錬金少女は蒼に埋める   作:水面廻

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第13話 霊薬の夢

 結局その日の集会は終了として、私はいったん家の方に戻ることになった。時刻は20時。夏のロンドンは20時でも明るい。夕焼けですらない少し暗くなってきたくらいの空を見ながら、私は疲れ切った心を引きずって歩いた。

 

 帰りたい。日本はどうなっているのだろうか。家族は?このままだとネガティブなことしか思い浮かばなくなりそうで、考えるのをやめた。

 

「今日は休むといいよ。」

 

 島崎さんがそう言って、部屋の扉を閉める。私はもう何もかもが嫌になって、ただ横になった。精神的な疲労は思考を鈍らせて、いろんなことが起きた割にはすぐに眠りにつくことができた。

 

 目の前で、ビルが崩れる夢を見た。

 

 大量の人間が生き埋めになって、あらぬ方向に曲がった腕をこちらに伸ばしてきた。

 

 生命維持を体内装置にゆだねている人の夢をみた。

 

 ただ何の前触れもなく自分の体が機能を止めて、歩いていたその態勢のまま前に倒れた。

 

 ゴーレムがやってくる夢を見た。

 

 私の目の前で、人が殴られて死んだ。

 

 気が付いたら、私の手は血で汚れていた。それは生き埋めになった人の血だった。赤い風に命を止められた人の吐血した血だった。ゴーレムに殴られた男が頭から流した血だった。鉄柵に貫かれた彼の血だった。

 

 目が覚めて、私は泣いた。

 

 ◎

 

 部屋にやってきたのは島崎さんを連れたジャクリーンだった。

 

「私は君を慰めたりはしない。君が深く悲しんでいるのはわかる。罪悪感もあるんだろう。だけどそのままうずくまるしかできないなら、君の善悪は関係なしに君は何もできない人間だ。君が君にしかできないことをするなら、君の善悪は関係なしに君は救世主になれる。」

 

「でも、私は許されない……。」

 

「許すも許さないも関係ないと言っている。戦う意思が、少なくともあの日ゴーレムに向かってこぶしを振るった君にはあったはずだ。今の君はどうしたい。」

 

「私は……。」

 

「できれば数日はそっとしておこうと、言ったんだけどね。」

 

 島崎が自分の言葉でいう。

 

「私たちに時間がないのもまた事実だ。ごめんね。あみかさんの考えを聞かせてくれるかな。」

 

 そうだ。時間がない。いつどんなモンスターが襲ってくるかもわからない。錬金術は唯一の突破口になる。

 

「私は、……戦いたい。せめて、役に立ちたい。」

 

 ジャクリーンが頷く。

 

「いい目だ。じゃあ、まずは現状の確認から始めよう。つまり、被害状況と今後の動きについてだ。何人死んだか、みたいな話もすることになる。覚悟はいいね。」

 

 私は、ゆっくりと首を縦に振った。

 

 まず、彼女は淡々と数字を読み上げていく。現状で確認できているロンドンの被害者数だ。赤い風による建物等の崩壊に巻き込まれたけが人、301。死者、178。幻生生物の発生に伴う獣害事件によるけが人、1094。死者、409。彼女は最後に、これは確認が済んでいる人数で合って、実際はもっと膨れ上がるだろうと締めくくった。

 

「日本も、同じようになっているんでしょうか。」

 

 私は、思わず聞いてしまう。聞きたくないと思っていても、それを話さないわけにはいかなかった。

 

「この赤い風がロンドンだけの現象だった可能性もあるのでは?」

 

 島崎が問う。しかしその希望的観測をジャクリーンは否定した。

 

「いや、ほぼ確実に地球全土で異常が起きたと考えたほうがいい。なぜなら例えばイギリスだけが被害にあって、電子機器の使用が不可能になったとする。その場合世界のインターネットからこの国だけが切り離されることになるんだ。そんな異常現象を他国が見逃すはずがない。何かしらの行動を起こすはずだ。それが一か月近く経ってもないってことは、見えないバリアでも張ってあって誰も入ってこれないか、もしくはどの国もそんな余裕がないか。多分後者だろう。」

 

「それで日本だけ無事、とは考えにくいですね。」

 

 もっともだった。とてもまっとうな推論で、とても絶望的な結論だった。そしてそれを確かめる方法はない。なぜなら、

 

「どちらにせよ飛行機なんか超精密機器の集合体みたいなものだ。使い物にならなくなってるだろうから現地に行って確認することもできない。」

 

 スマホもしかり。インターネットは死んでいる。

 

「そうだな、日本の被害について、推測をすることならできる。」

 

 ジャクリーンはそういって、私の目を見た。

 

「フェルミ推定、って知ってるかい。」

 

 そうやって始まった話は、案の定私の情緒をかき乱して余りある内容だった。

 

「まあ要するに数あてゲームだ。少ない情報で物事の大雑把な数を予想する。例えばそうだな。君のいた地域に庭付きの家は何件あるか?と聞かれたとしよう。これを人口――この場合五万人くらいだったか――などから逆算して考えてみる。詳細は割愛するけど、答えはだいたい3千件ってところかな。細かいことを話していたらきりがないけれど、とにかく大体の数を予測するだけなら適当でいい。――今回の件で、ビルだとか大きな建物がもっとも甚大な被害を受けたね。」

 

 知っている。

 

 ……あの所在無げな鉄骨を、文明の崩れる音を、私は知っている。

 

「あの時日本は深夜だ。家にいた人は多いだろう。庭付きの一軒家に住んでいるならいいけれど、アパートや集合住宅は、……まあ、酷いことになっただろうね。」

 

 無事なわけがない。

 

 今すぐにでも耳をふさいでしまいたいのを、私はこらえている。

 

「一軒家が平均して5人、人を住まわせているなら、3千件で1.5万人。裏を返せば総人口の残りである3.5万人はもろに被害を受けたことになる。死んだのがその半分だとしても、1.7万人。あの現象の直後だけで犠牲になった。」

 

 ............。

 

「都市部ならもっとひどかっただろうね。でもそこで死んだ人たちは飢えに苦しまなくて済む。この流通の麻痺した状況で、日本の食料自給率は致命的だから。」

 

 まあ私たちも人のことは言えないんだけれど。と付け足して、ジャクリーンは話を続ける。

 

「人類の総人口が80億だとしよう。決してほかの国だって無事じゃない。同じくらいの死者は出てるはずだ。全人口の三分の一だから、単純計算世界全体での死者数はだいたい27億人。」

 

 私のせい、で。

 

「君のせいとは言わない。私は言わないが、でも君自身が納得できないんだろう?私に一つ、いい案がある。」

 

 彼女は私の目を見て、その言葉を言い放った。

 

「失われた命は戻らなくても、今ある命を守ることならできる。だから探すんだ。――エリクシア。不死の霊薬のつくりかた(レシピ)を。」

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