拠点に帰った私たちは、まず医療テントを訪ねて手当てしてもらうことにした。公園には周辺の避難者が何人も集まっているため、そういった心得のある人ももちろんいる。ジャクリーンはしっかりと人員を整理して、それぞれ適材適所に配っているのだ。
テントは壊れた建物の建材や木の枝などを組み合わせて、その上から布をかぶせた簡素なものだが、これだけでも日の光を遮ってくれるので中は涼しい。私たちの怪我を見た医者は最初驚いたが、次の瞬間には真剣な顔になって手当てを始めてくれた。
一通りの応急手当が終わって、テントを出る。医療スタッフの一人がジャクリーンの居場所を知っていて、私たちは報告のために野外劇場に向かうことにした。三人で行くつもりで歩いていると、横からケンジーを呼ぶ声が。
「やっと帰ってきたか。お前の家族が心配してたぞ。」
その言葉にはっとする。ケンジーは家族がいるのだ。今回の遠征でネズミの対処を誤っていたらと思うとぞっとする。苦笑いで「報告は任せてもいいか?」と言うケンジーを見送って、私はフリーダと二人で劇場に向かった。
会合があるわけでもないのにどうして劇場なのかと思いながらゲートをくぐる。ジャクリーンがいたのは劇場に併設されていたレストランの厨房だった。崩壊をかろうじて免れたらしいそこには、複数の人間が集まって会話している。私がどのタイミングで話しかけようかな、と考え始めた時にはフリーダが戻ったよーと言って中に入っていった。
「お帰り。……ケンジーがいないね。何かあった?」
「私をかばって……。」
「フリーダ、縁起でもないからやめて。家族サービス中みたい。呼ばれていっちゃった。」
「そうか。怪我の程度は?」
「大丈夫。無傷ではないけどすぐ直るよ。」
ジャクリーン少し迷うようなそぶりをしてから私に向き直った。疲れているならあとにしてもらってもいいんだけれどね、という前置きから話を始める。
「ちょうど今、彼らが素材採取から帰ってきたんだ。公園内を探索して、『見たことない動植物』を見たら、危険がない範囲で捕まえてきてもらうようにお願いしてね。」
そういって半身になったジャクリーンの奥、テーブルの上に所狭しと並べられたのは、どれも見たことのない――ゲームの中でしか見たことのない――素材たちだった。
思わず身を乗り出すようにしてテーブルに駆け寄る。
「すごい、これだけあればほかのポーションもつくれるようになるかも。」
イチャの木の実、アブラタケ、こっちはヨロイビルまで?アメハナクサもしっかりと根から採取してある。
「いろいろ試してみたい。」
私がテーブルから顔をあげると、なぜかあきれ顔になったジャクリーン。素材を集めてくれた人たちまで苦笑いだった。あれ、私はしゃぎすぎた?……沈黙が重い。急に恥ずかしくなってくる。
「もー!そんなしゅんとしなくていいんだって!楽しいならせっかくなんだから楽しむべきだよ!」
フリーダがテーブルまで来て、一緒に試してみようと誘ってくれる。私はそれに救われているなと思った。
「でも、イチャの実とアメハナクサの根があるなら、ポーションじゃなくてまずあれを造りたいな。」
私の声に、フリーダが目を輝かせる。
「ほんとだ!これで建設できるじゃん。杖塔の初歩、下級木製杖塔が!」
「うん。あとは止血薬とかもつくれるけど、どっちが優先度高いんだろ。」
会話をじっと聞いていたジャクリーンが、ヨロイビル――血でできた赤い殻をまとったヒル――を手に取る。
「そういえば止血薬なんてのもあったね。それは私がつくってみるよ。レシピはたしか、このヨロイビルをアブラタケと合わせるんだっけ。」
「そう。あとイチャの実も。」
「思い出した。これって高難易度素材だっけ?」
「うん。最初の高難易度だったはず。小さなヨロイビルの解体をちゃんとやらないといけない。」
「まあ、一度やってみるよ。無理そうならまたシアンにお願いするから。」
結局このヨロイビルの凝固線と呼ばれる素材を解体するのに失敗したジャクリーンは私に依頼しに来ることになるのだが、私たちはいったんそれを任せて杖塔の建設のために候補地を探しに行くことになるのだった。
「そういえばさ、威力出すぎじゃなかった?私の魔法。」
私たちはどうせ固定砲台を造るならバリケードの近くがいいだろうということで、公園の外に向かって歩いている。
「たしかに、普通の初心者の魔法なら、もう少し規模が小さくなる気がする。少なくとも初代エリクシアの魔法なんか、こぶし大の水が出せたら万歳、みたいな。」
「そうそう。そのために塔を建てるんだしさ。」
そう考えると不自然だ。何なら最初につくった筋力ポーションも、ありえないくらいあっさりと完成してしまった。何か世界に優しくされているような、――そうたとえばチュートリアルをプレイしているような、そんな感覚になる。
「まあでも、考えても仕方ないかー。現実にあんな燃えるネズミがいる時点で常識なんかあってないようなもんだしねー。」
結局答えは出ないまま、私たちはバリケードの前にたどり着いた。ジャクリーンが伝令に人を出していたので、ここにもファイヤーラットの情報は伝わっている。何人か公園の池から水を汲んで運んできて対策をとっているみたいだ。
「ハーイ!みんなー!ここに杖塔建てるんだけどどこがいいとか意見あるぅ?」
フリーダのコミュ力頼もしすぎる。私は黙って隣に立っていよう。
「ジャクリーンには話とおしてるから、現場で警備してた人の意見聞きたいんだよねー。」
とはいえそんなに広大なスペースがあるわけでもないので、選択の余地なんかほとんどない。話し合いはすぐにまとまって、建設予定地が決定した。
「じゃあ、場所も決まったことだし始めますかー!」
「うん。杖の芯に使うアメハナクサの根を編む作業だよね。」
ふたりで、少しだけ黙り込む。というのもアメハナクサの根を杖塔の芯に使うためには、その細い根を糸のように編み込んで、長いロープにする必要があるのだ。私たちは察している。ゲームだからあまり苦労せずに、時間経過で完了していたこの作業は、たぶんとても地味でとても時間がかかる。
果たしてその予想は的中した。
「ねえ、まだ1メートル分もできてない気がするんだけど、これいつまでかかるんだろう。」
フリーダの声に元気がない。異常事態である。私は単純作業もそんなに嫌いじゃないので黙々とこなす。
「ねえ、もう飽きたってーねえ!……あ!いっそこの状態で魔法が使えないか試してみるのはどう?」
そのあとびしょびしょになった縄を乾かすためのいらない作業が生まれたのは、まあ、ご愛敬ということにする。