【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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死んだはずの幼なじみが、別の世界から自分の名を呼んだ。

だが、七年ぶりの再会を喜ぶ前に、二つの街が消えようとしていた。


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第一篇「双界邂逅篇」 
新改訂版 第1話 青と赤が重なるとき


第一篇「双界邂逅篇」

第1話 青と赤が重なるとき

 

 

 七年と、三時間。

 

 蒼羽レン(あおば・れん)が数えていたのは、そのくらいの単位だった。

 

 年でも月でもなく、時間まで数えてしまう。

 

 数えていないと、別のことを考えてしまうからだ。

 

 白い花は、もう慰霊碑の下へ置いた。

 

 刻まれた名前は、上から三番目にある。

 

緋月アカリ 享年十歳

 

 名前の横の数字だけが、七年前で止まっていた。

 

 レンの方は、勝手に十七まで進んでしまった。

 

「……今年も、来た」

 

 返事はない。

 

 七年間、一度もなかった。

 

 立ち去ろうとしたとき、胸元がまた熱を持った。

 

 服の下で、青い半円のペンダントが脈打っている。

 

 幼い日に三人で囲んだ、小さな歯車の片割れ。

 

 さっき一度だけ、七年で初めて光った。

 

 そのときは、日差しの反射だと思うことにした。

 

 今度は、思い込みでは片づかない強さだった。

 

『重界警報。重界警報。市民は最寄りの地下避難区画へ移動してください』

 

 無機質な警報が、蒼界(そうかい)の街へ響く。

 

 白銀の高層建築の間を、人々が決められた経路へ走り出した。

 

 慣れている。

 

 この街の人間は、逃げることに慣れすぎている。

 

 重界現象。

 

 七年前に世界が分かれて以来、別の景色が一瞬だけ重なることがある。

 

 数秒で消える、幽霊のような現象だ。

 

 だが、今日の亀裂は消えなかった。

 

 青い空に走った赤い裂け目が、開いたまま留まっている。

 

 その向こうに、崩れた道路と、火の消えない街が透けて見えた。

 

 蒼界には存在しない、もう一つの世界。

 

「あんな街、この世界のどこにある」

 

 地面が揺れた。

 

 亀裂から、白い装甲の巨人が音もなく降りてくる。

 

 二本の腕と、二本の脚。口のない顔に、紫色の光が横一文字に灯っていた。

 

 胸の中央では、黒い円が周囲の光を吸い込んでいる。

 

『敵性機体を確認。識別、F-01ヌル』

 

 どこからか女性の声が聞こえた。

 

 同時に、ヌルが右腕を上げる。

 

 砲口の先に、避難の流れから取り残された小さな男の子がいた。

 

「伏せろ!」

 

 レンは考える前に走っていた。

 

 男の子を抱え、道路脇へ飛び込む。紫色の光弾が頭上を通過した。

 

 爆発音はしなかった。

 

 代わりに、光の通り道にあった建物の一部が、なくなっていた。

 

 砕けたのではない。

 

 崩れたのでもない。

 

 最初からそこに何も建っていなかったかのように、壁も、窓も、その内側にあったはずのものも、きれいに欠けている。

 

 レンの背筋が冷えた。

 

 あれは破壊ではない。

 

消去だ。

 

「……地下へ。振り返らないで」

 

 追いついた母親へ男の子を託し、レンは慰霊碑を振り返った。

 

 白い花は、まだそこにある。

 

 ヌルの胸で、黒い円がさらに開いた。次の一撃は、この区画ごと持っていく。

 

 そのとき、青い半円が強く脈打った。

 

 慰霊碑の後ろ。七年間封鎖されたままだった道路が、左右へ割れていく。

 

 七年間、彼女の名前の真下に、それは埋まっていた。

 

 地の底から、青銀の巨人がゆっくりと上昇してくる。

 

 鋭い青白の双角。揃った二本の腕と、二本の脚。胸部には、レンのペンダントと同じ形をした青い半円のコア。

 

 巨人の青い双眼が、まっすぐレンを捉えた。

 

『蒼界機(そうかいき)アズール、起動』

 

『適合者、蒼羽レンを確認』

 

「俺の名前を、なぜ知っている」

 

 答えの代わりに、青い光がレンを包んだ。

 

 次の瞬間、レンは見知らぬ操縦席に立っていた。半円形の計器が周囲へ展開し、白と青の装甲服が身体を覆っていく。

 

 正面に通信窓が開いた。映ったのは、淡い水色の髪をした女性だ。

 

『こちら境界保全機構(きょうかいほぜんきこう)ARK-∞。戦術解析担当の白瀬ユナ(しらせ・ゆな)です』

 

「説明を頼む。できれば短く」

 

『アズールを動かせるのは、現在確認できる限り、あなた一人です』

 

「短すぎる」

 

 別の回線が開く。低く、迷いのない女性の声だった。

 

『境界航行母艦ノア・ギア艦長、御堂カナメ(みどう・かなめ)だ』

 

『先に言っておく。君の任務は、敵機の撃破ではない』

 

『住民を一人でも多く生かすことだ』

 

「戦えとは言わないのか」

 

『戦うかどうかは君が決めろ』

 

「その前に一つだけ。亀裂の向こうは何だ」

 

『紅界(こうかい)。七年前の分岐で分かれた、もう一つの未来です』

 

『あなたの世界は蒼界(そうかい)と呼ばれています。残りの説明は、生き残ってからにしましょう』

 

 正面画面に、逃げ遅れた人々が映る。その後方で、ヌルの黒い円が街を削り続けていた。

 

『ただし、あの中核が完全に開けば、この区画は住民ごと消える』

 

 消える。

 

 死ぬ、ではなく。

 

 レンは操縦環を握った。

 

「動かし方は」

 

『考えてください。アズールが意志を動作へ変換します』

 

「それは説明ではなく、ほとんど祈りだ」

 

『否定はできません』

 

「正直なのは助かる」

 

 レンは、一歩を思い描いた。

 

 アズールは予想の倍近い速度で踏み出し、危うく前へ倒れかける。

 

『姿勢制御、補正します』

 

 静かな中性音声が、機内へ落ちた。

 

「感度が高すぎる!」

 

『初期設定です』

 

「誰の初期だ!」

 

『記録が存在しません。以後、あなたの一歩を基準として学習します』

 

 青銀の巨体が、地面を踏み直した。

 

 ヌルの光弾を紙一重でかわす。二射目の軌道が、数字となってレンの視界へ浮かんだ。

 

 今度は読めた。

 

「動きを止める手段は」

 

『両掌に拘束機構を確認。登録名、アイオン・ロック』

 

「名前まで入っているのか」

 

『はい。使用手順は、そう思ってください』

 

「また祈りか」

 

 アズールが身を沈め、青い残光を引いて加速する。掌から幾重もの円環が広がった。

 

「アイオン・ロック!」

 

 青い円環がヌルの全身を包む。

 

 だが、敵の輪郭が水面のように揺れ、拘束は空間をすり抜けた。続けて叩き込んだアズールの拳も、白い胸部を通過する。

 

『敵機は、蒼界だけに存在していません』

 

 ユナが解析画面を拡大した。

 

『一機の身体を、蒼界と紅界へまたがらせています。こちら側だけでは、中核を完全に捉えられません』

 

「片側だけ殴っても、幽霊を殴っているのと同じということか」

 

『表現は不正確ですが、結論は一致します』

 

 ヌルが至近距離で砲口を向ける。

 

 レンは障壁を展開しながら、赤い亀裂の奥を見た。

 

 そこを、赤い光が駆け抜けた。

 

 

 同じ時刻。

 

 同じ場所。

 

 けれど、紅界(こうかい)に青い空はない。

 

 燃えるような赤い空の下で、緋月アカリ(ひづき・あかり)は避難誘導に走っていた。

 

「東側は崩れる! 動ける人は、子どもと怪我人を連れて地下水路へ!」

 

 崩れた旧研究区画では、立ち止まることが命取りになる。七年前から、それを何度も見てきた。

 

 走りながら、アカリは倒れた支柱の前を通り過ぎた。

 

 コンクリートの表面に、釘で刻んだ名前がある。

 

蒼羽レン

 

 その下に、線が七本。一年に一本ずつ、アカリが自分で足した。今朝刻んだ七本目は、まだ削り跡が白い。

 

 紅界に、慰霊碑を建てる余裕はない。だから彼女は、自分で刻むことにした。

 

 胸元では、赤い半円のペンダントが熱を持っている。三人で囲んだ歯車の、もう片方。

 

 青い亀裂が空を裂いた。

 

 向こう側に、傷ひとつない白銀の街が重なる。

 

「無傷の街……? あんなの、どこにも残ってないはずでしょ」

 

 考える暇はなかった。

 

 白い巨人が腕を上げる。紫色の光弾が、瓦礫の下敷きになった老人へ向けられた。

 

 アカリは鉄骨へ手をかけた。

 

 動かない。

 

「こんなときだけ、もう少し軽くなってよ!」

 

『鉄骨の質量に、感情は反映されません』

 

「誰!?」

 

『ですが、角度は変えられます。左から二十度。そこが支点です』

 

 やや明るい中性音声だった。

 

 アカリは言われたとおりに身体を入れ、鉄骨を跳ね上げる。老人を引きずり出した瞬間、赤いペンダントが燃え上がった。

 

 瓦礫の山が内側から弾け飛び、赤と金の巨人が立ち上がる。

 

 力強い二本の腕と、二本の脚。獣の牙を思わせる赤金の双角。胸部には、赤い半円のコア。

 

『紅界機(こうかいき)フレア、起動』

 

『適合者、緋月アカリを確認』

 

「説明はあと!」

 

 アカリは老人の身体を安全区画へ押し出し、赤い光へ飛び込んだ。

 

 操縦席へ転送され、白と赤の装甲服が形成される。ユナの通信窓が開いた。

 

『せめて安全装置の説明だけは聞いてください!』

 

「安全なら動いたあとで確認する!」

 

『順番が逆です!』

 

 フレアが瓦礫を蹴った。

 

 赤い流星となり、拳をヌルの胸へ叩き込む。衝撃で地面が割れた。

 

 だが、手応えがない。白い身体が揺らぎ、拳がすり抜ける。

 

『紅界側からだけでは攻撃が届きません。敵の中核は、二つの世界の境界にあります』

 

「だったら、当たるまで――」

 

『位相接続を確立しました。亀裂の向こう側――蒼界(そうかい)の機体と、回線が通じます』

 

『右へ跳べ!』

 

 少年の声が、操縦席へ飛び込んできた。

 

 アカリは考えるより先に、フレアを右へ跳ばす。

 

 一瞬前までいた場所を、紫色の光弾が貫いた。

 

 アカリの手が、操縦環の上で止まる。

 

「今の声……」

 

『そっちの機体、聞こえるか。敵が撃つ直前だけ、中核が亀裂の向こう側へ寄る』

 

 冷静さを保とうとすると、少しだけ早口になる。

 

 低くなっていた。七年分、低くなっていた。

 

 それでも、間違えるはずがない。

 

「レン……?」

 

 通信の向こうで、息を呑む音がした。

 

『なぜ、俺の名前を知っている』

 

「何を言ってるの。私だよ」

 

 声が震える。喉の奥がうまく動かない。

 

「緋月アカリ。忘れたなんて、言わせないから」

 

 長い沈黙が落ちた。

 

『アカリは、七年前に死んだ』

 

 その一言で、アカリは動けなくなった。

 

 あの日、崩れる研究区画で、最後に見たのは光に呑まれるレンの背中だった。だから彼女は、彼の名前を柱へ刻んだ。七回も。

 

 向こうも、同じことをしていたのだ。

 

「……それは」

 

 声が掠れた。

 

「それは、私の台詞よ」

 

 再びヌルの砲口が光る。

 

『二人とも、再会の確認は生き残ってからにしてください!』

 

 ユナの叫びが、止まりかけた時間を動かした。

 

 レンが先に息を吐く。

 

『アカリ。三秒後に、敵の右側へ回れ。俺が動きを止める』

 

「七年ぶりに聞いた最初の指示が、それ?」

 

『死なせないための指示だ』

 

「……なら、聞く」

 

 アズールの掌から、青い円環が放たれる。

 

「アイオン・ロック!」

 

 ヌルの動きが一瞬だけ止まった。

 

『右拳へ出力を集中できます。登録名、フレア・バースト』

 

「そういうのは先に言って!」

 

 フレアが赤い光をまとい、敵の右側へ踏み込む。

 

「フレア・バースト!」

 

 赤い拳が黒い中核へ迫る。

 

 だが、命中の直前にヌルの輪郭がほどけた。拳はわずかに遅れて空を切る。

 

『二機の同調率、三十八パーセント。攻撃誤差、〇・四秒です』

 

「たった〇・四秒でしょ!」

 

『戦場では長い』

 

「昔から、そうやって細かい!」

 

『昔から、合図より先に走るのはそっちだ!』

 

『お二人とも、七年間の続きはあとにしてください!』

 

 ユナの声が、少しだけ裏返った。

 

 ヌルの胸で、黒い円が急拡大する。

 

 蒼界の白い建物と、紅界の赤い瓦礫が、同時に色を失い始めた。灰色ですらない。何も塗られていない、ただの空白へ変わっていく。

 

『エクリプス・コア、臨界まで九十秒』

 

 ユナの声から、感情が抜けた。

 

『このままでは、両世界の旧研究区画が消滅します』

 

 

 一隻の船体を、蒼界と紅界へ半分ずつ重ねた境界航行母艦ノア・ギア。

 

 その艦橋で、整備主任の真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)が制御卓を睨んでいた。

 

「こうなりゃ、フェイズ・ドッキングしかねえ」

 

 カナメが振り返る。

 

「成功例は」

 

「ない。青と赤、二人の適合者が同時に揃ったこと自体が初めてだ」

 

 ユナが言葉を失った。

 

 ゲンゴは無精髭を掻き、短く付け足す。

 

「言っとくが、成功しても整備は地獄だぞ。俺の胃の残量も勘定に入れてくれ」

 

「入れておく」

 

 カナメは迷わず、二人の回線を開いた。

 

『レン、アカリ。アズールとフレアの存在位相を重ね、一機として敵の中核を掴む方法がある』

 

「危険は」

 

 レンが尋ねた。

 

『失敗すれば、二人とも世界の境界へ消える』

 

「成功する確率は?」

 

 アカリの問いに、ゲンゴが答えた。

 

『数字がねえ。ゼロじゃなくて、まだ誰も試してねえんだ』

 

残り七十秒。

 

 黒い円がまた広がる。

 

 蒼界では、先ほどレンが助けた男の子が、母親に抱かれて走っていた。

 

 紅界では、アカリが引きずり出した老人が、若者たちに支えられている。

 

 カナメの声が続いた。

 

『片方の世界を切り離し、もう片方だけを守ることもできる。ノア・ギアの出力なら、片側の区画は確実に保てる』

 

 言い方は静かだった。

 

 だが、意味は七年前と同じだった。

 

 青か、赤か。

 

 どちらを残し、どちらを失うか。

 

 レンは、青い操縦環を握り直した。

 

 七年前、彼は選べなかった。選べないうちに、世界の方が勝手に選んでしまった。そして彼は、彼女の名前の下へ花を置き続けた。

 

「俺は、同じ後悔を繰り返さない」

 

 アカリも赤い操縦環を握る。

 

 七年間、彼女は柱へ線を足し続けた。足すたびに、あの日の自分の手が届かなかった距離を思い出した。

 

「私も。今度は、どちらも置いていかない」

 

 二人の声が重なった。

 

「両方の世界を守る」

 

 青と赤の半円コアが、同時に輝く。

 

『選択未来、一致』

 

『ツイン・ギア・コア、接続開始』

 

 二つの操縦席を隔てていた境界が、光の粒へ変わった。

 

 レンの前に、赤い装甲服をまとったアカリの像が現れる。

 

 長い赤褐色の髪。琥珀色の瞳。七年前の面影を残したまま、自分と同じだけ、ちゃんと歳を取っている。

 

 アカリもまた、青い装甲服をまとったレンの像を見つめていた。

 

「本当に……レンなんだ」

 

「その確認は、さっきした」

 

「声だけと、顔を見るのは違うの」

 

「……お前は、変わってないな」

 

「今、背のこと言おうとしたでしょ」

 

「時間がない。始めるぞ」

 

「ごまかした」

 

 二人は、互いへ手を伸ばす。

 

 だが、掌の間には薄い光の壁が残っていた。

 

 ここに見えているのは、境界を越えて結ばれた互いの像でしかない。同じ場所へ立てたわけではない。

 

 それでも二人は、光の壁を挟んで掌を重ねた。

 

 二つの半円コアの縁に、細い金色の文字が浮かび上がった。

 

 七年前、記念品の歯車の裏で読んだのと同じ書体だった。

 

「……覚えてるか」

 

「忘れるわけない」

 

 レンが青の操縦環を握る。

 

 アカリが赤の操縦環を握る。

 

「蒼き理を!」

 

「紅き意志を!」

 

 二つの半円が触れた中央にだけ、三つ目の一行が灯る。

 

「二つの明日を、噛み合わせろ!」

 

フェイズ・ドッキング!

 

 アズールの装甲が、輪郭の内側から位相粒子へ解けていく。

 

 フレアも同じだった。

 

 二つの完成した設計が、ひとつの図面の上で組み直されていく。

 

 青の側。

 

 赤の側。

 

 二本の腕と、二本の脚を持つ、完全な人型。

 

 胸部では二つの半円がかみ合い、黄金の巨大歯車を形成する。青と赤に分かれた鋭い双角が、二つの空を同時に切り裂いた。

 

 どちらの世界にも存在しなかった第三の機体が、両方の空の下へ降り立つ。

 

『機体名照合』

 

『双界機神――インフィナイト』

 

 

 最初の一歩で、インフィナイトは盛大によろめいた。

 

「ちょっと、青側の脚が遅い!」

 

「そっちが先に出すぎなんだ!」

 

「合体したら、もっと格好よく動けるものじゃないの?」

 

「誰が決めた!」

 

残り四十秒。

 

 ヌルの砲口が二人を捉える。

 

 レンは攻撃軌道を読んだ。だが、アカリは回避とは逆方向へ踏み込む。

 

「何をする!」

 

「後ろ!」

 

 インフィナイトの背後には、故障した避難艇が一機、取り残されていた。

 

 レンは一瞬で計算を組み直す。

 

「三歩前へ。そのあと赤側の肩を下げろ!」

 

「了解!」

 

 二人の動きが、初めて一つになった。

 

 インフィナイトは光弾の下へ踏み込み、青側の腕で避難艇を覆う障壁を展開する。同時に、赤側の腕を腰へ引いた。

 

『同調率、五十一パーセント』

 

『上昇継続中です』

 

 二つの声が、別々の抑揚で報告する。

 

「敵の位相固定まで一・二秒」

 

「それだけあれば十分!」

 

「アイオン・ロック!」

 

 青側の掌から幾重もの円環が放たれ、ヌルの身体を蒼界と紅界へ同時に縫い止める。

 

 敵の胸で、逃げ続けていた黒い中核が、初めて止まった。

 

「フレア・バースト!」

 

 赤側の拳が中核へ突き刺さる。

 

 今度は、確かな手応えがあった。

 

 黒い円に亀裂が走る。

 

残り十二秒。

 

 ヌルが両腕を広げ、残る力をすべて解放した。紫色の光が巨大な刃となり、インフィナイトへ振り下ろされる。

 

『胸部出力、足りません』

 

「だったら、二人分を全部ぶつける!」

 

 アカリの声に、レンは頷いた。

 

「出力経路を中央へ。三、二、一!」

 

 胸の黄金歯車が回転する。

 

 青と赤のエネルギーが中央でぶつかり、混ざりきらないまま、眩い黄金の光へ変わった。

 

 レンとアカリは、光の壁を挟んだ掌へ力を込める。

 

 インフィナイトも、青と赤の掌を胸の前で重ねた。

 

 巨大な黄金の円環が、二つの空へ同時に展開される。

 

『登録技、ツイン・ギア・バースト』

 

「聞こえたか」

 

「聞こえた」

 

「ツイン・ギア――」

 

 二人は声を重ねた。

 

バースト!

 

 黄金の奔流が紫の刃を打ち砕き、ヌルを呑み込む。

 

 黒い中核が砕けた。

 

 白い巨体は灰色の粒子となり、青と赤の空へ散っていく。

 

 消えかけていた街に、色が戻った。

 

 白銀の壁が輪郭を取り戻し、赤い瓦礫がもう一度、瓦礫としての形を持つ。

 

 避難艇がゆっくりと上昇した。

 

 その窓から、小さな男の子が両手を振っている。

 

 インフィナイトの赤側の腕が、振り返した。

 

「おい、勝手に動かすな」

 

「手を振られたら、振り返すでしょ」

 

「戦闘後の安全確認が先だ」

 

「じゃあ青側で確認して」

 

 青側の腕は、言われたとおり周囲の損傷を調べ始めた。

 

 レンは小さく息を吐く。

 

「……役割分担としては、正しい」

 

「素直に手を振ればいいのに」

 

 アカリが笑った。

 

 その笑い声まで、七年前と同じだった。

 

 

 戦いが終わると、共有されていた操縦席が透け始めた。

 

 二つの世界が、再び離れていく。

 

「待って。レンは今、どこにいるの?」

 

「旧研究区画だ。慰霊碑の前にいた」

 

 アカリが息を呑む。

 

「……私も、同じ場所にいる」

 

 彼女は、崩れた支柱の方を見た。

 

「でも、こっちに慰霊碑はないの。全部崩れてる。だから私、柱に名前を刻んでた」

 

「誰の」

 

「言わせないで」

 

 同じ場所に立ちながら、互いには触れられない。

 

 二人の間には、世界ひとつ分の距離が残っている。

 

 アカリの像が、赤い光の粒へ変わり始めた。

 

「レン」

 

「何だ」

 

「今度は、急にいなくならないで」

 

 七年前のレンなら、簡単には約束できなかった。

 

 できない可能性を、先に数えてしまうからだ。

 

 けれど今は、光の向こうへ手を伸ばした。

 

「そっちこそ。合図より先に走るな」

 

「それ、約束になってない」

 

「……明日も、返事をする」

 

 アカリは一度だけ瞬きをして、笑った。

 

「うん。明日、また呼ぶ」

 

 伸ばした指先の間には、最後まで薄い光が残った。

 

 触れることはできなかった。

 

 それでも、もう死者へ語りかけているのではない。

 

 接続が切れる。

 

 レンは青い操縦席へ戻り、アカリは赤い操縦席へ戻った。インフィナイトも青と赤の光へ分かれ、アズールとフレアとしてそれぞれの大地へ降り立つ。

 

 完全に閉じる直前、二つの通信環へ細い黄金線が刻まれた。

 

『レン……聞こえる?』

 

 雑音の向こうから、アカリの声が届く。

 

 レンは青い通信環へ手を伸ばした。

 

「ああ。聞こえる」

 

 慰霊碑の白い花は、そこに残っていた。

 

 来年は、置きに来ないかもしれない。

 

 そう思えたのは、七年で初めてだった。

 

 

 光の届かない、世界と世界の狭間。

 

 白く無機質な広間に、戦闘記録が映し出されていた。

 

 青と赤の機体が重なり、黄金の胸部を完成させる瞬間。

 

 それを見上げる白髪の男、アウレル・ゼロは表情を変えない。

 

「存在しない第三の未来。やはり、誤差が生まれたか」

 

 黒と白の装甲服を着た青年が、一歩前へ出る。

 

 名は、カイン・ヴァイス。

 

 黒髪の一部だけが白く、瞳には紫色の光が宿っている。袖口からのぞいた左手首には、古びた黒い識別帯が巻かれていた。

 

「次は、俺が消す」

 

 その背後で、黒銀の人型機が沈黙している。

 

 片側は、光を弾く銀。

 

 もう片側は、光を呑む黒。

 

『ZC-01ヴァイス、起動待機』

 

 広間の奥では、白髪の少女が透明な壁へ指を当てていた。

 

 青い右目。

 

 赤い左目。

 

 七年前から変わらない姿のまま、人型端末ニルはインフィナイトの映像を見つめる。

 

「やっと、会えた」

 

 黒銀の巨人の瞳に、紫色の光が灯った。

 

第2話「黒銀の追跡者」へ続きます。

 




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■後書き(投稿フォームの「後書き」欄へ)

 ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

 この話の二人は、同じ場所に立ちながら、七年間ずっと互いの名前を刻んでいました。片方は慰霊碑へ、もう片方は崩れた柱へ。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 あなたの胸に残ったのは、「アカリは、七年前に死んだ」という一言でしたか。それとも、最後まで触れられなかった掌の方でしたか。

 感想をいただけると、次の一話を書く力になります。

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