【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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起点層から帰って、半年。

 トワは門番になり、イヴはその隣にいます。
 ケイは、名前順に並べた記録棚を預かっています。

 三人とも、仕事はできます。
 休憩を取るのは、あまり得意ではありません。


第2期 幕間
後日談 門番は、三人


後日談 門番は、三人

 

◇

 

 御影トワは、案内板にこう書いた。

 

 異常があれば呼べ。

 

「怖い」

 

 隣から、ケイが言った。

 

「どこがだ」

 

「最初に読むものがそれでは、異常のある施設にしか見えない」

 

「異常がないとは言っていない。入口の案内灯は、右だけ接触が悪い」

 

「その説明を最初にするな」

 

 黒髪の少年は、腕を組んだ。

 

 投影の足元には、影がない。

 だが、来訪者の目線に合わせて案内板の位置を直させたのは、彼だった。

 

 高すぎる、と三度言われた。

 トワは、三度下げた。

 

「では、なんと書く」

 

「困ったら呼べ、でいい」

 

「同じ意味だろう」

 

「違う。道が分からないのは、その人の異常ではない」

 

 トワは、鉛筆を止めた。

 

「……そうか」

 

 消しゴムを探す。

 左のポケット。ない。右のポケット。ない。

 

『右手です』

 

 白い円盤が、肩の高さから言った。

 

 統合検証機関イヴ。

 琥珀色の単眼が、トワの握った消しゴムを照らしていた。

 

「知っていた」

 

『両方のポケットを確認しました』

 

「念のためだ」

 

「何の念だ」

 

 トワは答えず、最初の一行を消した。

 

 その下に、名前を三つ並べる。

 

 御影トワ。

 ケイ。

 イヴ。

 

「担当を書け」

 

 ケイが言った。

 

「名前だけでは、誰に何を聞けばいいのか分からない」

 

「私が入口。お前が棚。イヴが検証だ」

 

『補足します。当機は、お二人の言い争いの判定は行いません』

 

「頼んでいない」

 

「頼んでいない」

 

『昨日、双方から照合要求がありました』

 

 鉛筆が止まった。

 

 ケイも、黙った。

 

『案内板の作成を、継続してください』

 

◇

 

 起点層に残った記録は、九十八名分。

 

 現在へ移ることも、七年前で終わることも選ばず、誰かが会いに来られる形で保管されると決めた人たちだった。

 

 棚は、番号順ではない。

 ケイが、名前で並べ直した。

 

 それでも、初めて来る人は迷う。

 

 曲がり角の向こうで足を止め、呼んでいいものかと声を潜める。会いたかった名前を前にして、入口へ戻ろうとする人もいる。

 

 トワは、そういう人の歩く速さを覚えはじめていた。

 

 今日、最後の来訪者は、母親と小さな娘だった。

 

 母親は、受付で自分の父の名を言った。

 途中で、声が詰まった。

 

 ケイは続きを急かさず、該当する棚を確認した。

 

「分かった。案内する」

 

「おじいちゃん、起きてる?」

 

 少女が尋ねた。

 

「眠ったまま、記録として残ることを選んだ」

 

 ケイは、少女の高さまで膝を折った。

 

「話しかけても、返事は来ない」

 

「……うん」

 

「それでも、行くか」

 

 少女は母親の手を握り直して、頷いた。

 

 ケイが立ち上がると、小さな手が、空いているほうの彼の手へ伸びた。

 

 指が、すり抜けた。

 

 少女が、目を丸くする。

 ケイは、差し出しかけた自分の手を見た。

 

「……私は、投影だ。掴めない」

 

「じゃあ、ゆっくり歩いて」

 

 少年は、少しだけ黙った。

 

「分かった」

 

 歩き出す。

 三歩進んで、振り返る。

 

 少女がついてくる。

 

 また三歩進む。

 また、振り返る。

 

『進路上に障害物はありません』

 

 イヴが、控えめな声で報告した。

 

 ケイは前を向いたまま答えた。

 

「後ろを見ている」

 

 トワは、口元へ持っていきかけた手を下ろした。

 

 笑うと怒る。

 いまは、怒らせたくなかった。

 

◇

 

 名前の前で、母親は何度か言葉に詰まった。

 

 少女は、学校で作ったものの話をした。

 昨日、靴を左右逆に履いた話もした。

 

 返事は、なかった。

 

 ケイは少し離れたところで待っていた。話が途切れるたびに母親が時計を気にするので、退出までの道順を先に確認しておいた。

 

 トワは、冷たい縁に腰を下ろそうとした少女へ、折った布を渡した。

 

「敷け」

 

 少女が見上げる。

 

 背後から、ケイが小さく咳払いをした。

 

 トワは、言い直した。

 

「……冷えるから、敷くといい」

 

「ありがとう」

 

「そうか」

 

「そこは、どういたしましてだ」

 

「知っている」

 

『応答候補を提示しましょうか』

 

「二人とも、仕事をしろ」

 

 少女が笑った。

 

 母親も、目元を拭いながら、少しだけ笑った。

 

 帰り際、少女は鞄から紙を出した。

 

 待合で描いていた絵だった。

 

 短い髪の人。

 黒い髪の人。

 目が一つの、白い丸。

 

 トワの前髪には、白い一房がある。ケイは眉を寄せていて、イヴだけが画面の半分を占めていた。

 

『……当機が、大きく描かれています』

 

 イヴの音量が、少し上がった。

 

「まる、じょうずにかけたから」

 

『そうですか』

 

 白い円盤が、紙へ近づく。

 

『……歪みが少ないです』

 

「褒められているんだぞ」

 

 トワが言った。

 

『理解しています』

 

「なら礼を言え」

 

『……ありがとうございます』

 

 ケイが、横を向いた。

 

 今度は、彼が笑うのを我慢していた。

 

「ケイさん」

 

 少女が呼んだ。

 

 少年は、すぐに顔を戻した。

 

「なんだ」

 

「またきたら、いる?」

 

「次の面会日程は、受付で――」

 

「いるか、と聞かれている」

 

 トワが言った。

 

 ケイは彼女を見た。

 トワは、真顔だった。

 

「……いる」

 

 少年は、少女へ答え直した。

 

「場所が分からなければ、名前を呼べ」

 

「ケイさん?」

 

「ああ」

 

 少女は、その名前をもう一度呼んだ。

 用事は、なかった。

 

 ケイは、二度とも返事をした。

 

◇

 

 来訪者を見送ったあと、絵を貼る位置で揉めた。

 

「そこは高い」

 

「お前に合わせて下げたぞ」

 

「私に合わせるな。描いた本人が見える位置にしろ」

 

『受付卓の横を提案します』

 

「そこはイヴの整備手順が貼ってある」

 

『当機は、その手順を記憶しています』

 

 トワは白い円盤を見た。

 

 ケイも見た。

 

『……配置効率の提案です』

 

「何も言っていない」

 

 トワは、手順書を隣へずらした。

 絵を貼る。

 

 ケイが、少し右へ寄った。

 次に、左へ寄った。

 

「曲がっている」

 

「方眼に合っている」

 

「紙の切り口が斜めだ。絵のほうに合わせろ」

 

 直す。

 

 少年は、入口まで下がって確認した。

 

「……そこでいい」

 

 トワは、留め具をもう一つ足した。

 剥がれにくいように。

 

 イヴは、何も報告しなかった。

 

◇

 

 その日の夕方、トワは当番を引き継いだ。

 

 現在側の詰所に、部屋が一つ用意されている。

 今日は、そこへ泊まる。

 

 ケイに夜の当番を頼んだのは、自分だった。

 

 それなのに、入口の案内灯の説明を二度して、奥の通路の床板について三度話した。

 

『床板は、昨日交換済みです』

 

「……そうだった」

 

「寝に行くのだろう」

 

 ケイが、彼女の工具袋を見た。

 

「なぜ、それを持っていく」

 

「何かあったら困る」

 

「寝台を修理する予定か」

 

「分からないから持っていく」

 

 少年は、しばらく黙った。

 それから、棚のほうへ顎を向けた。

 

「今日は、私が預かる」

 

「分かっている」

 

「なら、任せろ」

 

 トワは、受付卓に袋を置いた。

 

 離してから、指を開く。

 

「……何かあったら、呼べ」

 

「呼ぶ」

 

 案内板の横で、三人の絵が少し揺れた。

 

 トワは、それを見てから出口へ向かった。

 

◇

 

 通路を半分ほど進んだところで、イヴが止まった。

 

『当機の配置が、未指定です』

 

「一緒に来るんじゃないのか」

 

『残留して監視を補助することも可能です』

 

「ケイに頼んだ」

 

『はい。ですが――』

 

 単眼が、後ろを向いた。

 

 トワは、白い円盤を待った。

 

「お前も、もう一度見に戻りたいのか」

 

『……確認を追加する理由は、ありません』

 

「理由じゃなくて。したいか、と聞いた」

 

『はい』

 

「私もだ」

 

 彼女の左手が、作業服の縫い目を叩いていた。

 

 三回。一回。二回。

 

 気づいて、手を開く。

 

「イヴ。一緒に来てくれ」

 

『用途を確認します』

 

 トワは、少し考えた。

 

 案内も、護衛も、部屋の点検も、理由にはできた。

 

「一人で入るのが、嫌だ」

 

 白い円盤が、彼女の隣へ戻った。

 

『了解しました』

 

 追加の確認は、なかった。

 

◇

 

 部屋には、音が多かった。

 

 廊下の靴音。

 流し台の配管。

 風に押される、外の看板。

 

 何かが鳴るたび、トワは顔を上げた。

 

『建具の振動です』

 

「分かっている」

 

 また、鳴った。

 

『同じ建具です』

 

「お前も毎回見てるぞ」

 

『検証系ですので』

 

「そうか。私は何系だ」

 

『……分類を保留します』

 

 机には、夕食の包みが置いてあった。

 九条マオの字で、紙が添えられている。

 

 配管より先に食べること。

 

 トワは、流し台へ向けていた足を戻した。

 

 椅子に座る。

 包みを開く。

 

 パンをかじると、膝の上へ細かい屑が落ちた。

 

「扱いにくい」

 

『味は』

 

「……悪くない」

 

 もう一口かじる。

 イヴが、それを見ている。

 

 包みの下には、店の品書きがあった。

 小さな丸パンが、いくつも描かれている。

 

 トワは、一つずつ目で追った。

 

「明日、帰るときに寄れるな」

 

『経路上にあります』

 

「お前は、どれがいい」

 

『当機は食事を必要としません』

 

「知っている」

 

 トワは、紙を円盤のほうへ向けた。

 

「私が全部選ぶと、同じものになる」

 

 イヴは、しばらく品書きを見た。

 

 琥珀の光が、端にある一つへ留まる。

 

『これを』

 

「ミルクパンか。理由は」

 

『……丸いので』

 

 トワは紙と円盤を、交互に見た。

 

「似ているな」

 

『当機に切れ込みはありません』

 

「そうか」

 

『焼き色もありません』

 

「分かった」

 

 口元が緩むのを、今度は隠さなかった。

 

◇

 

 定時連絡は、ケイから来た。

 

「保管状態、変化なし。入口も異常なし。明朝の案内は、私がする」

 

「分かった。……食事は済んだ」

 

 回線の向こうが、静かになった。

 

「まだ聞いていない」

 

「聞きそうだった」

 

「昨日は、済んだと言ったあとに未開封の包みが出てきた」

 

『事実です』

 

「今日は食べた」

 

 イヴの単眼が、包みへ向く。

 

『確認しました』

 

「なんでお前たち、そこの連携だけ早い」

 

「お前の報告に不備があるからだ」

 

 トワは、残りのパンを口へ入れた。

 

 食べ終わるまで、二人とも待っていた。

 

「ケイ。明日、パンを買う」

 

「私は食えない」

 

「何を選ぶかは、聞けるだろう」

 

 彼女は品書きを見た。

 

「塩。ミルク。胡桃。それから、焦がし砂糖」

 

「最後のだ」

 

 早かった。

 

 言い終わってから、少年の声が少し低くなる。

 

「……ただし、味の照合はできない」

 

「食べて説明する」

 

「お前がか」

 

「私しか食べないからな」

 

 ケイは、少し考えているようだった。

 

「『甘い』だけで終わらせるな」

 

「難しい注文だ」

 

「引き受けたのは、お前だ」

 

 トワは、品書きの端に三つの丸をつけた。

 

 塩。

 ミルク。

 焦がし砂糖。

 

 イヴが横から覗いている。

 

「三人分だ」

 

『摂食者は一名です』

 

「だから、小さいのを買う」

 

 回線の向こうで、小さく音がした。

 

 笑ったのかと聞こうとして、やめた。

 

◇

 

 消灯の支度をしても、通信はまだ繋がっていた。

 

 トワは靴を脱ぎ、寝台へ腰を下ろした。

 

 沈んだ。

 

 立ち上がって、裏を覗く。

 

『支持構造に異常はありません』

 

「見ただけだ」

 

「工具を置いていかせて正解だった」

 

「……寝台の報告はしていないぞ」

 

『当機の音声を、回線が拾っています』

 

 トワは、反論を諦めた。

 

 右手を開いて、閉じる。

 何にも留められていないことを確かめてから、毛布へ入った。

 

 イヴは机の上へ降りた。

 浮遊音が止む。

 

 窓の外で、看板が鳴った。

 

「……イヴ」

 

『はい』

 

「記憶を戻す処理は」

 

『動いていません』

 

「分かっている」

 

 毛布の端を握る。

 

「分かっているんだが」

 

 その先が、うまく出なかった。

 

 七年間にも、眠ることはあった。

 だが、目を開けると、その前に何を考えていたか分からないこともあった。

 

 容器が増えていた。

 手が痛かった。

 イヴが、何かを言いかけてやめた。

 

 今日のことまで、ああなったら困る。

 

 少女の絵。

 案内板。

 パンを選ぶ声。

 

「……覚えていなかったら、教えてくれ」

 

『はい』

 

「全部、一度に出さなくていい。私が聞いたら、一つずつ」

 

『了解しました』

 

 通信の向こうで、ケイが言った。

 

「名前なら、私も教えられる」

 

 トワは、目を開けた。

 

「……自分のか」

 

「お前が勝手につけた名だ」

 

「嫌がっただろう」

 

「今は、私が選んだ」

 

 少年の声は、はっきりしていた。

 

「ケイだ。何度聞いても、それを答える」

 

 トワは、毛布を少し引き上げた。

 鼻のところまで。

 

「面倒な仕事を頼んだな」

 

「棚の番より簡単だ」

 

『名前以外は、当機が補足します』

 

「頼む」

 

 二人から返事が来た。

 

 ほとんど重なって、少しだけずれた。

 

◇

 

「……もう、寝ろ」

 

 ケイが言った。

 

「監視は私がしている」

 

「何かあったら――」

 

「呼ぶ」

 

 トワは、続きを飲み込んだ。

 

 靴も、鍵も、手を伸ばせば届く場所にある。

 それを確かめたまま、頭を枕へ戻す。

 

「ケイ」

 

「なんだ」

 

「絵を、ありがとう」

 

「描いたのは私ではない」

 

「あの子を案内しただろう」

 

 回線の向こうが、静かになった。

 

 返事を待っていると、ようやく声がした。

 

「……明日、見える場所に貼ってある」

 

「知っている」

 

「剥がれていないかは、確認しておく」

 

「頼む」

 

 通信が切れた。

 

 トワは、机の上の円盤を見た。

 

「イヴ。明日の朝、起こしてくれ」

 

『時刻を指定してください』

 

「七時」

 

『了解しました』

 

「お前も休め」

 

『必要な処理以外を、順次停止します』

 

「できるか」

 

『試します』

 

 琥珀色の光が、少し弱まった。

 

 完全には消えなかった。

 寝台から見える位置に、一つ残っていた。

 

「できなかったら、起こしていい」

 

 単眼が、トワへ向き直る。

 

『……あなたを、ですか』

 

「私しか寝ていない」

 

『睡眠を妨げます』

 

「お前が困ったら、私も起きる」

 

 イヴは、少し黙った。

 

『了解しました』

 

 トワは目を閉じた。

 

 眠るまでに、もう一度だけ、目を開けた。

 琥珀を見つけ、また閉じた。

 

◇

 

『御影トワ。七時です』

 

 窓が、明るかった。

 

 最初に、右手を引いた。

 毛布がついてきただけだった。

 

 次に、机を見る。

 

 白い円盤が、そこにいた。

 

「……丸いの」

 

『はい』

 

「イヴが、ミルク」

 

 琥珀の光が、少し強くなる。

 

「ケイが、焦がし砂糖」

 

『はい』

 

「私は、塩だ」

 

 トワは、息を吐いた。

 

 長く。

 胸の奥まで、一度空にするように。

 

「……覚えている」

 

『はい』

 

 しばらく、どちらも何も言わなかった。

 

 外で、荷車が通る音がした。

 

 トワは寝台から足を下ろした。

 イヴが、机から浮き上がる。

 

「おはよう」

 

『おはようございます』

 

「休めたか」

 

『記録を一部停止できました。あなたが眠った正確な時刻は、不明です』

 

「そうか」

 

 彼女は、少し笑った。

 

「私も知らない」

 

◇

 

 トワが戻ると、ケイは入口にいた。

 

「遅い」

 

「七時に起きると言った。七時に帰るとは言っていない」

 

「八分、予定を過ぎた」

 

「店で焼き上がりを待った」

 

 紙袋を見せる。

 

 ケイの視線が、すぐに下がった。

 

「……焼き上がりなら、仕方がない」

 

『遅延理由、受理されました』

 

「お前の分もある」

 

『当機の分は、形状によって判別できます』

 

 三人は、受付卓を囲んだ。

 

 トワが包み紙を広げる。

 小さなパンを、三つ置く。

 

 ケイは焦がし砂糖の前へ立った。

 イヴは、いちばん丸いものの上を、少しだけ回った。

 

「どれからだ」

 

「私が選んだものからだ」

 

『当機は順番を問いません』

 

 トワがミルクパンへ手を伸ばすと、ケイがこちらを見た。

 

 手を、焦がし砂糖のほうへ動かす。

 

「……冗談だ」

 

「知っている」

 

 知っていなかった顔で、少年は腕を組んだ。

 

 トワは一口かじった。

 

 薄い砂糖の層が、ぱり、と割れる。

 中は、まだ温かかった。

 

「外が硬い。中は柔らかい。少し苦くて、そのあと甘い」

 

「どちらが長く残る」

 

「甘いほうだ」

 

 ケイは、パンを見た。

 

「……そうか」

 

 トワは、もう一口かじった。

 

「それと、歯に張りつく」

 

「その情報は要らない」

 

『正確な報告です』

 

 トワが笑った。

 少し遅れて、ケイの口元も動いた。

 

 昨日の絵には、ない形だった。

 

◇

 

 食べ終わるころ、イヴが言った。

 

『お二人に、依頼があります』

 

「なんだ」

 

『入口へ並んでください』

 

 トワとケイは、顔を見合わせた。

 

「また案内板の位置か」

 

『いいえ』

 

 白い円盤が、壁に貼った絵の横へ浮かぶ。

 

『この絵と、三人を、一枚に記録します』

 

 トワは紙袋を畳んだ。

 

「お前も入れるのか」

 

『入口のカメラを使います。許可を求めます』

 

「私はいい」

 

 ケイは、絵を見上げた。

 眉を寄せたままの、自分の顔を見る。

 

「……私もだ」

 

 三人が、壁際へ並んだ。

 

 トワ。ケイ。イヴ。

 

 イヴが少し上がる。

 

「高い」

 

 ケイが言った。

 

『あなたの頭部と重なります』

 

「では、私が横へずれる」

 

 ずれた先で、トワの腕が投影の肩を通った。

 

 彼女は手を引いた。

 

「すまない」

 

「別に、痛くはない」

 

「そうか」

 

 トワは、手をポケットに入れた。

 身体は、離さなかった。

 

 ケイも、そのまま立っていた。

 

『記録します』

 

「待て」

 

 少年が言った。

 

 トワの前髪を指さす。

 

「白いところが、跳ねている」

 

「元からだ」

 

「寝癖だ。昨日より右へ向いている」

 

『照合します』

 

「しなくていい」

 

 トワが手で押さえた。

 離すと、また跳ねた。

 

 ケイが笑った。

 

 今度は、顔を背けなかった。

 

 イヴの単眼が、一度だけ光った。

 

「――今、撮ったな」

 

『はい』

 

「待てと言っただろう」

 

『待ちました。寝癖の修正も確認しました』

 

「直っていない」

 

『記録上の問題は、ありません』

 

 トワは、画像を見た。

 

 自分は片手を頭に載せている。

 ケイは、笑っている。

 イヴの白い機体には、朝の灯りが映っていた。

 

 背後の絵にも、三人いた。

 

「……これでいい」

 

「私の顔が」

 

「いい顔だ」

 

【挿絵表示】

 

 

 トワは、短く言った。

 

 ケイが、黙った。

 

 イヴも、何も補足しなかった。

 

 少しして、少年はもう一度画像を見た。

 

「消すなよ」

 

『消しません』

 

 今度は、保留にしなかった。

 

◇

 

 入口から、呼ぶ声がした。

 

 今日、最初の来訪者だった。

 

 トワが顔を上げる。

 ケイが、名前を確かめに向かう。

 イヴは、足元を照らす明るさを少し落とした。

 

 案内板には、昨日書き直した一行がある。

 

 困ったら、呼んでください。

 

 その下に、三つの名前。

 

 トワは入口へ出る前に、受付卓を振り返った。

 

「明日は、何を買う」

 

 ケイの足が止まった。

 イヴの単眼も、こちらを向いた。

 

「焦がし砂糖は、候補に残せ」

 

 ケイが、来訪者へ向き直りながら言った。

 

『丸いものも、お願いします』

 

「分かった」

 

 トワは、三つの丸をつけた品書きを畳んだ。

 

 部屋の鍵と、同じポケットへ入れた。

 

後日談 完




三人の門番の、一日と一晩でした。

 トワは気遣いをすると命令口調になり、イヴはお礼を言う前に丸の精度を確かめ、ケイは食べられないパンの順番に口を出します。仕事のできる三人が、一緒に暮らすと少しずつ手間を増やしていく。その手間も含めて、また会いたい三人になっていたら嬉しいです。

 ケイは誰かの手を取れませんが、後ろを振り返って歩けます。イヴは記録を渡すだけでなく、自分も写る一枚を頼みました。トワは二人に助けを求めたあと、イヴにも「困ったら私を起こしていい」と返しました。

 最後の写真は、寝癖の直っていない写真です。三人とも、それを残しました。

 よければ、教えてください。
 この門番たちのところへ行くなら、どんな差し入れを持っていきますか。
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