久瀬家の居候 作:セツナは幸せになるべきである
最初に言っておく。
作者はギスギスが嫌いである。
鬱展開はともかく仲違いなんて書きとうない。
ということで今作、シイトワには徹底的にギスギスしないでいただくっ!
頑張れおにーちゃん!
お前が架け橋になるんだよっ!!
「驚いたな。」
この鼻には散々に嫌な思いをさせられてきたが、今回ばかりはいい仕事をした。
昼間も、そして今も。彼女からはあの男たちのような嫌な匂いはしない。
むしろ彼女から感じるのは、シイナやセツナに近しい暖かなそれ。
コウキにとってそれは、少なくとも敵ではないと判断するには十分だった。
バックルを引き上げ、カードを抜く。立ち上る蒸気と共に装甲は黒く変色し、泥のように溶け落ちた。
「……それ、外していいの?」
「ほー、やるつもりか?」
「遠慮しておく。」
昼と同じように少し茶化せば、彼女はため息交じりに首を横に振る。
コウキはストラップにカードをつけ直し、ベルトを肩に担いだ。
「聞いておくぞ。何が目的だ?コイツらの仲間、というわけではなさそうだが。」
「私の目的は……」
そう言いながら、彼女は歩き始める。
コウキのすぐ横を通り過ぎ、壁際に据え付けられた金庫の前で足を止める。
「ッ!」
背の刀を抜き放ち、一閃。
金属の軋む音が響き、分厚い扉が、文字通り斬り開かれた。
「やっぱりね。」
「……これが魔人化薬か。」
中には、いくつもの注射器や錠剤らしきモノが山と積まれている。先ほどの男が自らに打ち込んだのもこれの一つなのだろう。
コウキも一歩近づき、少女の隣に立つ。そして注射器の一つに手を伸ばした。
……その瞬間。首筋に、冷たい感触が触れる。
「なんのつもりだ?」
刀の切っ先が喉元に突きつけられていた。
視線を向ければ、紅く鋭い眼光が真っ直ぐにこちらを射抜いている。
「私も、聞いておく。今さらどういうつもり?」
「……どういう意味だ。」
「国連も、警察も。今まで行政は魔人に対して何もしてこなかった。たくさんの人が不幸になっていくのを見て見ないふりをして……。なのに、今さら何をしに来たの。」
「……。」
思わず、声が詰まる。
図星だとか、そういう話ではない。それは、嫌というほどに身に覚えのある話だった。
「……どこでも同じだな。そういうのは。」
「……?」
保身ばかりの上層の人間。蓋を開ければ真っ黒な内情が見えてくる。
こういう時世、どんな世界でもよくある話だ。
全く嫌になる。
愚痴の一つ吐きたいところだが、まずは質問に答えるのが先だろう。
「昼間別れたとき、白塗りの車を一台見ただろう。アレから嫌な匂いがしてな……追いかけてきた。」
「……薬の売人はどこにでもいる。国連の上層だってそう。」
「だから、揉み消される前に押さえに来た。」
「……。」
相変わらず、瞳から懐疑的な光は消えない。
国連は余程信用されていないらしい。
……正直、その疑念は理解できる。
嘱託とはいえ、一応は国連に所属する身ではある。しかし国連の上層部など端から信用していない。
それはシイナや、支局長の地位に就くルークにも同じ。
信じているのは国連そのものではない。八神はやてが率いるEXCEEDSというチーム。
今も彼女たちと行動をともにしている理由に、国連という組織への信頼は含まれていなかった。
「そうだな……。すぐにとは言わない。だが、あのお人好したちを少しでいい、見てやってほしい。国連の組織としてではなく、EXCEEDSというチームとして。」
「……信用、してるんだ。」
「まぁ……」
ふと、記憶が蘇る。
なのはとフェイト、そしてはやてと出会った島での光景。
あの時のやり取り。彼女たちの言葉。そして、真っ直ぐにこちらを見つめていた、なのはの瞳。
思い出すだけで、自然と口元に笑みが浮かんだ。
―そのための、EXCEEDSですから!―
「……あんな事を言われては、な。」
「……。」
疑いは晴れていないようだが、一旦折り合いはつけてくれたらしい。射抜くような眼が幾らか和らいだ。
「これ、そろそろいいか?」
「ご、ごめんっ」
慌てた様子で刃が引っ込められる。
ここで素直に謝罪の言葉が出てくるあたり、真面目と言うか正直と言うか。ともかく、根が優しいということは間違いないだろう。
改めて金庫に手を伸ばし、注射器を一つ手に取った。
「それで?これをどうするつもりだ。」
「燃やす。」
間髪入れず、そんな答えが返ってきた。
それは先の警戒や疑念とは一線を画す、どす黒い憎悪と執着の籠もった刃のように冷たい声。
「魔人は殺すし、魔人化薬は根絶する。」
「……」
昔、見た事がある。復讐に全てをかけている人間の眼。
何を失ったのか、それとも奪われたのかは分からない。
だが経験上、これだけは言える。
何を言おうと、彼女は止まらない。
……ならば、一つだけ確かめておかなければならない事がある。
「それは、致し方ない理由があったとしても、か?」
「……?どういう……」
頭をよぎるのはシイナとセツナの姿。
もし、彼女の言う魔人の中に二人までが含まれているというのなら……。
「魔人にならなければ死んでいた、魔人にならなければ救えなかった。そんな理由があったとしても、お前は……殺すのか。」
鋭く細められた眼光に、少女はハッとした様子で目を見開く。
「ッ違う……言葉が足らなかった。そういう人たちがいるってことは、ちゃんと知ってる。」
そう言ってから、彼女は凍りついているボディガードや魔人の男を一瞥した。
「私が憎んでいるのはアイツらみたいな、人の不幸を笑うような屑ども。それから、それを生み出した魔人化薬だよ。」
「ならいい……おいファング、止めろ!」
「え?」
少女が振り返った先には、今にも振り下ろされんと掲げられた前輪が大きく写し出されていることだろう。
―ヴゥゥウウウンッ―
「キャアッ!?」
音もなく忍び寄っていたファングに、少女はさながら絹を裂くような悲鳴を上げて飛び退った。
何が起きたのか分からないといった様子で、目を白黒させながら白い車体へと刀を向ける。
「な、なに?!なにあれッ!?」
「ハァ……」
魔人は殺す。彼女がそう口にしたときからジリジリと近寄ってきてはいた。
もし一つでも言葉を間違えていたら、彼女はボディプレスを食らって地面に伏すことになっていただろう。
……ちなみに、ファングのセリフを人間語訳すると『二人に手を出したらぶちのめすぞ』である。
「分かっただろ。二人の敵じゃない」
―ヴゥン(チィッの意)―
不承不承といった様子で、ゆっくり前輪が降りてくる。
霧のせいでカメラ系統は機能していないようだが、音の反響で位置を特定しているらしい。
やはり、無駄に高性能である。
「……ねえ。」
「ん?」
張り詰めていた空気はすっかり薄れている。
少女もまた、先ほどまでの剣呑さが嘘のように毒気を抜かれていた。
「久瀬さん、でいいんだっけ?」
その名を呼ばれた瞬間、背中を何かが駆け上がる。
けして不快感ではないのだが、それはもうこそばゆくて仕方がない。
思わず早口でまくし立てる。
「コウキでいい。それから”さん“もいらない。」
「そう?なら、コウキ。貴方は魔人なの?」
シイナもそうだが、魔人というのは同族を認知することはできないらしい。
少なくとも、少女の反応を見る限りではそう考えてよさそうだった。
勿論のこと、コウキは首を横に振る。
「それは、ノーだ。」
「なら、あの力は何?」
なるほど、当然の疑問ではある。
答えてやりたいところだが、説明しようとすると長引いてしまう。
この場で全てを伝えるのは難しい。
少し考えた末、小さく肩をすくめた。
「魔法使なんてものまで居る。何があっても不思議じゃないだろう。」
「魔法使い……?」
変身していなかったとは言え、自らと互角に打ち合ったフェイト。
そして、その彼女が自分と同等の実力者だと語るなのはとはやて。
全く、底の見えない同僚たちである。
その言葉を信じたかどうかは分からないが、トワの質問は続く。
切り替えが早いのは嫌いじゃなかった。
「国連には、まだ魔人がいるんだよね?」
「一応、機密事項なんだが……。」
「お願い答えて。その人は、どんな能力を持ってる?」
その表情は真剣そのもの。しかし、質問の意図が読めない。
敵対した時の対処でも考えているのだろうか。
……いや、おそらくは違う。
「……なぜそれを知ろうとする。」
そう問いかければ、彼女は悲痛な面持ちで視線を落とした。
「魔人能力の中には、自分でも制御できなくなってしまうものもある。その人が望んでいなくても、いつか大切なものを傷つけたり、失うことになるかもしれない。」
揺れる瞳に映し出される、哀しみと怒り。そして未練。
少なくとも、こんな年の少女が抱えていて良いようなものではない。
「安心して。その人を傷つけたりなんてしない。力を取り除くだけ。私の能力なら、それができる。」
その言葉には、何の屈託もない優しさがあった。
それから、もうどうしようもない後悔も。
「……取り除いた力は。」
「私が吸収することになる。」
「仮にあいつの力が本当に危険なものだとして、ソレを吸収したお前自身はどうなる。」
「……私は、いいの。」
そして、そういう純粋な思いこそが、時に大切なものを失う選択を取らせることは、なによりもよく知っている。
「全部終わった後に生きていようとは思ってないから。別に、私の体がどうなったって別に構わない。」
「……」
まるで当然のことのように、彼女は言った。
……まだだ。まだ間に合う。
彼女はそこにまで辿り着いてはいない。
この声はどこまで届くのだろうか。
既にその選択をしてしまった者の声など、どれだけの意味があるだろう。
彼女を引き留めることができるとすれば、それは自分ではないのだろう。
――あるいは、シイナならば。
自身を化け物と知ってすら受け入れてくれた、彼女ならば――
「……俺の、家主の話は覚えているか。」
「え?えっと……シイナって人?」
「ああ、久瀬シイナ。彼女が魔人だ。炎を扱い、“紅蓮”と名付けられている。」
「ッ!」
少女のが息を呑み、そして目は見開かれる。
「お願い。その人の場所に連れて行って。」
「それはできないな。」
「手遅れになるかもしれない!それに……」
「まあ聞け。」
コウキの声が、彼女の言葉を遮った。
「あいつが力を手にしたのは二ヶ月前だ。それからかなりの侵略種を取り込み続けているが、未だに暴走の兆候はない。」
EXCEEDSでも定期的にメディカルチェックを受けているが、これといって異変はないらしい。
原種ほどではないにせよ、大型をいくつも喰らってそれだ。
支局の医師からも問題ないと言われている。
「でもっ!」
「シイナがそれを望まない。」
壊すためではなく、守るため、救うためにシイナはあの炎を使っている。
セツナを失いかけたあの記憶を二度と、そして誰にも繰り返さないために。
自分の力が原因で誰かが苦しむことになるとすれば、シイナは決して納得しないはずだ。
そして、なによりも。
「あの灯火は、シイナが大切とする物の一つだ。俺に決定権はないな。」
「……。」
少女は一瞬、刀を震わせた。
何か言い返そうとしたのか、それとも斬り掛かってこようとでもしたのか。
その真意は分からない。
しばしの沈黙の後、刃が収められる音が静かに響いた。
「どうして、そこまで……。」
彼女は俯き、その表情をうかがい知ることはできない。
故に、コウキはただ真っ直ぐにその姿を見つめた。
「向いている場所が同じなら、そのうち出会うこともあるだろうさ。」
彼女の出した答えを、間違いなどと言うことはできない。そんな権利もない。
だから……
「その時、確かめてくれ。お前自身で。」
「……それで、私が納得できなかったら?」
「そうだな。ぶつかってみればいい。うちの家主は強いぞ。俺よりも、余程な。」
「……。」
少女は、何も答えなかった。
ただ、必死に何か考えているようにも見える。
「……俺より、よほど話が通じるな。」
「え?」
少女の視線が向けられる。
コウキの眼には、何処か淋しげで哀しげな、そんな光が宿っていた。
「俺なら話も聞かずに飛び掛っていたところだ。」
「もしかして、貴方も……」
「さてな。俺の事は、どうでもいい。」
もう、過ぎたことなのだから。
ファングのハンドルを握り、サドルへと飛び乗る。
後は、彼女自身が考えることだ。
「撤収したほうがいい。ウチの調査班が来る。」
もう通信を切ってから30分が経つ。
しばらくもしないうちに捜索が始まるはずだ。
見つかるのは都合が良くないだろう。
「いいの?捕まっても仕方のないことをしてる自覚はあるけど。」
「俺の仕事はここの制圧だ。第三者の捕縛は含まれていないな。」
屁理屈じゃん。
そんな声が聞こえてきそうだが知ったことではない。
ルールに従ったまでである。
「それから、その薬は持っていくな。窃盗なんぞで捕まりたくはないだろ。」
ある程度の損壊は戦闘によるものだと説明できるが、モノがなくなっていたとすれば擁護できない。
彼女もそんなくだらない理由で御用になるなど望むところではないはずだ
視線を切って振り返り、ハンドルにかけておいたヘルメットを被ってからアクセルをひねる。
今にも走り出そうとした、その時。
「待って。」
不意に、呼び止められた。
振り返った先、少女は真っ直ぐにこちらを見つめている。
彼女は開いた手を、自らの胸に添えた。
「夜海。夜海トワ。」
「それは?」
「私の名前。お昼に、言ってなかったから。」
「そうか。」
コウキは小さく頷く。
ヘルメットのフェイスガードを押し上げ、その口元には小さな笑みが浮かんでいた。
「俺も、夜海には名乗っていなかったな。」
やがて、彼は口を開く。
いつものように、たったひと言だけ。
「久瀬コウキだ。」
お互いに事情を知らないからギスギスするんや。最初から全部知ってればギスギスなんてしないはずなんや。
大丈夫。トワちゃんいい子だから。
きっとわかってくれるって信じてる。
アルブセクトリアクター
変身時、胸部に形成されるエネルギー制御器官。通常時は装甲の内側に隠されている。
装着者の生体エネルギーを吸い上げ、システム全体へと循環させる役割を持つ。
便宜上「リアクター(動力炉)」の名を冠しているが、この器官自体にエネルギーを生み出す機構は備わっていない。
膨大なエネルギーを制御し、循環させる。
これはただ、それだけの装置である。