【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
顔のない人型が、二つの世界に立っていた。
白い円環と、黒い空白。
高さは人の背丈ほど。蒼界第七区の広場にも、紅界第三区の橋の上にも、まったく同じものが同じ角度で立っている。
誰も、それを壊そうとしなかった。
殴っても意味がないと、全員が直感していた。
声が響いた。
一つではなかった。
男の声も、女の声も、若い声も、年老いた声も、何十人ぶんかが重なっている。
全員が、まったく同じ抑揚だった。
誰かが悲鳴を上げた。
「――あの声、うちの親父だ」
「私のお姉ちゃんも、いる」
七年前、インフィニティ・ギアで働いていた人々。
白環災害で失われた人々の声が、一つの言葉を同時に喋っていた。
旗艦ノア・ギア、艦橋。
「条件を出します」
御堂カナメは、投影へ向かって言った。
「対話は受けます。ただし、三つ」
「一、蒼界と紅界の両方へ同時に届けること」
「二、途中で切らないこと」
「三、こちらからも同じだけ喋ること」
「……即答ですか」
カナメの指が、卓の上で止まった。
交渉というのは、互いに隠したいものがあって初めて成立する。
隠すものがない相手は、いちばん厄介だった。
「……では、こちらから先に出します」
「七年前に何があったのか。人間の側の記録を、全部」
証言台に立ったのは、拘束具をつけた男だった。
アウレル・ゼロ。
映像は、蒼界と紅界の全端末へ流れている。
両世界合わせて、何千万人が見ていた。
「順番に言う」
彼は、前置きを作らなかった。
「七年前、インフィニティ・ギアへ選択実験の命令を送ったのは、百二十七年後のクアドラだ」
「『二つの未来から一つを選べ』という命令だった」
「私ではない」
画面の向こうで、罵声が上がったのが分かった。
アウレルは、待った。
「私がしたのは、その命令を実行に移したことだ」
「子供を三人、観測室へ入れた」
「蒼羽レン、緋月アカリ、そしてK-0」
「三人とも、何も知らされていなかった」
彼は、はじめて一度だけ目を伏せた。
「次だ」
「起点管理核ゼロは、七年前の犯人ではない」
「あれは、事故が起きた瞬間に復元点を保存しただけの装置だ」
「消火器が火事の原因ではないのと同じだ」
「……庇うのか」
艦橋で、レンが呟いた。
アウレルは、その声が聞こえたかのように続けた。
「庇ってはいない」
「都合の悪い相手を全部一人へまとめると、また間違える」
「私はそれを、七年前にやった」
「最後だ」
彼は、顔を上げた。
「終端機関ゼロという組織は、私が作った」
「回収した断片記録に『ZERO』という最上位命令名があった。意味は分からなかった。それを自分の組織名と姓に使った」
「知らなかった、で終わらせるつもりはない」
「私が知っていたことを言う」
証言台の上で、拘束具が鳴った。
「過去の状態を現在へ上書きすれば、分裂後に生まれた人間が消える」
「私は、それを知ったうえで計画を進めた」
「知らなかったのは、その上書きを私の許可なく実行できる装置が、すでにこの世界にあったことだけだ」
「――知らなかった部分と、知りながら利用した部分は、分けて記録しろ」
「混ぜると、私はまた都合のいいほうへ読み替える」
証言が終わるまで、二時間かかった。
そのあいだ、白い投影は一度も口を挟まなかった。
最後にカナメが言った。
「――そちらの番です」
重なった声が、静かに響いた。
「では、何ですか」
艦橋が、静まり返った。
「……一人で?」
白瀬ユナが、手元の紙に鉛筆を走らせた。
そして、止まった。
「……二千五百五十五日って」
「七年です。ぴったり」
白い投影の足元から、方眼状の光が広がった。
そして、広場の空中に、映像が浮かんだ。
――白い研究区画。
割れていない天井。崩れていない柱。
人が、歩いている。
白衣を着た人々が、書類を抱えて廊下をすれ違い、誰かが誰かに挨拶をしている。
広場の群衆から、悲鳴が上がった。
顔を知っている人間が、そこに何十人もいた。
映像が、切り替わった。
白い観測室。
十歳の少年と、十歳の少女が、並んで立っている。
まだ、どちらも泣いていない。
まだ、どちらも相手の名前を刻んでいない。
「…………」
「…………」
艦橋で、二人とも動けなかった。
次に映ったのは、白い部屋の中の白い髪の少女だった。
誰からも「選べ」と言われていない顔をしている。
「……その番号で呼ばないでください」
ニルは、答えなかった。
右目が青く、左目が赤い。
その目が、映像の中の自分を、じっと見ていた。
最後の一行で、広場が崩れた。
誰かが膝をつき、誰かが泣き出し、誰かが投影へ向かって走り出した。
「……嘘だ」
レンが、掠れた声で言った。
「そんなうまい話があるか」
「……本当です」
ユナが、紙から顔を上げずに言った。
声が震えていた。
「復元命令の構造上、嘘をつく必要がないんです」
「あれは、七年前の状態を再現するだけの系です」
「七年前、あの人たちは生きていました。だから、生き返ります」
「じゃあ……じゃあ、代わりに何が消えるの」
「七年ぶんです」
「復興も、共界門も、評議会も」
「そして」
ユナは、そこで一度だけ言葉を切った。
「分裂後に生まれた人が、全員」
「同じだろ!」
広場に、声が上がりはじめた。
最初は一人。次に十人。
「戻してくれ」
「うちの息子が、そこにいるんだ」
「七年、待ったんだ」
レンは、その声を聞いていた。
反論できなかった。
言葉が、一つも出てこなかった。
――七年前、あの日、瓦礫の前で三十分動けなかった自分が、もし同じ提案をされていたら。
断れただろうか。
「レン」
アカリが、隣で拳を握っていた。
彼女も、何も言えていなかった。
「あたし、今、一瞬だけ」
「……一瞬だけ、いいなって思った」
「……俺もだ」
そのとき、広場の群衆の隙間から、小さな声がした。
「ねえ」
六歳の女の子だった。
三崎ノノ。四つ折りの紙を、両手で握っている。
父親が慌てて抱き上げようとしたが、子供は投影の前へ出た。
「きいていい?」
「わたしは、うまれるの?」
広場が、静まり返った。
白い投影は、すぐには答えなかった。
いや、正確には、〇・二秒だけ止まった。
そして、答えた。
嘘をつかない、というのは、そういうことだった。
「うまれないの?」
「……それって、いなくなるってこと?」
ノノは、しばらく黙っていた。
六歳だった。
世界の仕組みも、人数の重さも、まだ分からない。
分からないぶん、まっすぐだった。
「おとうさんとおかあさんが、いてほしいのはわかる」
「でも、わたしがいなくなるほうは、いらない」
彼女は、握っていた紙を広げた。
いびつな四文字が、鉛筆で書いてある。
どこにも登録されていない、自分の名前。
「わたし、ここにいるもん」
父親が、子供を抱き上げた。
顔が、真っ白だった。
――そして、その父親の腕を、蒼界側の代表が掴んだ。
「待て。今のを聞いたな」
彼は、投影ではなく、群衆へ向かって叫んだ。
「集計対象外だと言ったぞ!」
「六歳が答えたら、対象外だとよ!」
広場の空気が、一度だけ、揺れた。
「――ちょっと待って」
艦橋で、アカリが立ち上がっていた。
「あんた、今なんて言った」
「その前」
「……そうか」
アカリの顔から、迷いが消えた。
怒りでもない。もっと静かなものだった。
「あんた、みんなを救うって言ってるけど」
「
「その登録、七年前のでしょ」
「七年前に登録されてない人は、意見も言えないの?」
アカリは、笑った。
ぞっとするほど、静かに笑った。
「それ、救済じゃなくて」
「
カナメが、一歩前へ出た。
「――そこまでにしましょう」
「ゼロ。あなたに一つだけ質問をします」
「復元命令を実行する権限は、誰が持っていますか」
「他には」
「……なるほど」
カナメは、はじめて小さく息を吐いた。
「では、問いを立て直します」
彼女は、艦橋の全員を見回した。
「私たちが証明すべきなのは、七年間が正しかったことではありません」
「
白い投影が、薄れはじめた。
最後に、重なった声が一度だけ言った。
「……純粋な差分?」
レンの背筋が、凍った。
「――待て」
投影は、もう消えていた。
格納庫。
レンは走った。
アズールの操縦席へ飛び込み、電源を入れる。
「アズール!」
文字が、浮かんだ。
二文字まで出るはずだった。
一文字だった。
「……アズール」
掌部の青いコアが、二度、瞬いた。
了解。
そういう意味だと、二人で決めた合図だった。
「……了解じゃない」
「今のは、了解って場面じゃないだろ」
コアは、もう一度だけ二回瞬いて――そして、しばらく光らなかった。
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敵の論理を全部出す回でした。
起点管理核ゼロは嘘をつきません。七年前、あの人たちは生きていた。だから復元すれば生き返る。ここに一箇所も嘘がないので、反論できません。レンもアカリも「一瞬だけ、いいなと思った」と認めます。認めないと、この話は嘘になると思いました。
アウレルの証言でいちばん書きたかったのは、彼がゼロを庇わなかったことです。「都合の悪い相手を全部一人へまとめると、また間違える。私はそれを七年前にやった」。知らなかった部分と、知りながら利用した部分を分けて記録しろ、混ぜると自分はまた都合のいいほうへ読み替える。この男は最後まで、自分を許さない形でだけ喋ります。
二千五百五十五日。七年ぴったりです。ゼロは復元点を保存したあと、実行の許可をその日数だけ待ちました。誰も来なかったので、待機のほうを異常と判定した。悪意ではなく、放置された装置がひとりで結論を出してしまった話です。
崩し方は、論破ではありませんでした。六歳が「じゃあ、いらない」と言い、ゼロが「あなたは選択の主体として登録されていません」と答えてしまう。ここで問いが変わります。証明すべきなのは七年間が正しかったことではなく、誰が選ぶ側に入るのかを一つの装置が決めていいのか、です。
アカリの「ただの多数決の不正じゃん」は、彼女がいま任務から外されかけている立場だからこそ出た言葉でもあります。誰に聞くかを他人が決める、というのを、彼女は今いちばん近くで味わっています。
よければ、ひとつだけ教えてください。
あなたがあの広場にいたら、どちらの側の声を出しましたか。
次回、第19話「壊れたままの会話」。次に解放されるのは、あの二つの声です。