七年ぶりに再会し、双界機神インフィナイトを誕生させた蒼羽レンと緋月アカリ。
しかし、同じ未来を選べたことと、互いの七年間を理解できたことは同じではありません。
本話では、蒼界機アズールと紅界機フレアの分離戦闘、黒銀機ヴァイスとの初対決、そして声さえ断たれた二人が「信じること」の意味を見つけるまでを描きます。
初めて登場する人物や固有名詞には本文内で説明を加え、後書きにも人物・固有名詞ガイドを掲載しています。
第2話キービジュアル
【挿絵表示】
「七年は、離れていた時間じゃない。
別々の世界で生き延びた、二人分の時間だ」
◇
『レン……聞こえる?』
通信環の奥から届いた声は、今にも雑音へ溶けてしまいそうだった。
蒼羽レンは青い操縦席で身を乗り出し、赤い光の残滓へ手を伸ばす。
「ああ。聞こえる」
『よかった。さっきのこと、夢じゃないよね』
「夢なら、ずいぶん騒がしい夢だ」
レンの正面では、撃破されたヌルの粒子が夜の蒼界へ降り続けていた。
消滅しかけた街には色が戻り、避難艇が次々と地上へ降下している。
それでも、赤い世界はもう見えない。
聞こえるのはアカリの声だけだった。
『レン。私――』
通信が大きく乱れた。
赤い輪郭が一瞬だけ浮かび、すぐに消える。
『位相接続限界です。アズールを収容します』
白瀬ユナの声と同時に、アズールの周囲へ青い誘導光が展開された。
「待ってくれ。まだ話が――」
『レン!』
アカリの声が割れる。
『明日も呼ぶから! 絶対、出てよ!』
「通信機なんだから、出るに決まってるだろ」
『そういうところ、変わってない!』
返事の代わりに、赤い雑音が弾けた。
通信環から光が消える。
静かになった操縦席で、レンは胸元のペンダントを握った。
青い半円に刻まれた黄金線が、鼓動と同じ間隔で明滅している。
死んだはずの少女の声は、まだ耳の奥に残っていた。
◇
境界航行母艦ノア・ギア。
その艦は一隻でありながら、蒼界と紅界の双方へ半分ずつ存在していた。
蒼界では白銀と青の装甲を持つ空中母艦。
紅界では煤けた金属と赤い補修装甲に覆われた移動要塞。
二つの艦体は通常、互いを見ることができない。
しかし重界現象が発生した瞬間だけ、同じ船として機能する。
レンは青側の格納庫へ降り立った。
アズールの装甲には、ヌルの攻撃で削られた跡が残っている。
整備主任の真壁ゲンゴが作業台の下から這い出し、油に汚れた手で頭をかいた。
「初乗りであれだけ動かしゃ上出来だ。もっとも、青側のツイン・ギア・コアだけで最大出力を引き出したんだ。全身の駆動軸は泣いてるがな」
「青側のコア?」
「勘違いするなよ。アズールは右腕も右脚も揃った、単独戦闘可能な完全機だ。半分なのは機体じゃない。インフィナイトを動かす位相機能と、ツイン・ギア・コアの権能だ」
ゲンゴはアズールの胸を指した。
青い半円コアは、何かを待つように弱く輝いている。
「残る赤側の位相機能を、フレアが持っているのか」
「そういうことだ。だが、あの赤いじゃじゃ馬がどこで眠ってたかは、俺たちにも分からん」
その呼び方に、レンはわずかに眉を寄せた。
「アカリは、じゃじゃ馬じゃない」
言った直後、七年前の少女が研究区画を走り回り、何度止めても危険区域へ首を突っ込んでいた姿を思い出す。
「いや。少しは、そうだった」
ゲンゴが豪快に笑った。
「本人の前でも言ってやれ。赤側の格納庫で聞いてるかもしれんぞ」
レンが顔を上げる。
格納庫の反対側が、一瞬だけ赤く透けた。
崩れた床。
火花を散らす配線。
赤い装甲のフレア。
その足元で、緋月アカリがこちらを見ていた。
視線が重なった瞬間、像は消えた。
ほんの一秒にも満たない再会だった。
それでもレンの胸には、確かな熱が残った。
◇
一時間後。
レンはノア・ギアの作戦室に立っていた。
長い卓の向こうには、艦長の御堂カナメと、戦術解析担当の白瀬ユナがいる。
卓の中央には蒼界と紅界、二つの地球が映し出されていた。
形は同じ。
歴史も同じ。
だが七年前を境に、二つは異なる未来を歩んでいる。
蒼界は秩序と管理によって復興した。
紅界は崩壊した環境の中で、人々が支え合うことで生き延びた。
カナメが二つの地球の間へ指を滑らせる。
「七年前、インフィニティ・ギアの暴走によって世界は分裂した。以来、終端機関ゼロは重界現象を意図的に発生させ、二つの未来を削り続けている」
「何のために」
「世界を一つへ戻すためだ」
レンは目を細めた。
「それだけ聞けば、正しいことのように思える」
「戻すのではない。片方を選び、もう片方を消す。彼らにとって世界が二つある状態は、許容できない誤差らしい」
ユナがヌルの戦闘記録を拡大した。
黒い胸部コアの内側に、無数の人名と記録番号が流れている。
「ヌルが消していたのは建物だけではありません。そこに暮らした人の記録、他者の記憶、存在した可能性そのものです」
レンの手が無意識にペンダントへ触れた。
アカリの名前が消える光景を想像した。
墓碑からも、自分の記憶からも。
「インフィナイトなら止められるのか」
「可能性はある。ただし、いつでも合体できるわけではない」
カナメの視線が鋭くなる。
「ツイン・ギア・コアは、二人が同じ未来を選んだときだけ起動する。命令でも、計算でも動かせない」
「同じ未来……」
「昨日は両方の世界を守るという選択が一致した。次も同じとは限らない」
作戦卓に赤い通信窓が開いた。
紅界側の作戦室が重なる。
アカリが腕を組み、レンをまっすぐ見ていた。
『私は迷わない。次も両方を守る』
「簡単に言うな。昨日は運が良かっただけだ」
『レンは相変わらず考えすぎ。やる前から失敗を数えてどうするの』
「失敗を考えないから、お前は危ないんだ」
『お前って言った』
「昔からそう呼んでいただろ」
『七年ぶりに会った幼なじみに、もう少し言い方があると思わない?』
「七年ぶりに会った直後に敵を殴り飛ばす幼なじみへの言い方は知らない」
ユナが小さく吹き出し、慌てて口元を押さえた。
カナメは表情を変えなかったが、その目だけがわずかに柔らかくなる。
「再会を喜ぶのは後にしろ。君たちには適合検査を受けてもらう」
◇
検査室の中央には、二つの椅子があった。
青い椅子は蒼界に、赤い椅子は紅界にある。
レンとアカリがそれぞれ腰を下ろすと、胸元のペンダントから細い光が伸びた。
青と赤の光は空間の中央で触れ、黄金へ変わる。
『記憶共鳴率、上昇。十八、二十七、四十一パーセント』
ユナの声が遠くなる。
次の瞬間、レンの視界から検査室が消えた。
赤い砂嵐が吹いていた。
崩壊した街で、十四歳のアカリが瓦礫を掘っている。
爪が割れ、指から血が流れても手を止めない。
瓦礫の下から幼い子どもを引きずり出し、自分の水をすべて飲ませた。
場面が変わる。
十六歳のアカリが、配給所の屋根で一人泣いている。
赤いペンダントを両手で包み、何度もレンの名前を呼んでいた。
誰にも聞かれないように。
朝になれば、また笑って人々を励ませるように。
「やめろ……」
レンが声を絞り出す。
今度はアカリの視界へ、蒼界の記憶が流れ込んだ。
整えられた制服を着た十三歳のレンが、誰もいない教室で窓の外を見ている。
十五歳のレンが、復興式典で表彰される人々の拍手を聞きながら、一人だけ俯いている。
十七歳のレンが慰霊碑の前に白い花を置く。
緋月アカリの名へ触れようとして、結局手を引く。
その夜、自室で青いペンダントを握りしめ、声を殺して泣いていた。
「もう、止めて!」
アカリが叫んだ。
黄金の光が砕ける。
二人は同時に椅子から立ち上がり、荒い息をついた。
「勝手に見るな」
レンが反射的に言った。
アカリの表情が凍る。
「私だって、見たくて見たわけじゃない」
「そういう意味じゃ――」
「じゃあ、どういう意味?」
答えられなかった。
知られたくなかった。
アカリを失ってからの自分が、どれほど立ち止まっていたのか。
それを本人にだけは見られたくなかった。
アカリは唇を噛み、接続環からペンダントを外した。
「検査は終わり。次に戦うときは、私一人で紅界を守る」
赤い像が消える。
レンは追いかけることも、呼び止めることもできなかった。
検査装置には、冷たい文字が残されていた。
『選択未来、不一致』
◇
世界と世界の狭間を、黒銀の巨人が歩いていた。
ZC-01ヴァイス。
左右非対称の装甲は、片側が光を反射する銀、もう片側がすべてを呑み込む黒で構成されている。
顔を覆う仮面には、紫色の単眼が一本だけ灯っていた。
操縦席で、カイン・ヴァイスは二人の検査記録を見下ろす。
「同じ未来を選ばなければ動けない機体か。なら、選べなくしてやればいい」
ヴァイスの両腕から、黒い杭が射出された。
杭は境界を突き抜け、蒼界と紅界の旧研究区画へ同時に突き刺さる。
青と赤の空に、紫色の亀裂が走った。
『重界警報。敵性反応、急速拡大』
ノア・ギアの艦橋に警報が鳴り響く。
ユナが解析画面を見て息を呑んだ。
「ヌルではありません。識別信号、ZC-01。固有名、ヴァイス!」
カナメが即座に命じる。
「アズール、フレアを発進させろ。インフィナイトへの合体は二人の判断に任せる」
青側の発進路をアズールが駆ける。
赤側の崩れた射出口からフレアが飛び出す。
ヴァイスが打ち込んだ黒い杭の周囲から、白い巨体が次々と浮上した。
蒼界に三機。
紅界に三機。
終端機関ゼロの量産機F-01ヌルだった。
『ヴァイス本体は境界面の奥です。ヌルが両世界の避難経路へ向かっています!』
ユナの報告と同時に、蒼界の三機が別々の方向へ散開した。
一機は市街地。
一機は動力塔。
残る一機は、避難列車が走る高架線へ銃口を向ける。
レンは全機の進路を一度に見渡した。
アズールの青い視界に、建物の高さ、風向き、敵の砲口角度が数値となって流れる。
アズールは左右の腕と脚を備えた完全な人型機であり、単独であらゆる戦闘行動を行える。
ただし青側位相に特化した機体であるため、フレアのような瞬間的な爆発力よりも、機動制御と精密演算を得意としていた。
だが、その軽い機体と演算能力は、戦場の一秒を無数の選択肢へ分解できた。
「最短経路を表示。三機とも止める」
『単機でですか?』
「単機だからできる」
アズールの背部推進器が青い光を噴いた。
機体が道路すれすれまで高度を落とし、白銀の建物の間を駆け抜ける。
市街地へ向かったヌルが紫色の光弾を放つ。
レンは回避しなかった。
左掌を正面へ向ける。
「アイオン・ロック。面ではなく、点で固定しろ」
掌から放たれた青い円環が、光弾の先端だけを空中へ縫い止めた。
後続の光が詰まり、紫色の弾道が大きく湾曲する。
レンはアズールの左腕を振った。
固定された光弾が向きを変え、動力塔へ迫っていた二機目の足元を撃ち抜く。
白い巨体が体勢を崩した。
「一機目」
アズールは市街地のヌルへ肉薄し、銃口を外側へ押しのける。
青い膝が敵の胸部へ突き刺さった。
黒い円が露出する。
「アイオン・ロック!」
幾重もの小さな円環が胸部コアの回転を逆向きに拘束した。
ヌルの身体が内部から軋み、灰色の粒子へ崩れていく。
「二機目」
倒れた敵を跳躍台にし、アズールは高架線へ飛んだ。
踏み切った足裏から青い円環が走り、二機目の黒いコアを地面へ固定する。
白い装甲が自らの重量に耐えきれず崩壊し、二機目も粒子へ変わった。
三機目の砲口には、すでに消滅光が集まっている。
その向こうを、数百人を乗せた避難列車が走っていた。
『発射まで一・八秒。回避は間に合いません!』
「回避する必要はない」
アズールは高架線とヌルの間へ着地した。
青い左腕を前へ。
右腕を腰へ引き、両脚の姿勢制御杭を高架線へ打ち込む。
完全な青い機体が、一本の杭のように地面へ構えた。
「アイオン・シールド、収束展開!」
薄い青の円環が何層にも重なり、一本の巨大な盾を作る。
紫色の奔流が直撃した。
装甲が焼け、右肩の姿勢制御器から火花が散る。
それでもアズールは退かなかった。
背後を避難列車が通過していく。
最後の車両が防壁の陰へ入った瞬間、レンは円環を斜めへ傾けた。
紫光が空へ逸れる。
「三機目!」
アズールは盾を解除し、そのまま敵の胸へ左掌を押し当てた。
青い光が黒いコアを貫く。
三機目のヌルが沈黙した。
◇
同じ頃、紅界では三機のヌルが地上を進んでいた。
崩れた道路には、地下水路へ避難しようとする人々が列を作っている。
先頭のヌルが腕を上げた。
フレアが赤い流星となって横から飛び込み、その巨体へ肩から激突する。
二機は瓦礫の山を突き破りながら百メートル近く滑った。
「人が逃げてるでしょうが!」
アカリは叫び、フレアの右拳をヌルの顔面へ叩き込む。
一撃。
二撃。
三撃。
赤い拳が振るわれるたび、白い装甲が砕けて宙を舞う。
『アカリさん、残り二機が背後から接近!』
「見えてる!」
二機のヌルが同時に紫色の刃を形成した。
フレアは倒れた一機の脚を掴む。
全身の赤い装甲が開き、内部の金色機構から熱が噴き出した。
「フレア・ドライブ!」
アカリはヌルの巨体を持ち上げ、そのまま大きく振り回す。
迫る二本の刃を、白い機体を盾にして受け止めた。
衝撃で地面が陥没する。
フレアの両足は瓦礫へ沈み込んだが、膝は折れない。
「まとめて、そこをどいて!」
持ち上げたヌルを二機へ投げつける。
三つの白い巨体が折り重なった。
フレアは地面を蹴り、赤い残光を引きながら跳躍する。
右腕の装甲が後方へ展開され、胸部の半円コアから炎のような光が流れ込んだ。
「フレア――バースト!」
落下の勢いを乗せた拳が、三機の中心へ突き刺さる。
赤い衝撃波が地面を円形に走った。
ヌルの黒いコアが連鎖して砕け、白い機体は灰色の粒子へ変わっていく。
爆風が避難列へ迫った。
フレアは即座に背を向け、両腕で人々を覆う。
赤い装甲へ破片が降り注いだ。
『全避難者の無事を確認しました』
ユナの声に、アカリは息を吐く。
「最初から、それを言ってよ」
通信環の向こうから、レンの声が聞こえた。
『相変わらず無茶をする』
「そっちは相変わらず地味ね」
『三機倒した』
「私も三機」
『競ってない』
「私は競ってる」
短いやり取りの間だけ、検査室で生まれた壁が少し薄くなった。
しかし二人が息をつく暇はなかった。
撃破された六機の粒子が空へ吸い上げられ、紫色の亀裂へ集まっていく。
亀裂の奥で、黒と銀の双眼が開いた。
「本命が来る」
『うん。今度はさっきまでと違う』
蒼界のアズールが青い円環を構える。
紅界のフレアが赤い拳を握る。
別々の世界で、二機は同じ敵を見上げた。
二機が亀裂へ到達した瞬間、黒銀の刃が空を横切った。
「速い!」
アズールが左腕を上げる。
青い障壁が展開されるより早く、刃が肩の装甲を削り取った。
同じ斬撃が世界の反対側へ抜け、フレアの脇腹を打つ。
「くっ……!」
『聞こえるか、双界適合者』
冷えた青年の声が、二人の操縦席へ直接響いた。
『俺はカイン・ヴァイス。お前たちの再会を終わらせる者だ』
「ずいぶん勝手な役を名乗るのね!」
フレアが赤い拳を振るう。
ヴァイスは半歩だけ身を引き、その手首を黒い掌で受け止めた。
『怒りで選んだ未来は長く続かない』
紫色の衝撃が走り、フレアが瓦礫の中へ叩きつけられる。
レンはアズールの掌を向けた。
「アイオン・ロック!」
青い円環がヴァイスを包む。
だが、黒銀の機体は円環の中心から姿を消した。
背後に気配が生まれる。
レンが振り向くより早く、ヴァイスの蹴りがアズールの背を捉えた。
「位相固定が効かない……?」
『ヴァイスは一つの世界に存在していない。選ばれなかった未来を渡り歩く機体だ』
カインの声に、初めてわずかな感情が混じった。
『俺も同じだ。どの世界にも選ばれなかった』
ヴァイスの背後で黒い翼が開く。
無数の紫光が、二つの街へ降り注いだ。
◇
蒼界では避難区画の防壁が崩れた。
紅界では地下水路の天井が落ち、避難中の人々が取り残された。
二つの世界から救難信号が上がる。
レンは赤い通信環を開いた。
「アカリ、合体するぞ。このままでは両方とも守れない」
『分かってる』
返ってきた声は硬かった。
「蒼き理を!」
『紅き意志を!』
青と赤のコアが輝く。
しかし二機の輪郭は重ならない。
警告音が操縦席を満たした。
『選択未来、不一致。フェイズ・ドッキングを中断します』
「なぜだ!」
ユナが二人の思考波形を表示する。
『レンさんは紅界を優先しようとしています。アカリさんは蒼界を優先しています』
沈黙が落ちた。
レンは紅界で生きるアカリを守ろうとしていた。
アカリは蒼界で生きるレンを守ろうとしていた。
互いを思う選択が、二人を引き離している。
『美しいな』
カインが嘲る。
『相手のために自分の世界を捨てる。それを愛情と呼ぶのか』
「黙れ!」
アズールが突進する。
ヴァイスの刃が青い胸部コアへ振り下ろされた。
フレアが世界の壁を越えて右腕だけを重ね、刃を受け止める。
赤い装甲が砕けた。
「アカリ!」
『大丈夫。レンは蒼界を守って』
「君を置いていけるわけがない!」
『それは私も同じ!』
再び二人の選択が食い違う。
ヴァイスが両腕を広げた。
蒼界の避難区画へ黒い槍が向く。
紅界の地下水路へ銀の槍が向く。
『選べ。どちらか一つなら救える』
カインが両腕を振り下ろした。
二本の槍が放たれる。
レンは蒼界の避難区画を見た。
アカリは紅界の地下水路を見た。
そして同時に、互いの姿を見た。
検査で流れ込んだ七年間の記憶が蘇る。
アカリは紅界で、誰かに守られるのを待たなかった。
レンも蒼界で、ただ立ち止まっていたわけではない。
別々の世界で、二人はそれぞれ生き延びてきた。
守らなければ消えてしまう昔の子どもでは、もうない。
レンは操縦桿を握り直した。
「アカリ。紅界を任せる」
通信の向こうで、アカリが目を見開く。
「俺は蒼界を守る。君なら、そっちを守れる」
アカリの顔から迷いが消えた。
『分かった。蒼界は任せる。レンなら守れる』
アズールが青い槍の前へ飛び出す。
フレアが赤い地下水路へ降下する。
二機は別々の世界で、同時に両腕を広げた。
「アイオン・シールド!」
『フレア・ウォール!』
青い円環が黒い槍を受け止める。
赤い炎壁が銀の槍を包み込む。
二つの攻撃が、同時に砕けた。
『選択未来、一致』
『ツイン・ギア・コア、接続開始』
レンとアカリのペンダントに、黄金の光が走る。
「相手を守るために、相手の選択を奪わない」
『二人で、それぞれの場所を守る』
青い操縦環と赤い操縦環が重なった。
「蒼き理を!」
「紅き意志を!」
「二つの明日を、噛み合わせろ!」
「フェイズ・ドッキング!」
青い光と赤い光が螺旋を描く。
完全な人型を保っていたアズールとフレアの全身装甲が、位相粒子となって分解される。
二機の内部骨格と装甲は世界の壁を越えて重なり、青い左側と赤い右側を持つ一体の巨人へ再構成された。
中央で二つの半円コアが噛み合い、黄金の胸部ギアが回転を始める。
青と赤の双角が紫色の亀裂を切り裂いた。
『双界機神――インフィナイト!』
◇
インフィナイトの拳とヴァイスの刃が激突した。
黄金と紫の火花が、二つの空へ同時に散る。
「さっきより動きが見える」
「私が合わせてるからね」
「今は言い返さないでおく」
「今だけ?」
「右から来る!」
インフィナイトが身体を沈める。
黒銀の刃が頭上を通過した。
青い左手がヴァイスの腕を掴み、赤い右拳が脇腹へ叩き込まれる。
黒い装甲に亀裂が走った。
カインの目が細くなる。
『同期率六十二パーセント。たった一度の失敗で、そこまで変わるか』
「失敗したから分かった」
『私たちは、七年前のままじゃない!』
ヴァイスの単眼が紫色に燃え上がった。
『ならば、その七年を切り離す』
黒銀の機体が胸部から細い刃を射出する。
刃はインフィナイトではなく、二人を結ぶ黄金の通信環へ突き刺さった。
共有操縦席が真っ二つに割れる。
レンの視界からアカリが消えた。
アカリの声からレンが消えた。
機体の左半身と右半身が、互いに別の動きを始める。
「アカリ、聞こえるか!」
返事はない。
ヴァイスの連撃がインフィナイトを襲う。
銀の刃が左肩を裂き、黒い拳が右胸を打ち抜く。
黄金のギアから光が失われていく。
『結局、お前たちは別々だ』
カインの声だけが響く。
『声がなければ合わせられない。姿が見えなければ信じられない。そんな繋がりに未来を選ぶ資格はない』
レンは血のにじむ額を押さえ、暗くなった右側の操縦席を見た。
そこにアカリはいない。
だが、胸の奥に赤い熱があった。
検査で見た記憶。
瓦礫を掘る手。
涙を隠して朝を迎えた少女。
自分が知らなかった七年間も、確かにアカリだった。
「右へ三歩」
レンは誰もいない空間へ告げた。
インフィナイトの右脚が動く。
「一歩目」
赤い脚が地面を踏む。
「二歩目」
ヴァイスの刃が頬をかすめる。
「三歩目!」
インフィナイトが完全に攻撃線を外れた。
通信は切れている。
それでもアカリは、レンの考えを読んでいた。
アカリもまた、見えない左側へ語りかける。
「次は私が踏み込む。止めないでよ」
青い左腕が防御の円環を開く。
赤い右腕が大きく引かれる。
「止めるなら、七年前に止めてる」
声は届かない。
それでも二人は、同時に笑った。
インフィナイトが円環を盾にして突進する。
ヴァイスの刃を青い光で受け流し、懐へ潜り込む。
赤い拳が紫色の単眼を捉える寸前、第三の声が操縦席へ響いた。
『そこは壊さないで』
幼い少女の声だった。
一瞬、白い髪と青赤の瞳が見える。
「誰だ?」
『その人も、消されたくないだけだから』
カインの動きが止まった。
『ニル。なぜ、この回線にいる』
その隙を、レンとアカリは逃さなかった。
青い左掌と赤い右掌が、ヴァイスの胸を挟み込む。
砕かれた通信環が再び黄金へ繋がった。
二人の姿が共有操縦席へ戻る。
レンとアカリは互いを見た。
言葉は要らなかった。
「ツイン・ギア――」
黄金の円環がヴァイスの周囲へ展開される。
「バースト!」
青と赤の奔流が至近距離で解放された。
ヴァイスの左肩と黒い翼が砕け、紫色の亀裂へ吹き飛ばされる。
だが、カインは悲鳴を上げなかった。
壊れた仮面の奥から、冷たい瞳で二人を見返す。
『今日のところは、お前たちの選択を認めよう』
「逃げるのか!」
『違う。答えを見つけに戻る』
ヴァイスの残った翼が、世界の狭間を開く。
『なぜニルが、お前たちを覚えているのか。その答えをな』
黒銀の機体は紫色の闇へ消えた。
空に打ち込まれていた杭が砕け、重界現象が収束していく。
二つの街に、朝の光が差し込んだ。
◇
戦闘後、レンはノア・ギアの医務室にいた。
額の傷へ治療膜を貼られたまま、窓の外に広がる青い空を見ている。
壁際の通信環が赤く光った。
アカリの姿が半透明に浮かぶ。
彼女の右頬にも、小さな治療膜が貼られていた。
「その傷、大丈夫か」
『そっちこそ』
会話が途切れる。
戦っているときには次々と言葉が出たのに、二人きりになると何から話せばいいのか分からなかった。
先に口を開いたのはアカリだった。
『見ちゃった。慰霊碑』
レンは目を伏せる。
「俺も見た。君が紅界で過ごした七年を」
『全部じゃないよ』
「分かってる」
『私も、全部は分からない』
「それでいい」
レンは青いペンダントを持ち上げた。
「記憶に見せられるんじゃなくて、自分の言葉で話す。君がいなかった七年のことを」
アカリも赤いペンダントを掲げる。
二つの半円が通信画面の中央で重なり、黄金の輪に見えた。
『七年分だよ。長くなるよ』
「一日で聞くとは言ってない」
『じゃあ、明日も?』
「通信機なんだから、呼べば出る」
アカリは呆れたように息を吐き、それから笑った。
『やっぱり、変わってない』
今度は通信が途切れなかった。
青い空の下と、赤い空の下。
二人は世界一つ分離れたまま、七年ぶりに同じ時間を過ごした。
◇
光の届かない白い広間へ、損傷したヴァイスが帰還した。
アウレル・ゼロは砕けた黒い翼を見上げても、表情を変えない。
「同期率六十二パーセント。予測値を上回った」
操縦席から降りたカインは、血のついた頬を拭った。
「ニルが戦闘回線へ介入した」
「確認している」
「なぜ止めなかった」
「止める必要がないからだ」
広間の奥で、ニルが透明な壁へ指を当てていた。
その前には、レンとアカリの戦闘映像が浮かんでいる。
「二人が記憶を重ねるほど、ニルの封印領域も開いていく」
カインがアウレルを睨む。
「あれは何者だ」
「世界が二つへ割れる前、最後に作られた記憶だ」
アウレルは静かに背を向けた。
「そして、インフィナイトを完成させる最後の部品でもある」
カインが踵を返したとき、白い広間の壁へ古い観測記録が一瞬だけ開いた。
七年前の研究区画。
幼いレンとアカリ。
二人の間に立つニル。
そして画面の端に、黒い識別帯を巻いた少年の腕が映っている。
記録番号はK-0。
顔へ焦点が合う直前、アウレルが指を動かした。
映像は白い空欄へ置き換わる。
カインは足を止め、胸を押さえた。
知らないはずの番号を見ただけで、心臓の奥へ鈍い痛みが走った。
「今の記録は何だ」
「分裂時に混入した無意味な誤差だ」
「なぜ、俺が知っている気がする」
アウレルは振り返らない。
「君は選ばれなかった可能性を通り過ぎすぎた。存在しない記憶へ感応することもある」
透明な壁の向こうで、ニルが口を開いた。
音は届かない。
それでも唇は、確かに一つの名前の形を作っていた。
カイン。
青年が気づく前に、収容室の光が落とされた。
その夜。
蒼界のレンと紅界のアカリの通信端末へ、同じ暗号信号が届いた。
送信者名はない。
表示されたのは、七年前に消滅したはずの研究区画最深部の座標。
続いて、白い髪の少女の姿が一瞬だけ映る。
青と赤の瞳が、画面の向こうから二人を見つめた。
『レン。アカリ』
少女は確かに二人の名を呼んだ。
『次は、私を見つけて』
映像が消える。
二人のペンダントに刻まれた黄金線から、細い白い光が伸びていた。
三つ目の記憶が、目を覚まそうとしていた。
お読みいただきありがとうございます。
第2話では、レンとアカリが合体せず、それぞれの世界で戦えることを描きました。
二人が再びインフィナイトになるために必要だったのは、相手を一方的に守ることではなく、相手にも自分の世界を守れる力があると信じることです。
物語の最後に届いたニルの救難信号は、第3話へ続きます。
【初めて読む方向け 人物・固有名詞ガイド】
・蒼羽レン〈あおば・れん〉
蒼界機アズールの操縦者。危険を数値と経路で捉え、最小の損害で全員を助けようとする。その冷静さの裏に、自分だけが生き残った罪悪感を抱える。
・緋月アカリ〈ひづき・あかり〉
紅界機フレアの操縦者。考えるより先に身体が動く救助者だが、無計画なのではなく、人の苦痛を見過ごせない強い共感を持つ。
・記憶共鳴試験〈きおくきょうめいしけん〉
二人の位相接続を安定させるため、記憶のペンダントを通じて互いの過去を共有する試験。本話では、言葉にしないまま七年間を覗いたことが、二人の衝突を生む。
・蒼界機アズール
青い位相の精密制御へ特化した完全人型機。アイオン・ロックで敵の一点を固定し、アイオン・シールドで攻撃の方向を制御する。
・紅界機フレア
赤い位相の瞬間出力へ特化した完全人型機。フレア・ドライブで必要な駆動部へ力を集中し、フレア・バーストで近接打撃を爆発的に増幅する。
・分離戦闘
アズールとフレアが合体せず、それぞれの世界で完全機として戦う運用。二機は欠けた左右半身ではなく、得意分野の異なる独立機である。
・カイン・ヴァイス
黒銀機ZC-01ヴァイスの操縦者。選択そのものを苦しみの原因とみなし、レンとアカリへ片方を選ぶよう迫る。本人の七年前の記憶は欠けている。
・ZC-01ヴァイス
選ばれなかった未来の隙間へ位相を移し、青側と赤側から交互に現れる黒銀機。
・選択未来不一致
レンとアカリが守ろうとする優先対象を互いに奪おうとし、ツイン・ギア・コアが同じ未来だと認められない状態。
・信頼同調
相手を自分が守る対象として扱うのではなく、相手が自分の世界を守れる力を信じることで成立した新たな同調。
・人型端末ニル
白髪と青赤の瞳を持つ少女。ヴァイスに遮断された二人の感覚へ介入し、戦闘後に旧研究区画最深部の座標を送る。
・K-0〈ケーゼロ〉
七年前の映像から削除された人物の識別番号。カインが理由の分からない痛みを覚えるが、その関係はまだ明かされない。
【次回への扉】
ニルが送った座標は、蒼界では封鎖され、紅界では崩落した旧研究区画のさらに下を指していた。第3話では、二人から消された三つ目の記憶へ迫ります。