旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

22 / 31


 共界門の奥が、白く裏返りました。

 向こうにあるのは、七年前です。

 ただし、戻れる過去ではありません。止まったままの一秒です。

 そして向こうでは、声を出すほうが危険になります。

【挿絵表示】




第20話 始まりへ落ちる

第四篇「ZERO BREAK篇」

第20話 始まりへ落ちる

 

 

「声がないのは、欠陥だった。

 

 今日からは、いちばん安全な手段だ」

 

◇

 

 朝、共界門は白かった。

 

 青と赤が重なって透明になっていた廊下が、根元から白く塗り替わっている。

 

 いや、塗られたのではない。

 

 裏(・)返(・)っ(・)た(・)のだ。

 

 二つの世界をつなぐ扉が、別の場所への入口になっていた。

 

「――計測、出ました」

 

 白瀬ユナの声は、落ち着いていた。

 

 落ち着かせるために、意識的にそうしていた。

 

「門の奥行きが、二百十メートル伸びています」

 

「昨日まで、大人が二人並んで通れる六メートルの廊下でした」

 

「今は、その先に施設が一つ丸ごとあります」

 

「……施設」

 

「インフィニティ・ギア、第三研究区画」

 

「七年前に消えた場所です」

 

◇

 

 艦橋。

 

「行く人間を決めます」

 

 御堂カナメが、卓の上に図を広げた。

 

「通れるのは、人型機三機と、小型艇一隻まで」

 

「それ以上の質量を入れると、門の位相が保ちません」

 

「――ノア・ギアは、残ります」

 

「艦長は」

 

「残ります」

 

 カナメは、即答した。

 

「なんでだ。あんたが一番」

 

「あなたたちが向こうにいるあいだ、こちらでは復元率が上がり続けます」

 

「街の記録が消え、子供の名前が消え、誰かが『もう戻してもらったほうがいい』と言い出します」

 

「そのとき、艦長がいないと止められない――のではありません」

 

 彼女は、顔を上げた。

 

「そのとき、艦(・)長(・)が(・)決(・)め(・)て(・)は(・)い(・)け(・)な(・)い(・)んです」

 

「決めるのは評議会と市民です。私は、その決め方が壊れないように見張る役です」

 

「それを放り出して前線へ行ったら、私は七年前のあの人たちと同じになります」

 

 レンは、返す言葉を探して――やめた。

 

「……行ってきます」

 

「はい」

 

 カナメは、はじめて小さく笑った。

 

「数えて帰ってきなさい」

 

◇

 

 進入隊の編成が読み上げられた。

 

 蒼界機アズール。操縦者、蒼羽レン。

 

 紅界機フレア。操縦者、緋月アカリ。

 

 ZC-01ヴァイス。操縦者、カイン。

 

 小型艇一隻。乗員、白瀬ユナ、ニル、そして――

 

「九条マオ。乗るわ」

 

 通信画面の向こうで、彼女はもう工具箱を担いでいた。

 

「向こうの機材、全部七年前の規格でしょ。誰か触れる人間が要る」

 

「マオ」

 

 真壁ゲンゴが、渋い顔をした。

 

「俺が行く」

 

「あんたは残って。こっちの共界門が崩れたら、帰り道がなくなる」

 

「……」

 

「ゲンゴ」

 

 マオは、工具箱を叩いた。

 

「入口を押さえるほうが、地味で、大事で、誰も褒めない仕事よ」

 

「あんたの得意分野でしょ」

 

 ゲンゴは、しばらく黙っていた。

 

 それから、自分の工具箱から一本のレンチを抜いて、通信画面へ掲げた。

 

「紅界式の耐熱楔、十二番」

 

「持ってけ」

 

「……あんた、いつの間に」

 

「共界門の初日から、一本借りっぱなしだ」

 

◇

 

 出発前。

 

 ニルが、ユナの隣に立っていた。

 

「ユナさん」「航路のことです」

 

「はい」

 

「今回、私は保存しません」

 

「……全部ですか」

 

「全部です」

 

 ユナの手が、紙の上で止まった。

 

「ニルさん。それは――記録係を、やめるということですか」

 

「いいえ」

 

 白い髪の少女は、首を振った。

 

「前に一度、その場の一手だけ書きませんでした」

 

「今度は」「作戦そのものです」

 

「進入角、滞在時間、退出経路、全員の配置」

 

「どこにも残しません」

 

「読まれるからですね」

 

「はい」

 

「向こうは、ゼロの記録領域です」「電子に置いた瞬間、作戦は敵の手元にあります」

 

「……では、誰が覚えるんですか」

 

 ニルは、少しだけ迷った。

 

 それから、答えた。

 

「六人で、一つずつ持ちます」

 

「私が全部持つのは」「私が読まれたときに、全部消えるからです」

 

 ユナは、鉛筆を置いた。

 

 そして、はじめて笑った。

 

「……ニルさん。あなた、ほんとうに解析向いてますよ」

 

◇

 

「アズール」

 

 射出前、レンは操縦席で一度だけ声に出した。

 

『レ』

 

「……うん」

 

「向こうじゃ、しばらく喋らない」

 

「通信も切る。ゼロに読まれるからな」

 

『レ』

 

「三日前まで、お前が喋れないのは欠陥だった」

 

 レンは、操縦桿を握り直した。

 

「今日からは、この六人でいちばん安全な通信手段だ」

 

 掌部の青いコアが、二度、瞬いた。

 

 了解。

 

「行くぞ、相棒」

 

 コアが、もう一度だけ二回、瞬いた。

 

 ――それから、三回。

 

「……おい」

 

「今の、フレアのやつだろ」

 

 返事は、なかった。

 

 レンは、笑うしかなかった。

 

◇

 

 白い廊下を抜けた瞬間、音が変わった。

 

 風がない。

 

 空気が動いていない。

 

 方眼状の管理線が、床にも壁にも天井にも走っている。

 

 色は白と、透明と、薄い琥珀。

 

 そして――止まったものが、いくつもあった。

 

 空中で静止した火花。

 

 床から三十センチのところで浮いている工具。

 

 閉じかけたまま止まった防火扉。

 

 どれも、七年前のその一秒のままだった。

 

 遠くには青空がある。

 

 蒼界の青でも、紅界の赤でもない、ただの青空。

 

 太陽も、雲も、動かない。

 

「……綺麗ですね」

 

 マオが、小声で言った。

 

「綺麗なだけね、これ」

 

「そう言ったのが二人目だ」

 

 カインは、ヴァイスの外部音声だけを最小で使っていた。

 

「一人目も、綺麗ですね、と言った」

 

「……ニル、だな」

 

「そうだと思った」

 

◇

 

 第三研究区画の中は、時間が止まっていた。

 

 書きかけの書類が机の上にあった。文字が途中で切れている。

 

 倒れかけた椅子が、床から五度傾いたまま浮いていた。

 

 コーヒーの入った紙コップが、机の縁から落ちる途中で止まっていた。

 

 人は、いなかった。

 

 人だけが、いなかった。

 

「……職員の生体は」

 

 ユナが、端末ではなく紙に書きながら言った。

 

「保管区へ移されています。位置は、地下二層」

 

「三百十二人か」

 

「はい」

 

◇

 

 地下一層の廊下で、ニルが足を止めた。

 

 壁一面が、透明な棚になっている。

 

 棚の中には、小さな琥珀色の球が並んでいた。

 

 一つ一つに、名前の札がついている。

 

「……生体識別情報です」

 

「意識ではありません」「その人が誰かを示す、登録のほうです」

 

 レンは、機体を降りていた。

 

 徒歩でなければ入れない区画だった。

 

 彼は、棚の札を目で追った。

 

 職員の名前が並んでいる。

 

 見学者の名前が並んでいる。

 

 そして――

 

「…………」

 

 彼は、止まった。

 

 棚の、いちばん低い段。

 

 子供の身長に合わせたような高さに、二つの球が並んでいた。

 

 蒼羽レン 十歳

 

 緋月アカリ 十歳

 

 隣り合っていた。

 

 七年間、ずっとそうしていたのだろう。

 

「……並んでる」

 

 アカリも、機体を降りてきていた。

 

 二人は、しばらく動けなかった。

 

◇

 

 琥珀色の球の中には、光が入っている。

 

 その光は、動いていなかった。

 

 十歳の蒼羽レン。

 

 まだ誰の名前も刻んでいない。

 

 まだ、一人も助けられなかったことがない。

 

 十歳の緋月アカリ。

 

 まだ柱に線を足していない。

 

 まだ、七回も名前を彫っていない。

 

「……これ」

 

「ゼロは、これを正しいあたしたちだって言うんだよね」

 

「そうだな」

 

「原本だってさ」

 

 アカリが、鼻で笑った。

 

「原本って、上書きするほうの言い方でしょ」

 

「そうか」

 

「そうだよ」

 

 彼女は、球に触れなかった。

 

 触れられる距離まで近づいて、手を下ろした。

 

「あたしたち、上書きしに来たんじゃないもん」

 

◇

 

 レンは、自分の球を見ていた。

 

 十歳の自分。

 

 七年ぶん軽い自分。

 

「……原本じゃない」

 

 彼は、言った。

 

「こいつは、俺の原本じゃない」

 

「まだ何も選んでない。誰も助けてない。誰も踏み潰しかけてない」

 

「そういう俺だ」

 

「――始まりだ。原本じゃなくて」

 

「……うん」

 

「始まりは、上書きしなくていい」

 

「そこから歩いたぶんが、俺だ」

 

 二人は、球に何もしなかった。

 

 壊さなかった。持ち出さなかった。記録もしなかった。

 

 ただ、そこに置いたまま、通り過ぎた。

 

 背後で、ニルが記録装置を持ち上げかけて――やめた。

 

「……登録しません」

 

「見ました」「それだけで、足ります」

 

◇

 

 棚の区画を抜けた先に、扉が一つあった。

 

 半分だけ開いている。

 

 その向こうは、白い部屋だった。

 

 円形の観測室。

 

 中央に、三つの足場。

 

 床が、一箇所だけ割れている。

 

 割れかけたまま、止まっている。

 

 カインが、そこで足を止めた。

 

「……カイン」

 

「入らん」

 

「そうか」

 

「用がない」

 

 彼は、扉の手前から動かなかった。

 

 黒い識別帯の巻かれた左手が、下がったままだった。

 

 七年前、あの割れ目から落ちたのは彼だ。

 

 落ちた先が零座標で、そこから七年、生身で歩いて帰ってきた。

 

 いま目の前にあるのは、その割れ目がま(・)だ(・)割(・)れ(・)き(・)っ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)状態だった。

 

「……足、震えてる」

 

「震えていない」

 

「震えてる」

 

「……足元が滑りやすい」

 

「床、止まってるけど」

 

「…………」

 

 アカリは、それ以上言わなかった。

 

 代わりに、彼の隣に立った。

 

 何も喋らず、ただ同じ方向を向いた。

 

 しばらくして、カインが紙包みを出した。

 

 飴を一つ取り、もう一つ取って、アカリへ渡す。

 

「……補給?」

 

「補給だ」

 

「うん」

 

 二人は、割れかけた床を見ていた。

 

「……一つだけ言っておく」

 

「あそこから落ちたとき、俺は誰にも名前を呼ばれていない」

 

「K-0としか呼ばれていなかった」

 

「だから、あの割れ目に落ちたのは俺じゃない」

 

「番号だ」

 

「……うん」

 

「名前をもらったのは、落ちたあとだ」

 

「――順番が、そうなってる」

 

 彼は、扉へ背を向けた。

 

「行くぞ。用があるのは、地下だ」

 

◇

 

 地下二層。

 

 保管区の扉は、七年前の規格で閉じていた。

 

「開くわよ」

 

 マオが、蒼界式の精密留め具を、紅界式の耐熱楔の上へ噛ませた。

 

 ゲンゴから借りっぱなしの、十二番。

 

「……これ、七年前の図面にない組み合わせね」

 

「だから開くのか」

 

「そう。復元命令が、この留め方を知らないの」

 

「戻す先がないものは、戻せない」

 

 扉が、軋みながら開いた。

 

◇

 

 中は、広かった。

 

 天井が高く、床が円形に沈んでいる。

 

 その円の上に――光が、並んでいた。

 

 琥珀色の、小さな球。

 

 一つ一つに、名前の札。

 

 数えるまでもなかった。

 

 整然と、規則正しく、静かに。

 

 三百十二。

 

「……全部、人か」

 

「意識状態記録です」

 

 ユナの声が、震えていた。

 

「本人の記憶を持っています。ですが、七年間を生きてはいません」

 

「起きているのでも、死んでいるのでもありません」

 

「――待っています」

 

◇

 

 レンは、円の縁を歩いた。

 

 札を、一つずつ見た。

 

 知らない名前ばかりだった。

 

 だが、広場で聞いた声の主が、この中にいる。

 

 誰かの父親。誰かの姉。

 

 そして。

 

「……おい」

 

 彼は、円の外側で足を止めた。

 

 そこは、保管区の隅だった。

 

 壁際に、何かが積んである。

 

 白い、小さな金属製の容器。

 

 空のものが、山になっていた。

 

 一つや二つではない。

 

 何百個も、几帳面に、高さを揃えて積まれていた。

 

「これ……非常食の、スープの容器か」

 

 その脇に、毛布が一枚。

 

 畳んである。

 

 床に、擦れた跡が残っている。

 

 同じ場所に、何度も座った跡だった。

 

「……誰か」

 

 アカリの声が、掠れた。

 

「誰か、ここで起きてたんだ」

 

「三百十二人が寝てる部屋で」

 

「――ずっと、一人で」

 

◇

 

 ユナが、容器の山の前にしゃがみ込んだ。

 

 彼女は、それを数えはじめた。

 

 紙に、鉛筆で。

 

 一分後、彼女は手を止めた。

 

「……二千五百五十五」

 

 誰も、何も言わなかった。

 

「一日一個です」

 

「七年ぶん、一個も欠けていません」

 

◇

 

 そのとき、保管区の奥で、金属が鳴った。

 

 容器が一つ、床へ落ちた音だった。

 

 全員が振り向く。

 

 円の向こう側、光の列の切れ目に、人影が立っていた。

 

 白銀と橙の、旧式の接続服。

 

 短い灰褐色の髪。前髪の一房だけが白い。

 

 琥珀色の瞳。

 

 その手には、飲みかけの容器があった。

 

 彼女は、ひどく驚いた顔をしていた。

 

 そして、驚いたまま、最初にこう言った。

 

「……人が、二人以上いる」

 

 七年ぶりに見る光景だったのだと、そのとき全員が理解した。

 

◇

 

 三百十二人が眠る部屋に、毛布が一枚あった。

 

 空の容器が、二千五百五十五個あった。

 

 一秒に閉じ込められた七年を、数えていた人がいた。

 

第21話「一秒を生きた少女」へ続く

 

 






 共界門が、別の場所への入口に変わりました。

 カナメが残った理由を、いちばん書きたかった回です。艦長がいないと止められないのではなく、そのとき艦長が決めてはいけない。決めるのは評議会と市民で、彼女はその決め方が壊れないように見張る役です。それを放り出して前線へ行ったら、七年前のあの人たちと同じになる。戦場では命令できた人が、平時には命令しないことを選びました。

 ニルは、作戦そのものを保存しませんでした。前は戦闘中の一手だけでしたが、今回は進入角も滞在時間も退出経路も配置も、どこにも残しません。そして自分が全部を持つこともしませんでした。自分が読まれたときに全部消えるからです。六人で一つずつ持つ。記録係が、記録の持ち方まで設計しはじめた回でした。

 声を失ったことが、はじめて利点になります。向こうはゼロの記録領域なので、電子通信は全部読まれる。三日前まで欠陥だったものが、いちばん安全な手段になりました。アズールが最後に二回、そのあと三回まばたきしたのは、フレアのやり方を覚えてしまったからです。ゼロはそれを収束と読みますが、レンは笑いました。

 そして棚の低い段に、十歳の二人が並んでいました。ゼロはあれを原本と呼びます。アカリの「原本って、上書きするほうの言い方でしょ」と、レンの「始まりだ。原本じゃなくて」で答えにしました。二人は球に何もしません。壊さず、持ち出さず、記録もしない。通り過ぎただけです。

 空の容器、二千五百五十五個。前回ゼロが言った待機日数と同じ数字です。一日一個、一個も欠けていません。三百十二人が眠る部屋で、七年間ずっと一人だけ起きていた人がいました。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 いちばん残ったのは、十歳の二人が並んでいた棚でしたか。それとも、畳まれた毛布のほうでしたか。

 次回、第21話「一秒を生きた少女」。彼女が七年前に何をして、どうやってあの信号を送ったのかを、本人の側から描きます。

【用語】起点層/分裂一秒前に保存された管理用の復元領域。過去そのものではなく、戻っても歴史はやり直せない。


【用語】生体識別情報/その人が誰かを示す登録。意識ではない。棚の低い段に、十歳の二人が並んでいた。


【用語】意識状態記録/緊急避難用に保存された三百十二名分。本人の記憶を持つが、七年間を生きてはいない。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。