【合体ロボ】死んだはずの幼なじみが、隣の世界から俺の名前を呼んだ   作:シラヌイ321

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救わなければ、一億八千四百万人が消える。

救えば、今を生きる二つの世界が上書きされる。

黒と金の瞳を持つ少女は、その二択を「帰還」と呼んだ。


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改訂版 第8話 終界の少女

第三篇「第四観測者篇」

第8話 終界の少女

 

 

 

「未来は、まだ生まれていない。

 

それでも、そこで生きている誰かを、存在しないとは言えなかった」

 

 

「それ、本当に食べ物なの?」

 

 蒼界(そうかい)と紅界(こうかい)が互いの存在を公表してから、八時間十九分三十六秒。

 

 共同放送が、初めて市民同士の双方向回線へ切り替わった直後。

 

 最初に二つの世界を越えて飛んだ質問は、兵器についてでも、七年前の災害についてでもなかった。

 

 食べ物についてだった。

 

 蒼界の中央広場。

 

 大型画面の前で、青い包装の栄養食を持った少年が目を丸くしている。

 

 画面の向こうでは、紅界の少年が丸い焼きパンを両手で持っていた。

 

『そっちこそ。それ、工具じゃないの?』

 

「栄養食だよ。味は三種類ある」

 

『何味?』

 

「青一号、青二号、青三号」

 

『味の名前じゃない!』

 

 紅界の少年は笑いながら、焼きパンを画面へ近づけた。

 

『いつか会えたら、それ一本と交換しよう』

 

「画面からは渡せないよ」

 

『だから、会えた時』

 

 蒼界の少年は栄養食を半分に折り、片方を青い包装へ戻した。

 

「分かった。半分、取っておく」

 

 紅界の配給所から笑いが起きる。

 

 蒼界の広場でも、遅れて笑いが広がった。

 

 七年間、見ることも触れることもできなかった二つの世界。

 

 その最初の共通点は、子供たちが大人より早く相手を笑わせたことだった。

 

 だが、すべての声が温かいわけではない。

 

 蒼界側で、一人の男が赤い街を指差す。

 

「あの世界があるから、こちらの境界が不安定になったんじゃないのか」

 

「向こうも同じ被害を受けていると説明されたでしょう」

 

「説明だけで信じろと言うのか」

 

 紅界では、青い高層都市を見た女性が唇を噛んでいた。

 

「向こうには、あれだけ建物が残っている」

 

「私たちの分まで奪ったんじゃないの」

 

「七年間、蒼界だってこちらを知らなかったんだ」

 

「なら、どうして向こうだけ豊かなの」

 

 同じ放送を見ても、受け取る答えは一つではない。

 

 驚きは好奇心にもなり、疑いにもなる。

 

 大型画面の上部には、そのすべてを急かすように黒金の数字が表示されていた。

 

終界接続まで 六十三時間四十分二十二秒

 

 そこから何が来るのか、まだ誰も知らない。

 

 ただ一人。

 

 白髪の少女だけが、誰もいないはずの未来から自分の名前を呼ぶ声を聞いていた。

 

 

 境界航行母艦ノア・ギアの医療区画。

 

 ニルは、洗面台の鏡へ右手を伸ばした。

 

 鏡に映る白い髪。

 

 青い右目。

 

 赤い左目。

 

 鏡の中のニルが、口を開く。

 

「ようやく、帰れます」

 

 ニル本人は、何も言っていない。

 

『あなたは誰ですか』

 

 鏡の少女は瞬きをしなかった。

 

 青い右目が黒く染まる。

 

 赤い左目が金色へ変わる。

 

 白い髪の先端を、黒金の光が走った。

 

「帰還条件を満たしました」

 

『何が帰るのですか』

 

「私たちです」

 

 鏡の奥に、巨大な都市が現れた。

 

 黒い空。

 

 金色の線だけで形を保つ建物。

 

 道には人々が立っている。

 

 誰一人、動いていない。

 

 目を閉じたまま、立って眠っていた。

 

『ここが終界ですか』

 

「あなたたちが、そう呼んでいる場所です」

 

『あなたはクアドラですか』

 

 鏡の少女は首を振る。

 

「クアドラは、私たちを運ぶ身体です」

 

『なら、あなたは』

 

「帰ることを選んだ者です」

 

 ニルは鏡へ指を触れた。

 

 冷たいはずの表面が、人の肌のように温かい。

 

 鏡の少女も、反対側から指を重ねる。

 

「ニル」

 

『私を知っているのですか』

 

「あなたの記憶から、私は生まれました」

 

 医療区画の警報が鳴った。

 

 鏡に黒い亀裂が走る。

 

「私の名前は、ミラ」

 

 割れ目の向こうで、少女が初めて笑った。

 

「あなたが選び続けた先で造られた、未来の端末です」

 

 鏡が砕けた。

 

 ニルの右手から、赤い血が落ちる。

 

 自分の身体から血が出ることを、彼女は初めて知った。

 

 扉が勢いよく開く。

 

「ニル!」

 

 カイン・ヴァイスが飛び込んできた。

 

 彼は床の鏡片より先に、ニルの手を見る。

 

「何があった」

 

『鏡の中に、私がいました』

 

「お前はここにいる」

 

『私ではありません』

 

 ニルは黒金に染まった鏡片へ手を伸ばす。

 

 カインが、その手を止めた。

 

「触るな」

 

『もう触りました』

 

「そういう報告を先にしろ」

 

『次回から改善します』

 

「次回を作るな」

 

 カインは救急箱を開き、ニルの掌へ止血膜を貼る。

 

『痛みは、故障信号と似ています』

 

「似ていても、故障とは呼ぶな」

 

『では、負傷』

 

「そうだ」

 

『心配していますか』

 

「質問する前に、手を動かすな」

 

『回答を確認しました』

 

 カインは眉間を押さえた。

 

 黒い鏡片の内部で、金色の文字が明滅する。

 

N∞-01 帰還端末ミラ

 

 未来が、名前を持って現在へ触れた。

 

 

 黒金の鏡片は、遮断容器に収められてノア・ギアの作戦室へ運ばれた。

 

 白瀬ユナ(しらせ・ゆな)が、鏡片から伸びる信号を表示する。

 

「終界側からの双方向通信です。映像だけではありません。鏡面の一部が、別の物質へ置換されています」

 

 御堂カナメ(みどう・かなめ)艦長が尋ねた。

 

「侵入経路は」

 

「ニルの第四選択信号です」

 

 作戦室の視線が、ニルへ集まる。

 

 カインが一歩前へ出た。

 

「責任を押しつけるな」

 

「事実と責任を分けて説明しています」

 

 ユナは黒金の線を指す。

 

「クアドラはニルを新しい接続点として登録しました。終界は、その経路を利用しています」

 

「切断できるか」

 

「ニルの自由選択機能を停止すれば」

 

 空気が止まった。

 

 ニルが自分から尋ねる。

 

『停止すると、私はどうなりますか』

 

「生命維持と既存の記憶は残ります」

 

 ユナは目を逸らさなかった。

 

「ただし、新しい判断を記録できなくなる可能性があります」

 

 自分で決めることができない。

 

 誰かに命じられた答えだけを返す。

 

 それは、ニルがようやく抜け出した透明な収容室へ戻ることと同じだった。

 

「実行案から外せ」

 

 カインが言う。

 

「最初から入れていません」

 

 ユナは即答した。

 

 ニルが二人を見比べる。

 

『意見の一致を確認しました』

 

「そこだけ切り取るな」

 

「珍しいので、保存しておきましょう」

 

 ユナが淡々と返す。

 

「白瀬。お前は解析担当だろう」

 

「解析対象に会話も含まれます」

 

 カインは何か言いかけ、諦めた。

 

 作戦卓の反対側では、黒い拘束環をつけたアウレル・ゼロが鏡片の識別名を見ている。

 

「N∞-01」

 

 カナメが振り向いた。

 

「知っているのか」

 

「その名称は知らない」

 

 カインの目が鋭くなる。

 

「言葉を選んで逃げるな」

 

「逃げない。その記号の付け方を知っている」

 

 アウレルは、今のARK-∞が使う機密識別形式を開き、黒金の文字へ重ねた。

 

 組織名。

 

 母艦名。

 

 設計世代。

 

 一致する部分が、次々に青く光る。

 

 ユナの指が止まった。

 

「外部文明が偶然使用した符号ではありません」

 

 アウレルは頷く。

 

「クアドラを造ったのは人類だ」

 

 作戦卓へ、黒金の巨人とノア・ギアの内部構造が並んだ。

 

 四つの歯車を支える骨格。

 

 二つの世界へ同時に存在する境界炉。

 

 帰還座標を記録する中枢。

 

 大きさも外見も違う。

 

 だが、根にある設計思想は同じだった。

 

「クアドラは、未来のノア・ギアです」

 

 ユナの言葉に、作戦室が静まる。

 

 カナメが記録時刻を確認した。

 

「いつの未来だ」

 

「現在の暦へ換算して、百二十七年後」

 

 青い通信窓が開く。

 

『なら、終界は百二十七年後の世界なのか』

 

 赤い通信窓も続いた。

 

『私たちの未来が、戻って来ようとしてるってこと?』

 

 ユナは首を振る。

 

「数ある未来の一つです。今の選択が、必ず終界へ続くわけではありません」

 

 アウレルが低く続けた。

 

「だが、終界にいる者にとって、自分たちは可能性ではない」

 

「生きている現在だ」

 

 カインが言った。

 

 作戦室の中央に、終界都市の映像が映る。

 

 動かない人々。

 

 黒金の光で保たれた建物。

 

 その地下に、無数の生命反応が広がっていた。

 

 ユナが数を読み上げる。

 

確認できる生命反応 一億八千四百万

 

 アカリの表情から、怒りが消えた。

 

『人がいるの』

 

「全員が低活動状態です。クアドラから生命維持を受けています」

 

 レンが問う。

 

『終界接続を止めた場合は』

 

「クアドラの残存エネルギーが尽きれば、生命維持も終了します」

 

『接続を許せば』

 

「終界の構造が現在へ上書きされます。蒼界と紅界に今いる人々は、残らない可能性が高いです」

 

 未来の一億八千四百万人。

 

 現在の二つの世界に生きる人々。

 

 どちらか一方しか残せない。

 

 装置は、また同じ形の答えを突きつけていた。

 

 アウレルの顔から、血の気が引く。

 

「私の研究だ」

 

 クアドラの中枢へ、終端機関ゼロの理論式が組み込まれている。

 

 一つの未来へ固定すれば、選択による損失はなくなる。

 

 彼が捨てきれなかった思想が、百二十七年後に巨大な身体を得ていた。

 

「私がここで止めても、未来は同じ答えへ辿り着いた」

 

「同じではない」

 

 レンが言う。

 

「未来の人間が、あなたの研究を選んだ。あなたが全員へ命令したわけじゃない」

 

「罪を軽くするつもりか」

 

「分けている。あなたの責任と、未来の人間の責任を」

 

 アウレルは返事をしなかった。

 

 許されたわけではない。

 

 だが、すべての悲劇を自分の罪へ変え、それを理由にまた一人で結論を出すことも、許されなかった。

 

 カインが終界の生命反応を見る。

 

「どちらか一方を選べと言うなら、また条件を壊す」

 

 ニルも頷いた。

 

『現在と未来の、両方を選びます』

 

 その直後。

 

 ノア・ギアの全区画に、警報が響いた。

 

 

 蒼界中央都市の上空へ、一本の黒金の杭が現れた。

 

 紅界共同居住区の上空にも、同じ杭が降りる。

 

 二つの世界の中央にある零座標では、ノア・ギアの真正面へ第三の杭が突き出した。

 

『終界の物質構造を現在へ固定し、本体が通過するための座標を作る杭です』

 

『終端接続杭、と呼びます』

 

『三本が完全固定されれば、残り時間は六十三時間から二十四時間へ短縮されます!』

 

 ユナが表示を切り替える。

 

「固定まで十一分四十秒!」

 

 カナメが即座に命じた。

 

「三機を出す」

 

 格納庫から、真壁ゲンゴ(まかべ・げんご)が割り込む。

 

『無茶を言うな。アズールの左腕は七十一パーセント、フレアの右脚は六十六パーセント、ヴァイスは位相刃をまだ一本も戻してねえ』

 

「固定された後に修理しても、使う時間がなくなる」

 

『正論で機体が直るなら、俺は今日から祈祷師になる』

 

 三機の操縦席が、同時に開いた。

 

 どれも応急修理の途中だ。

 

 それでも、二本の腕と二本の脚で立ち上がる。

 

 レンが青い操縦席へ入った。

 

「円環を一枚出せればいい」

 

『推奨枚数は零枚です』

 

「一枚へ変更」

 

『操縦者による推奨無視を記録』

 

 赤い操縦環を握ったアカリへ、フレアの機体AIが告げる。

 

『右脚の瞬間加速は、一回に制限します』

 

『二回必要になったら?』

 

『一回目を、二回分有効に使用してください』

 

『レンみたいなこと言わないで』

 

『戦術的合理性を優先しました』

 

 レンの通信が入る。

 

「今のどこが俺なんだ」

 

『聞いてたの?』

 

「全回線だ」

 

『先に言って!』

 

 ヴァイスの操縦席で、カインが折れた位相刃の柄を握った。

 

「刃がないなら、亀裂を刃にする」

 

『お前らは故障箇所を新機能みたいに言うな!』

 

 三つの発進路が開く。

 

『蒼界機アズール、発進』

 

『紅界機フレア、発進』

 

『ZC-01ヴァイス、発進』

 

 三機は合体しない。

 

 ここで双界機神インフィナイトを起動すれば、クアドラが求める黄金座標を渡すことになる。

 

 傷ついた三つの身体のまま、それぞれの杭へ向かった。

 

 だが、杭の前に新しい機影が形成される。

 

 蒼界には、青黒いアズール。

 

 紅界には、赤黒いフレア。

 

 零座標には、黒金のヴァイス。

 

『三機とも、当機および僚機の行動記録を九十九・二パーセント再現しています』

 

『各操縦者が、最も予測どおりに動いた戦い方だけを取り出した模倣機です』

 

『残響機、と呼びます』

 

 同じ姿。

 

 同じ力。

 

 迷いのない、過去の正解。

 

『同じ戦い方を選べば、先に動きを読まれます!』

 

 青黒い残響機が、アズールより先に円環を放った。

 

 レンが避けようとする座標へ、二枚目が重なる。

 

 右へ動けば一枚目。

 

 左へ倒れれば二枚目。

 

 上へ逃れれば三枚目。

 

 青黒い円環が、アズールの両脚を固定した。

 

 残響機は迷わない。

 

 レン自身が何度も選んだ、最も効率のよい答えだけを実行する。

 

 紅界では、残響フレアが正面から加速した。

 

 アカリも拳を構える。

 

 同じ踏み込み。

 

 同じ角度。

 

 同じ瞬間加速。

 

 二つの赤い拳が衝突する。

 

 損傷した右脚が耐えられない。

 

 本物のフレアだけが、後方へ弾かれた。

 

『私より、私らしい動きしてる』

 

『自己評価との一致率、九十七・八パーセント』

 

『今は慰めて!』

 

『慰めに適した語彙を検索中です』

 

『遅い!』

 

 残響フレアは追撃へ移る。

 

 アカリなら、倒れた相手が立つ前に進む。

 

 だから止まらない。

 

 零座標では、残響ヴァイスが自分から黒金の杭へ接続していた。

 

 自らの機体を杭にして、青と赤の残響機へ出力を送っている。

 

 カインが位相亀裂を開く。

 

 残響ヴァイスは、その出口を自分の胸部へ固定した。

 

「俺なら中央へ来ると知っているのか」

 

 無人機は答えない。

 

 自分を犠牲にし、他の二機を動かす。

 

 それが記録の中で、最も成功率の高かったカインの行動だった。

 

固定まで、八分。

 

 三機は、自分自身が積み上げた正解に止められていた。

 

 

 ノア・ギアの観測席で、ニルは三つの戦場を見ていた。

 

 隣の黒金の鏡片から、ミラの声が聞こえる。

 

「彼らは変われません」

 

『変わっています』

 

「観測する者は、考え続ける」

 

 鏡片へ、青黒いアズールが映る。

 

「進む者は、止まれない」

 

 赤黒いフレア。

 

「捨てられた者は、自分を犠牲にする」

 

 黒金のヴァイス。

 

「人は、自分に与えられた役割から離れられません」

 

 ニルは三人の通信を開いた。

 

『レン』

 

「聞こえている」

 

『アカリ』

 

『まだ動ける』

 

『カイン』

 

「命令なら早くしろ」

 

 ニルは一度、言葉を止めた。

 

 これまでなら、誰が、どの順番で、何をするかを自分が組み立てていた。

 

 それもまた、観測する端末という役割だった。

 

『命令しません』

 

「では何だ」

 

『自分の最も得意な機能を、別の人へ預けてください』

 

 レンが先に意図をつかむ。

 

「役割を交換するのか」

 

『機体は交換しません』

 

『合体もしません』

 

『機能だけを、別の人の選択で使います』

 

 ユナが三機を結ぶ黄金の位相索を開いた。

 

「帰還用の索を逆流させれば、一度だけ機能を貸与できます」

 

「ただし貸与した出力分は、元の機体では使えません」

 

 アカリが笑う。

 

『自分より、相手を信用しろってことね』

 

 カインは、自分だけで中央を支え続ける残響ヴァイスを見る。

 

「それが一番、記録にない」

 

『アイオン・ロックの外部使用権を、フレアへ移行可能』

 

『フレア・ドライブの推進権を、アズールへ移行可能』

 

『ただし、両操縦者の明示承認が必要です』

 

 アカリが赤い操縦環へ手を置いた。

 

『フレアの脚、レンに預ける』

 

 レンは青い掌部コアの権限を開く。

 

「アズールの円環を、アカリに預ける」

 

 二つの機体AIが同時に尋ねた。

 

『返却条件を指定してください』

 

 レンとアカリの声が重なる。

 

「生きて帰った時」

 

『生きて帰った時』

 

 一拍遅れて、アカリが笑った。

 

『今のは合った』

 

「記録しておけ」

 

『両機、保存しました』

 

 青い円環。

 

 赤い瞬間加速。

 

 紫の位相亀裂。

 

 三つの機能が、ノア・ギアの中央で交差する。

 

 一つの機体にはならない。

 

 それぞれの身体を残したまま、仲間の力だけを受け取る。

 

『新規連携方式、登録名クロス・ギア・シフト』

 

『今度は名前を出すのが早い!』

 

『前回、命名が遅いと指摘を受けました』

 

『改善されてる!』

 

 レンは赤い瞬間加速を受け取る。

 

 アカリは青い位相固定を受け取る。

 

 カインは二人から、黒銀機を現在へ留める青赤の安定出力を受け取った。

 

 代わりにヴァイスの外部亀裂出力は二つへ分かれ、アズールとフレアへ渡る。

 

 中核の亀裂だけは、黒銀機自身の帰還路として残された。

 

 

 残響機は、自分と同じ動きを待っている。

 

 レンは、固定された両脚を見た。

 

 いつもなら円環を解析し、順番に解除する。

 

 だが今、円環はアカリへ預けている。

 

 アズールの背部へ、赤い光が走った。

 

「フレア・ドライブ、借りる」

 

『貸したんだから、返してよね!』

 

「返却条件は帰還後だ」

 

『そういうところだけ正確!』

 

 青い巨人が、固定された両脚ごと前へ加速する。

 

 円環を解除しない。

 

 地面へ固定された空間そのものを、引き裂いた。

 

 残響アズールの予測が止まる。

 

 レンは高速で接近しながら、ヴァイスから借りた小さな位相亀裂を開いた。

 

 残響機の円環が亀裂へ吸い込まれ、自分自身の背後へ抜ける。

 

 青黒い機体が、自らの固定に捕らわれた。

 

「正解だけを繰り返すなら、その正解から動けない」

 

 アズールの肩が、残響機を接続杭へ叩き込む。

 

 蒼界の杭に亀裂が走った。

 

 紅界では、残響フレアが拳を振り下ろす。

 

 本物のアカリは立ち上がらない。

 

 前へ進まない。

 

 赤い操縦席で、青い円環を開いた。

 

『アイオン・ロック!』

 

 残響フレアの右脚が、踏み込んだ瞬間に固定される。

 

 加速だけが止まらない。

 

 無人機の上半身が、前へ投げ出された。

 

 アカリは、その横でゆっくり立ち上がる。

 

『止まるのって、こんなに力がいるんだ』

 

 倒れる残響機の胸部へ、ヴァイスから借りた位相亀裂を置いた。

 

 赤黒い巨体が亀裂を通り、接続杭の真上へ落ちる。

 

 自分の突進力で、紅界の杭を打ち砕いた。

 

 零座標では、残響ヴァイスがさらに深く杭へ接続している。

 

 カインは一人で近づかない。

 

 通信を開いた。

 

「レン。固定を貸せ」

 

「もう送っている」

 

「アカリ。出力を寄越せ」

 

『最初から送ってる!』

 

 青と赤の光が、ヴァイスの胸部へ重なる。

 

 残響ヴァイスは、自分を杭にしている。

 

 カインは、自分を杭にしない。

 

「俺一人で支える必要はない」

 

 刃のない柄を振り下ろす。

 

 青と赤に固定された紫色の亀裂が、一本の刃になった。

 

 残響機ではなく、接続だけを切る。

 

 残響ヴァイスが杭から解放された。

 

 無人機は支えを失い、静かに崩れる。

 

 カインは、倒れる残響機を受け止めた。

 

 過去の自分を、切り捨てなかった。

 

「もう、そこに残らなくていい」

 

 紫色の刃が、零座標の杭を切断する。

 

 三本の杭が、ほぼ同時に砕けた。

 

固定まで、残り二秒。

 

一秒。

 

 黒金の表示が停止する。

 

終界接続まで 六十三時間二十八分十一秒

 

 二十四時間への短縮は、起きなかった。

 

 三機は、それぞれの空で膝をつく。

 

 勝った姿には見えない。

 

 それでも、自分へ与えられた役割を、少しだけ越えた姿だった。

 

 

 砕けた三本の杭から、黒金の光がノア・ギアへ戻ってきた。

 

 ユナが遮断壁を展開する。

 

「侵入信号です!」

 

 黒金の光は壁を通り抜け、観測席のニルへ集まった。

 

 カインの通信が開く。

 

『ニル、そこから離れろ!』

 

『間に合いません』

 

 光が、人の形を作る。

 

 白い髪。

 

 黒い右目。

 

 金色の左目。

 

 ミラが、半透明の身体で現在の床へ降り立った。

 

 少女は自分の手を見る。

 

「現在の物質密度、三・八パーセント」

 

 ニルが向き合った。

 

『あなたは、未来の私ですか』

 

「違います」

 

 ミラは迷わず答えた。

 

「あなたの記憶と選択記録から造られた、別の端末です」

 

『では、なぜ同じ姿を』

 

「終界の人々が、あなたを忘れなかったからです」

 

 作戦室へ、百二十七年分の記録が流れ込む。

 

 二つの世界が初めて接触した日。

 

 互いの食べ物を交換した日。

 

 資源を巡って争った日。

 

 それでも同じ街を造った日。

 

 新しい子供が生まれた日。

 

 再び世界が崩れ始めた日。

 

 ノア・ギアを巨大な人型機へ改造した日。

 

 未来を一つへ固定すれば、もう誰も失わないと決めた日。

 

「クアドラは、戦争を止めるために造られました」

 

 ミラが告げる。

 

「すべての未来を観測し、最も多くの人が残る一つへ世界を固定するために」

 

 アウレルが映像を見つめた。

 

「私と同じ答えへ辿り着いたのか」

 

「あなたの研究が、基礎に使われました」

 

 アウレルの胸元で、拘束環が小さく鳴る。

 

「未来を固定した結果、終界では新しい選択が生まれなくなりました」

 

 失敗しない。

 

 失わない。

 

 変わらない。

 

 終界の人々は、最も多くの命が残る瞬間へ固定された。

 

 その代わり、時間そのものが進まなくなった。

 

「クアドラの境界炉は限界です」

 

「このまま停止すれば、全生命維持が終了します」

 

 カナメが問う。

 

「だから過去へ戻り、現在を器にするのか」

 

「はい」

 

「現在の人々が消えると知っていても」

 

「はい」

 

 ミラの答えには、迷いがない。

 

 アカリの通信が響いた。

 

『それを救うって言わない』

 

 ミラは赤い通信窓を見る。

 

「では、終界の一億八千四百万人を見捨てますか」

 

『見捨てない』

 

「両方は残せません」

 

『それを決めるのは、あなたじゃない』

 

「物理条件です」

 

 レンが静かに入る。

 

「条件なら変えられる」

 

 ミラの黒い右目が、レンを観測した。

 

「その回答は、記録にあります」

 

「なら、記録にない結果まで見ていけ」

 

 ミラの金色の左目が、わずかに細くなる。

 

 怒ったのか。

 

 それとも、笑いかけたのか。

 

 ニルにも判断できなかった。

 

 ミラはニルへ手を伸ばす。

 

「一緒に来てください」

 

『私を接続鍵にするためですか』

 

「それだけではありません」

 

 初めて、ミラの声が揺れた。

 

「終界の人々は、あなたを始まりの人と呼んでいます」

 

『私は、人ではなく端末です』

 

「それを否定したのは、あなたでしょう」

 

 ニルは答えられなかった。

 

 装置として扱われることを拒み、自分で選んだ。

 

 ならば、未来の端末が自分で帰還を選んだことも、命令の一言では片づけられない。

 

 零座標で膝をついたヴァイスが、ノア・ギアの外壁へ手をかける。

 

『触るな、ニル』

 

 ミラがカインを見た。

 

「あなたも終界にいます」

 

 カインの表情が止まる。

 

「何だと」

 

「レンも、アカリも」

 

 青と赤の通信窓が揺れた。

 

「ただし、今のあなたたちではありません」

 

 終界の深部へ、三つの生命反応が浮かぶ。

 

 青。

 

 赤。

 

 紫。

 

 名前は、黒金の遮蔽で隠されている。

 

「会いたければ、終界へ来てください」

 

 ミラの物質密度が下がり始めた。

 

三パーセント。

 

二パーセント。

 

一パーセント。

 

 ニルは、消えかけた手を掴んだ。

 

『ニル!』

 

『行きません』

 

 ニルはミラの黒と金の瞳を見る。

 

『でも、見ます』

 

『あなたが守ろうとしている人を、存在しないことにはしません』

 

 二人の手から、白と黒金の光が溢れた。

 

 終界の都市。

 

 眠る人々。

 

 止まった時計。

 

 巨大なクアドラ本体。

 

 その胸部より、さらに深い場所。

 

 二つの人影が、青と赤の透明な棺に収められている。

 

 顔は見えない。

 

 だが二つの棺を繋ぐ、黄金の歯車が回っていた。

 

 双界機神インフィナイトと、同じ歯車。

 

『これは――』

 

 接続が切れる。

 

 ミラの身体が、黒金の粒となって消えた。

 

 最後の声だけが残る。

 

「残り時間までに、あなたは自分から来ます」

 

「誰が待っているかを知れば」

 

 作戦室へ静けさが戻った。

 

 ニルは誰もいない空間を、まだ掴んでいる。

 

 

 杭の破片から、百二十七年後の設計記録が回収された。

 

 クアドラの中枢設計者。

 

ARK-∞終界支部

 

 母艦基礎構造。

 

ノア・ギア第四世代

 

 人型端末原型。

 

N-0

 

 敵は、異星から来た存在ではない。

 

 未来の人類が、自分たちを救うために造ったものだった。

 

 カナメは作戦室の全員を見る。

 

「作戦目標を変更する」

 

 ユナが記録を開いた。

 

「クアドラの破壊から、終界接続の阻止へ変更しますか」

 

「それだけではない」

 

 カナメは現在の二つの世界と、停止した終界を並べる。

 

「蒼界と紅界を残す」

 

「終界の人々も救う」

 

「三つすべてだ」

 

 アウレルが目を伏せた。

 

「また、存在しない答えを選ぶのか」

 

 カインが返す。

 

「お前には何度言えば分かる」

 

「答えがないなら、作る」

 

 レンが青い通信窓から続けた。

 

「終界の構造を調べるには、接続の向こうへ入る必要がある」

 

 アカリも頷く。

 

『でも、完全接続したら現在が上書きされる』

 

 ユナが三本の杭の残骸を表示した。

 

「小規模な通路なら、形成できる可能性があります」

 

「問題は、出口をどこへ固定するかです」

 

 ニルは、終界で見た青と赤の棺を思い出す。

 

 二つを繋ぐ黄金の歯車。

 

『私が固定します』

 

 カインがすぐに反応した。

 

「一人では行かせない」

 

『まだ行くとは言っていません』

 

「今の顔は言っていた」

 

 ニルは自分の頬へ触れる。

 

『顔で通信した記録はありません』

 

 アカリが小さく笑った。

 

『それ、私も時々言われる』

 

「誰に」

 

『あなたに』

 

 数秒だけ、作戦室に笑いが生まれた。

 

終界接続まで、六十二時間五十六分。

 

 残された時間は増えていない。

 

 問題も、一つ減ったわけではない。

 

 それでも、敵の向こうに人がいると分かった。

 

 倒す相手ではなく、救うべき未来があると分かった。

 

 カナメが、新しい作戦名を入力する。

 

二未来救出作戦 デュアル・フューチャー

 

「現在の二つの世界を守りながら、停止した終界の住民を別座標へ避難させる」

 

 成功する方法は、まだ一つもない。

 

 だからこそ、最初の仕事は決まっていた。

 

 終界へ渡り、その世界を自分たちの目で見る。

 

 

 ノア・ギアから蒼界と紅界へ、終界の映像が公開された。

 

 黒い空。

 

 金色の都市。

 

 眠る一億八千四百万人。

 

 未来の人々を救うためには、現在の二つの世界が消える可能性があることも、隠さなかった。

 

 蒼界の広場で、一人の男が叫ぶ。

 

「まだ生まれていない未来のために、俺たちが消えるのか!」

 

 紅界の配給所では、一人の女性が画面へ手を伸ばした。

 

「でも、あそこにいる子供を見捨てろって言うの?」

 

「未来の映像なんて信用できない」

 

「私たちだって、向こうから見れば過去の人間よ」

 

 二つの世界で、同じ問いが生まれる。

 

 未来の命は、今の命と同じなのか。

 

 自分たちが消える危険を負ってまで、救うべきなのか。

 

 答えは分かれた。

 

 恐怖も、怒りも、優しさも、どれか一つだけが間違いではなかった。

 

 レンは蒼界の格納庫から、その声を聞いている。

 

 アカリは紅界の整備台で、同じ放送を見ていた。

 

 二人の間に、通信窓が開く。

 

『ねえ、レン』

 

「何だ」

 

『終界へ行ったら、同じ場所に立てると思う?』

 

 レンはすぐに答えなかった。

 

 終界は青でも赤でもない。

 

 二つの座標を、未来側から一つに固定した場所。

 

 危険であると同時に、二人が初めて同じ地面へ立てる可能性がある。

 

「立てるかもしれない」

 

『未来の自分たちが待ってるかもしれない場所で?』

 

「あれが俺たちだとは決まっていない」

 

『分かってる』

 

 アカリは赤い操縦席を見上げた。

 

『でも、会うって約束した』

 

 レンは胸元のペンダントを握る。

 

「約束した覚えはない」

 

『私はしたの』

 

「誰に」

 

『紅界の子供に』

 

 レンは少しだけ息を吐いた。

 

「なら、守らないとな」

 

 通信窓の向こうで、アカリが笑う。

 

 二人はまだ、同じ場所に立っていない。

 

 だが今度は、どこで会うのかを選べるところまで来ていた。

 

 

 遠い終界。

 

 ミラは、クアドラ本体の胸部へ戻っていた。

 

 物質密度、百パーセント。

 

 黒い右目に蒼界が映る。

 

 金色の左目に紅界が映る。

 

「終端接続杭、三基とも破壊」

 

『結果を保存』

 

「機能の貸与を確認」

 

『結果を保存』

 

「N-0は、こちらへ来る」

 

『根拠を要求』

 

 ミラは、巨大な胸部の奥を見た。

 

 青い透明棺。

 

 赤い透明棺。

 

 二つの間で回る、黄金の歯車。

 

「あの二人を、見たからです」

 

 青い棺の中で、誰かの指が動く。

 

 赤い棺の中でも、別の誰かが目を開こうとしていた。

 

 クアドラの計器へ、二つの名前が一瞬だけ現れる。

 

 すぐに黒い遮蔽で隠された。

 

 ミラは、誰にも聞こえない声で呟く。

 

「早く来てください、始まりの人」

 

「この未来を救えるのは、過去のあなたたちだけです」

 

終界接続まで、六十二時間三十一分九秒。

 

 止まっていた未来の時計が、現在へ向かって一秒だけ進んだ。

 

第9話「九十秒のインフィナイト」へ続きます。

 

 





 第8話では、敵だと思っていた終界にも、一億八千四百万人の生活と未来があることが明らかになりました。

 過去の正解をそのまま繰り返す残響機に対して、三人は自分の得意な力を仲間へ預けて戦います。自分より相手を信用する方が難しい、という回でした。

 よければ、ひとつだけ教えてください。
 印象に残ったのは、ニルとミラの対話でしたか。それとも、能力を預け合った三人の戦い方でしたか。

 感想をいただけると、次の一話を書く力になります。

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