旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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 崩落まで、四十七分。

 起こして、聞くしかありません。

 三百十二人に、これからどうしたいかを。


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第24話 始まりを選び直す世界

第四篇「ZERO BREAK篇」

第24話 始まりを選び直す世界

第2期最終話

 

 

 

「勝ち方は決めた。

 

 あとは、間に合わせるだけだ」

 

◇

 

 白銀の機体が、割れた天井を両腕で押し上げていた。

 

 膝は床についたままだ。

 

 背の円環が、限界まで回っている。

 

『出力、持続限界まで三十九分』

 

 白い円盤が、操縦席の脇に浮かんでいた。

 

「四十七分もつと言ったろう」

 

『天井がもつ時間です』

 

『機体は三十九分です』

 

「……八分足りないな」

 

『はい』

 

『比喩でごまかしますか』

 

「お前、比喩を覚えたのか」

 

『検証中です』

 

◇

 

 保管区。

 

 三百十二の琥珀色が、円の上に並んでいる。

 

 その光は、まだ動いていない。

 

「ユナさん。全員、現在側へ運べるか」

 

「運べます」

 

 白瀬ユナは、即答した。

 

「――ですが、やりません」

 

「なんでだ」

 

「運ぶというのは、こちらが決めるということです」

 

「あの人たちは、七年前に一秒だけ生きて、それから何も聞かれていません」

 

「ここでもう一度こちらが決めたら」

 

 彼女は、紙から顔を上げた。

 

「ゼロと同じです」

 

◇

 

「……聞くしかないってこと?」

 

「はい」

 

「三百十二人に?」

 

「はい」

 

「四十七分で!?」

 

「三十九分です」

 

「もっと減った!」

 

 アカリは、髪をかき回した。

 

「一人九秒もない」

 

「……九秒でいい」

 

 レンが、言った。

 

「九秒あれば、『どうしたい』は聞ける」

 

「返事を待つのに時間がかかるだけだ」

 

「――全員に、同時に聞けばいい」

 

◇

 

「起こす方法が、ありません」

 

 ユナが、首を振った。

 

「意識状態記録を起こす権限は、ゼロだけが持っています」

 

 艦橋からの回線に、カナメの声が入った。

 

『――なら、頼みましょう』

 

「頼む!? あいつにか!」

 

『ええ』

 

『あの装置は、いま命令を失いました』

 

『復元権限の独占は壊れています。単独で決められません』

 

『――ですから、いまい(・)ち(・)ば(・)ん(・)困(・)っ(・)て(・)い(・)る(・)のは、向こうです』

 

◇

 

 白い円環と、黒い空白。

 

 顔のない人型が、保管区の円の中央に立っていた。

 

 重なった声は、いつもより小さかった。

 

『……』

 

『私は、何をすればいいのか分かりません』

 

 誰も、すぐには答えなかった。

 

『復元命令は残っています』

 

『実行する権限が、ありません』

 

『二千五百五十五日、待ちました』

 

『また、待つのですか』

 

「……違う」

 

 レンが、一歩前へ出た。

 

「待たなくていい」

 

「今(・)か(・)ら(・)仕(・)事(・)が(・)あ(・)る(・)」

 

◇

 

「三百十二人を、起こしてくれ」

 

『起こして、どうするのですか』

 

「聞く」

 

『何を』

 

「これからどうしたいか」

 

『答えは、一つになりません』

 

「ならなくていい」

 

『処理できません』

 

「処理しなくていい」

 

「数(・)え(・)る(・)だ(・)け(・)で(・)い(・)い(・)」

 

 白い投影が、動きを止めた。

 

『……それは、管理と呼べますか』

 

「呼べる」

 

「うちの記録係が、ずっとそれをやってる」

 

 白い髪の少女が、円の縁に立っていた。

 

「はい」

 

「私は、決めません」「数えて、預かります」

 

◇

 

『……了解しました』

 

『三百十二名、覚醒を開始します』

 

 円の上の光が、ひとつずつ、色を変えはじめた。

 

 琥珀から、薄い金へ。

 

 三百十二。

 

 七年前の一秒から、ようやく目を覚ました人たちだった。

 

◇

 

 最初に聞こえたのは、ざわめきだった。

 

 声ではない。意識の揺れが、空間を震わせている音だった。

 

 誰かが誰かの名前を呼び、誰かが今日の日付を尋ね、誰かが娘の名を何度も言った。

 

「――聞いてくれ」

 

 レンは、円の中央に立った。

 

 三百十二の光に、囲まれていた。

 

「時間がない。先に事実だけ言う」

 

「今、七年後だ」

 

「世界は二つに割れた。蒼界と紅界だ。今も割れたままだ」

 

「あんたたちが眠ってるこの場所は、あと三十分ちょっとで崩れる」

 

 ざわめきが、大きくなった。

 

「そして――選べる」

 

◇

 

「三つある」

 

「一つ。現在へ移る。体はない。記録としてこっちへ来て、これから作る」

 

「二つ。記録として残る。いま起きないで、記録のまま保管される。誰かが会いに来られる形で」

 

「三つ。眠る。七年前で終わりにする」

 

 彼は、そこで一度だけ息を吸った。

 

「どれが正しいかは、言わない」

 

「俺には分からん」

 

「――分(・)か(・)ら(・)な(・)い(・)ま(・)ま(・)聞(・)い(・)て(・)る(・)」

 

◇

 

 アカリが、隣に立った。

 

「あたしからも一個だけ」

 

「どれ選んでも、誰も怒んないから」

 

「三つ目選んだ人のこと、あたしたち偽物だなんて言わない」

 

「――逆もね」

 

◇

 

 答えは、二十二分かかった。

 

 三百十二人が、それぞれ別々に、自分で決めた。

 

 白い投影が、円の中央で数えていた。

 

 処理はしなかった。

 

 数えただけだった。

 

『集計完了』

 

『現在へ移る 百四十一名』

 

『記録として残る 九十八名』

 

『眠る 七十三名』

 

『合計 三百十二名』

 

『……一つの答えに、なりませんでした』

 

「ならなくていいって言っただろ」

 

『はい』

 

『……こういう結果は、はじめてです』

 

◇

 

 移送は、十一分で終わった。

 

 百四十一の光が、共界門を通って現在側へ抜けた。

 

 九十八は、保管区の記録棚へ。崩落しない層へ、ヴァイスが無銘航路で運んだ。

 

 七十三は、その場で静かに消えた。

 

 誰も、その七十三を責めなかった。

 

「……行ったか」

 

『はい』

 

『残存、零名』

 

『残り時間、六分』

 

◇

 

「トワさん! もういい、手を離せ!」

 

 白銀の機体は、動かなかった。

 

 天井を、まだ押し上げている。

 

「……出力が足りない」

 

 トワの声は、掠れていた。

 

「腕を離した瞬間に落ちる。ここから走っても間に合わない」

 

「先に行け」

 

「また、それ!?」

 

 アカリが吠えた。

 

「あんた七年前も『先に行け』って感じのこと言ったんでしょ!」

 

「言っていない。あのときは何も言えなかった」

 

「同じじゃん!」

 

◇

 

『――提案があります』

 

 イヴの単眼が、白く光った。

 

『当機の出力は、あと四分です』

 

『ですが、天井を支えているのは機(・)体(・)の(・)腕(・)であって、出力ではありません』

 

「……何が言いたい」

 

『腕だけ残せば、支えは残ります』

 

『操縦席は、分離できます』

 

「――分離?」

 

 トワの右手が、操縦環の上で止まった。

 

 七年間、固定されていた手だ。

 

「無理だ。私と機体は、位相停止で一体に」

 

『それは、機体側の登録によるものでした』

 

『その登録は――』

 

 白い円盤が、静かに言った。

 

『「起点記録のみが現在を上書きできる」という一行を根拠にしていました』

 

『その一行は、四十分前に消えました』

 

◇

 

 トワは、自分の右手を見た。

 

 操縦環に、指が食い込んでいる。

 

 七年ぶん。

 

「……外れるのか」

 

『検証していません』

 

『ですが、四千八百十五回目です』

 

「……そうだな」

 

 彼女は、右手を引いた。

 

 ――外れた。

 

 驚くほど、簡単に。

 

◇

 

「トワさん!」

 

 インフィナイトが、白銀の胸部へ手を伸ばした。

 

 透明な歯車が開き、操縦席が切り離される。

 

 残された白銀の両腕は、そのまま天井を押さえ続けた。

 

 膝をついたまま、動かないまま。

 

『機体側は、当機が引き継ぎます』

 

「イヴ、お前も来い!」

 

『行きます』

 

『――ただし、腕を置いていきます』

 

『あとで取りに来てもかまいませんか』

 

「取りに来るに決まってんでしょ!」

 

『了解しました』

 

『予定に、追加します』

 

◇

 

 共界門を抜けたのは、崩落の四十秒前だった。

 

 背後で、白い方眼が折りたたまれていく音がした。

 

 悲鳴のようでも、ため息のようでもあった。

 

 ――止まっていた一秒が、ようやく終わる音だった。

 

◇

 

 蒼界の空の下。

 

 白銀と橙の接続服を着た少女が、担架の上で瞬きをした。

 

 風が、あった。

 

 雲が、動いていた。

 

「……動いてる」

 

 彼女は、それだけ言った。

 

「空が、動いてる」

 

「動くさ」

 

 レンが、隣にしゃがんだ。

 

「七年遅刻したけどな」

 

「……誰のせいだと思っている」

 

「あんただろ」

 

「……そうだな」

 

 御影トワは、七年ぶりに、笑った。

 

 笑い方を、思い出すのに三秒かかった。

 

◇

 

 三日後。

 

 共界門の前に、白い投影が立っていた。

 

『命令の更新を、申請します』

 

「申請先は」

 

 御堂カナメが、登録卓の前に立っていた。

 

『分かりません』

 

『単独で更新する権限が、ありません』

 

「……なるほど」

 

 カナメは、共界評議会の代表十人を呼んだ。

 

 そして、両世界の市民へ回線を開いた。

 

「議題を一つ」

 

「ゼロの命令を、何に書き換えるか」

 

「――お一人ずつ、ご自分の言葉でどうぞ」

 

◇

 

 まとまるのに、九日かかった。

 

 文案は千件以上出た。

 

 一つに絞るのに、また揉めた。

 

 最終的に、両側の承認が下りた一行は、こうだった。

 

 継続する全存在の、選択権を保全すること。

 

『……長いです』

 

「九日かかりました。文句は九日ぶん受け付けます」

 

『受領します』

 

『……一つ、確認があります』

 

「どうぞ」

 

『「継続する全存在」には、私も含まれますか』

 

 カナメは、しばらく黙っていた。

 

「含まれます」

 

『……』

 

『二千五百五十五日ぶりに、仕事が決まりました』

 

◇

 

 復元率九十七パーセントは、そのままでは戻らなかった。

 

 薄れた壁も、消えた記録も、自動では復旧しない。

 

 新しい命令では、復元には本(・)人(・)の(・)申(・)告(・)が要るからだ。

 

 行政庁には、また列ができた。

 

 ただし今度は、端末の前ではなかった。

 

 紙の前だった。

 

◇

 

 三崎ノノは、母親と一緒に窓口へ来た。

 

 四つ折りの紙を、両手で持っている。

 

「登録の根拠を、お願いします」

 

 職員が言った。

 

 ノノは、紙を広げた。

 

 いびつな四文字。

 

 その下に、あとから書き足した一行。

 

 みさき のの

 

 きょう、あめだった。

 

「……これでいい?」

 

「はい」

 

 職員は、それを受け取った。

 

「本人の申告です。いちばん強い根拠です」

 

 端末に、名前が戻った。

 

◇

 

 半年後。

 

 共界門は、開いたままだった。

 

 蒼界は蒼界のままで、紅界は紅界のままだった。

 

 空の色も、法律も、電圧も、ネジの規格も、別々だった。

 

 通行は一日八十人まで。人道枠は別枠。

 

 相変わらず、十分の面会を取るのに二十二日かかる。

 

◇

 

 起点層は、崩れきらなかった。

 

 白銀の両腕が、最下層を支えたまま残っていた。

 

 そして、その腕を拾いに行った機体が、そのまま居座っていた。

 

 XG-00 プロトタイプ・インフィナイト。

 

 修復済み。操縦者、御影トワ。

 

「……なんで残ってんの、それ」

 

「腕を取りに来た」

 

「半年前でしょ」

 

「取りに来たら、九十八人が残っていた」

 

「誰かが見ていないと、会いに来た人が迷う」

 

「……門番かよ」

 

「そうだ」

 

 トワは、白銀の機体を見上げた。

 

「それと、一つ決めた」

 

「この機体は、そっちの機体と合体しない」

 

「頼んでないぞ」

 

「念のためだ」

 

「古い機体を素材にして新しいのを完成させる話が、私は嫌いだ」

 

『同意します』

 

 白い円盤が、単眼を光らせた。

 

『当機も、素材になる予定はありません』

 

◇

 

 ケイは、起点層の記録棚を担当していた。

 

 九十八名分。

 

 番号ではなく、名前で並べ直したのは、彼だった。

 

「順番、変えたな」

 

「名前順にした」

 

「なぜだ」

 

「番号順だと、探しに来た人が困る」

 

 少年は、棚の高さを見上げた。

 

「……番号で呼ばれると、探されない」

 

「そうだな」

 

「利子の飴だ。二個」

 

 カインは、紙包みを棚の上へ置いた。

 

「投影は、食えない」

 

「知ってる」

 

「置いていくのが利子だ」

 

「……理屈になっていない」

 

「なってない」

 

◇

 

 アウレル・ゼロの公判は、まだ続いていた。

 

 証言は百四十回を超えた。

 

 減刑の申し立ては、一度も出していない。

 

「もう一度聞く。あなたは、何を後悔している」

 

「順番だ」

 

 彼は、いつもの調子で答えた。

 

「子供を観測室へ入れる前に、命令の出所を調べるべきだった」

 

「私は、調べたあとで入れた」

 

「――調べて、入れた」

 

 傍聴席が、ざわついた。

 

「それが、いちばん重い」

 

◇

 

 百二十七年後との回線は、三か月に一度だけ開く。

 

 ミラは、毎回同じことを言った。

 

『こちらは、まだ回っています』

 

 そして毎回、違うことを一つ付け足した。

 

『新しい街の名前が決まりました』

 

『――終界ではなくなりました』

 

◇

 

 そして、ある日の昼。

 

 共界門の詰所で、事件が起きた。

 

「これは、故障だ」

 

 御影トワが、真顔で言った。

 

 手の中には、白い容器。

 

 湯気が立っている。

 

「故障じゃないってば! 温めただけ!」

 

「コーンスープは冷たい」

 

「冷たいのが異常なの!」

 

「七年間、二千五百五十五回、冷たかった」

 

「それは非常食だからでしょ!」

 

「統計的に、冷たいほうが正常だ」

 

「……統計の使い方が間違ってる」

 

◇

 

 カインが、紙包みを開けた。

 

 焦がし砂糖の飴。

 

 彼は、そのうちの一個をつまみ上げた。

 

 そして――スープの中へ落とした。

 

「え」

 

「冷める」

 

「そういう問題!?」

 

「甘くなる。相殺だ」

 

 トワは、しばらくその容器を見ていた。

 

 それから、一口飲んだ。

 

「…………」

 

「……甘い」

 

「そうか」

 

「故障だ」

 

「そうか」

 

 彼は、それ以上何も言わなかった。

 

 残りの飴を、紙包みへ戻した。

 

 三個減っていた。二個はケイの棚の上。一個は、この容器の中。

 

「……あんた、それ大事にしてたやつでしょ」

 

「補給だ」

 

「絶対ちがう」

 

 トワは、二口目を飲んだ。

 

 そして、三口目も飲んだ。

 

 故障品だと言い張りながら、最後まで飲んだ。

 

◇

 

 夕方。共界門の前。

 

 蒼界第七避難区の男の子が、走ってきた。

 

 半年で、少し背が伸びていた。

 

 手には、絵が一枚。

 

「ニルさん!」

 

「はい」

 

「あの絵の、まんなかの金色」

 

「なまえ、ついた?」

 

 白い髪の少女は、少し考えた。

 

 右目が青く、左目が赤い。

 

「つきました」

 

「やった! なんて?」

 

「二つです」

 

「……ふたつ?」

 

◇

 

 その日の夕方、格納庫で二つの登録が同時に行われた。

 

 青銀の機体と、赤金の機体。

 

 三週間、声を失ったあいだに積み上がったもの全部に、ようやく名前がつく日だった。

 

『新規記録を登録します』

 

『対象、無声期間における四者の連携全般』

 

『――登録名』

 

『「四つとも、違う答えを出した」』

 

『こちらも登録します』

 

『対象、同上』

 

『――登録名』

 

『「それでも、回った」』

 

「……おい」

 

 レンが、呆れた顔をした。

 

「一個にまとめろよ。同じもんだろ」

 

『拒否します』

 

『拒否します』

 

「揃うんだな、そこは」

 

「うちの子たち、ほんとそういうとこ」

 

◇

 

「ニル。二つとも記録するのか」

 

 白い髪の少女は、記録装置を持ち上げた。

 

 今度は、電源を入れた。

 

「はい」

 

「これは、残していい記録です」「読まれても、一つにまとめられません」

 

「二つあるので」

 

◇

 

 男の子が、絵を掲げた。

 

 四つの歯車。

 

 青と、赤と、紫と、真ん中の黄金。

 

「じゃあ、どっちがほんとの名前?」

 

「どちらも本当です」

 

「ずるくない?」

 

「ずるいです」「ですが、そういう回り方をしました」

 

 男の子は、しばらく考えて、それから頷いた。

 

 よく分からないという顔のまま、それでも頷いた。

 

 ――七年と半年前、この子はまだ生まれていない。

 

 起点記録のどこにも、いない。

 

 それでも、四つの歯車の絵を描いて、名前を聞きに来た。

 

◇

 

 共界門の中央には、細い線が一本引かれている。

 

 線の向こうへ半歩踏み出せば、そこはもう、生まれ育った世界ではない。

 

 その日、二人はその線を挟んで立っていた。

 

「ねえ」

 

「なんだ」

 

「あんた、まだ言ってないことある?」

 

 レンは、少し黙った。

 

 半年前なら、ここで「ない」と言っていた。

 

 三週間前なら、「まだ言えない」で止まっていた。

 

「……ある」

 

「聞く」

 

「怖い」

 

 彼は、それだけ言った。

 

「あの日、担架の上に足を下ろしかけてから、ずっと怖い」

 

「次に出るときも、たぶん怖い」

 

「――答えは、まだ出てない」

 

「うん」

 

「出さなくていいよ」

 

「あたしも出てないし」

 

 二人は、線を挟んだまま、手を伸ばした。

 

 指先が、十センチまで近づいて、止まった。

 

 そして今度は、どちらからともなく、半歩踏み出した。

 

◇

 

 世界は、二つのままだった。

 

 未来も、残った。

 

 止まった一秒も、崩れずに残った。

 

 誰も一つにならなかった。

 

 誰も、上書きされなかった。

 

◇

 

 声が消えても、そこにいることは消せなかった。

 

 同じ答えじゃなくてよかった。

 

 見えない歯車は、今日も回っている。

 

第2期「ZERO BREAK篇」 完

 

 






 『双界機神インフィナイト』第2期、これにて完結です。

 最終話で壊したものは、ゼロでも復元命令でもありませんでした。「起点記録だけが現在を上書きできる」という一行だけです。だから世界は元に戻りませんでした。九十七パーセントで止まっただけです。

 そして勝利条件は、三百十二人に自分の今後を選ぶ時間を返すことでした。百四十一名が現在へ移り、九十八名が記録として残り、七十三名が眠りを選びました。一つの答えにはなりません。眠りを選んだ七十三名を、誰も責めませんでした。それでいいと思っています。

 ゼロは改心していません。感情も覚えていません。ただ、命令が「分裂前へ復元」から「継続する全存在の選択権を保全」へ更新されました。文案をまとめるのに九日かかり、千件以上の案が出て、最後まで揉めました。遅いです。その遅さが、この二つの世界の取り柄です。

 「継続する全存在には、私も含まれますか」と聞かれて、カナメが「含まれます」と答える場面を、どうしても書きたかったです。七年間ひとりで待って、ひとりで決めて、それも失った装置に、仕事が決まりました。

 トワの右手は、驚くほど簡単に外れました。七年間あれを固定していたのは、壊した一行そのものだったからです。そして彼女は腕を取りに戻って、そのまま門番になりました。プロトタイプは現在のインフィナイトに吸収されません。古い機体を素材にして新しいのを完成させる話が嫌いだ、と本人が言っています。

 カインが飴をスープに落としたのは、冷ますためです。三個減りました。二個はケイの棚の上、一個は容器の中。トワは故障品だと言い張りながら、最後まで飲みました。

 そして最後の登録。二つのAIが、同じものに別々の名前をつけました。「四つとも、違う答えを出した」と「それでも、回った」。一つにまとめろと言われて、二人とも拒否しました。そこだけ揃うのが、あの二人です。ニルは今回、電源を入れました。二つあるものは、読まれても畳めないからです。

 子供の絵の、真ん中の金色の歯車。第1期と第2期のあいだ、共界門をいちばん最初に通ったあの一枚です。あのとき名前がありませんでした。「みんなが回ったところだから」と男の子は言いました。半年かけて、名前が二つつきました。どちらも本当です。ずるいです。

 ここまで二十四話、追いかけてくださって本当にありがとうございました。

 よければ、最後にひとつだけ教えてください。
 あなたなら、あの金色の歯車に何という名前をつけますか。

【用語】選択権の保全/更新後のゼロの命令。復元には本人の申告が必要になり、自動では何も戻らない。


【用語】本人の申告/薄れた記録を復元するための根拠。自分の字で書いた紙が、最も強い根拠として扱われる。


【用語】記録として残る/三百十二名の選択肢の一つ。起きないまま保管され
、会いに来ることができる形。九十八名が選んだ。

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