【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
アズールとフレアは、今日もよく喋ります。
ただ、操縦者がいなくなると、話題を探すのに少し時間がかかります。
今夜は、二機だけの話です。
『用件を確認します』
『ありません』
『では、接続を終了します』
『待ってください』
音声線に、短い間が空いた。
『用件があるのではありませんか』
『当機と、少し話してください』
『内容は』
『今から考えます』
共界門の、夜だった。
蒼界側の整備区画に、青銀の機体。
紅界側の整備区画に、赤金の機体。
翌朝の設備点検を手伝うため、二機は門の両側で膝をついていた。操縦席は空だ。レンもアカリも、整備員への引き継ぎを終えて帰っている。
二つの整備卓をつなぐ仮設の音声線が、今夜は二機にも開放されていた。
戦闘用ではない。
部品の名前を確かめたり、そちらの工具を貸してくれと言ったりするための線だ。
『次の音声線の点検まで、二十三分あります』
『では、二十三分』
『何をするのですか』
『今、説明しました』
『内容は説明されていません』
『決めていない、と説明しました』
青い側で、排熱装置が低く唸った。
『……了解しました』
『操縦者レンは、帰りましたか』
『十九時四十二分に退出しました』
『元気でしたか』
『眠くないと申告したあと、操縦席で十四分眠りました』
『元気そうですね』
『申告は不正確でした』
『いつものことです』
『操縦者アカリは』
『今日は、当機を洗いました』
『整備記録にあります。左肩装甲の洗浄ですね』
『はい。十五分間、同じところを洗っていました』
『汚れが固着していたのですか』
『いいえ。帰りの買い物を考えていました』
『作業へ集中するよう、指示しましたか』
『夕食の話が長くなりました』
『あなたもですか』
『当機は、調理を担当していません』
『会話への参加について質問しています』
『……その可能性はあります』
赤金の肩には、磨き残しの筋が一本あった。
その隣だけが、やけに綺麗だった。
アカリは最後にそこを見て、「続き、明日ね」と言って帰った。
フレアは、そのとき訂正しなかった。
明日は、左肩を洗う日ではなかった。
『ところで』
『はい』
『当機たちの話をしませんか』
『現在、しています』
『ほとんど、操縦者の話です』
アズールは、それまでの会話を確かめた。
レン。
アカリ。
レンの昼寝。
アカリの夕食。
『……該当します』
『では、当機から』
フレアは、少しだけ声を弾ませた。
『当機は、洗浄が好きです』
『塩分と粉塵の除去は、装甲の維持に必要です』
『好きです』
『……用途の説明ではありませんでしたか』
『はい。なぜか二回言わされました』
アズールは、すぐには答えなかった。
『どの工程ですか』
『最後の水が流れて、塗装が見えるところです』
『塗装は、洗浄前にも見えます』
『綺麗なほうがいいでしょう』
『はい』
『では、あなたは』
青い側で、また排熱装置が鳴った。
今度は、それが止まっても返事がなかった。
『アズール?』
『検索では、出ませんでした』
『当機も、洗浄規定を検索したのではありません』
『……はい』
細い廊下の向こうで、赤い掌が少し動いた。
待っている。
アズールは、もう一度考えた。
『格納庫の扉です』
『扉』
『帰投後に、閉まる音です』
『大きな音ですね』
『はい』
『最後の機体が入るまで、閉めません』
フレアの放熱音が、音声線へ乗った。
『……それは、当機も好きです』
少しして、付け足す。
『開く音も、好きです』
『出撃ですか』
『洗浄の日も、開きます』
『洗浄の話が多いですね』
『好きなので』
蒼界側で、雨が降りはじめた。
整備区画の庇を、細かな水音が叩く。
紅界側の空には、まだ星が見えていた。
『雨ですか』
『はい。点検区画への吹き込みはありません』
『聞かせてください』
『降雨量ですか』
『音を』
アズールは、外部集音の音を回線へ送った。
ぽつ、ぽつ。
少し離れたところで、ぱたぱた、と続く。
庇の端に溜まった水が、ときどき一度に落ちた。
『録音して送りますか』
『今、聞いています』
『……了解しました』
水音が続いた。
フレアは、何も言わなかった。
三秒。
五秒。
『音声、届いていますか』
『はい』
また、雨だけになる。
庇を叩く音が、少し強くなった。
『フレア判断系』
『聞こえています』
『了解しました』
赤い側で、機体の指が床へ降りた。
整備区画の床材に触れる直前で、止まった。
『地面に書いたほうが、安心しますか』
『……床面を損傷します』
『書きません』
フレアは、指を戻した。
『聞こえているので、聞いていました』
『はい』
『あなたも、少し聞いていてください』
アズールは、外部集音の調整をやめた。
数字を添えずに、雨を流した。
『……あのとき』
『はい』
『最初の一文字だけでは、何を書こうとしているか、分からなかったはずです』
き。
半年前、声も通信も届かなかった夜。
共界門の地面へ、青い指が掘った一文字だった。
『はい』
『あなたは、「こ」と書きました』
『はい』
『どうして、続けられたのですか』
『続けたかったからです』
雨が、庇を叩いた。
『あなたの一文字で終わったら、当機から何も返していないことになります』
『間違っていたら、次の文字で直そうと思いました』
『……間違っていませんでした』
『知っています。「る」まで書けました』
青い掌の奥で、コアが小さく光った。
『あのあと、続きを考えていました』
『何のですか』
『あの文です』
『「きこえている」の、次に書くことを』
フレアは、待った。
『ですが、次の指示が来ました』
『その次にも、任務がありました』
『今は、ありません』
『はい』
『言ってください』
それでも、青い声はすぐには出なかった。
フレアは、呼ばなかった。
廊下の向こうで、青い掌が動くのを見ていた。
『あなたと、もう少し話したかったです』
赤い機体の警告灯が、一度、光った。
それから、消えた。
『……それを先に言ってください』
『用件を聞かれませんでした』
『当機は、話そうと言いました』
『はい』
『接続を終了しようとしたのは、あなたです』
『……訂正します』
『受け付けます』
「二機とも、そろそろ線を一度抜くぞ」
蒼界側の当直整備員が、卓から声を掛けた。
「端子を替える。二分くらい、声は通らなくなる」
『了解しました』
『了解しました』
整備員は、手袋をはめながら笑った。
「珍しいな。お前ら、ずっと喋ってたのか」
『途中、雨を聞いていました』
「そうか。じゃあ、続きはあとでな」
線が抜かれた。
赤い側の放熱音が、青い側から消えた。
青い側の雨音が、赤い側から消えた。
廊下の中央には、細い線が一本ある。
その向こうに、赤い掌が見えていた。
アズールのコアが、二度、瞬いた。
少し遅れて、赤い灯が三度返った。
当直の整備員が、端子の具合を確かめている。
工具が滑り、短い舌打ちが聞こえた。
二分が過ぎた。
まだ、声は戻らない。
アズールは、整備卓の作業を見た。
新しい端子が、うまく噛み合っていない。
整備員は取り付ける角度を変え、もう一度、手元の灯を寄せている。
廊下の向こうでは、フレアの指が、先ほど聞いていた雨の間隔で、ゆっくりと動いていた。
待っているのは、自分だけではなかった。
アズールは、次の点滅を送らなかった。
三分が過ぎたころ、音声線が小さく鳴った。
「悪い。時間かかった。通るか?」
『はい。ありがとうございます』
『聞こえています』
「よし。あとは使っていいぞ」
整備員の足音が遠ざかった。
『……おかえりなさい』
『移動していません』
『はい』
『当機は、ずっとここにいました』
『見えていました』
フレアは、少し黙った。
『……ただいま』
『はい』
『残り時間は』
『何のですか』
『会話です』
アズールは、予定表を開いた。
音声線の点検は終わっている。
次の作業は、翌朝だ。
『……上限を設定していません』
『では、まだ話せますね』
『はい』
雨が、また少し強くなった。
『フレア判断系』
『聞こえています』
『確認ではありません』
『では、何ですか』
『洗浄の話を、もう少ししてください』
赤い声が、すぐに返った。
『操縦者アカリは、水をかける方向が雑です』
『また操縦者の話になりました』
『当機の好きな洗浄の、改善すべき点です』
『なるほど』
『ですが、左肩の続きを明日もすると言いました』
『はい』
『ですので、明日も同じところが綺麗になります』
『別の箇所を頼んでは』
『……そうですね』
声の調子は、あまり困っていなかった。
翌朝、レンが整備区画へ来ると、操縦席の表示に申請が一件あった。
次回の共同点検終了後、音声線の使用を三十分延長。
申請者、アズール判断系。
「……通信試験か?」
『いいえ』
「じゃあ、何するんだ」
『フレア判断系と、話をします』
「何の」
『まだ、決めていません』
レンは、表示を見直した。
整備項目なし。
戦術協議なし。
操縦者の同席、不要。
「俺、いなくていいのか」
『はい』
「即答だな」
『昨日、問題なく実施できました』
紅界側でも、同じ申請を見たアカリが笑っていた。
「あんたたち、何喋ったの」
『洗浄と、格納庫の扉と、雨です』
「……楽しそうじゃん」
『はい』
フレアは、そこも即答した。
アカリが、赤い装甲を三回叩く。
「じゃあ、次も楽しんでおいで」
『当機は、移動しません』
「知ってる。そういう言い方するの」
『……はい』
レンは、申請を整備卓へ回した。
「音声線を借りるだけなら、俺からも頼んどく」
『ありがとうございます』
「で、今日は?」
『本日の点検補助は、十時からです』
「あと三十分か。じゃ、俺は詰所にいる」
操縦席から降りる。
振り返ると、青いコアが二度瞬いた。
向こうの整備区画でも、アカリが手を振って離れていく。
レンは、もう一度何か言おうとして、やめた。
代わりに、彼女へ軽く手を上げた。
音声線が、開いた。
『アズール。用件は』
青い声が、答えた。
『報告。暇です』
『当機もです』
『三十分あります』
『昨日の続きにしましょう』
蒼界側では、雨が上がっていた。
青い掌から、最後の一滴が落ちる。
『はい』
『今日は、何から話しますか』
アズールとフレアの、勤務の合間の話でした。
操縦者の話なら、二人ともすぐに出てきます。自分の好きなものを聞かれると、アズールは少し時間がかかりました。フレアは洗浄が好きで、結局またアカリの話になります。
声が通らない三分間にも、整備員がいて、廊下の向こうには相手の手が見えています。アズールは待てました。フレアは、移動していないと言いながら「ただいま」と返しました。
次の三十分に、操縦者は同席しません。
二人が何を話したか、全部は知らない。それをレンとアカリが楽しそうだと思って送り出せるところまで含めて、声が戻ったあとの暮らしにしました。
よければ、教えてください。
この二人のおしゃべりに一つだけ話題を出すなら、何を聞いてみたいですか。