【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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忘れてしまった相手を、知らない他人だと言い切れるだろうか。

青にも赤にも属さない記憶が、七年前の選択を映し出す。


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改訂版 第3話 三つ目の記憶

第一篇「双界邂逅篇」

第3話 三つ目の記憶

 

 

 

午前二時十七分

 

 蒼羽レン(あおば・れん)は、眠っていなかった。

 

 胸の上に置いた青い半円のペンダントが、天井ではなく、床を指して光っている。

 

 地下だ。

 

 起き上がり、端末を開く。旧研究区画最深部の座標。送信者名はない。

 

 画面に一瞬だけ映った白髪の少女。青い右目と、赤い左目。

 

 名前だけは知っていた。昨日、黒銀の機体の操縦者が、通信の向こうでそう呼んだからだ。

 

ニル。

 

 赤い通信窓が開いた。

 

 緋月アカリ(ひづき・あかり)が、長い赤褐色の髪を片手で押さえながら映る。

 

『レン。見た?』

 

「同じ座標だ」

 

『紅界(こうかい)では、あの辺りの地下なんて全部潰れてる』

 

「蒼界(そうかい)では七年前から完全封鎖されている。立ち入り記録もない」

 

 アカリが赤いペンダントを持ち上げた。

 

 縁に刻まれた白い光が、やはり地下を指している。

 

『罠だと思う?』

 

「可能性は高い」

 

『でも行くんでしょ』

 

「君もだろ」

 

『今度は意見が合ったね』

 

「危険なことだけは、昔からよく合う」

 

『褒められた気がしない』

 

「褒めていない」

 

 アカリが言い返す前に、座標が自動的に消去された。

 

 それでも二つのペンダントには、白い道筋だけが残っている。

 

 忘れている誰かの指が、二人を地下へ招くように。

 

 

 境界航行母艦(きょうかいこうこうぼかん)ノア・ギアの作戦室。

 

 中央卓には、蒼界と紅界、二つの旧研究区画が重ねて表示されていた。

 

 蒼界側は災害後に修復され、巨大な封鎖壁と自動警備網に覆われている。

 

 紅界側は地盤ごと崩れ、地下水と熱気が渦巻く縦穴になっていた。

 

 形はまるで違う。

 

 だが地下七層より深い部分だけは、二つの世界で同じ形を保っている。

 

 完全な円形区画。

 

 中央に、巨大な歯車状の構造体。

 

 艦長の御堂カナメ(みどう・かなめ)が表示を拡大した。

 

「第零観測層(だいれいかんそくそう)。公式設計図には存在しない区画だ」

 

 戦術解析担当の白瀬ユナ(しらせ・ゆな)が、古い設計記録を呼び出す。

 

「最終更新は七年前。インフィニティ・ギアが停止する十一分前です。記録者名は、消されています」

 

「そこにニルがいるのか」

 

 レンの問いに、ユナは首を横へ振った。

 

「送られてきたものが本人の通信か、保存記録の自動送信かも判別できません」

 

 赤い通信窓の向こうで、アカリが拳を握る。

 

『それでも、あの子はヴァイスとの戦いで私たちを助けた』

 

「だからこそ、罠の可能性も考える」

 

 カナメが円形区画の東西にある二つの扉を示した。

 

 片方は青。

 

 片方は赤。

 

「扉は二種類の位相信号を、別々の入口で同時に認証する。合体したままでは入れない」

 

「アズールとフレアのまま進む」

 

「そうだ」

 

 整備主任の真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)が、工具を肩へ担いだ。

 

「入口が二つで、通れる機体は一機ずつ。要するに、互いに助けに行けねえってことだ」

 

『分かってます』

 

「分かってねえ奴の返事が早いんだよ。あと、地下で派手に暴れりゃ記録ごと天井が落ちる」

 

『どうして私を見るんですか』

 

「レンは言わなくても分かる。お前さんは言っても殴る」

 

『必要なら殴ります』

 

「ほらな」

 

 カナメが咳払いした。

 

「出発は夜明け。二機が同時に最深部へ到達し、記録を確保する。何を見つけても、持ち帰るまでは真実と決めつけるな」

 

 レンは、消された記録者欄を見つめた。

 

「了解」

 

 

 夜明け。

 

 蒼界側格納庫で、青銀の蒼界機アズールが立ち上がる。

 

 演算と位相固定に長けた、レンの完全人型機だ。

 

 同じ時刻、紅界側格納庫では、赤金の紅界機フレアが全身装甲を展開していた。

 

 瞬間出力と接近戦を得意とする、アカリの完全人型機。

 

 どちらの機内にも、初起動の夜に適合者の名を告げた声が残っている。

 

 アズールの青い計器へ、静かな中性音声が流れた。

 

『操縦者の睡眠時間、二時間四十三分。出撃延期を提案します』

 

「却下」

 

『回答は予測済みです』

 

「なら、聞かなくていい」

 

『拒否の記録も、安全管理に含まれます』

 

 レンは言い返す代わりに、操縦環を握った。

 

 同じ頃、フレアの機体AIは、少し明るい音声でアカリへ告げていた。

 

『操縦者の心拍数、平常時比一二六パーセント。緊張を検出』

 

「わくわくしてるだけ」

 

『医学上、同じ数値です』

 

「言い方に夢がない!」

 

『夢は操縦者の担当です』

 

 アカリは一秒黙り、それから吹き出した。

 

『今の、フレアが言ったの?』

 

「こっちは寝不足を叱られた」

 

『機体に生活指導される日が来るなんてね』

 

「まず人間側が聞くようになった方がいい」

 

『それ、誰に言ってる?』

 

「両方」

 

 二つの格納庫が、一瞬だけ重なった。

 

 青と赤の巨人が、透明な境界を挟んで向かい合う。

 

『競争する?』

 

「同時に着かなければ扉が開かない」

 

『どっちが上手に相手へ合わせられるか競争』

 

「それを競争とは呼ばない」

 

『じゃあ勝負』

 

「もっと違う」

 

『アズール、フレア。発進を許可する』

 

 カナメの声と共に、青側の射出口が開いた。

 

 紅界では、崩れた発進路をフレアが自分で押し広げる。

 

「蒼界機アズール、出る」

 

『紅界機フレア、行きます!』

 

 二機は、別々の朝焼けへ飛び出した。

 

 

 蒼界の旧研究区画は、七年前のまま時間を止めていた。

 

 白い封鎖壁には汚れ一つなく、立入禁止を示す青い光が規則正しく点滅している。

 

 アズールが正面ゲートへ着地すると、床から無数の砲塔が現れた。

 

『識別不能機。十秒以内に退去せよ』

 

「境界保全機構ARK-∞所属、蒼界機アズール。第零観測層への通行を申請する」

 

『該当組織は登録されていない』

 

「七年前の名簿なら、そうなるか」

 

 砲撃が始まった。

 

 レンの視界へ、全砲塔の射線が青い数字となって流れる。

 

 壊して進む方が早い。

 

 だが壁の内側には、七年前の記録端末が並んでいる。

 

「非破壊制圧へ切り替える」

 

『最短経路は、砲塔三十二基の破壊です』

 

「却下したはずだ」

 

『予測済みです。非破壊経路へ再計算します』

 

「だったら最初から出してくれ」

 

『操縦者が選ぶことに、意味があります』

 

 ほんの少しだけ、レンは黙った。

 

 七年前に選択を奪われた自分へ、機体がそう言っているように聞こえた。

 

 アズールは巨体を低く沈め、光弾の間を滑るように進む。

 

 掌から、小さな青い円環が放たれた。

 

「アイオン・ロック。照準軸だけを固定」

 

 円環が砲塔の回転部へ重なり、砲口を次々と止めていく。

 

 続いて、四体の自動防衛機が通路を塞いだ。

 

 七年前の命令だけを守り続ける、細身の無人機だ。

 

 一体目の熱刃を腕で外へ流す。

 

 二体目の手首を肘で跳ね上げる。

 

 背後から二体。

 

『拘束機構を面へ展開できます。登録名、アイオン・サークル』

 

「装甲は壊すな」

 

『動力周期のみを遅らせます』

 

 レンは両掌を床へ向けた。

 

「アイオン・サークル!」

 

 青い輪が四体の胸部を同時に通過する。

 

 装甲は傷つかない。

 

 内部動力の周期だけが一回転分ずれ、四体の動きが止まった。

 

『記録設備の損傷、ありません』

 

「壊すより面倒だ」

 

 赤い通信環から、アカリの声が入る。

 

『聞こえてるよ。遠回しに私へ言ってる?』

 

「そっちはどうなんだ」

 

『今、壊さないように頑張ってる!』

 

 通信の向こうで、何か巨大なものが崩れる音がした。

 

「説得力がない」

 

 

 紅界の旧研究区画は、巨大な縦穴へ変わっていた。

 

 通路は地底湖へ沈み、折れた梁と配管が複雑に絡み合っている。

 

 フレアは両脚の推進器を細かく噴かし、崩落面を一段ずつ降りていた。

 

『右側の地盤に空洞があります。強い衝撃は避けてください』

 

「分かってる。今日は優しく行く」

 

『当機の運用記録に、該当例がありません』

 

「今日から作るの!」

 

 足元の瓦礫が弾けた。

 

 水に侵食された自動防衛機が三体、地底湖から飛び出す。

 

 一体がフレアへ組みついた。

 

 アカリは反射的に拳を引く。

 

 だが背後の壁には、無数の記録端末が埋まっていた。

 

 殴り飛ばせば、端末まで砕ける。

 

「本当に面倒!」

 

 フレアは拳を止め、敵の腰へ両腕を回した。

 

 赤い装甲の内側で、金色の駆動器が唸る。

 

「フレア・ドライブ。出力十二パーセント」

 

 必要な分だけ力を解放し、敵を地底湖へ投げ落とす。

 

 残る二体が左右から熱刃を振るった。

 

 アカリは一体の手首を掴み、その刃でもう一体の武器だけを切断する。

 

 続いて膝をごく浅く胸部へ当て、動力へ短い衝撃を流した。

 

 二体目が停止する。

 

 最後の一体を肩越しに投げ、崩れ残った整備台へ固定した。

 

『記録端末の損傷、ありません』

 

「どう。壊さなかった」

 

『最初の一体を湖へ沈めただろ』

 

「少し濡らしただけ」

 

『水深八十メートルだ』

 

「あとで引き上げればいいでしょ」

 

『回収対象へ登録しました』

 

 フレアの機体AIが即答する。

 

『任務終了後、操縦者へ忘却防止通知を七回送信します』

 

「一回でいい!」

 

『過去の応答傾向から、七回を推奨します』

 

 通信の向こうで、レンが小さく笑った。

 

『ちょっと、笑った?』

 

「事実に同意しただけだ」

 

 カナメの声が会話を遮る。

 

『両機とも第一隔壁へ到達。認証を開始しろ』

 

 アズールの前には、青い巨大扉。

 

 フレアの前には、赤錆に覆われた同じ形の扉が立っていた。

 

 

『認証は完全同時でなければ失敗します』

 

 ユナが二人の拍動を表示した。

 

 わずかにずれている。

 

 レンは数字を見た。

 

 アカリは、目を閉じる。

 

『レン。数えないで』

 

「通信には遅延がある」

 

『でも、分かるでしょ』

 

 レンは、表示された数値を消した。

 

 通信の向こうにある、アカリの呼吸だけを聞く。

 

吸う。

 

止める。

 

吐く。

 

 二つのペンダントが、同じ間隔で明滅した。

 

「今だ」

 

『うん』

 

 青と赤の掌が、同時に扉へ触れる。

 

 二つの世界で、巨大な歯車が同じ音を立てて回った。

 

 扉の先に、青にも赤にも属さない白い空間が開く。

 

 

 アズールとフレアは、完全な機体のまま白い空間へ進んだ。

 

 ここでは蒼界と紅界の景色が重ならない。

 

 最初から一つしかない場所のように見える。

 

 円形格納庫の中央に、人間用の小さな扉があった。

 

『この先は、徒歩で進んでください』

 

 二機が格納台へ膝をつく。

 

 青と赤の転送光が降り、レンとアカリは装甲服姿で白い床へ立った。

 

 同じ場所に見える。

 

 しかしレンが手を伸ばすと、指先はアカリの肩を光のように通り抜けた。

 

「ここでも駄目か」

 

「でも、前より近いよ」

 

「見えるだけだ」

 

「見えなかった頃より近い」

 

 アカリが先に歩き出す。

 

 レンも、その隣へ並んだ。

 

 触れられない二人の足音が、一つの廊下へ重なる。

 

 

 最深部の部屋には、古い写真が一枚だけ残されていた。

 

 透明な保存板の中で、三人の子どもが笑っている。

 

 黒髪の少年。

 

 赤褐色の髪の少女。

 

 そして二人の間にいる、白髪の少女。

 

「俺だ」

 

「こっちは私。それに……この子」

 

 写真の三人は手をつなぎ、胸元に小さな歯車飾りを下げていた。

 

 だが左端には、不自然な余白がある。

 

 誰もいない白い床へ、黒い靴先の影だけが落ちていた。

 

 レンが保存情報へ触れる。

 

『撮影時生体反応、四名』

 

 写っているのは三人。

 

 記録されているのは四人。

 

「一人、消されている」

 

「写真から消したなら、影は残るんじゃない?」

 

「像だけを消したんじゃない。この写真自体が、最初から三人だった世界の記録へ書き換わっている」

 

 写真の下に、日付が浮かんだ。

 

二一八九年六月十二日 N-0情動学習、最終日

 

協力者 蒼羽レン 緋月アカリ

 

「この服、覚えてる。研究区画の公開日に着てた」

 

「俺もだ」

 

 アカリが飲み物をこぼし、二人で職員に叱られた日。

 

 歯車飾りを半分ずつ分けて、裏の文字を読み合った日。

 

 だが、その記憶に白髪の少女はいない。

 

 知らないはずなのに、写真の笑顔を見ると胸が痛んだ。

 

 二つのペンダントが白く輝く。

 

 部屋の中央へ、古い記録映像が浮かび上がった。

 

 

 七年前。

 

 透明な観測室で、幼い少女が目を開く。

 

『端末N-0、記憶同期を開始』

 

『青側と赤側、二つの未来予測を同時保持。感情模倣率、九十六パーセント』

 

 幼いレンが手を振る。

 

 幼いアカリは、研究員に止められながら観測室へ入ろうとしていた。

 

 少女は最初、二人を無表情に見ている。

 

 やがて、ぎこちなく手を振り返した。

 

 場面が飛ぶ。

 

 三人が床に座り、一つの歯車飾りを青と赤へ分けていた。

 

 少女が、二つの欠片を見つめる。

 

『私は、どっち?』

 

 幼いレンが答えた。

 

「どっちでもないなら、真ん中でいい」

 

 アカリが、かみ合った歯車の中心を指す。

 

「真ん中は、一番大事なところだよ」

 

 二つの半円が触れ合い、中央にだけ金色の一行が灯る。

 

二つの明日を、噛み合わせろ

 

 映像の中で、少女が笑った。

 

 現在のアカリの頬を、涙が伝う。

 

「覚えてないのに……知ってる」

 

 レンも青いペンダントを握った。

 

「記録じゃない。俺たちの中にも残っている」

 

 そのとき、白い部屋へ紫色の亀裂が走った。

 

 

 黒銀の刃が壁を裂き、ZC-01ヴァイスが格納庫へ踏み込む。

 

 左肩と失った片翼を粗い白の仮装甲で補い、残る一枚の翼を広げていた。

 

『その記録から離れろ』

 

「まだ傷が治っていないようだな」

 

『お前たちに心配される理由はない』

 

 アカリが赤い転送環へ走った。

 

「続きを見るためにも、先に追い返す!」

 

 レンも青い光へ入る。

 

「今度は同意する」

 

 アズールとフレアが、完全な機体のまま立ち上がった。

 

 合体はしない。

 

 この場所は、黄金の歯車が回った瞬間に崩れる。

 

 最初に踏み込んだのはフレアだった。

 

 赤い拳を、ヴァイスが黒銀の刃で受け流す。

 

 膝がフレアの腹部を捉えた。

 

『同じ手が何度も通じると思うな』

 

 フレアが押し戻される。

 

「アカリ、三時方向。〇・七秒後」

 

『床面へ拘束痕を敷けます。登録名、アイオン・トレース』

 

「敷け」

 

 アズールの青い円環が、床一面へ広がった。

 

「アイオン・トレース!」

 

 ヴァイスの位相移動が、青い足跡となって浮かび上がる。

 

 黒銀の機体が消えた。

 

〇・七秒後。

 

 予測地点へ現れた肩を、フレアの肘が打ち抜いた。

 

 白い仮装甲が砕ける。

 

『合体せずに、俺の移動を読んだだと』

 

「アズールが入口を見つける」

 

「フレアが出口で殴る」

 

 青と赤の二機が、背中合わせに構えた。

 

 一つの身体になる必要はない。

 

 別々の完全な機体だからこそ、二つの位相を同時に塞げる。

 

 ヴァイスが刃を振り上げた。

 

 数十本の紫光が、記録柱へ降り注ぐ。

 

『存在しない少女の記録など、残す価値はない』

 

「価値を決めるのは、お前じゃない!」

 

 アズールが記録柱の前へ立ち、青い円環で刃を止めた。

 

一本。

 

五本。

 

十二本。

 

 数が多すぎる。

 

 青い腕部装甲が軋み始めた。

 

 同時に、崩れた天井がアズールの背後へ落ちてくる。

 

『こっちは私が支える!』

 

 フレアが巨大梁の下へ入り、両腕で受け止めた。

 

 赤い脚が白い床へ沈む。

 

「全部は止められない」

 

『レン。任せるって覚えたでしょ!』

 

 レンは一瞬だけ目を閉じた。

 

「分かった。そっちは任せる」

 

 アズールは演算を、紫の刃だけへ集中する。

 

 正面から受け止めず、角度をわずかに変え、刃同士を衝突させた。

 

 紫光が連鎖して砕ける。

 

 フレアは梁を安全な場所へ押し出した。

 

 記録柱は、一本も失われていない。

 

『これで終わり!』

 

 フレアがヴァイスへ踏み込む。

 

 その足元を、青い円環が捉えた。

 

「アイオン・ロック!」

 

 ヴァイスは強引に固定を抜け、反対位相へ逃れる。

 

 そこには、赤い拳を引いたフレアが待っていた。

 

『そこは私の間合い!』

 

「フレア・バースト!」

 

 赤い拳がヴァイスの胸へ突き刺さる。

 

 黒銀の機体が白い壁へ激突した。

 

 だが、カインは倒れない。

 

 ヴァイスの胸部が開き、黒い中核が現れる。

 

『ゼロ・ディバイド』

 

 色も音も吸い込む黒い波が、格納庫全体へ広がった。

 

 触れた床から、輪郭が消えていく。

 

 青い円環も、赤い炎も薄れ始めた。

 

『二機の出力では相殺できません。合体してください!』

 

 ユナの指示に、レンは合体手順を開く。

 

 その直前、少女の声が届いた。

 

『ここでは、重ならないで』

 

「ニル?」

 

『黄金の歯車が回ったら、残った記憶まで壊れる』

 

 合体すれば、インフィナイトの出力で黒い波を押し返せる。

 

 だが、その力に第零観測層は耐えられない。

 

 アカリが操縦環を握り直した。

 

『だったら、このまま止める』

 

「出力が足りない」

 

『身体を一つにしなくても、力だけはつなげられない?』

 

 レンは青い半円コアを見た。

 

 その向こうに、赤い半円コアがある。

 

 二機は別々の機体。

 

 だが、二つのコアは元から一組だった。

 

『青側演算路から、赤側コアへ出力だけを送信できます』

 

 アズールの機体AIが、新しい経路を青い線で描いた。

 

『赤側コア、受信可能』

 

 フレアの機体AIが応じる。

 

『ただし、初回成功率は三十一パーセントです』

 

「三割あれば十分!」

 

『安全基準では不足です』

 

「残りは私たちで足す」

 

『数値計算としては成立しません』

 

「でも、機体はついてきてくれるんでしょ」

 

 一拍置いて、赤い計器が強く光った。

 

『操縦者の選択を優先します』

 

 レンは青い経路図から、不要な枝を消す。

 

「アズール。制御は渡さない。俺の判断を、出力へ変えてくれ」

 

『了解。操縦権は蒼羽レンに固定します』

 

 アカリも操縦環を前へ押した。

 

『フレア。私の力を、レンの道へ届けて』

 

『了解。緋月アカリの出力を、必要な場所へ届けます』

 

「ユナ。機体制御を共有せず、出力経路だけを接続できるか」

 

『理論上は可能です』

 

「俺はアズールを動かす」

 

『私はフレアを動かす。つなぐのは、力だけ!』

 

 二つのペンダントが輝いた。

 

 青と赤の胸部コアから黄金線が伸び、二機の間に巨大な光の歯車を作る。

 

 二つの機体AIが、同時に新しい接続を承認した。

 

『新規接続方式を確認』

 

ツイン・ギア・リンク!

 

 青い機体は青いまま。

 

 赤い機体は赤いまま。

 

 二機は分離形態を保ち、互いの出力だけを黄金の輪へ送る。

 

 レンが掌を黒い波へ向けた。

 

 アカリが拳を引く。

 

「蒼き理で、道を固定する!」

 

『紅き意志で、その先を打ち抜く!』

 

 青い円環が、黒い波の中央へ一本の通路を開いた。

 

 フレアがその中へ飛び込む。

 

 消滅光が赤い装甲を削った。

 

 アズールは通路を維持しながら、一歩ずつ前へ進む。

 

 二つのペンダントが、黄金に燃え上がった。

 

『二機同時使用技、登録名クロス・ギア・インパクト』

 

「聞こえたか」

 

『聞こえた!』

 

「クロス・ギア――」

 

インパクト!

 

 フレアの拳が、ヴァイスの黒い中核へ届く。

 

 同時にアズールの円環が、衝撃を逃がさないよう黒銀の全身を固定した。

 

 赤い破壊力と、青い制御力。

 

 二つがヴァイスの内部で一つになる。

 

 黄金の衝撃が炸裂した。

 

 ゼロ・ディバイドが、内側から砕ける。

 

 ヴァイスの胸部装甲が弾け、カインが苦痛の息を漏らした。

 

『合体せずに、ツイン・ギアの力を……』

 

「これが、アズールとフレアの戦い方だ」

 

『離れていても、二人だから!』

 

 ヴァイスは残る一枚の翼で、紫色の亀裂を開いた。

 

『その記録を見れば、お前たちは自分が生き残ったことを後悔する』

 

「それを決めるのも、お前じゃない」

 

『次は逃がさないから!』

 

 黒銀の機体が亀裂へ退く。

 

 最後に、カインの声だけが残った。

 

『あの少女が、二つの世界を作った』

 

 亀裂が閉じた。

 

 

 黒い波が消えると、止まっていた記録映像が再び動き始めた。

 

 七年前。

 

 白い光が、研究区画を呑み込もうとしている。

 

 幼いレンとアカリは、崩れた通路の両側から手を伸ばしていた。

 

 巨大なインフィニティ・ギアが、青と赤の未来を高速で切り替えている。

 

 青い未来では、アカリが死ぬ。

 

 赤い未来では、レンが死ぬ。

 

 透明な部屋の中で、幼いニルが二つの結末を見つめていた。

 

 白衣姿のアウレルが命じる。

 

「N-0、未来を一つへ固定しろ。損失の少ない方を選べ」

 

『両方の損失は、同じです』

 

「ならば、どちらでもいい。選べ」

 

 少女の青い右目にレンが映る。

 

 赤い左目にアカリが映る。

 

 その直前、別の回線から少年の声が割り込んだ。

 

『どっちかしか残せないなら、真ん中に道を――』

 

 激しい雑音が、言葉の続きを削り取る。

 

 画面の端に、黒い識別帯が映った。

 

記録番号 K-0

 

 アウレルが操作卓へ手を伸ばす。

 

「不要データを切断。選択を続行しろ」

 

 少年の声も、黒い影も、記録から消えた。

 

「それ以外の未来は存在しない」

 

 ニルは、三人で囲んだ歯車飾りを握った。

 

 青と赤の欠片。

 

 そして、二つがかみ合う真ん中。

 

『選ばない』

 

 研究員たちがざわめく。

 

『レンが生きる未来も、アカリが生きる未来も、消さない』

 

「そんなことをすれば、世界そのものが――」

 

 ニルの両目から、青と赤の光が溢れた。

 

『二つとも、未来にする』

 

 少女の両手は、青と赤だけへ向けられていない。

 

 掌の間に、色のない一点を作ろうとしていた。

 

 しかし、そこに何があったのかだけは、記録が白く欠けている。

 

 巨大な歯車が停止した。

 

 次の瞬間、青と赤へ二重に回転する。

 

 白い輪が地球を貫き、一つだった世界が二つの未来へ裂けていった。

 

 幼いレンとアカリの間で、ニルが白い光になる。

 

『ごめんね』

 

『二人を助ける方法、これしか分からなかった』

 

 光が弾けた。

 

 蒼界ではレンが生き残り、アカリが失われた。

 

 紅界ではアカリが生き残り、レンが失われた。

 

 そしてニルは、二つの世界の狭間へ取り残された。

 

 

 記録映像の中にいる少女が、現在の二人へ顔を向けた。

 

 過去の再生ではない。

 

 今、こちらを見ている。

 

『思い出してくれた?』

 

 レンは答えられなかった。

 

 アカリの目から涙がこぼれる。

 

「ごめん。まだ全部は……」

 

 ニルは寂しそうに笑った。

 

『うん。知ってる』

 

『世界を分けたとき、二人の中から私の記憶も切れちゃったから』

 

「君は、俺たちを助けるために世界を二つへ分けたのか」

 

『二人とも、消したくなかった』

 

「今、どこにいる」

 

 ニルの姿へ黒い雑音が走った。

 

『ゼロの中』

 

『白い部屋で、ずっと待ってる』

 

 アカリが画面へ手を伸ばす。

 

「必ず迎えに行く。……ご飯の約束、まだ果たしてない」

 

 ニルの赤い左目が、怯えるように揺れた。

 

『でも、私をここから出したら――』

 

 警告音が鳴る。

 

 白い記録領域が、端から消え始めた。

 

 アウレルの声が、空間へ響く。

 

『不要な記憶は、未来を濁らせる』

 

 レンは青いペンダントを記録端末へ押し当てた。

 

 アカリも赤いペンダントを掲げる。

 

「残せるだけ残す!」

 

「ニル、手を伸ばして!」

 

 少女が両手を伸ばした。

 

 白い光が、二つのペンダントへ流れ込む。

 

『青側記憶域へ、回収データを固定しました』

 

『赤側記憶域にも複製完了』

 

『同一記録を、二機で保持します。今度は、半分にしません』

 

 アカリが涙を拭わずに笑った。

 

「頼んだよ、フレア」

 

「アズール。何があっても残せ」

 

『操縦者二名の要請を、最優先記録へ設定します』

 

 記録が消える直前、ニルの声が届いた。

 

『私を出したら、二つの世界は――』

 

 そこで、通信は途切れた。

 

 

 ノア・ギアへ帰還した二人を、回収記録の白い光が照らしていた。

 

 ニルが未来を二つへ分けた瞬間。

 

 蒼界と紅界の誕生。

 

 そして、色のない中心点と共に消えたK-0。

 

 ユナが解析結果を表示する。

 

「映像に改ざんの痕跡はありません。ただし、記録の七割以上が欠落しています」

 

「見たものだけで、すべてを決めるなということか」

 

「はい。特にK-0は、顔、声紋、氏名、事故後の記録まで連鎖的に消えています」

 

 K-0の消失時刻と、ニルが色のない一点を作った時刻は一致していた。

 

 しかし、それ以上は仮説にしかならない。

 

 カナメが二人を見る。

 

「終端機関ゼロが、見せたい部分だけを残した可能性もある」

 

『それでも、ニルが私たちを助けたことは本当だと思います』

 

 アカリは赤いペンダントを胸へ当てた。

 

『覚えてないのに、あの子の声を聞くと胸が痛い。消え切らなかった記憶が、ここにあるんです』

 

 レンの青いペンダントでも、白い光が鼓動のように明滅している。

 

「俺も同じです」

 

『補足します』

 

 アズールの機体AIが、青い通信灯をともした。

 

『蒼羽レンの心拍、呼吸、瞳孔反応は、緋月アカリと近似しています』

 

「そこまで報告しなくていい」

 

『感情名は未確定です。保留します』

 

 フレアの機体AIも、赤い通信灯をともす。

 

『緋月アカリの涙を検出。悲嘆反応として保存します』

 

『汗です』

 

『操縦席温度は適正です』

 

『じゃあ、少しだけ泣いたことにして』

 

『記録名を「少しだけ」へ変更します』

 

 レンは思わず息を漏らした。

 

『また笑った!』

 

「機体の判断に同意しただけだ」

 

『それ、さっきも聞いた』

 

 カナメが短く頷いた。

 

「次の目的は、人型端末ニルの所在特定だ」

 

「そして救出する」

 

『本人に、全部聞く』

 

 二人の声が重なる。

 

 だが、レンの胸にはニルの途切れた言葉が残っていた。

 

 私を出したら、二つの世界は――。

 

 

 光の届かない白い広間。

 

 損傷を増やしたヴァイスが、片膝をついていた。

 

 カインは操縦席を降り、アウレル・ゼロへ歩み寄る。

 

「ニルが世界を分けた記録。あれは事実か」

 

「事実の一部だ」

 

「なぜ、あの二人からニルの記憶を消した」

 

 アウレルは答えない。

 

 透明な壁の向こうで、ニルが両手を胸へ重ねている。

 

 青い右目から、涙が一筋落ちた。

 

 カインは白い壁へ残るK-0の番号を見る。

 

 理由の分からない痛みが、再び胸を刺した。

 

「あの少女を外へ出せば、何が起きる」

 

 アウレルが振り返る。

 

 背後に、青と赤、二つの地球が映った。

 

 その中央へ、色のない第三の球体が浮かび上がる。

 

「蒼界と紅界を隔てる境界が消える」

 

「世界が一つへ戻るのか」

 

「違う」

 

 色のない球体が、青と赤を呑み込んだ。

 

「二つとも、終わる」

 

 透明な壁の向こうで、ニルが小さく呟く。

 

『だから、見つけてほしかった』

 

『助けてほしいんじゃない』

 

『私を、止めてほしい』

 

 白い広間の光が消えた。

 

 同じ瞬間。

 

 蒼界と紅界の空へ、色のない巨大な歯車が浮かび上がる。

 

 歯車が一段、回転した。

 

 二つの世界から、青と赤が少しずつ失われ始めた。

 

第4話「色のない明日」へ続きます。

 





 第3話は、合体しない回にしました。

 二つの身体を一つにするのではなく、別々のまま力だけをつなぐ。第2話で覚えた「任せる」を、機体の使い方そのものへ変えた形です。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 残ったのは、写真に写っていない四人目の影でしたか。それとも、助けてではなく止めてほしいと言った少女の一言でしたか。

 感想をいただけると、次の一話を書く力になります。

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