【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ 作:シラヌイ321
死んだはずの幼なじみとの二度目の通信は、十秒ももたなかった。
『よかった。さっきのこと、夢じゃないよね』
消えかけた声を追って、蒼羽レン(あおば・れん)は青い操縦席で身を乗り出した。
「夢なら、ずいぶん騒がしい」
正面画面では、撃破された白い敵機ヌルの粒子が、蒼界(そうかい)の夜空へ降っている。
消えかけた街には色が戻り、避難艇が次々と地上へ降りていた。
だが、赤い空も、そこにいるはずのアカリの姿も、もう見えない。
聞こえるのは、声だけだった。
『あのね、私――』
通信が大きく乱れる。
『位相接続が限界です。アズールを収容します』
戦術解析担当、白瀬ユナ(しらせ・ゆな)の声と同時に、青銀の機体を誘導光が包んだ。
「待ってくれ。まだ話がある」
『レン!』
アカリの声が割れる。
『明日も呼ぶから。絶対、出てよ!』
「通信機なんだから、出るに決まってる」
『そういうところ、本当に変わってない!』
返事の代わりに、赤い雑音が弾けた。
通信環から光が消える。
静かになった操縦席で、レンは青い半円のペンダントを握った。
七年間、死者へ向けていた言葉に、初めて返事があった。
その事実だけで、指先が震えている。
境界航行母艦(きょうかいこうこうぼかん)ノア・ギア。
一隻の船体を蒼界と紅界(こうかい)へ半分ずつ重ね、両方の世界を同時に見張る巨大母艦である。
レンを乗せた蒼界機アズールは、その青側格納庫へ収容された。
整備台の下から、油まみれの大男が這い出す。
整備主任の真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)だった。
「初乗りであれだけ動かしゃ上出来だ。もっとも、全身の駆動軸は泣いてるがな」
「機械も泣くのか」
「整備士には聞こえる。ついでに言うと、今夜の俺の睡眠時間が四時間ほど消えた」
「……すまない」
「謝るより、次は曲がる前に減速しろ」
ゲンゴはアズールの胸にある青い半円コアを、軽く叩いた。
「言っとくが、この機体は片割れじゃねえぞ。腕も脚も二本ずつ、単騎で救助も戦闘もこなせる完成品だ」
「昨日は、それで足りなかった」
「足りなかったのは機体じゃない。敵が二つの世界にまたがってたから、片側からじゃ手が届かなかった。それだけだ」
ゲンゴは親指で反対側を指した。
「残る赤の位相機能は、あっちのじゃじゃ馬が持ってる」
レンは眉を寄せた。
「アカリは、じゃじゃ馬じゃない」
七年前、何度止めても立入禁止区画へ先に入った少女を思い出す。
「……いや。少しは、そうだった」
「本人の前でも言ってやれ」
そのとき、格納庫の反対側が一秒だけ赤く透けた。
崩れた床。
火花を散らす配線。
そして、赤金の完全人型機フレア。
その足元で、緋月アカリ(ひづき・あかり)がこちらへ手を振っていた。
レンが反応する前に、赤い景色は消える。
ゲンゴが肩を揺らした。
「手ぇ振り返すくらい、計算しなくてもできるぞ」
「……見えてから消えるまでが、短すぎた」
「はいはい」
一時間後。
ノア・ギアの作戦室には、青と赤、二つの地球が並んでいた。
形は同じ。
七年前までの歴史も同じ。
だが今は、別々の未来を生きている。
艦長の御堂カナメ(みどう・かなめ)が、二つの地球の間を指でなぞった。
「敵の名は終端機関(しゅうたんきかん)ゼロ。重界現象を起こし、二つある未来の片方を消そうとしている」
「世界を元へ戻すためか」
「元へ戻すのではない。一方を正解にして、もう一方を存在しなかったことにする」
ユナがヌルの黒い中核を拡大した。
内部には、消去対象になった住民の名前と記録番号が流れている。
「ヌルが消すのは、建物だけではありません」
ユナの指が、流れる名前の一つで止まった。
「そこで暮らした人の記録と、誰かが覚えている記憶まで、一緒に失われます」
慰霊碑からアカリの名前が消える光景を、レンは想像してしまった。
白い花だけが、誰のためでもなくなって残る。
指がペンダントへ伸びる。
「インフィナイトなら、止められるのか」
「可能性はある。ただし、いつでも合体できるわけではない」
カナメが二つの半円を表示した。
「ツイン・ギア・コアは、二人が同じ未来を選んだときだけかみ合う。命令で一致させることはできない」
「同じ答えを出せ、という意味か」
「同じ答えではない。
作戦卓の向こう側へ、赤い通信窓が開いた。
アカリが腕を組み、レンをまっすぐ見ている。
『私は迷わない。次も両方を守る』
「簡単に言うな。昨日は偶然が多すぎた」
『レンは考えすぎ。始める前から失敗を数えて、どうするの』
「失敗を考えないから、君は危ないんだ」
『君って言った』
「何か問題が?」
『七年ぶりの幼なじみにしては、距離がある』
「では、お前」
『急に近すぎる!』
ユナが小さく吹き出し、慌てて口元を押さえた。
カナメは表情を変えなかったが、その目だけが少し柔らかくなる。
「呼び方を決める前に、適合検査を受けてもらう」
検査室には、二つの椅子が置かれていた。
青い椅子は蒼界に。
赤い椅子は紅界に。
異なる世界の別々の部屋に座った二人を、ペンダントから伸びる光が結ぶ。
「これから行うのは、記憶共鳴試験です」
ユナが説明した。
「互いの記憶を目印にして、二機の接続を安定させます。ただし、何が見えるかは選べません」
『見られたくない記憶がある人は、大変だね』
アカリの声に、レンは目を閉じた。
「君は、少し警戒した方がいい」
『どういう意味?』
「そのままの意味だ」
青と赤の光が触れ合い、黄金へ変わった。
次の瞬間、レンの視界から検査室が消える。
赤い砂嵐の中で、十四歳のアカリが瓦礫を掘っていた。
爪が割れ、指から血が流れても止まらない。
瓦礫の下から幼い子どもを助け出し、自分の水をすべて飲ませる。
場面が変わる。
十六歳のアカリが、配給所の屋根で一人泣いていた。
赤いペンダントを握り、誰にも聞かれない声でレンの名を呼ぶ。
朝になれば、また笑って皆を励ませるように。
さらに場面が変わった。
崩れた支柱の前で、アカリが釘を握っている。
コンクリートに刻まれた、蒼羽レンという名前。
その下へ、彼女は七本目の線を足していた。
「やめろ……」
今度はアカリの視界へ、蒼界の記憶が流れ込む。
十三歳のレンが、誰もいない教室から青い空を見ていた。
十五歳のレンが、復興式典の拍手の中で、一人だけ俯いている。
十七歳のレンが、慰霊碑へ白い花を置く。
碑に刻まれているのは、緋月アカリ。享年十歳。
その夜。
誰にも見られない部屋で青いペンダントを握り、彼は声を殺して泣いていた。
「もう、止めて!」
黄金の光が砕ける。
二人は同時に椅子から立ち上がった。
荒い息だけが、通信へ重なる。
レンの手が震えていた。
止めようとして、止まらなかった。
「……勝手に、見るな」
言ってしまってから、間違えたと分かった。
アカリの表情が凍る。
『私だって、見たくて見たわけじゃない』
「そういう意味じゃない」
『じゃあ、どういう意味?』
答えられなかった。
知られたくなかったのだ。
アカリを失ってからの自分が、どれだけ立ち止まっていたか。
七年間、生きるのではなく、ただ数えていただけだと。
それを、本人にだけは見られたくなかった。
アカリは、赤いペンダントを接続環から外した。
『私、レンが泣いてたことを責めたいんじゃないの』
声が、静かだった。
『私のせいで、レンが止まってたのが嫌なだけ』
「違う」
『じゃあ証明して。今度は自分の口で』
彼女は一度だけ息を吸った。
『でも、今日はもういい。次は私一人で紅界を守る』
「待て、アカリ」
赤い像が消える。
検査装置には、冷たい文字だけが残った。
レンは、誰もいなくなった赤い椅子の側へ手を伸ばしかけて、やめた。
世界と世界の狭間を、黒銀の巨人が歩いていた。
片側は光を弾く銀。
もう片側は、光を呑み込む黒。
背には左右で形の違う翼を持ち、顔を覆う仮面には紫色の単眼が灯っている。
その操縦席で、カイン・ヴァイスは二人の検査記録を見下ろしていた。
「同じ未来を選ばなければ動けない機体か」
紫の瞳が細くなる。
「なら、選べなくしてやればいい」
ヴァイスの両腕から、六本の黒い杭が放たれた。
杭は世界の境界を貫き、蒼界と紅界の旧研究区画へ同時に突き刺さる。
二つの空に、紫色の亀裂が走った。
『重界警報。敵性反応、急速拡大』
ノア・ギアの艦橋へ警報が響く。
黒い杭の周囲から、六機のヌルが浮上していた。
蒼界に三機。
紅界に三機。
アカリとの通信は、まだ閉じたままだ。
レンはアズールの操縦環を握った。
「アズールだけで出る」
同じ頃、紅界の格納庫では、アカリがフレアを立ち上がらせていた。
『フレアだけで十分』
似ていないはずの二人が、よく似た顔で前を向く。
青側の射出口からアズールが飛び出す。
赤側の崩れた発進路を、フレアが蹴り砕いた。
二機は、合体できなくても走り、跳び、戦える独立機である。
蒼界では、一機のヌルが避難列車へ銃口を向けていた。
残る二機は、市街地と動力塔へ分かれて進む。
列車の窓に、小さな顔が張りついている。
昨日、レンが抱えて道路脇へ飛び込んだ男の子だった。
その隣で、母親が子どもの目を手で覆っている。
レンの視界に、敵の射線と建物の高さが数字となって流れた。
「三機とも止める」
『単機で、ですか』
「単機だからできる」
アズールは白銀の建物の間を低く駆けた。
一機目が紫色の光弾を放つ。
レンは掌を向けた。
「アイオン・ロック。弾頭だけを固定」
青い円環が光弾の先端を縫い止める。
後続の力が詰まり、紫の弾道が大きく曲がった。
レンが腕を振る。
方向を変えた光弾が、動力塔へ迫る二機目の脚を撃ち抜いた。
アズールは一機目へ肉薄し、青い掌を胸の黒い中核へ押し当てる。
幾重もの円環が、回転を逆向きに拘束した。
白い巨体が内側から崩れ、灰色の粒子へ変わる。
「一機目」
倒れた敵を跳躍台にして、二機目の頭上へ着地する。
青い円環が黒い中核を地面へ縫い止めた。
「二機目」
避難列車へ向けられた三機目の砲口には、すでに光が集まっていた。
『発射まで一・八秒。回避は間に合いません』
「回避する必要はない」
アズールは高架線とヌルの間へ降り立った。
両脚を踏ん張り、両の掌を正面へ向ける。
『拘束機構は防御展開へ転用できます。登録名、アイオン・シールド』
「昨日のうちに言ってくれ」
『昨日は、使う理由がありませんでした』
薄い青の円環が幾重にも重なり、巨大な盾となる。
紫色の奔流が直撃した。
肩の装甲が焼け、火花が散る。
それでもアズールは退かない。
背後を、最後の車両が通過していく。
窓の中の男の子が、青い巨人を見上げていた。
レンは円環を斜めへ傾け、敵の光を空へ逃がす。
そのまま踏み込み、青い掌で三機目の中核を貫いた。
「三機目」
紅界では、三機のヌルが地下水路へ逃げる人々を追っていた。
列の後ろで足をかばっているのは、昨日アカリが鉄骨の下から引きずり出した老人だ。
フレアが赤い流星となり、先頭の一機へ肩から激突する。
二機は瓦礫の山を突き破りながら滑った。
「人が逃げてるでしょうが!」
赤い拳が一撃、二撃、三撃と白い装甲を砕く。
『残る二機が背後から接近』
「見えてる!」
二機のヌルが紫色の刃を振り上げた。
フレアは、倒した一機の脚を掴む。
『全身出力の開放を提案します。登録名、フレア・ドライブ』
「その名前、誰がつけたの」
『記録がありません』
全身の赤い装甲が開き、内側の金色機構から熱が噴き出した。
白い巨体を持ち上げ、迫る二本の刃を受け止める。
『敵機を盾にするのは、装備の正しい使い方ですか』
「安全規定にはある?」
『ありません』
「じゃあ、あとで追加して!」
フレアは持ち上げた一機を、残る二機へ投げつけた。
三つの白い巨体が折り重なる。
赤い機体は高く跳躍し、拳へ全出力を集めた。
落下の勢いを乗せた拳が、三機の中心へ突き刺さる。
赤い衝撃波が地面を走った。
三つの中核が連鎖して砕ける。
爆風が避難者へ迫った。
フレアは即座に背を向け、両腕で人々を覆う。
装甲へ瓦礫が降り注いだ。
『全避難者の無事を確認しました』
「最初から、それを言ってよ」
閉じていたはずの通信環から、レンの声が聞こえた。
『相変わらず、無茶をする』
「そっちは相変わらず地味ね」
『三機倒した』
「私も三機」
『競ってない』
「私は競ってる」
短いやり取りの間だけ、二人の間にできた壁が薄くなった。
だが、撃破された六機の粒子が、空へ吸い上げられていく。
紫の亀裂の奥で、黒と銀の巨人が目を開いた。
黒銀の刃が、二つの空を同時に横切った。
アズールの肩と、フレアの脇腹から火花が上がる。
レンが敵の軌道を読み終えるより速い。
アカリが拳を構えるよりも速い。
『聞こえるか、双界適合者』
冷たい青年の声が、二人の操縦席へ届いた。
『俺はカイン・ヴァイス。お前たちの再会を終わらせる者だ』
「ずいぶん勝手な役を名乗るのね!」
フレアが赤い拳を振るう。
ヴァイスは半歩だけ退き、その手首を黒い掌で受け止めた。
紫色の衝撃が走り、フレアが瓦礫へ叩きつけられる。
アズールの青い円環がヴァイスを包んだ。
「アイオン・ロック!」
拘束が閉じる寸前、黒銀の機体が消える。
次の瞬間には、アズールの背後にいた。
蹴りが青い背部装甲を打ち抜く。
「位相固定が、効かない……?」
『ヴァイスは、選ばれなかった未来の隙間を移動しています』
ユナの解析が警告を重ねた。
一つの世界へ留まらないため、固定するべき座標そのものが存在しない。
『俺も同じだ』
カインの声に、初めて感情が混じった。
『どの未来にも選ばれず、誰の記憶にも残らない。お前たちには、その意味が分からない』
ヴァイスの翼から、無数の紫光が放たれる。
蒼界では避難区画の防壁が崩れた。
紅界では地下水路の天井が落ちた。
二つの世界から、同時に救難信号が上がる。
レンが赤い通信環を開いた。
「アカリ、合体する。このままでは、両方とも守れない」
『分かってる』
声は、まだ硬い。
「蒼き理を!」
『紅き意志を!』
青と赤のコアが光る。
しかし、二機の輪郭は重ならなかった。
「どうして!」
ユナが二人の思考波形を並べた。
『レンさんは紅界を優先。アカリさんは蒼界を優先しようとしています』
沈黙が落ちる。
レンは、アカリが生きる紅界を先に守ろうとしていた。
アカリは、レンが生きる蒼界を先に守ろうとしていた。
互いを大切に思う選択が、そのまま二人を引き離している。
『美しいな』
カインが低く笑った。
『相手のために自分の世界を捨てる。それを信頼と呼ぶのか』
「黙れ!」
アズールが突進する。
ヴァイスの刃が青い胸部へ振り下ろされた。
フレアが境界へ腕だけを重ね、その刃を受け止める。
赤い装甲が砕けた。
「アカリ!」
『大丈夫。レンは蒼界を守って』
「君を置いていけるわけがない!」
『それは私も同じ!』
二人の選択が、また食い違う。
ヴァイスが両腕を広げた。
蒼界の避難区画へ、黒い槍。
紅界の地下水路へ、銀の槍。
二本の槍が放たれた。
レンは紅界のアカリを見た。
アカリは蒼界のレンを見た。
その瞬間、記憶共鳴で見た七年間が蘇る。
爪が割れても瓦礫を掘り続けた手。
誰にも見せずに刻まれた、七本の線。
二人とも、守られるのを待っている十歳の子どもではない。
別々の世界で、自分の足で七年を歩いてきた。
レンは、アズールを黒い槍へ向けた。
「アカリ。紅界を任せる」
『え……?』
「俺が君の世界へ行ったら、俺の街の誰かが死ぬ。君が俺の世界へ来たら、君の街の誰かが死ぬ」
レンは、自分の声が震えていないことに驚いた。
「
アカリの迷いが消えた。
フレアが銀の槍へ向き直る。
『分かった。蒼界は任せる。レンなら守れる』
アズールが青い両掌を広げた。
フレアが赤い両腕を交差させる。
『炎壁展開。登録名、フレア・ウォール』
「今日は最初から教えてくれるのね!」
青い円環が、黒い槍を受け止めた。
赤い炎壁が、銀の槍を包み込む。
二つの攻撃が、同時に砕けた。
互いを守るために、相手の選択を奪わない。
離れたまま、それぞれの場所を任せる。
二人のペンダントに、黄金の光が走った。
アズールとフレアの装甲が、位相粒子へ変わる。
青と赤の光は世界の壁を越え、一体の巨人へ組み直された。
青の側。
赤の側。
二本の腕と、二本の脚。
中央では二つの半円コアがかみ合い、黄金の胸部歯車が回転する。
インフィナイトの拳と、ヴァイスの刃が激突した。
黄金と紫の火花が、二つの空へ同時に散る。
「昨日より、動きが見える」
「私が合わせてるからね」
「今は言い返さない」
「今だけ?」
「右から来る!」
インフィナイトが身を沈める。
黒銀の刃が頭上を通過した。
青側の手がヴァイスの腕を掴み、赤側の拳が脇腹へ叩き込まれる。
黒い装甲に亀裂が走った。
『同期率、六十二パーセント』
カインの声が、わずかに硬くなる。
『昨日は三十八だったはずだ。……たった一度の失敗で、そこまで変わるか』
「失敗したから、分かった」
「私たちは、七年前のままじゃない!」
ヴァイスの紫眼が強く輝いた。
『ならば、その七年を切り離す』
胸部から伸びた細い刃が、二人を結ぶ黄金の通信環へ突き刺さる。
共有操縦席が、青と赤へ割れた。
レンの視界から、アカリが消える。
アカリの耳から、レンの声が消える。
インフィナイトの青側と赤側が、別々の動きを始めた。
『声がなければ合わせられない。姿が見えなければ信じられない』
ヴァイスの銀刃が青側の肩を裂く。
黒い拳が赤側の胸を打つ。
『そんな繋がりに、未来を選ぶ資格はない』
レンは、暗くなった赤側を見た。
そこにアカリの姿はない。
それでも、瓦礫を掘り続けた手を知っている。
レンは、誰もいない空間へ告げた。
「右へ三歩」
インフィナイトの赤側の脚が動いた。
ヴァイスの刃が、わずかな差で空を切る。
声は届いていない。
それでもアカリは、レンが作る退路を信じていた。
今度はアカリが、見えない青側へ語りかける。
「次は私が踏み込む。止めないでよ」
青側の腕が、防御の円環を開いた。
赤側の腕が大きく引かれる。
返事はない。
それでも二人は、同時に笑った。
インフィナイトが青い円環を盾にして突進する。
ヴァイスの刃を外側へ流し、その懐へ入った。
赤側の拳が、紫色の単眼へ迫る。
そのとき、第三の声が二人の胸へ響いた。
一瞬だけ、白い髪と、青と赤の瞳が見えた。
人型端末ニル。
「なぜだ」
カインの動きが止まる。
『ニル。なぜ、この回線にいる』
アカリは、拳の軌道を変えた。
紫眼を外し、ヴァイスの黒い肩を打ち抜く。
レンの青い掌が、銀の翼を固定した。
二人を隔てていた刃へ、黄金の亀裂が走る。
通信環が、再びつながった。
共有操縦席へ、レンとアカリの姿が戻る。
二人は一度だけ頷いた。
黄金の円環が、ヴァイスの周囲を閉じる。
青と赤の奔流が、至近距離で解放された。
ヴァイスの肩と黒い翼が砕け、黒銀の機体が紫の亀裂へ吹き飛ぶ。
壊れた仮面の奥から、カインが二人を睨んだ。
『今日のところは、お前たちの選択を認めよう』
「逃げるのか!」
『違う。答えを確かめに戻る』
残った翼が、世界の狭間を開く。
『なぜニルが、お前たちを覚えているのか。その答えをな』
ヴァイスは紫色の闇へ消えた。
黒い境界杭が砕け、二つの空から亀裂が消えていく。
戦闘後。
レンはノア・ギアの医務室で、額へ治療膜を貼られていた。
壁際の通信環が赤く光る。
アカリの姿が、半透明に浮かんだ。
彼女の頬にも、小さな治療膜が貼られている。
「その傷、大丈夫か」
『そっちこそ』
会話が途切れた。
戦場では言葉が余るほど出たのに、二人きりになると、何から話せばいいのか分からない。
先に口を開いたのは、アカリだった。
『見ちゃった。慰霊碑のこと』
「俺も見た。君が柱に刻んでいた線を」
『数えた?』
「七本」
『……数えるところ、本当に変わってない』
「合っていたか」
『合ってる。悔しいけど』
アカリは少しだけ視線を落とした。
『レンの全部は、まだ分からない』
「俺も、君の全部は見ていない」
『それでいいの?』
「それがいい」
レンは青いペンダントを持ち上げた。
「次は記憶に見せられるんじゃなくて、自分の言葉で話す。君がいなかった七年のことを」
アカリも、赤いペンダントを掲げる。
二つの半円は通信画面の中央で重なり、黄金の輪に見えた。
『七年分だよ。長くなるよ』
「一日で聞くとは言ってない」
『じゃあ、明日も?』
「呼べば出る」
『今日は、ちゃんと約束になってる』
アカリが笑う。
今度は、通信が途中で切れなかった。
光の届かない白い広間へ、損傷したヴァイスが帰還した。
アウレル・ゼロは、砕けた黒い翼を見上げても表情を変えない。
「同期率六十二パーセント。予測値を上回った」
操縦席から降りたカインは、血のついた頬を拭った。
「ニルが戦闘回線へ介入した」
「確認している」
「なぜ止めなかった」
「止める必要がないからだ」
透明な壁の向こうで、ニルがインフィナイトの映像へ指を当てている。
「二人が記憶を重ねるほど、あの端末の封印領域も開いていく」
カインがアウレルを睨んだ。
「あれは何者だ」
「世界が二つへ割れる前、最後に作られた記憶だ」
アウレルは静かに背を向ける。
「そして、インフィナイトを完成させる最後の部品でもある」
白い壁へ、古い観測記録が一瞬だけ映った。
七年前の研究区画。
幼いレンとアカリ。
二人の間にいる、白髪の少女。
画面の端には、黒い識別帯を巻いた少年の腕がある。
顔へ焦点が合う直前、アウレルが指を動かした。
映像は、白い空欄へ置き換わる。
カインは胸を押さえた。
知らないはずの番号を見ただけで、心臓の奥に鈍い痛みが走る。
「今の記録は、何だ」
「分裂時に混入した、無意味な誤差だ」
「……なぜ、俺が知っている気がする」
アウレルは振り返らない。
透明な壁の向こうで、ニルの唇が動いた。
音は届かない。
それでも、その形は確かに一つの名前を作っていた。
青年が気づく前に、収容室の光が落とされた。
その夜。
蒼界のレンと、紅界のアカリの端末へ、同じ暗号信号が届いた。
送信者名はない。
表示されたのは、七年前に失われたはずの旧研究区画最深部の座標。
続いて、白髪の少女が一瞬だけ映る。
青い右目と、赤い左目。
ニルは、二人の名前を確かに呼んだ。
映像が消える。
青と赤のペンダントに刻まれた黄金線から、細い白い光が伸びていた。
第2話は「守る」と「信じる」の差だけで一話を作りました。
二人は喧嘩をしたわけでも、嫌いになったわけでもありません。互いを大切に思う気持ちが、そのまま合体を止めてしまう。その仕組みが、この作品の敵の強さです。
よければ、ひとつだけ教えてください。
刺さったのは「紅界を任せる」でしたか。それとも、声が届かないまま踏み出した三歩の方でしたか。
感想をいただけると、次の一話を書く力になります。