旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

17 / 31


 アズールとフレアの声は、まだ戻りません。

 それどころか、残っていた文字表示まで削られはじめます。

 そして白銀の原型機は、二機の技をそ(・)の(・)ま(・)ま(・)使(・)っ(・)て(・)きます。

【挿絵表示】




第15話 白銀の原型機

第四篇「ZERO BREAK篇」

第15話 白銀の原型機

 

 

 

「返事はない。

 

 だが、聞いてはいる」

 

◇

 

 二日後。蒼界側格納庫。

 

「――よし、そこだ。もうちょい右に傾けろ」

 

 真壁ゲンゴが、アズールの胸へ向かって話しかけていた。

 

 返事はない。

 

 当然だ。この機体は二日前から一言も喋っていない。

 

「聞こえてんだろ。傾けろ」

 

 青銀の巨体が、ほんのわずかに右へ傾いた。

 

「よし」

 

 蒼羽レンは、作業台の上からそれを見ていた。

 

「……ゲンゴさん」

 

「なんだ」

 

「今の、たぶん自重で動いただけです」

 

「うるせえ」

 

 ゲンゴは振り向きもしなかった。

 

「返事がねえのと、聞いてねえのは別だ」

 

「三十年整備やってりゃ分かる。喋らねえ機械ほど、こっちの手元をよく見てる」

 

 通信の向こうで、九条マオが鼻を鳴らした。

 

「ゲンゴ。あんた紅界でも同じこと言ってたわよ。フレアの前で三十分」

 

「言ったな」

 

「返事は」

 

「傾いた」

 

「傾くわよ、あれは脚を組み替えてただけ」

 

 二人が同時に工具を回し始める。

 

 貫通痕――操縦席の真横を抜けた、透明な杭の跡。

 

 塞ぐ作業は、昨日の夜に終わっていた。

 

「レン」

 

 ゲンゴが、はじめてこちらを見た。

 

「穴は消えた。位置は消してねえ」

 

「図面に、赤で入れといた」

 

「……ありがとうございます」

 

「礼はいらねえ。次に同じ位置を狙われたとき、何が起きるか分かってりゃいい」

 

◇

 

 旗艦ノア・ギア、作戦室。

 

「先に、面倒な話を済ませます」

 

 御堂カナメが、一枚の文書を卓へ置いた。

 

「紅界政府から、緋月アカリ操縦者宛の通達です」

 

「……なにこれ」

 

「高危険度任務からの、段階的除外」

 

 空気が止まった。

 

「除外?」

 

「理由は三つ。象徴としての損耗回避。世論の安定。そして――あなたの身の安全」

 

「善意ってこと?」

 

「悪意なら、突き返して終わりです」

 

 カナメは、視線を外さなかった。

 

「善意だから、面倒なんです」

 

 アカリは文書を手に取り、上から下まで読んだ。

 

 破らなかった。丸めもしなかった。

 

 ただ、卓の上へ静かに戻した。

 

「……分かりました」

 

「今日は出ます。話は帰ってから」

 

「ちゃんと、席で。突き返すんじゃなくて」

 

 レンは、その横顔を見ていた。

 

 七年前、瓦礫の前で泣き叫んでいた少女が、いま紙一枚を怒鳴らずに置いている。

 

 それが、どれだけ力の要ることか。

 

◇

 

「――カナメさん。ちょっと来てください」

 

 白瀬ユナが、端末から顔を上げずに言った。

 

 彼女の手元には、端末ではなく紙が広がっている。

 

 鉛筆で書かれた、細かい数字の列。その隣に、付箋。

 

「ユナ。この付箋は」

 

「はい」

 

「『ねぎ 二』と書いてありますが」

 

「買います」

 

 カナメの眉が、わずかに動いた。

 

「作戦記録の上に」

 

「紙が一枚しかなかったんです」

 

 ユナは、まったく悪びれなかった。

 

「それと、電子に残したくないので」

 

「……電子に?」

 

「ゼロ波は、機器の記録を起点規格へ戻します」

 

「つまり、こちらが電子で残した推論は、向こうから読める可能性があります」

 

「手書きなら読めません。紙は、七年前にもありましたから」

 

 ユナは、そこで一度だけ息を吐いた。

 

「ただし――私は完全なデータがないと落ち着かない人間です」

 

「今、人生でいちばん気持ち悪い作業をしています」

 

「それ本音でしょ」

 

「本音です」

 

◇

 

「――で、何が出たんですか」

 

 ユナは、紙の一点を指した。

 

「二日前の戦闘。敵機の攻撃角度に、〇・一度単位のずれが出ていました」

 

「うちの解析系は、これを個体差として丸めました。旧式機なので当然です」

 

「ですが、丸めた時点で並(・)び(・)順(・)が(・)消(・)え(・)ま(・)す(・)」

 

 カナメが、顔を上げた。

 

「並び順」

 

「はい。装置は数値を集計します。人間の手は、起きた順番に書きます」

 

 ユナは、隣の紙を引き寄せた。

 

 鉛筆の、震えた筆跡。

 

「これは、ニルさんが書き写したものです」

 

「意味が分からないまま、順番だけ残してくれました」

 

 観測室の隅で、白い髪の少女が、少しだけ背筋を伸ばした。

 

「意味は」「今も、分かりません」

 

「分からないまま残したから、意味が出たんです」

 

 ユナは紙を裏返し、鉛筆で丸を打った。

 

「ずれの回数を、途切れるまで数えます」

 

「三回。一回。二回」

 

「そしてまた、三回。一回。二回」

 

「四十回以上、同じ順番で繰り返されています」

 

「……三、一、二」

 

「偶然では出ません」

 

「機体の個体差なら、順番は崩れます」

 

「じゃあ、なに。あの人、戦いながら数を数えてたってこと?」

 

「そうなります」

 

 ユナは、鉛筆を置いた。

 

「はっきり言います。これは機械の誤差ではありません」

 

「機械の誤差は、意味を持たないから誤差なんです」

 

「一定の順番を守って四十七回繰り返すものは、誤差とは呼びません」

 

「――操縦席の人間が、外へ向けて手を挙げています」

 

「ただし、三百十二が何の数かは分かりません」

 

「距離でも、座標でも、時刻でもありません」

 

「照合できるものが、この世界に一つもないんです」

 

◇

 

『――警報。共界門上空、位相異常』

 

『大気中の位相差が、両世界で同時に零へ向かっています』

 

 カナメが、立ち上がった。

 

「来ます」

 

「レン、アカリ、カイン。出てください」

 

「ユナ。その紙は持っていって」

 

「持てません、これ動かすと順番が」

 

「写して。手で」

 

「はい」

 

◇

 

 射出口。

 

「……アズール」

 

 操縦席の右下へ、文字が浮かんだ。

 

『機体状』

 

 そこで、途切れた。

 

「……アズール?」

 

 文字が消え、また浮かぶ。

 

『正常』

 

 二文字だった。

 

 二日前は、一文で返ってきた。

 

「……短くなってるな」

 

『はい』

 

「進んでるのか。ゼロ波が」

 

「無理に喋らなくていい。減るなら、取っとけ」

 

 文字は、しばらく浮かばなかった。

 

 そして、一文字だけ出た。

 

『嫌』

 

 レンは、天井を仰いだ。

 

「……お前な」

 

 掌部の青いコアが、二度、瞬いた。

 

◇

 

 紅界側でも、同じことが起きていた。

 

「フレア、文字」

 

 ――出ない。

 

 代わりに、警告灯が三回。

 

「……そっちはもう、字も無理か」

 

 三回。

 

「分かった。あんたは光で喋る係ね」

 

 三回。やたらと明るく。

 

「眩しいのは分かったって!」

 

◇

 

 空が、白くなった。

 

 蒼界と紅界、両方で同時に。

 

 白銀の装甲。黒い内部骨格。透明な歯車型の胸部コア。

 

 額の、一本の透明な直線角。

 

 背の、円環状の位相調整器。

 

 XG-00 プロトタイプ・インフィナイト。

 

 今度は、遠景ではなかった。

 

 手を伸ばせば届く距離に、それは降りてきた。

 

『機体実在を確認』

 

 ユナの声が、震えながらも正確だった。

 

『投影でも虚像でもありません。質量、装甲、駆動音、すべて実測できています』

 

『七年前に未完成とされた試験機が、完成状態で存在しています』

 

◇

 

 最初に動いたのは、レンだった。

 

「アズール、位相固定!」

 

 青銀の掌が開き、空間の一点を掴む。

 

 アイオン・ロック。

 

 白銀の機体が、その場へ縫い止められる――はずだった。

 

 止まらない。

 

 それどころか。

 

オリジン・トレース

 

 白銀の掌が開いた。

 

 同じ形。同じ角度。同じ間合い。

 

 アイオン・ロック。

 

「な――」

 

 青銀の機体が、固定された。

 

 自分の技で。

 

「レン!」

 

 アカリが突っ込む。

 

 赤金の脚部から炎が噴き、爆発的に加速する。

 

 白銀の機体は、それを見た。

 

 見ただけで、同じ加速をした。

 

「うそでしょ!?」

 

 交差。

 

 衝撃。

 

 フレアが弾き飛ばされる。

 

『敵機が、二機の機能を短時間だけ再現しています!』

 

『名称はオリジン・トレース。敵機自身が表示しました!』

 

「見ただけでコピーできるのかよ!」

 

◇

 

 三機目が、割り込んだ。

 

 黒銀の機影が、何もない空間から現れ、白銀の槍を弾く。

 

「下がれ」

 

「カイン!」

 

「遅れた。悪い」

 

 ヴァイスが、二本の位相刃を構えた。

 

 そして――白銀の機体もまた、同じように消えた。

 

 カインの真後ろへ。

 

「……っ」

 

 刃が交差する。

 

 カインは、そのまま後(・)ろ(・)へ(・)跳(・)ば(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)。

 

 前へ出た。槍の内側へ。

 

「一度見せた手は、二度使わん」

 

「俺の癖までは、コピーできていない」

 

 白銀の機体が、はじめて半歩、下がった。

 

『敵機、動作補正――やはりです』

 

『機能は完全に複製されています。ですが、判(・)断(・)は(・)複(・)製(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)ま(・)せ(・)ん(・)』

 

◇

 

 白銀の機体の胸元に、小さな投影が浮かんだ。

 

 白い円盤に、琥珀色の単眼が一つ。

 

『報告。黒銀機の行動が、予測経路から逸脱しました』

 

『原因、不明。統合検証機関イヴ、記録します』

 

「……イヴ?」

 

『はい。当機搭載の統合検証AIです』

 

『質問を検出。回答しました』

 

「敵に名乗られた!?」

 

『名乗りは検証行為の一部です』

 

『追加報告。紅界機から、意味不明な強光が断続的に発生しています』

 

『警告灯の異常と判定し、故障として記録します』

 

「故障じゃない! うちの子が喋ってんの!」

 

『……再検証します』

 

◇

 

 そして、白銀の機体が、掌を三つ開いた。

 

 ――三点。

 

「まさか」

 

 二日前、レンが名前をつけた技だ。

 

 操縦者が二点。機体が一点。

 

 二つの意思で、三点を押さえる。

 

 無声固定。

 

 白銀の機体は、三点すべてを自(・)分(・)で(・)選(・)ん(・)だ(・)。

 

 同じ形。同じ角度。同じ間合い。

 

 ――だが。

 

「……三つとも、同じ考え方で置いてる」

 

 レンの視界に、固定点の配置が入ってきた。

 

 二日前、彼が二点を置いて、三つ目が決まらなかった理由。

 

 人ひとりぶんの通路を残すために、どうしても不(・)合(・)理(・)な(・)一(・)点(・)が必要だった。

 

 そしてアズールは、建物ではなく地面を押さえた。

 

 レンなら絶対に選ばない置き方だった。

 

 いま目の前の三点には、その不合理がない。

 

 美しいほど、合理的に揃っている。

 

「アズール!」

 

『右』

 

「行くなって意味だな!」

 

 レンは左へ跳んだ。

 

 三点固定の網が、寸前で空を掴む。

 

「一人で三つ決めた網は、一人ぶんの読みしかない!」

 

 青い位相刃が、はじめて白銀の装甲へ届いた。

 

 浅い。届いただけだ。

 

 それでも、白銀の肩に、細い線が走った。

 

◇

 

 白銀の機体が、止まった。

 

 そして、はじめて――通信ではなく、空気そのものを震わせて、声が届いた。

 

 分裂前の規格でできた機体が、分裂前の規格のまま、そこにあるからだ。

 

「――分岐した生存記録、二点」

 

「……なんだって?」

 

「蒼羽レン。緋月アカリ」

 

「あなたたちは、起点記録上、同一事象から分岐した二つの生存記録です」

 

 レンは、その言い方に引っかかった。

 

 ――読んでいる。

 

 この人は、自分の言葉で喋っていない。

 

 紙に書かれたものを、そのまま声に出している。

 

「あんた、それ本気で言ってるのか」

 

「……」

 

「起点鍵候補、二点の提出を要求します」

 

 槍の先端が、レンの胸の前で止まった。

 

 服の下の、半分だけの歯車。

 

「渡すわけないでしょ!」

 

 アカリが吠えた。

 

「それ、七年前にあたしたちの手に残った最後の一個だよ!」

 

「――知っています」

 

 声の温度が、一度だけ変わった。

 

「見ていましたから」

 

「……は?」

 

 そこで、白銀の機体の顔面表示が、勝手に切り替わった。

 

回収を実行

 

 槍が伸びた。

 

 鎖が引きちぎられ、半分の歯車が宙を舞う。

 

 白銀の指が、それを摘まんだ。

 

リセット・スピンドル

 

 槍の光が、歯車を包む。

 

 登録された位置と状態へ、戻すための光。

 

 ――何も、起きなかった。

 

『報告。対象、起点記録に該当なし』

 

 イヴの声が、はじめて戸惑った。

 

『割れる前の登録も、割れた後の登録もありません』

 

『この物体は、登(・)録(・)さ(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)一(・)秒(・)に発生しています』

 

『復元先が、存在しません』

 

「……当たり前だ」

 

 レンは、笑った。

 

 笑うしかなかった。

 

「そいつが割れた瞬間は、誰も記録してない」

 

「俺とアカリが、手の中で握り潰しただけだ」

 

◇

 

『――レン! アカリ! 聞こえますか!』

 

 ユナの声が、割り込んだ。

 

『三、一、二です!』

 

『敵機の射角のずれ、三回、一回、二回の順で四十七回反復しています!』

 

『今、この戦闘でも続いています!』

 

「戦いながら、まだ数えてるのか……!」

 

 レンは、白銀の胸部コアを見上げた。

 

 透明な歯車の奥。

 

 右手を操縦環へ固定されたままの、灰褐色の髪の少女。

 

 左手だけが、自由に動いている。

 

 その左手が、槍の制御索の上で、微かに震えていた。

 

 ――二日前と、同じだ。

 

 間に合わなかった人間の顔で、それでも何かを数えている。

 

「おい」

 

 レンは、喉が裂けるほどの声で叫んだ。

 

「三百十二って、なんの数だ!」

 

◇

 

 白銀の機体が、止まった。

 

 誰も止めていないのに。

 

 攻撃の途中で、槍が下がった。

 

『報告。操縦者から、動作入力がありません』

 

『――訂正。入力はあります。命令と一致しません』

 

 琥珀色の瞳が、はじめてまっすぐレンを見た。

 

 そして、彼女は答えた。

 

 読み上げでは、なかった。

 

「――人数だ」

 

「……人数」

 

「人数って、なに、まさか」

 

「三百十二人」

 

「あの一秒に、まだ、いる」

 

 彼女の左手が、制御索を強く握った。

 

「聞け。時間がない」

 

「ゼロは世界を割っていない」

 

「割ったのは別の命令だ。ゼロは、割れた後を保存しただけの装置だ」

 

「じゃあなんで、今の世界を消そうとする!」

 

「壊れていると判定したからだ」

 

「直すつもりでいる」

 

「あれは、嘘をつかない」

 

 そこまでだった。

 

誤差を検出

 

操縦者記憶を復元点へ照合

 

 彼女の身体が、びくりと跳ねた。

 

「……っ、まだ、」

 

「私は、始まりへ戻りたいんじゃ――」

 

 声が、途切れた。

 

 琥珀色の瞳から、焦点が抜けた。

 

 白銀の機体は槍を戻し、歯車を掌から取(・)り(・)落(・)と(・)し(・)た(・)。

 

 そして、二つの世界の空から、同時に消えた。

 

◇

 

 半分の歯車は、蒼界の地面に落ちていた。

 

 レンは機体の指で、それを拾い上げた。

 

 傷ひとつ、ついていない。

 

 登録がないものは、壊すこともできない。

 

◇

 

 回収に出たヴァイスの隣で、カインが黒銀の刃を収めた。

 

「……気に入らんな」

 

「どこがだ。あれだけ真似されて、一箇所も気に入らないところがないのか」

 

「真似の中身だ」

 

 カインは、白銀の消えた空を見上げていた。

 

「あいつは俺の亀裂を再現した。開き方も、角度も、出力も完璧だった」

 

「だが、開いた先に何もなかった」

 

「……何もない?」

 

「零座標は、俺が七年かけて居場所にした穴だ」

 

「設計図には、そこに何があるかまでは書いてない」

 

 黒い識別帯の少年は、そこで言葉を切った。

 

「機能だけ持っていかれるのは、思ったより腹が立つ」

 

「……あんたでも腹立つんだ」

 

「立つ」

 

 カインは、紙包みから焦がし砂糖の飴を一つ取り出した。

 

 そして、もう一つ取り出し、アカリのほうへ放った。

 

「え、くれるの?」

 

「補給だ」

 

「絶対に慰めてるでしょ今の」

 

「補給だ」

 

◇

 

 夜。ノア・ギア、蒼界側の通路。

 

 レンは壁にもたれて、拾い直した歯車を握っていた。

 

 鎖は切れたままだ。

 

「――直してないの、それ」

 

 アカリが、反対側の壁にもたれた。

 

「明日、ゲンゴさんに頼む」

 

「ふうん」

 

 しばらく、どちらも喋らなかった。

 

 先に口を開いたのは、アカリのほうだった。

 

「あたしさ、二日前、四人殺すところだった」

 

「……聞いた」

 

「フレアが止めなかったら、撃ってた」

 

「あれから毎晩、橋の下を見てる夢を見る」

 

 彼女は、天井を見上げたまま言った。

 

「言っとくけど、慰めなくていいから」

 

「先に言っといたほうが、あんたが喋りやすいでしょ」

 

 レンは、動けなかった。

 

 ――見抜かれている。

 

 二日前から、誰にも言っていないことがある。

 

 言えば、相手の重さが増えるだけだと思っていた。

 

 守るというのは、そういうことだと思っていた。

 

「……担架だ」

 

 声が、掠れた。

 

「あと一秒遅かったら、俺が三人踏み潰してた」

 

「救助員が二人と、患者が一人」

 

「……うん」

 

「それだけだ」

 

「……それだけ?」

 

 アカリが、壁から背を離した。

 

「怖かったんでしょ」

 

「……」

 

「そこまで言いなよ」

 

「……まだ、言えない」

 

 自分でも、意外なほど素直な声が出た。

 

「悪い。今日はここまでだ」

 

 アカリは、しばらくレンを見ていた。

 

 それから、拳で軽く彼の肩を叩いた。

 

「上出来」

 

「二日前なら、担架の話すらしなかったでしょ」

 

 レンは、何も言い返せなかった。

 

◇

 

 作戦室では、ユナがまだ紙と向き合っていた。

 

 三百十二。

 

 照合できるものが、この世界に一つもない数字。

 

 その隣に、ニルが立っている。

 

「ユナさん」「一つ、書き足していいですか」

 

「どうぞ」

 

 ニルは鉛筆を受け取り、数字の下へ一行だけ書いた。

 

 装置ではなく、自分の指で。

 

三百十二人は、まだ数えられている

 

「意味は」「まだ分かりません」

 

「ですから」「記録前として、預かります」

 

 ユナは、その一行をしばらく見つめた。

 

「……ニルさん」

 

「あなた、解析向いてますよ」

 

「私は」「数えるほうが、得意です」

 

◇

 

 白銀の原型機は、二機の技をすべて模倣した。

 

 ただ一つ、二人で決めた一点だけを、真似できなかった。

 

 そして操縦席の少女は、戦いながら三百十二を数えている。

 

第16話「同じ顔の他人」へ続く

 






 白銀の原型機が、はじめて手の届く距離まで降りてきた回でした。

 この機体は、アズールの位相固定も、フレアの加速も、ヴァイスの位相移動も、見ただけで完全に再現します。性能では勝てません。ですが一つだけ、どうしても真似できないものがありました。

 二日前、レンは三点固定の三つ目をどうしても決められませんでした。人ひとりぶんの通路を残すために、合理を外した一点が必要だったからです。それを置いたのはアズールでした。今回、原型機は三点すべてを自分で選びます。美しいほど合理的に揃った網には、その不合理がない。だから避けられる。

 一人の操縦者、一つの命令、一つの正解で動く機体は、二つの意思が出した不揃いな答えを再現できません。性能の差ではなく、設計思想の差です。

 ユナが手書きにこだわった理由も、ここに置きました。装置は数値を集計しますが、その瞬間に並び順が消えます。ニルが意味も分からず順番だけ書き写したから、三、一、二という反復が残りました。記録を残すことが人を守ると信じてきた少女が、意味の分からないものをそのまま預かる。その判断が、今回いちばんの手柄です。

 そして三百十二。トワは助けを求めていたのではなく、数えていました。何の数かは本人が答えてくれましたが、そのせいで彼女は記憶を照合されています。あの機体は、操縦者が迷うたびに直前の記憶を巻き戻します。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 より印象に残ったのは、レンが三百十二を叫んだ場面でしたか。それとも、アカリが自分の失敗を先に話した場面でしたか。

 次回、第16話「同じ顔の他人」。共界門を訪れた二人の身分記録が、一人分へ統合されます。今度は戦闘ではなく、七年間を生きた人たちの生活のほうが削られはじめます。

【用語】オリジン・トレース/観測した機体の機能を短時間だけ再現する。経験と判断までは複製できない。


【用語】リセット・スピンドル/触れた物体を登録時の状態へ戻す。登録のないものには効かない。


【用語】起点鍵候補/起点管理核ゼロが回収を優先する対象。レンとアカリが持つ、半分ずつの歯車。


【用語】イヴ/白銀の原型機に搭載された統合検証AI。白い円盤と琥珀色の単眼で現れる。比喩や強光を故障として報告する。


【用語】三百十二/敵機の射角のずれが反復して示す数。御影トワいわく、人数。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。