四方を囲むネズミが一斉に燃える体でとびかかってくる。波になって押し寄せる炎。その光景は死を予感するには十分すぎるほどの迫力があった。
「逃げるぞ!突破するしかない!」
ケンジーが叫ぶ。その目線の先を見れば、かろうじてネズミたちの包囲が薄い場所がみつかる。私たちはそこに向けて一斉に走り出した。
「これ、向こうが行き止まりになってたりしないよね!?」
「大丈夫だ!私はだいたいこの辺の道は把握している!」
私たちはケンジーについて走った。ボロボロの道路に足を取られそうになりながら息を切らして頑張った私たちを出迎えたのは、倒壊した建物でふさがった行き止まりだった。
「あー。……この先に美味しいチーズを売っている店があるんだ。ここが通れないのはネズミたちも悲しいだろうな。」
「そうかもね!私たちがチーズよりも不味かったら!」
「やってる場合か!迎え撃つしかない!」
おもわず私も叫ぶ。状況はひっ迫していて絶体絶命。
「あいつらも動物なんだし、一気に体温が落ちたら鈍くなるでしょ!水かけて冷やしてやる!」
水、確かにそれは有効かもしれない。ゲーム的にもあいつらは水属性の攻撃に弱かった。だけど水なんてどこにもない。
「やる気か。」
ケンジーがそう言って、私も理解する。フリーダはぶっつけ本番でやる気なのか。
「うん。水魔法、使うしかないでしょ。」
ネズミが迫る。足を止めた私たちに、急速に距離を縮めて襲い来る。
フリーダはいたって冷静だった。その手をまっすぐに前に向け、ファイヤーラットを見据えて笑顔を浮かべた。
「いけ!水魔法ッ!!」
その手からほとばしるのは、その場の誰もが黙り込むほどの気まずい空気だった。
「……あれ。」
「フリーダぁ!?」
「だってなんか使えそうな気がしたから……。」
どうする魔法、魔法、私なら使える?いや、同じ結末しか見えない。じゃあどうやったら――
思考を回しながら前に出て、少しでもネズミを減らすために武器をふるう。今度は相手がたくさんいるから命中はするが、切っても刺しても一向に減っている気がしない。
やはり魔法がないと切り抜けられない。必要なのは魔石のアクセサリーだ。
――本当にそうか?
魔石のアクセサリーは魔石以外に特に重要な素材は使われていない。本当に必要なのは魔石の部分だけで、アクセサリーがただ手を空けるために耳に着けられるようにしただけだったら?
「フリーダ!魔石!アクセサリーにしなくても耳とか顔の近くにかざして使えば効果があるかも!」
振り返ることもせずに後ろのフリーダに向けて叫ぶ。
「たしかに!魔石はどこ!?」
「フリーダが持ってるよ!!」
慌ててポケットから取り出されたのは、先ほど倒したファイヤーラットの魔石。フリーダはそれを右手に握り、額に近づけた。それはまるで祈りのように。目の前に迫りくる敵を知っていてなお、彼女は確信をもって目を閉じた。エリクシアシリーズの魔法に詠唱はない。魔法とはイメージの産物だ、というのがチュートリアルの先輩大工のセリフだった。
「一人前の魔法使いになるためには魔導書を読んでいろんな魔法陣を頭に叩き込む必要がある。だけど最初のうちは耳飾りをつかえ。簡単な魔法なら、実際に起こしたい現象をイメージするだけでいい。」
ジジ、と小さな音がした。迫りくるネズミの騒音の中、それはやけに鮮明に聞こえた。フリーダの目の前、ちょうど顔の10センチ程度前の空中に、その水滴は浮かんでいる。それはやがて水球となり、ごぽごぽと空気をかき混ぜながらまだ質量を増していく。
「物理学者が気の毒だな。」
皮肉気にケンジーが笑う。ネズミがすぐそこまで迫る。そして、フリーダが目を開く。次の瞬間、人が五人は入れそうなくらいに膨れ上がった水が、空中に浮かんでいた。
「操作できる。」
フリーダのつぶやき。それにたがわず、宙に浮かんだ水球が意志を持って動き出した。
「ポーションを念力で浮かせた時と同じ感覚でいけそう!今度こそ食らってもらうよ!ウォーターブロー!」
横からフリーダが腕を振る動きに合わせて、水が空を流れる。そして狙いたがわず迫りくるファイヤーラットを捉え、洪水となって流れた。
後に残ったのは、波の引いていくようなざあ、という音だけ。
「なんかできたっぽい?」
気の抜けたことを言う。うまくいってよかった。見れば、ネズミたちはそろってその動きを止め、ぴくぴくと痙攣している奴までいる。これにとどめを刺すのは難しくないだろう。また動き出しても困るので、ケンジーと私で順番にとどめを刺していった。フリーダは頑張ったのでお休み、と言いたいところだが解体役である。頑張ってほしい。
一通りネズミを刺して、私はようやく一息ついた。先ほどまでの緊張が弛緩して、どっと疲れが襲ってくる。同時にネズミの攻撃を受けた箇所がジンジンと痛み出した。それはケンジーも同様で、さすがに大群を相手にしてすべて避けきるなんてできなかったらしい。
フリーダが解体を始める横で二人で座り込む。もちろんほかの幻生生物を警戒するのは忘れないように。
「フリーダ、魔法使えたね。」
「うん。なんか、水を生み出すところまではこう、イメージで何とかなって、そのあと操作するのは割と自由にできた。」
「ポーションと同じ、か。」
「そう。感覚的にはおんなじだったよ。でもさすがにぶつけるだけで精いっぱいだったな。あれを薄く延ばしたりとか、形を変えるのは難しそう。」
確かエリクシアシリーズの魔法は、魔力を使って現象を一時的に再現するもの、とか言われてたっけ。とすると操ることができる魔法の水も、ポーションも、どちらも魔力があるからそんなことができる?
「考察の助けにはなりそうだが、まだ結論には早いな。」
ケンジーの言うとおりだ。
「ねえ!これいったん解体は後にして持ち帰ろうよ。怪我の手当てが優先でしょ。」
二人ともその言葉に同意して立ち上がる。
「そうしてくれると助かるな。」
「うん。行こう。」
私たちはネズミを回収して――あまりの数に大半を放置することになったが――帰路についた。
新生筆頭パーティーの初回遠征は、何とか全員無事に乗り切ることができたのだった。