「あみか、……余海あみかと言います。」
よろしくね、と言った彼女は、そのまま後ろを振り向いた。何を言うわけでもなかったが、それで察した群衆がはけていった。
「病み上がりなのにわるかったね。彼らも君のことを心配していたんだよ。」
ぴんと来ない。私は彼らを助けることができたのだろうか?はあ、という生返事をすると、ジャクリーンはくすりと笑った。
「さて、私は自分がリーダー的な立ち位置にいるからって君に何かを強制したりはしない。そこはまず安心してほしい。」
そのうえで、と彼女は語る。
「君がつくったポーションとその効果は、この崩壊したロンドンを生き抜くうえで最も大事な要素だ。私に協力してほしい。」
彼女は、頭を下げた。ただ手を差し出すのではなく、日本人然とした仕草をわざわざ選び取って私の前でやって見せたのだ。
「私に協力できることがあるならやります。」
是非もない。私はまだ、あの犠牲に見合うだけのことができていない。
「そうか、安心したよ。ありがとう。」
体調がすぐれなければ後日でもいいと言うジャクリーンに大丈夫と答えて、一緒に私が寝ていた家の中に入る。改めて外から見ると、私がいたのはどうやら集合住宅の一室だったらしい。ベッドの縁に腰かけて立ったままのジャクリーンと向かい合う。
「あの、ごめんなさい、こんな時に三日も眠って、お世話になってしまって。」
そう。この部屋はあくまで静かだけれど、被災直後である。きっと人手もたくさん必要になっただろうし、あの私を助けてくれた男性みたいに犠牲になった人もいるかもしれない。そんな中酒に酔って倒れていたというのは、不可抗力とはいえ苦しいものがある。だけれど、ジャクリーンの声にとげはなかった。
「わかっていないのかもしれないけれど、君は急性アルコール中毒で死んでもおかしくなかった。」
淡々と、事実をたどるような声。
「ゲームの知識があったとしても、それを一番に試すというのはとてもリスクのあることだよ。実際に今回、君は倒れた。そのリスクを背負ってまで誰かを助けるために動いたことを、称賛こそすれ責めたりしない。最初にゴーレムの魔石を貫こうとした勇気も含めてね。」
「ここからは通訳ではなく私の意見ですが、私も同じ気持ちですよ。」
「そうです!シアン様は悪くありません。」
「ごめんね、私がワイングラス渡したせいで……。」
全員からフォローされる。
……なんか一人知らない人混ざってなかった?
見れば、部屋の外から覗き込むようにして一人の少女が顔を出していた。黒髪を団子にまとめた日本人の女の子。私と同い年か少し下くらいだろうか。わたわたと挙動不審な様子が無性に心配になる。
「アー!やった!やっちゃった!私から話しかけるなんて!一生壁のシミでいるべきだったのに!!」
わたわたと叫び続ける彼女をどうしていいかわからず、事情を把握していそうなジャクリーンに目線を向ける。彼女はごほんと咳払いをして、
「私が呼んだんだよ。あみかがつくったポーションについて、ちょっとした発見があってね。それを実演してもらうのに最適な人選、……だったはずなんだけどね。」
「がちやばい。」
「なにを言っているのかわからないけどとりあえず入ってきてくれないかな。
ジャクリーンが諭すも、彼女はそのまま動こうとしない。ぶつぶつと何かをつぶやいている。……やばい人だ。
「えっと、私からもお願いします。ポーションのこと、知らないといけないから……。」
ダメもとで私も声を掛けてみる。その時だった。
「はい!いまいきます!」
彼女は即答して私の前に躍り出る。一部のアニメ作品だったら車のブレーキ音が鳴りそうな勢いだった。……思ってたよりもう一段階やばい人だった。なんで私の声にこんなに反応した?というかそういえばさっきこの子私のこと『シアン』って呼んだか……?まさか。
「わたし恋《コイ》って言います!シアン様のファンです!わーガチで言っちゃった!」
まさかこの子、私の配信者としてのファンなのか!?さっきからの情緒不安定も私がいるから?おかしい。私にこんな信者みてえにガン極《ぎ》まったファンなんかいるはずないのに。こわ!弁解をさせてほしい。
私は確かにある程度知名度を得たが、それは『記憶力全振り縛りプレイのゲテモノ配信』が物珍しかったからであって、バーチャルなライブ配信者とか笑顔の生配信主とかみたいな人気は決してない。私自身にキャラクターとしての魅力なんか欠片もないのだ。だからプレイ動画を見る人がいたとして私自身に傾倒するようなファンが付くとは到底思えないのだが、……しかし目の前にそれがいる。幻覚とか幻想の類かな?
「はわわ、尊《とおと》」
完全に目がいっちゃってる。
「はッ……!シアン様を待たせてはいけない。じゃあポーションのこと話しますね。」
人間って情緒をフレーム単位で切り替えられるんだ。「私も偶然気が付いたんです。」と前置いて、恋は懐から小瓶を取り出した。そこには私がつくったのと同じ色の液体――筋力ポーションが入っている。きゅ、と栓を抜いて彼女はそれを掲げて見せた。するとその直後、ポーションの液体が重力に逆らって小瓶の中からあふれ出し、球体を形作って宙に浮かんだ。
「試したところ、これはポーションがこういう性質を持ってるみたいなんです。ゲームのアイテムだから筋力が上がるんだ、なんて簡単な理解をしていたんですけど、もしかしたら何かちゃんとした原理があるんじゃないですか?」