旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
「照合、一件」
観測室。白瀬ユナの指が、端末の上で止まった。
画面には、白銀の機体の胸部が拡大されている。透明な歯車越しに、操縦席が見えていた。
灰褐色の短い髪。前髪の一房だけが、焼けたように白い。琥珀色の瞳。
「蒼界の旧行政庫に、分裂前の人員名簿が一部だけ残っていました」
「インフィニティ・ギア、安全試験班。候補操縦者――」
ユナは、そこで一度、息を吸った。
「……当時?」
「名簿の更新は、そこで止まっています」
「七年前に行方不明。五年前に、死亡認定」
「ただし」
ユナは、いつも通りにそこを言い切った。
「あの映像の彼女は、十八歳のままです」
「七年経って、一日も年を取っていません」
観測室が、静まり返った。
「……死んでる人が、あたしたちを怒鳴ったってこと?」
「記録上は、そうなります」
蒼羽レンは、拳を握っていた。
七年前に止まった人間が、七年遅刻したと怒鳴る。
――怒鳴れるということは、待っていたということだ。
「待たせたのか。俺たちが」
「まだ分からない」
御堂カナメが、短く切った。
「持ち帰るまで、真実と決めつけるな」
卓の隅で、紙包みの開く音がした。
カインが、焦がし砂糖の飴を一つ、口へ放り込んでいる。
「二機のAIの声が消えたのだろう」
「そうだよ。何、今それ言う?」
「補充がいる」
黒い識別帯の少年は、紙包みを卓の中央へ滑らせた。
「声の代わりに積んでおけ」
「甘いものを噛むと、人間は喋りたくなるらしい」
「……あんたさ」
「それ、慰めてる?」
「補給だ」
「絶対慰めてるでしょ今の」
「補給だ」
レンは、思わず笑った。
昨日、共界門を通ったときは二十三個だった飴が、今日は十九個になっている。
誰も、そこには触れなかった。
――触れる時間が、そこで終わった。
観測室の全画面に、同じ文字が浮かんだ。
誰の入力でもなく。旧式の書体で。
「――街が、動いています」
ユナの声が裏返った。
外部映像が切り替わる。蒼界第七区。
昨日まで診療所が建っていた場所で、地面そのものが盛り上がっていた。
舗装が剥がれ、七年前の道路の形へ戻っていく。
その上に立っているのは、白い装甲に黒い関節を持つ、細長い人型だった。
顔がない。顔の位置には、円形の表示だけがある。
「……自分から名乗ったのか?」
「管理系だ」
カナメの声は、冷えていた。
「工事の記録を残すのは、当然だろう」
「――こちらの街を、更地として」
「状況を整理します。三分で終わらせます」
カナメが、卓上の地図を叩いた。
「オルドは人を狙いません。建物と道路を、七年前の配置へ戻すだけです」
「戻す先に人がいても、止まりません」
「目標は二つ」
「診療所は七年前に存在しません。完全除去まで、八分」
「大鉄橋は七年前、橋脚が二本でした。現在は六本。四本が撤去対象です」
「完全除去まで、六分」
「橋の上に、通学バスが一台。乗員二十八名」
「……八分と六分」
アカリの声が、低くなった。
「両方行くには、足りないね」
「はい」
「ですから、別々に出ます」
空気が、止まった。
「待ってくれ」
「合体は」
「不可能です」
ユナが、端末を見たまま答えた。
「フェイズ・ドッキングの承認手順は、二機の通信層を経由します」
「その通信層が、ゼロ波で七年前の規格へ戻されました」
「今のアズールとフレアは、
「ただし――お二人の問題ではありません」
「手続きのほうが、消えているんです」
レンは、何も言えなかった。
終界の空で、二人はようやく一つになれた。
世界が割れた日から、そこへ辿り着くまでに七年かかった。
それが、手続きが存在しないという、それだけの理由で消えている。
「行けるのは俺だが」
カインが壁から背を離した。
「零座標の亀裂は、開いた先で通信層を使う」
「今開けば、俺だけ七年前へ置いてくることになる」
「……座ってて」
「そのつもりだ」
言葉とは裏腹に、カインは座らなかった。
立ったまま、両方の映像を睨んでいた。
「……レン」
赤い髪の少女が、彼を見ていた。
「言っとくけど、あたし泣かないから」
「泣いてないだろ」
「あんたが泣きそうだから先に言っただけ」
「……埋まってただけだ」
「足が、でしょ。もういい」
アカリは、レンの胸元を指差した。
服の下にある、半分だけの歯車を。
「半分ずつ持ってるんだから」
「別々に行っても、
レンは、その言葉を数秒、噛み締めた。
「……ああ」
「行くぞ」
カナメが、二人の背中へ言った。
「三十五人と、二十八人だ」
「数えて帰ってこい」
射出口に、二機が並んだ。
青銀の蒼界機アズール。
赤金の紅界機フレア。
いつもなら、ここで二つの声がする。機体状態の読み上げ、経路の確認、そしてアカリが「うるさい」と言い、フレアが返す、あの短いやり取り。
今日は、冷却器の音しかしない。
「……アズール」
返事はない。
代わりに、操縦席の右下へ文字が浮かんだ。
「そうか」
「怖いか」
文字が、一度消えた。
そして、また浮かんだ。
レンは、笑おうとして、顔が歪んだ。
「保留でいい」
「俺も保留だ」
掌部の青いコアが、二度、瞬いた。
診療所は、既に傾いていた。
基礎の下から地面が持ち上がり、七年前の道路へ戻ろうとしている。
壊されていない。押し出されている。
「まだ中に人がいる!」
レンは機体を滑り込ませ、左手で建物の側面を支えた。
その瞬間、操縦桿が右へ震えた。
「右か!」
反射だった。
機体が右へ振れる。
――そして、右足の真下に、担架があった。
白衣の救助員が二人。乗せられた患者が一人。
巨大な足が、その上へ落ちていく。
膝を抜いた。
装甲が、舗装を削って止まった。
担架の縁から、十センチもなかった。
「っ……は、」
呼吸が、できなかった。
操縦桿は、まだ右へ震え続けている。
「……違う」
彼は、目を閉じた。
初めてこの操縦席に座った日から、今日まで。
声があった頃、アズールは何と言っていた。
――『レン。右方、注意』。
注意しろ、だ。行け、ではない。
「……そうか」
「右へ震えたら、右へ
操縦桿の震えが、二度、短く区切れた。
――二回。
「了解、だな」
レンは、そこでようやく、まともに息を吸った。
「悪い。何十回も一緒に出てきて、まだ翻訳が下手だ」
震えが、一度だけ、長く返ってきた。
意味は分からない。
分からなくても、腹は立たなかった。
診療所を止めるには、支持点が三つ要る。
建物の重心。押し上げてくる地面の角度。そして、脱出経路を潰さない位置。
レンは、二つまで決められた。
三つ目が、どうしても決まらない。
どこを支えても、担架の通る廊下が塞がる。
「……アズール」
「俺は二つしか出せない」
「三つ目、お前が決めろ」
文字は、浮かばなかった。
代わりに、機体が動いた。
左膝が、建物の角ではなく――地面そのものへ、深く突き立つ。
建物を支えるのではない。
「……そっちか!」
診療所は、傾いたまま止まった。
廊下は、一本も塞がっていない。
『救助班、進入。担架回せ!』
白衣が、次々と走り出す。
レンは動かずに支え続けた。
腕が震える。
その震えに、操縦桿から返る別の震えが重なった。
二つの震えが同じ周期になったとき、彼はそれが何なのか分かった。
アズールも、踏ん張っている。
言葉がないだけで、隣にいる。
『全員、出ました!』
『入院患者二十四名、職員十一名。負傷者なし!』
「……三十五」
数えて帰ってこい、と言われた数字だった。
膝を抜いた瞬間、操縦席に文字が浮かんだ。
そこで、文字が止まった。
名前の欄が、空白のまま点滅している。
――いつもなら、ここはアズールが埋めていた。
『登録名、アイオン・ロック』。そう言ってから、レンが復唱する。初陣から一度も変わらなかった順番だ。
今日は、逆だ。
「……俺が決めていいのか」
空白が、二度、点滅した。
「無声固定」
「声が戻ったら文句言えよ。ダサい名前だって」
文字が、また変わった。
「なんだ」
レンの指が、操縦桿の上で止まった。
――こいつは、いつもこうだ。
誰も聞かないことを、真正面から聞く。声があった頃から、ずっと。
「……怖かった」
「足を下ろした時、担架が見えた」
「あと一秒遅かったら、俺が三人殺してた」
文字が、消えた。
しばらく、何も浮かばなかった。
そして。
レンは、天井を仰いだ。
声がないほうが、こたえる。
「……先に言えよ、そういうことは」
掌部の青いコアが、二度、瞬いた。
橋は、既に二本目の橋脚を失っていた。
白い起点兵が根元へ手を当てるだけで、コンクリートが七年前の空白へ戻っていく。
壊しているのではない。
橋の中央では、通学バスが立ち往生していた。
「二十八人、全員降ろす!」
緋月アカリがフレアを橋のたもとへ着地させた瞬間、機体の警告灯が炸裂した。
「まっぶし!!」
三回。
消えて、また三回。
消えて、また三回。
「うるさ……いや声出てないけど、うるさい!」
三回。
「あんた声の代わりに眩しさで殴ってきてるでしょ!」
三回。
しつこいほど、明るく。
アカリは舌打ちをして――そこで、気づいた。
「……そっか」
「あんた、何か伝えたいんじゃないんだ」
「
警告灯が、また三回。
今度は、少しだけ優しい明るさで。
「分かったから。行くよ」
三本目の橋脚が消えた。
橋桁が傾く。バスが、ゆっくりと滑り始めた。
「間に合わない!」
アカリは即断した。
残り三本のうち、手前の一本を自分で撃ち抜く。
橋は逆方向へ傾き、バスは起点兵のいない側へ落ちる。落ちた先は川の浅瀬。二十八人なら助かる。
「フレア、右腕、熱量最大!」
警告灯が、三回。
「うん、いるのは分かってる!」
引き金へ、指をかけた。
――その瞬間。
「な……っ!?」
フレアが、自分の右手首を、自分の左手で掴んでいた。
操縦環ごと、アカリの腕が固定される。
「離して! 時間ないの!」
警告灯が、三回。
また、三回。
「だから分かってるって言ってるでしょ!」
三回。
三回。
三回。
アカリは怒鳴りかけて――やめた。
そして、狙っていた橋脚の下を見た。
――川の浅瀬に、小さな影が四つ。
増水した川から避難してきた、近隣の子供たちだった。
橋脚を撃ち抜けば、その真上に橋桁が落ちる。
「…………」
手から、力が抜けた。
「あ」
「あたし、今」
息が、うまく吸えない。
「二十八人助けるために、四人殺すところだった」
警告灯は、もう点滅していなかった。
ただ、右手首を掴む力だけが、弱まらずに残っている。
「……フレア」
「三回って、『ここにいる』でしょ」
「――違うね」
「『ここを見ろ』でもあったんだ」
拘束が、ゆっくりと解けた。
警告灯が、三回、瞬く。
「……慰めなくていい」
三回。
「慰めなくていいって言ってんの!」
三回。
「……っ、あんたそういうとこ!」
答えは返ってこない。
返ってこないのに、アカリには聞こえた気がした。
――育成方針の影響と、推定します。
「うるさい!!」
涙を袖で乱暴に拭って、操縦環を握り直した。
「やり直す」
「橋は落とさない。バスを、こっちへ引き上げる」
問題は、時間だった。
バスを掴むには、橋桁の下へ潜り込む必要がある。
掴んだ後、姿勢を入れ替えなければバスは横転する。
姿勢を入れ替える三秒間、アカリは操縦環から手を離さなければならない。
手を離せば、加速は止まる。
止まれば、落ちる。
「……フレア」
「三秒だけ、あたしの代わりに踏んでて」
警告灯が、三回。
「行くよ!」
フレアが、赤金の尾を引いて跳んだ。
橋桁の下を滑り抜け、バスの車体を両腕で受ける。
――そして、アカリが手を離した。
操縦環が、空を切る。
加速は、止まらなかった。
直前に預けられた分の推力が、そのまま生き続けている。
声もなく、指示もなく、命令もなく。
ただ、直前の意志だけで、機体が走った。
三秒後、アカリが操縦環を掴み直したとき。
バスは、既に橋のたもとへ降りていた。
『乗員、全員無事。二十八名、確認!』
アカリは操縦席で仰け反り、天井へ向かって叫んだ。
「フレア! 今の、名前つけるから!」
「残火駆動」
「火が消えても、
「あんたみたいでしょ」
警告灯が、三回。
やたらと、明るかった。
「……眩しいってば」
『両世界、待避完了! 診療所三十五名、大鉄橋二十八名!』
ユナの声が弾んだ。
が、次の瞬間、凍った。
『……待って』
『オルド三機、活動停止――違う』
『
「誰の命令で」
『分かりません。ただ、三機とも同じ方角を向いて下がりました』
空が、白くなった。
蒼界の空も。
紅界の空も。
同時に。
『同一機体が、両方の世界の観測に出ています!』
『どちらかが虚像じゃない――
「両方の下にいるからだ」
カナメが、低く言った。
「起点層は、世界が割れる前の一つの層だ」
白銀の装甲。黒い内部骨格。透明な歯車型の胸部コア。
額の、一本の透明な直線角。
背に翼はなく、円環状の巨大な位相調整器が一基。
青も、赤も、一切使われていない。
カインの目が、細くなった。
「……あの角」
「出力の立ち上がりが、ヴァイスと同じ系統だ」
「はあ!?」
「零位相の組み方は、指紋みたいなものだ」
「俺のと、同じ手が書いている」
黒い識別帯の少年は、そこで一度だけ言葉を切った。
「……気分は最悪だ」
最初の一合で、レンは理解した。
――読まれている。
「なんで先回りされる!」
青い位相刃を抜く。
抜き切る前に、白銀の槍がその軌道上で待っていた。
アカリも同じだった。
「避けるの早すぎ!」
拳を叩き込む。
当たらない。
当たらないのではなく、
『分析、出ました』
ユナの声が震えた。
『敵機は、アズールとフレアの関節可動域と出力立ち上がり時間を把握しています』
『当然です。あの二機の
「設計図を持ってる相手と、殴り合ってるのか」
それでも、一度だけ機会が来た。
白銀の機体が起点層を開いた瞬間、分裂前の共通規格が露出した。
その一瞬だけ、アズールとフレアの位相が、同じ土台の上に立つ。
『通信層が繋がります! 今なら承認手順が通る!』
「アカリ!」
「分かってる!」
青銀と赤金が、空で交差した。
距離が縮む。
掌部のコアが、互いへ向かって光を伸ばす。
青が、二回。
赤が、三回。
――届く。
届いた、と思った。
その間へ、白銀の腕が差し込まれた。
音もなく、光が切れた。
二機の間にあった位相差が、強制的に零へ均される。
青銀と赤金は弾かれるように離れ――
「っ……!」
「なんで! 今、届いてた!」
『違います!』
ユナが、叫んだ。
『失敗したんじゃありません』
『――
レンは歯を食いしばった。
届かなかったのではない。
届いたものを、外から断たれた。
それは、まったく違う痛みだった。
そこからは、一方的だった。
位相刃を展開する。
白銀の槍が、刃の腹を撫でた。
それだけで、刃は――展開前の、収納された状態へ戻った。
「刃が、
アカリが両拳を限界まで加熱して突っ込む。
槍の先端が、拳に触れる。
熱が、消えた。加熱する前の常温へ。
「あっつくない! なんで!」
『敵機が、自分で技名を出しました』
『触れた対象を、登録時の状態へ戻す』
『攻撃そのものを、「やる前」に戻されています!』
「……最悪だ」
レンは、掠れた声で笑った。
「振りかぶった時点で、負けてるのか」
観測室で、ニルが記録装置を持ち上げた。
誰も見ていない数値の列を、じっと見ている。
「ユナさん」「攻撃角度が、毎回ずれています」
「どの程度」
「〇・一度」「命中には影響していません」
「機体の個体差でしょうね。旧式ですし」
「……はい」
ニルは頷いた。
頷いてから、記録装置を下ろした。
そして、腰の袋から紙と鉛筆を取り出す。
意味の分からないものを、意味の分からないまま、一列ずつ書き写していく。
「意味は」「分かりません」
「ですから」「記録前として、預かります」
決着は、静かだった。
白銀の機体が、両手を開いた。
背の円環が回り、二本の透明な杭が撃ち出される。
一本は、蒼界の空へ。
一本は、紅界の空へ。
杭は寸分違わず二機の胸部装甲を貫き、そのまま大地へ縫い止めた。
「ぐ、あ……っ!」
「動け……動きなさいよ!」
二機とも、指一本動かせない。
レンは朦朧とする視界で、貫通点を見た。
――そして、息を呑んだ。
杭は、操縦席の
装甲の厚い場所でもない。急所でもない。
操縦者を絶対に傷つけない位置を、選んで貫かれている。
「……殺せたはずだ」
「なんで、殺さない」
白銀の機体が、降りてきた。
二つの世界の、両方で。
槍の先端が、レンの胸の前で止まる。
アカリの胸の前でも、同じ位置で止まった。
狙われていたのは、機体ではない。
――服の下の、半分だけの歯車。
「……これが」
「ペンダント?」
白銀の機体の、顔面の黒い円形表示に、文字が流れた。
「鍵……?」
「これが、何の鍵だってんだ」
答えはなかった。
槍が、伸びる。
あと数センチで、鎖に届く。
――その時。
レンは、透明な胸部コアの奥を見た。
操縦席。
右手を操縦環へ固定されたままの、灰褐色の髪の少女。
彼女の
引いている。
自分の機体を、後ろへ。
その手が、震えていた。
力を入れすぎて震えているのではない。
琥珀色の瞳が、大きく見開かれている。
怒りでも、勝利でもない。
レンが七年間、鏡の中で何度も見た顔だった。
――間に合わなかった人間の、顔だ。
「……あんた」
「何を、助けようとしてる」
彼女の唇が動いた。
そこまでは、届いた。
続きは、届かなかった。
白銀の機体は槍を引き抜き、二つの世界の空から、同時に消えた。
救助、成功。
戦闘、完全敗北。
診療所、三十五名。
大鉄橋、二十八名。
合計、六十三名。
失われたもの、なし。
ただ、二機の胸に、貫通痕が残った。
操縦席の、すぐ横に。
格納庫。
「……おい、これ」
真壁ゲンゴが、アズールの胸の穴を覗き込んでいた。
通信の向こうで、九条マオも同じ姿勢をしている。
「マオ。そっちも同じ位置か」
「同じ。ミリ単位で同じよ」
「……偶然じゃねえな」
「偶然だったら、今頃この子たち死んでる」
ゲンゴは、油の染みた手で顔をこすった。
「言っとくが、この穴は塞げる」
「塞ぐわ。明日の朝までに」
「――塞いだら、この位置は誰も覚えてねえぞ」
マオが、黙った。
「記録、残しておきます」
ニルが、そう言った。
「今度は、装置のほうへ」
夜。
レンはアズールの掌に腰を下ろしていた。
声はまだ、戻っていない。
カインの飴を一つ、口へ放り込む。
焦がし砂糖の味が、舌の上で潰れた。
――甘いものを噛むと、人間は喋りたくなるらしい。
「……アズール」
「今日、三十五人助けた」
「で、負けた」
「両方、本当だ」
掌部の青いコアが、二度、瞬いた。
「うん。了解、な」
通信は死んでいる。アカリの声は届かない。
それでも、レンは共界門の方角を見た。
白い廊下の向こう、紅界の空の下。
同じ時刻に、赤金の機体の警告灯が三回だけ強く瞬いたことを――
彼は、知らなかった。
知らないまま、そちらへ二度だけ光を返した。
声を失ったまま、別々に出撃する回でした。
二人がようやく辿り着いた「一つになる」という答えが、今回は手続きが存在しないという理由だけで封じられます。不信でも、実力不足でもない。だからレンもアカリも自分を責められない。責められないまま、別々の空へ出るしかない。ここが第2期前半のいちばん苦しいところです。
レンの学習は「右へ震えたら、右へ行くな」。アカリの学習は「三回点滅は『ここにいる』であり『ここを見ろ』でもある」。二人とも、相棒の信号を命令として読んで、一度ずつ失敗しています。レンは担架の上へ足を下ろしかけ、アカリは二十八人を助けるために四人を殺しかけました。フレアが手首を掴んだのは制止ではなく、彼女が後で自分を許せなくなるのを止めたからです。
そして技名。これまでは必ずAIが先に『登録名、◯◯』と言い、操縦者が復唱していました。今回は逆です。AIが名前の欄を空白のまま点滅させ、人間が埋める。前話でアズールが言った「意味は、後であなたがたが決めてください」が、ここに繋がります。
いちばん書きたかったのは、アズールの「あなたは、怖かったですか」でした。誰も聞かないことを正面から聞くのは、声があった頃からのこの子の癖です。声がなくなっても、癖は残る。返ってきた「当機も、怖かったです」は、字だから余計にこたえます。
杭が操縦席の真横を通っていたこと。槍が最後に止まったこと。トワの左手が震えていたこと。攻撃角度の〇・一度のずれ。この四つは、すべて同じ理由から出ています。次回で明かします。ニルが意味も分からないまま書き写した紙が、そこで効きます。
よければ、ひとつだけ教えてください。
より刺さったのは、アズールの二回点滅でしたか。それとも、フレアの三回点滅でしたか。
次回、第15話「白銀の原型機」。プロトタイプがアズールとフレアの能力を模倣し、トワが二つのペンダントを「起点鍵」と呼びます。