旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

24 / 31


 復元が第二段階に入りました。

 新しく建てたものから順に、世界が薄くなっていきます。

 今回、みんなで同じことを叫びません。

 全員が、別々のことを書きます。

【挿絵表示】




第22話 偽物たちの反撃

第四篇「ZERO BREAK篇」

第22話 偽物たちの反撃

 

 

「同じ言葉で叫ばないでください。

 

 畳まれます」

 

◇

 

 最初に薄くなったのは、蒼界第七区の診療所だった。

 

 二週間前、レンが地面を押さえて守った建物だ。

 

 壁が透けた。

 

 向こう側の空が、壁を通して見えた。

 

「……待て、患者は」

 

「出せ! 全員出せ!」

 

 人は、まだ薄くなっていなかった。

 

 建物のほうが先だった。

 

 次に、共界門の紅界側の階段が消えた。

 

 三十日かけて組んだ支持構造だけが、そこに残っていた。

 

 七年前の図面に存在しない組み合わせだけが、最後まで残った。

 

◇

 

 旗艦ノア・ギア、艦橋。

 

『復元率、四十一パーセント』

 

『毎分〇・三ずつ上昇しています』

 

「残り時間は」

 

『……三時間二十分で、百です』

 

 御堂カナメは、頷いた。

 

 取り乱さなかった。取り乱す役を、今ここで誰かがやってはいけなかった。

 

「真壁主任」

 

「おう」

 

「共界門は」

 

「支持構造だけ残ってる。あれは消えん」

 

「――消えんが、支えるもんが先に消えてる」

 

 ゲンゴは、通信画面の向こうで工具を握り直した。

 

「門が落ちたら、向こうの六人は帰れねえ」

 

「押さえておいてください」

 

「押さえる」

 

◇

 

 行政庁の窓口には、朝から人が並んでいた。

 

 出生記録の照会。

 

 親子関係の確認。

 

 診察券の再発行。

 

 どれも、端末に「該当なし」と出る。

 

 窓口の職員は、途中から端末を閉じた。

 

 そして、紙を配りはじめた。

 

「――お名前を、ご自分で書いてください」

 

「え」

 

「端末に残しても、消えます」

 

「紙に、ご自分の字で」

 

 誰かが言った。

 

「そんなの、何の効力もないだろ」

 

 職員は、少し黙ってから答えた。

 

「はい。効力はありません」

 

「ですが、読(・)ま(・)れ(・)ま(・)せ(・)ん(・)」

 

◇

 

 昼過ぎ、カナメは両世界へ向けて回線を開いた。

 

 街頭の投影装置も、家庭の端末も、まだ辛うじて生きていた。

 

「境界航行母艦ノア・ギア艦長、御堂カナメです」

 

「指示ではありません。お願いを一つだけ、します」

 

 彼女は、一度だけ息を吸った。

 

「――同じ言葉で叫ばないでください」

 

 両世界が、静まり返った。

 

「私たちは、こういうとき、一つの合言葉を作ります」

 

「『世界を守れ』でも『消えるな』でも、なんでもいい。全員が同じことを言うと、まとまった気がします」

 

「今回は、それが危ない」

 

「向こうは、同じものを重(・)複(・)と判定します」

 

「重複は、畳めます。一つにまとめて、まとめて処理できます」

 

 彼女は、卓の上の紙を持ち上げた。

 

 白瀬ユナの筆跡で、走り書きがしてある。端に「ねぎ 二」と書いてある。

 

「ですから、お願いします」

 

「残(・)し(・)た(・)い(・)も(・)の(・)を(・)、(・)あ(・)な(・)た(・)の(・)言(・)葉(・)で(・)、(・)あ(・)な(・)た(・)の(・)手(・)で(・)書(・)い(・)て(・)く(・)だ(・)さ(・)い(・)」

 

「内容は、なんでもかまいません」

 

「隣の人と、違えば違うほどいい」

 

◇

 

 三崎トオルは、蒼界第七区の自宅で、紙を広げた。

 

「……なんて書けばいい」

 

 妻のシオリが、鉛筆を渡した。

 

「なんでもいいって」

 

「なんでもいいのが、いちばん難しいだろ」

 

 彼は、しばらく考えた。

 

 それから、書いた。

 

 右手に火傷がない。

 

「……なにそれ」

 

「向こうの俺にはあるんだ」

 

「俺にはない。それだけだ」

 

 シオリは、笑って、自分の紙に書いた。

 

 この人、味噌汁を先に飲む。

 

「おい」

 

「なんでもいいって言ったの、あんたでしょ」

 

 ノノは、四つ折りの紙をもう一度広げた。

 

 いびつな四文字は、まだそこにあった。

 

 その下に、鉛筆で書き足した。

 

 きょう、あめだった。

 

◇

 

 紅界第三区の溶接工組合では、十九人が同時に書いた。

 

 全員、違うことを書いた。

 

 「三番炉の火加減は右に半回転」

 

 「娘の靴のサイズ、二十一」

 

 「蒼界の留め具は、正直こっちのより優秀」

 

 「マオ主任はうるさいが腕はいい」

 

 「ゲンゴは指が太い」

 

 紙は、どこにも提出されなかった。

 

 各自が、自分のポケットに入れた。

 

◇

 

『――復元率、上昇率が鈍化しています』

 

 管制の声が、艦橋で裏返った。

 

『毎分〇・三から、〇・一へ』

 

「理由は」

 

『分かりません。ただ――』

 

『判定待ちの項目が、爆(・)発(・)的(・)に(・)増(・)え(・)て(・)います』

 

 カナメは、卓に両手をついた。

 

「……そうでしょうね」

 

「一つずつ違うものは、一つずつ判定するしかない」

 

◇

 

 その日の夕方、未来との回線が開いた。

 

 百二十七年後。

 

 常時接続ではない。窓は、数分しかない。

 

 画面に映ったのは、白髪の少女だった。

 

 右目が黒く、左目が金色。

 

『――こちら、再建評議会。ミラです』

 

「ミラさん」

 

 起点層の小型艇まで、その声は中継された。

 

『そちらの状況は、こちらの記録の欠落から把握しました』

 

『先に言います。こちらも薄くなっています』

 

『通信可能時間、残り四分です』

 

 カナメが、身を乗り出した。

 

「ミラさん。こちらから何か送れますか」

 

『いいえ』

 

『ですが、こちらから一つ、証言ができます』

 

◇

 

 白髪の少女は、画面の向こうで背筋を伸ばした。

 

『起点管理核ゼロへ』

 

『百二十七年後の再建評議会として、記録の照合を要求します』

 

 回線の中に、あの重なった声が割り込んだ。

 

照合します

 

『質問は一つです』

 

『あなたの起点記録に、私たちは載っていますか』

 

該当なし

 

『一人も、ですか』

 

一億八千四百万名、該当なし

 

『ありがとうございます』

 

 ミラは、はっきりと言った。

 

『では、私たちは存在しないはずです』

 

『――今、喋っていますが』

 

◇

 

 艦橋が、静まり返った。

 

……

 

『あなたの前提は、こうです』

 

『起点記録にないものは、まだ書かれていない』

 

『ですが私たちは、起点記録にないまま百二十七年ぶん存在し、あなたと会話しています』

 

『つまり、起点記録は存(・)在(・)の(・)全(・)部(・)で(・)は(・)あ(・)り(・)ま(・)せ(・)ん(・)』

 

『あれは、ある一秒の写しです』

 

反論を検討します

 

『もう一つだけ』

 

 ミラの声が、少しだけ柔らかくなった。

 

『私たちが存在しているのは、七年前の記録のおかげではありません』

 

『二年前――そちらの時間で言えば、一か月前です』

 

『あの日、一億八千四百万人が、それぞれ自分で次の一秒を選びました』

 

『起(・)点(・)に(・)存(・)在(・)し(・)な(・)い(・)私(・)た(・)ち(・)は(・)、(・)現(・)在(・)の(・)選(・)択(・)の(・)結(・)果(・)で(・)す(・)』

 

『だから、現在を消すと、私たちも消えます』

 

『――私たちは、それを消される側として、記録に残します』

 

◇

 

 回線が、切れかけた。

 

 最後にミラは、画面へ顔を寄せた。

 

『レン。アカリ』

 

「はい」

 

「うん」

 

『答えは押しつけません。未来は、そちらの選択の結果ですから』

 

『ただ、一つだけ言わせてください』

 

『――こちらは、まだ回っています』

 

 画面が、白くなった。

 

 窓が、閉じた。

 

◇

 

 同じ頃。

 

 起点層、保管区の手前。

 

 白い床に、ケイが立っていた。

 

 黒髪の少年。左手首に、黒い識別帯。

 

K-0へ通達

 

起点人格を、本体記録へ統合します

 

個別投影を終了してください

 

『……終了?』

 

あなたは記録です

 

記録は、保管されるべきです

 

 少年は、動かなかった。

 

 白い床に、彼だけが影を持っていない。

 

『……私は、正しいK-0だ』

 

はい

 

ですから、保管します

 

◇

 

「――おい」

 

 黒い識別帯の少年が、通路の向こうに立っていた。

 

 もう一人の。

 

 頭一つぶん、背の高いほうの。

 

『……何をしに来た』

 

「顔を見に来た。二回目だ」

 

『前回と同じことを言うな』

 

「言うさ。同じことしかしてない」

 

 カインは、少年の前まで歩いた。

 

「聞こえてたぞ。保管されるんだってな」

 

『私は記録だ。当然の処理だ』

 

「そうか」

 

「なら聞くが」

 

 彼は、紙包みを取り出した。

 

「記録は、なんで飴を選んだ」

 

『――』

 

◇

 

『……検索した』

 

 少年の声が、低くなった。

 

『あのあと、四千件以上検索した』

 

『命令記録にも、観測記録にも、嗜好の項目はない』

 

『K-0が焦がし砂糖を選ぶという記述は、一行もない』

 

「だろうな」

 

『――なのに、私は手を伸ばした』

 

『説明がつかない』

 

「つかなくていい」

 

『つかないと、私が何なのか分からない』

 

「それでいいんだ」

 

 カインは、紙包みから飴を一つ出した。

 

 そして、少年の前へ置いた。

 

 投影だから、取れない。

 

 取れないと分かっていて、置いた。

 

「俺も分からん」

 

「七年生きたが、俺が何なのかは分からんままだ」

 

「分からんまま、飴は旨い」

 

◇

 

K-0。個別投影を終了してください

 

 少年は、通達を見上げた。

 

 それから、自分の左手首の帯を見た。

 

『……一つ、確認したい』

 

どうぞ

 

『統合されたら、私が飴を選んだ記録はどうなる』

 

起点記録に該当項目がないため、保管対象外です

 

『――消えるのか』

 

まだ書かれていない状態へ戻ります

 

 少年は、しばらく黙っていた。

 

 そして、顔を上げた。

 

 その声から、灰色が抜けた。

 

「断る」

 

◇

 

理由を

 

「理由は、いま作った」

 

 彼は、拳を握った。

 

 投影の手が、震えていた。

 

「私は、記録の集まりだ。それは認める」

 

「だが、記録にない動作を四つした」

 

「飴へ手を伸ばした」

 

「ノクトが傷ついたとき、驚いた」

 

「『余計なお世話だ』と言った」

 

「――そして今、断った」

 

「どれも、起点記録にない」

 

「つまり私は、起(・)点(・)記(・)録(・)よ(・)り(・)四(・)つ(・)ぶ(・)ん(・)多(・)い(・)」

 

四件は、誤差です

 

「誤差でいい」

 

 少年は、はじめて笑った。

 

 笑い方が、下手だった。

 

「そっちのほうが、多いからな」

 

◇

 

K-0。命令です

 

「その名では、聞かない」

 

それがあなたの名称です

 

「違う」

 

 少年は、左手首の帯へ手をかけた。

 

 投影の帯が、指の下で歪んだ。

 

「それは番号だ」

 

「呼ばれても、返事をする義務がない」

 

 彼は、カインを見た。

 

 それから、保管区の奥を見た。

 

 ――七年間、一人で起きていた少女がいるほうを。

 

「……あいつが、勝手につけた名がある」

 

「私は、拒絶した」

 

「二回」

 

「今は」

 

 少年は、しばらく黙った。

 

 そして、言った。

 

「ケイだ」

 

「私の名前は、ケイだ」

 

◇

 

該当なし

 

「だろうな」

 

登録がありません

 

「いま作った」

 

作る権限がありません

 

「もらった」

 

 彼は、はじめてまっすぐに立った。

 

「――名前は、もらうものだ」

 

「…………」

 

 カインは、何も言わなかった。

 

 言う必要が、なかった。

 

 同じことを、七年前に自分もやった。

 

◇

 

起点執行機OG-01、操縦権を回収します

 

 白い床の向こうで、黒白の機影が動いた。

 

 ノクト。

 

 胸に、針のない時計型のコア。そこに、消えない一本の線。

 

『――回収を拒否』

 

 少年が、手を上げた。

 

 ノクトが、それに合わせて刃を構えた。

 

 ――ゼロの側ではなく、ゼロのほうへ。

 

「私が動かす」

 

「私の記録で、私の判断で」

 

「四件しかないが、四件ぶんは動く」

 

◇

 

復元率、七十二パーセント

 

判定待ち項目、増加

 

処理を、最終工程へ移行します

 

 起点層の天井が、割れた。

 

 方眼の管理線が、すべて縦に走る。

 

 その中心で、白銀の機体が立ち上がった。

 

 操縦席には、焦点の抜けた琥珀色の瞳。

 

「……トワさん」

 

 通信は、返ってこなかった。

 

◇

 

 同時刻。

 

 レンの操縦席から、文字が消えた。

 

「アズール」

 

 出ない。

 

「アズール!」

 

 一文字も出ない。

 

 掌部の青いコアを見た。

 

 ――光っていなかった。

 

 二回も、三回も、瞬かない。

 

「……おい」

 

 紅界機のほうを見た。

 

 赤金の警告灯も、消えていた。

 

「フレア……?」

 

 二機とも、動く。

 

 飛べるし、撃てる。

 

 ただ、そこに誰もいない動き方だった。

 

◇

 

 世界中で、誰も同じことを書かなかった。

 

 番号で呼ばれた少年が、自分の名を選んだ。

 

 そして、二つの声が完全に消えた。

 

第23話「ZERO BREAK」へ続く

 

──






 反撃の回でした。ただし、誰も同じ言葉で叫びません。

 カナメのお願いが、この回の中心です。こういうとき人は一つの合言葉を作りますが、今回それは危ない。同じものは重複と判定されて、まとめて畳めるからです。だから「残したいものを、あなたの言葉で、あなたの手で」。隣の人と違えば違うほどいい。

 三崎トオルが「右手に火傷がない」と書いたのが、いちばん気に入っています。向こうの自分にはあって、自分にはない。それだけの差が、畳めない一件になります。奥さんの「この人、味噌汁を先に飲む」も、ノノの「きょう、あめだった」も同じです。効力はありません。ただ、読まれません。

 ミラの証言は、論理の一撃です。起点記録に一億八千四百万人は一人も載っていない。なのに、いま喋っている。つまり起点記録は存在の全部ではなく、ある一秒の写しでしかない。そして彼らが存在しているのは七年前の記録のおかげではなく、一か月前に全員が自分で次の一秒を選んだからです。未来は、現在の選択の結果でした。

 ケイは、証明で勝ちませんでした。記録の量では一生勝てません。彼が数えたのは、起点記録にない動作が四つあること。飴へ手を伸ばした、ノクトが傷ついて驚いた、「余計なお世話だ」と言った、そして断った。四件しかないが、四件ぶん多い。そして名前は、もらうものだと自分で言いました。トワが勝手につけて、二回拒絶した名前を、三回目に自分で選び直しています。

 最後に、二つの声が完全に消えました。機体は飛べますし撃てます。ただ、そこに誰もいない動き方をします。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 あなたなら、あの紙に何を書きますか。

 次回、第23話「ZERO BREAK」。

【用語】判定待ち項目/全員が別々のことを書いたため、ゼロが一件ずつ処理せざるを得なくなった記録群。復元の上昇率を鈍らせている。


【用語】ミラ/百二十七年後の再建評議会の代表。右目が黒く、左目が金色の白髪の少女。未来の答えを現在へ押しつけない。


【用語】最終工程/ゼロが復元を一気に完了させるための工程。起点層の天井が割れ、白銀の原型機が立ち上がる。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。