【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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失ったものが戻る世界は、本当に幸福なのか。

痛みのない偽物より、傷ついた現実を選ぶため、青と赤は色のない世界へ踏み込む。


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第二篇「ゼロ・アンカー篇」
改訂版 第4話 色のない明日


第二篇「ゼロ・アンカー篇」

第4話 色のない明日

 

 

 

 

 

 色のない巨大な歯車が、たった一歯だけ回った。

 

 それだけで、二つの世界から色が消え始めた。

 

 蒼界(そうかい)の白銀の街で、高層建築が灰色へ変わっていく。

 

 自動車の誘導灯も、避難経路を示す青い線も、白い染みへ塗り替えられていった。

 

 蒼羽レン(あおば・れん)は青銀の機体アズールを走らせ、侵食区域へ向かう。

 

 正面画面の左半分から、街の色が抜け落ちていた。

 

『侵食境界まで百二十メートル』

 

 アズールの機体AIが、静かな中性音声で告げる。

 

『色彩情報の消失に続き、温度、音響、個体識別情報が低下しています』

 

「個体識別情報?」

 

『対象を、他のものと区別するための情報です』

 

 白くなった交差点で、幼い少年が立ち尽くしていた。

 

 その隣で、母親らしい女性が必死に何かを叫んでいる。

 

 だが、声は聞こえない。

 

 少年は、見知らぬ人を見る目で女性を見上げていた。

 

 色だけではない。

 

 二人が親子であるという違いまで、消されかけている。

 

「アズール。二人を固定する」

 

『肉体座標と記憶座標、どちらを優先しますか』

 

「両方だ」

 

『要求難度が高すぎます』

 

「できないとは言っていない」

 

 一拍置いて、青い計器が開いた。

 

『操縦者の回答傾向を学習しました』

 

「何を」

 

『無理を要求するときだけ、声が少し明るくなります』

 

「解析項目から外してくれ」

 

『拒否します。重要な生体情報です』

 

 アズールが両掌を広げる。

 

「アイオン・ロック!」

 

 青い円環が親子を包み、白い侵食を押し止めた。

 

 女性の声が戻る。

 

「私よ! お母さんよ!」

 

 少年の瞳に、少しずつ光が戻った。

 

「おかあ、さん……?」

 

 レンは二人を避難艇へ収容する。

 

 その背後で、色のない歯車が、もう一段動きかけた。

 

 

 同じ時刻。

 

 紅界(こうかい)では、赤い空が白く濁っていた。

 

 崩れた共同居住区の壁から、色のない腕が何本も伸びている。

 

 住民を助けようとした緋月アカリ(ひづき・あかり)へ、壁と同じ白い手が迫った。

 

 赤金の機体フレアが、その間へ滑り込む。

 

『接触を避けてください』

 

 フレアの機体AIが警告する。

 

 アカリは操縦環を倒し、フレアを横へ跳ばした。

 

 白い手が赤金の肩をかすめる。

 

 触れられた部分から、装甲の赤色が一瞬だけ消えた。

 

「警告が一秒遅い!」

 

『操縦者の突入が一・三秒早すぎました』

 

「残り〇・三秒は?」

 

『当機の譲歩です』

 

「機体に譲歩された!」

 

 フレアは白い腕を避けながら、崩れた防壁を両腕で持ち上げた。

 

 赤い光が、装甲の隙間から噴き出す。

 

「フレア・ドライブ、出力十八パーセント!」

 

 防壁の下に閉じ込められていた住民たちが走り出す。

 

 最後の一人が抜けた直後、壁全体から音が消えた。

 

 炎は揺れているのに、燃焼音がない。

 

 瓦礫は落ちているのに、衝突音が聞こえない。

 

 無音の中で、赤いペンダントだけが白く明滅した。

 

『第一の杭が、目を覚ました』

 

 かすかな少女の声。

 

 アカリは息を呑んだ。

 

「ニル!? どこから話してるの!」

 

『色が、なくなる前に……』

 

 通信が途切れる。

 

 白い腕が、一斉にアカリへ向いた。

 

『退避経路を表示します』

 

 フレアの機体AIが、赤い道を一本だけ描く。

 

「一本?」

 

『安全と判定できる経路は、一本です』

 

「なら、その横にもう一本作る!」

 

 フレアが白い腕の間へ飛び込む。

 

 赤い拳が地面を打ち、新しい避難路を開いた。

 

『操縦者の回答傾向を学習しました』

 

「それ、レンの方でも言われた気がする!」

 

 

 境界航行母艦(きょうかいこうこうぼかん)ノア・ギアの作戦室。

 

 青い地球と赤い地球の間に、色のない球体が投影されていた。

 

 艦長の御堂カナメ(みどう・かなめ)が、拡大し続ける白い領域を見つめる。

 

 戦術解析担当の白瀬ユナ(しらせ・ゆな)は、観測波形を三層へ分解した。

 

「この侵食は、蒼界と紅界の位相差を消しています」

 

「二つの世界が一つへ戻るのか」

 

 レンの問いに、ユナは首を横へ振る。

 

「違います。違いを残したまま重ねるのではなく、違いそのものを消しています」

 

 色のない球体の内部へ、消えた街や、存在しなかった道路が浮かんだ。

 

 顔のない人影が、行き先もなく歩いている。

 

「便宜上、この疑似世界を零界(れいかい)と呼びます。終端機関ゼロが、これまで消してきた可能性の集積領域です」

 

「消したものを、溜めていたのか」

 

「はい。そして今、それを正解として上へ被せようとしています」

 

 ユナは波形の名前を書き加えた。

 

「広がっている波は零界波(れいかいは)。色、記録、関係、最後には存在の区別まで上書きします」

 

 アカリが通信窓の向こうで、赤いペンダントを握った。

 

『これ、ニルが出してるの?』

 

「いいえ」

 

 ユナは球体の周囲へ、三本の黒い杭を表示する。

 

 そのうち一本だけが、白紫色に脈打っていた。

 

「ゼロ・アンカー。零界を二つの世界へ打ち込むための境界杭です」

 

「三本とも起動したら」

 

「蒼界と紅界は、零界に上書きされます」

 

 室内の空気が重くなった。

 

 整備主任の真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)が、二つのペンダントの記録を開く。

 

「最初の杭が起きたのは、お前らがニルの記憶を持ち帰った直後だ」

 

 レンの視線が下がった。

 

「俺たちが、起こしたのか」

 

『因果関係を訂正します』

 

 アズールの機体AIが割り込む。

 

『記憶の回収は起動条件の一つです。しかし、杭を設置した行為とは区別すべきです』

 

『責任転嫁先として操縦者を選ぶことは、問題解決に寄与しません』

 

『言い方は硬いけど、そういうこと』

 

 アカリがレンを見る。

 

『思い出したことを、悪いことにしないで』

 

 カナメが、選択肢を二つ表示した。

 

 一つ。

 

 ペンダントと二機の記憶域に保存されたニルの記録を消去し、第一アンカーとの接続を切る。

 

 もう一つ。

 

 零界へ侵入し、起動した杭を破壊する。

 

「記録を消せば、侵食は一時停止する可能性が高い。ただし、ニルの所在へ続く手掛かりも失われる」

 

『却下』

 

 アカリが即答した。

 

「説明はまだ終わっていない」

 

『最後まで聞いても却下です』

 

「知っている。確認のために言った」

 

『艦長まで予測済み!』

 

 レンは拡大速度の数字を見る。

 

 避難区画へ達するまで、五十二分。

 

 零界へ侵入できる保証はない。

 

 それでも記録を消せば、ニルはもう一度、誰の記憶からもいなくなる。

 

「記録は消さない」

 

 レンが言った。

 

「だが、ニルも今すぐは解放しない。先に杭を壊して、彼女を助けても二つの世界が消えない状態を作る」

 

 アカリが頷く。

 

『同じ答え』

 

「今度は、どちらが先でもいい」

 

『少し成長したね』

 

「君にだけは言われたくない」

 

 カナメが作戦卓を閉じた。

 

「目標は第一ゼロ・アンカーの破壊、および零界の構造調査。ニル救出は、まだ行わない」

 

 二人が同時に答える。

 

「了解」

 

『了解』

 

「必ず戻れ」

 

 命令の形をしていたが、語尾だけが少し違っていた。

 

 

 青側格納庫で、蒼界機アズールが立ち上がる。

 

 赤側格納庫では、紅界機フレアが赤金の装甲を展開した。

 

『フェイズ・ドッキングは禁止します』

 

 ユナが念を押す。

 

『零界の内部で黄金出力を発生させれば、残る二本の杭まで起こしかねません』

 

「合体はしない」

 

『でも、つながっては行く』

 

 二つのペンダントが、胸部コアへ重なった。

 

 青と赤の機体の間に、細い黄金線が生まれる。

 

ツイン・ギア・リンク

 

『接続率二十四パーセント。青側記憶域、正常』

 

『赤側記憶域、正常。未回収の水没防衛機について、六回目の通知があります』

 

『今ここで言う!?』

 

『七回送ると言っていた』

 

『レンは覚えてなくていいの!』

 

『訂正。蒼羽レンは記録保持に成功しています』

 

「優秀だな」

 

『そっちのAIまで敵に回らないで!』

 

 ゲンゴの笑い声が、整備回線へ響いた。

 

『発進前に笑わせるな。固定具が外せん』

 

 カナメが、色のない門を開く。

 

『アズール、フレア。零界へ進入せよ』

 

「蒼界機アズール、出る」

 

『紅界機フレア、行きます!』

 

 

 零界には、空がなかった。

 

 白い地面の上下へ、街が浮かんでいる。

 

 壊れていない旧研究区画。

 

 慰霊碑のない公園。

 

 蒼界と紅界のどちらにも存在しない学校。

 

 アズールが白い道路へ降り立つ。

 

 足音は鳴らない。

 

 フレアが隣へ着地しても、地面は揺れなかった。

 

『外部音響、消失』

 

『温度差、消失』

 

『機体間通信だけは、保たれています』

 

「リンクを切るな」

 

『切らないよ』

 

 白い通学路の先に、二人の人影がいた。

 

 黒髪の少年。

 

 赤褐色の髪の少女。

 

 今のレンとアカリと、同じ年頃の姿だった。

 

 二人は同じ制服を着て、隣り合って歩いている。

 

 何も失わなかった顔で笑っていた。

 

『私たち……?』

 

「違う。そう見せているだけだ」

 

 それでもレンは、目を逸らせなかった。

 

 白い街の二人には、世界一つ分の距離がない。

 

 手を伸ばせば、触れられる。

 

 声に雑音が混じることもない。

 

『ここなら、七年前に誰も死ななかった』

 

 知らない声が、操縦席の内側へ響いた。

 

『青い世界も、赤い世界も忘れればいい』

 

『最初から、二人はここで生きていた』

 

 アズールの青い画面へ、存在しない記憶が流れ込む。

 

 アカリと同じ学校へ通った朝。

 

 帰り道に飲み物を分けた午後。

 

 七年前の事故が、何事もなく終わった夜。

 

 フレアの操縦席にも、別の記憶が広がった。

 

 助けを求める住民はいない。

 

 崩れる建物もない。

 

 毎日、レンと同じ食卓を囲んでいる。

 

 二機を結ぶ黄金線が、細くなった。

 

 白い影が、空のない空間から降りてくる。

 

 人型ではあるが、顔も紋章もない。

 

 装甲は白ですらなかった。

 

 色という性質そのものを持たない、透明な灰色。

 

 胸部には、文字を消された平らな円が埋め込まれている。

 

『識別、F-02ブランク』

 

『選択には痛みが伴う』

 

 ブランクの胸部円が回った。

 

『選ばなければ、後悔も生まれない』

 

 両掌から、色のない波が放たれる。

 

『ゼロ・リライト』

 

 白い波が、二機を呑み込んだ。

 

 

 レンは、青い街の歩道へ立っていた。

 

 制服を着ている。

 

 隣には、同じ制服のアカリがいた。

 

「今日、研究区画へ寄る?」

 

「行かない」

 

 レンは自然に答えた。

 

 危険な場所へ行く理由などない。

 

 ここでは七年前の事故も、世界分裂も起きていない。

 

 アカリが手を差し出す。

 

「じゃあ帰ろう」

 

 欲しかった未来だった。

 

 七年間、夢の中で何度も追いかけた。

 

 レンがその手へ触れようとしたとき、空のどこかで声がした。

 

『第一通知。現在の映像と保存記録に、矛盾を確認』

 

 無機質で、妙に聞き覚えのある声。

 

「誰だ」

 

『アズール機体AI。操縦者の思考保護領域へ退避しています』

 

「アズール?」

 

 目の前のアカリが微笑む。

 

「気にしなくていいよ。ここには戦う機体なんてないから」

 

『第二通知。緋月アカリの右手に、火傷の痕がありません』

 

 レンは、差し出された手を見た。

 

 滑らかな掌。

 

 紅界で七年間、人を助け続けたアカリの手には、もっと多くの傷がある。

 

『第三通知。この世界の地図に、慰霊碑が存在しません』

 

 胸元の青いペンダントが、白く光った。

 

『第四通知。人型端末ニルの記録も、この世界から消失しています』

 

「ニル……」

 

 目の前の少女が首を傾げる。

 

「誰のこと?」

 

『第五通知。操縦者が緋月アカリを呼ぶ際の呼吸変化を、検出できません』

 

「そこまで記録していたのか」

 

『重要な生体情報です』

 

 レンは、差し出された手を見つめた。

 

 このアカリは、自分が望んだ通りに笑う。

 

 だが、紅界で七年間を生きた彼女ではない。

 

 彼女が救った人々も、失って泣いた夜も、前へ進むために選んだ朝も、ここには存在しない。

 

「君がいるだけで、君が生きた時間がない」

 

 幻のアカリの笑顔が止まった。

 

「だから、これは俺が望む未来じゃない」

 

 青い街へ亀裂が走る。

 

 レンは差し出された手を取らず、自分の足で一歩を踏み出した。

 

 偽の空が砕ける。

 

 アズールの操縦席が戻った。

 

 

 アカリは、紅界の地下水路を走っていた。

 

 前方では、住民たちが助けを求めている。

 

 その中心に、レンが立っていた。

 

「アカリ。こっちへ来れば、もう誰も失わない」

 

「待ってて。すぐ行く!」

 

 走っても、走っても、距離が縮まらない。

 

 それでも止まれない。

 

 自分が走らなければ、全員が消えてしまう。

 

『第一通知』

 

 明るい機械音声が、頭の奥で鳴った。

 

『その人物を、蒼羽レンと認定できません』

 

「フレア?」

 

『第二通知。蒼羽レンなら、操縦者を待つ間に周囲の避難を完了させています』

 

 幻のレンは、住民へ手を伸ばそうとしない。

 

 ただ、アカリだけを呼んでいる。

 

『第三通知。蒼羽レンが命令形で「こっちへ来い」と発言した記録は、ありません』

 

「そうだね」

 

 アカリは足を止めた。

 

「レンは危なくても、最後は私に決めさせる」

 

 幻のレンが、笑顔のまま固まる。

 

『第四通知。この場所に、名前を刻んだ柱がありません』

 

 アカリの喉が鳴った。

 

 七年間、一年に一本ずつ線を足した、あの支柱。

 

 あれがない世界は、彼を失わなかった世界だ。

 

 同時に、彼を待ち続けた自分がいない世界でもある。

 

『第五通知。未回収の水没防衛機について――』

 

「今は絶対に関係ない!」

 

『操縦者の発声出力が、正常値へ復帰しました』

 

 アカリは吹き出した。

 

 笑った途端、胸の奥へ本物の痛みが戻ってくる。

 

 失った七年。

 

 助けられなかった人。

 

 遠く離れたままのレン。

 

 どれも、消えてほしい傷だった。

 

 だが、その傷の後で出会った人たちまで、なかったことにはできない。

 

「痛みがないことと、幸せは同じじゃない」

 

 アカリは幻の地面へ拳を叩き込む。

 

「私の七年を、勝手に空白にしないで!」

 

 赤い亀裂が世界を割った。

 

 フレアの操縦席が戻る。

 

 

『レン!』

 

「聞こえている」

 

『遅い!』

 

「君も今、戻ったところだろ」

 

『返事の速さは別問題!』

 

 細くなっていた黄金線が、再び二機を結んだ。

 

『青側記憶域、正常。改変なし』

 

『赤側記憶域も正常。通知機能は、極めて有効でした』

 

『最後の一件以外はね!』

 

『二機の保存記録は、操縦者の現実認識を補助しました』

 

『ただし、偽記憶を拒絶した最終判断は、操縦者本人によるものです』

 

 レンは短く息を吐いた。

 

「それでいい」

 

『うん。それがいい』

 

 白い街が剥がれ落ちる。

 

 その中心から、巨大な黒い杭が現れた。

 

 無数の管を零界の奥へ伸ばし、蒼界と紅界の輪郭を吸い上げている。

 

第一ゼロ・アンカー

 

 その前へ、F-02ブランクが立ち塞がった。

 

『不完全な現実を選択する理由を、確認できません』

 

 アズールが掌を向ける。

 

「誰かに用意された正解より、自分たちで選んだ失敗を信じる」

 

 フレアが拳を引く。

 

『間違えたら、次を選び直す』

 

「そのために、俺たちはここへ来た」

 

 

 ブランクの輪郭が消えた。

 

 次の瞬間、アズールの背後に色のない刃が現れる。

 

『後方、〇・四秒』

 

 レンは振り返らず、青い円環を床へ放った。

 

「アイオン・トレース!」

 

 消えた敵の移動跡が、白い地面へ黒い線となって浮かぶ。

 

 アズールは刃を紙一重でかわした。

 

「アカリ、三時方向。〇・五秒後」

 

『フレア、出力を!』

 

『赤側駆動器、瞬間開放』

 

 赤金の機体が一気に間合いを詰める。

 

 フレアの肘が、出現したブランクの胸へ突き刺さった。

 

 色のない装甲が砕ける。

 

 だが破片は白い粒子となり、第一アンカーへ吸い込まれた。

 

 ブランクの胸部が、元へ戻る。

 

『アンカーから再生出力を受信しています』

 

「なら杭を先に壊す」

 

 アズールの青い円環が第一アンカーへ走った。

 

 ブランクが両腕を広げ、透明な壁を展開する。

 

 円環は、触れた場所から固定される前の状態へ戻されて消えた。

 

『位相固定まで書き換えるの!?』

 

「能力を消しているんじゃない。発動を選ばなかった状態へ戻している」

 

『外殻を走査しました。青と赤、二位相では層が足りません』

 

「足りないのは何位相だ」

 

『どちらでもない一層。当機には観測できません』

 

 ブランクの胸部から、数十本の白い刃が伸びた。

 

 二機へ一斉に向けられる。

 

 その瞬間。

 

 零界の上空へ、紫色の亀裂が走った。

 

 黒銀の巨人が、白い地面へ降り立つ。

 

ZC-01ヴァイス

 

 砕かれた左肩には、新しい白い応急装甲。

 

 失った片翼の位置には、飛行には使えない短い銀色の安定板。

 

 残る一枚の黒銀翼だけが、大きく開いていた。

 

『第一アンカーから離れろ』

 

「断る」

 

『予測済みだ』

 

 レンは一瞬、青い計器へ視線を向けた。

 

『当機の発言ではありません』

 

『敵まで同じこと言い始めた!』

 

『何の話だ』

 

『こっちの話!』

 

 白い刃が三機へ降り注ぐ。

 

 ヴァイスは黒銀の位相刃を振るい、攻撃を切り払った。

 

 その刃先は、アズールでもフレアでもなくブランクへ向いている。

 

『識別対象、ZC-01』

 

『未選択因子を確認。零界安定のため、空白化します』

 

「お前も消去対象らしいな」

 

『アウレルは差異を嫌う。俺は、どの世界にも存在しない最大の差異だ』

 

 フレアがヴァイスの隣へ出た。

 

『だったら、今だけ手を組んで!』

 

『命令するな』

 

『お願いなら?』

 

『断る』

 

『じゃあ勝手に合わせる!』

 

『話を聞け!』

 

 アズールが二機の間へ青い円環を展開する。

 

「杭の外殻には、俺たちが観測できない層がある。君の刃なら届く」

 

『必要だから助けるとでも思ったか』

 

「思っていない。だが、ブランクを壊したい理由は同じだ」

 

 カインは答えなかった。

 

 ブランクが、再びゼロ・リライトを放つ。

 

 色のない波がヴァイスを呑み込んだ。

 

 カインの視界へ、幼い白髪の少女が映る。

 

『カイン』

 

 少女が、その名を知っている。

 

『あなたも、真ん中にいて』

 

「何だ……この記憶は」

 

 ブランクの刃が、止まったヴァイスの胸部へ迫った。

 

 アズールが割り込み、青い両腕で刃を受ける。

 

 装甲から火花が散った。

 

『なぜ助けた』

 

「君が消えたら、K-0の正体を確かめられない」

 

 カインの呼吸が止まる。

 

 『その番号を、どこで見た』

「第零観測層の記録だ。七年前、あの場所に四人目がいた」

 

 ブランクが刃を押し込む。

 

 フレアの蹴りが横から炸裂し、色のない機体を吹き飛ばした。

 

『詳しい話は、全員生きてから!』

 

 アカリはカインへ呼びかける。

 

『ニル本人が、自分を止めてと言った。だから私たちは、あの子を消さずに止める方法を探してる』

 

『世界を守るためにニルを消せと言われたら、どうする』

 

『断る』

 

 今度はアカリが即答した。

 

『止めることと、消すことは同じじゃない』

 

 レンが続ける。

 

「敵に二つの答えだけを渡されて、その中から選ぶ必要はない」

 

『第三の未来を選んだ結果が、この世界分裂だ』

 

「それでも、ニルは俺たちを救った」

 

『今度は、ニル一人に選ばせない』

 

 アカリが拳を構える。

 

『私たちも一緒に背負う』

 

 長い沈黙の後、ヴァイスの位相刃が第一アンカーへ向いた。

 

『杭の外殻は三位相構造だ』

 

「青、赤、そして君の零位相か」

 

『俺が中間層を切る。〇・八秒だけだ』

 

『十分!』

 

「君は何でも十分と言うな」

 

『足りない分は、私たちと二機で足す!』

 

 カインが、呆れたように息を吐いた。

 

『本当に似た者同士だな』

 

「どこを見てそう判断した」

 

『面倒なところです』

 

『……同意する』

 

『敵と機体AIの意見が一致した!』

 

 

 F-02ブランクが、第一アンカーの白い粒子を吸い上げた。

 

 その身体が巨大化していく。

 

 青い円環を生む両腕。

 

 赤い瞬間加速を支える両脚。

 

 黒銀の位相刃と翼。

 

 三機の特徴を、色のない装甲で模した巨体が、空のない零界へ立ち上がる。

 

『差異を統合』

 

『不要な選択を削除します』

 

 巨大ブランクが両掌を合わせた。

 

 零界全体が収縮する。

 

『帰還門消失まで百二十秒!』

 

『時間内に第一アンカーを破壊してください!』

 

「アズール。三機の軌道を固定する」

 

『必要演算量は、通常上限の二・四倍です』

 

「できるか」

 

『できないとは言っていません』

 

 レンは、わずかに笑った。

 

「学習が早いな」

 

『操縦者が同じですから』

 

 アカリが赤い操縦環を押し込む。

 

『フレア。全出力を黄金線へ!』

 

『機体損傷率、二十二パーセント。推奨出力は六十七パーセントです』

 

『百パーセント!』

 

『予測済みです』

 

 赤金の装甲が開き、燃えるような光が噴き出した。

 

 ヴァイスが紫色の亀裂へ消える。

 

 アズールは両掌を第一アンカーへ向けた。

 

 無数の青い円環が、黒い杭の外層を包む。

 

「アイオン・ロック。青側外殻を固定!」

 

 第一層の回転が止まった。

 

 巨大ブランクが腕を振り下ろす。

 

 フレアが上空へ跳んだ。

 

 白い腕が、その軌道を追う。

 

「アカリ、右へ〇・二!」

 

『了解!』

 

 フレアが急角度で身をひねる。

 

 巨大な指が、赤い脚部装甲を削った。

 

 アズールの青い円環が、ブランクの肘を捉える。

 

一秒。

 

〇・七秒。

 

 拘束が砕ける、その直前。

 

 ヴァイスが第一アンカーの内部から現れた。

 

 黒銀の刃が、青と赤の間にある透明な中間層を切り裂く。

 

『今だ!』

 

 二つのペンダントが黄金に輝いた。

 

 接続率が、八十二パーセントへ跳ね上がる。

 

 二機は合体しない。

 

 アズールは青い機体のまま、杭の逃げ道を固定する。

 

 フレアは赤い機体のまま、その中心へ急降下する。

 

『青側、出力経路を固定』

 

『赤側、衝撃出力を送信』

 

「蒼き理で、逃げ道を止める!」

 

『紅き意志で、その未来を打ち抜く!』

 

「クロス・ギア――」

 

インパクト!

 

 フレアの拳が、第一アンカーの中心へ突き刺さった。

 

 同時に、アズールの円環が衝撃を内側へ封じ込める。

 

 赤い破壊力。

 

 青い制御力。

 

 そして、ヴァイスが切り開いた零位相。

 

 黄金の衝撃が、三つの層を貫いた。

 

一本。

 

十本。

 

 無数の亀裂が、黒い杭を覆う。

 

 第一ゼロ・アンカーが、白い光の柱となって砕けた。

 

 巨大ブランクの再生が止まる。

 

 色のない身体から、奪った青と赤と紫の機能が抜け落ちていく。

 

『差異……確認……』

 

『選択……不能……』

 

 アズールがブランクの胸部を、青い円環で固定した。

 

 フレアが最後の拳を引く。

 

『選ばないんじゃない』

 

「選び続けるんだ」

 

『フレア・バースト!』

 

 赤い拳が、平らな胸部円を打ち砕いた。

 

 F-02ブランクは無数の白い紙片となり、零界へ散っていく。

 

 

 第一アンカーが消えると、零界へ青い光が一本走った。

 

 反対側から、赤い光が伸びる。

 

 二つの光は混ざらず、それぞれの世界へ帰る門を開いた。

 

『帰還門の安定時間、十八秒!』

 

 アズールとフレアが門へ向かう。

 

 ヴァイスだけが動かない。

 

「カイン!」

 

『敵へ帰れと言うのか』

 

「ここへ残れば、答えを聞けない」

 

 砕けた杭の跡へ、幼いニルの像が浮かんだ。

 

 少女はカインへ手を伸ばしている。

 

『思い出して』

 

『あなたも、あの日にいた』

 

『俺は、お前を知らない』

 

 その否定は、前より弱かった。

 

 ヴァイスが紫色の亀裂を開く。

 

 黒銀の機体が消える寸前、アズールの機体AIが警告した。

 

『ヴァイスから、第一アンカーと同系統の波形を検出』

 

「保存しろ」

 

『青側記憶域へ保存』

 

『赤側にも複製します』

 

 二機は、それぞれの帰還門へ飛び込んだ。

 

 直後、零界が音もなく閉じる。

 

 

 蒼界の空へ、青が戻った。

 

 紅界の街へ、赤が戻った。

 

 白くなった区域の人々も、失いかけた名前と関係を思い出していく。

 

 交差点の少年は、母親の手を今度こそ離さなかった。

 

 ただし、侵食を受けた全員が、同じ夢を覚えていた。

 

 失った人と再会し、何も選ばなくてよかった世界の夢を。

 

 ノア・ギアの作戦室で、ユナが回収記録を照合する。

 

「第一ゼロ・アンカーの完全消滅を確認。零界波も停止しました」

 

 アカリが椅子の背へ身体を預けた。

 

『これでニルを助けられる?』

 

「まだです。残る杭は二本」

 

 一つは、終端機関ゼロの内部から動かない。

 

 もう一つは、高速で世界の狭間を移動している。

 

 二機のAIが保存した波形が、重ねて表示された。

 

一致率 九十九・八パーセント

 

「移動している第二の杭は、ヴァイスです」

 

 作戦室が静まり返る。

 

『カイン本人は、知ってるのかな』

 

「ブランクに攻撃された時の反応を見る限り、知らない可能性が高いです」

 

 カナメが二つの反応を見つめた。

 

「一つは敵の本拠地。もう一つは、意思を持つ人間と機体か」

 

 ゲンゴが腕を組む。

 

「杭だけ壊せば済む話じゃなくなったな」

 

『最初から、そんなに簡単じゃなかったですけど』

 

『補足。未回収の水没防衛機も残っています』

 

 フレアの機体AIが、七回目の通知を出した。

 

 作戦室の視線がアカリへ集まる。

 

『世界を救った直後に、その話します?』

 

 ゲンゴが笑う。

 

「世界を救ったなら、後片づけまでが任務だ」

 

『水深八十メートルなんですけど!』

 

「潜水装備を貸してやる」

 

『フレアに?』

 

「お前にだ」

 

 ユナが口元を押さえたが、間に合わなかった。

 

 レンも、堪えきれずに顔を背ける。

 

『今、絶対笑った!』

 

「機体の判断に同意しただけだ」

 

『三回目!』

 

『補足を一件、省略しました』

 

「なぜ」

 

『操縦者が笑っていたからです。優先度を下げました』

 

 レンは何も言えなくなった。

 

 短い笑いが消えると、青いペンダントからニルの声が聞こえた。

 

『一つ、外れた』

 

『あと二つ』

 

 レンは、白い記憶の光を見つめる。

 

「待っていてくれ」

 

 アカリも赤いペンダントを掲げた。

 

『今度は、三人で未来を選ぼう』

 

 二つの機体AIが、同じ記録を青と赤へ保存する。

 

 もう、誰か一人の記憶だけにはしないために。

 

 

 終端機関ゼロの白い広間。

 

 損傷したヴァイスが、修復台へ片膝をついている。

 

 カインは操縦席から降り、白髪の男へ歩み寄った。

 

「ブランクは俺を消そうとした」

 

「零界は差異を許さない」

 

 アウレル・ゼロは平然と答える。

 

「俺も不要な差異だと言うのか」

 

「お前は必要だ」

 

「なら、なぜヴァイスから杭と同じ波形が出ている」

 

 アウレルが、初めてわずかに目を細めた。

 

「気づいたか」

 

 白い床が透ける。

 

 ヴァイスの胸部から黒銀の管が伸び、ニルを閉じ込めた透明な部屋へつながっていた。

 

 カインの顔から表情が消える。

 

「ヴァイスが、二本目のゼロ・アンカー……」

 

「正確には、その操縦者を含めて一本の杭だ」

 

「俺を利用したのか」

 

「お前は、どの世界にも選ばれなかった。その空白が、零界を移動させる最良の器になる」

 

 カインはアウレルの胸元を掴んだ。

 

「俺は何者だ」

 

「選択を必要としない者だ」

 

「答えになっていない!」

 

 透明な部屋の中で、ニルが目を開く。

 

『カイン』

 

 青と赤の瞳から、涙が落ちた。

 

『ごめんね』

 

『あなたのことも、忘れていた』

 

 カインの手が止まる。

 

 白い広間の奥で、三本目のゼロ・アンカーが起動した。

 

 今度の光は、白ではない。

 

 すべてを呑み込む黒だった。

 

「第二段階を開始する」

 

 蒼界と紅界の空へ、黒い歯車が浮かび上がる。

 

 その回転に合わせ、無数に分かれていた未来の進路が、一つずつ閉じ始めた。

 

 選べる明日が、減っていく。

 

第5話「選ばれなかった少年」へ続きます。

 

 







 第4話は、敵が用意した「痛みのない世界」を断る回でした。

 二人を正気へ戻したのは説得ではなく、機体AIの事務的な通知です。手の傷がない。慰霊碑がない。柱がない。積み上げてきた記録だけが、偽物と本物を分けました。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 効いたのは「君がいるだけで、君が生きた時間がない」でしたか。それとも「私の七年を、勝手に空白にしないで」でしたか。

 感想をいただけると、次の一話を書く力になります。

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