エリクシア。シリーズのタイトルにして、そのレシピを明かされることのない不死の霊薬。いくらポーションや魔道具を作って強化しても、それ以上の脅威が出てきたら私たちは死ぬ。だけれどエリクシアさえ手に入ったなら、安全性は完璧に保証される。作中に登場する伝説によれば、それを飲んだものはいかなる環境下でもいかなる傷を負っても、さらにいかなる病にさらされようと死ぬことはない。まさに霊薬。錬金術の秘奥である。
私はそれを聞いて、救われたような気分がした。これを手に入れることができたら私のせいで死ぬ人はいなくなるかもしれない。そしてその偉業を達成したのが自分であれば、私はきっと私自身のことを許せる。そうだ。自分の罪に見合うだけの救いを、この世界にもたらせばいい。
「でも、そんなの本当に作れるんですか?」
「可能だと思うよ。現に筋力ポーションは実現した。」
「だけど、あみかさんがいかにすべてのレシピを覚えていたとしても、エリクシアそのものはレシピが公開されていなかったはずです。」
「わかるかもしれません。」
自分でも驚くほど素直に声が出た。
「え」
「本当かい?」
「あるじゃないですか、エリクシアシリーズで、一番入手が難しいのに使い道のない素材が。」
二人の顔が、驚きに染まる。
「……それってもしかして。」
「そうです。各ソフトの最終ボス戦後に手に入る素材。私はあれがエリクシアの素材だと思ってます。」
「なるほど、それなら4つ目のタイトルが『ラストピース』だったことにも納得がいきます。今までのボス素材3つに加えて、最後のそれでエリクシアの素材が集まる。」
「そればかりは何とか探すしかないね。でも3つ分かっていて、全部で4つだということも分かっている。これはとても強力なヒントだ。」
「十分現実的に思えてきますね。」
そうだ。私にはできることがある。暗記したレシピも、強化された身体能力も、失ってない。戦える。
「まず一つ目はタラスクの龍鱗。」
初代エリクシアのボス、タラスクから取れる鱗。
「次に世界樹の朝露。」
エリクシアⅡで精霊王が守る世界樹の森で採取できる液体。
「そして深海サンゴ。」
海の底、光の届かない冷たい海の宝石のようなサンゴ。
「最後に、不明の素材《ラストピース》が一つ。」
これらが私たちが獲得すべき目標になる。
「もちろん素材採取にも危険が付きまとう。ボス戦なんてその最たるものだろうし、段階を踏んでちょっとずつ前進するほかないだろうね。」
そこには確かな希望があった。何度もプレイしたゲームの道筋はもちろん覚えている。どんなふうに攻略していくのが効率的かも知っている。それにここにいるのは私だけじゃない。わざわざイベントに出てくるような熱狂的なファンが勢ぞろいしているのだ。もしも世界全体で同じことが起きているなら、一番生き残る確率が高いのはこのイベント会場かゲーム会社の本社だろう。
「わかりました。私はエリクシアのレシピを確保して、そのあと日本に帰還します。」
それは私の決意だった。今すぐに帰りたい気持ちはもちろんある。だけど変える手段がないし、この壊れた世界を旅するなら相応の危険を覚悟する必要がある。だからまずはここで生きよう。その過程で不死の霊薬を完成させ、故郷に持ち帰ればいい。
「少しだけ現実味が出てきたね。これは私たちの希望の光だ。もちろん世界が元に戻る方法が見つかればそれに越したことはないが、あの赤い風は未知数すぎる。同時進行で調査は進めるとして早速だけど協力体制を――。」
ジャクリーンの言葉が、途中で遮られる。異変は、何の前触れもなく始まった。
「何!?これ、揺れてる!?」
ジャクリーンの動揺した声が響く。私と島崎さんも少なからず驚いていた。
「地震ですかこれ。」
「震度3くらいかな。」
「なんでそんな落ち着いてんの!?」
「あみかさん、この建物が耐震だとは思えない。日本にいるときみたいに楽観視していられる状況じゃないよ。」
島崎さんの声ではっとする。そうだ。この程度の揺れには慣れてはいるが、状況が違う。建物の強度如何によっては無事の保証はない。私たちは頑丈そうな机に身を隠して揺れをやり過ごし、それが収まるタイミングを見計らって建物の外に出た。ぱっと見で崩壊した建物は見当たらない。ほっと安堵を覚えながら辺りを見回していた私は、ほどなくしてそれを見つけた。オーロラのようなグラデーションの細い糸。それが数本、ある時はより合わさるように、ある時はばらばらになって、遠くの空を貫くように伸びてゆく。私は、――いや私たちは、それに強烈な既視感を覚えた。目を合わせて、誰ともなく言う。
「世界樹――。」
この世界の変化は、私たちに優しくはない。私たちを待ってはくれない。数多の犠牲者を出しながら、それでもゲームのように攻略ができると信じて疑わない私たちは、もしかしたら傲慢だったのかもしれない。目の前の美しく幻想的な光景が、一足飛ばしに顕現したエリクシアⅡの最終戦の舞台《ラストダンジョン》が、私を焦燥に駆り立てた。
精霊王のいる植物の楽園。その幻想的な光景を見間違えるはずもない。あれは美しき維管束の顕現、世界樹だ。
「探さなければとは思ったけれど、向こうから来るとはね。」
ジャクリーンが挑発的な笑みを浮かべながら言う。私はそんな余裕を持っていられそうにない。
「どうしてこんな急に……。今の地震はあの世界樹が生えてきたから揺れたってことですか!?」
そうだろうね、と島崎さん。いまだ混乱は収まらない心地だが、それでもあれが見えるところにあるというのは幸運なのではないかと思い始める。そして、そうなったら次に気になるのは場所だった。
「あそこ、遠すぎてわかんないですけどどこなんでしょう。ジャクリーンさんはわかりますか?」
「さすがに分からないね。ロンドンの西……距離がつかめたらある程度搾れると思うけど。」
世界樹。私は自分の記憶を掘り起こす。ゲームプレイ中の光景に加えて攻略本やファンブック、イラスト集やフィギュアまで。そして世界樹について、場所の特定に役立ちそうな情報をまとめてから言葉にする。……たしか世界樹は、植物の種類が豊富なところに顕現する設定があった。そのひとつ目で、ジャクリーンは思い当たる節があったみたいだ。こちらに驚いた表情を向けて話し始めた。
「そうだ。それならわかるかもしれない。」
ロンドンのほど近く。圧倒的な種類の植物を擁するその場所の名を――。
「キュー王立植物園。ちょうどあの方角だ。」
[エリクシアシリーズ最終ボス]
初代無印:タラスク
Ⅱ:精霊王
Ⅲ:龍鯨
[不死の霊薬エリクシア]レシピ
・タラスクの龍鱗
・世界樹の朝露
・深海サンゴ
・?????
[世界樹]
エリクシア世界における植物の王。維管束のみで構成された天高くそびえる樹木。その幻想的な輝きは今も、精霊王の守る森の奥にその管を下ろしている。