錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第0話 赤い風

 

 

 あなたが今小説を読もうとして触れたリンクは、核爆弾の起爆スイッチでした。

 

 

 

 例えばWeb小説を読もうとしてこんなテキストを見せられたとする。そしてそこに書いてあった通りに爆発が起きてキノコ雲が上がったのならば、その時のあなたの気持ちがそっくりそのまま、今の私の気持ちと同じだと思ってもらっていい。

 

 私の場合、メールで送られてきたとあるメッセージがそのスイッチだった。そして私にとっての核爆弾は、赤い色のついた風だった。それは向こうから吹きぬけて、世界のすべてを等しく壊し、等しくつくりかえ、虚構を現実にして見せた。爆風と呼ぶにはあまりに静かで、ただの風と呼び捨てるにはあまりに大きな破壊を振りまいた。

 

 その風の正体は、わからない。ただ地平線の向こうからやってきて視界を赤く染めたなにかを、赤い風と呼んでいるだけ。風と呼ぶのが正しいかすらわからない。それはすべての現代技術を否定した。ビルが崩壊し、スマホが機能を止め、そして極めつけにモンスターが溢れた。わかっているのは、私が受け取ったメールのリンクを触ったその直後、『世界の姿を変えるか』という問いかけの通りに、私の選択を反映するようにしてあの風が吹いたということだけだった。

 

 ――私のせいで、世界は壊れた。

 それで何人が死んだかなんて、数えたくもない。

 

「君が自分のせいだと思っているのなら、その罪を償う方法を探すといい。」

 

 私は、正しい人間でいたかった。物語の主人公じゃなくていい。聖人君子になりたいなんて思ったことはない。この世のすべての人、ましてや自分を害する人にまで優しくあろうだなんて思わないし、そんなの無理だ。私はただ、誰にもはばかることなく胸を張って生きていられるだけ、正しい人間でありたかった。

 

「エリクシア。不死を実現する夢物語の霊薬が、この世界ならつくれるかもしれない。失った命はもう戻らないけれど、これ以上誰も死なない世界なら、きっとつくりだせる。」

 

 そうして、私の使命は定まった。すべての死を背負って、私は進む。このゲームと化した世界を攻略する。いつか、私が私を許せる日が来るまで。

 

 ◎

 

 画面にでかでかと映し出された『Failed』の文字。その奥では民族風の模様のついた服装に身を包んだ男が、がくりと膝をついて倒れている。

 

「さすがに中級のステータスでドラゴンを倒すのは無理だったか。」

 

 ローディングの画面でウロボロスのマークがぐるぐると回っているのを眺めていれば、やがて見慣れた景色――『ストリドラスの街』にうなだれた様子で先ほどの男が帰還した。今私がやっているゲームはエリクシアⅢというタイトルで、ついでに言うと縛りプレイをしている。わざと弱い状態で強敵に挑んで、プレイヤースキルを試すゲーマーの狂気ともいえる遊び方。ただ、

 

「私は別にゲームうまくはないんだよなぁ。ま、プロじゃないし。」

 

 ちょっとだけ強化してしまおう。

 手慣れた操作で主人公を動かして、街の中心、自宅に向かう。その中にはでかでかと鎮座する錬金釜があって、壁際には様々な種類の素材が収められた棚。色とりどりの瓶が並んでいるそれにアクセスして(話しかけて)目的の素材を選択していく。今回は『ワイバーンの翼膜』『トレントの枝』『バロメッツの蕾』を取り出した。と、『バロメッツの蕾』だけ下処理が終わっていない。画面に次々と映し出される蕾をみて、使えるやつだけをかごに入れて他を捨てるミニゲームを淡々とこなす。慣れたもので、1分もかからなかった。けど、これも初見だと意外と難しい。私も慣れるまで苦労した。

 

 下処理が済んだ素材をポイポイと錬金釜に放り込んで、錬成開始のボタンを押す。錬金釜が炎に照らされて、赤く輪郭が浮かび上がった。あとは適切に蒸留水を加えながら混ぜていけば、やがて錬金釜の中身はきらきらとしたポーションに変わっていく。最後まで工程を済ませて、瓶に中身を入れれば『準上級筋力ポーション』の完成だ。早速これを主人公に飲ませる。『ポーション痛』と揶揄される待機時間《クールタイム》を経て、主人公のステータスが上昇した。

 

 この主人公の職業は錬金術師だ。ポーションや魔道具をつくる職業で、この『エリクシアシリーズ』と呼ばれるゲームの花形。つくったポーションによるステータス上昇は基本的に永続で、これがレベルアップと同じ扱いになる。私は再びフィールドに出て、さっき戦ったドラゴンを探し始めた。

 

 このゲーム内時間でフィールドの下草の生え方がこのパターンなら、G地点があのドラゴンの初期位置かな。

 

 まっすぐ向かえば、予想通りの位置にそれはいた。岩壁がそそり立つような威容を隠そうともしない巨大なドラゴン。ところどころ褐色の岩肌がのぞくのはアイアンドラゴンの特徴だ。先ほどはやられてしまったが、今回は違う。攻撃力と俊敏性が上がったので、避けやすくなったうえに撃破までの攻撃回数も少なくて済む。

 

 慎重に近づいて不意打ちでダメージを与えれば、のそりとその巨体が身じろぎする。地面のこすれる重い音を響かせて、山が脈動を始めたかのような振動が画面を揺らした。あいさつ代わりに繰り出された踏みつけを回避する。のろまな動きのくせに足が大きすぎるせいで回避が難しいのだが、今のステータスなら見てから躱せる。予備動作2フレームから回避行動の入力を始めるみたいな神業を要求されなくて済むなら、私だってやりこんできた経験で対処できるのだ。そのまま返す刃で短剣を振るえば、岩に覆われた皮膚が火花を散らして削れていく。噛みつきも、尻尾の薙ぎ払いも、バックステップや垂直ジャンプを駆使して躱した。

 

 順調にドラゴンの体力を削っていくが、このドラゴンは攻撃によって岩や鉱石が剥がれ落ち、そのたびに動きが素早くなる。すでにHPバーが半分を切り、スピードは当初の1.5倍。攻略情報を参考にするならここで狙うべきは――

 来た。ドラゴンが尻尾の薙ぎ払いのために姿勢を変え、首が下に降りてきたこのタイミングで、ドンピシャの位置に私のキャラが滑り込んでいる。そのまま短剣を喉に突き立てれば、クリティカル、会心攻撃のエフェクトが出てドラゴンが大きくのけぞった。

 

「よっし!」

 

 思わず声が出て、手に汗を握る。ここまではクリア。肝心なのが、この後の行動。体力が40%を下回ったドラゴンの、最高速度の攻撃をかわせるかどうか。ここで踏みつけ攻撃とかなら一撃では死なないから気が楽なんだけど――と考えたのがいけなかった。物欲センサーはどんなゲームにも内蔵されているというのは皆様ご周知のとおりで、ドラゴンの口に収束していく赤いエフェクトがまぶしいほどに輝いていた。ブレス攻撃。こいつの場合はいびつな鉄鋼が混じった突風を吐き出すという物理最強格の広範囲攻撃だ。もちろん今の縛りプレイのステータスでもろに受けたら一撃でこっちのHPは全損する。

 

 これを回避するには、正確に相手の予備動作を見切らないといけない。緊張が走って体がこわばる。がしかし、私の指は動いた。何度も何度も繰り返したアイアンドラゴン戦の経験値が、この瞬間の極限の集中力と結びついて指を勝手に動かした。果たして、私のキャラは間一髪でブレスを回避し無傷。ブレスを撃ったドラゴンの隙だらけの側面に回り込んで、とある魔道具を使用する。『イカロスの翼』時間制限付きで空中機動を実現する魔道具。これを使用し、そして解除した。そしてもう一回使用して、解除する。この過程を高速で繰り返すことでゲーム内のキャラクターの移動速度が無限に増加する通称『イカロスダッシュ』をつかって、私はありえない速度でドラゴンに肉薄した。

 

「これはぎりぎり仕様です!バグじゃありませんッ!!!」

 

 そのまま魔力爆弾と呼ばれる自爆アイテムを起動し、それが爆発するよりも早くドラゴンの下を潜り抜けて向こう側に。爆発のエフェクトが主人公の背中を照らして、戦闘BGMが鳴りやんだ。

 

「勝っ……たぁ!」

 

 少しずるい戦い方もしたような気がしないでもないが、勝ちは勝ち。私にとってはプレイスキルぎりぎりの大変な戦いだった。

 素材の回収を済ませて、街に戻ってから『錬金術の書』を開いてセーブする。

 

 ゲーム機の電源を落として前を向けば、ちょうど荷物預け入れの時間が来ていた。カバンにゲームをしまい込んで、椅子から立ち上がる。私は今空港で自分の飛行機を待っていた。初めての国際便に浮足立って早い時間に来すぎてしまったため、時間をつぶしていたのだ。途中のよし!とか以外は心で思っていただけで口には出していないので変人だとは思われていない、はず。列に並んで順番を待てば、受付のお姉さんがにっこりとほほ笑んで「チケットとパスポートをお受け取りしますね。」と言った。

 

 私が渡したそれらには、AMIKA YONOMIと表記されている。余海あみか。これからイギリスまで飛んでいくことになる、ちょっとゲーム中毒気味の女子高生の名前だ。

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