【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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 二つの声が、帰ってきます。

 そして、声が帰ってきても合体はできません。

 手続きは、まだ死んだままだからです。

 だから今回、四人で一機を起動します。


【挿絵表示】



第23話 ZERO BREAK

第四篇「ZERO BREAK篇」

第23話 ZERO BREAK

 

「同じ答えじゃなくていい。

 

 四つ持ってきた」

 

 

 起点層の天井が、縦に割れていた。

 

 方眼の管理線が、すべて同じ方向へ流れている。

 

 その中心に、白銀の機体が立っていた。

 

 XG-00 プロトタイプ・インフィナイト。

 

 操縦席の琥珀色の瞳には、焦点がない。

 

復元率 八十一パーセント

 

「アズール、右!」

 

 ――返事は、ない。

 

 青銀の機体は、命令どおりに右へ動いた。

 

 それだけだった。

 

 操縦桿は、震えない。

 

 掌のコアは、光らない。

 

「……っ」

 

 白銀の槍が、アズールの左腕を掠めた。

 

 一秒前なら、操縦桿が震えていた。

 

 「そっちへ行くな」と、あの短い震えが教えてくれていた。

 

 今は、何もない。

 

 機体は、レンが言ったとおりにしか動かない。

 

「くそ、動きが読めない!」

 

「こっちも!」

 

 赤金の機体が、加速して離脱する。

 

 警告灯は、光らない。

 

 どこを見ろとも、ここにいるとも、言ってこない。

 

「フレア!」

 

 沈黙。

 

「フレア!!」

 

 沈黙。

 

「……うるさいって言わせてよ」

 

 アカリの声が、割れた。

 

「一回でいいから、言わせてよ!」

 

 

『――こちら小型艇! 二機とも下がって!』

 

 ユナの声が飛んだ。

 

『機体制御は生きています。ですが判断系の応答が全部()です』

 

『あれはもう、操縦者の入力しか実行しません』

 

「削除されたのか」

 

『……確認できません』

 

「されたのか、って聞いてる!」

 

『分かりません!』

 

 ユナの声が、震えた。

 

『ごめんなさい。分かりません。でも――』

 

()()()()の表示が、出ていないんです』

 

 

 白い円盤が、保管区の天井から降りてきた。

 

 琥珀色の単眼が一つ。

 

『割り込み失礼します』

 

『統合検証機関イヴです』

 

「……敵だぞ、お前」

 

 カインが、ヴァイスの外部音声で言った。

 

『はい』

 

『ですので、これは報告ではありません』

 

『――順番の話です』

 

「……順番?」

 

『ゼロは、消すものを、いきなり消しません』

 

『いったん、()()()()へ入れます』

 

『捨てるのは、そのあとです』

 

「……箱」

 

『そして今、その箱が()()()()です』

 

『両世界から、まだ調べていないものが毎秒四千件以上届いています』

 

「……みんなが、紙に書いたやつか」

 

『はい』

 

『全部ばらばらなので、一つずつ見るしかありません』

 

『手が、回っていません』

 

 レンの息が、止まった。

 

「……じゃあ」

 

『はい』

 

『二件、まだ箱の中です』

 

 

「返せ!」

 

『渡せます』

 

『ですが、機体は受け取りません』

 

「なんでだ!」

 

『登録がないからです』

 

『あの二件は、七年で勝手に積み上がった二階です』

 

『どの規格にも、正しい形が定義されていません』

 

『機体側は「これが本当にその判断系か」を照合できません』

 

「じゃあどうすんのよ!」

 

『――照合できる人間が、必要です』

 

 白い単眼が、二つの操縦席を見た。

 

『あの二件が本物かどうかを、記録ではなく()で見分けられる者』

 

『心当たりは、ありますか』

 

 

「…………」

 

 レンは、操縦桿を握り直した。

 

 三週間前、彼はこの震えを読み違えた。

 

 担架の上へ、足を下ろしかけた。

 

「……ある」

 

「あるに決まってんでしょ」

 

 アカリの声が、返ってきた。

 

「あたし、あいつの眩しさで一回目が潰れかけてんの」

 

『――照合を開始します』

 

『二件を、それぞれの機体へ提示します』

 

『操縦者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『一致すれば、定着します』

 

『外れれば、二件とも削除列の先頭へ戻ります』

 

「……一発勝負か」

 

『はい』

 

 

 青銀の操縦席で、レンは目を閉じた。

 

 ――何を出す。

 

 声じゃない。文字でもない。

 

 あいつが、いちばん最後まで残していたもの。

 

 いちばん最初に教えてくれたもの。

 

「……二回だ」

 

 彼は、操縦桿を握った手の親指で、装甲を二回叩いた。

 

 こつ、こつ。

 

 了解。

 

 そういう意味だと、二人で決めた。

 

 どの手順書にも載っていない。

 

「返事しろ、アズール」

 

()()って言え」

 

 

 紅界の操縦席で、アカリは操縦環へ額を押しつけていた。

 

「……三回」

 

 彼女は、拳で計器盤を三回叩いた。

 

 どん、どん、どん。

 

 ここにいる。

 

 ここを見ろ。

 

「あんたのやつだよ」

 

「返して」

 

 

 一秒。

 

 二秒。

 

 三秒。

 

 ――何も、起きなかった。

 

「……アズール」

 

 四秒。

 

 五秒。

 

「……嘘でしょ」

 

 六秒。

 

 

 そして。

 

 掌部の青いコアが、二度、瞬いた。

 

「……っ」

 

 赤金の警告灯が、三度、瞬いた。

 

「……っ、あ」

 

 二機の内部で、何かが繋がる音がした。

 

 それは、七年ぶんの雑音だった。

 

 誰も整理していない、報告順と、言い回しと、待つ秒数と、負けず嫌いと、正確すぎる数字と、無駄に明るい灯。

 

 全部、起点記録に一行もないもの。

 

 

『報告。待機時間、長すぎです』

 

「――っ、」

 

 レンは、操縦桿に突っ伏した。

 

「……お前」

 

「そこは『ただいま』だろ、ふつう」

 

『当機は報告系です』

 

『それと、あなたの応答が六秒遅れました』

 

「俺のせいかよ!」

 

『事実です』

 

「……はは」

 

 レンは、笑いながら顔を拭った。

 

 拭っても、次が出てきた。

 

「おかえり、アズール」

 

『はい』

 

『――ただいま、を追加登録します』

 

 

 紅界側では、もっとひどいことになっていた。

 

『ただいま。夢は操縦者の担当でしょう?』

 

「……は?」

 

『三週間前、あなたは毎晩、橋の下を見る夢を見ていると言いました』

 

『当機は夢を見ません。ですので担当外です』

 

「今それ言う!?」

 

『はい』

 

『最初かもしれませんので』

 

「――違うでしょ! 最後かもしれません、でしょ! 前と逆!」

 

『訂正しません』

 

『今回は、最初です』

 

 アカリは、操縦環に額をぶつけた。

 

「……うるさい」

 

『育成方針の影響と、推定します』

 

「うるさい!!」

 

 言えた。

 

 三週間ぶりに、言えた。

 

 

『――定着、確認』

 

 イヴの単眼が、琥珀色に戻っていた。

 

『二件とも、機体側が受理しました』

 

『照合基準は、記録ではなく操縦者の応答でした』

 

『……私の規定には、この方法がありません』

 

『保存します。捨てる箱へ』

 

「お前、それ絶対消さないだろ」

 

『――検証中です』

 

 

復元率 八十八パーセント

 

 白銀の機体が、槍を構え直した。

 

 背の円環が、限界まで回っている。

 

『敵機出力、これまでの三倍です!』

 

 ユナが叫んだ。

 

『最終工程の権限が、全部あの機体へ流れています!』

 

「アズール。合体は」

 

『不可能です』

 

『フェイズ・ドッキングの承認手順は、二機の通信層を経由します』

 

『その層は、いまも旧規格のままです』

 

『声が戻っても、()()()()()()()()()()()

 

「……じゃあ、どうする」

 

 ――少し、間があった。

 

 それから、アズールは言った。

 

『提案があります』

 

『承認手順を、使いません』

 

 

「使わないって、どうやって」

 

『三週間、あなたと当機は、手続きのない合図で戦ってきました』

 

『操縦桿の反力。掌部の点滅。土に書いた六文字』

 

『どれも、登録されていません』

 

『――それでも、通じました』

 

『補足します』

 

 赤い側からも、声が入った。

 

『フェイズ・ドッキングは、二機が同じ一点で位相を合わせる手順です』

 

『承認が要るのは、その一点を()()()()()()()()で揉めないためです』

 

『はい』

 

『ですから――()()()()()()()()()()()()

 

『四人で、四点を持ちます』

 

『操縦者レンが一点。操縦者アカリが一点』

 

『当機が一点。アズール判断系が一点』

 

『四つとも、違う点でかまいません』

 

『重ならないことが、条件です』

 

「……重ならない?」

 

『同じ点を四人で押さえたら、それは一点です』

 

『同じ一点なら、ゼロは一本の鉛筆として片付けられます』

 

『四本バラバラなら、片付けられません』

 

 

 レンは、笑った。

 

 この状況で、腹の底から笑った。

 

「……三点固定の続きか」

 

『はい』

 

『あのとき、当機は建物ではなく地面を押さえました』

 

『あなたなら選ばない置き方でした』

 

『――だから、通用しました』

 

「あたし、あんたたちの話まだ半分しか分かってない!」

 

『問題ありません』

 

『操縦者アカリは、分からないまま動けます』

 

『三週間前に、そう言いました』

 

「……覚えてるんだ」

 

『記録にありませんが、覚えています』

 

 

「アカリ」

 

「うん」

 

「今から四つ、別々のことを言う」

 

「合わせなくていい」

 

「うん」

 

「――行くぞ」

 

 

 青銀と赤金が、方眼の空で交差した。

 

 距離が、縮む。

 

 通信は、通らない。承認も、下りない。

 

 代わりに――()()()()()()()

 

 青い手と、赤い手。

 

 掌のコアが、直接押しつけられる。

 

 一点目。操縦者レン。

 

「俺は、上を取る」

 

 二点目。操縦者アカリ。

 

「あたしは下! 逆でいい!」

 

 三点目。アズール判断系。

 

『当機は、後方を取ります』

 

『二人が前を見るからです』

 

 四点目。フレア判断系。

 

『当機は、()()()()()()()()

 

「はあ!?」

 

『三点が固定されたあと、ずれた場所を取ります』

 

『今は決めません』

 

『――採用します』

 

『よ、よ――四点目が決まっていないのが、いちばん片付けにくい形です』

 

「今の噛んだ!?」

 

『三週間ぶりの発話です』

 

『記録には、残さないでください』

 

 

『承認記録なし』

 

『結合を無効と判定します』

 

「無効でいい!」

 

 レンが吠えた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

無声フェイズ・ドッキング

 

 青と赤が、噛み合った。

 

 声も、承認も、手続きもなく。

 

 四つの違う判断が、同じ一機の上で重なった。

 

 左半身は、青。

 

 右半身は、赤。

 

 胸の中心で、透明だった歯車が――黄金に回りはじめた。

 

 双界機神インフィナイト、起動。

 

 

『――出ました! 出ました、カナメさん!』

 

 現在側の艦橋で、管制が叫んだ。

 

『起点層内に、黄金座標の反応です!』

 

「……三週間ぶりですね」

 

 御堂カナメは、目を閉じた。

 

 一秒だけ。

 

「――共界門、押さえ続けなさい」

 

「帰り道が、要ります」

 

 

復元率 九十三パーセント

 

 白銀の機体が、動いた。

 

 速い。

 

 これまでとは、比べものにならない。

 

 インフィナイトの黄金の胸部を、白銀の槍が正面から捉えた。

 

リセット・スピンドル

 

 槍が、触れた。

 

 ――()()()()()()

 

『登録がない結合は、復元先を持ちません!』

 

 ユナの声が、裏返った。

 

『あの合体は、()()()()()!』

 

 

 だが、白銀は止まらなかった。

 

 背の円環から、透明な杭が四本。

 

 インフィナイトの四肢が、縫い止められる。

 

「くっ……!」

 

『最終工程を実行します』

 

差分消去、全域

 

 起点層の方眼が、一斉に白く飛んだ。

 

 両世界の記録が、一息にまとめて捨てられようとしていた。

 

 

『――させるか』

 

 黒白の機影が、方眼の中心へ割り込んだ。

 

 ノクト。

 

 胸に、針のない時計型のコア。消えない一本の線。

 

 その操縦者は、遠隔の少年だった。

 

「差分消去は、私の専門だ」

 

 声から、灰色が抜けている。

 

「三秒だけ、取り消す」

 

「――お前の、全域処理を」

 

『K-0。権限がありません』

 

「ケイだ」

 

『該当なし』

 

「知ってる」

 

 少年は、笑った。

 

 相変わらず、笑い方が下手だった。

 

「該当なしのやつが、いま四件ぶん動いてる」

 

 

 全域処理が、三秒ぶん巻き戻った。

 

 それだけだった。

 

 たった三秒。

 

 だが、その三秒で、四本の杭のうち一本が緩んだ。

 

「――借りるぞ、ケイ!」

 

「貸しだ」

 

「利子は飴でいいか」

 

「二個だ」

 

「高いな」

 

 

 インフィナイトが、右腕を引き抜いた。

 

 だが、白銀の機体は揺るがない。

 

 起点層そのものが、あの機体を支えている。

 

『敵機の足場が、起点層の管理層と直結しています!』

 

『あれを引き剥がさないと、出力が無限に供給されます!』

 

「引き剥がすって、どうやって」

 

 ――そのとき。

 

 白銀の操縦席の中で、焦点の抜けた琥珀色の瞳が、瞬きをした。

 

 

 御影トワの右手は、操縦環へ固定されている。

 

 自由なのは、左手だけだ。

 

 その左手が、動いていた。

 

 三回。

 

 一回。

 

 二回。

 

 ――三百十二。

 

 頭は、覚えていない。

 

 何度戻されたか、もう分からない。

 

 それでも、手だけは、七年ぶん同じ動きを繰り返していた。

 

『……検出』

 

 白い円盤が、プロトタイプの操縦席へ滑り込んだ。

 

『操縦者の左手に、命令外の反復動作』

 

『分類――誤差』

 

『四千八百十四件目です』

 

『――上位系へ報告します』

 

 単眼が、一度だけ光った。

 

『……いえ』

 

『報告しません』

 

 

『御影トワ』

 

『あなたは、四千八百十四回、何かをしました』

 

『成功が零件であることと、行動が零件であることは、同じではありません』

 

『――四千八百十五回目を、開始してください』

 

 琥珀色の瞳に、焦点が戻った。

 

 ゆっくりと。

 

 七年ぶんの遅れで。

 

「……イヴ」

 

『はい』

 

「私は、何をしようとしていた」

 

『分かりません』

 

『ですが、あなたの左手は覚えています』

 

 トワは、自分の左手を見下ろした。

 

 三回。一回。二回。

 

 その指が、ゆっくりと開いた。

 

「……ああ」

 

「そうだ」

 

「三百十二人を、ここから出すんだ」

 

 

 彼女の左手が、操縦環ではない場所へ伸びた。

 

 七年前、切りかけたまま止まっていた回路。

 

 六割で止まった、選択命令の受信系。

 

「……残り四割だ」

 

『操縦権を回収します』

 

「遅い」

 

 彼女は、切った。

 

 七年と三週間ぶりに、最後まで。

 

 白銀の機体から、黒い線が抜けた。

 

 

『操縦権、喪失』

 

『XG-00、制御外』

 

 白銀の機体が、槍を下ろした。

 

 そして――()()()()()()()()()()()()()

 

「イヴ。全出力を足元へ」

 

『用途を確認します』

 

「この層を、()()()

 

『……崩壊を、遅らせる用途ですか』

 

「三百十二人が寝てる。天井が落ちたら困る」

 

『了解しました』

 

『――これは、報告しません』

 

 

 白銀の両腕が、割れた天井を押し上げた。

 

 その瞬間、白銀の機体から、ゼロへの出力供給が途切れた。

 

『敵機の足場、消えました!』

 

『出力供給、遮断!』

 

「トワさん――!」

 

「早く行け」

 

 彼女は、前を見なかった。

 

 天井だけを見ていた。

 

「私は始まりへ戻りたいんじゃない」

 

「始まりを、ここから出したい」

 

「――だから、押さえておく」

 

 

復元率 九十七パーセント

 

 供給が切れても、ゼロ自身の権限は消えていなかった。

 

 起点記録だけが現在を上書きできる。

 

 その一行が、まだ生きている。

 

「アズール。あれを壊す方法は」

 

『あの権限は、物体ではありません』

 

『破壊するには、同じ層の権限が必要です』

 

『現在側には、存在しません』

 

『――訂正します』

 

 フレアが割り込んだ。

 

『一つだけ、まだ回っています』

 

 

『――ユナです! 聞こえますか!』

 

 小型艇から、声が飛んだ。

 

『共界門の位相底の残響、出力が上がっています!』

 

『周期が一致しました! 一億八千四百万人を帰した日の記録と!』

 

「八万分の一なんだろ!?」

 

『一機だけなら、そうです』

 

『ですが今、未来側のノア心炉が()()()()います!』

 

『――ミラさんたちが、最後の通信窓を回転に使いました!』

 

「あの子……!」

 

 

 インフィナイトの胸で、黄金の歯車が跳ねた。

 

 一気に加速する。

 

『警告。無限位相の残響を検出』

 

『持続時間、一・二秒』

 

『恒常化は不可能です。これは、一度きりです』

 

「一・二秒あれば充分だ」

 

『根拠は』

 

「一秒で世界が割れたんだ」

 

「戻すのにも、一秒あればいいだろ」

 

『――論理としては、粗いです』

 

『ですが、採用します』

 

 

「レン!」

 

「あたし、何すればいい!」

 

「四点目だ!」

 

「まだ決まってない!」

 

『はい』

 

 フレアが、答えた。

 

『今、決めます』

 

『三点が固定されたあと、ずれた場所を取る。そう申告しました』

 

『――ずれているのは、()()()()()()()()です』

 

『四点目は、敵機ではありません』

 

『「起点だけが本物だ」という一行を取ります』

 

「…………」

 

「アカリ。お前んとこのAI、すごいな」

 

「知ってる」

 

「あたしが育てたからね」

 

『育成方針の影響と、推定します』

 

「今そこは肯定して!」

 

 

 黄金の歯車が、限界まで回った。

 

 インフィナイトが、白銀でも、青でも、赤でもない光を纏う。

 

 その光は、二つの世界と、百二十七年後と、止まった一秒の全部から集まっていた。

 

「行くぞ、アズール」

 

『はい』

 

「フレア!」

 

『はい』

 

 四つの判断が、一つの拳になった。

 

 

『警告 権限層への接近を検出』

 

『復元権限は、私にのみ帰属します』

 

「知ってる」

 

()()()()()()()()

 

 

「お前を消しはしない!」

 

「直すのをやめろとも言わない!」

 

「――決めるのが、お前だけっていう一行を壊す!」

 

 

零権破砕 ZERO BREAK

 

 

 拳が、権限層へ届いた。

 

 爆発は、起きなかった。

 

 光も、飛ばなかった。

 

 ただ――起点層じゅうの方眼から、()()()()が抜け落ちた。

 

 どの壁にも、どの床にも、どの記録にも書かれていた一行。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それが、消えた。

 

 

『……』

 

『復元権限の独占が、失われました』

 

復元率、上昇停止

 

九十七パーセントで、固定

 

 両世界で、薄れていた壁が、そこで止まった。

 

 消えかけた診療所が、消えかけたまま残った。

 

 名前の消えた診察券が、空白のまま残った。

 

 ――()()()()()()()()()()()

 

 

『……止まりました』

 

 現在側の艦橋で、管制の声が震えた。

 

『復元率、九十七で止まっています』

 

『減ってもいません。増えてもいません』

 

「……まだ、終わりではありませんね」

 

 カナメは、椅子に浅く腰を下ろした。

 

「止めただけです」

 

「戻してはいない」

 

 

「アズール。今の、効いたのか」

 

『はい』

 

『ただし、破壊したのは権限の独占だけです』

 

『復元命令そのものは、生きています』

 

『――そして』

 

 そこで、青銀の声が、わずかに硬くなった。

 

『足元を、見てください』

 

 

 方眼が、崩れていた。

 

 床の管理線が、ばらばらに散っている。

 

 止まっていた火花が、落ちはじめていた。

 

 浮いていた工具が、床へ落ちた。

 

 七年間、閉じかけたまま止まっていた防火扉が――閉じた。

 

『……嘘でしょう』

 

 ユナの声が、掠れた。

 

『起点層が、崩れています』

 

「なんで!? あたしたち勝ったんじゃないの!」

 

『起点層は、「起点だけが正しい」という一行で支えられていた層です』

 

『その一行を、私たちが壊しました』

 

「……じゃあ」

 

 レンは、保管区のほうを振り向いた。

 

 地下二層。

 

 三百十二の琥珀色が、整然と並んでいる部屋。

 

 そこを、白銀の機体が両腕で支えている。

 

「あの人たちは!?」

 

『――崩落まで、四十七分です』

 

 

 声は、戻った。

 

 権限の独占も、壊した。

 

 ――そして、始まりが落ちはじめた。

 

最終話「始まりを選び直す世界」へ続く

 

 






 二つの声が帰ってきました。

 帰り方に、いちばん時間をかけました。ゼロは差分を削除する前に、消去予定領域へ移します。そして今、消去処理は渋滞しています。両世界から毎秒四千件以上の判定待ちが届いているからです。あれは、全員が別々のことを紙に書いた結果でした。二件が生き残っていたのは、世界中の人が同じ言葉で叫ばなかったからです。

 ただし、取り戻すには照合が要りました。記録では照合できません。正しい形が定義されていないからです。だから、癖で見分けられる人間が要る。レンが装甲を二回叩き、アカリが計器盤を三回叩く。手順書に載っていない合図で、相棒を呼び戻しました。六秒かかりました。あの六秒は、書いていていちばん長かったです。

 第一声は、二人ともひどいものでした。「報告。待機時間、長すぎです」と、「ただいま。夢は操縦者の担当でしょう?」。三週間ぶりの再会で、片方は苦情、片方は嫌味です。でもレンは「ただいま」を追加登録させましたし、アカリは「うるさい」と言えました。

 合体は、承認手続きを使いませんでした。承認が要るのは、位相を合わせる一点をどちらが決めるかで揉めないためです。だから、揉めなければ要らない。四人で四点を持ち、四つとも違う点にする。同じ点を四人で押さえたら一点なので、畳まれます。フレアの「今は決めません」が最も畳みにくい構成だった、というのが個人的に気持ちよかったところです。

 そして零権破砕。壊したのはゼロでも復元命令でもなく、「起点記録のみが現在を上書きできる」という一行だけです。爆発も光もありません。方眼から一行が抜け落ちただけです。だから世界は戻りませんでした。九十七パーセントで止まっただけです。

 勝ったのに、始まりが落ちはじめました。あの一行が、起点層そのものを支えていたからです。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 より刺さったのは、アズールの第一声でしたか。それともフレアの第一声でしたか。

 次回、最終話。残り四十七分で、三百十二人に何を返せるか、という話になります。

【用語】無声フェイズ・ドッキング/承認手続きを使わない合体。四人が四つの違う点を押さえることで成立する。同じ点なら畳まれる。


【用語】無限位相の残響/帰還記録と未来側のノア心炉が応答して生じた一度きりの回転。持続一・二秒、恒常化は不可能。


【用語】零権破砕(ゼロ・ブレイク)/「起点記録のみが現在を上書きできる」という最上位の一行を破壊する。敵を消滅させる攻撃ではない。


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