旧作【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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相手を守ることと、相手を信じることは、よく似ていて少し違う。

黒銀の追跡者は、そのわずかな違いへ刃を差し込んだ。


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改訂版 第2話 黒銀の追跡者

第一篇「双界邂逅篇」

第2話 黒銀の追跡者

 

 

 

 

 死んだはずの幼なじみとの二度目の通信は、十秒ももたなかった。

 

『よかった。さっきのこと、夢じゃないよね』

 

 消えかけた声を追って、蒼羽レン(あおば・れん)は青い操縦席で身を乗り出した。

 

「夢なら、ずいぶん騒がしい」

 

 正面画面では、撃破された白い敵機ヌルの粒子が、蒼界(そうかい)の夜空へ降っている。

 

 消えかけた街には色が戻り、避難艇が次々と地上へ降りていた。

 

 だが、赤い空も、そこにいるはずのアカリの姿も、もう見えない。

 

 聞こえるのは、声だけだった。

 

『あのね、私――』

 

 通信が大きく乱れる。

 

『位相接続が限界です。アズールを収容します』

 

 戦術解析担当、白瀬ユナ(しらせ・ゆな)の声と同時に、青銀の機体を誘導光が包んだ。

 

「待ってくれ。まだ話がある」

 

『レン!』

 

 アカリの声が割れる。

 

『明日も呼ぶから。絶対、出てよ!』

 

「通信機なんだから、出るに決まってる」

 

『そういうところ、本当に変わってない!』

 

 返事の代わりに、赤い雑音が弾けた。

 

 通信環から光が消える。

 

 静かになった操縦席で、レンは青い半円のペンダントを握った。

 

 七年間、死者へ向けていた言葉に、初めて返事があった。

 

 その事実だけで、指先が震えている。

 

◇

 

 境界航行母艦(きょうかいこうこうぼかん)ノア・ギア。

 

 一隻の船体を蒼界と紅界(こうかい)へ半分ずつ重ね、両方の世界を同時に見張る巨大母艦である。

 

 レンを乗せた蒼界機アズールは、その青側格納庫へ収容された。

 

 整備台の下から、油まみれの大男が這い出す。

 

 整備主任の真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)だった。

 

「初乗りであれだけ動かしゃ上出来だ。もっとも、全身の駆動軸は泣いてるがな」

 

「機械も泣くのか」

 

「整備士には聞こえる。ついでに言うと、今夜の俺の睡眠時間が四時間ほど消えた」

 

「……すまない」

 

「謝るより、次は曲がる前に減速しろ」

 

 ゲンゴはアズールの胸にある青い半円コアを、軽く叩いた。

 

「言っとくが、この機体は片割れじゃねえぞ。腕も脚も二本ずつ、単騎で救助も戦闘もこなせる完成品だ」

 

「昨日は、それで足りなかった」

 

「足りなかったのは機体じゃない。敵が二つの世界にまたがってたから、片側からじゃ手が届かなかった。それだけだ」

 

 ゲンゴは親指で反対側を指した。

 

「残る赤の位相機能は、あっちのじゃじゃ馬が持ってる」

 

 レンは眉を寄せた。

 

「アカリは、じゃじゃ馬じゃない」

 

 七年前、何度止めても立入禁止区画へ先に入った少女を思い出す。

 

「……いや。少しは、そうだった」

 

「本人の前でも言ってやれ」

 

 そのとき、格納庫の反対側が一秒だけ赤く透けた。

 

 崩れた床。

 

 火花を散らす配線。

 

 そして、赤金の完全人型機フレア。

 

 その足元で、緋月アカリ(ひづき・あかり)がこちらへ手を振っていた。

 

 レンが反応する前に、赤い景色は消える。

 

 ゲンゴが肩を揺らした。

 

「手ぇ振り返すくらい、計算しなくてもできるぞ」

 

「……見えてから消えるまでが、短すぎた」

 

「はいはい」

 

◇

 

 一時間後。

 

 ノア・ギアの作戦室には、青と赤、二つの地球が並んでいた。

 

 形は同じ。

 

 七年前までの歴史も同じ。

 

 だが今は、別々の未来を生きている。

 

 艦長の御堂カナメ(みどう・かなめ)が、二つの地球の間を指でなぞった。

 

「敵の名は終端機関(しゅうたんきかん)ゼロ。重界現象を起こし、二つある未来の片方を消そうとしている」

 

「世界を元へ戻すためか」

 

「元へ戻すのではない。一方を正解にして、もう一方を存在しなかったことにする」

 

 ユナがヌルの黒い中核を拡大した。

 

 内部には、消去対象になった住民の名前と記録番号が流れている。

 

「ヌルが消すのは、建物だけではありません」

 

 ユナの指が、流れる名前の一つで止まった。

 

「そこで暮らした人の記録と、誰かが覚えている記憶まで、一緒に失われます」

 

 慰霊碑からアカリの名前が消える光景を、レンは想像してしまった。

 

 白い花だけが、誰のためでもなくなって残る。

 

 指がペンダントへ伸びる。

 

「インフィナイトなら、止められるのか」

 

「可能性はある。ただし、いつでも合体できるわけではない」

 

 カナメが二つの半円を表示した。

 

「ツイン・ギア・コアは、二人が同じ未来を選んだときだけかみ合う。命令で一致させることはできない」

 

「同じ答えを出せ、という意味か」

 

「同じ答えではない。同(・)じ(・)未(・)来(・)だ。そこは、これから嫌というほど違いが出る」

 

 作戦卓の向こう側へ、赤い通信窓が開いた。

 

 アカリが腕を組み、レンをまっすぐ見ている。

 

『私は迷わない。次も両方を守る』

 

「簡単に言うな。昨日は偶然が多すぎた」

 

『レンは考えすぎ。始める前から失敗を数えて、どうするの』

 

「失敗を考えないから、君は危ないんだ」

 

『君って言った』

 

「何か問題が?」

 

『七年ぶりの幼なじみにしては、距離がある』

 

「では、お前」

 

『急に近すぎる!』

 

 ユナが小さく吹き出し、慌てて口元を押さえた。

 

 カナメは表情を変えなかったが、その目だけが少し柔らかくなる。

 

「呼び方を決める前に、適合検査を受けてもらう」

 

◇

 

 検査室には、二つの椅子が置かれていた。

 

 青い椅子は蒼界に。

 

 赤い椅子は紅界に。

 

 異なる世界の別々の部屋に座った二人を、ペンダントから伸びる光が結ぶ。

 

「これから行うのは、記憶共鳴試験です」

 

 ユナが説明した。

 

「互いの記憶を目印にして、二機の接続を安定させます。ただし、何が見えるかは選べません」

 

『見られたくない記憶がある人は、大変だね』

 

 アカリの声に、レンは目を閉じた。

 

「君は、少し警戒した方がいい」

 

『どういう意味?』

 

「そのままの意味だ」

 

 青と赤の光が触れ合い、黄金へ変わった。

 

 次の瞬間、レンの視界から検査室が消える。

 

──記憶共鳴・接続

 

 赤い砂嵐の中で、十四歳のアカリが瓦礫を掘っていた。

 

 爪が割れ、指から血が流れても止まらない。

 

 瓦礫の下から幼い子どもを助け出し、自分の水をすべて飲ませる。

 

 場面が変わる。

 

 十六歳のアカリが、配給所の屋根で一人泣いていた。

 

 赤いペンダントを握り、誰にも聞かれない声でレンの名を呼ぶ。

 

 朝になれば、また笑って皆を励ませるように。

 

 さらに場面が変わった。

 

 崩れた支柱の前で、アカリが釘を握っている。

 

 コンクリートに刻まれた、蒼羽レンという名前。

 

 その下へ、彼女は七本目の線を足していた。

 

「やめろ……」

 

──記憶共鳴・反転

 

 今度はアカリの視界へ、蒼界の記憶が流れ込む。

 

 十三歳のレンが、誰もいない教室から青い空を見ていた。

 

 十五歳のレンが、復興式典の拍手の中で、一人だけ俯いている。

 

 十七歳のレンが、慰霊碑へ白い花を置く。

 

 碑に刻まれているのは、緋月アカリ。享年十歳。

 

 その夜。

 

 誰にも見られない部屋で青いペンダントを握り、彼は声を殺して泣いていた。

 

「もう、止めて!」

 

 黄金の光が砕ける。

 

 二人は同時に椅子から立ち上がった。

 

 荒い息だけが、通信へ重なる。

 

 レンの手が震えていた。

 

 止めようとして、止まらなかった。

 

「……勝手に、見るな」

 

 言ってしまってから、間違えたと分かった。

 

 アカリの表情が凍る。

 

『私だって、見たくて見たわけじゃない』

 

「そういう意味じゃない」

 

『じゃあ、どういう意味?』

 

 答えられなかった。

 

 知られたくなかったのだ。

 

 アカリを失ってからの自分が、どれだけ立ち止まっていたか。

 

 七年間、生きるのではなく、ただ数えていただけだと。

 

 それを、本人にだけは見られたくなかった。

 

 アカリは、赤いペンダントを接続環から外した。

 

『私、レンが泣いてたことを責めたいんじゃないの』

 

 声が、静かだった。

 

『私のせいで、レンが止まってたのが嫌なだけ』

 

「違う」

 

『じゃあ証明して。今度は自分の口で』

 

 彼女は一度だけ息を吸った。

 

『でも、今日はもういい。次は私一人で紅界を守る』

 

「待て、アカリ」

 

 赤い像が消える。

 

 検査装置には、冷たい文字だけが残った。

 

『選択未来、不一致』

 

 レンは、誰もいなくなった赤い椅子の側へ手を伸ばしかけて、やめた。

 

◇

 

 世界と世界の狭間を、黒銀の巨人が歩いていた。

 

ZC-01ヴァイス

 

 片側は光を弾く銀。

 

 もう片側は、光を呑み込む黒。

 

 背には左右で形の違う翼を持ち、顔を覆う仮面には紫色の単眼が灯っている。

 

 その操縦席で、カイン・ヴァイスは二人の検査記録を見下ろしていた。

 

「同じ未来を選ばなければ動けない機体か」

 

 紫の瞳が細くなる。

 

「なら、選べなくしてやればいい」

 

 ヴァイスの両腕から、六本の黒い杭が放たれた。

 

 杭は世界の境界を貫き、蒼界と紅界の旧研究区画へ同時に突き刺さる。

 

 二つの空に、紫色の亀裂が走った。

 

◇

 

『重界警報。敵性反応、急速拡大』

 

 ノア・ギアの艦橋へ警報が響く。

 

 黒い杭の周囲から、六機のヌルが浮上していた。

 

 蒼界に三機。

 

 紅界に三機。

 

 アカリとの通信は、まだ閉じたままだ。

 

 レンはアズールの操縦環を握った。

 

「アズールだけで出る」

 

 同じ頃、紅界の格納庫では、アカリがフレアを立ち上がらせていた。

 

『フレアだけで十分』

 

 似ていないはずの二人が、よく似た顔で前を向く。

 

 青側の射出口からアズールが飛び出す。

 

 赤側の崩れた発進路を、フレアが蹴り砕いた。

 

 二機は、合体できなくても走り、跳び、戦える独立機である。

 

 蒼界では、一機のヌルが避難列車へ銃口を向けていた。

 

 残る二機は、市街地と動力塔へ分かれて進む。

 

 列車の窓に、小さな顔が張りついている。

 

 昨日、レンが抱えて道路脇へ飛び込んだ男の子だった。

 

 その隣で、母親が子どもの目を手で覆っている。

 

 レンの視界に、敵の射線と建物の高さが数字となって流れた。

 

「三機とも止める」

 

『単機で、ですか』

 

「単機だからできる」

 

 アズールは白銀の建物の間を低く駆けた。

 

 一機目が紫色の光弾を放つ。

 

 レンは掌を向けた。

 

「アイオン・ロック。弾頭だけを固定」

 

 青い円環が光弾の先端を縫い止める。

 

 後続の力が詰まり、紫の弾道が大きく曲がった。

 

 レンが腕を振る。

 

 方向を変えた光弾が、動力塔へ迫る二機目の脚を撃ち抜いた。

 

 アズールは一機目へ肉薄し、青い掌を胸の黒い中核へ押し当てる。

 

 幾重もの円環が、回転を逆向きに拘束した。

 

 白い巨体が内側から崩れ、灰色の粒子へ変わる。

 

「一機目」

 

 倒れた敵を跳躍台にして、二機目の頭上へ着地する。

 

 青い円環が黒い中核を地面へ縫い止めた。

 

「二機目」

 

 避難列車へ向けられた三機目の砲口には、すでに光が集まっていた。

 

『発射まで一・八秒。回避は間に合いません』

 

「回避する必要はない」

 

 アズールは高架線とヌルの間へ降り立った。

 

 両脚を踏ん張り、両の掌を正面へ向ける。

 

『拘束機構は防御展開へ転用できます。登録名、アイオン・シールド』

 

「昨日のうちに言ってくれ」

 

『昨日は、使う理由がありませんでした』

 

「アイオン・シールド、収束展開!」

 

 薄い青の円環が幾重にも重なり、巨大な盾となる。

 

 紫色の奔流が直撃した。

 

 肩の装甲が焼け、火花が散る。

 

 それでもアズールは退かない。

 

 背後を、最後の車両が通過していく。

 

 窓の中の男の子が、青い巨人を見上げていた。

 

 レンは円環を斜めへ傾け、敵の光を空へ逃がす。

 

 そのまま踏み込み、青い掌で三機目の中核を貫いた。

 

「三機目」

 

◇

 

 紅界では、三機のヌルが地下水路へ逃げる人々を追っていた。

 

 列の後ろで足をかばっているのは、昨日アカリが鉄骨の下から引きずり出した老人だ。

 

 フレアが赤い流星となり、先頭の一機へ肩から激突する。

 

 二機は瓦礫の山を突き破りながら滑った。

 

「人が逃げてるでしょうが!」

 

 赤い拳が一撃、二撃、三撃と白い装甲を砕く。

 

『残る二機が背後から接近』

 

「見えてる!」

 

 二機のヌルが紫色の刃を振り上げた。

 

 フレアは、倒した一機の脚を掴む。

 

『全身出力の開放を提案します。登録名、フレア・ドライブ』

 

「その名前、誰がつけたの」

 

『記録がありません』

 

 全身の赤い装甲が開き、内側の金色機構から熱が噴き出した。

 

「フレア・ドライブ!」

 

 白い巨体を持ち上げ、迫る二本の刃を受け止める。

 

『敵機を盾にするのは、装備の正しい使い方ですか』

 

「安全規定にはある?」

 

『ありません』

 

「じゃあ、あとで追加して!」

 

 フレアは持ち上げた一機を、残る二機へ投げつけた。

 

 三つの白い巨体が折り重なる。

 

 赤い機体は高く跳躍し、拳へ全出力を集めた。

 

「フレア――バースト!」

 

 落下の勢いを乗せた拳が、三機の中心へ突き刺さる。

 

 赤い衝撃波が地面を走った。

 

 三つの中核が連鎖して砕ける。

 

 爆風が避難者へ迫った。

 

 フレアは即座に背を向け、両腕で人々を覆う。

 

 装甲へ瓦礫が降り注いだ。

 

『全避難者の無事を確認しました』

 

「最初から、それを言ってよ」

 

 閉じていたはずの通信環から、レンの声が聞こえた。

 

『相変わらず、無茶をする』

 

「そっちは相変わらず地味ね」

 

『三機倒した』

 

「私も三機」

 

『競ってない』

 

「私は競ってる」

 

 短いやり取りの間だけ、二人の間にできた壁が薄くなった。

 

 だが、撃破された六機の粒子が、空へ吸い上げられていく。

 

 紫の亀裂の奥で、黒と銀の巨人が目を開いた。

 

◇

 

 黒銀の刃が、二つの空を同時に横切った。

 

 アズールの肩と、フレアの脇腹から火花が上がる。

 

 レンが敵の軌道を読み終えるより速い。

 

 アカリが拳を構えるよりも速い。

 

『聞こえるか、双界適合者』

 

 冷たい青年の声が、二人の操縦席へ届いた。

 

『俺はカイン・ヴァイス。お前たちの再会を終わらせる者だ』

 

「ずいぶん勝手な役を名乗るのね!」

 

 フレアが赤い拳を振るう。

 

 ヴァイスは半歩だけ退き、その手首を黒い掌で受け止めた。

 

 紫色の衝撃が走り、フレアが瓦礫へ叩きつけられる。

 

 アズールの青い円環がヴァイスを包んだ。

 

「アイオン・ロック!」

 

 拘束が閉じる寸前、黒銀の機体が消える。

 

 次の瞬間には、アズールの背後にいた。

 

 蹴りが青い背部装甲を打ち抜く。

 

「位相固定が、効かない……?」

 

『ヴァイスは、選ばれなかった未来の隙間を移動しています』

 

 ユナの解析が警告を重ねた。

 

 一つの世界へ留まらないため、固定するべき座標そのものが存在しない。

 

『俺も同じだ』

 

 カインの声に、初めて感情が混じった。

 

『どの未来にも選ばれず、誰の記憶にも残らない。お前たちには、その意味が分からない』

 

 ヴァイスの翼から、無数の紫光が放たれる。

 

 蒼界では避難区画の防壁が崩れた。

 

 紅界では地下水路の天井が落ちた。

 

 二つの世界から、同時に救難信号が上がる。

 

 レンが赤い通信環を開いた。

 

「アカリ、合体する。このままでは、両方とも守れない」

 

『分かってる』

 

 声は、まだ硬い。

 

「蒼き理を!」

 

『紅き意志を!』

 

 青と赤のコアが光る。

 

 しかし、二機の輪郭は重ならなかった。

 

『選択未来、不一致。フェイズ・ドッキングを中断します』

 

「どうして!」

 

 ユナが二人の思考波形を並べた。

 

『レンさんは紅界を優先。アカリさんは蒼界を優先しようとしています』

 

 沈黙が落ちる。

 

 レンは、アカリが生きる紅界を先に守ろうとしていた。

 

 アカリは、レンが生きる蒼界を先に守ろうとしていた。

 

 互いを大切に思う選択が、そのまま二人を引き離している。

 

『美しいな』

 

 カインが低く笑った。

 

『相手のために自分の世界を捨てる。それを信頼と呼ぶのか』

 

「黙れ!」

 

 アズールが突進する。

 

 ヴァイスの刃が青い胸部へ振り下ろされた。

 

 フレアが境界へ腕だけを重ね、その刃を受け止める。

 

 赤い装甲が砕けた。

 

「アカリ!」

 

『大丈夫。レンは蒼界を守って』

 

「君を置いていけるわけがない!」

 

『それは私も同じ!』

 

 二人の選択が、また食い違う。

 

 ヴァイスが両腕を広げた。

 

 蒼界の避難区画へ、黒い槍。

 

 紅界の地下水路へ、銀の槍。

 

『選べ。どちらか一つなら救える』

 

 二本の槍が放たれた。

 

 レンは紅界のアカリを見た。

 

 アカリは蒼界のレンを見た。

 

 その瞬間、記憶共鳴で見た七年間が蘇る。

 

 爪が割れても瓦礫を掘り続けた手。

 

 誰にも見せずに刻まれた、七本の線。

 

 二人とも、守られるのを待っている十歳の子どもではない。

 

 別々の世界で、自分の足で七年を歩いてきた。

 

 レンは、アズールを黒い槍へ向けた。

 

「アカリ。紅界を任せる」

 

『え……?』

 

「俺が君の世界へ行ったら、俺の街の誰かが死ぬ。君が俺の世界へ来たら、君の街の誰かが死ぬ」

 

 レンは、自分の声が震えていないことに驚いた。

 

「守(・)る(・)こ(・)と(・)と(・)、(・)信(・)じ(・)な(・)い(・)こ(・)と(・)は(・)違(・)う(・)。……七年、間違えていた」

 

 アカリの迷いが消えた。

 

 フレアが銀の槍へ向き直る。

 

『分かった。蒼界は任せる。レンなら守れる』

 

 アズールが青い両掌を広げた。

 

「アイオン・シールド!」

 

 フレアが赤い両腕を交差させる。

 

『炎壁展開。登録名、フレア・ウォール』

 

「今日は最初から教えてくれるのね!」

 

「フレア・ウォール!」

 

 青い円環が、黒い槍を受け止めた。

 

 赤い炎壁が、銀の槍を包み込む。

 

 二つの攻撃が、同時に砕けた。

 

『選択未来、一致』

 

『信頼同調を確認』

 

 互いを守るために、相手の選択を奪わない。

 

 離れたまま、それぞれの場所を任せる。

 

 二人のペンダントに、黄金の光が走った。

 

「蒼き理を!」

 

「紅き意志を!」

 

「二つの明日を、噛み合わせろ!」

 

フェイズ・ドッキング!

 

 アズールとフレアの装甲が、位相粒子へ変わる。

 

 青と赤の光は世界の壁を越え、一体の巨人へ組み直された。

 

 青の側。

 

 赤の側。

 

 二本の腕と、二本の脚。

 

 中央では二つの半円コアがかみ合い、黄金の胸部歯車が回転する。

 

『双界機神――インフィナイト』

 

◇

 

 インフィナイトの拳と、ヴァイスの刃が激突した。

 

 黄金と紫の火花が、二つの空へ同時に散る。

 

「昨日より、動きが見える」

 

「私が合わせてるからね」

 

「今は言い返さない」

 

「今だけ?」

 

「右から来る!」

 

 インフィナイトが身を沈める。

 

 黒銀の刃が頭上を通過した。

 

 青側の手がヴァイスの腕を掴み、赤側の拳が脇腹へ叩き込まれる。

 

 黒い装甲に亀裂が走った。

 

『同期率、六十二パーセント』

 

 カインの声が、わずかに硬くなる。

 

『昨日は三十八だったはずだ。……たった一度の失敗で、そこまで変わるか』

 

「失敗したから、分かった」

 

「私たちは、七年前のままじゃない!」

 

 ヴァイスの紫眼が強く輝いた。

 

『ならば、その七年を切り離す』

 

 胸部から伸びた細い刃が、二人を結ぶ黄金の通信環へ突き刺さる。

 

 共有操縦席が、青と赤へ割れた。

 

 レンの視界から、アカリが消える。

 

 アカリの耳から、レンの声が消える。

 

 インフィナイトの青側と赤側が、別々の動きを始めた。

 

『声がなければ合わせられない。姿が見えなければ信じられない』

 

 ヴァイスの銀刃が青側の肩を裂く。

 

 黒い拳が赤側の胸を打つ。

 

『そんな繋がりに、未来を選ぶ資格はない』

 

 レンは、暗くなった赤側を見た。

 

 そこにアカリの姿はない。

 

 それでも、瓦礫を掘り続けた手を知っている。

 

 レンは、誰もいない空間へ告げた。

 

「右へ三歩」

 

 インフィナイトの赤側の脚が動いた。

 

一歩。

 

二歩。

 

三歩。

 

 ヴァイスの刃が、わずかな差で空を切る。

 

 声は届いていない。

 

 それでもアカリは、レンが作る退路を信じていた。

 

 今度はアカリが、見えない青側へ語りかける。

 

「次は私が踏み込む。止めないでよ」

 

 青側の腕が、防御の円環を開いた。

 

 赤側の腕が大きく引かれる。

 

 返事はない。

 

 それでも二人は、同時に笑った。

 

 インフィナイトが青い円環を盾にして突進する。

 

 ヴァイスの刃を外側へ流し、その懐へ入った。

 

 赤側の拳が、紫色の単眼へ迫る。

 

 そのとき、第三の声が二人の胸へ響いた。

 

『そこは、壊さないで』

 

 一瞬だけ、白い髪と、青と赤の瞳が見えた。

 

 人型端末ニル。

 

「なぜだ」

 

『その人も、消されたくないだけだから』

 

 カインの動きが止まる。

 

『ニル。なぜ、この回線にいる』

 

 アカリは、拳の軌道を変えた。

 

 紫眼を外し、ヴァイスの黒い肩を打ち抜く。

 

 レンの青い掌が、銀の翼を固定した。

 

 二人を隔てていた刃へ、黄金の亀裂が走る。

 

 通信環が、再びつながった。

 

 共有操縦席へ、レンとアカリの姿が戻る。

 

 二人は一度だけ頷いた。

 

「ツイン・ギア――」

 

 黄金の円環が、ヴァイスの周囲を閉じる。

 

バースト!

 

 青と赤の奔流が、至近距離で解放された。

 

 ヴァイスの肩と黒い翼が砕け、黒銀の機体が紫の亀裂へ吹き飛ぶ。

 

 壊れた仮面の奥から、カインが二人を睨んだ。

 

『今日のところは、お前たちの選択を認めよう』

 

「逃げるのか!」

 

『違う。答えを確かめに戻る』

 

 残った翼が、世界の狭間を開く。

 

『なぜニルが、お前たちを覚えているのか。その答えをな』

 

 ヴァイスは紫色の闇へ消えた。

 

 黒い境界杭が砕け、二つの空から亀裂が消えていく。

 

◇

 

 戦闘後。

 

 レンはノア・ギアの医務室で、額へ治療膜を貼られていた。

 

 壁際の通信環が赤く光る。

 

 アカリの姿が、半透明に浮かんだ。

 

 彼女の頬にも、小さな治療膜が貼られている。

 

「その傷、大丈夫か」

 

『そっちこそ』

 

 会話が途切れた。

 

 戦場では言葉が余るほど出たのに、二人きりになると、何から話せばいいのか分からない。

 

 先に口を開いたのは、アカリだった。

 

『見ちゃった。慰霊碑のこと』

 

「俺も見た。君が柱に刻んでいた線を」

 

『数えた?』

 

「七本」

 

『……数えるところ、本当に変わってない』

 

「合っていたか」

 

『合ってる。悔しいけど』

 

 アカリは少しだけ視線を落とした。

 

『レンの全部は、まだ分からない』

 

「俺も、君の全部は見ていない」

 

『それでいいの?』

 

「それがいい」

 

 レンは青いペンダントを持ち上げた。

 

「次は記憶に見せられるんじゃなくて、自分の言葉で話す。君がいなかった七年のことを」

 

 アカリも、赤いペンダントを掲げる。

 

 二つの半円は通信画面の中央で重なり、黄金の輪に見えた。

 

『七年分だよ。長くなるよ』

 

「一日で聞くとは言ってない」

 

『じゃあ、明日も?』

 

「呼べば出る」

 

『今日は、ちゃんと約束になってる』

 

 アカリが笑う。

 

 今度は、通信が途中で切れなかった。

 

◇

 

 光の届かない白い広間へ、損傷したヴァイスが帰還した。

 

 アウレル・ゼロは、砕けた黒い翼を見上げても表情を変えない。

 

「同期率六十二パーセント。予測値を上回った」

 

 操縦席から降りたカインは、血のついた頬を拭った。

 

「ニルが戦闘回線へ介入した」

 

「確認している」

 

「なぜ止めなかった」

 

「止める必要がないからだ」

 

 透明な壁の向こうで、ニルがインフィナイトの映像へ指を当てている。

 

「二人が記憶を重ねるほど、あの端末の封印領域も開いていく」

 

 カインがアウレルを睨んだ。

 

「あれは何者だ」

 

「世界が二つへ割れる前、最後に作られた記憶だ」

 

 アウレルは静かに背を向ける。

 

「そして、インフィナイトを完成させる最後の部品でもある」

 

 白い壁へ、古い観測記録が一瞬だけ映った。

 

 七年前の研究区画。

 

 幼いレンとアカリ。

 

 二人の間にいる、白髪の少女。

 

 画面の端には、黒い識別帯を巻いた少年の腕がある。

 

記録番号 K-0

 

 顔へ焦点が合う直前、アウレルが指を動かした。

 

 映像は、白い空欄へ置き換わる。

 

 カインは胸を押さえた。

 

 知らないはずの番号を見ただけで、心臓の奥に鈍い痛みが走る。

 

「今の記録は、何だ」

 

「分裂時に混入した、無意味な誤差だ」

 

「……なぜ、俺が知っている気がする」

 

 アウレルは振り返らない。

 

 透明な壁の向こうで、ニルの唇が動いた。

 

 音は届かない。

 

 それでも、その形は確かに一つの名前を作っていた。

 

カイン。

 

 青年が気づく前に、収容室の光が落とされた。

 

◇

 

 その夜。

 

午前二時十七分

 

 蒼界のレンと、紅界のアカリの端末へ、同じ暗号信号が届いた。

 

 送信者名はない。

 

 表示されたのは、七年前に失われたはずの旧研究区画最深部の座標。

 

 続いて、白髪の少女が一瞬だけ映る。

 

 青い右目と、赤い左目。

 

『レン。アカリ』

 

 ニルは、二人の名前を確かに呼んだ。

 

『次は、私を見つけて』

 

 映像が消える。

 

 青と赤のペンダントに刻まれた黄金線から、細い白い光が伸びていた。

 

三つ目の記憶が、目を覚まそうとしている。

 

第3話「三つ目の記憶」へ続きます。

 

 

 





 第2話は「守る」と「信じる」の差だけで一話を作りました。

 二人は喧嘩をしたわけでも、嫌いになったわけでもありません。互いを大切に思う気持ちが、そのまま合体を止めてしまう。その仕組みが、この作品の敵の強さです。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 刺さったのは「紅界を任せる」でしたか。それとも、声が届かないまま踏み出した三歩の方でしたか。

 感想をいただけると、次の一話を書く力になります。

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