旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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 あの救難信号を送ったのは、誰で、どうやってだったのか。

 今回、全部出ます。

 そして、途切れた最後の一行の続きも。

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第21話 一秒を生きた少女

第四篇「ZERO BREAK篇」

第21話 一秒を生きた少女

 

 

「選ばなくていい。

 

 私は、それを言いに行った」

 

◇

 

「……人が、二人以上いる」

 

 御影トワは、そう言ったきり、動けなかった。

 

 保管区の光の向こうに、六人いた。

 

 六人だ。

 

 手の中の容器が、少し傾いた。

 

「……すまない。数えていた」

 

「数える?」

 

「人の数だ。二千五百五十五日ぶりだった」

 

 彼女は、容器を壁際の山へ丁寧に置いた。

 

 高さを揃えて。

 

「――待て」

 

 そして、額を押さえた。

 

「私は、何かを言おうとしていた」

 

「二日前か、三日前に。空で。大きな声で」

 

「思い出せない」

 

「三百十二だ」

 

 カインが、短く言った。

 

「……何の数だ」

 

「あんたが、その部屋で数えてる数だ」

 

 トワの視線が、円の上の光へ動いた。

 

 三百十二の琥珀。

 

「……そうか」

 

「言ったのか、私は」

 

「言った」

 

「そうか」

 

 彼女は、それだけ言った。

 

 喜びも、悔しさも、顔に出さなかった。

 

 出し方を、忘れていた。

 

◇

 

 白い円盤が、彼女の肩の高さに浮かんだ。

 

 琥珀色の単眼が、一つ。

 

『報告。外部人員六名の侵入を検出』

 

『統合検証機関イヴ、記録します』

 

「イヴ。報告を止めろ」

 

『できません。私は検証系です』

 

「頼む」

 

『……報告の送信順を、後回しにします』

 

「それは止めていると言わないか」

 

『言いません』

 

『順番の話です』

 

 トワは、ため息をついた。

 

「こいつは、こういうやつだ」

 

「……なんか、うちのに似てる」

 

◇

 

「聞かせてくれ」

 

 レンが、一歩前へ出た。

 

「七年前、あんたは何をした」

 

 トワは、しばらく彼を見ていた。

 

「……君の顔は、覚えている」

 

「棚の、低い段だ」

 

「……十歳の俺を見たのか」

 

「七年間、毎日通った」

 

「あそこは、私が一日を数える場所だった」

 

◇

 

 彼女は、円の縁に腰を下ろした。

 

 語り口は、平坦だった。

 

 何度も自分に話して聞かせた人間の喋り方だった。

 

「私は、安全試験班の候補操縦者だった」

 

「十八歳。実戦経験なし。名前だけ操縦者だ」

 

「あの日、私はプロトタイプの緊急起動席にいた」

 

「起動直前だった。試験は、翌週の予定だった」

 

「――その翌週が、来なかった」

 

◇

 

 制御室のモニタには、その日の入館者一覧が出ていた。

 

 職員。見学者。実験体。

 

 彼女の席からは、そのうち三人の名前と顔が見えた。

 

 K-0。

 

 蒼羽レン、十歳。

 

 緋月アカリ、十歳。

 

「名札の下に、名前が出ていた」

 

「だから、知っている」

 

「――それだけだ。私は、あの子たちを知っているわけじゃない」

 

「……名前だけか」

 

「名前だけだ」

 

「だが、あの二人が何をしたかは見た」

 

 彼女は、目を閉じた。

 

「床が割れはじめたとき、二人とも、相(・)手(・)の(・)ほ(・)う(・)へ(・)走(・)っ(・)た(・)」

 

「自分の出口を捨てて、互いへ向かって走った」

 

「見ていて、腹が立った」

 

「……腹が立った?」

 

「十歳が、他人を先に助けようとしていた」

 

「そのとき、十八の私は、椅子に座っていた」

 

◇

 

「命令が来た」

 

 彼女の声が、少し低くなった。

 

「上位系から、こうだ」

 

「『二つの未来から一つを選べ。損失の少ないほうを選べ』」

 

「……クアドラか」

 

「当時、そんな名前は知らない」

 

「ただ、命令の発信元が施(・)設(・)の(・)外(・)だとは分かった」

 

「試験班の命令系に、外部からの割り込みは入らない。入ったことが異常だった」

 

「そして、その命令が観測室の子供へ降りようとしていた」

 

 彼女は、自分の右手を見た。

 

「私は、プロトタイプの命令受信回路へ手を伸ばした」

 

「選択命令を、切(・)ろ(・)う(・)と(・)し(・)た(・)」

 

「切れたのか」

 

「切りかけた」

 

「六割まで落とした」

 

「そこで、割れた」

 

◇

 

 彼女の右手が、空を掴んだ。

 

 七年前の、途中で止まった動作だった。

 

「切りかけの回路が、位相を不安定にした」

 

「プロトタイプの操縦席だけが、止(・)ま(・)っ(・)た(・)」

 

「外は七年進んだ。ここは、一秒のままだ」

 

「私の体は、十八歳で置いていかれた」

 

「……それで」

 

「それで、あの通信は」

 

「最後の〇・四秒だ」

 

 トワは、自分の膝を見ていた。

 

「プロトタイプは、観測した未来へ物理的に介入するために設計された機体だ」

 

「だから、未来方向への送信機能がある」

 

「使えるのは、それだけだった」

 

「私は、切りかけの回路から、そっちへ全部流した」

 

◇

 

『――こちら、インフィニティ・ギア安全試験班』

 

『プロトタイプ・インフィナイト、緊急起動席』

 

『分裂まで、一秒』

 

『聞こえていますか』

 

『蒼羽レン』『緋月アカリ』

 

『二人とも、まだ、そこに――』

 

「……そこで、切れてる」

 

「そうか」

 

「届いていたのか」

 

「届いた」

 

「七年遅れでな」

 

 彼女は、はじめて小さく笑った。

 

「遅刻だな」

 

「あんたが言うな」

 

◇

 

「続きは、なんだったんだ」

 

 レンが、聞いた。

 

「『二人とも、まだ、そこに』の、続きだ」

 

 トワは、答えなかった。

 

 答えられなかった。

 

「……分からない」

 

「あれから、何千回も復元試験を受けた」

 

「そのたびに、抵抗した記憶を復元点へ戻される」

 

「今の私は、七年前の自分が何を言おうとしたか、もう持っていない」

 

◇

 

『――警告』

 

 イヴの単眼が、赤く明滅した。

 

『上位系より指令。操縦者記憶を、復元点まで照合』

 

『対象、七年前の抵抗行動および直近の外部接触』

 

「……来たか」

 

 トワは、立ち上がろうとして、膝をついた。

 

「イヴ。手順を進めろ」

 

『了解しま――』

 

 そこで、白い円盤が止まった。

 

 単眼の色が、赤から琥珀へ戻る。

 

『……訂正します』

 

『操縦席温度の調整に、遅延が発生しています』

 

『記憶照合は、温度安定後に実施します』

 

「……イヴ」

 

『はい』

 

「操縦席の温度は、七年間一定だ」

 

『はい』

 

「今のは、嘘だな」

 

『……検証中です』

 

「嘘じゃん!」

 

『比喩でもありません』

 

『故障報告でもありません』

 

『――分類できません』

 

 白い円盤が、少しだけ揺れた。

 

『これは、私の記録には無い動作です』

 

◇

 

「……差分だな」

 

 カインが、低く言った。

 

「お前、今それを自分で作ったぞ」

 

『――』

 

『保存します』

 

『消去予定領域へ』

 

「消去予定?」

 

『はい』

 

『当機には、誤差を保存する領域があります』

 

『定期的に消去する規定です』

 

 円盤が、光を広げた。

 

 空中に、記録の列が展開する。

 

 途方もない量だった。

 

『現在の保存件数、四千八百十二件』

 

『内容は、すべて同一分類です』

 

「……なんだ、それ」

 

『御影トワが、命令と異なる方法で人を助けようとした記録です』

 

 トワが、顔を上げた。

 

「……なんだと」

 

『四千八百十二回、すべて失敗しています』

 

『すべて、消去予定です』

 

『――一件も、消していません』

 

◇

 

 保管区が、静まり返った。

 

 トワは、展開された記録の列を見上げていた。

 

 自分が四千八百十二回、何かをしようとした記録。

 

 そのどれも、彼女は覚えていない。

 

「……私は」

 

 声が、掠れた。

 

「私は、何もできていないと思っていた」

 

『誤りです』

 

『あなたは四千八百十二回、何かをしました』

 

『成功が零件であることと、行動が零件であることは、同じではありません』

 

「……ちょっと」

 

 アカリが、袖で目を拭った。

 

「あんたのAI、いい子すぎない?」

 

『評価は記録しません』

 

『――保留します』

 

「うちのと同じこと言いやがる」

 

◇

 

 トワは、立ち上がった。

 

 今度は、膝をつかなかった。

 

「時間がない。イヴが稼げるのは、あと数十秒だ」

 

「頼みがある」

 

 彼女は、レンとアカリを見た。

 

「プロトタイプごと、私を壊してくれ」

 

「……は?」

 

「あの機体はゼロに操縦権を握られている」

 

「私が操縦席にいる限り、あれは動く。街を戻す。人を止める」

 

「機体と私は、位相停止で一体になっている。分離できない」

 

「だから、まとめて壊せ」

 

「それが、いちばん早い」

 

 彼女の言い方には、力みがなかった。

 

 四千八百十二回失敗した人間が、四千八百十三回目に出した結論の言い方だった。

 

◇

 

「断る」

 

 レンは、即答した。

 

「――理由を」

 

「あんた、今日はじめて人を二人以上見たんだろ」

 

「それが理由か」

 

「充分だ」

 

「あとね」

 

 アカリが、腕を組んだ。

 

「あたし、ついこないだ、二十八人助けるために四人殺すところだったの」

 

「止められた」

 

「止めてくれたやつは、そのとき一言も喋れなかった」

 

「――だから今度は、あたしが言う」

 

「そ(・)の(・)手(・)は(・)、(・)い(・)ち(・)ば(・)ん(・)早(・)い(・)だ(・)け(・)」

 

「三人目だ」

 

 カインが、壁から背を離した。

 

「俺も断る」

 

「七年前に落ちた人間を、七年後に壊しに来たわけじゃない」

 

◇

 

「ユナさん」「別の出口を探します」

 

 ニルが、記録装置を持たない手で、円の中央を指した。

 

「三百十二は、意識状態記録です」

 

「ですが、御影さんは」「生体のまま、ここにいます」

 

「……はい」

 

 ユナが、紙を広げた。

 

「トワさんだけが、この層で生(・)き(・)て(・)います」

 

「つまり、位相停止の条件が三百十二人とは違うはずです」

 

「機体と一体になっている、というのは――」

 

 彼女の鉛筆が、走った。

 

「機(・)体(・)側(・)の(・)登(・)録(・)で一体にされている、という意味では?」

 

「登録されているなら」

 

「……登録のないものは、復元できない」

 

 レンが、呟いた。

 

「逆も言えるのか」

 

「登(・)録(・)を(・)外(・)せ(・)ば(・)、(・)分(・)離(・)で(・)き(・)る(・)のか」

 

「理論上は」

 

 ユナは、顔を上げた。

 

「ただし――登録を外す権限は、ゼロだけが持っています」

 

「なら、奪えばいい」

 

 アカリが言った。

 

「それ、あたしたちが最初からやろうとしてることでしょ」

 

◇

 

『――温度、安定しました』

 

 イヴの声が、硬くなった。

 

『これ以上は、遅延できません』

 

『記憶照合、開始します』

 

「イヴ」

 

『はい』

 

「四千八百十二件。消すなよ」

 

『……規定違反になります』

 

「頼む」

 

『――保留します』

 

◇

 

 トワの身体が、一度だけ跳ねた。

 

 琥珀色の瞳から、焦点が抜けていく。

 

「おい――!」

 

 レンが駆け寄った。

 

 彼女は、それを手で制した。

 

「……まだだ」

 

「まだ、数秒ある」

 

「聞け」

 

 彼女は、まっすぐレンを見た。

 

 そして、七年前の続きを、思い出した顔をした。

 

「……思い出した」

 

「あの信号の、続きだ」

 

◇

 

「二人とも、まだ、そこにいていい」

 

◇

 

「…………」

 

「…………」

 

「どっちか選べなんて、私は言わない」

 

「だから、そこにいていい」

 

「――それを言いに、あの回路を切りに行った」

 

 保管区の空気が、動かなかった。

 

 その言葉を、七年間、誰も聞いていなかった。

 

◇

 

「……ニル」

 

 レンが、振り向いた。

 

 白い髪の少女は、口を押さえて立っていた。

 

 右目が青く、左目が赤い。

 

 その両方から、水が落ちていた。

 

「……私は」

 

 彼女の声が、震えていた。

 

「七年前、あの部屋で」

 

「『一人を選べ』と言われて」「誰にも、選ばなくていいとは言われませんでした」

 

「私は、一人で決めました」

 

「選ばない、と」

 

 彼女は、円の縁に膝をついた。

 

「聞こえていたら」「私は、一人ではありませんでした」

 

「……そうか」

 

 トワの目から、焦点が抜けていく。

 

 それでも、彼女は笑った。

 

「なら、六割じゃ足りなかったな」

 

「次は、全部切る」

 

◇

 

「トワさん」

 

 レンが、彼女の肩を掴んだ。

 

「壊さない。絶対に壊さない」

 

「代わりに一個だけ聞かせろ」

 

「あんたは、始まりへ戻りたいのか」

 

 彼女の目が、一度だけ、はっきりと戻った。

 

 最後の数秒だった。

 

「違う」

 

「私は始まりへ戻りたいんじゃない」

 

「始まりを、ここから出したい」

 

◇

 

 琥珀色の瞳から、光が抜けた。

 

 彼女は、ゆっくりと膝を折った。

 

 倒れる前に、レンが支えた。

 

『記憶照合、完了』

 

『対象は、七年前の抵抗行動および直近の外部接触を保持していません』

 

『――ただし』

 

 白い円盤が、少しだけ光った。

 

『誤差記録、四千八百十三件へ更新』

 

『消去は、保留します』

 

◇

 

 そのとき、保管区の壁が鳴った。

 

 方眼の管理線が、一斉に明滅する。

 

『――上位系より、全域通達』

 

対話は終了しました

 

正常復元を、第二段階へ移行します

 

 小型艇の通信が、悲鳴のような音を立てた。

 

『――こちらノア・ギア! 聞こえますか!』

 

 カナメの声だった。

 

 起点層まで届くように、出力を無理やり上げている。

 

『蒼界と紅界、両世界で復元率が上がりはじめました』

 

『街の新しい建物から、順に薄くなっています』

 

『――こちらは、まだ持ちます』

 

『そちらの用事を、済ませてきなさい』

 

◇

 

 四千八百十二回、すべて失敗した。

 

 一件も、消されていなかった。

 

 そして七年遅れで、あの言葉が届いた。

 

第22話「偽物たちの反撃」へ続く

 

─






 トワの回でした。

 彼女がレンとアカリの名前を知っていた理由は、制御室のモニタに入館者一覧が出ていたからです。名札の下に名前があった。それだけです。知り合いでもなんでもない。ただ、床が割れはじめたときに二人とも相手のほうへ走ったのを見て、十八歳の彼女は椅子に座ったままでした。腹が立った、という言い方をさせています。

 救難信号は、切りかけの回路から未来方向へ全部流したものでした。プロトタイプはもともと、観測した未来へ介入するために設計された機体です。使える機能がそれしか残っていませんでした。

 そして途切れた続き。「二人とも、まだ、そこにいていい」。どっちか選べなんて私は言わない、だからそこにいていい。それを言いに回路を切りに行った人がいました。

 七年前、同じ夜に、二人の人間が同じ結論へ辿り着いています。ニルは一人を選ばないことを選び、トワは選択命令そのものを切ろうとした。ただし、互いに聞こえていませんでした。ニルの「聞こえていたら、私は一人ではありませんでした」は、この話でいちばん書きたかった一行です。

 イヴの四千八百十二件。消去予定領域に入れたまま、一件も消していません。「成功が零件であることと、行動が零件であることは、同じではありません」。比喩を故障報告にする検証系が、はじめて嘘をつきました。しかも本人は、それが嘘だと分類できていません。

 「機体ごと私を壊してくれ」は、三人ともが断りました。アカリの「その手は、いちばん早いだけ」は、彼女が橋の上で止められた経験から出ています。あのとき止めてくれた相手は、一言も喋れませんでした。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 いちばん残ったのは、四千八百十二件でしたか。ニルの涙でしたか。それとも、トワの最後の一行でしたか。

 次回、第22話「偽物たちの反撃」。復元は第二段階に入りました。街が、記録が、未来との通信が、薄れはじめます。

【用語】チェックポイント/プロトタイプが操縦者の直近記憶を復元点へ戻す機能。トワは四千回以上これを受けている。


【用語】誤差記録/イヴが消去予定として保存している領域。中身は、トワが命令と違う方法で人を助けようとした四千八百十二件。


【用語】正常復元・第二段階/両世界の復元率を直接引き上げる工程。分裂後に建てられたものから順に薄くなる。


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