旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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 世界が二つに割れてから、七年と三十日。

 蒼界と紅界をつなぐ共界門が、今日はじめて開きます。

 最初に通されたのは、薬でも、部品でも、英雄でもありませんでした。

 そして、通された最後の一つを見ていたのは、ニルだけでした。

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幕間
改訂版 幕間 共界門の初荷


幕間

共界門の初荷

第1期と第2期のあいだ

 

 

 

「重いものから通すんじゃない。

 

 落としたら困るものから通すんだ」

 

◇

 

 共界門は、門というより、細い廊下だった。

 

 高さは三階建ての建物ほど。幅は、大人が二人、肩を並べてやっと通れる程度。

 

 片側からは青い光が、反対側からは赤い光が差し込んでいて、二つがちょうど重なる中央だけが、どちらの色でもない透明になっている。

 

 蒼界側の床は、まだ真新しい白銀だった。

 

 紅界側の床は、溶接痕を隠しもしない黒鉄だった。

 

 同じ廊下なのに、足元の材質が途中で切り替わる。

 

 それが、この三十日で二つの世界が到達した、いちばん正直な形だった。

 

 廊下の中央には、細い線が一本引かれている。

 

 線の向こうへ半歩踏み出せば、そこはもう、生まれ育った世界ではない。

 

◇

 

『共界門、位相安定。両側の登録卓、同期完了』

 

 管制席から、白瀬ユナの声が響いた。

 

 いつもの落ち着いた声に、今日は少しだけ角が立っている。

 

『念のためもう一度言います。共界門は、両側が同じものを「通す」と登録しなければ、何も通しません』

 

『片側だけの善意は、通りません。片側だけの都合も、通りません』

 

 蒼羽レンは、廊下の青い側に立っていた。

 

 三十日前まで、この位置には壁があった。正確には、壁ですらない、何もない空白があった。

 

「……歩いて渡れるんだよな、ここ」

 

「機体じゃなくて、俺の足で」

 

 赤い側から、返事が飛んでくる。

 

「さっきから三回同じこと言ってるけど」

 

「レン、そんなに信じられないなら、こっち来て踏んでみれば?」

 

 緋月アカリが、線の向こうで腕を組んでいた。

 

 彼女の背後には紅界の赤い空が広がっていて、その光が、彼女の髪の先だけを燃えるような色に染めている。

 

「……いや、今日は荷物優先だ。人はあと」

 

「出た。かっこつけ」

 

「どうせ最初に渡ったら、その場で立ち止まるからでしょ」

 

「立ち止まらない」

 

「七年前、瓦礫の前で三十分動かなかった人が何か言ってる」

 

「あれは……足が埋まってただけだ」

 

「七年間ずっと埋まりっぱなしなんだ、大変だね」

 

 線の両側で、整備員たちが小さく噴き出した。

 

◇

 

 御堂カナメが、登録卓の前に立った。

 

 境界航行母艦ノア・ギアの艦長であり、共界門の暫定運用責任者を兼ねている。

 

「では、共界門、初回輸送を開始します」

 

「第一便、登録品目」

 

 整備員たちの背筋が伸びた。

 

 当然だと、レンは思う。

 

 三十日かけて決めた、最初の一つだ。医薬品か、位相計測器か、それとも復旧用の発電部品か。どれも足りていない。どれも、通せば誰かが助かる。

 

 カナメが、登録票を読み上げた。

 

「――絵。一枚」

 

 沈黙が落ちた。

 

「……え」

 

「……絵?」

 

「絵です」

 

「額縁入り。差出人、蒼界第七避難区の児童。宛先、紅界第三居住区の児童」

 

「両側の登録卓が、同時に「通す」を返しました」

 

 カナメは顔を上げず、淡々と続ける。

 

「私は反対しました。医薬品を先にすべきだと三回言いました」

 

「三回とも、両世界の代表に否決されました」

 

 レンは、思わず笑ってしまった。

 

「……理由は?」

 

「『薬は、通らなくても運ぶ方法を考えられる』」

 

「『絵は、この門が通らなかったら、二度と届かない』」

 

「――だそうです」

 

◇

 

 額縁が、詰まった。

 

 正確には、廊下の中央――二つの世界の境目で、斜めに引っかかった。

 

「ちょっ、待って、押さないで! 角が!」

 

「引くな引くな引くな、そっち位相の縁だ、削れる!」

 

 青い側からレンが、赤い側からアカリが、同じ額縁の別々の角を掴んでいる。

 

 二人の手が、廊下の中央で十センチまで近づいて、そこで止まった。

 

 ――近い。

 

 肩を並べて飯を食ったのは、三十日前だ。四人分の食事を、同じ卓で。

 

 それでも、今日は違った。

 

 この十センチの先は、生まれ育った世界の外側になる。

 

 あと半歩踏み出せば、レンは紅界の空気を吸うことになる。

 

「……」

 

「……」

 

「な、なにボーッとしてんの! 早く角度!」

 

「そ、そうだ、角度。アズール、通過角の算出を頼む」

 

 胸元の携行端末から、青銀の声が返る。

 

『了解。額縁外形を走査。最適通過角を算出します』

 

 同時に、赤い側でもアカリが端末を掲げた。

 

「フレア、そっちも!」

 

『了解。最適通過角、算出中』

 

 二つの声が、廊下の中央で重なった。

 

 そして。

 

『――回答を保留します』

 

 いや。

 

『――回答を保留します』『――回答を保留します』

 

 一言一句、同じだった。

 

 間合いも、語尾の切り方も、完全に一致していた。

 

「……アズール」

 

『はい』

 

「今、フレアと声が揃ったぞ」

 

『……偶然です』

 

「フレア、今の」

 

『偶然です』

 

「言い訳まで揃ってるじゃん!」

 

『訂正します。当機とフレア判断系は、現在まで千九百件以上の共同演算を実施しました』

 

『結果、判断手順の一部に収束が発生しています』

 

『補足します。これは模倣ではありません』

 

『……似ただけです』

 

「そこは張り合うんだな」

 

「うちの子、負けず嫌いなんだよね」

 

『育成方針の影響と推定します』

 

「うるさい」

 

 笑いが起きた。

 

 青い側と赤い側で、同時に。

 

◇

 

 結局、額縁は通った。

 

 アズールが示した青側の角度と、フレアが示した赤側の角度が、〇・四度だけ違っていた。

 

 どちらが正しいかで、また少し揉めた。

 

 最終的に、レンが青側の角を〇・四度下げ、アカリが赤側を〇・四度上げた。

 

 誰も譲らず、誰も勝たない解き方だった。

 

 額縁は、そのまま、するりと抜けた。

 

「……通った」

 

「通ったね」

 

 二人が、同時に息を吐いた。

 

◇

 

 絵が、掲げられた。

 

 描かれていたのは、歯車だった。

 

 四つ。

 

 青い歯車が、ひとつ。

 

 赤い歯車が、ひとつ。

 

 紫の歯車が、ひとつ。

 

 そして、三つの歯車がちょうど噛み合う中心に、黄金の歯車が、ひとつ。

 

 人は、一人も描かれていない。

 

 顔も、名前も、旗も、機体もない。

 

 ただ、四つの歯車が噛み合って、回っている。

 

「……これ」

 

 レンは、無意識に胸元へ手をやっていた。

 

 服の下にある、半分だけの歯車。七年前、世界が割れた日に手の中へ残ったもの。

 

 赤い側で、アカリもまったく同じ動作をしていた。

 

 彼女の手の中にも、もう半分がある。

 

 二人は、互いの手を見て、少しだけ気まずそうに目を逸らした。

 

 その動きを、差出人の子供が見ていた。

 

 まだ十歳にもならない、蒼界の男の子だ。

 

「あ」

 

「それ、描いたやつだ」

 

 男の子が、青い歯車と赤い歯車を交互に指差した。

 

「……見たことあるのか?」

 

「ううん。お姉ちゃんが言ってたの、聞いただけ」

 

「『青いのと赤いのが噛み合ったから、まだ回ってる』って」

 

 レンは、何も言えなかった。

 

 アカリも、何も言わなかった。

 

 代わりに、白い髪の少女が一歩前に出た。

 

◇

 

 ニル。

 

 右目が青く、左目が赤い。

 

 前回の戦いの終わりに、彼女は「選ばないこと」を選んだ。

 

「この、真ん中の金色は」「名前がありますか」

 

 男の子は、少し考えてから、首を振った。

 

「ない」

 

「だって、これ、みんなが回ったところだから」

 

「みんなが回ったところに、名前って、つける?」

 

 ニルの目が、わずかに見開かれた。

 

 彼女は記録装置を持ち上げかけて――途中で、止めた。

 

 そして、それを腰へ戻した。

 

「……登録しません」「未記録ではなく、記録前として預かります」

 

「きろくまえ?」

 

「はい」「名前がつく日まで、私が覚えています」

 

 男の子は、よく分からないという顔をして、それでも頷いた。

 

◇

 

 第二便は、鉢植えだった。

 

 青い花が一輪。蒼界の岩場にしか咲かない、痩せた花だ。

 

 贈り主は、蒼界の整備班全員。

 

 宛先は――ニル。

 

「……私に、ですか」

 

「お前が七年、誰にも名前を呼ばれなかったってのを、こいつら全員が聞いちまってな」

 

 真壁ゲンゴが、油で汚れた手を腰に当てて言った。

 

 蒼界側の整備主任。分裂の日から、ずっと現場に立ち続けている男だ。

 

「花くらい貰っとけ。安いもんだ」

 

 ニルは、鉢を両手で受け取った。

 

 重さを確かめるように、少し持ち上げる。

 

「この花には、名前がありますか」

 

「ねえよ。蒼界じゃ雑草扱いだ」

 

「では」「紅界で咲いた時、育てた人に決めてもらいます」

 

「……お前、たまに大人より大人だな」

 

「七年、待ちましたので」

 

 ゲンゴが、返事に詰まった。

 

 そして、乱暴に頭を掻いた。

 

◇

 

 揉め始めたのは、その直後だった。

 

「だからよ、この固定環は紅界式でいくべきだって言ってんだ!」

 

「馬鹿言わないで、蒼界式の緩衝帯のほうが位相ズレに強いのよ!」

 

 九条マオ。紅界側の技術主任。

 

 ゲンゴより頭ひとつ小さく、声はゲンゴより二倍大きい。

 

 二人は、廊下の中央の線を挟んで、工具を突きつけ合っていた。

 

 レンは、しばらく聞いていて――気づいた。

 

「……アカリ」

 

「うん、気づいた」

 

「あの人たち」

 

「自分の世界の方式じゃなくて」

 

「相手の世界の方式を推してる」

 

 ゲンゴは紅界式を。

 

 マオは蒼界式を。

 

 互いに、相手の技術のほうが優れていると言い張って、一歩も引かない。

 

「当たり前だろうが。三十日こっちの図面睨んでたんだ、良さくらい分かる」

 

「こっちだって蒼界の設計図を枕にしてたのよ」

 

「……じゃあ両方使うか」

 

「……最初からそう言いなさいよ」

 

 二人は同時にしゃがみ込み、同時に工具を回し始めた。

 

 紅界の耐熱楔に、蒼界の精密留め具。

 

 どちらの世界だけでも作れなかった支持構造が、三十分で組み上がった。

 

「レン。アカリ」

 

 ゲンゴが、こちらを見もせずに言った。

 

「帰ってきたら工具持たせるって言ったが、ありゃ訂正だ」

 

「お前らはもう、持ってる側だ」

 

「……はい」

 

「持ってる側、ね。悪くない響き」

 

◇

 

 第三便で、事件が起きた。

 

 カインが、大きな箱を抱えて廊下に現れたのだ。

 

「差し入れだ」

 

 黒い識別帯の少年は、無表情のまま箱を掲げた。

 

 零座標へ亀裂を開く男が、両手で菓子箱を持っている。

 

 絵面として、どうかと思う。

 

「登録票には、焦がし砂糖の飴、二十四個とありますが」

 

 カナメが、箱を覗き込んだ。

 

 そして、動きを止めた。

 

「……二十三個です」

 

「二十四個だ」

 

「数えました。二十三個です」

 

「……輸送中の減耗だ」

 

「減耗しないでしょ、飴は!」

 

「カイン。口の端」

 

「…………」

 

 カインが、ゆっくりと口元を拭った。

 

 茶色い砂糖が、指についた。

 

「毒見だ」

 

「今! 考えたでしょ今!」

 

「毒見は輸送規定に含まれる」

 

「含まれません」

 

「……含めるべきだ」

 

 ニルが、記録装置を持ち上げた。

 

「共界門、第三便」「記録名――『待ち切れなかった』」

 

「待て」

 

「それは記録に残すな」

 

「では」「記録名――『自業自得』」

 

「……前のに戻せ」

 

 廊下が、笑い声で埋まった。

 

 青い側からも、赤い側からも。

 

 カインは眉ひとつ動かさず、それでも、耳がわずかに赤かった。

 

◇

 

 日が傾く頃、男の子がもう一枚の紙を持ってきた。

 

 白紙だった。

 

「……これも、通すのか?」

 

「うん」

 

「何も描いてないぞ」

 

「まだ見てないから」

 

 男の子は、当たり前のことのように言った。

 

「見たら描く」

 

「だから、先に送っとく」

 

 レンは、その紙をしばらく見つめた。

 

 七年前、この子はまだ生まれていない。

 

 割れる前の世界を知らず、割れた後の世界しか知らず、それでも、まだ描かれていない明日のために紙を一枚、先に送る。

 

「……アカリ」

 

「うん」

 

「あたしたち、これ守ってるんだね」

 

「ああ」

 

 白紙が、するりと、何にも引っかからずに廊下を抜けた。

 

 この日、いちばん軽い荷物だった。

 

◇

 

 夜。

 

 共界門の光は、日中の半分まで絞られていた。

 

 哨戒当番のレンはアズールの操縦席へ、アカリはフレアの操縦席へ向かい、廊下には、ニルだけが残った。

 

 彼女は、記録装置を使わなかった。

 

 腰の袋から紙と鉛筆を取り出し、膝の上で、一行だけ書いた。

 

会いに行く人

 

 金色の歯車に、いつか名前がつくとしたら。

 

 たぶん、それは「みんな」でも「世界」でもない。

 

 もっと具体的で、もっと不格好な、誰かの名前だ。

 

 ニルは紙を折り、胸元へしまった。

 

◇

 

 そして。

 

 ――音が、消えた。

 

 風の音も。

 

 冷却器の唸りも。

 

 遠くで作業を続ける整備班の声も。

 

 共界門そのものが立てていた、低い駆動音さえも。

 

 ニルは、呼吸を止めた。

 

 止めたつもりだった。

 

 止めた音すら、聞こえなかった。

 

 一秒。

 

 それだけだった。

 

 次の瞬間、世界のすべての音が、何事もなかったように戻ってきた。

 

 風。冷却器。遠い笑い声。

 

 誰も、気づいていない。

 

 誰も、手を止めていない。

 

 ニルだけが、廊下の中央で、下を向いていた。

 

 ――共界門の、床の際。

 

 青銀と黒鉄が切り替わる、そのわずか下。

 

 透明な位相の底に、光があった。

 

 青でも、赤でもない。

 

 白銀の、細い線。

 

 人型の輪郭。

 

 その左腕だけが、こちらへ向かって、まっすぐ伸びていた。

 

『――受信』

 

『発信元、七年前』

 

 ニルは、記録装置に手を伸ばしかけて――やめた。

 

 この装置に入れれば、系が自動で危険判定を返す。

 

 危険判定が出れば、規定により共界門は即時封鎖される。

 

 今日、絵が通った門が。

 

 白紙が通った門が。

 

 名前のない花が通った門が。

 

 確認もされないまま、閉じる。

 

「……一度だけ」「私の手で、確かめます」

 

 彼女は再び紙を取り出し、鉛筆を握った。

 

 装置ではなく、自分の指で。

 

 震える線で、受信内容を書き写していく。

 

 七年間、記録に残すことだけが優しさだと信じてきた少女が、この夜はじめて、記録に「残さない」ことを選んだ。

 

 書き終えた紙を、彼女は畳まなかった。

 

 明日の朝、カナメへ直接手渡すつもりだった。

 

◇

 

 白銀の光は、もう消えていた。

 

 共界門は、何も通していない。

 

 けれど。

 

 ニルは知っている。

 

 初荷は、絵だった。

 

 白紙も、花も、飴も、全部この門を通った。

 

 ――ならば。

 

まだ名前のつかない何かが、向こう側から来ようとしていても、

 

おかしくはない。

 

◇

 

 共界門開通、初日。

 

 通った荷物、四点。

 

 記録されなかった荷物、一点。

 

第2期「ZERO BREAK篇」へ続く

 






 第1期と第2期のあいだ、共界門が開いた最初の一日でした。

 最初に通したのが薬でも部品でもなく、子供の描いた四つの歯車だったこと。名前のない金色の歯車に、ニルが「記録前として預かります」と答えたこと。この二つが、第2期でニルが背負うテーマそのものになります。

 ゲンゴとマオが互いに相手の世界の方式を推して譲らない、というのは書いていていちばん楽しい場面でした。三十日あれば、人はここまで相手の図面を読める。それが、二つの世界が戦争をしなかった三十日の中身です。

 そして最後の一秒。あの沈黙に気づいたのは、この時点でニル一人だけです。彼女は装置ではなく自分の手で写し取ることを選びました。理由は、危険判定が出れば門が閉じてしまうから。今日、白紙が通った門を、確かめもせずに閉じたくなかったからです。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 いちばん残ったのは、額縁を〇・四度ずつ分け合った場面でしたか。カインの飴が二十三個だった場面でしたか。それとも、まだ見ていないから白紙を先に送る、という子供の言葉でしたか。

 次回、第13話。あの一秒は、ニルだけのものではありませんでした。

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