双界機神インフィナイト   作:シラヌイ321

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青の世界では少女が死に、赤の世界では少年が死んだ。

どちらも真実で、どちらも間違いではない。

第0話では、世界が二つに分かれた「白環災害」と、蒼羽レン、緋月アカリが過ごした七年間を描きます。

初めて読む方にも分かるよう、後書きに人物・固有名詞ガイドを掲載しています。
双界機神インフィナイト 第0話キービジュアル

【挿絵表示】



序章「世界が二つに割れた日」
第0話 世界が二つに割れた日


「七年前、世界は滅びなかった。

 

ただ、二つに割れた。

 

だから誰も知らなかった。

 

死んだはずの人が、もう一つの空の下で生きていることを」

 

 

西暦二一九六年六月十二日。

 

午前八時。

 

蒼羽レン(あおば・れん)が乗る通学艇の窓に、追悼放送が映し出された。

 

『本日、白環災害(はっかんさいがい)から七年を迎えます』

 

青い空を背景に、黒い喪章をつけた女性が原稿を読み上げている。

 

『二一八九年六月十二日、午後二時十七分。旧境界量子研究区画で発生したインフィニティ・ギア臨界事故により、多くの尊い命が失われました。事故原因は現在も調査中です』

 

通学艇の照明が静かに落ちた。

 

乗客たちが黙祷する。

 

レンも目を閉じた。

 

だが、彼にとって七年前の出来事は、放送の中だけにある過去ではなかった。

 

白い光。

 

崩れ落ちる天井。

 

伸ばした手。

 

その向こうで、自分の名前を叫んでいた少女。

 

緋月アカリ(ひづき・あかり)

 

彼女の声だけが、七年経っても耳から離れない。

 

『事故中心部で生存が確認されたのは、当時十歳だった少年一名だけでした』

 

放送画面に、幼いレンの写真が一瞬だけ映った。

 

顔には処理が施されている。

 

それでも、近くの席にいた学生たちがレンを見た。

 

「あの人、もしかして」

 

小さな声が聞こえる。

 

レンは何も言わず、胸元の青い半円形のペンダントを制服の内側へしまった。

 

白環災害。

 

それが、世の中で知られている七年前の事件の名前だった。

 

巨大な白い輪が旧研究区画の上空に出現し、あらゆる記録装置が十一分間停止した。

 

事故の直後、世界各地で通信網と動力網が途絶えた。

 

一部の建物と人間は、瓦礫すら残さず消えた。

 

しかし政府は、それを新型エネルギー実験の暴走による広域災害と発表した。

 

世界が二つに分かれたことなど、誰も知らない。

 

こちら側の人々にとって、世界は最初から一つしかなかった。

 

通学艇が、傷一つない白銀の街を通り抜ける。

 

自動修復道路。

 

無音で進む交通艇。

 

空気中の熱と塵を管理する環境塔。

 

災害から七年。

 

街は以前よりも整然と、美しく、安全になっていた。

 

境界保全機構ARK-∞(アーク・インフィニティ)は、この世界を蒼界(そうかい)と呼んでいる。

 

分裂後、青色の位相光が大気と機械網へ定着した世界。

 

インフィニティ・ギアが持っていた二つの機能のうち、安定、制御、演算を司る側を強く受け継いだ未来。

 

人々は秩序によって災害を乗り越えた。

 

その代わり、予定外の行動や説明できない現象を恐れるようになった。

 

きれいすぎる街で、レンだけが七年前から少しも前へ進めずにいた。

 

 

同じ日。

 

同じ時刻。

 

もう一つの世界には、追悼放送を流す余裕さえなかった。

 

「送水管、閉じて! 右側の壁が落ちる!」

 

緋月アカリの声が、赤い空の下へ響いた。

 

崩れた高架道路の下で、住民たちが太い管を押さえている。

 

アカリは工具を片手に瓦礫を駆け上がり、破裂寸前の接続部へ飛びついた。

 

蒸気が頬をかすめる。

 

赤褐色の長い髪が熱風に煽られた。

 

「今!」

 

地上の仲間が弁を閉じる。

 

噴き出していた水が止まり、周囲から歓声が上がった。

 

アカリは錆びた管の上へ座り込み、大きく息を吐いた。

 

「朝から働かせすぎ。今日くらい休みにしてよ」

 

「自分から来たくせに何を言ってる」

 

下にいた老人が笑った。

 

「今日は白環の日だろう。家で静かにしていてもよかったんだぞ」

 

アカリの指が、胸元の赤いペンダントへ触れた。

 

「静かにしてる方が、いろいろ思い出すから」

 

その言葉だけは、笑って言えなかった。

 

紅界(こうかい)

 

ARK-∞がそう名づけた、もう一つの未来。

 

分裂後、赤色の位相光が大気へ残留し、空は夕暮れのように燃え続けている。

 

こちらが強く受け継いだのは、出力、熱、駆動を司る側だった。

 

エネルギーは生まれる。

 

だが、安定させる機能が足りない。

 

発電機は突然過熱し、地盤は今も周期的に揺れ、再建した建物が翌月には崩れることもある。

 

政府機能の多くは白環災害で失われた。

 

だから人々は、管理ではなく、隣にいる誰かの手を借りて生き延びた。

 

蒼界が秩序で立ち直った世界なら、紅界は支え合うことで倒れずにいる世界だった。

 

紅界にも、七年前の公式記録は残っている。

 

午後二時十七分、旧研究区画で白い輪が発生。

 

中心部から生還した十歳の少女は一人だけ。

 

緋月アカリ。

 

そして彼女を逃がし、光の中へ消えた少年の名は、蒼羽レン。

 

アカリは赤いペンダントを握った。

 

『これを持って、先に行け』

 

最後に聞いたレンの声を、彼女は七年間忘れたことがない。

 

この世界では、死んだのはレンだった。

 

紅界で白環の日は、休日ではない。

 

正午になると、生き残った地区ごとに一分間だけ作業を止める。それが崩壊後に生まれた追悼の習慣だった。

 

電力に余裕のある広場では、手回し式の映写機が七年前の公式記録を壁へ映す。

 

『事故原因はインフィニティ・ギアの制御不能。中心部の生存者は緋月アカリ一名』

 

映像はそこで終わる。

 

蒼界に存在するという復興都市も、もう一人の生存者も、紅界の公的記録には一行もない。

 

アカリは幼い頃、その欠落を何度も役所へ訴えた。

 

レンはいた。

 

自分を逃がして、あの光の中へ残った。

 

だが返ってくるのは、災害性の記憶混乱だという説明だけだった。

 

やがてアカリは、記録へ認めさせることをやめた。

 

レンが生きた証拠は、自分が覚えていればいい。

 

そう思わなければ、紅界で朝を迎え続けることができなかった。

 

 

七年前。

 

二一八九年六月十二日、午後二時六分。

 

事故の十一分前。

 

旧境界量子研究区画の地下深くで、巨大な黄金の歯車がゆっくり回っていた。

 

正式名称、インフィニティ・ギア。

 

まだ起きていない未来を観測し、災害や戦争へ至る可能性を事前に見つけるための装置。

 

過去へ戻る機械ではない。

 

未来を一つに決める機械でもない。

 

本来は、無数に枝分かれする明日を見比べ、人間がより良い選択をするために造られたものだった。

 

黄金の円環の前に、十歳のレンとアカリが立っている。

 

二人は研究員から渡された見学証を首に下げ、光る歯車を見上げていた。

 

「インフィニティって、どういう意味?」

 

アカリが尋ねる。

 

隣にいたレンが先に答えた。

 

「終わりがないって意味」

 

「終わらない歯車?」

 

「未来に終わりがないってことだろ」

 

「十歳のくせに難しい言い方」

 

「君も十歳だ」

 

アカリは頬を膨らませ、レンの見学証を軽く引っ張った。

 

そのとき、背後の観測室から小さな声が聞こえた。

 

『未来が二つになったら、どちらを選ぶの?』

 

二人が振り返る。

 

透明な壁の向こうに、白い髪の少女が立っていた。

 

右目は青。

 

左目は赤。

 

研究員が慌てて観測窓を不透明へ切り替える。

 

「今の子、誰?」

 

アカリが聞いた。

 

「情動学習用の案内端末だ。君たちが気にする必要はない」

 

研究員はそう答え、二人を別の展示へ誘導した。

 

だが、レンだけは不透明になった窓を振り返った。

 

なぜか、初めて見た気がしなかった。

 

透明度を失う寸前の観測窓へ、四つの小さな影が映った。

 

レン。

 

アカリ。

 

白い髪の少女。

 

そして、黒い識別帯を手首へ巻いた、もう一人の少年。

 

レンが振り向いたとき、そこには誰もいなかった。

 

観測端末の隅へ『K-0(ケーゼロ)』という文字が一瞬だけ現れ、すぐに白い雑音へ塗り潰される。

 

「どうしたの?」

 

アカリに呼ばれ、レンは首を振った。

 

「何でもない。誰かがいた気がしただけだ」

 

その違和感は、次の展示へ着く前には思い出せなくなっていた。

 

展示室の奥には、人型機動フレームの設計映像が浮かんでいた。

 

青い機体。

 

赤い機体。

 

そして、二機の光が重なった中央に立つ、青と赤の巨人。

 

映像の下には、英字が記されている。

 

『INFINIGHT』

 

「こっちは、インフィニティじゃないの?」

 

アカリが首を傾げる。

 

研究員は少しだけ笑った。

 

「インフィナイトと読む。INFINITEとKNIGHTを組み合わせた造語だ」

 

「終わらない騎士?」

 

「無数の未来を観測するのがインフィニティ・ギア。その未来を、どちらか一つだけ切り捨てずに守るための最終防衛構想がインフィナイトだ」

 

レンは、重なった巨人を見つめた。

 

「もう完成しているんですか」

 

「いや。青側と赤側、二つの意志が同じ明日を選ばなければ動かない。そんなことを機械で再現する方法は、まだ見つかっていない」

 

「じゃあ、ずっと動かないかもしれないんだ」

 

アカリが言う。

 

研究員は答えなかった。

 

代わりに、部屋の中央にある二つの小さな歯車飾りを指した。

 

一つは青い半円。

 

もう一つは赤い半円。

 

「これは、二つの位相鍵を模した記念品だ。今日の協力者へ渡すことになっている」

 

レンが青を手に取る。

 

アカリは赤へ手を伸ばした。

 

二つの半円を重ねると、一つの歯車になった。

 

黄金の光が、一瞬だけ二人の指の間に灯る。

 

不透明な観測窓の向こうで、白い髪の少女が笑った。

 

だが、その姿を二人は見ていなかった。

 

午後二時十七分。

 

警報が鳴った。

 

『未来選択系へ外部命令を確認』

 

『観測された二未来に重大な分岐が発生』

 

『両立不能。損失比較を開始』

 

『選択命令、主任権限A.Zにより承認』

 

黄金の歯車が止まる。

 

次の瞬間、逆方向へ高速回転を始めた。

 

青い光の中に、アカリが死ぬ未来が映る。

 

赤い光の中に、レンが死ぬ未来が映る。

 

研究員たちが叫んだ。

 

「片方へ固定しろ!」

 

「損失の少ない方を選べ!」

 

観測室の奥で、誰かが静かに呟いた。

 

『選ばない』

 

その声を最後に、全記録が白く焼き切れた。

 

天井が崩れた。

 

レンとアカリの間へ隔壁が落ちる。

 

レンの手には、いつの間にか青と赤、二つの半円が握られていた。

 

彼は赤い方を隔壁の隙間から押し出す。

 

「アカリ、これを持って先に行け!」

 

「レンも来て!」

 

「すぐ追いつく!」

 

二人は手を伸ばした。

 

あと少しで届くはずだった。

 

だが、その間を巨大な白い輪が通り抜ける。

 

一つだった可能性が、二つの現実へ裂けた。

 

蒼界では、アカリがレンを逃がすために残った。

 

紅界では、レンがアカリを逃がすために残った。

 

同じ瞬間。

 

同じ場所。

 

互いに相手を助けたという、矛盾する二つの記憶。

 

どちらも偽物ではない。

 

どちらも、その世界では本当に起きたことだった。

 

そして、分裂の中心にいた白い髪の少女の記憶だけが、二人の中から消えた。

 

消えたものは、もう一つあった。

 

観測窓へ映った四つ目の影。

 

その少年の名前は蒼界にも紅界にも残らず、事故記録では『存在しなかった協力者』として空白になった。

 

七年後、その空白が誰の人生へ繋がっているのかを、このときは誰も知らない。

 

 

白環災害から最初の一年。

 

蒼界のレンは、何度も同じ質問を受けた。

 

何を見たのか。

 

誰が装置へ触れたのか。

 

なぜ君だけが生き残ったのか。

 

医師。

 

調査官。

 

報道記者。

 

誰もが答えを求めた。

 

しかしレンが話せるのは、アカリへ手が届かなかったことだけだった。

 

やがて世間は彼を「奇跡の生存者」と呼び始めた。

 

その言葉を聞くたび、レンは思った。

 

アカリが死んで、自分だけが残ったことの何が奇跡なのだろう。

 

十三歳になる頃には、人前で感情を見せなくなった。

 

誰かと親しくなれば、また失うかもしれない。

 

何かを選べば、選ばなかった方を後悔するかもしれない。

 

だから考えた。

 

間違えないように。

 

見落とさないように。

 

避難経路も、人の歩く速度も、危険が起きるまでの秒数も、無意識に数えるようになった。

 

十五歳の復興式典では、災害を克服した街へ大きな拍手が送られた。

 

レンも列の中で拍手した。

 

けれど、式典の帰りには旧研究区画の慰霊碑へ寄り、緋月アカリの名の前で一人だけ俯いた。

 

十七歳になった今も、それは変わらない。

 

レンは生きることを諦めたわけではなかった。

 

困っている人を見れば、誰より先に手を伸ばした。

 

ただし、自分が助けられることだけは拒み続けた。

 

彼の七年間は、止まった時間を正確に管理しながら生きる七年間だった。

 

 

紅界のアカリには、質問に答える時間すらなかった。

 

災害の翌日から、瓦礫の下には助けを求める声があった。

 

十歳の手で石をどけた。

 

爪が割れても掘った。

 

見つけた水は、自分より小さな子へ渡した。

 

泣くのは夜だけにした。

 

朝になれば、誰かへ「大丈夫」と言うために笑った。

 

十四歳のとき、紅界に最初の白い巨人が現れた。

 

人々はまだ、その名を知らなかった。

 

表情のない白い人型。

 

胸には、光を吸い込む黒い円。

 

そいつが腕を向けると、建物は壊れるのではなく消えた。

 

中にいた人の写真も、名前も、周囲の記憶さえ薄くなった。

 

後にARK-∞が、終端機関ゼロの量産機F-01ヌルと呼ぶ存在だった。

 

紅界でヌルの襲撃が始まったのは、白環災害から四年後。

 

最初は数か月に一度。

 

やがて月に一度。

 

この一年は、重界現象(じゅうかいげんしょう)が起こるたびに白い影が現れるようになった。

 

アカリは武器を持たなかった。

 

それでも、誰より危険な場所へ走った。

 

敵を倒せなくても、その手が届く前に人を逃がすことはできる。

 

立ち止まれば、また目の前で誰かが消える。

 

だから彼女は走り続けた。

 

配給所の屋根で一人になった夜だけ、赤いペンダントを握ってレンの名を呼んだ。

 

「私、生きてるよ」

 

届くはずのない相手へ、何度もそう報告した。

 

彼女の七年間は、失った時間を誰かの明日へ変えながら生きる七年間だった。

 

 

敵は、四年後に突然生まれたわけではない。

 

終端機関ゼロは、世界が割れた瞬間から境界の外にいた。

 

彼らは二つになった未来を「修正すべき誤差」と呼んだ。

 

目的は世界を元へ戻すことではない。

 

蒼界か紅界、どちらか一つを選び、もう片方を存在した可能性ごと消すこと。

 

分裂直後から、小規模な重界現象を起こして境界を削っていた。

 

紅界へのヌル投入は三年前。

 

蒼界では、赤い街が蜃気楼のように重なる現象だけが二年ほど前から報告されていた。

 

蒼界政府はそれを白環災害の残留現象と発表した。

 

人型兵器による攻撃だとは公表しなかった。

 

終端機関ゼロという名も、一般には知られていない。

 

二つの世界の狭間で活動するARK-∞だけが、消失した記録の奥からその名を見つけていた。

 

だがARK-∞にも、二つの未来へ同時に手を伸ばす力はなかった。

 

境界航行母艦ノア・ギアは蒼界と紅界へ半分ずつ存在できる。

 

それでも、分離した世界を完全には接続できない。

 

必要なのは、青と赤の位相鍵。

 

そして、互いを死んだと思っている二人の適合者だった。

 

旧研究区画の地下では、二機の巨人が七年間眠り続けていた。

 

蒼界機アズール。

 

紅界機フレア。

 

どちらも四肢を備え、単独で戦うことのできる完全な機体。

 

ただし、それぞれの胸にあるツイン・ギア・コアは、一つの力を青側と赤側に分けて受け継いでいる。

 

二人が別々の世界で別々の未来を望む限り、二機が重なることはない。

 

インフィナイトは、完成した機体として地下に眠っていたのではなかった。

 

アズールとフレアが同じ未来を選んだ瞬間にだけ生まれる、存在しなかった第三の形。

 

その名称だけが、七年前の最終防衛構想から残されていた。

 

INFINITEとKNIGHT。

 

終わることのない可能性を守る騎士。

 

INFINIGHT。

 

日本語読み、インフィナイト。

 

まだ誰も、その名を呼んだことはなかった。

 

 

七回目の白環の日が終わろうとしていた。

 

レンは蒼界の旧研究区画前に立ち、慰霊碑へ白い花を置いた。

 

緋月アカリ。

 

刻まれた名を見つめても、もう指では触れない。

 

何度触れても、冷たい石が温かくならないことを知っているからだ。

 

同じ場所。

 

紅界では、アカリが崩れた研究区画の上へ登っていた。

 

慰霊碑はない。

 

ただ、七年前のまま残る鉄骨の下へ、小さな青い布を結んだ。

 

「今年も来たよ、レン」

 

二人は互いの存在を知らないまま、同じ方角を見上げた。

 

青い空。

 

赤い空。

 

レンの青いペンダントが熱を帯びる。

 

アカリの赤いペンダントが震える。

 

二つの半円が、世界を隔てて同時に光った。

 

世界と世界の狭間。

 

光の届かない白い広間で、白髪の男が二つの反応を見下ろしていた。

 

アウレル・ゼロ。

 

その背後には、無数の白い人型が並んでいる。

 

「青側適合者、蒼羽レン」

 

「赤側適合者、緋月アカリ」

 

紫色の光が、二つの名前を囲んだ。

 

「七年かけて、ようやく両方が目を覚ました」

 

部下が尋ねる。

 

「どちらを消しますか」

 

アウレルは青い地球と赤い地球を見比べた。

 

「その答えを出すための観測だ」

 

白い巨人F-01ヌルの胸で、黒い円が開く。

 

「重界侵食を開始せよ。未来は一つでいい」

 

蒼界の空に、赤い亀裂が走った。

 

紅界の空に、青い亀裂が走った。

 

レンは顔を上げる。

 

アカリも同時に空を見た。

 

二人はまだ知らない。

 

死んだと思い続けた相手が、亀裂の向こうで同じ空を見ていることを。

 

地下深くで、青と赤の機体が目を開いた。

 

そして七年間、一度も完全に表示されなかった起動記録に、黄金の文字が灯る。

 

『INFINIGHT SYSTEM――STANDBY』

 

終わったはずの物語が、そこから始まった。

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

第0話では、世界が分裂した「白環災害」と、蒼羽レン、緋月アカリが互いを失ったと思いながら過ごした七年間を描きました。

【人物・固有名詞ガイド】

・蒼羽レン〈あおば・れん〉
蒼界で暮らす十七歳の少年。白環災害の唯一の生存者として知られ、緋月アカリを救えなかったという罪悪感を抱えている。

・緋月アカリ〈ひづき・あかり〉
紅界で暮らす十七歳の少女。紅界では白環災害の唯一の生存者とされ、蒼羽レンを失った悲しみを抱えながら人命救助に身を投じている。

・白環災害〈はっかんさいがい〉
二一八九年六月十二日、旧境界量子研究区画に巨大な白い輪が現れた大災害。真実は、世界そのものが蒼界と紅界へ分裂した事件である。

・蒼界〈そうかい〉
世界分裂後、青い位相に属した未来。安定、制御、演算に優れ、秩序と管理によって復興した。レンが生存し、アカリが死亡したと記録されている。

・紅界〈こうかい〉
世界分裂後、赤い位相に属した未来。熱量と出力に優れる一方で都市基盤が不安定。アカリが生存し、レンが死亡したと記録されている。

・位相〈いそう〉
同じ場所に重なりながら、互いに触れられない世界の存在状態。

・インフィニティ・ギア
無数に枝分かれする未来を観測し、より良い選択へ役立てるために造られた巨大装置。

・INFINIGHT〈インフィナイト〉
INFINITEとKNIGHTを組み合わせた名称。切り捨てられそうな未来を守る、最終防衛構想である。

・蒼界機アズール
青い位相の安定、制御、演算に特化した完全人型機。左右の腕と脚を備え、単独戦闘が可能。

・紅界機フレア
赤い位相の出力、熱、駆動に特化した完全人型機。アズールと同じく単独戦闘が可能。

・ツイン・ギア・コア
アズールとフレアの胸部に分けて搭載された、青と赤の位相中枢。

・重界現象〈じゅうかいげんしょう〉
蒼界と紅界の同じ場所が一時的に重なり、互いの景色や物体が干渉する現象。

・終端機関ゼロ
二つの未来を誤差とみなし、「未来は一つでいい」という思想の下で片方の世界を消そうとする敵組織。

・F-01ヌル
終端機関ゼロの白い量産機。物体だけでなく、人の記録や周囲の記憶まで消去する。

・ARK-∞〈アーク・インフィニティ〉
蒼界と紅界のどちらか一方を選ばず、双方を守るために活動する境界保全機構。

・境界航行母艦ノア・ギア
ARK-∞の母艦。重界現象の観測、二機の整備、操縦者の支援を行う。

・人型端末ニル
青い右目と赤い左目を持つ白髪の少女。本話の時点で、レンとアカリは彼女に関する記憶を失っている。

・アウレル・ゼロ
終端機関ゼロを率いる白髪の男。七年前の研究計画と深い関係を持つ。

・K-0〈ケーゼロ〉
七年前の観測記録から消された識別番号。本話では、正体不明の四つ目の影として登場する。

【次回への扉】

第1話「青と赤が重なるとき」

互いを死んだと思っているレンとアカリが、別々の世界でアズールとフレアへ初搭乗し、初めて同じ敵へ立ち向かいます。

第0話で印象に残ったのは、蒼界と紅界のどちらでしたか。
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