双界機神インフィナイト   作:シラヌイ321

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前話で、蒼羽レンと緋月アカリは黒銀機ヴァイスを退けた。

二人が得たのは勝利だけではない。

七年前から持つ青と赤の記憶のペンダントへ、白い光が一本加わった。

その光を送ったのは、人型端末ニル。

青い右目と赤い左目を持ち、二人の失われた記憶に現れる白髪の少女である。

ニルが示した座標は、世界分裂の原因となったインフィニティ・ギアの地下施設を指していた。

そこへ入るには、合体したインフィナイトではなく、それぞれ完全な四肢を持つ蒼界機アズールと紅界機フレアが、二つの世界から別々に進まなければならない。

初めて、再会するためではなく、離れたまま同じ扉を開く戦いが始まる。
第3話キービジュアル

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第3話 三つ目の記憶

「世界が二つに割れた日。

 

忘れられた記憶だけが、三つ目の場所に取り残された」

 

 

午前二時十七分。

 

蒼界と紅界で、二つの通信端末が同時に白く光った。

 

蒼羽レンはベッドから身を起こし、枕元に置いていた青いペンダントを掴む。

 

端末には、七年前に消滅したはずの旧研究区画最深部の座標が表示されていた。

 

送信者名はない。

 

ただ一行だけ、短い言葉が残されている。

 

『次は、私を見つけて』

 

画面の中で、白い髪の少女がこちらを見つめていた。

 

右目は青。

 

左目は赤。

 

人型端末ニル。

 

レンが端末へ触れた瞬間、画面の半分が赤い通信窓へ変わった。

 

緋月アカリが長い髪を片手で押さえながら映る。

 

どうやら向こうも、起きたばかりらしい。

 

『レン。見た?』

 

「ああ。同じ座標だ」

 

『旧研究区画の地下って表示されてる。でも、紅界ではあの場所の地下なんて全部潰れてる』

 

「蒼界では七年前から完全封鎖されている。立ち入り記録もない」

 

アカリは画面の向こうで赤いペンダントを持ち上げた。

 

第2話の戦闘後に現れた細い白光が、半円コアの縁をゆっくり巡っている。

 

レンの青いペンダントにも、同じ白い線があった。

 

二つの光は、同じ方向を指している。

 

地上ではなく、地下へ。

 

『罠だと思う?』

 

「可能性は高い」

 

『でも行くんでしょ』

 

「君もだろ」

 

アカリは少しだけ笑った。

 

『今度は意見が合ったね』

 

「危険なことだけは、昔からよく合う」

 

通信の奥で、短い警報音が鳴る。

 

座標データが自動的に暗号化され、二人の端末から消えた。

 

しかしペンダントの白い光は残っている。

 

まるで、忘れていた誰かの指が二人を呼んでいるようだった。

 

 

境界航行母艦ノア・ギアの作戦室。

 

中央卓には、旧研究区画の立体構造が映し出されていた。

 

地上から地下六層までは、蒼界と紅界で大きく形が異なっている。

 

蒼界側は災害直後に修復され、巨大な封鎖壁と自動警備網に覆われていた。

 

紅界側は地盤ごと崩落し、地下水と熱気が入り混じる巨大な縦穴になっている。

 

だが、そのさらに下。

 

地下七層より深い場所だけは、二つの世界で同じ形を保っていた。

 

完全な円形空間。

 

中央には、歯車を思わせる巨大な構造体。

 

御堂カナメが表示を拡大する。

 

「第零観測層。正式記録には存在しない区画だ」

 

白瀬ユナが古い設計データを呼び出した。

 

「最終更新は七年前。インフィニティ・ギア暴走の十一分前です。記録者名は消去されています」

 

「ニルはそこにいるのか」

 

レンの問いに、ユナは首を横へ振った。

 

「分かりません。送られてきた信号は本人の現在位置ではなく、保存された記憶データかもしれません」

 

「それでも手掛かりではある」

 

アカリの姿が赤い通信窓に映る。

 

『あの子はヴァイスとの戦いで私たちを助けた。放っておけない』

 

カナメは二人を順番に見た。

 

「敵がそう思わせるために介入した可能性もある」

 

『艦長は、行くなと言うんですか』

 

「逆だ。行ってもらう」

 

アカリが目を丸くする。

 

カナメは第零観測層の東西にある二つの扉を示した。

 

片方は青。

 

片方は赤。

 

「この区画は二種類の位相信号を別々に認証する構造になっている。インフィナイトでは入れない。アズールとフレア、二機のまま進む必要がある」

 

「最初から分離形態で戦え、ということか」

 

「そうだ。しかも、内部の自動防衛機構は今も動いている可能性が高い」

 

真壁ゲンゴが作戦卓へ身を乗り出した。

 

「アズールもフレアも、腕も脚も揃った完全な単独戦闘機だ。前の戦いでそれは証明した。だが第零層じゃ、派手に暴れりゃ天井ごと落ちるぞ」

 

アカリがわずかに視線を逸らす。

 

『どうして私を見るんですか』

 

「レンは言わなくても分かる。お前さんは言っても殴る」

 

『必要なら殴ります』

 

「ほらな」

 

レンは立体地図を見つめた。

 

二機が別々の世界から入り、同時に最深部へ到達しなければ扉は開かない。

 

どちらかが遅れれば、先に着いた方も進めない。

 

「出発は」

 

カナメが時刻を表示した。

 

「夜明けと同時だ。第三の記憶が何であれ、終端機関ゼロより先に確保する」

 

 

蒼界側格納庫。

 

青と銀の装甲を持つ蒼界機アズールが、整備台からゆっくり立ち上がった。

 

左右の腕と脚を備えた、独立した一体の巨人。

 

胸部の青い半円コアは、赤側の機能を持たない代わりに、精密な位相制御へ全出力を集中できる。

 

同じ時刻。

 

紅界側格納庫では、紅界機フレアが赤と金の全身装甲を展開していた。

 

こちらも単独で走り、飛び、戦うことのできる完全人型機。

 

赤い半円コアは瞬間出力と近接駆動へ特化している。

 

二つの格納庫が一瞬だけ重なった。

 

青い巨人と赤い巨人が、透明な壁を挟んで向かい合う。

 

『競争する?』

 

アカリの声が通信へ届く。

 

「目的地へ同時に着かなければ扉が開かない」

 

『だから、どっちが相手に合わせられるか競争』

 

「それを競争とは呼ばない」

 

『じゃあ勝負』

 

「もっと違う」

 

カナメの声が二人の会話を遮った。

 

『アズール、フレア。発進を許可する』

 

青い射出口が開く。

 

赤い崩落壁が左右へ展開される。

 

レンとアカリは同時に操縦環を握った。

 

「蒼界機アズール、出る」

 

『紅界機フレア、行きます!』

 

青と赤の巨人が、それぞれの朝焼けへ飛び出した。

 

 

蒼界の旧研究区画は、七年前のまま時間を止めていた。

 

白い封鎖壁には汚れ一つなく、立ち入り禁止を示す青い光が規則正しく点滅している。

 

アズールが正面ゲートへ着地した瞬間、無数の小型砲塔が床下から現れた。

 

『識別不能機。侵入を中止せよ』

 

「こちらは境界保全機構ARK-∞所属、蒼界機アズール。第零観測層への通行を申請する」

 

『該当組織は登録されていない』

 

「七年前の機構なら、そうなるか」

 

砲塔の青い照準光が、一斉にアズールの胸へ集まる。

 

『十秒以内に退去せよ』

 

レンの視界に、砲塔の配置と射線が表示された。

 

正面突破なら簡単だ。

 

だが、その後ろには七年前の記録が残されている。

 

破壊すれば、ニルへ続く手掛かりまで失う可能性があった。

 

「アズール。非破壊制圧モード」

 

青い両眼が細く輝く。

 

砲撃が始まった。

 

アズールは巨体を低く沈め、光弾の間を滑るように進む。

 

右足を半歩。

 

左肩をわずかに落とす。

 

紫色の弾が装甲の表面をかすめ、背後の壁へ吸い込まれた。

 

左掌から、小さな青い円環が六つ放たれる。

 

「アイオン・ロック。照準軸だけを止めろ」

 

円環は砲身ではなく、各砲塔の回転基部へ正確に重なった。

 

砲塔が一斉に動きを止める。

 

続いて床下から、人型の自動防衛機が四体起動した。

 

白い細身の装甲。

 

両腕には記憶データを焼却する熱刃が備わっている。

 

一体目がアズールの頭上から斬りかかった。

 

レンは右腕で手首を受け、軌道を外側へ流す。

 

二体目の突きを左の肘で跳ね上げる。

 

三体目が背後から迫る前に、青い脚が床を滑った。

 

アズールは四体の中心へ入り、回転しながら両腕を広げる。

 

掌部コアから薄い円環が幾重にも広がった。

 

「アイオン・サークル!」

 

青い輪が四体の胸部を同時に通過する。

 

装甲は傷つかない。

 

内部の動力だけが一回転分遅れ、四体の動作が完全に停止した。

 

『非破壊制圧を確認。上手です、レンさん』

 

ユナの声に、レンは息を吐く。

 

「壊すより面倒だ」

 

赤い通信環から、アカリの声が入った。

 

『聞こえてるよ。遠回しに私へ言ってる?』

 

「そっちはどうなんだ」

 

『今、壊さないように頑張ってる!』

 

通信の向こうで、何か巨大なものが崩れる音がした。

 

「説得力がない」

 

 

紅界の旧研究区画は、巨大な縦穴へ変わっていた。

 

かつての通路は地底湖へ沈み、折れた梁と配管が複雑に絡み合っている。

 

フレアは両足の推進器を細かく噴かし、崩落面を一段ずつ降下していた。

 

下方から熱風が吹き上がる。

 

赤い視界の中央に、目的地までの距離が表示された。

 

残り二千四百メートル。

 

『アカリさん、右側の地盤に空洞があります。強い衝撃は避けてください』

 

「分かってる。今日は優しく行く」

 

足元の瓦礫が爆発した。

 

白い自動防衛機が三体、地底湖から飛び出す。

 

水に侵食された装甲の隙間から赤黒い光が漏れていた。

 

一体がフレアへ組みつく。

 

アカリは反射的に拳を引いた。

 

だが、背後の壁に無数の記録端末が埋め込まれていることに気づく。

 

ここで殴り飛ばせば、端末ごと砕く。

 

「本当に、面倒!」

 

フレアは拳を止め、敵の腰へ両腕を回した。

 

赤い全身装甲の駆動器が低く唸る。

 

「フレア・ドライブ。出力十二パーセント」

 

必要な力だけを瞬間的に解放する。

 

フレアは敵を持ち上げ、壁ではなく地底湖へ静かに投げ落とした。

 

残る二体が左右から熱刃を振るう。

 

アカリは一歩踏み込み、右の敵の懐へ入った。

 

手首を掴み、その熱刃で左の敵の武器だけを切断する。

 

続いて右膝を敵の胸へ当てる。

 

打ち抜かない。

 

装甲の奥にある動力の振動を感じ取る。

 

「そこ!」

 

ごく短い赤光を膝から流し込む。

 

防衛機の動力が停止した。

 

もう一体が背後から腕を回す。

 

フレアは身体を沈め、敵を肩越しに投げる。

 

落下先は地底湖ではなく、崩れ残った整備台だった。

 

白い機体は台へ埋まり、動けなくなる。

 

『記録端末の損傷、ありません』

 

ユナの報告に、アカリは胸を張った。

 

「どう。壊さなかった」

 

レンの声が返る。

 

『最初の一体を地底湖に沈めただろ』

 

「あれは壊してない。少し濡らしただけ」

 

『水深八十メートルだ』

 

「あとで引き上げればいいでしょ」

 

二人の通信へ、カナメが割り込む。

 

『会話はそこまでだ。両機とも第一隔壁へ到達する』

 

アズールの前には青い巨大扉。

 

フレアの前には赤錆に覆われた同じ形の扉。

 

二つの世界で、胸部コアと同じ半円の窪みが光っていた。

 

 

「青側認証、準備完了」

 

『赤側も準備できた』

 

レンとアカリは、機体の右掌を扉へ重ねた。

 

アズールの青いコアが回転する。

 

フレアの赤いコアが燃え上がる。

 

『認証は完全同時でなければ失敗します』

 

ユナが二人の拍動を表示した。

 

わずかにずれている。

 

レンは数字を見た。

 

アカリは目を閉じた。

 

『レン。数えないで』

 

「何?」

 

『戦ったときみたいに、呼吸で合わせる』

 

「通信には遅延がある」

 

『でも、分かるでしょ』

 

レンは表示された数値を消した。

 

通信の向こうにある、アカリの呼吸だけを聞く。

 

吸う。

 

止める。

 

吐く。

 

二人の胸で、ペンダントの黄金線が明滅した。

 

「今だ」

 

『うん』

 

青と赤の掌部コアが同時に光る。

 

二つの扉が、世界を越えて同じ音を立てた。

 

巨大な歯車が一段回転し、第零観測層への道が開く。

 

その先には、二つの世界のどちらにも属さない白い空間が広がっていた。

 

 

アズールとフレアは、完全な機体のまま白い空間へ進んだ。

 

青い装甲にも、赤い装甲にも、白い光が均等に反射している。

 

ここでは蒼界と紅界の景色が重ならない。

 

最初から一つしかない場所のように見えた。

 

二機の前に、巨大な円形格納庫が現れる。

 

中央には人間が通れるほどの小さな扉があった。

 

『この先は機体で進めません』

 

ユナが内部構造を解析する。

 

『両機を待機状態にして、徒歩で進んでください』

 

アズールとフレアが、それぞれ格納台へ膝をつく。

 

青と赤の転送光が降り、レンとアカリはリンクスーツ姿で床へ降り立った。

 

二人は同じ白い床へ立っている。

 

けれど、まだ互いへ触れることはできない。

 

レンが手を伸ばすと、指先はアカリの肩を光のように通り抜けた。

 

「ここでも駄目か」

 

『でも、同じ場所には見える』

 

「見えるだけだ」

 

『前より近いよ』

 

アカリは先に歩き出した。

 

レンもその横へ並ぶ。

 

二人の足音は一つの廊下に重なって聞こえた。

 

 

最深部の部屋には、古い写真が一枚だけ残されていた。

 

透明な保存板の中で、三人の子どもが笑っている。

 

黒髪の少年。

 

赤褐色の髪の少女。

 

そして二人の間に立つ、白い髪の幼い少女。

 

レンは息を呑んだ。

 

「俺だ」

 

『こっちは私……』

 

写真の中のレンとアカリは、今よりずっと幼い。

 

二人は白い髪の少女と手を繋いでいた。

 

三人とも、胸元には小さな歯車の飾りを下げている。

 

ただし、写真の左端には不自然な余白があった。

 

何も写っていない白い床へ、黒い靴先の影だけが落ちている。

 

レンが保存板の情報表示へ触れる。

 

『撮影時生体反応、四名』

 

表示された人数は四人。

 

だが写真に見えるのは、レン、アカリ、ニルの三人だけだった。

 

「一人、消されている」

 

『写真から?』

 

「違う。光の向きが不自然じゃない。像だけを消したなら、影まで残るはずがない」

 

アカリは黒い靴先の影を見つめた。

 

『じゃあ、この写真自体が、誰かを思い出せない世界の方へ書き換わった……?』

 

レンのペンダントで、白い光が痛むように明滅した。

 

写真の下に、日付と文字が刻まれていた。

 

『二一八九年六月十二日。N-0情動学習、最終日』

 

『被験協力者、蒼羽レン。緋月アカリ』

 

アカリが写真へ顔を近づける。

 

『こんな子、知らない』

 

「俺も覚えていない」

 

『でも、私たちだよ。この服、覚えてる。研究区画のお祭りの日に着てた』

 

レンも覚えていた。

 

アカリが飲み物をこぼし、二人で職員に叱られた日。

 

その記憶の中に、白い髪の少女はいない。

 

不自然なほど、きれいに切り取られている。

 

二人のペンダントが白く輝いた。

 

部屋の中央に、古い記録映像が浮かぶ。

 

白衣を着た研究員たち。

 

巨大な黄金円環。

 

透明な部屋の中で、幼いニルが目を開く。

 

『端末N-0、記憶同期を開始』

 

記録音声が響く。

 

『青側と赤側、二つの未来予測を同時保持。感情模倣率、九十六パーセント』

 

幼いレンが透明な壁の向こうからニルへ手を振る。

 

幼いアカリが何かを叫び、研究員に止められながら部屋へ入ろうとしている。

 

ニルは最初、二人を無表情に見ていた。

 

やがて、ぎこちなく手を振り返す。

 

場面が飛ぶ。

 

三人が床に座り、一つの歯車飾りを青と赤に分けている。

 

ニルが二つの欠片を見つめ、小さく尋ねた。

 

『私は、どっち?』

 

幼いレンが答える。

 

『どっちでもないなら、真ん中でいい』

 

アカリが笑う。

 

『真ん中は、一番大事なところだよ』

 

映像が激しく乱れた。

 

警報音。

 

逆回転する巨大歯車。

 

七年前の災害が始まろうとしている。

 

その瞬間、部屋全体へ紫色の亀裂が走った。

 

記録映像が途切れる。

 

「来る!」

 

レンがアカリの前へ出た。

 

白い壁が斬り裂かれ、黒銀の巨人の刃が格納庫へ突き刺さる。

 

損傷した左肩を白い仮装甲で覆い、片方の黒翼だけを広げたZC-01ヴァイス。

 

『その記録から離れろ』

 

カインの声が響く。

 

「まだ傷が治っていないようだな」

 

『お前たちに心配される理由はない』

 

ヴァイスが刃を引く。

 

円形格納庫の天井が崩れ始めた。

 

アカリが赤い転送環へ飛び込む。

 

『続きを見るためにも、まずあいつを追い返す!』

 

レンも青い光へ身を投じた。

 

「同感だ」

 

アズールの両眼が青く灯る。

 

フレアの胸部コアが赤く燃える。

 

二機の完全人型機が同時に立ち上がり、白い空間でヴァイスと向かい合った。

 

 

最初に踏み込んだのはフレアだった。

 

赤い拳がヴァイスの仮装甲へ迫る。

 

カインは黒銀の刃で受け止め、力の方向を横へ流した。

 

『同じ手が何度も通じると思うな』

 

ヴァイスの膝がフレアの腹部を打つ。

 

フレアが後方へ押される。

 

その背を、アズールの両腕が受け止めた。

 

「一人で突っ込むな」

 

『先に行くって言ってない。レンが遅いの』

 

「言い争うなら後だ」

 

アズールがフレアの肩を押し返す。

 

その反動を受け、フレアは再び前へ飛び出した。

 

ヴァイスが位相をずらす。

 

赤い拳が黒銀の身体をすり抜けた。

 

次の瞬間、ヴァイスは蒼界側の位相へ現れ、アズールの背後から刃を振るう。

 

レンは振り向かず、左掌を床へ向けた。

 

「アイオン・トレース」

 

青い円環が床一面に広がる。

 

ヴァイスが通過した位相の揺らぎが、足跡のように浮かび上がった。

 

「アカリ。次は三時方向、〇・七秒後」

 

『了解!』

 

ヴァイスが再び姿を消す。

 

〇・七秒後。

 

紅界側の位相へ現れた瞬間、フレアの肘が仮装甲を打ち抜いた。

 

白い肩装甲が砕ける。

 

カインの呼吸が乱れた。

 

『合体せずに、俺の移動を読んだだと』

 

「アズールが入口を見つける」

 

『フレアが出口で殴る』

 

二機は背中合わせに立った。

 

一つの身体になる必要はない。

 

別々の完全な機体だからこそ、二つの位相を同時に塞ぐことができる。

 

ヴァイスが黒い翼を広げた。

 

数十本の紫色の刃が、格納庫の記録柱へ向かう。

 

「記録を消すつもりか!」

 

『記憶は迷いを生む。存在しない少女の記録など、残す価値はない』

 

アズールが記録柱の前へ立つ。

 

両掌から青い円環を展開し、紫の刃を一枚ずつ空中へ固定する。

 

一本。

 

五本。

 

十二本。

 

数が多すぎる。

 

円環に亀裂が走り、アズールの腕部装甲が震えた。

 

「まだだ」

 

『レン、全部止めようとしないで!』

 

「一つでも通せば、記録が消える!」

 

フレアはヴァイスへ向かおうとした。

 

しかし崩れた天井が、アズールの背後へ落ちてくる。

 

アカリは進路を変えた。

 

フレアが落下する巨大梁の下へ入り、両腕で受け止める。

 

赤い脚が白い床へ沈み込む。

 

「フレア・ドライブ!」

 

全身の金色機構から熱が噴き出す。

 

梁の落下が止まった。

 

『こっちは私が支える。レンは刃を止めて!』

 

「しかし――」

 

『任せるって覚えたでしょ!』

 

レンは一瞬だけ目を閉じた。

 

「分かった。任せる」

 

アズールの演算領域が、紫の刃だけへ集中する。

 

青い円環が次々と角度を変えた。

 

刃を正面から止めるのではない。

 

軌道をわずかにずらし、互いを衝突させる。

 

紫光が連鎖して砕けた。

 

フレアは梁を横へ投げ捨てる。

 

記録柱はすべて無事だった。

 

『これで終わり!』

 

フレアがヴァイスへ踏み込む。

 

カインは刃を正面へ構えた。

 

だが、その足元を青い円環が捉える。

 

「アイオン・ロック!」

 

ヴァイスの身体が蒼界側へ固定された。

 

『この程度で――』

 

カインが強引に位相をずらす。

 

固定を抜けた先は紅界側。

 

そこには、赤い拳を引いたフレアが待っていた。

 

『そこは私の間合い!』

 

「フレア・バースト!」

 

赤い拳がヴァイスの胸へ突き刺さる。

 

黒銀の機体が大きく吹き飛び、白い壁へ激突した。

 

しかしカインは倒れない。

 

ヴァイスの胸部が開き、黒い円が現れた。

 

『ゼロ・ディバイド』

 

光を吸い込む黒い波が、格納庫全体へ広がる。

 

触れた床から色が消えた。

 

青い円環も、赤い炎も、輪郭を失っていく。

 

『この出力は二機では相殺できません!』

 

ユナが叫ぶ。

 

『フェイズ・ドッキングを!』

 

レンは合体手順を呼び出した。

 

だが、白い少女の声が二人の操縦席へ届く。

 

『ここでは、重ならないで』

 

「ニル?」

 

『黄金の輪が回ったら、残った記憶まで壊れる』

 

黒い波が迫る。

 

合体すれば、インフィナイトの出力で押し返せる。

 

しかし、その力が第零観測層そのものを崩壊させる。

 

アカリが操縦環を握り直した。

 

『だったら、このまま止める』

 

「二機では出力が足りない」

 

『身体を一つにしなくても、コアは繋げられるんでしょ』

 

レンは胸部コアの表示を見る。

 

青い半円。

 

その向こうに、赤い半円がある。

 

二機は完全な機体として離れている。

 

だが、ツイン・ギア・コアの権能はもともと一つだった。

 

「ユナ。二機の位相出力だけを接続できるか」

 

『理論上は可能です。ただし機体制御まで共有すれば、合体と同じ負荷が――』

 

「制御は共有しない。俺はアズールを動かす」

 

『私はフレアを動かす。繋ぐのは力だけ!』

 

二人のペンダントが輝いた。

 

青と赤の胸部コアから、細い黄金線が伸びる。

 

アズールとフレアの間に、巨大な光の歯車が形成された。

 

『新規接続方式を確認。ツイン・ギア・リンク!』

 

青い機体は青いまま。

 

赤い機体は赤いまま。

 

二機は分離形態を保ちながら、互いの出力を黄金の輪へ送り込む。

 

レンが左掌を黒い波へ向けた。

 

アカリが右拳を引く。

 

「蒼き理で、道を固定する!」

 

『紅き意志で、その先を打ち抜く!』

 

青い円環が黒い波の中央へ一本の通路を作る。

 

フレアがその中へ飛び込んだ。

 

消滅光が赤い装甲を削る。

 

それでも止まらない。

 

アズールは円環を維持しながら、一歩ずつ前へ進む。

 

二つのペンダントが黄金に燃え上がった。

 

「クロス・ギア――」

 

『インパクト!』

 

フレアの拳が、黒い波の中心にあるヴァイスの胸部コアへ届いた。

 

同時にアズールの青い円環が、衝撃を逃がさないようヴァイスの全身を固定する。

 

赤い破壊力と青い制御力が、黒銀の機体内部で一つになる。

 

黄金の衝撃が炸裂した。

 

ゼロ・ディバイドが内側から砕ける。

 

ヴァイスの胸部装甲が弾け、カインが苦痛の声を漏らした。

 

『合体せずに、ツイン・ギアの力を……』

 

「これがアズールとフレアの戦い方だ」

 

『私たちは、離れていても二人だから!』

 

ヴァイスは残った黒翼で紫色の亀裂を開いた。

 

『ニルの記録を見れば、お前たちは自分が生き残ったことを後悔する』

 

「それを決めるのは、お前じゃない」

 

『次は逃がさないから!』

 

ヴァイスが亀裂の奥へ後退する。

 

カインの声だけが最後に残った。

 

『あの少女が、二つの世界を作った』

 

亀裂が閉じた。

 

 

黒い波が消えると、停止していた記録映像が再び動き始めた。

 

七年前。

 

研究区画を白い光が呑み込もうとしている。

 

幼いレンとアカリが、崩れた通路の両側で手を伸ばしていた。

 

巨大なインフィニティ・ギアは制御を失い、青と赤の未来予測を高速で切り替えている。

 

青側の未来では、アカリが死ぬ。

 

赤側の未来では、レンが死ぬ。

 

どちらを選んでも、一人しか生き残れない。

 

透明な部屋の中で、幼いニルが二つの映像を見つめていた。

 

研究員の声が響く。

 

『N-0、未来を一つに固定しろ。損失の少ない方を選べ』

 

ニルは動かない。

 

『命令を実行しろ。選べ』

 

青い右目に、泣き叫ぶレンが映る。

 

赤い左目に、手を伸ばすアカリが映る。

 

ニルは初めて、命令に逆らった。

 

『選ばない』

 

その直前、記録音声へ別の声が混じった。

 

幼い少年の声だった。

 

『どっちかしか残せないなら、真ん中に道を――』

 

激しい雑音が言葉の続きを削り取る。

 

映像の端に黒い識別帯が映り、記録番号K-0が点灯した。

 

直後、白衣姿のアウレルが画面外の操作卓へ手を伸ばす。

 

『不要データを切断。N-0、選択を続行しろ』

 

少年の声も、黒い影も、観測記録から消えた。

 

研究員たちがざわめく。

 

『どちらか一つだ。それ以外の未来は存在しない』

 

ニルは、三人で分けた歯車飾りを握った。

 

『レンが生きる未来も、アカリが生きる未来も、消さない』

 

『そんなことをすれば、世界そのものが――』

 

ニルの両目から、青と赤の光が溢れた。

 

『二つとも、未来にする』

 

ニルの両手は青と赤だけへ向けられていたのではない。

 

掌の間へ、色のない一点を作ろうとしていた。

 

だが、その中心に何があったのかだけは、記録が完全に欠落している。

 

巨大なギアが停止した。

 

次の瞬間、逆方向へ二重に回転する。

 

青い光と赤い光が地球全体を走り、世界が二つへ裂けていく。

 

幼いレンとアカリの間に、ニルが白い光として立っていた。

 

彼女は二人へ手を伸ばす。

 

『ごめんね』

 

『二人を助ける方法、これしか分からなかった』

 

白い光が弾けた。

 

蒼界ではレンが生き残り、アカリが失われた。

 

紅界ではアカリが生き残り、レンが失われた。

 

そしてニルは、二つの世界の間へ取り残された。

 

記録映像の中の少女が、現在のレンとアカリを見た。

 

過去の映像ではない。

 

今、こちらを見ている。

 

『思い出してくれた?』

 

レンは答えられなかった。

 

アカリの瞳から涙がこぼれる。

 

『ごめん。まだ、全部は……』

 

ニルは寂しそうに笑った。

 

『うん。知ってる』

 

『私が世界を分けたとき、二人の中から私の記憶も切れちゃったから』

 

「君は、俺たちを助けるために世界を二つへ分けたのか」

 

『私は、二人とも消したくなかった』

 

「今、どこにいる」

 

ニルの姿に黒い雑音が走る。

 

『ゼロの中』

 

『白い部屋で、ずっと待ってる』

 

アカリが画面へ手を伸ばした。

 

『必ず迎えに行く』

 

ニルの赤い左目が、わずかに揺れる。

 

『でも、私をここから出したら――』

 

警告音が鳴った。

 

記録領域が急速に消えていく。

 

アウレル・ゼロの顔が一瞬だけ映った。

 

『不要な記憶は、未来を濁らせる』

 

白い部屋が崩れ始める。

 

レンは青いペンダントを記録端末へ押し当てた。

 

アカリも赤いペンダントを掲げる。

 

「全部は無理でも、残せるだけ残す!」

 

『ニル、手を伸ばして!』

 

少女が二人へ両手を伸ばす。

 

青と赤のペンダントへ、白い光が流れ込んだ。

 

記録映像が消える直前、ニルの声が届く。

 

『私を出したら、二つの世界は――』

 

そこで通信は途切れた。

 

最後の言葉を聞くことはできなかった。

 

 

ノア・ギアへ帰還した後も、レンとアカリはしばらく口を開かなかった。

 

作戦室には、回収された記録の一部が浮かんでいる。

 

ニルが未来を二つに分けた瞬間。

 

蒼界と紅界の誕生。

 

そして、彼女自身の消失。

 

ユナが慎重に解析結果を告げる。

 

「映像に改ざんされた痕跡はありません。ただし、記録全体の七割以上が失われています。これが真実のすべてとは断定できません」

 

ユナは写真から抽出した四人目の反応を表示した。

 

「特に、K-0と呼ばれた人物の情報は、顔、声紋、氏名、事故後の生存記録まで連鎖的に欠落しています。単なる映像削除ではありません」

 

「世界が分かれたとき、その人物だけが両方の歴史から外れた可能性があるのか」

 

レンの問いに、ユナは慎重に答える。

 

「現時点では仮説です。ただ、ニルが作ろうとした色のない中心点と、K-0の消失時刻は一致します」

 

カナメも頷く。

 

「終端機関ゼロが意図的に残した可能性も捨てるな」

 

アカリが赤い通信窓の向こうで拳を握る。

 

『それでも、ニルが私たちを助けたことは本当だと思います』

 

「理由は」

 

『覚えてないのに、あの子の声を聞くと胸が痛い。たぶん、私の中に消え切らなかった記憶がある』

 

レンは青いペンダントを見る。

 

内部に保存された白い光が、鼓動のように明滅している。

 

「俺も同じです」

 

カナメは二人の表情を見た。

 

「ならば次の目的は決まった。人型端末ニルの所在を特定する」

 

「そして救出する」

 

『本人に、全部聞く』

 

二人の声が重なった。

 

しかしレンの胸には、ニルが言い残した言葉が残っていた。

 

私を出したら、二つの世界は――。

 

その先に続くものは、救いなのか。

 

それとも、新たな崩壊なのか。

 

 

光の届かない白い広間。

 

損傷の増えたヴァイスが、片膝をついていた。

 

カインは操縦席から降りると、アウレル・ゼロへ歩み寄った。

 

「ニルが世界を分けたという記録。あれは事実か」

 

「事実の一部だ」

 

「なぜ、あの二人から記憶を消した」

 

アウレルは答えない。

 

白い広間の奥で、ニルが透明な壁に手を当てている。

 

青い右目から涙が落ちる。

 

赤い左目は、何かを恐れるように閉じられていた。

 

カインがもう一度問う。

 

「あの少女を外へ出せば、何が起きる」

 

アウレルはゆっくりと振り返った。

 

「蒼界と紅界を隔てる境界が消える」

 

「世界が元に戻るのか」

 

「違う」

 

アウレルの背後に、二つの地球が映し出される。

 

青い地球。

 

赤い地球。

 

その中央へ、色のない第三の地球が浮かび上がった。

 

「二つとも、終わる」

 

透明な壁の向こうで、ニルが小さく呟く。

 

『だから、見つけてほしかった』

 

『助けてほしいんじゃない』

 

『私を、止めてほしい』

 

白い光が消える。

 

二つの世界の空に一瞬だけ、色のない巨大な歯車が浮かんだ。

 

レンとアカリのペンダントで、三つ目の記憶が静かに脈打ち始めた。




お読みいただきありがとうございます。

第3話では、アズールとフレアが合体せず、互いの力だけを結ぶ「ツイン・ギア・リンク」が誕生します。第零観測層で明らかになるニルの選択と、消された第四の人物K-0。その先に現れた色のない歯車が、第4話「色のない明日」へつながります。

【初めて読む方向け 人物・固有名詞ガイド】

- 人型端末ニル

青い右目と赤い左目を持つ白髪の少女。二つの未来を同時に保持するため造られ、幼いレンとアカリとの交流から感情を学んだ。両方を救うため命令へ逆らい、世界を二つへ分けた。

- 第零観測層〈だいれいかんそくそう〉

旧研究区画の地下七層より深くに隠された、公式設計図に存在しない観測区画。蒼界と紅界の分裂後も、どちらか一方へ属さず同じ構造を保っている。

- N-0〈エヌゼロ〉

ニルへ与えられていた研究上の識別番号。二つの未来予測と人間の感情を同時に学習する人型端末であることを示す。

- K-0〈ケーゼロ〉

七年前の写真では生体反応と影だけが残り、顔と氏名が両世界の記録から消えた第四の協力者。ニルへ第三の道を示した可能性があるが、本話では正体を断定できない。

- 蒼界機アズール

レンが操縦する青い完全人型機。蒼界側の自動防衛機を破壊せず停止させ、精密な位相制御で記録を守りながら進む。

- 紅界機フレア

アカリが操縦する赤い完全人型機。大出力を細かく調整し、崩落した紅界側の施設と記録端末を壊さず突破することで、力を制御する成長を示す。

- 自動防衛機

旧研究区画を守る無人機。七年前の識別情報で動いているためARK-∞を味方と認識せず、侵入者と判断して攻撃する。

- アイオン・サークル

アズールが複数の青い円環を一斉展開し、対象の動力周期だけを遅らせる非破壊制圧技。

- アイオン・トレース

アズールが対象の位相移動で残る揺らぎを足跡のように可視化し、次に現れる場所と時刻を予測する索敵技。
- ツイン・ギア・リンク

アズールとフレアが分離形態を保ったまま、機体制御を共有せず、青と赤のコア出力だけを黄金の歯車で接続する連携方式。

- クロス・ギア・インパクト

アズールの位相固定で一本の道を作り、フレアの打撃をその中心へ通す分離形態専用攻撃。本話ではヴァイスのゼロ・ディバイドを内側から破った。

- ゼロ・ディバイド

ヴァイスが胸部の黒い中枢から放つ消去波。青と赤の色、位相出力、物体の輪郭を区別なく奪う。

- ZC-01ヴァイス

カインが操る黒銀機。本話では第2話で受けた損傷を仮装甲で補い、第零観測層の記録を消すため侵入する。

- カイン・ヴァイス

ヴァイスの操縦者。ニルの記録を敵視する一方、K-0の痕跡やニルの名へ理由の分からない反応を示す青年。

- アウレル・ゼロ

終端機関ゼロの指導者。七年前の研究では選択命令を出す主任権限を持ち、現在もニルと失われた記録を管理している。

- 第三の記憶

蒼界の青い記憶、紅界の赤い記憶のどちらにも含まれず、世界の狭間へ残された白い記憶。ニルが二人を救うため世界を分けた事実と、消された第四の人物の痕跡を含む。

- 色のない第三の世界

アウレルが投影した、青にも赤にも属さない世界。本話では正体不明だが、ニルを救出したとき蒼界と紅界を消す危険と関係している。

【第4話への扉】

ニルの記憶を持ち帰ったことで、色のない領域へ接続する封印が動き始めた。レンとアカリは、ニルを消すことも、今すぐ救出して二世界を危険へさらすことも選ばず、まず世界を固定する境界杭を探すことになる。
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