「一撃!」
正確に核を貫いてゴーレムを倒せた。思わず声がでる。体を妙な高揚感が支配しているのを感じる。私はそれに身を任せて、手当たり次第にゴーレムを貫いた。全部で15体はいただろうか。途中で歪んでしまった鉄棒をスコップ――これも戦っていたお兄さんが渡してくれた――に持ち替えたりして、とにかくすべてのゴーレムがただの土に還るまで、武器を振り続けた。
もう一つの出入り口からやってきていたゴーレムも含めて討伐を終えて、私は強く握りしめたスコップを地面に突き立てた。はあ、はあ、と自分の粗くなった呼吸の音だけが聞こえる。だけどこれだけの運動をしたにしてはマシな気もする。筋力ポーションの効果だろうか。
ともかく。脅威は去った。後続がある可能性は否めないが、これだけ長く戦っていて増えていないのだからすぐにどうこうということはないだろう。
「これで、……おわり。」
私がつぶやいた直後、じわじわと話し声が広がる。やがてそれは歓声と拍手に変わり、劇場は彼らの喧騒で埋め尽くされた。
「やった!生き残った!」
「けが人は!一人も死んでないのか!」
「大丈夫だ!みんな死んでない!」
死んでない。……ここでは、死んでない。そうだ、私をかばったあの人のところに行かないと。そう思って、足に力を入れる。直後、がく、とバランスが崩れて、自分が体重を預けていたスコップが倒れる。ただ自分を支えるだけの手が、そのバランスを見誤って重心から外れた。何が起きたかわからないまま、私はその場に転んでしまう。ぼう、として思考がまとまらない。何とか立ち上がって歩こうとするが、その足がふらついている。何が起きているのかわからないまま、思考の片隅でこんな状態のことをなんていうんだっけ、と言葉を探す。ほどなくしてその答えは見つかった。
――ああ、千鳥足、だ。
私は自分がポーションを造るときにどんな入れ物を使ったのか思い出した。あれは、ワイングラス。それも誰かの座席の上に放置されていたもの。中身はほぼ空だったが、その底には確かに、少量のワインが残っていた。
◎
次第に意識が覚醒していく。体が重く、起き上がるのが億劫に感じられる。まるで濡れた衣服が体に張り付いているような倦怠感を引きずって、私は時間をかけて身を起こした。
男性が一人、女性が一人。女性の方――私にワイングラスとコンクリ塊を手渡してきた彼女だ――が私が目を覚ましたのに気付いた。
「あ、起きたよ!ねえ!」
その声に反応して見知らぬ男性がこちらを見る。見たところ彼は日本人だ。言葉の問題を気にしなくてよさそうなことに安心する。
「よかった。具合はどうですか?」
その質問に答えるために思考を巡らせるが、徐々に覚醒した脳がそんな場合ではないと私を突き動かした。そんなことよりも確認しなければならないことがある。
「……あの、私を助けてくれた人がいて、すごい怪我で――ッ!」
「……残念ですが。」
その言葉を聞いた瞬間に、床が抜け落ちるような錯覚を覚えた。間に合わなかった。つまり、あの人は死んだ。
……わかっていたことだ。あの怪我で長くもつ方がおかしい。それでも何とかゴーレムを突破して、回復のためのポーションが完成すれば望みはあるとどこかで思っていた。そう信じることで、何とか自分を保っていた。少し強くなったからといってはしゃいでいた自分が急に罪深く思えてくる。あれは酔っていたから仕方がなかったのだと誰にでもなく自分の心の中で言い訳する。
「長く放置するわけにもいかなくて、すでに簡単な火葬が終わっています。近くで見ていた方から聞いて、ゴーレムとの戦いの件はこちらでも把握済みです。私の個人的な意見ですが、あなたは悪くありませんよ。」
悪くない。そりゃあ私だって自分が悪人だとまでは思っていない。それでも、もっとうまく立ち回ることはできたのではないかと思ってしまう。
「あの、ごめんね、ポーション、私が飲めばよかった……。」
申し訳なさそうな声音。なんとなく伝わってくるそのことばを、翻訳してもらう。
「大丈夫、です。もっと筋肉ある人が飲んだ方がよかったかもしれないとは思いますけど……。」
言って、彼女を見る。彼女の肩と、腕と、そこに隆々と備わったしなやかで実用的な筋肉を見る。……ん?このひと、あの時気が付かなかったけどめっちゃ筋肉あるな……?気まずい。
「あ、私筋肉あるんだよー。」
とたんに気まずくない。なんか力こぶつくってる。彼女があっけらかんと笑って見せるので、少しだけ肩の力が抜けた気がした。心の底に重く溜まった罪悪感こそ減らないけれど。
そのままの流れで自己紹介をする。私は自分の名前とゲームで使っていたシアンという名前を言う。もしかしたらシアンのほうが呼びやすいかもしれないと思って。
「私はフリーダ!よろしくねー!」
「私は島崎と言います。英語で困ったら呼んでください。」
島崎さんがフリーダに何か言って、フリーダが外に出ていく。
「あ、女性が残った方がよかったですかね。いま、あなたが目覚めたことを知らせに行っていただいたんです。」
「知らせに?」
私の知り合いなんかここにはいないはずだけど……。あいまいにほほ笑む島崎さんを疑問に思いながらも、私は何とかふらつくのを抑えて立ち上がる。体がべとべとしていて、今すぐにでもシャワーを浴びたい。そういえばスマホが壊れ、アスファルトもめくれていた。インフラ設備は無事なのだろうか?それに対する返答は、「……水浴びならできると思います。」だった。そこには今シャワーを浴びられないという額面以上の絶望がある。
私は何も言えなかった。結局言葉も見つからないうちに、ドアが開かれる。フリーダが戻ってきて「体調大丈夫?」と気遣ってくれた。
「うん。それより、なんか外が騒がしいけど……。」
「ああ、集まっちゃったみたいで。追い返してもいいけど。」
集まっちゃったって何が……?私は少し歩く程度なら問題ないと思って、恐る恐るフリーダが入ってきたばかりの扉に手を掛ける。
開くと、外にはわらわらと集まった人々。その誰もがこちらを見て口々に感謝を叫ぶ。
「ありがとう!あなたのおかげで助かりました!」
「あんたがいなかったらやばかった!」
百をこえる瞳に見つめられている。私は目の前で起きていることの意味が分からなかった。すると、その人だかりの奥から一人の女性が歩み出る。
すらっとしたスタイルのいい女の人だった。癖のない艶やかな長髪を風にあおられて、それを抑えようとするしぐさがやけに堂に入っていた。群衆の中にあって紛れることの決してない輝き。鮮やかな夕焼け色のドレスの上に黒いジャケットを羽織った姿は、女優だといわれても違和感なく信じられる。彼女がそこにいるだけで、背後の人垣《ひとがき》が舞台の幕のように思えた。
彼女はそれを後ろに背負って、口を開く。
「おはよう、君が目覚めてくれて本当に良かった。私はジャクリーン。この『公園コロニー』とでもいうべき集団のまとめ役をしている。」
君の名前を教えてくれるかな、と言って彼女はやわらかく笑って見せた。
[筋力ポーション(酩酊)]レシピ
・アメハナクサ
・ナナジュウナナフシ
・オトリトカゲ
・ワイン