消える。

 

 選ばなければ、施設の外まで広がった光が、すべてを呑み込む。

 

 彼女には、選ぶ権限しか与えられていなかった。

 

 選ばない権限は、どこにも用意されていない。

 

 そのとき、途切れかけた通信へ、少年の声が割り込んだ。

 

『どっちかしか残せないなら、真ん中に道を――』

 

 白髪の男が振り返る。

 

「誰だ。回線を切れ!」

 

 通信窓の端で、黒い識別帯が揺れた。

 

『K-0、権限を停止します』

 

 少年の声は、それでも何かを叫び続けた。

 

『――だから、二つとも――』

 

 その先は激しい雑音に呑まれ、一語も聞き取れない。

 

 通信が切れた。

 

 画面からK-0の識別番号が消える。

 

 最初から何も記録されていなかったように、黒い影の輪郭まで、白く塗り潰されていく。

 

『残り時間、十秒』

 

 少女は透明な壁へ両手を当てた。

 

 右手に青い光。

 

 左手に赤い光。

 

 青い右目が、レンを映す。

 

 赤い左目が、アカリを映す。

 

 二人は隔壁の両側で、それぞれ相手を助けようとしていた。

 

 自分が残ることを、どちらも一度も考えていない。

 

 少女は、この十秒で初めて理解した。

 

 この二人は、選ばれることを望んでいない。

 

 少女の唇が、何かを告げようと動いた。

 

 だが、その声は白い雑音に削られて聞こえない。

 

 観測画面へ、見たことのない文字列が走る。

 

『未観測経路――』

 

 表示は、そこで砕けた。

 

 白髪の男が制御卓へ手を伸ばす。

 

「やめろ。そんなものは未来ではない!」

 

 誰かが、雑音の奥で囁いた。

 

『選ばない』

 

 それが少女の声だったのか、消された少年の声だったのか、記録には残らなかった。

 

『残り時間、一秒』

 

 黄金の歯車が砕ける。

 

 巨大な白い輪が研究区画を貫き、空へ広がっていった。

 

 レンは見た。

 

 アカリが自分を安全区画へ突き飛ばし、光の中へ消える姿を。

 

 アカリは見た。

 

 レンが自分を安全区画へ押し出し、崩れる天井の向こうへ残る姿を。

 

 同じ瞬間。

 

 同じ場所。

 

 互いに相手を救い、自分が残ったという、二つの出来事。

 

 どちらも、間違いではなかった。

 

一つだった世界が、二つの真実へ分かれた。

 

 

 青い空の下で、レンが目を覚ました。

 

 胸元には、青い半円の飾りが残っている。

 

 救助員が「生存者は少年一名」と叫んでいた。

 

「アカリは」

 

 何度尋ねても、返ってくる答えは同じだった。

 

 緋月アカリは、彼を逃がすために残った。

 

 記録にも、映像にも、彼女が生還した痕跡はない。

 

 赤い空の下では、アカリが瓦礫の中で目を開けた。

 

 胸元には、赤い半円の飾りが残っている。

 

 救助員は「生存者は少女一名」と告げた。

 

「レンはどこ」

 

 答えは変わらなかった。

 

 蒼羽レンは、彼女を逃がすために残った。

 

 彼が生きていた証拠は、アカリの記憶以外から消えていた。

 

 後に、その大災害は白環災害(はっかんさいがい)と呼ばれる。

 

 青い光が定着した未来は、蒼界(そうかい)。

 

 赤い光が残った未来は、紅界(こうかい)。

 

 二つの世界は同じ場所に存在しながら、互いを見ることも、触れることもできない。

 

 蒼界では、アカリが死んだ。

 

 紅界では、レンが死んだ。

 

 そうして二人は七年間、相手を失った罪悪感と共に生きた。

 

 三人でご飯を食べる約束は、果たされていない。

 

 白髪の少女を覚えている者は、どこにもいなかった。

 

 黒い識別帯の少年は、名前どころか、存在したという記録さえ残らなかった。

 

 

西暦二一九六年六月十二日 七回目の白環の日

 

 蒼界の街は、傷ひとつない白銀の建物に覆われていた。

 

 レンは旧研究区画の慰霊碑へ、白い花を置く。

 

 犠牲者の名が並ぶ中に、緋月アカリの名前があった。

 

 享年十歳のまま、数字だけが止まっている。

 

「七年か」

 

 返事はない。

 

 もし彼女がここにいれば、「また難しい顔をしてる」と笑うだろう。

 

 レンは石碑へ小さく答えた。

 

「生まれつきだ」

 

 同じ時刻。

 

 紅界では、崩れた旧研究区画にアカリが立っていた。

 

 赤い空の下、倒れた支柱の前でしゃがみ込む。

 

 コンクリートには、釘で刻んだ名前がある。

 

 蒼羽レン。

 

 その下へ、アカリは七本目の線を足した。

 

「今年も来たよ、レン」

 

 返事はない。

 

 削り跡を指でなぞって、彼女は少し笑った。

 

「そっちなら、『線の間隔が不均一だ』とか言いそう」

 

 二人は別々の世界で、半円の飾りを握った。

 

 青い半円。

 

 赤い半円。

 

 七年間、一度も反応しなかった二つの欠片が、()()()()に淡く光る。

 

 レンが顔を上げた。

 

 アカリも赤い空を見上げた。

 

 光はすぐに消えた。

 

 けれど、二人の足元より遥かに深い場所で、待ち続けていた機械へ信号が届く。

 

 蒼界の地下で、青銀の巨人が指を動かした。

 

 紅界の地下で、赤金の巨人の瞳が灯った。

 

 世界と世界の狭間では、停止していた記録端末が一瞬だけ起動する。

 

『青側信号、確認』

 

『赤側信号、確認』

 

『N-0、待機継続』

 

 最後に、存在しないはずの一行が浮かんだ。

 

『K-0――記録なし』

 

 白い雑音が、その文字を消した。

 

 レンとアカリは、まだ知らない。

 

 死んだと信じている相手が、もう一つの空の下で、同じ光を見たことを。

 

 七年前に届かなかった二つの手は、今も世界ひとつ分だけ離れている。

 

 それでも、その夜。

 

 止まっていた二つの歯車が、初めて同じ方向へ回り始めた。

 

 次に二人が互いの名を呼ぶまで、あと数時間。

 

 青い空へ、消えない赤い亀裂が走る。

 

第1話「青と赤が重なるとき」へ続きます。

 

 






 はじめまして、あるいはお久しぶりです。

 この物語は、「どちらか一方を選べ」と言われた子どもたちが、選ばないという答えを探し続ける話です。第0話は、その最初の一秒を書きました。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 いちばん引っかかったのは、隙間へ伸ばして届かなかった手でしたか。それとも、雑音に消された「真ん中に道を」という声の方でしたか。

 第1話で、二人はもう一度、互いの名前を呼びます。

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