戦いは終わった。私は何もできなかった。ただ無駄にしゃしゃり出て庇われただけ。主人公気取りもいいところだ。
「大変だったな。」
顔をあげる。声を掛けてきたのはケンジーだった。
「……うん。」
「出血がひどいんだ。止血薬を塗ってもらえないかな。」
見上げる。その瞳は優しかった。――あ、わざとだ――そう思った。ケンジーは私の罪悪感を薄めるためにわざとそう申し出てくれたのだ。
調合が成功したばかりの止血薬は、瓶に入った状態で私が持っている。すぐに取り出して、ケンジーの怪我を確認した。
「受け流しが間に合ったから骨は折れてない。すぐに動けるようになるさ。」
私たちは筋力ポーションを持っているのに、防御力ポーションをつくれていない。もしまともに攻撃を受けていたら、大けがで済んでいたかどうかわからないのだ。ケンジーはそれでも私を責めない。それどころか止血薬を塗る間も、苦しそうな顔一つしなかった。
「私は、迷っているよ。」
姿勢を変えないままに、ポツリとつぶやくように彼は言った。
「それが人間に向くにせよ動物に向くにせよ、もしくは幻生生物にせよ、私がつくっているのは武器だ。殺すための手段だ。銃を扱っていた時には覚悟があったし機能した法律があった。この世界になって、いざ鍛冶師として武器をつくることを考えて、私は怖くなった。」
穏やかな声。きっとケンジーはずっと、悩みぬいて生きてきたんだ。だから私よりもたくさんの基準みたいなものを持ってる。責任を知っている。私の中に、確固たる基準なんか一つもない。それが、今回のことで分かってしまった。私は足手まといだった。
「私は出会ったばかりのシアンやフリーダに、武器を渡すことについて考えなければいけない。……君は、武器が欲しいか?」
言葉に詰まった。私は自分が強くなるべきだと思ってる。それはこのゲーム世界を攻略してエリクシアにたどり着くため。だけどそれは、今回の悲劇を生んだ。私が筋力ポーションをつくらなければケンジーの怪我はもっと軽かったかもしれないし、この惨劇はそもそも避けられたのかもしれない。
武器と力を持つだけ持って、私はそれを人間に向ける日が来ると自覚していなかった。私は、武器が欲しいのだろうか。
「シアン。ゆっくりでいい。私でもまだ悩んでいるんだ。」
そのあたたかい声色に、私は無性に悲しくなった。ケンジーに許されてしまうのが、とてもつらかった。
ケンジーが私たちのパーティーを抜けたのは、その翌日のことだった。
◎
「おい、大変だぞボス!反乱の役に立つかもしれねぇ耳より情報だ!」
そういって外からバリケードを超えてやって来た男は、びしゃびしゃになって沈黙している暴徒を見て三秒間フリーズしたのち、にへらと笑う。
「へへ、ジャクリーン様!やっぱりリーダーはあんたしかいないと思ってましたぜ!さっすが!」
暴徒鎮圧はつつがなく終わった。死人も数人出たが、おおむね怪我で済んでいる。魔法の炎で燃やされた人も、フリーダの魔法の巻き添えを食ら――フリーダの賢明な救助行為によって軽傷で済んだ。
「で、報告があるんだよね。」
今、ジャクリーンの前には暴徒鎮圧の時に外から駆け込んできた男が、雨に濡れたポメラニアンのように縮こまって座っている。
「あ、あの、俺はこの後どうなるんで……。」
「情報の分の優遇はしてあげられると思うよ。」
「あ、はい。」
ポメラニアンは上目遣いでこちらをうかがってから、「森が迫ってきたんですよ。」といった。
ゲートを超えて、人のいないロンドンの街に出る。メンバーはジャクリーンとフリーダと私。近くの建物に入って、上階を目指す。壊れたエレベーターを無視して荒れた階段を上った私たちが西向きの窓に取り付いてみれば、確かにそれは見えた。遠く続く街の景色がグラデーションで緑に染まっていく。地平線は緑に埋め尽くされていて、確かに森が迫ってきているという表現が腑に落ちる。その向こうには、天を貫く淡いグラデーションの細い管――維管束が伸びている。
「世界樹の森だ。」
私のつぶやきにジャクリーンが反応する。
「世界樹の森に徐々に拡大するなんていう設定あったかな。」
「森が広がりすぎないように管理してるみたいな設定があったはず。ごめんなさい、もっと早く気づいてよかったのに。」
「そうか。これは早急に探索しないといけない。拠点が飲み込まれたら今回の反乱を抑えたのも無駄になってしまう。」
それはつまり、私とフリーダが森に向かうことを意味している。Ⅱのラストダンジョンである世界樹の森。今の私たちはせいぜい始まりの街を出発した程度の実力しかない。そんな状態であの即死魔法のオンパレードに対抗しなければならない。それは明らかに自殺行為だった。あえてゲームより有利な点があるとすれば、二人で攻略できることと、世界樹の森が豊富な素材を抱えているので道中での強化が見込めること。初心者の状態からラストダンジョンの強化素材が手に入るのはゲームでやったらチートに違いない。それもそこにいる幻生生物を倒せる前提ありきだけど。
「シアンの記憶は強いアドバンテージだ。世界樹の森で手に入る素材を全部把握しているなら、どうやって自分を強化しながら進むか、予定を事前に決められる。」
攻略チャート。どこでどんな素材を入手し、どんな順番で主人公を強化するか。NPCとの会話や敵を倒す順番などを含めて、効率よく最速でゲームを攻略するためにすべてを事前に決めておく方法。RTA《タイムアタック》界隈でよく使われる方法だけど、今回は安全確保のためにそれを作る。たしかに始まりの街の雑魚がラスダンに挑むのならそのくらいはしてしかるべきだ。
「さすがに逃げたほうが良くない?」
フリーダの言葉に、ジャクリーンは眉を寄せる。
「そうしたいのはやまやまだけどね。逃げて行く当てがない。街に食料が残ってるから今はこの人数をまかなえている。ここを離れて何か農耕でもするにしたって、急に始められるものじゃない。私はこの問題もあわよくばゲームのアイテムで解決できないかと思ってる。あったでしょ?スタミナ回復のポーション。」
確かにある。不味くて誰も飲みたがらないという設定のスタミナポーションだが、食料がなければ背に腹は代えられない。
「それに加えて世界樹の森はたくさんの素材が溢れる最高の狩場でもある。この機会を逃すより、利用するべきだ。」
不安は大きいが、ジャクリーンは今まで完璧にリーダーとしての役目を果たしてきた。今回も信頼していい。私はまた、遠くの森に目線を戻す。あの先に精霊王がいる。敵は待ってくれない。世界樹の顕現を見た時に感じた不安は、今形を持って私の目前に現れた。
フリーダは警戒心を振り払うように笑顔を見せて、私の手をとった。
「頼りにしてるからね。」
私は少しだけ驚いて、そのあと頷いた。
「そういえば私Ⅱはうろ覚えなんだけど。精霊王ってどんな攻撃してくるんだっけ。」
「うーん、いろいろあるけど、まず警戒しなきゃいけないのはレーザー攻撃かな。」
「え、植物っぽくない。」
「私もそう思う。あいつは植物が光を取り込むプロセスをさかのぼる魔法ですとか頭のおかしいことを言って赤いレーザーで目をねらってくるんだ……。」
「目を?……ファンタジー特有の通った軌跡全部焼いて溶けちゃうみたいなレーザーじゃなくて?」
「うん。目を狙ってくる。普通に失明する。」
「いやすぎる……。」
それで動きが鈍ったところに即死魔法を叩き込んでくるのだ。どうしよう。ほんとに会いたくない。