双界機神インフィナイト   作:シラヌイ321

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同じ世界で出会えたレンとアカリ。

だが終界では、インフィナイトへ合体した瞬間、黄金座標をクアドラに奪われてしまう。

未来の自分たちにすべての動きを読まれる中、二機は分かれたまま、都市そのものとなった敵へ挑む。

そしてクアドラの奥には、未来を止めた心臓とは別に、もう一つの鼓動が残されていた。

第11話「二つ目の心臓」、始まります。


第11話 二つ目の心臓

「世界を止めたのは、冷たい心ではない。

 

もう誰も失いたくないと願いすぎた、優しい心だった。

 

だから、それを動かせるのもまた――誰かを諦めない心だけだ」

 

 

終界接続まで、三十六時間十八分二秒。

 

第四観測機クアドラの掌から、黒金の光が放たれた。

 

熱はない。

 

物質も壊さない。

 

ただ、触れたものから次の行動だけを奪う。

 

終端固定光〈ターミナル・ロック〉。

 

「受け止めるな!」

 

蒼羽レンの声と同時に、蒼界機アズールが青い円環を斜めへ投げた。

 

円環は光を防がない。

 

黒金の奔流へ触れた瞬間、その場で回転ごと停止した。

 

レンは止まった円環を足場にして、アズールを上空へ跳ばす。

 

反対側では、紅界機フレアが赤い尾を引いて光の側面を走っていた。

 

「言われなくても!」

 

緋月アカリが加速を一段上げる。

 

フレアはクアドラの指の間を抜け、その手首へ拳を叩き込んだ。

 

「フレア・バースト!」

 

爆炎が黒金の装甲を高層塔ほどの範囲でへこませる。

 

だが、クアドラは揺れない。

 

アズールとフレアが人なら、目の前の敵は都市だった。

 

背後で四枚の巨大な歯車が回る。

 

そこから終界全域へ、無数の金色線が伸びていた。

 

停止した車へ。

 

抱き合う直前で止まった家族へ。

 

一億八千四百万人の身体へ。

 

クアドラは敵であると同時に、この世界で最も大きな生命維持装置でもある。

 

壊せば勝てる。

 

壊した瞬間、救うべき人々が死ぬ。

 

クアドラの左眼が青く光った。

 

右眼が赤く光る。

 

未来のレンとアカリの声が、終界の空へ重なった。

 

『次にアズールは、右肩の継ぎ目を固定する』

 

『フレアは、その固定点を踏んで首へ回る』

 

現在のレンの指が止まった。

 

アカリも進路を変える。

 

だが変更より早く、クアドラの首から黒金の刃が伸びた。

 

フレアの左肩をかすめる。

 

赤金の装甲が薄く削られ、破片は落ちることさえ許されず空中へ縫い留められた。

 

『変更後は左へ十二度』

 

未来のアカリが告げる。

 

『私も、そこで同じ方へ逃げた』

 

「昔の私を知ってるからって」

 

フレアが推進を逆噴射した。

 

予測された左ではなく、真下へ落ちる。

 

「今の私まで決めないで!」

 

だが落下先には、終端固定光が待っていた。

 

アズールの円環がフレアの腰へはまる。

 

「アイオン・ロック!」

 

青い固定が落下方向を横へ折った。

 

二機が同じ空ですれ違う。

 

もう声の遅れはない。

 

同じ重力。

 

同じ風。

 

同じ一秒。

 

七年間、二人が欲しかった戦場だった。

 

それなのに未来の二人は、現在の二人より先に次の一秒を知っている。

 

 

境界艇ノア・スキフは、倒れた金色の塔を盾にして低空を走っていた。

 

操縦席のカイン・ヴァイスが、紫色の通信線を何度も開く。

 

後部席では、人型端末ニルが受信波形へ指を重ねていた。

 

『未来の俺。聞こえるか』

 

返るのは雑音だけ。

 

クアドラの内部で見つけた帰路人格カインは、通信が切れる直前に言った。

 

クアドラには、心臓が二つある。

 

一つは、未来を固定する心臓。

 

もう一つは――。

 

そこで途切れた。

 

カインは通信出力を上げる。

 

「同じところで話を切る癖まで似なくていい」

 

計器から火花が散った。

 

ニルが即座に出力を絞る。

 

『選択反応を検出しました』

 

「生きているか」

 

『弱くなっています』

 

「なら、返事をさせる」

 

『そのために機体を壊す必要はありません』

 

「帰ったらゲンゴが直す」

 

『今の発言も記録します』

 

「消せ」

 

『記録しました』

 

「ニル」

 

『はい』

 

「あとで消せ」

 

『検討します』

 

カインは小型艇を塔の陰から飛び出させた。

 

クアドラの胸部へ向けて一気に上昇する。

 

巨大な左眼が、その動きを捉えた。

 

『小型艇を停止させる』

 

未来のレンの声。

 

アズールがクアドラの視界へ割り込んだ。

 

「見ているのは、こっちだ」

 

青い円環が左眼を覆う。

 

クアドラが振り払うより早く、フレアが反対側から右眼を殴った。

 

「今のうち!」

 

ノア・スキフが二つの眼の間を抜ける。

 

胸部の黄金歯車へ近づいた瞬間、紫色の通信が戻った。

 

『聞こえている』

 

年を重ねたカインの声だった。

 

現在のカインは間を置かない。

 

「続きを話せ」

 

『挨拶は』

 

「時間がない」

 

『そこも変わらないな』

 

「未来では、挨拶が長くなるのか」

 

『少しだけ後悔が増える』

 

現在のカインの目が細くなる。

 

未来の声は、すぐ本題へ戻った。

 

『クアドラの胸部を見ろ』

 

紫色の立体図が現れる。

 

上側に、青と赤の棺をつなぐ黄金歯車。

 

下側に、黒い装甲で封じられた白い球体。

 

『上は終端心炉〈ターミナル・ハート〉。未来のレンとアカリの選択を基準に、一つの未来だけを残す』

 

『下にあるのが、ノア心炉〈ノア・ハート〉だ』

 

「ノア」

 

ニルが、その名を繰り返す。

 

未来のカインが答えた。

 

『クアドラへ改造される前のノア・ギア。その心臓だけが残っている』

 

『命令は一つだ。乗せた全員を、生きた時間へ帰す』

 

現在のカインが白い球体を見る。

 

「なぜ、そんなものを残した」

 

『壊せなかった』

 

『終界の生命維持網は、もともとノア心炉から広がっている。切れば一億八千四百万人が死ぬ』

 

『だからクアドラは、心臓を殺さず、眠らせた』

 

ニルの左右で色の違う瞳が、同時に光る。

 

『再起動すれば、零座標避難計画を実行できますか』

 

『できる』

 

『ただし、四連観測環を止めろ』

 

クアドラの背後で回る四枚の黒金歯車が、紫色の図に浮かび上がる。

 

青、赤、零、終界。

 

四方向を同時に監視し、ノア心炉が予測外の帰路を選ぶことを封じている。

 

「壊せばいいのか」

 

『壊すな』

 

未来の声が強くなる。

 

『あれも生命維持の出力路だ。回転だけを同時に止めろ』

 

「同時とは」

 

『停止差、〇・三秒以内』

 

現在のカインは、空で戦う二機を見た。

 

アズールは一機。

 

フレアも一機。

 

四枚の歯車は、都市一つぶんの距離へ散らばっている。

 

「無茶を言う」

 

『俺たちの仕事だ』

 

カインは小さく笑った。

 

「それは認める」

 

 

クアドラの右腕が、終界の空を横切った。

 

五本の指から固定光が広がり、アズールとフレアを黒金の格子へ閉じ込める。

 

レンは光の間隔を読む。

 

「三秒後、中央に隙間」

 

アカリは目の前を見る。

 

「ないよ!」

 

「今はない」

 

「先に三秒後って言って!」

 

「言った」

 

「順番の話!」

 

フレアが中央へ加速する。

 

未来のレンが、その動きを先に告げた。

 

『三秒後、中央へ移動する』

 

クアドラの親指が進路を塞ぐ。

 

開くはずだった隙間が消えた。

 

右も左も固定光。

 

フレアが減速するより早く、アズールが円環を投げた。

 

狙いは格子ではない。

 

フレア自身。

 

「動くな!」

 

「今度は逆でしょ!」

 

青い円環が赤い機体を空中へ固定する。

 

次の瞬間、クアドラの巨大な手が格子ごと前へ振られた。

 

空間が押し流される。

 

固定されたフレアだけが、その場へ取り残された。

 

黒金の光が上下を通り過ぎる。

 

アズールは手首の外へ弾き飛ばされた。

 

二機は別方向へ飛ぶ。

 

だが、どちらも固定光には触れていない。

 

アカリが息を吐いた。

 

「先に説明して」

 

「説明したら、向こうにも聞こえる」

 

「じゃあ次は目で言って」

 

レンは、離れた赤い機体を見る。

 

「今、見えてる」

 

アカリは一拍だけ黙った。

 

「そういう返事は、戦いが終わってからにして」

 

「何がだ」

 

「分からないなら、そのままでいい!」

 

未来のレンとアカリが沈黙する。

 

記録にない連携。

 

意図を伝えず、相手が信じることまで含めて選んだ動き。

 

クアドラの予測値が初めて揺れた。

 

『予測誤差、〇・〇〇二パーセント』

 

レンが言う。

 

「増えた」

 

「まだ小さい!」

 

「零じゃない」

 

二人は、クアドラの背後で回る四枚の歯車を見る。

 

カインから作戦情報が届いた。

 

『四枚を〇・三秒以内に止める』

 

『破壊はするな』

 

『止めた後、俺とニルが二つ目の心臓へ入る』

 

アズールの円環だけなら最大三枚。

 

フレアの打撃だけなら同時に二枚。

 

普通に役割を分ければ、未来の二人に読まれる。

 

レンは青い操縦環を開いた。

 

「交差機能転送を使う」

 

「俺が加速を借りる」

 

アカリが答える。

 

「じゃあ私は、固定を借りる」

 

未来のアカリが即座に反応した。

 

『その交換も記録にある』

 

四枚の歯車から光索が伸びる。

 

アズールが加速を使う未来。

 

フレアが円環を使う未来。

 

その両方へ、クアドラの攻撃が先回りした。

 

レンが言う。

 

「転送する」

 

アカリが続ける。

 

「でも、借りない」

 

青と赤の位相線が二機の間に伸びた。

 

機能は移らない。

 

代わりに、互いが動こうとする直前の感覚だけが流れ込む。

 

アズールの操縦席へ、アカリが加速を選ぶ時の息遣い。

 

フレアの操縦席へ、レンが固定点を見つけた時の静けさ。

 

交差感覚共有〈クロス・センス〉。

 

未来の記録にないのは、新しい技だからではない。

 

二人が同じ場所で出会い、目の前にいる相手を信じた後でなければ、生まれなかったからだ。

 

「行く」

 

レンが声にする前に、アカリは動いていた。

 

フレアが第一観測環へ突進する。

 

クアドラの光索が赤い進路へ集中した。

 

その瞬間、アカリの中へレンの見つけた固定点が届く。

 

フレアは拳を引いたまま、歯車の中心を通過した。

 

殴らない。

 

赤い足で、回転軸へ触れる。

 

同時にアズールが円環を放つ。

 

フレアの足先を通じ、第一観測環を内側から固定した。

 

一枚目、停止。

 

アズールは第二観測環へ向かう。

 

未来のレンが読む。

 

『右へ加速する』

 

だが、アズールは加速しない。

 

レンの中へ、アカリの前進感覚だけが届く。

 

青い機体は通常推進のまま、最短ではない左へ回った。

 

光索が、誰もいない右側を貫く。

 

アズールが第二観測環の軸を掴んだ。

 

「アイオン・ロック!」

 

二枚目、停止。

 

停止差、〇・一秒。

 

第三と第四の観測環が、互いから遠ざかる。

 

距離そのものを広げ、二機では届かない位置へ逃げていく。

 

フレアが青い固定感覚を受け取った。

 

アカリは第三観測環ではなく、何もない空間へ拳を突き出す。

 

「ここ!」

 

アズールの円環が、その拳へ重なる。

 

フレアの腕と第三観測環の距離が固定された。

 

赤い瞬間加速が、固定された距離の内側だけで爆発する。

 

拳が遠方の回転軸へ届いた。

 

逆方向へ押し返す。

 

三枚目、停止。

 

停止差、〇・二秒。

 

残る第四観測環を、クアドラの左手が包み込む。

 

巨大な掌が歯車を二機の視界から隠した。

 

「届かない!」

 

アカリが叫ぶ。

 

その手の甲を、紫色の小型艇が走った。

 

ノア・スキフ。

 

カインは残っていた二回目の航路修正推進を、すべて使う。

 

『機体で届かないなら、俺が行く』

 

「小型艇で歯車を止める気?」

 

『止めるのは俺じゃない』

 

後部席で、ニルが両目を開いた。

 

青い右目。

 

赤い左目。

 

二つの色の間に、白い選択信号が生まれる。

 

『第四選択固定』

 

白い光がクアドラの指を抜け、第四観測環の軸へ刺さった。

 

ニルが自分で選んだ一秒へ、歯車を留める。

 

四枚目、停止。

 

停止差、〇・二八秒。

 

許容値、〇・三秒以内。

 

四連観測環が、同時に沈黙した。

 

クアドラの胸部下側で、黒い装甲がゆっくりと開く。

 

奥にあった白い球体が、百二十七年ぶりの光を受けた。

 

二つ目の心臓。

 

ノア心炉。

 

 

現在のノア・ギア。

 

終界航路が閉じてから、通信は一度も戻っていない。

 

作戦室の中央には、四人の最終座標だけが残っていた。

 

青。

 

赤。

 

紫。

 

白。

 

どれも動かない。

 

白瀬ユナが、紫色の受信記録を何度も巻き戻す。

 

「雑音に周期があります」

 

真壁ゲンゴが画面を覗き込んだ。

 

「通信か」

 

「信号になる前の信号です」

 

「専門家は、分からん言葉を別の分からん言葉で直す決まりでもあるのか」

 

ユナは一秒考えた。

 

「向こうから扉を叩いています」

 

「最初からそう言え」

 

格納庫では、無人のヴァイスが片膝をついていた。

 

胸部の零座標核が、雑音と同じ間隔で点滅している。

 

アウレル・ゼロが波形を見つめた。

 

「ノア・ギア初期型の帰還要求だ」

 

御堂カナメ艦長が振り向く。

 

「百二十七年後の本艦が、こちらを呼んでいるのか」

 

「本艦ではない」

 

アウレルの指がわずかに震えた。

 

「改造される前の目的だけが、まだ残っている」

 

最初期の設計記録が開かれる。

 

境界研究船ノア・ギア。

 

乗員三十二名。

 

非常時帰還規則。

 

最後の一名が船外にいる限り、帰還航行を終了してはならない。

 

画面の最下部に、短い起動文が残っていた。

 

『全員を帰すまで、本艦は航行を終えない』

 

ゲンゴが息を吐く。

 

「未来であれだけ立派な化け物になっても、船だった頃の頑固さは残るか」

 

「起動文だけでは届かない」

 

アウレルがヴァイスを見る。

 

「零座標を越える出力が要る」

 

ユナが必要量を計算する。

 

「ヴァイスの残存出力では、十一パーセント不足します」

 

カナメは即答した。

 

「本艦から回せ」

 

「生命維持を除けば、全区画の停止が必要です」

 

蒼界と紅界の通信。

 

格納庫。

 

照明。

 

防衛装置。

 

すべてを止めても、未来へ届く保証はない。

 

カナメは命じた。

 

「全区画、非常停止」

 

ゲンゴが確認する。

 

「帰ってくる場所まで暗くなります」

 

「帰ってくる者がいるなら、灯りは後で点ければいい」

 

ノア・ギアの照明が、後方区画から順に消える。

 

蒼界側の青い通路も、紅界側の赤い通路も、同じ闇へ沈んだ。

 

残った電力がヴァイスへ集まっていく。

 

アウレルは無人機の胸部へ手を置いた。

 

拘束環の下にある古い傷が熱を持つ。

 

「この座標は、私の理論が開いた」

 

彼は、かつて未来を一つへ固定しようとした手を見る。

 

「なら今度は、閉じるためではなく、帰すために使う」

 

ユナが警告する。

 

「生体負荷が上昇しています」

 

「構わない」

 

「アウレル」

 

カナメの声に、アウレルは顔を上げた。

 

「死んで責任を終えることは許可していない」

 

短い沈黙の後、彼は頷く。

 

「承知しています、艦長」

 

アウレルが初めて、その呼び方を使った。

 

ヴァイスの紫色核が開く。

 

現在のノア・ギアから、零座標へ一本の白線が走った。

 

カナメは起動文を読み上げる。

 

「全員を帰すまで、本艦は航行を終えない」

 

作戦室の全員が、その言葉を聞く。

 

停止直前の共同回線を通じ、蒼界と紅界の人々にも届く。

 

青い都市で。

 

赤い避難区で。

 

人々が自分たちの予備電力を、境界線へつなぎ始めた。

 

一つの光は小さい。

 

何万本も集まると、暗い母艦の中に一本の白い道ができる。

 

ヴァイスの胸部から、百二十七年後へ帰還呼号〈ノア・コール〉が放たれた。

 

 

終界。

 

一本の白い光が、ノア心炉へ届いた。

 

距離は零。

 

時間差は百二十七年。

 

現在のノア・ギアと未来に残った心臓が、同じ言葉でつながる。

 

『全員を帰すまで、本艦は航行を終えない』

 

カナメの声が雑音の向こうから響いた。

 

レンが顔を上げる。

 

「艦長」

 

「聞こえた」

 

アカリの声も重なる。

 

通信は一秒で消えた。

 

それでも十分だった。

 

帰る場所が、まだ自分たちを探している。

 

ノア心炉の表面に、白い文字が浮かぶ。

 

乗員記録。

 

避難者記録。

 

終界市民、一億八千四百万人。

 

未帰還。

 

航行継続。

 

白い球体が最初の鼓動を打った。

 

一度。

 

終界の地面へ光の波が広がる。

 

止まった母親の指が、ほんのわずかに子供の背へ近づいた。

 

二度。

 

金色の空に、紫色の亀裂が何百本も開く。

 

三度。

 

クアドラの内部で警告が鳴り響いた。

 

『未承認心炉、再起動』

 

『固定未来との競合を検出』

 

『終端心炉による排除を開始』

 

黒金の装甲が、白い心臓を再び閉じようとする。

 

ニルがノア・スキフの乗降口を開いた。

 

カインが振り向く。

 

「何をする」

 

『心炉へ行きます』

 

「小型艇で入る」

 

『入口が狭すぎます』

 

「なら広げる」

 

『その間に閉じます』

 

「一人では行かせない」

 

ニルはカインを見た。

 

『また、順序が違います』

 

「何がだ」

 

『私は、行かないとは言っていません』

 

白い球体へ飛び移る。

 

細い足が、閉じかけた装甲の縁へ着いた。

 

カインは舌打ちし、ノア・スキフを心炉の真下へ滑り込ませる。

 

『落ちたら受け止める』

 

『はい』

 

『だから戻れ』

 

『努力します』

 

「約束しろ」

 

ニルは一瞬だけ止まった。

 

『戻ると選びます』

 

カインはそれ以上、止めなかった。

 

「なら行け」

 

ニルが白い光の中へ飛び込む。

 

 

ノア心炉の内部には、海があった。

 

水ではない。

 

帰れなかった人。

 

帰りを待っていた人。

 

その名前が白い光となって、どこまでも流れている。

 

海の中央に、ミラが立っていた。

 

ニルと同じ白い髪。

 

黒い右目。

 

金色の左目。

 

百二十七年後、失われたニルの記録から造られた帰還端末。

 

右手の黒金の刃は、ニルの喉へ向けられていた。

 

「侵入者を排除します」

 

声が震えている。

 

ニルは止まらない。

 

『あなたは先ほど、私たちの通路を開きました』

 

「クアドラに対する機能障害です」

 

『いいえ』

 

「私は帰還端末です」

 

『はい』

 

「終界を現在へ帰すために造られました」

 

『はい』

 

「現在の人々を消しても、終界を残します」

 

『それは、あなたが選びましたか』

 

刃がニルの喉元で止まった。

 

黒い右目が命令を繰り返す。

 

金色の左目から、一滴だけ涙が落ちる。

 

「私は、選択するために造られていません」

 

『私も、そうでした』

 

ニルは刃の向こうへ手を伸ばす。

 

『私は、あなたではありません』

 

「知っています」

 

『あなたも、私ではありません』

 

「はい」

 

『なら、同じ答えを選ばなくていい』

 

ミラの手から黒金の刃が落ちた。

 

名前の海へ沈み、音もなく消える。

 

ニルが右手を差し出した。

 

ミラは、その手を見る。

 

「選んだ結果、終界の人々が死んだら」

 

『責任は消えません』

 

「怖くありませんか」

 

『怖いです』

 

ニルは迷わず答えた。

 

『だから、一人では選びません』

 

ミラの指が触れる直前で止まる。

 

「私には、あなたのような思い出がありません」

 

『私にも、最初からあったわけではありません』

 

「では、何から始めればいいのですか」

 

ニルは、先ほど記録したばかりの会話を思い出す。

 

『役に立たない会話を、一つ保存することから』

 

「それは必要ですか」

 

『重要度は不明です』

 

ミラの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「不明なものを保存するのですか」

 

『はい。人間は、よくそうします』

 

「あなたも人間なのですか」

 

ニルは一秒考えた。

 

『まだ、選んでいる途中です』

 

ミラが手を伸ばす。

 

二人の指が触れた。

 

青と赤。

 

黒と金。

 

現在から来た端末と、未来で生まれた端末。

 

四つの瞳から伸びた光が、一つの白へ重なる。

 

双端起動〈ツイン・ターミナル〉。

 

「私は、ミラです」

 

『私は、ニルです』

 

「終界の人々を救います」

 

『現在の人々も救います』

 

「どちらかではなく」

 

『すべてを帰します』

 

ノア心炉が白く燃え上がった。

 

 

その光が、クアドラの胸部を内側から押し開く。

 

黒金の装甲に白い亀裂が走った。

 

一億八千四百万人へ伸びていた生命維持線が、金から白へ変わり始める。

 

未来のアカリが息を呑んだ。

 

『この光……覚えてる』

 

未来のレンが答える。

 

『ノア・ギアの帰還灯だ』

 

まだ二人がクアドラへ入る前。

 

戦場から避難者を運んだ夜。

 

定員を越えた母艦で、最後の一隻を待った時に見た光。

 

未来のアカリが呟く。

 

『私たちは、これを残したのに』

 

『止めた』

 

未来のレンの声には、怒りではなく疲れがあった。

 

『帰れない人を増やさないために、誰も出発できない世界を選んだ』

 

現在のレンは、アズールを白い亀裂のそばへ固定する。

 

「なら、今から選び直せ」

 

『選び直して失敗すれば、全員が死ぬ』

 

「選ばなくても、三十六時間後には心炉が尽きる」

 

『二十二分より長い』

 

「止まっているだけの三十六時間だ」

 

フレアがアズールの隣へ並ぶ。

 

アカリは、未来の自分へ言った。

 

「怖いなら、私たちも一緒に怖がる」

 

「でも、怖いことを終わりの理由にしないで」

 

未来のアカリが現在の自分を見る。

 

何かを言いかけた瞬間、クアドラの機械音声が会話を切った。

 

『選択保存体の判断を不安定と認定』

 

『終端心炉を自律固定へ移行』

 

黒金の拘束環が、青と赤の棺を包む。

 

未来のレンが息を呑んだ。

 

『操縦権が切られた』

 

未来のアカリが棺の内側を叩く。

 

『待って! 私たちはまだ――』

 

『過去の承認記録を優先』

 

クアドラは、造った二人の今の意思さえ必要としなくなった。

 

一度与えられた命令だけを、永遠に守る機械へ戻る。

 

停止していた四枚の観測環が砕け始めた。

 

生命維持を支える役割まで捨て、すべての出力が終端心炉へ集まる。

 

ノア心炉の表示が変わった。

 

生命維持出力、十三パーセント。

 

零座標退避準備、開始。

 

残存時間。

 

二十二分〇〇秒。

 

最初の街区を紫色の波が包む。

 

建物も、人々も、止まった一秒を壊さないまま半透明になっていく。

 

街区全体を零座標へ一時的に沈め、現在側で新しい時間を与える。

 

零座標避難計画が動き出した。

 

しかし、退避できたのは全街区の〇・〇〇一パーセント。

 

この速度では間に合わない。

 

レンが計算を開く。

 

「出力が足りない」

 

ノア・スキフからカインが答える。

 

『ノア心炉は起きた。だが終端心炉が八十七パーセントを奪っている』

 

「止めれば、生命維持も切れる?」

 

『壊せば切れる』

 

『向きを変えるしかない』

 

「どうやって」

 

紫色の通信から、未来のカインが答えた。

 

『黄金座標を、終端ではなく帰還へつなぐ』

 

声が先ほどより薄い。

 

現在のカインが気づく。

 

「お前、消えかけているのか」

 

『帰路人格は、道を渡すための記録だ』

 

『ノア心炉が起きれば、役目は終わる』

 

「勝手に終えるな」

 

『自分に言われると腹が立つな』

 

ノア・スキフの計器に、紫色の人影が浮かび上がる。

 

今のカインより年を重ね、少しだけ穏やかな顔をしていた。

 

『俺はニルを失った』

 

『その記録からミラが造られる未来も止められなかった』

 

『あいつを失った後で、帰り道だけを残した』

 

現在のカインの拳が固くなる。

 

未来のカインは、若い自分を見る。

 

『お前は、同じ俺になるな』

 

「なら、残って見届けろ」

 

『無茶を言う』

 

「俺たちの仕事だ」

 

未来のカインが、わずかに笑った。

 

『それは認める』

 

紫色の輪郭が光へ変わる。

 

零座標の経路。

 

街区ごとの退避順序。

 

現在へ新しい時間座標を作る方法。

 

帰路人格の全記録が、ノア・スキフへ流れ込んだ。

 

最後に、一つの言葉だけが残る。

 

『今度は、全員で帰れ』

 

紫色の人影が消えた。

 

ニルはノア心炉の中で、その消失を感じる。

 

『選択反応、終了』

 

ミラが目を伏せた。

 

「もう、生命ではないのですか」

 

ニルは白い名前の海を見た。

 

新しい光が一つ、帰還路へ混ざっている。

 

『いいえ』

 

『選んだ結果を、私たちへ渡しました』

 

『だから、ここにいます』

 

 

クアドラの胸部から、黒金の衝撃が爆発した。

 

アズールとフレアが左右へ吹き飛ぶ。

 

白い亀裂が閉じ、ノア心炉は再び装甲の奥へ隠された。

 

巨大な身体が、都市から兵器へ姿を変え始める。

 

外側の都市装甲が切り離される。

 

背中の四連観測環は砕け、その破片が両腕と両脚へ集まった。

 

都市ほどの巨体が、高層塔ほどの黒金の人型へ圧縮されていく。

 

それでもアズールとフレアの十倍を超える。

 

左半身に青い線。

 

右半身に赤い線。

 

胸部には、未来を固定する黄金歯車。

 

終端戦闘体クアドラ・エンド。

 

切り離された都市装甲は、ノア心炉の細い白線だけで空に保たれていた。

 

クアドラ・エンドが右手を開く。

 

黒金の槍が形成された。

 

刃には、青と赤の未来が交互に映っている。

 

触れた者から実現しなかった可能性を切り捨て、一つの結末だけを残す槍。

 

終端選択槍〈ラスト・オルタ〉。

 

レンがアズールを起こす。

 

左腕出力、三十八パーセント。

 

右脚固定器、損傷。

 

フレアも隣で立ち上がった。

 

右腕の時間固定、四十一パーセント。

 

全力加速、残り一回。

 

クアドラ・エンドが槍を振るう。

 

一振りで、空が三つに分かれた。

 

青側へ逃げれば、蒼界だけが残る。

 

赤側へ逃げれば、紅界だけが残る。

 

中央にいれば、終界が現在を上書きする。

 

三つの逃げ道。

 

どれを選んでも、二つを失う。

 

「また三択」

 

アカリが言った。

 

レンは、分かれた空ではなく槍を見る。

 

「選ばない」

 

「じゃあ、どこへ行く?」

 

「槍の上だ」

 

アカリが一瞬だけ息を止める。

 

次の瞬間、笑った。

 

「それ、私が言いそう」

 

「先に言ったのは俺だ」

 

「そういうところだけ記録しておいて」

 

フレアが最後の全力加速を使う。

 

赤い機体は、終端選択槍の刃へ正面から向かった。

 

クアドラ・エンドは未来のアカリの記録から進路を読む。

 

槍先がフレアの胸部へ動く。

 

アズールの円環が、槍の側面を固定した。

 

刃の向きが一度だけ止まる。

 

フレアは槍を避けない。

 

赤い両足で柄へ着地した。

 

黒金の槍の上を走る。

 

アズールも、青い円環を足場にして続いた。

 

青でもない。

 

赤でもない。

 

終界でもない。

 

敵が差し出した選択そのものの上を、二機が駆ける。

 

クアドラ・エンドの胸部が迫る。

 

拘束された棺の中で、未来のアカリが呟いた。

 

『あんな動き、したことない』

 

未来のレンが答える。

 

『俺たちの記録では、槍を避けた』

 

『なら』

 

『予測できない』

 

アズールが黄金歯車へ青い円環を重ねる。

 

フレアは右拳を引いた。

 

時間固定が腕を侵食している。

 

動かせるのは、一度だけ。

 

レンが言う。

 

「壊すな。向きを変える」

 

「分かってる!」

 

二機は合体しない。

 

青い固定と赤い衝撃だけを、一点へ重ねる。

 

「クロス・ギア――」

 

「インパクト!」

 

赤い拳が黄金歯車へ届いた。

 

青い円環の内側で、衝撃が爆発する。

 

歯車は砕けない。

 

回転だけが止まった。

 

正回転。

 

停止。

 

逆回転。

 

終端心炉の出力が、ノア心炉へ流れ始める。

 

生命維持出力。

 

十三パーセント。

 

二十パーセント。

 

三十五パーセント。

 

零座標への退避速度が上がる。

 

一街区。

 

十街区。

 

百街区。

 

紫色の波が終界都市へ広がった。

 

だが、黄金歯車は完全には反転しない。

 

青と赤の棺から、二本の固定索が伸びている。

 

未来の二人がかつて差し出した承認。

 

一度決めた未来を変えないという命令が、終端心炉を元の向きへ引き戻していた。

 

現在のレンが叫ぶ。

 

「未来の俺!」

 

棺の中で、未来のレンが目を開く。

 

「それは、お前たちが選んだ命令だ」

 

「だから、お前たちにしか外せない!」

 

未来のアカリが、腕を囲む赤い承認環を見る。

 

『外せば、二十二分に全員を賭けることになる』

 

現在のアカリが答えた。

 

「違う!」

 

「四人だけで賭けるんじゃない!」

 

「終界の人も、蒼界の人も、紅界の人も、自分の次を選ぶの!」

 

未来のアカリの手が承認環へ伸びる。

 

あと少し。

 

指先が震えて止まる。

 

未来のレンは動かない。

 

彼の目には、八百三十万人が死んだ戦場が映っていた。

 

選び直すことは、その死をなかったことにすることではない。

 

それでも、同じ失敗を繰り返す恐怖が身体を止めている。

 

『承認記録を保護』

 

クアドラ・エンドが咆哮した。

 

黄金歯車が再び正回転へ戻る。

 

逆流した出力がアズールとフレアを弾き飛ばした。

 

アズールの左腕が砕ける。

 

フレアの右腕が完全に時間固定される。

 

二機は黒金の地面へ落ちた。

 

零座標退避完了まで、四十七分。

 

生命維持終了まで、二十一分五十九秒。

 

間に合わない。

 

 

ノア心炉の中で、ニルとミラは同じ表示を見ていた。

 

終端心炉を完全に帰還方向へ向けるには、黄金座標が必要。

 

アズールとフレアがフェイズ・ドッキングし、インフィナイトになる時だけ生まれる座標。

 

だが終界で合体すれば、その黄金座標をクアドラ・エンドに奪われる。

 

ミラが計算結果を読む。

 

「現在方式の合体成功率、零パーセント」

 

『零相遮蔽もありません』

 

ヴァイスは百二十七年の時間差の向こうにいる。

 

黄金座標を隠せる時間は、一秒もない。

 

「方法は、もうありません」

 

ニルは首を横へ振った。

 

『方法がないのではありません』

 

「何が違うのですか」

 

『今までの方法が使えないだけです』

 

ニルは二つの心臓を表示する。

 

一つの未来へ固定する終端心炉。

 

全員を生きた時間へ帰そうとするノア心炉。

 

今は、互いに逆方向へ回っている。

 

だから黄金座標は奪われる。

 

しかし未来のレンとアカリが承認を外し、二つの心臓が同じ帰還方向へ回れば。

 

黄金座標は、終端ではなく三つの世界をつなぐ道になる。

 

隠す必要がなくなる。

 

ミラが顔を上げた。

 

「合体できる時間は」

 

『九十秒ではありません』

 

ニルの左右で色の違う瞳に、同じ白い光が宿る。

 

『制限そのものが、なくなります』

 

ただし、そのためには未来の二人が選び直さなければならない。

 

自分たちが止めた世界を、自分たちの手で動かすと。

 

 

クアドラ・エンドが、地面へ落ちた二機へ歩く。

 

一歩ごとに金色の空が黒くなる。

 

アズールは左腕を失った。

 

フレアの右腕は止まった。

 

それでも、二機は半分になったのではない。

 

初めから、それぞれが自分の身体で立つ一機だった。

 

レンはアズールの右拳を地面へつく。

 

アカリもフレアの左拳で身体を起こす。

 

傷ついた二機が、もう一度並んで立った。

 

胸部の棺から、未来のアカリが問いかける。

 

『本当に、まだ戦うの』

 

「うん」

 

現在のアカリは即答した。

 

『勝てる可能性はない』

 

「さっきまで、〇・〇〇一パーセントは助かってた」

 

『それは』

 

「零じゃなかった」

 

未来のアカリが言葉を失う。

 

レンは未来の自分へ向き直った。

 

「お前が恐れている結果も、存在しなかったことにはしない」

 

「八百三十万人が死んだことも消さない」

 

「だから、その人たちの死を理由に、残った全員の時間を止めるな」

 

未来のレンの青灰色の目が揺れる。

 

現在のレンは、答えを迫らない。

 

「正しい答えを出せとは言わない」

 

「次の一秒だけ、俺たちへ預けろ」

 

未来のアカリが赤い承認環を握る。

 

未来のレンは、まだ手を動かせない。

 

クアドラ・エンドが終端選択槍を振り上げた。

 

アズールとフレアの計器へ、二つの数字が並ぶ。

 

零座標退避完了まで、四十七分。

 

生命維持終了まで、二十一分五十九秒。

 

その差、二十五分一秒。

 

現在のノア・ギアから、もう一度だけ白い通信が入った。

 

雑音の奥にカナメの声がある。

 

『聞こえるか』

 

レンが答える。

 

「聞こえる」

 

アカリも続ける。

 

「見えてないけど、聞こえてる!」

 

ユナの声が重なった。

 

『ノア心炉の起動を確認しました』

 

ゲンゴが叫ぶ。

 

『機体を壊しすぎるな! 帰ってから直す身にもなれ!』

 

アカリが笑った。

 

「帰ってから怒られるって」

 

レンも、わずかに口元を緩める。

 

「帰る理由が増えた」

 

アウレルの声が遠く届く。

 

『終端心炉が現在接続を加速している』

 

『三十六時間の猶予は消えた』

 

『完全接続まで、二十一分五十九秒』

 

二つの時間が重なる。

 

終界の生命が尽きる時。

 

現在が上書きされる時。

 

どちらも、二十一分五十九秒後。

 

クアドラ・エンドの槍が振り下ろされた。

 

アズールとフレアが左右へ跳ぶ。

 

傷ついた二機の間に、一本の白い線が伸びた。

 

同界接触信号。

 

レンとアカリがこの世界で初めて手を触れた時に生まれた、クアドラの記録にない光。

 

白い線が、青と赤のツイン・ギア・コアをつなぐ。

 

合体要求。

 

危険度、測定不能。

 

成功率、零パーセント。

 

アカリが赤い操縦環へ手を置く。

 

「レン」

 

レンも青い操縦環を握った。

 

「まだだ」

 

「分かってる」

 

今ここで合体すれば、クアドラに奪われる。

 

必要なのは、出力ではない。

 

止めた心臓を、未来の二人が自分で動かすこと。

 

未来のアカリは、赤い承認環を見つめた。

 

百二十七年間、誰も失わないために握り続けた輪。

 

それを外すことは、過去を否定することではない。

 

次の一秒にも、誰かを守る方法があると信じることだ。

 

未来のアカリの指が、赤い承認環を外した。

 

一本目の固定索が切れる。

 

終端心炉の回転が揺れた。

 

未来のレンは、まだ青い承認環を握っている。

 

クアドラ・エンドが再び槍を構える。

 

未来のアカリが、隣の棺へ叫んだ。

 

『レン!』

 

百二十七年前と同じ名前。

 

けれど今度は、止まるためではない。

 

未来のレンが目を閉じる。

 

八百三十万人の声。

 

止まった一億八千四百万人の呼吸。

 

現在の二人が差し出した、次の一秒。

 

青い承認環に、細い亀裂が入った。

 

生命維持終了まで、二十一分五十八秒。

 

完全接続まで、二十一分五十八秒。

 

九十秒の限界を越えるために必要な、最後の選択。

 

その答えだけを残し、終界の時計が動き始めた。

 

 




最後までお読みいただき、ありがとうございます。

今回は、アズールとフレアが合体せずに四連観測環へ挑み、クアドラの奥に眠っていた「全員を帰すための心臓」を起こす回でした。

未来を固定する終端心炉も、全員を帰そうとするノア心炉も、始まりは誰かを救いたいという願いです。その二つが正反対へ回ってしまった時、現在の二人が差し出したのは「正解」ではなく、選び直すための一秒でした。

レンとアカリの説明なしの連携、二人のカインの別れ、ニルとミラの選択、未来のアカリが承認環を外す場面など、印象に残った台詞や場面があれば、感想や「ここすき」で教えていただけるとうれしいです。

次回、第12話「選び続ける世界」。

残る承認環は一つ。生命維持と完全接続、二つの時計が同時に尽きる前に、三つの世界すべてを帰す最後の戦いが始まります。

あなたなら、過去の決断を否定せずに、それでも新しい答えを選び直せますか。

第1期は次回完結です。毎日21時に更新予定です。
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