双界機神インフィナイト   作:シラヌイ321

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白銀の原型機が現れた直後、蒼界の診療所と紅界の避難橋が消え始める。

レンとアカリに残された時間は、わずか数分。

しかも、アズールとフレアのAIは声を奪われ、二機は合体できない。

言葉を失った人と機体が、それでも誰かを救うために出撃する。

第2期「ZERO BREAK篇」、最初の戦いです。

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第14話 声のない出撃

「七年も遅刻するなんて、聞いていない」

 

白銀の機体に乗る少女の声は、一度だけ届いた。

 

通信ではない。

 

共界門の骨組みを伝った振動が、アズールとフレアの操縦環を震わせ、言葉になったのだ。

 

それきり、少女は沈黙した。

 

アズールのAIも、フレアのAIも声を失ったままだった。

 

二機は動ける。

 

周囲も認識できる。

 

操縦者を守る判断も残っている。

 

ただ、七年間レンとアカリへ語りかけてきた声だけが消えている。

 

共界門の中央観測室で、白瀬ユナ(しらせ・ゆな)が大きな紙を掲げた。

 

御影トワ(みかげ・とわ)。十八歳。

 

XG-00緊急起動席登録者。

 

救難信号の発信者と推定。

 

敵味方、未確定。

 

青銀の完全人型機アズールの操縦席で、蒼羽レン(あおば・れん)はその名を読んだ。

 

「御影トワ」

 

紅界側の光学画面では、赤金の完全人型機フレアに乗る緋月アカリ(ひづき・あかり)も紙を見ている。

 

これで二人とも、少女の名を初めて知った。

 

ユナが紙を裏返す。

 

裏には別の文字があった。

 

焦がし糖菓子、五個補充。

 

レンが一度まばたきする。

 

観測室の隅で、カインが紙を奪い取った。

 

「今は読むな」

 

「俺は何も言っていない」

 

「顔が聞いていた」

 

ニルが新しい紙へ書く。

 

補充担当、カイン。

 

カインは反論しかけた。

 

しかし、その前に警報が鳴った。

 

笑える時間は、そこで終わった。

 

◇ 共界門・中央観測室

 

床に投影された二枚の市街地図へ、白い線が広がっていた。

 

左は蒼界。

 

右は紅界。

 

蒼界では、共同診療所の東半分が白く点滅している。

 

紅界では、避難橋の中央部分が半透明になっている。

 

御堂カナメ(みどう・かなめ)が全員へ告げた。

 

「先に、何が起きているかを整理する」

 

彼女は蒼界の地図を指す。

 

「起点管理核ゼロは、世界を七年前へ戻そうとしている。あの診療所は世界分裂後に建てられた。ゼロの記録には存在しない」

 

次に、紅界の地図を指した。

 

「避難橋も同じだ。白い線に覆われた場所は、分裂前の地形へ戻される」

 

レンが問う。

 

「建物の中にいる人は?」

 

「一緒には戻らない。足場だけが消える」

 

診療所なら、患者が床ごと落ちる。

 

橋なら、車両が川へ落ちる。

 

ゼロが人を直接攻撃していなくても、人は死ぬ。

 

カインが短く言った。

 

「敵が狙っているのは人間じゃない。人間が今いる場所だ」

 

二枚の地図に、白い人型が三つずつ現れた。

 

旧式の建設機械や保守装置が、白い装甲と黒い関節を持つ人型機へ組み替えられている。

 

顔の位置には、世界分裂の一秒前を指す時計盤。

 

起点兵(きてんへい)オルド。

 

ゼロの命令に従い、現在の街を分裂前の配置へ戻す無人作業機だ。

 

武器で人を撃ちはしない。

 

代わりに、建物や道路を消していく。

 

ユナが状況を書いた紙を、青と赤の光学窓へ見せる。

 

蒼界診療所。

 

患者二十四名、職員十一名。

 

完全消失まで、八分。

 

紅界避難橋。

 

乗客二十七名、運転員一名。

 

橋脚消失まで、六分。

 

「救助を最優先する」

 

カナメが命じた。

 

「レンは蒼界の診療所。アカリは紅界の避難橋へ向かえ」

 

「合体は?」

 

アカリは紅界側の管制員へ尋ねた。

 

同じ世界の通信は使える。

 

質問は管制員によって紙へ書かれ、光学窓越しに蒼界側へ伝えられた。

 

蒼界と紅界を直接結ぶ音声回線は、途絶えたままだ。

 

カナメは首を横へ振る。

 

「合体回線がゼロ波に封じられている。今回はアズールとフレアのまま出る」

 

信頼が壊れたわけではない。

 

二機を一つへ重ねるための道が、外から閉ざされている。

 

そして共界門は、人と小さな荷物しか通れない。

 

巨大な二機は門を越えず、それぞれがいる世界で戦うしかなかった。

 

レンはアズールの操縦環を握る。

 

アカリもフレアの操縦環へ両手を置いた。

 

AIの声は聞こえない。

 

それでも二機の胸部コアは回っている。

 

「行こう、アズール」

 

「行くわよ、フレア」

 

青銀と赤金の完全人型機が、別々の格納庫から同時に走り出した。

 

声のない出撃だった。

 

◇ 蒼界・第七共同診療所

 

アズールが診療所前へ着いた時、残り時間は六分二十秒だった。

 

三機のオルドが、建物の周囲へ白い杭を打ち込んでいる。

 

杭を結ぶ白線の内側から、診療所が少しずつ透けていた。

 

壁が壊れているのではない。

 

壁が存在しなかった七年前の空き地へ戻されている。

 

『患者は西口から搬送中! 東側階段は使用不能!』

 

蒼界救助隊の声が入る。

 

「アズールで建物を支える。全員を西へ!」

 

レンは機体を右へ向けようとした。

 

操縦環が、右手を強く押し返す。

 

アズールのAIが、反力で何かを伝えている。

 

「右へ行け、か?」

 

さらに右へ倒そうとすると、抵抗が強くなった。

 

直後、右側の外壁が白い光に包まれた。

 

その壁は横倒しになり、アズールの頭部すれすれを通過する。

 

地面へ落ちる前に、壁そのものが白い霧となって消えた。

 

レンはようやく理解する。

 

右へ進めではない。

 

右へ行くな、だった。

 

「分かったふりをした。悪い」

 

返事はない。

 

レンは操縦環を左へ数ミリ傾けた。

 

抵抗はない。

 

右へ戻す。

 

強い抵抗。

 

「左から回れ。これで合っているか?」

 

アズールの掌部コアが短く二回光った。

 

二回点滅は、二人とも無事。

 

前の戦いで生まれた合図だ。

 

今は、肯定の代わりにも使える。

 

「一度で全部分かったことにはしない。違ったら、また止めてくれ」

 

操縦環が一度震えた。

 

アズールは左側から診療所へ回り込み、両掌を外壁へ当てる。

 

青い位相格子が建物を包んだ。

 

格子は、物体を現在の座標へ固定するアズールの力だ。

 

だが、どこを強く支えればいいのか、AIの声による案内はない。

 

代わりに操縦環が細かく震えた。

 

右手側の振動が強くなる。

 

そこには、今にも折れそうな梁がある。

 

左手側では短い振動が続く。

 

その奥の部屋には、まだ患者が残っている。

 

アズールは振動の強さと方向で、危険な場所を伝えていた。

 

「俺が二点を決める。最後の一点は任せる」

 

レンが二本の柱を固定する。

 

三つ目の固定点を、アズールが自分で選んだ。

 

青い三角形が完成する。

 

完全な正三角形ではない。

 

患者のいる場所を避けた、わずかに歪んだ形だった。

 

無声固定(サイレント・ロック)

 

白い復元線が、青い三角形の内側で止まった。

 

診療所の消失も止まる。

 

『残り二十名!』

 

アズールの両脚が舗装へ沈んだ。

 

オルドが青い格子を解体しようと、背後から作業腕を伸ばす。

 

レンには振り向く余裕がない。

 

「背中は任せる」

 

アズールの左脚が、レンの入力より先に半歩動いた。

 

踵が瓦礫を蹴り上げる。

 

瓦礫はオルドの作業腕へ当たり、その軌道をそらした。

 

声はない。

 

だが、アズールは考え、レンを守っている。

 

『最後の患者、搬出完了! 職員も全員出ました!』

 

レンが固定を解除する。

 

診療所の東半分は、白い霧になって消えた。

 

建物は守れなかった。

 

しかし、患者二十四名と職員十一名は全員生きている。

 

幼い患者が担架の上から、アズールへ手を振った。

 

「ロボットさん、聞こえる?」

 

アズールの掌部コアが二回光る。

 

子供は意味を知らない。

 

それでも、笑ってもう一度手を振った。

 

蒼界の救助は成功した。

 

◇ 同時刻・紅界・第三避難橋

 

フレアが到着した時、橋脚消失まで三分四十二秒。

 

橋の中央には、二十八人を乗せた路線車両が止まっていた。

 

前方の道路は、すでに半分消えている。

 

三機のオルドが橋脚へ白い杭を打ち込み、橋を分裂前の川岸へ戻そうとしていた。

 

『後部扉が変形しています! 乗客は前方から避難中!』

 

紅界救助隊の声が入る。

 

「フレアが車両を支える! 歩ける人から対岸へ!」

 

フレアは車両を両腕で抱え、傾いた橋面を踏みしめた。

 

警告灯が、明るさを変えながら三回光る。

 

フレアのAIが使う新しい合図だった。

 

アカリは三番目の橋脚へ目を向ける。

 

「三番橋脚を止めるのね」

 

右拳の温度を上げた。

 

熱でオルドの杭を切断するつもりだった。

 

ところが、フレアの右手首が動かない。

 

AIが操縦を止めている。

 

「違う?」

 

三回点滅。

 

アカリは右拳の照準を消し、周囲を見直した。

 

白い霧の向こうに、小さな影が二つある。

 

車両から降りた兄妹が、救助隊とは反対側へ取り残されていた。

 

あのまま熱を放てば、二人を巻き込んでいた。

 

三回は、三番を示す数字ではない。

 

フレアが声を失う直前に送った三回点滅。

 

私は、ここにいる。

 

「命令じゃなかったのね」

 

アカリは右拳の熱を下げる。

 

「あなたはここにいる。だから、一人で決めるなってことね」

 

警告灯がゆっくり三回光った。

 

アカリは救助隊へ兄妹の位置を伝える。

 

二人が保護された直後、一本目の橋脚が消えた。

 

橋が大きく傾く。

 

『残り乗客、六名!』

 

フレアは車両を抱えたまま、右脚を残る橋脚へかけた。

 

赤い装甲が軋む。

 

二機のオルドが、フレアの足首へ白い帯を巻きつける。

 

橋が存在しなかった場所まで、機体を引きずり落とすつもりだ。

 

『最後の乗客、退避完了! 車内無人です!』

 

その瞬間、二本目の橋脚も消えた。

 

橋は完全に支えを失う。

 

人は降りた。

 

だが、落下する車両が対岸の救助隊へ直撃する。

 

アカリはフレアの推進器を最大にした。

 

「車両を抱えたまま、対岸へ跳ぶ」

 

安全に着地するには、空中で車両を水平に直す必要がある。

 

その操作中、アカリは両手を主操縦環から離さなければならない。

 

三秒間だけ、フレアの加速を自分で制御できなくなる。

 

「三秒だけ、あなたに預ける」

 

フレアの胸部コアが赤く輝いた。

 

フレアが跳ぶ。

 

一秒。

 

消える橋を離れる。

 

二秒。

 

アカリが操縦環から手を離し、車両を水平へ戻す。

 

操縦入力がなくても、フレアは加速を続けた。

 

三秒。

 

アカリの手が操縦環へ戻る。

 

「受け取った!」

 

フレアは対岸へ着地し、無人の車両を地面へ下ろした。

 

入力が途切れた後も、AIが預かった進路を走り切る。

 

それが新しい駆動法、残火駆動(アフター・ブレイズ)だった。

 

乗客二十七名と運転員一名。

 

全員の無事が確認された。

 

橋は消えた。

 

けれど、紅界の救助も成功した。

 

◇ 共界門・中央観測室

 

ユナは二つの救助記録を紙へ書き出した。

 

アズールは、レンの誤解を操縦環の反力で止めた。

 

フレアは、アカリの誤解を手首の固定で止めた。

 

どちらも、七年前の初期仕様にはない判断だった。

 

「AIそのものが消えたわけではありません」

 

ユナは結論を口にする。

 

「ゼロ波が消したのは、七年間で覚えた言葉を話す機能です。考える力と、自分で行動を選ぶ力は残っています」

 

ニルが紙へ一行を書いた。

 

声はない。

 

返事はある。

 

カインが頷く。

 

「なら、取り戻すものは声だけだ。二機の心は、まだそこにいる」

 

その時、二枚の市街地図が一つの白い円で結ばれた。

 

白銀の原型機が動き始めたのだ。

 

◇ 戦闘開始・蒼界と紅界の境界

 

蒼界の空が、白い線に沿って縦に裂けた。

 

同じ形の裂け目が、紅界にも開く。

 

裂け目の奥から、一機の人型機が降りてきた。

 

ズンッ!

 

白い両足が着地した瞬間、蒼界と紅界の地面が同時に揺れた。

 

青い街路では窓ガラスが鳴り、赤い川岸では水面が大きく波打つ。

 

白銀の外装。

 

装甲の隙間から見える黒い骨格。

 

額からまっすぐ伸びる、透明な一本角。

 

胸部では、色のない歯車型コアが回っている。

 

機体の背後には、翼の代わりに巨大な透明円環が浮かんでいた。

 

左右対称の両腕と両脚を備えた完全人型機。

 

XG-00、プロトタイプ・インフィナイト。

 

蒼界と紅界に一機ずつ現れたように見える。

 

だが、実際には一機しかいない。

 

白銀機は二世界の間に立ち、体の正面を蒼界へ、背中を紅界へ向けていた。

 

蒼界のアズールと、紅界のフレア。

 

二機は違う世界から、同じ敵を挟んでいる。

 

ユナが紙へ図を描いた。

 

青い部屋と赤い部屋。その間に一つの窓。

 

窓の中に白銀機がいる。

 

「二人が見ているのは、同じ一機です。どちらからの攻撃も本体へ届きます」

 

カインが拳を握る。

 

「つまり、正面はアズール、背中はフレアが殴れる。挟み撃ちにしろ」

 

白銀機の胸部に、機械的な文字が浮かんだ。

 

救助対象の退避を確認。

 

復元を妨げる二機を排除します。

 

透明円環から二本の光が走った。

 

一本が蒼界のアズールを囲む。

 

もう一本が紅界のフレアを囲む。

 

光の壁が完成し、二機の退路を塞いだ。

 

さらに地図へ、次の標的が表示される。

 

蒼界の学校。

 

紅界の給水施設。

 

どちらも分裂後に造られ、今も大勢が使っている。

 

白銀機を止めなければ、次の建物も消される。

 

レンは青い位相刃を抜いた。

 

アカリはフレアの右拳を赤熱させる。

 

二人の声は、まだ互いへ届かない。

 

透明円環の中には、相手の機体だけが見える。

 

アズールの掌部コアが二回点滅した。

 

二人とも無事。

 

フレアの警告灯が三回点滅する。

 

私は、ここにいる。

 

十分だった。

 

レンが右足のペダルを踏み込む。

 

「正面は任せろ!」

 

ドンッ!

 

アズールが青い噴射光を引き、白銀機の正面へ飛び込んだ。

 

下から斬り上げる。

 

白銀機は左腕を下げ、前腕装甲で青い刃を受け止めた。

 

ギィン!

 

火花が、蒼界の道路へ雨のように降る。

 

その衝撃で白銀機の上体が前へ傾いた。

 

背中が、紅界側のフレアにさらされる。

 

「今よ!」

 

フレアが地面を蹴った。

 

赤熱した拳が、白銀機の背中を狙う。

 

白銀機は振り向かない。

 

背後の透明円環だけが横へ滑り、盾のように拳を受けた。

 

ドォン!

 

赤い炎が円環いっぱいに広がる。

 

正面から押すアズール。

 

背後から殴るフレア。

 

二つの力に挟まれ、白銀機の足元が初めて沈んだ。

 

「押し切る!」

 

レンが出力を上げる。

 

アカリも拳の熱量を引き上げた。

 

青と赤のコアが、互いの機体を感知する。

 

二機の間に金色の光が走った。

 

合体が始まろうとしている。

 

だが、白銀機の透明円環が逆回転した。

 

バヂンッ!

 

太い線を引きちぎったような音が、二つの操縦席へ響く。

 

金色の光が消えた。

 

次の瞬間、見えない衝撃が二機を吹き飛ばす。

 

アズールは背中から道路へ落ち、三十メートル近く滑った。

 

フレアも川岸へ叩きつけられ、赤い土を巻き上げる。

 

操縦席が大きく揺れた。

 

レンの肩へ固定帯が食い込む。

 

アカリの視界では警告表示が激しく明滅した。

 

『合体信号が、発生した直後に消されました』

 

ユナの手書き表示が届く。

 

『二人の失敗ではありません。白銀機が合体経路を強制的に切っています』

 

ユナはこの妨害を、零位相遮断(フェイズ・ゼロ)と名づけた。

 

二人の心はつながっている。

 

それでも今は、インフィナイトになれない。

 

「合体できないなら、二機で倒す!」

 

アズールが片膝をついたまま右の掌を向ける。

 

青い光が三方向から伸び、白銀機の右足首を囲んだ。

 

レンが二つの固定点を選ぶ。

 

最後の一点は、声を失ったアズールのAIが選んだ。

 

無声固定(サイレント・ロック)!」

 

三本の青い鎖が白銀機の右脚へ巻きつく。

 

ガギン!

 

白銀機の動きが止まった。

 

アズールの掌部コアが二回光る。

 

その合図を、円環の向こうにいるフレアが見た。

 

アカリは一度だけ頷く。

 

「三秒、任せる!」

 

操縦環から両手を離した。

 

フレアのAIが加速を引き継ぐ。

 

残火駆動(アフター・ブレイズ)!」

 

一秒。

 

フレアが白銀機の右側へ回り込む。

 

二秒。

 

肩と肘の噴射器が点火し、赤い拳が炎に包まれる。

 

三秒。

 

フレアが全身をひねり、動けない白銀機の脇腹へ拳を放つ。

 

当たる。

 

レンもアカリも、そう思った。

 

白銀機の右脚が、青い鎖の中で数センチ沈んだ。

 

たった、それだけだった。

 

白銀機は三つの固定点の位置を見抜き、すべてを同時に外側へ押した。

 

三本の鎖が、一度に限界を超える。

 

バキン!

 

固定点が三つとも砕けた。

 

白銀機が自由になった。

 

上体を鋭くひねる。

 

フレアの拳が脇腹をかすめ、白銀の装甲を一枚だけ吹き飛ばした。

 

その先に、白銀機の右手が待っていた。

 

五本の指が、フレアの手首をつかむ。

 

「そんな……!」

 

白銀機はフレアの勢いを止めなかった。

 

つかんだ腕を軸にして、赤い巨体を頭上へ振り上げる。

 

次の瞬間、地面へ叩きつけた。

 

ズガァン!

 

紅界の川岸が陥没する。

 

衝撃波が水を巻き上げ、フレアの全身を泥と水滴が覆った。

 

操縦席のアカリが、激しい揺れに息を詰まらせる。

 

「動きを見てからじゃない……」

 

アカリは痛む肩を押さえ、白銀機を見上げた。

 

「私たちが動き始めた瞬間に、終わる場所まで読んでる」

 

ユナの解析が紙で届く。

 

『XG-00は、アズールとフレアの元になった機体です』

 

『二機の骨格と出力経路を、設計段階から知っています』

 

白銀機は新しい技を使ったのではない。

 

アズールの脚がどこを固定し、フレアの拳がどこへ届くのか。

 

機体の動きだけを見て、先回りしたのだ。

 

こちらは敵を知らない。

 

敵はこちらの体を、設計図から知っている。

 

それが、埋められない差になっていた。

 

白銀機が地面を蹴った。

 

速い。

 

白い姿が視界から消え、次の瞬間にはアズールの目の前にいる。

 

「来る!」

 

透明コアから一本の白い長槍が伸びた。

 

白銀機が上段から振り下ろす。

 

アズールは青い刃を横にして受けた。

 

ギャリィン!

 

金属音と火花が操縦席を包む。

 

レンの両腕が操縦環ごと押し下げられた。

 

白銀機は止まらない。

 

右から薙ぐ。

 

アズールが受ける。

 

下から突き上げる。

 

青い刃でそらす。

 

ギィン! ガンッ! ギャリィン!

 

三度の衝突が一息で続いた。

 

アズールは受けるたびに後退する。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩目で、踵が砕けた舗装へ沈んだ。

 

「このままじゃ押し切られる!」

 

円環の反対側で、フレアが立ち上がる。

 

右手首は動く。

 

右拳の熱も残っている。

 

アカリは白銀機がアズールだけを見ている隙を逃さなかった。

 

「フレア、低く!」

 

フレアが地面すれすれを走る。

 

白銀機の背後へ入り、右拳を振りかぶった。

 

その瞬間、白銀機の一本角が白く光る。

 

光が正面の青い刃へ触れた。

 

アズールの位相刃が、一瞬で消える。

 

壊されたのではない。

 

刃を出す前の格納状態へ戻されたのだ。

 

支えを失ったアズールが前へよろめく。

 

白銀機は体を半回転させ、その勢いのまま長槍の柄を背後へ突き出した。

 

ドゴッ!

 

柄がフレアの腹部へめり込む。

 

赤い巨体がくの字に折れ、地面を跳ねながら転がった。

 

さらに白い光がフレアの右拳へ走る。

 

燃え上がっていた拳が、出撃前の低温状態へ戻った。

 

敵は武器を壊していない。

 

武器を使う前の状態へ戻している。

 

「七年前だけが正しいっていうのか」

 

レンは消えた刃の再起動を試みる。

 

反応はない。

 

「俺たちが七年かけて覚えたことは、全部間違いだって?」

 

アズールの操縦環が、二度強く震えた。

 

違う。

 

否定の返事が、レンの両手へ伝わる。

 

フレアの警告灯も三回光った。

 

私は、ここにいる。

 

声はない。

 

それでも、二つのAIは戦う意志を失っていない。

 

「もう一度だ、アズール!」

 

レンは機体をあえて前へ倒した。

 

普通なら選ばない、転倒する動き。

 

白銀機の予測から外すためだ。

 

アズールは倒れながら左脚を振り、白銀機の足元を払う。

 

同時にフレアが、冷えた右拳ではなく左肩から突っ込んだ。

 

青い脚が正面から。

 

赤い肩が背後から。

 

白銀機の膝が、初めて大きく崩れる。

 

「届く!」

 

レンが叫ぶ。

 

アカリも左拳を胸部コアへ伸ばした。

 

あと一メートル。

 

あと五十センチ。

 

透明コアの向こうで、トワが顔を上げた。

 

琥珀色の瞳が、青と赤を順番に見る。

 

彼女の右手は操縦環へ固定されていた。

 

指先だけが、機体の動きと逆方向へ震えている。

 

白銀機が長槍を両手で握る。

 

全身と円環が、同時に鋭く一回転した。

 

長槍が横一文字に走る。

 

ガンッ!

 

最初の一撃が、アズールの左肩を直撃した。

 

青い装甲が砕け、左腕が力を失う。

 

ほとんど間を置かず、槍の反対側が紅界へ抜けた。

 

ギャリィン!

 

二撃目が、フレアの右膝を打ち砕く。

 

赤い脚が折れ、フレアは片膝から地面へ崩れた。

 

白銀機の円環から、二本の透明な杭が射出される。

 

一本は蒼界へ。

 

一本は紅界へ。

 

杭が二機の胸部へ一直線に落ちる。

 

レンもアカリも避けられない。

 

ドンッ!

 

二本の杭は、どちらも操縦席のすぐ脇へ突き刺さった。

 

アズールとフレアが地面へ縫い止められる。

 

胸部コアへの動力線だけが切断され、操縦席には傷一つない。

 

敵が狙いを外したとは考えにくい。

 

狙って、二人を生かした。

 

「トワ……お前が外したのか?」

 

レンが少女の名を呼ぶ。

 

答えはない。

 

トワは倒れた二機ではなく、蒼界で運び出された患者たちを見た。

 

続いて、紅界の対岸へ逃げた乗客たちを見る。

 

一人も欠けていないことを確かめるように。

 

白銀機の透明コアへ、戦闘結果が表示された。

 

蒼界救助対象、三十五名。全員生存。

 

紅界救助対象、二十八名。全員生存。

 

アズール、戦闘継続不能。

 

フレア、戦闘継続不能。

 

人を救うことには成功した。

 

白銀機を止めることには、完全に失敗した。

 

白銀機が倒れた二機へ近づく。

 

レンの胸元で、青い半歯車のペンダントが浮いた。

 

アカリの胸元でも、赤い半歯車が引かれている。

 

一つだった世界が分裂した夜から、二人が持ち続けてきた証。

 

透明コアへ新しい文字が現れる。

 

起点鍵候補を確認。

 

青片、一。

 

赤片、一。

 

優先回収対象を更新。

 

白銀機の右手が、二つの世界で同時にペンダントへ伸びる。

 

プロトタイプ・インフィナイトが次に奪おうとしているもの。

 

それは二人の命ではなかった。

 

七年を生きた二人が、最初の日から守り続けてきた証だった。

 

【御影トワ】

 

白銀の原型機XG-00に搭乗する十八歳の少女。七年前の救難信号を送った人物と推定される。右手を操縦環へ固定され、プロトタイプを自由に止められない状態にある。

 

【起点管理核ゼロ】

 

世界分裂直前の状態だけを正常と判断し、現在の二世界を七年前の配置へ戻そうとする管理システム。人を直接攻撃しなくても、現在の建物や道路を消すことで命を危険にさらす。

 

【起点兵オルド】

 

建設機械や保守装置を組み替えた白い人型作業機。ゼロの命令に従い、分裂後に造られた施設を分裂前の地形へ戻す。

 

【プロトタイプ・インフィナイト】

 

白銀の外装、黒い内部骨格、透明な歯車型コアを持つ完全人型機。起点境界にいる一機が、蒼界と紅界へ同時に干渉する。アズールとフレアの原型設計を知っている。

 

【無声固定〈サイレント・ロック〉】

 

レンが二つの固定点を選び、アズールのAIが最後の一点を選ぶ固定法。言葉がなくても、互いの判断を重ねることで成立する。

 

【残火駆動〈アフター・ブレイズ〉】

 

アカリが操縦を手放した後、フレアのAIが三秒間だけ加速を引き継ぐ駆動法。人とAIが制御を預け合うことで成立する。

 

【零位相遮断〈フェイズ・ゼロ〉】

 

アズールとフレアを結ぶ合体経路を消す現象。二人の信頼や同期が崩れたのではなく、合体機構そのものが外部から遮断されている。

 

【起点鍵候補】

 

プロトタイプが、レンとアカリの半歯車ペンダントへ付けた識別名。なぜゼロが二つのペンダントを必要としているのかは、まだ判明していない。




お読みいただき、ありがとうございます。

第14話では、ゼロが何を戻そうとしているのか、アズールとフレアがなぜ別々に出撃するのか、二世界に見える白銀機がなぜ一機なのかを、作中の登場人物と一緒に確認できる構成にしました。

声がなくても、アズールとフレアのAIは消えていません。

蒼界三十五名、紅界二十八名の救助には成功しましたが、原型設計を知るプロトタイプとの初戦には敗北しました。

アズールの二回点滅と、フレアの三回点滅。どちらの「声のない返事」が印象に残ったでしょうか。

次回、第15話「白銀の原型機」。

狙われた二つのペンダントと、トワが操縦席を外して攻撃した理由へ踏み込みます。
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